軽トラ流れ旅’26 阿智村の満蒙開拓記念館と大鹿村の山塩(後編)

阿智村で満蒙開拓記念館を訪問した後、もう一つの目的の大鹿村の山塩を求めて移動しました。

その前に昼食です。
ローカルテレビで紹介されたことをメモしておいた村内の『おにひら』という蕎麦屋さんを目指します。

阿智村は名古屋へ向かう国道沿いの村。
国道沿いにはポツンポツンと飲食店があり、道を分けると昼神温泉という県内有数の名湯があります。
国道を名古屋方面に行くと目指す『おにひら』がありました。

阿智村の人気そば店・おにひら

ちょうどよく並ぶ人もなく、混雑もしていません。
客慣れしたテキパキとした接客で、頼んだ蕎麦も比較的早く供されました。
二人前のザルは多めですが、ペロリといただけました。

そば二人前と穴子店を注文

朝早く出て、高速道路を使ったこともあり、時刻はまだ2時前です。
昼神温泉にも立ち寄ってみます。
静かな温泉街を行くと観光案内所がありました。
親切な案内の女性に立ち寄り湯の情報をもらい、一番風情がある温泉場があるという『ユルイの宿・恵山』へ。

昼神温泉観光案内所
ユルイの宿・恵山

相客が一人もいない温泉場で昼神温泉を味わいます。
よくある公営の食堂付きスーパー銭湯のような温泉施設とは違うお湯に満足。
その後の効きが全く違いました。
いいお湯は直ちに心身に作用し、気分爽快、疲労感を吹き飛ばしてくれます。

大鹿村へは飯田から松川まで高速を利用します。
飯田山本インターへ向かう途中に和菓子屋があったので寄ってみました。
阿智村の春木庵という店です。

「柏餅ありますか?」と入店すると元気なおかみさんが出てきました。
和菓子一般と洋菓子も置いてある店です。
どら焼きは置いていない、というおかみさんは話題が豊富でした。

旧東山道がこの場所を通っていた鎌倉時代から、この場所には岐阜地方への峠を望む”中世の駅”のあった話。
戦国時代には領主の武田信玄の死に際しての家臣の活躍を伝える史跡の話。
県南ののんびりした気風と名古屋文化圏の影響が強い話、などなど。
当地の歴史を中心に、おかみさんの話題は縦横無尽に広がりました。

柏餅のほかに、当店オリジナルの銘菓も所望しました。
帰ってから味わったその菓子は、こまやかというか手が込んでいて忘れがたい味覚でした。
再び訪れたい店です。

あまりおいしくて包み紙を取っておいた銘菓・勾玉と、これから食べる栗一つ。.春木庵特製.

和菓子屋を出て、高速道路を松川インターで降り、大鹿村へ向かう曲がりくねった山道へ入りました。
ダンプが頻繁に通り、場所によっては対面通行ができず、どちらかが道を譲りあわなければならない道でした。
その道を大鹿から松川へ通う路線バスも乗用車も走っています。
秘境・大鹿へ至るルートはこの道がメインなのです。

沿線の河川は、積まれた砂利がうずたかく、いたるところにプレハブの建設事務所が建って、ダンプが往来しています。
いつ果てるとも知れないリニア工事の現場がこの山道だったのです。

大鹿村に到着。
2度目の大鹿村は前回同様、ひっそりとたたずむ秘境の気配が漂っていました。
ここには地層の間に海水が流れ込み温泉として噴き出しています。
その塩分を濃縮した塩が作られています。

山塩館という直売所へ行くと、山塩が製造中止とのことでした。
旅館も経営する製造者が、山登りなどで忙しいため、とのことでした。
道の駅には別の種類の塩があるかもしれないとのことで行ってみました。

大鹿村塩の里
山塩は販売終了

道の駅では、山塩とは異なる製法で作られたものが売っているとのことでしたが、この日は売り切れでした。

山小舎で家族に人気の山塩は入手できませんでした。
今後の入手も困難です。

道の駅では『塩畑の塩』が売切れ
やむなくブルーベリージェラートを食す

目的の一つが未達成だったこの日の軽トラ旅でしたが、皆神温泉や和菓子屋のおかみさんなど得難い出会いと、南伊那の気風に触れた旅でした。

帰りは分杭峠越で。対向車は1台のみだった

軽トラ流れ旅’26 阿智村の満蒙開拓記念館と大鹿村の山塩(前編)

新しい軽トラで、高速道路を使って、南伊那の阿智村と大鹿村を訪ねました。

今回の軽トラ旅は、阿智村と大鹿村

阿智村へ行こうと思ったのは、この地に満蒙開拓平和祈念館があるからです。
昨年「黒川の女たち」という満州開拓団が引揚の折にソ連軍へ性接待をした歴史的事実を扱った映画を見ました。
その当事者の女性がその事実を公表したのがこの記念館でのシンポジウムだったからです。

昨年は、舞鶴の引揚記念館を訪れました。
昭和30年代まで、引揚者が上陸した桟橋が復元されていました。
記念館には、満州開拓団の状況と引揚、日本軍人の抑留等に関しての幾多の資料が展示されていました。
館内の雰囲気は、公共的でオープンなもので、日本と日本人の負の歴史ながら公に後世に残さなければならない使命が感じられました。

東京には九段に昭和記念館という施設があります。
映写ホールでは、戦前戦後のニュース映画がデジタル化されて繰り返し上映されており、戦時中や戦後の生活事情などに関する企画展も行われています。
神保町での映画鑑賞や古本漁りの帰路、靖国通りを散歩しながら昭和館によく寄ったものでした。
館内の雰囲気は舞鶴の記念館をさらにパブリックにしたものでしたが、時代性に逆行したコンセプトからか、入場者はほとんどいませんでした。

県内には、長野市松代に松代大本営平和祈念館があります。
松代に今も残る地下壕の存在を知らしめるための資料館です。
有志の団体が興した施設で、展示内容は精密にして正確。
主に県内の満蒙開拓団への関与から、地下壕の掘削の資料展示まで、系列的に戦時の時代の流れが学習できます。
適宜、案内してくれる係の方の真面目で知識深い様子にも好感が持てました。
長野県が満蒙開拓団への参加人数で突出していたことをこの施設で初めて知りました。

「黒川の女たち」は製作者の一途な思いと、当事者だった高齢女性の覚悟と正々堂々とした生きざまが印象的なドキュメントでしたが、観終わって思ったのは、県内の阿智村におある引揚記念館を見なければいけないということでした。

中央自動車道が伊那谷を走っており、岡谷から飯田までは高速道路を使えます。
エンジンが調子いい新軽トラを高速道路で阿智村までを目指しましょう。

和田トンネルを越えて岡谷インターから高速に乗りました。
分岐点で名古屋・東京方面へ入るべきところ、松本・長野方面へ分岐してしまい、次の塩尻インターで下車。
何やってんだ!

校則を乗り間違えた後、塩尻から辰野へ出てコンビニで休憩。ローカル紙のたつの新聞を買ってみる

岡谷へ戻るのもいいですが、塩尻から辰野方面へ下道でショートカット。
伊那北インターで高速へ、松川インターまで行きました。
阿智村までは下道で行くことにしました。

高速では我が軽トラは90キロ平均で爆走。
前を走る80キロのトラックなどを追い越しました。
パワステハンドルの”遊び”と、走行中の”ガタつき”がやや気になりますが、空いている地方高速道路では怖いものなしでした。

松川から阿智村までは途中の直売所で買い物休憩。
五平餅や手打ち生蕎麦などを買い求めました。

松川町の直売所へ寄ってみる
ゲットしたものの一部

途中、飯田の街を通過。
天竜川沿いの低地から伊那谷右手の山すそに広がる飯田の街を眺めて走りました。
長野県もここまで南に来ると、温暖でのんびりした気風が漂うようでした。

阿智村の風景

そしてただり着いた満蒙開拓平和祈念館。
三々五々の入館者がいました。
映像ホールでは、開拓団の入植から引揚までを20分でまとめた映像が上映されていました。
予算の面では、東京の昭和館、舞鶴の記念館に次ぐものを感じました。
高齢の当事者たち10名ほどの証言記録の展示もありました。

記念館の前景
記念碑

帰りに受付してくれた女性に話しかけてみました。
「黒川の女たち」は岐阜県黒川村出身者が当事者だったが、阿智村にこうした記念館ができたのは?
には『飯田に日中友好協会があって、引揚事業や残留孤児の問題にかかわっていた。その経緯から隣の阿智村に立地となった』との返事。

また、「黒川の女たち」にあったような当事者の証言を含むシンポジウムの予定は?
には『かつては行っていたが当事者たちは高齢で参加が不可能。今では当事者参加のシンポジウムは行っていない』とのことでした。

入場券
パンフレットより

満蒙開拓団という日本の歴史上の事実。母親が大正15年生まれというバリバリの戦中派に育てられた我が身には他人事と思えません。

記録を保管、公開するだけでなく、当事者の肉声という人間味が加味されたこの記念館。
貴重な施設でありました。

令和8年畑 夏野菜の苗定植開始

5月の連休後は、春の畑づくりのメインイベント・夏野菜の苗の定植が始まります。

もうあちこちに苗が出回っています。
農協、直売所、道の駅などでは、トマト、ナス、キューリなど全国的に定番の苗のほかに、信州特産のハックルベリー、食用ホウズキ、ルバーブ、ヤーコン、などのほか、落花生、夕顔、冬瓜、かぼちゃの甘龍、などなどの苗が並ぶんでいます。
地元の農家が育てた苗です。

トマト、ナスの苗
落花生
元気そうなキューリ

山小舎おじさんは、茅野農協のほか、依田窪農協、直売所あさつゆ、直売所菜ないろ畑、望月農協、赤坂直売所などで苗を物色します。
遠く塩尻の農協まで出かけることもあります。
なるべく安く、元気のよい、珍しい品種の苗を求めるためです。

この日は苗の定植です。
改めて見た動画サイトでは、苗を選ぶ基準として太く元気なものとし、また定植するときは地温が15度以上になった時に行うこと、掘った穴にタップリ潅水し、ふわっと苗を置き、その後1週間は毎日水やりする、とありました。

ズッキーニを定植
ナスの定植

うちの畑は2週間以上前にマルチしており、地温は大丈夫です。
またこれまでは、定植前に苗に水を吸わせておりましたが、事前の潅水は行わず、定植後もトマトはほとんど水やりなし、キューリ、ナスなどは定植時と畑仕事の際に潅水していました。
そのためか初期の成長が遅れ気味で、ホウズキなどは秋になってぐんぐん成長し、11月になってたくさん実をつけ完熟する前に霜が降りて収穫にいたらずの状況でした、根は人力で抜けないほど張っていましたが。

カボチャを定植

今年は一般的な定植方法を取り入れ、初期の活着と成長を促そうとしました。
トマトも含め、全部の苗の定植前の穴にたっぷり潅水し、そこへ苗を浅植えしました。
蒸散を防ぐため根元を枯れ草などで養生しました。
畑を訪れる頻度を上げ、そのたびに潅水するようにしようと思います(トマト以外)。

定植したナスの根元を養生
定植後は支柱を立てる
トマトの列

苗の選択は、とにかく茎が太く元気そうなものを選びました。
品種的には、例年通りの作物のほか、冬瓜を初めて選んでみました。
また、山小舎おばさんに好評だった落花生を8株ほど植えてみました。
ナスは長ナス、丸ナス、通常のナスを2~6本ずつと、昨年食べて美味かった白ナスを2本植えました。
干瓢づくりのための夕顔も定番です、ジャム用のハックルベリーも。
葉っぱで野草茶を作るヤーコンと、芋をスライスして乾燥させて利用する菊芋も植えました。

一昨年から植わっているルバーブが越冬してぐんぐん伸び、トウ立ちしています。
茎もジャムに使えそうです。

とう立ちしたルバーブ

令和8年畑 畑の春の副産物、ヨモギとスギナの採取

5月の畑は、その副産物である野草の採取の時期でもあります。
山小舎では数年前からヨモギ、スギナを採種し野草茶として飲用しています。
菊芋やヤーコンの葉なども、秋の収穫時にお茶の材料として利用しています。

畑の畝、畝間、畔などには春になると、新鮮なヨモギやスギナが輝いており、だれにも顧みられず、その自然の恵みを発散しています。
ヨモギなどは直売所に、山菜に交じって一袋150円ほどで売られていますが。
ほかにもタンポポなど、知識と意欲があれば利用可能な雑草、野草は山ほどもあるでしょう。

ということで、この日は畑のお土産として、ヨモギ、スギナを持って帰ります。
ヨモギは固まって生えています。
春先の新芽に薬効が強いそうです。
乾燥してお茶にする、燃やして煙を利用する、風呂に入れたり枕に詰めたり、もちなどに混ぜたり。
ただの雑草なので、一見ありがたみが薄いのですが、においをかぐとその凛とした香りは、針葉樹の精製オイルにも負けない天然の生命力と崇高さが感じられます。

採取したヨモギ

スギナは酸性の強い土壌に生えるツクシと同根の植物です。
農家にとっては雑草、一般人にとっては生涯で関心にも上らない路傍の草ですが、地上でほとんどないケイ素を集約できる植物です。

畑でヨモギとスギナを集めます。
30分もあれば持って帰っても処理に困るほどの量が採れます。
ただで1年間の野草茶の原料が採れるのです。
人間の側にその気があるかどうかだけの問題です。

持って帰ったら水洗いします。
この手間が一番大変かもしれません。
洗って泥を落とし、ゴミなどを取り除くとざるにあけて乾燥です。

採って帰ったスギナをザブザブ洗う
ざるにあけて干す準備

昼は日光に当て、夜はストーブのそばへ。
3日もすればカラカラになるので保存します。
鋏で短く切ると保存容器に多くの量が詰まります。
乾燥材を入れておき、野草茶として利用します。
山小舎おばさんからも「ヨモギだんごに使うので、乾燥させて送ってくれ」とのことでした。

日光の元乾燥した野草

この日はついでに、側溝の泥さらいをしました。
去年まで借りていた広い方の畑の側溝です。

サラサラ流れる側溝
泥さらいした後の側溝

令和8年畑 ハーブ類の種まきと、トウモロコシなどのポット蒔き

今年は畑によく出かけます。
体力に合った耕地面積がやる気を促進するのか、今のところ丸太処理などの薪仕事がなく手が空いているからなのか。

この日は畑でシソ、バジル、ビーツの種まきをしました。
蒔いたのは、マルチを敷かず露地で残してある畝。
枯れ草などをかけて養生しておいた畝です。

露地の畝にハーブ類の種を蒔く

畝の長さの三分の一ほどずつに、ビーツ、バジル、シソの種をバラマキします。
養生しておいた畝はちょうどよく保湿され、雑草の目が出つつあります。
蒔いた種の上を手で均して、水を撒いてから再び雑草で養生します。
この後は時々潅水して、芽が出てからも薄く養生するようにします。

毎年、ハーブ類の種は蒔くのですが、乾燥して発芽率が悪いうえに、芽が出てからは雑草に負けてしまい埋もれてしまいます。
生き残ったのはパクチーだけでしたが、今年はどうなるか?

種まきして水を撒く
再び枯れ草で養生する

山小舎に帰ってから、買っておいたトウモロコシ、インゲン、枝豆の種をポットに蒔きました。

セルのポットに、粒の大きい鹿沼土を下に、培養土を上に入れて、トントンと土を詰めてから種を蒔きます。
20~30粒ずつ蒔きます。
蒔いた後に水やりします。

ポット蒔きした種
芽が出始めたポット

芽出しには光はいりませんが、温度と保湿が必要です。
夜間はポットを家の中に入れ、温暖な日には外に出して潅水します。
山小舎では朝晩寒い日が続き、薪ストーブの暖房はまだまだ必要な気候です。
芽が出てきたのは2週間近くたったころでした。

令和8年畑 一番草

5月連休を控えた畑は、芋類、長ネギなどの作付けを終えたところです。
連休後の夏野菜苗の定植を前に、草刈りをします。

今年から圃場の面積が、去年までと比べて数分の一の面積となりました。
そのおかげで、目が行き届くというか、体に負担が減り、億劫でなくなったというか。
今年70歳になったわが身に相応な畑ができるようになりました。
春になり、伸び行く雑草に対しても「ほんじゃぁちょっと刈ってみっか」と思える余裕ができました。

草刈り機を今年初の起動してみた後、畑に向かいます。
10年目となった草刈り機、今年も何とか働いてくれそうです。

10年選手の草刈り機で出発!

軽トラを乗り付ける法面から刈り始めます。
草が伸びすぎるとタイヤが滑ってしまう場所です。

次いで圃場の周辺を刈ります。
スギナやイネ科の草、クローバーなどが茂る場所です。
放っておくと畑仕事の邪魔になります。

快調な草刈り機

畔の部分はマルチングの際に手を入れたので雑草が復活していません。
目だった部分だけ刈っておきます。
畔の草は根っこからカットせずにおくと、畝の保水や保温(高温化を防ぐ)、作物の根の張りに役立ちます。

一番草終了

連休の後の洗濯もの

孫一家が帰った後は、家じゅうのシーツ類の洗濯と布団干しです。

晴れ間を見てシーツ、布団カバー、枕カバー、タオルケットを洗って干します。

今年も温暖化が進んでいるのか、晴れた日の日差しは厳しく、洗濯物がよく乾きます。
午前中は洗濯機が回りっぱなしです。

布団は1階で使ったものは外で、2階のものはベランダにかけて日に当てます。

ついでに一冬越したスリッパも洗って干しておきます。

さあこれで次回の来客も大丈夫です。

スズメバチトラップ設置

今年はまだ山小舎周辺に春先のスズメバチの回遊が確認できません。

例年は女王バチが巣作りを始めるころになると、偵察のオスが周辺を飛び回るころです。

テキの巣作りは、玄関先の石垣の間だったり、軒下の置いておいたストーブの中だったり、大屋根の軒下だったりします。
偵察バチの出入りで巣を確認した後は、夕方に殺虫剤を噴霧しながら蜂を追い払って、そのすきに巣を撤去。
燃やしてしまいます。
巻き始めた巣の中には、幼虫と卵が数十個もできています。
その時期を逃すと、素人には巣の撤去は無理です。

ということで、今年も5月早々にはスズメバチの対策を始めます。
今年になってからは、ブンブン飛び回るクマンバチは見ていました。
また連休にやってきた家族が、ベランダから小型のスズメバチらしきものが出てきたのを目撃していました。

昨年効力を発揮した、ホームセンター購入の「ハチ激取れ」をまず設置します。
昨年はこのキットを使用し、誘引液を入れたボトルの中にハチやハエが佃煮のようにぎっしり捕れました。
今年も期待します。

ハチ激取れ、これは効きます
庭の木に設置

もう一つ、自前のトラップも作ってみます。
中型のペットボトルに、誘引口を開け、中に誘引液を入れて日陰にぶら下げております。
誘引液はファンタでいいそうなので、コンビニで買ってきます。
コンビニにはメロン味のファンタがありました。
強烈な香りです。

自前のトラップは軒下に設置

さあ来いスズメバチ!
今年も蜂の害はないように!

孫一家が連休滞在

5月の連休に孫一家が山小舎に来ました。
今年は3泊4日の行程です。

今回の主目的は、夏の蓼科山登山のための足慣らしとして、車山に登ることです。
1泊した翌朝、車山スキー場の駐車場へ行きます。
朝10時前でしたがほとんど満車でした。

登山開始。
1週間前に登ったルートを案内します。
メンバーは孫一家4人と、うちの次男坊、山小舎おじさんの6名です。
スタート早々、早くも孫と次男の若手チームと、娘夫婦に爺さんのアダルトチームに分かれました。
最後まで我々はヤングチームに、少々離されながら、ついてゆくことになります。

山頂目指してスタート

時々、給水休憩をするくらいで中継地点へ到着。
山登りが我慢できるか、此方が心配していた新3年生の孫も全く平気です。
ときどき風が吹く程度の快晴。
八ヶ岳がくっきり見えます。
よちよち歩きの娘を背負ったパパさんが軽快に追い抜いてゆきます。

山頂に到着。
孫たちが神社に参拝している間、ジィジはテラスのベンチを確保。
八ヶ岳と南アルプスを眺めながら、おにぎりと菓子パンの昼食を摂ります。
山登りの達成感を全員で喜びました。

山頂で記念写真

下りはリフトに乗りたがっていた孫とママが途中まで乗車。
中継地点で我々と合流し、そこからは全員徒歩で下りました。

くだりの中継地点で踊る

翌日は、朝から次男と孫たちが山小舎の周りを早朝散歩。
野鳥を見つけるとさえずりを録音したり、アプリを使って種類を検索したり。
自然と自主的に触れ合いました。

1時間ほど別荘地内のテニスコートを借りて全員でテニスのまねごともしました。
中学時代テニス部だったママの指導で娘二人がテニスに初挑戦。
ジィジもスポット参戦し楽し時間を過ごしました。

テニスコートにて

今回の山小舎滞在は、体を動かしたり、環境を探索する時間が多くなりと、小学生らしい試みがありました。
また、別荘地内の姫木文庫で本を借りるなど、新し試みにトライする孫たちの活動に接することができました。

来客準備で 食材買出し!

5月の孫一家の来客の前の買出しです。

今回のメニューは、いつもの炭火焼きのほかに、牛筋煮込み、鶏もものトウガラシ麹焼きがメインです。
サイドデイッシュには、レタスサラダ、ぬか漬け、野沢菜漬け、ウド酢味噌和え、地元のチーズと生ハムなどを用意します。
なお、最近の山小舎メニューの恒例は二晩目は鍋にして、胃と体を休めています。
また、下の孫用にカレーも作っておきます。
上の孫のお気に入りは赤飯です。

この日はチーズと生ハムの買出しです。
チーズは佐久市の奥まった場所にある春日地区に出店している、ボスケソチーズ工房へ。
山小舎から立科町へ出て、望月のゴルフ場の脇を抜ける山越えコースで行きます。

ボスケソチーズ工房

ここは信州の地元産チーズでは家族にお気に入りの店です。
地元チーズでは山羊のチーズなども食べましたが、野性的な酸味が強くて家では不人気でした。
ボスケソのカマンベールは定番のおいしさです。
この日は、カマンベールともう一品を選んで購入しました。

カマンベールと白カビチーズを購入

春日から望月へ下り、地元農協、地元スーパーの越後屋、ツルヤ立科店などへ寄って、地元食材を物色します。
地元野菜が安く新鮮なのは越後屋や農協、直売店です。
野沢菜漬けが安いのはツルヤです。

山小舎への帰路、中山道沿いの道の駅マルメロには、地元産の生ハムが売っています。
姫木別荘地内にあるジャンポン・ド・ヒメキという工房で生ハムが作られているのです。

工房には店舗がなく、道の駅で求めるしかないのですが、生ハム、パテ、サラミなどが日本の酵母を使って熟成されています。
サラミはなかったのですがパテがあったので、生ハムとともに仕入れます。

ジャンポン・ド・ヒメキの生ハムとパテ

サラダにはレタス、新玉ねぎのほか自家製のキューリノピクルスを加えて、柿酢ベースのドレッシングで和えて出しましょう。

6月中旬を過ぎると地元野菜が勢ぞろいし食材がぐっと豊かになります。