「軽蔑」 1963年 ジャン=リュック・ゴダール監督 フランス=イタリア合作

「戦士の休息」が終わり、休業していたバルドーだが1年もすると休暇に飽きてきた。
イタリアのプロデューサー、カルロ・ポンテイがジャン=リュック・ゴダールを指名し、アルベルト・モラビアの「軽蔑」を原作にした企画を立ち上げた。
ゴダールはバルドーのヒロイン起用に執着した。
原作が好きだったバルドーは『もとの調子からずれたた脚本と演出によって、原作がすっかり変形されてしまうことだろうということもわかっていた』(「示談p386)が、出演を引き受けた。
撮影中ゴダールは、「君の歩き方はアンナ・カリーナに似ていない。」と言って、本番を20回も繰り返させた。
「アンナ・カリーナを迎えに行ったらいいでしょう。私はほっといてちょうだい。」とバルドーがそれに応えた。
浴槽のシーンでも帽子をかぶり続けたミシェル・ピコリと、これまたいつでも帽子をいじくり続けたゴダールを見たバルドーは、
『ヌーヴェルヴァーグとは帽子をかぶることだったのである。』(「自伝」p390)と評した。
(ヌーベルバーグの旗手ゴダールと、古典的作品のスター・バルドーは)『とんでもない取り合わせだった』(「自伝」p386)
こうして映画「軽蔑」の撮影は開始された。

映画の舞台はローマのチネチッタ撮影所。
ハリウッドのプロデューサー(ジャック・パランス)が、名匠フリッツ・ラング(本人)を使い、映画を撮っている。
思うようなラッシュが上がってこないプロデユーサーは、フランスから作家(ミシェル・ピコリ)を呼んで脚本を書き変えようとする。
作家は妻(ブリジット・バルドー)を連れてローマにやって来る。
閑話休題。
「映画の友」編集長だった淀川長治氏が1952年にハリウッドを訪れたときに、RKOスタジオでフリッツ・ラングに会っている。
ハリウッドでは映画監督の才能を評価するのではなく、ヒット中の作品があった場合のみ、彼をもてはやす。
ドイツ時代の栄光を知るものとてなく、忘れられた存在となりかけていたラングは、ドイツ時代の作品を熱心に語る淀川を大いに喜んだという。

映画批評家出身のゴダールはこの作品で、ラングを大いなるリスペクトをもって遇している。
英語はもちろん、母国ドイツ語やフランス語でギリシャ古典を論じる教養とマナーに溢れた監督像は、戦前のベルリン・ウーファ撮影所で第一級の監督として君臨していたラングの実像でもあるのだろう。
ゴダールらしい映画遊びもたっぷりみられる。
劇中で「リオブラボー」、「ニコラス・レイ」、「デイーン・マーチン」などの名前が発せられるし、ローマの映画館で上映されているのが、ロッセリーニの「イタリア旅行」だったりする。

パランス扮するプロデユーサーは、ラッシュが気に食わないと、運ばれてきたコーヒーセットをぶちまけ、お盆をハンマー投げのように投げ飛ばす。
試写室のスクリーンの下の壁には『劇映画に未来はない リュミエール』なるコトバが書かれていて字幕で翻訳もされる。
ハリウッド式映画作りに対するカリカチュアがゴダール流に表現されている。
フランスが生んだ映画の父・リュミエールの至言を背景に、ハリウッドのタイクーンは乱暴狼藉を繰り広げるわけだが、タイクーンはまた、二言目には「女の裸を出せ」と脚本家に注文を付けながら、その美人妻に暇さえあればコナをかける。
フランスまで来て(実際のロケはローマとカプリ島だが)こんな役を振り当てられたジャック・パランスこそ災難だが、バルドーは『自分が映画の中でどんな役割を果たしているのか皆目見当がつかない様子だった』(「自伝」p390)と、このハリウッドスターを評している。
パランスにとっては最後まで踏んだり蹴ったりの撮影だった。
フルサイズの長回しで延々セリフを交わす画面作りは、脚本の世界観をカメラのラウル・クタールがフィルムに落とし込んだもの。
バルドー夫婦の新居の赤を基調にした配色と、カプリ島の別荘に移ってからの青を基調にした配色もいい。
『ゴダールの指示を忠実に実行するだけで、私自身の奥深い部分は全く出さなかった』(「自伝」p391)
バルドーは、そういいながらも、セリフと動き(フレームから出たり入ったり)の多い長回しによくついて行ってる。
『左翼かぶれの薄汚いインテリという種族にはイライラする』(「自伝」p386)といいながらも、ゴダールとの仕事を引受たからには、表面的にせよ体を張って応えるバルドーの漢気がうかがえる。

音楽はジョルジュ・ドルリュー。
『愛の不可解』ともいうべき映画の主題にうまくマッチしたテーマ曲が、落としどころのない主人公夫妻のグダグダのやり取りの言外の倦怠感を伝えていた。
ジャック・パランスの秘書フランチェスカを演じるジョルジア・モルは、魅力と存在感あるイタリア女優で、ハリウッドプロデューサーの秘書というプロフェッショナルな女性を、その裏側をも匂わせながら、上手く演じて居る。


「セシルの歓び」 1966年 セルジュ・ブールギニョン監督 フランス
監督は「シベールの日曜日」のブールギニョン。
かの作品は少女と青年が主人公。
青年の少女に対する愛が、反社会的な性癖によるものか、青年は戦争が原因であったものの、通常の社会には相いれない存在だった。
二人が会って遊園地で遊ぶ場面の青年の嬉しそうな笑顔は、自分の世界に没入しきった人のそれだった。
また、さらに怖いのがうれしそうに笑う少女の存在で、常軌を逸しているのが青年だけなのか、二人ともそうなのか、わからないことだった。

ブールギニョンの長編第二作目の本作は、大人同士の不思議な関係を描く。
モデルの仕事でロンドンに2週間やってきたフランス人のセシル(ブリジット・バルドー)が主人公。
ロンドン在住の自称地質学者でオタクっぽい青年ヴァンサンがセシルにぎこちなく接近する。
パリには包容力のある大人のパートナーがいて、ロンドンのセシルに毎晩電話をかけてくるが、セシルはどう見ても釣り合いの取れないヴァンサンのアプローチを受け入れる。
この映画、つり合いは取れないが真面目な男が、違う世界の美しい婦人を手に入れ、お互いが幸せになる、という「チップス先生さようなら」のような、恋愛シンデレラストーリーではない。
「シベールの日曜日」のブールギニョン作品なのである。
ヴァンサンを受け入れたセシルは二人でロンドンを出奔する、撮影で着ていたウエデイングドレス姿で。
車はエンストし、スコットランドの古城にたどりつく。
古城には鳥の声を録音して分類する学者のような老人がいて二人を受け入れる。
二人は夢のようなひと時を過ごすが・・・。
やがてヴァンサンはセシルを縛り、嫌いな牛乳を飲ませたりするようになる。
単なるオタク地質学者ではないヴァンサンの本質が露呈されてくるが、セシルの好みとは相いれない。
風呂もない古城の生活とも重なり、セシルの不満は爆発する・・・。

ヴァンサンは「シベールの日曜日」のハーデイ・クリューガー扮する青年の別バージョンだろう。
セシルはいったんは毛色の変わったヴァンサンに惹かれるがやがて熱が冷める。
彼女はパートナーとの倦怠感はあるものの、非日常に没入はしないのだ。
女優バルドーの持ち味は、その保守性と、常識性と、育ちの良さにある。
異常な性癖の持ち主や、ヒネクレタ性格の役は似合わないし、シビルの役作りでもそうなっていない。

ヴァンサンはセシルを誘って香港行きのJAL便チケットを買い、飛び立つ。
寝坊したセシルは空港に駆け付けるが飛び立った後。
バルドーの存在感はオタク青年と融合するものではなく、ヴァンサンが体現した非日常性は、バルドーの個性に影響を与えることはできなかった。
バルドーに見つめられ、おどおどするオタク青年の眼差しがすべてを物語っていた。

「ブリジット・バルドー自伝」にはこの作品についてほとんど記載がない。
(「追悼その3」へ続く)








