八島湿原

標高1400メートルに位置する山小舎。
今年は山小舎周辺も猛暑が続いています。

山小舎から大門峠に出て左折。
ビーナスラインを通って、車山高原から霧ヶ峰へ。
直進すると諏訪へと降りる道、霧ヶ峰を右折すると美ヶ原へと続く道となります。
霧ヶ峰を右折し、美ヶ原までの間に八島湿原があります。

諏訪からの帰り道、八島湿原に寄ってみました。
平日とはいえ、夏休みの八島湿原駐車場はほぼ満車。
無料の駐車場に止めて、まずはビジターセンターを訪れてみます。

八島ビジターセンター
八島湿原駐車場

ビジターセンターには湿原に暮らす動物、昆虫のはく製、標本などのほか、霧ヶ峰高原や八島湿原の成り立ちなどが解説展示されています。

ビジターセンターに展示されているはく製

霧ヶ峰高原がなぜ草原になっているのか?観光用に木を伐採したのか?疑問に思っていた山小舎おじさんでした。ビジターセンターの展示を見て、ここが江戸時代からの草刈り場で、毎年草を刈り、火入れしてきた結果、木が生えずに創元が維持されていたのだとわかりました。
霧ヶ峰とて、ほおっておくと灌木が生え、やがて森林になるのだそうです。

ビジターセンターで昔の山小舎の写真を見る

八島湿原の周りを歩いてみます。
一周90分の遊歩道コースが整備されているとのこと。
ハイカーたちとすれ違いながら右回りで木道を進みます。

八島湿原への入り口
湿原と池
湿原の周りの木道

左側に湿原を見て進みます。
湿原には3つか4つほどの池があります。

コースの最深部にはヒュッテが建っています。

御射山神社がありました。
諏訪信仰の一部をなす御射山(の一つ)がここだったのです。

湿原最深部にあるヒュッテ
御射山神社がある

木道はすでになくコース取りに迷いながら最深部を進みます。
このあたりは歩く人とてほとんどいません。
やがて砂利道に出ました。
標識に従い、駐車場方面に向かいます。

トイレのある休憩所ではたくさんのハイカーが休んでいました。
そこから再び木道が整備されています。

夏の入道雲
高山植物

左手に湿原と池を見ながら出発点へと戻りました。
日を遮るものがなく、厳しいハイキングでした。
木道も少々痛み始めていました。

高山植物や野鳥に詳しい人にとっては天国でしょう。
できれば湿原のただなかを歩いてみたかった気がします。

八島湿原

太鼓の自然林の中を歩くのなら、御泉水公園の方がいいです。
霧ヶ峰高原の成り立ちがわかったのは収穫でした。

上田映劇にイタリア映画の名花集結

上田映劇で突然、ロッサナ・ポデスタとカトリーヌ・スパーク、ラウラ・アントネッリの代表作が上映された。

夏の日の上田映劇

ジャン=ポール・ベルモンド傑作選などで旧作発掘に意欲的なキングレコードの再輸入による特集。
今回はポデスタの2作品(「黄金の七人」「黄金の七人・レインボー作戦」)とスパークの「女性上位時代」、アントネッリの「セット・マッソ」をセレクト。

上田映劇に時ならぬイタリアの名花が咲き誇った。

「女性上位時代」 1968年 パスカーレ・フェスタ・カンパーレ監督  イタリア  上田映劇上映

カトリーヌ・スパーク主演の艶笑コメデイ。
カトリーヌは1945年フランス生まれの女優で、一族はベルギーの出身。
父親のシャルル・スパークはフランス映画黄金時代の脚本家だった。

10代のころからイタリアで女優として活躍していたカトリーヌ。
「太陽の下の18歳」「狂ったバカンス」などで175センチの肢体を披露し有名となった。

「女性上位時代」では20代となっていたカトリーヌだが、堂々の主演を張る。
監督は「若者のすべて」「山猫」の脚本家で、イタリア映画本流の実力派のカンパーレ。
相手役ジャン=ルイ・トランテイニャンをフランスから迎えるなど一流の布陣である。

入場者に配られた「女性上位時代」ポスター

カトリーヌは夫に死なれたばかりの富豪未亡人の設定。
世間知らずのお嬢様そのものの風体で、様々な最新ファッションに身を包み、男から男へと渡り歩く。
一度付き合うと、夢中になる男どもを相手にせず、次の男へ。

育ちがよく、アイドル性もあるカトリーヌの存在そのものがこの映画の生命線。
既に多くの出演作を経て、若干の疲れが表情とお肌に現れた?カトリーヌだがまだまだ20歳を超えたばかり。
脱ぎっぷりよく男優陣の間を駆け巡る。

60年代に活躍したイタリア女優のレジェンドの一人である、カトリーヌ・スパークの貴重な姿が見られた。
イタリア映画がなぜか固執する富豪の成金生活ぶりも今となってはキッチュ。
ある意味カルトっぽくもあるイタリア映画。

入場者にオリジナルポスターのコピーを配ってくれた上田映劇の対応もナイス。

「セット・マッソ」 1973年  デイノ・リージ監督  イタリア  上田映劇上映

イタリア映画の60年代以降の名花といえば、ラウラ・アントネッリを忘れてはいけない。
「青い体験」は当時のヤングにとって、母性と懐かしさに彩られた衝撃作であり、ラウラは永遠のアイコンとなった。

ラウラ・アントネッリは1941年クロアチア生まれ。
1971年に「コニャックの男」でベルモンドと共演して以来10年間の愛人生活。
「セット・マッソ」はその最中の作品。
その後、「青い体験」で全世界のアイコンとなり、ヴィスコンテイの遺作「イノセント」にも出演した。

入場者に配られた「セット・マッソ」のちらし

「セット・マッソ」はイタリア式艶笑コメデイの究極形。
10話に近いオムニバスの中で、演技派ジャンカルロ・ジャンニーニとのコンビで、ある時は富豪のマダム、ある時は極貧の子だくさん、ある時は尼僧姿で登場。

仮装の限りを尽くしオーバーなパフォーマンスに終始するジャンカーニに、演技力では一歩劣るも存在感では決して引けを取らないラウラ。
そのボリューミーな肢体を見せるだけですべてを納得させてしまうのは、彼女の女優としての財産。

庶民性と逞しさという、イタリア女優の伝統を継承しているのもいい。

チラシ裏面その1

イタリア映画の流れとしては、おおらかな時代の艶笑コメデイー例えば50年代のソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニのコンビの作品ーが60年代になってアイドル性の高い女優が華美なファッションに身を包んで登場し、70年代に至ってはより露出性を高めつつも混迷を極めてきた、ようにも見える。
「マット・ロッソ」にはその混迷のさまが見える。

チラシ裏面その2

ただしラウラ・アントネッリの存在の絶対感は改めて確認できた。

DVD名画劇場 ロッサナ・ポデスタ㏌「黄金の七人」

ロッサナ・ポデスタは1934年生まれのイタリア女優。

戦後、アンナ・マニアーニ、アリダ・ヴァリ、シルバーナ・マンガーノ、ソフィア・ローレン、ジーナ・ロロブリジータ、クラウデイア・カルデイナーレと続いたイタリア女優の流れ。
逞しくて泥くさく、野生の女の色気ムキ出しの女優さんたちだった。
その戦中戦後第一世代から時間がたち、敗戦国イタリアも落ち着いてきたころあらわれたのがポデスタだった。

「スクリーン」1962年1月号のグラビアより

野性味豊かなマンガーノ、ローレンらに比べると、スケール感に乏しいものの、かわいらしさ、アイドル性に加えイタリア女優ならではのボリューム感を併せ持つ存在のポデスタだった。

「スクリーン」1962年1月号より

この度、上田映劇ではポデスタ主演の「黄金の七人」「続黄金の七人・レインボー作戦」のほか、カトリーヌ・スパーク主演の「女性上位時代」、ラウラ・アントネッリ主演の「マット・ロッソ」の4作品が上映された。

今回はポデスタ主演の2作品に加え、DVDで見ることができた「黄金の七人・6+1エロチカ大作戦」を特集する。

「黄金の七人」 1965年 マルコ・ビカリオ監督  イタリア DVD鑑賞

アニメ「ルパン三世」が元ネタにしたって、ほとんどそのままじゃないか!
ルパンのキャラはベルモンドのコピーらしく、銭形警部のキャラは元ネタより誇張されてはいるが。
ロッサナ・ポデスタについてはスタイル、音楽がそっくりそのまま峰不二子にコピーされている。

左様にこの作品のロッサナは鮮烈で強烈。
ぶっ飛んだファッションで登場し、敵味方関係なく男どもをとろけさせ、義理人情関係なく裏切り、またよりを戻す。

銀行強盗という現在ならばありえないアナログそのものの行為。
デジタルではなく、発信機による映像と音声の伝達によって。

当時は犯罪もアナログなコミュニケーションによるものだったのだなあ。
人間的だったなあ。
声によるコミュニケーションで、マテリアルそのものの金塊を物理的に盗むなんて。
今はネットによるデジタルの世界で、数字の移動による詐欺まがいの犯罪の世界だもんな。

ロッサナはアイドル時代を経て、色気と貫禄十分な演技。
奇抜なファッションにも負けていない。

映画は、脱力感に満ち満ちながらも、随所でスピード十分などんでん返し。
その点は今でも新鮮な「黄金の七人」でした。.

「黄金の七人・レインボー作戦」 1966年 マルコ・ビカリオ監督  イタリア  上田映劇で鑑賞

1作目の世界的ヒットを受け作られた続編。
主要キャストは同一。

当日、上田映劇で入場者に配られたチラシ

いつものように工事のふりをして銀行強盗を仕掛ける黄金の七人。
延べ棒の強奪に成功?と思いきや。
警察よりも政府寄りの上の「組織」に強盗を妨害される七人。
その頭脳である「教授」の協力を「組織」から強要される。
さすがの七人もここまでか?と思いきや、軽やかに斜め上を行く黄金の七人。

チラシの裏面

一層晴れやかにぶっ飛んだ存在感を示すロッサナ・ポデスタ。
ぴったりのボデイスーツスタイルも決まっている。

上田映劇に張られた宣材

今回の仕掛けは、潜水艦を使ってのアクション。
金もかかっている。

ロシアを敵国とし、中南米の革命軍が出てくる。
政治的な色合いは「黄金の七人」には似合わなかったが。

「黄金の七人 1+6エロチカ大作戦」 1971年  マルコ・ビカリオ監督  イタリア  DVD鑑賞

「黄金の七人」とは関係のない作品。
ロッサナ・ポデスタが主演で監督が同じことから邦題に「黄金の七人」が使われたもの。

イタリア映画伝統の艶笑もので、シチリア出身の絶倫家が北部ベルガモにやってきて、富豪マダムの間で種馬として一世を風靡するというストーリー。

主人公が執事として仕える屋敷の奥様がロッサナ・ポデスタ。
「黄金の七人」から数年たち、アイドルというより奥様として風格、貫禄が出たロッサナ。
種馬とそんな仲になるのもむべなるかな。

イタリア映画がなぜか好む富豪(成金)の金満生活が存分に描かれる。

種馬を取り巻くマダムには美人女優のシルバ・コシナと演技派のアドリアーナ・アステイ。
「ゴッドファーザー」でシチリアの結婚式で花嫁役を務めたピア・ジャンカルロも出ている。

それぞれ魅力的なイタリア女優ではあるが、アドリアーナ・アステイの死体になった後の目を見開いた演技が最高だった!

ロッサナのファッションは、登場シーンのレオタード姿から、当時はやった?ホットパンツスタイルなどまさに百花繚乱。

畑ギラギラ

夏日が続く畑はギラギラです。
日差しが突き刺さり、跳ね返ります。
人間の作業は2時間どころか、1時間で汗だくです。

トマトは畑に行くたびに完熟の実が大玉、ミニトマトそれぞれ一籠ずつも採れます。
枝は伸び放題で、脇芽かきと、枝のくくりで小一時間ほども作業時間がかかります。

大玉トマトが次々と完熟してゆく

キューリは段々盛りが過ぎてゆくのかもしれません。

成長が遅かったナスはこれから結実が本格化するでしょう。

ナスの結実が本格化

野菜の成長の様子を撮影しようとするのですが、日の光がまぶしくて、スマホの画面が見えません。
何とか操作して撮影するのですが、夕顔の実が画面からはみ出ていたり、何を撮ったのかわからない写真になったり。

全景を収めたつもりがはみ出した夕顔の実

ナス、キューリ、ゴーヤ、ピーマン、セロリなどには畑に行くたびに潅水します。
それらの作物は潅水すると生育が良くなるから正直です。

まったく潅水しないトマトの成育が一番良いのはカンカン照りが続く気候を好むからなのでしょうか。

地蔵温泉 十福の湯

上田市真田地区と長野市松代地区を隔てる地蔵峠の真田側に立ち寄り湯地蔵温泉・十福の湯があります。

地蔵峠を松代側に下ると、右手に皆神山の独立峰が姿を現す、あの道沿いです。

ある日いつもの真田温泉に立ち寄ろうとした山小舎おじさんでしたが、あいにくその日は真田温泉の休館日。
それではと向かったのがその先にある地藏温泉でした。

駐車場から立寄り湯施設方面を望む

地藏温泉は旅館が建っているような温泉街ではなく、立ち寄り湯施設が一つと付近に別荘が10軒ばかり建つだけのです。

施設全景

駐車場に軽トラを止め、建物に至る坂道を登ってゆきます。
山の中の1軒宿に向かうような風情です。

入館料は750円。
県内最大級の料金設定に不安を覚えます。

よくあるような公共施設ではなく、民間運営の施設のようです。
スタッフに若い人がいて、ロビーにはカフェ、ジェラード売り場、リクラゼーション、食堂、売店、ベーカリーなどの施設が所狭しと並んでいます。
それぞれバリバリの業者運営っぽい構えです。

十福の湯玄関

祖の本気度に期待して風呂場へ。
浴場の広さはほどほど。
露天風呂は・・・。

こんなに広い露天風呂は見たことがありません!
ワイドビューに広がる青空と山の緑が目に飛び込んできます。

お湯もちょうど良い塩梅です。
塩素臭はありません。
お湯と景色と空気の三位一体で存分に癒される、まさに絶好空間です。

すっかり露天風呂が気に入りました。
湯上りのお約束は大広間での休憩タイム。
給水機で美味しい水を飲みながら、座敷に横になって休みます。

地藏温泉・十福の湯。
いいところを見つけました。

夏の風物詩 松本スイカ村

今年も松本スイカ村へ行ってきました。

スイカ村には、山小舎暮らしを始めたごく初期から訪れています。
夏の風物詩に参加したいという意識のせいでしょうか。

松本市郊外のJA松本ハイランド和田支所が会場です。

夏の暑さに耐えながら開場へ着くと、地元客を中心に来客で毎年大賑わいです。

毎年このテントで購入します

スイカ選果場にはずらりとスイカが並べられ、テントを張った出店ではお母さんたちが来客の対応に大わらわです。

松本市郊外の波田という地区ではスイカ栽培が盛んで、味も歯触りも良いものが採れるのです。

毎年買っている出店に並び、L玉2個を買いました。
数年前は1600円だったL玉は、去年は1900円に、今年は2100円になっていました。
物価高の影響でしょうか、品質が変わらなければOKです。

買ったスイカを軽トラに積み込む

買ったスイカを軽トラに積んで、お盆にやってくる孫たち用に保存する予定です。

選果場に並ぶスイカたち

原村郷土館

茅野市と富士見町の間に原村があります。セロリの出荷で有名な村で、八ヶ岳山麓に位置し、近年は別荘地としても脚光を浴びています。

原村郷土館という場所に行ってみました。

入り口に藁の道祖神?が待つ郷土館

伝統的な農家を移築したという建物がありました。
馬屋、土間、座敷からなった古民家です。
馬は農耕用で、カイコも飼っていたとのことです。

原村郷土館入り口
厩が室内にある
土間と台所

入り口に立って覗いていると中のおばさんらが、どうぞおあがりくださいと声をかけてくれました。

折角だから、と土間に入り座敷を眺めると、おばさん二人が機織り機の前に座っていました。
愛想のいいおばさん方のトークにつられて座敷に上がり、機織りの様子を眺めつつお話を伺いました。

機を織るおばさんたち

おばさん方は原村の住民。
シルバー人材センターからの派遣で、郷土館の案内と機織りのワークショップを行っているとのこと。
盛んに「原村はいいところですよ」と言いつつ、自分たちの幼いころ、若いころの話と併せて、在郷農家の暮らしぶりを語ってくれました。

古民家ではカイコの換気のため、欄間の部分が開くようになっていたとのこと。
囲炉裏だけの暖房、冷たくなるであろう土間と併せて、冬の室内の寒さが偲ばれる古民家です。

盛んに話しながら、おばさんは10センチ角ほどの織物をたちまち仕上げてしまいます。
予約なしでも来訪者の機織り体験ができるとのこと、縦糸は事前にセッテイングし、横糸も酔いうしてくれるとのことです。

お盆には孫を連れて再訪したいというと、ぜひお待ちしていますとのことでした。

30分もせずに完成した織物

信州ソウルフード放浪記VOL.33 上田檸檬で酸辣湯麺

上田市の海野町商店街。
町の中心部にあるアーケード街です。

歴史ある個人商店が並び、昭和の時代には栄えたであろう商店街ですが、地方都市のご多分にもれず、山小舎おじさんが知った時には歩く人とて少なく、一部の店はシャッターが下り、何区画かまとめて高層マンションの敷地になっているような商店街です。

上田のヤングやファミリーは市内に2か所あるモールへ行っているのでしょう。バイパスのロードサイドには全国チェーンの店も並んでいますし。

ある平日の海野町商店街

その海野町商店街に檸檬という中華食堂があります。
町中華というか、ラーメン屋よりは少しグレードの高い、地元に愛されている店です。
上田映劇で映画を見た帰りに久しぶりによってみました。

店内は先客が3,4組いました。
山小舎おじさんは今月のいちおし、の酸辣湯麺を頼みました。

具材が盛大に飾られた麺が出てきました。
辛味は押さえ気味で、酸っぱさが前面に出ている味付けです。
量的には十分。
食べる楽しみに彩られた盛り付けです。

ホール係のおかみさんに断っての撮影

東京のチェーン店のような化学調味料を容赦なく使った味ではありません。
味のヒステリーのなさが物足りなさを感じさせるかもしれません。

その体によさそうな優しい味付けが地元らしさを感じさせました。

夏野菜の収穫が本格化

暑い日が続く信州です。
標高1400メートルの山小舎は基本的には涼しい気候ですが、下界が暑い日の紫外線は強烈です。
そういう日の畑はカンカン照りです。

夏野菜の収穫が本格化しました。
40本も植えたトマトは実が色づき始め、これからの収穫が大変そうです。
収穫しつつ、脇芽を掻き、伸びてゆく枝を誘導し、下草を刈り、枯れた葉を撤去します。

キューリは油断すると実が巨大化する時期になってきました。
巨大化したら、種を取った実をズッキーニのように煮たり炒めたりして食べようと思います。

ナスは案外気難しい作物ですが、ここのところの好天で、樹が伸び始め花が付き始めました。
収穫しつつ、ナスの大好きな水を与えています。

炎天下の畑では、作物にえひめAIを希釈した水で潅水すると、次回畑で見たときには樹が伸びていたり、葉っぱが大きくなっていたり、実がついていたりします。
山小舎では愛媛AIが切れないように作り続けています。

この日収穫したトマト。味もよし
ピカピカのなすび。今年から白ナスも栽培
キューリとズッキーニ。下の魚雷型ズッキは出荷しませんでした

この日は3回目の彩ステーション向け出荷日。
人気の夏野菜が勢ぞろいしたせいか、たちまち完売したとのうれしい知らせが届きました。

上田映劇で吉田喜重追悼上映

映画監督の吉田喜重が亡くなりました。

1955年松竹に助監督として入社。
同期に山田洋次、1年先輩に大島渚。
就職難の時代とはいえ、大島ともども映画ファンでも監督志望でもない、大卒エリートが映画会社へ入社した時代。
映画界が獲得したこれらの人材は、本人たちの独立とオリジナルな映画活動のみならず、日本映画史のムーブメントへとつながってゆくことになった。

上田映劇では吉田監督の作品から「水で書かれた物語」を35ミリフィルムで追悼上映。
その理由は上田ロケ作品だからとのことだった。

「水で書かれた物語」 1965年 吉田喜重監督  中日映画社(日活配給)

松竹で1960年に「ろくでなし」で27歳で監督デビューした吉田喜重。
1年先輩の大島渚、田村孟さらに高橋治らとともに、当時20代の新人監督の一斉台頭は松竹ヌーベルバーグなどと呼ばれた。

松竹で6本撮った後、吉田は退社。
独立第一作がこの作品。
当時結婚したばかりの松竹スター岡田茉莉子が主演である。

中日映画社のスタッフに、岩波映画出身の鈴木達夫(「キューバの恋人」「祭りの準備」)がカメラマン。
上田でロケしており、上田電鉄丸子線、田沢温泉、デパートなどが出てくる。

石坂洋次郎の原作で、母親への肉体面をも含めた追慕をテーマとしている。

複雑な出生背景を持つ主人公と、それを巡る3人の女たち(母親、妻、芸者)。
3人の女を演じるのは、岡田茉莉子、浅丘ルリ子、弓恵子。
それぞれがキャリア全盛期の作品であり、体を張った演技を見せる。

「水で書かれた物語」亡夫役の岸田森と

特に岡田茉莉子。
夫の独立第一作は、彼女自身の女優全盛期の美しさの時期に重なる。

岡田茉莉子といえば、輝くばかりの若々しさに彩られた「モダン道中その恋待ったなし」(1958年)や、小津作品でのポンポンものをいうおきゃんな娘役や若妻役を思い出す。
その後、自らプロデュースした「秋津温泉」(1963年)で吉田を監督として起用し、時代に翻弄される女の一生を演じた。

「水に書かれた物語」の岡田茉莉子は「秋津温泉」よりいいと思った。
彼女本来の男にこびない、ニヒルの一歩手前の女の魅力が、無言の表情の中に出ている。
しかもそれが全盛期の美しさをもって。
「秋津温泉」の主人公が時代の犠牲者だったとしたら、この作品の岡田茉莉子は人生の結果を自分で引き受ける女性の潔さと孤独を表現しているかのようだ。

吉田監督の個性は、この作品のテーマにあるような微妙なセクシュアリテイだったりの個人的な世界を感性豊かに描くことにあるのだろう。
政治性やポピュリズムは不随物として関与することはあろうがメインテーマとはならない。
そこは大島渚とは異なる個性だが、個人的な世界も突き詰めると果てしないテーマ性につながり、通俗性を旨とする「商業映画」とは相いれないものとなる。

未亡人となった岡田茉莉子を見受けした山形勲と

吉田は「水で書かれた物語」の後、独立プロ現代映画社を設立し、岡田茉莉子とともに「女のみづうみ」「情炎」「炎と女」「樹氷のよろめき」「さらば夏の光」などといった作品を発表してゆく。

いずれの作品も現在では見る機会も少なく、また大島渚作品のように、大向こう受けを狙ったポピュリズムに彩られたキャッチーナ作品でもない。
おそらく己の世界を綿々と追求した、まじめで息苦しい内容なのだろうが、吉田の世界を探求するためにも今こそ見てみたい気がする。

上田映劇当日のラインナップ