甲府の街中 点描

山小屋と自宅との行き来。
手段は自家用車のほかでは、高速バスか鉄道になります。

高速バスが安くて早くて便利ですが、山小舎おじさんは鉄道が好きです。
それも普通列車が。

自宅から山小舎へ普通列車で向かう場合は、先ずJR高尾駅に向かいます。
京王線で行くか、三鷹から中央線で行くかは其の時の気分で。

高尾からは毎時1本ほどの下り普通列車が出ています。
甲府行きの列車が多いです。
大月止まりも、小淵沢や松本行きもあります。

いずれにせよ甲府で降りて昼食を摂り、ゆっくり街を見て回るのがルーテイーンです。

昼食を食べる場所は、お気に入りの駅前通りの割烹店での信玄鶏のから揚げ定食のほか、駅近くのラーメン屋、街中の中華屋、弁当を買って駅前広場で食べるなど。
最近は駅裏を開拓しようと、駅近くの立食い蕎麦、ちょっと足を延ばして山梨大学の学生食堂や大学近くの中華屋にも行きました。

そうやって甲府の街をぶらぶらしている間に、街のデパートが閉店し、その建物が取り壊されたり、新しいマンションが建ちあがったり、場末のエリアに発見があったりしました。
甲府の街は県内最大の街であり、歴史も古いので、特に飲み屋街の店には味があるのです。
今回は改めて甲府の街の再発見をまとめました。

岡島デパート本店が立っていた場所は更地になった
岡島デパート2号店は営業中だが、上にマンション?が建っている
甲府の飲み屋街の名物は小路
こういう小路もある
小路はたくさんある
渋い飲み屋跡
スナックに貼られたPOP。ちょっと寄りたくなる
長野県で人気の富士アイスが甲府にあった!
山梨県庁。その自体に注目
県庁から城跡方面を望む

軽トラ流れ旅’26 はるばる来たぜ!飛騨高山

軽トラ流れ旅は県外を目指します。
群馬県下仁田に続いては、岐阜県飛騨高山に行ってきました。

岐阜県への峠越えルートの最重要路は、安房峠を越える道です。
松本から上高地を目指すグネグネ道を進み、最新式の安房トンネルをくぐると岐阜県です。
なだらかな道を下ると、飛騨地方の中心地・高山に至ります。

上高地を目指す道

覚悟はしていたのですが、上高地ルートの険しさよ。
川沿いのやっと片側1車線の曲がりくねった道は、短いトンネルやら隧道ばかり。
シーズンともなると全国ナンバーの自家用車やバスが列をなします。

運転に疲れながらも進むと、上高地への分岐点を過ぎたころには交通量も減ってきます。
車両の速度は上がりますが。

上高地分岐点を過ぎて安房峠へ向かう

県境の安房トンネルはこれまで通ったどのトンネルより走りやすいのでした。
まず広い。
両側の舗道も広々としています。
照明も明るく閉そく感がありません。
この日は交通量も少なく自分のペースで走れました。
有料ですが。

トンネルを出て一休み。
ここは岐阜県です。
空気感がまったりするというか、緑が滴るというか。
長野の秘境感、最果て感はなくなります。

高山方面に下ったところにある土産店に寄ってみます。
地酒や、名産の赤かぶ漬けなどが目につきやすいようにレイアウトされており、思わずいくつかの名物をセレクト。お土産はここで買い終えた、とばかり後は高山を目指します。

高山市内にはいると、そこはお祭りのような非日常の光景が広がっていました。
白人、東洋人のインバウンドが闊歩し、昭和のアーケード街が現存し、それ以前の宿場町のような街並みが残る光景が展開しています。
色彩があふれるような景色です。

高山駅

駅前に行くと、真新しい駅舎と広い道路。
10年以上も前の出張で訪れた、狭い道を挟んで駅に面したレンタカー屋、の風景はもう消えてました。
観光案内所でマップをもらい街歩きにレッツゴーです。

駅前から続くアーケード街
朝市が開かれるあたり

目に入るのはインバウンドの家族連れ、カップル。
とにかく街中を漂っています。
まずは目に入った飛騨国分寺の立派な三重塔にご挨拶。
ここにもインバウンドはいました。

飛騨国分寺境内

アーケード街はシャッターを下ろした店店の間に、観光客向けのラーメン屋、飛騨牛を握った寿司屋、コロッケ屋などの食べ物屋が、一時のケンを競っています。
和菓子屋さんは季節の栗きんとんなどを売り出しています。

昼時なのでまずは飛騨牛の握り屋に並び2貫ほどを口に入れます。
値段相応の美味です。

和菓子屋の秋の店先
飛騨牛握り

歩きながら飛騨牛コロッケも食べます。

射的屋で遊ぶインバウンド

タテヨコと市街地をブラブラして小一時間。
はずれにあるラーメン屋に入ってみました。
飛騨牛串焼きとのセットを注文。
夫婦が一生懸命にやっている店で美味しく食べられました。

これが高山ラーメンだ

近くのTシャツ屋で気に入ったデザインがあったので購入。
店主に聞くと『一時観光客が減ったのだけど、最近また増えた』とのこと。

お土産
住宅地の小路

2時間もあれば繁華街を一周して、ゆっくり食べられて、近くの名所にも寄れました。
熱い中、海外のインバウンドの姿だけはげっぷがするほど眺められた飛騨高山の旅でした。

帰りに安房峠の手前で平湯温泉に立ち寄りました。
結構な温泉でした。

岐阜県最深部の平湯温泉

軽トラ流れ旅’26 リニア、都留文、道の駅 

今回の軽トラ旅は東京の自宅への往復です。

帰る予定の日の前日から大雨の予報で、テレビは『身を守る行動を心がけてください』の一辺倒。
明けて当日は雨が降っていない茅野駅でも、中央本線が富士見から先が全線運休。
特急あずさは全便運休。
ならばと高速バスを打診するも夕方まで全席予約済み。

自宅へのお土産も用意済みの山小舎おじさん、ならばと愛車軽トラを駆っての勝手知ったる下道での東京往復へと、茅野駅に着いてからの計画変更です。

天気予報は何処?雨らしい雨も降らないまま、韮崎から甲府を経て笹子トンネルで大月へ。
雨らしい雨には大月で出会えました。

寄り道また寄り道のぶらり旅。
夕方6時までかかって自宅に着きました。
『身を守る行動』はできたかな?

自宅滞在の4日後、山小舎への帰途に着きました。

リニア見学センター

東京から長野に向かう下道。
国道20号線に沿って甲府盆地を目指す途中の大月あたり。
最近気にいてるのが道の駅つる。
大月から富士吉田方面に逸れること3キロ。
道の駅の先にリニア見学センターがありました。

孫たちが最近訪れた、というのでジイジも寄ってみます。
リニア見学センターは、平日なのにファミリー層でそこそこの人出でした。

展示内容は期待通りの『科学的夢の未来』。

『夢の超特急』は山小舎おじさんが小学校入学前後の、日本全体に夢があった時代の標語でしたが、今でも同じような夢に酔っているのかJR。
最新の社会トレンドは『自然との共生』『物質から精神へ』に転換しているのではなかったのか?
こちらの勘違いか?

車両の前の三世代
リニアの車内

名古屋までの現状1時間40分が、20分に短縮されることにそんなに意味があるのか?
あると思う人がやっているので、門外漢が立ち入る話ではないのだろうが、それとも時間短縮以外に何か隠された目的があるのか?このプロジェクトに。

工事完成後のジオラマ

20年前、親日の胡錦涛国家主席の招きで中国を訪れた、山小舎おばさんとその次男。
大規模な友好訪中団の一員として上海でリニアに乘ったそうです。
『がたがた揺れていた』とだけ言ってましたが、その後中国のリニアはどうなったのでしょう?

試験走行の線路

世界が20年前に実現した技術を後追いしているだけなのか日本は?
それとも中国と日本しか興味を示さない不要な技術がリニアなのか?

わかりませんが、山梨の都留の山里で、ひっそりと繰り広げられているリニアワールド。
この先どうなるのでしょうか。
まったく夢を感じないまま会場を後にした山小舎おじさんでした。

見学センターから見下ろす風景

都留文科大学

都留市には都留文科大学があります。
そのおかげで人口3万人規模の当地における若年層の比率は現代日本にあって極めて高いとのことです。

市内のミュージアムにて

『リニア関係者にとっては、都留の地元スナックのホステスが、都留文の女子大生のバイトであることが多く、人気が高い』との関係者情報もあります。

山小舎おじさんの若き日の知り合いの青年が、地方国立大学の理学部?を中退して、小学校教師を目指し、都留文に入学していったこともありましたっけ。
引っ越しを手伝った40年ほど前の記憶では、今と違い、牧歌的な風景が広がっていた大学周辺でしたが。

大学の門

道の駅つる

道の駅での目当ては食堂でのランチと、直売所でのお惣菜です。
ランチは富士山湧水ポークのハンバーグプレートがお気に入りです。
活気ある食堂は来客で盛況でした。

道の駅つるの食堂

お惣菜コーナーでは、串カツ2本で500円と高めでしたが購入。
一口で食べられないほどの肉の量にびっくりしました。

富士山湧水ポーク使用のハンバーグプレート。うまかった!

国道20号線が長野に入った頃、左手に現れるホッサマグナの湯・塩川温泉(山梨県)に立ち寄り湯をして帰りました。

フォッサマグナの湯の入り口
タオルを買って入湯

軽トラ流れ旅’26 群馬県下仁田へ行ってみた

今回の流れ旅は県外の旅です。
天然の要害、山々に囲まれた長野県は、他県との県境には峻険、深々とした山々が存在しています。

然しながら、山小舎から直線距離で測ると、山梨県へはもちろん、群馬県へも案外近いのです。
姫木で親しくしている友人は、自宅がある埼玉大宮地区への行き来に、下仁田経由のルートを使っているようでした(その方はなるべく高速道路を使わない派です)。

山小舎から佐久方面に下り、野沢地区を抜けて富岡街道と呼ばれる道を上ってゆきます。
思ったより緩やかな登りです、交通量もあまりありません。
前方に妙義山?の凸凹した山容が見え隠れします。

やがて群馬県に入ったのか、沿道に”こんにゃく”の文字が目立ってきます。
山奥の人里といった雰囲気がします。

富岡街道沿いの閉店した店。群馬に到着した!

やがて下仁田の町に到着しました。
まずは上信電鉄下仁田駅へ行きます。

上信電鉄下仁田駅全景
駅前の秩序が維持されるように書かれた看板

高崎から下仁田までの私鉄ローカル線です。
忘れられたような昭和の鉄道です。
JRならとっくに廃線にしているかもしれません。
戦前まで続いた生糸の興隆を、高崎から東京方面に繋げる物流手段だったようです。

駅舎内部。がらんとしていない、人手がかかっている
待機する車両。乗ってみたかった。
ホーム側から駅舎を撮ってみる

駅舎は有人で、整備されています。
停車していた車両も現役感があります。

駅前に出ると、昭和感丸出しながら現役の電気店、旅館などがそこそこ軒を連ねています。
味があります。思ったより寂れてはいません。
ここに来なければ味わえない、群馬県ローカルの歴史と匂いが染みついた景色です。

駅前の風景
駅前の風景

駅の近くのAコープに寄ってみます。
地元の物産を物色し、昼食用にから揚げ弁当ときんぴらサラダを購入します。
Aコープは町内唯一のスーパーに当たるのでしょうか、昼間から賑わっていました。

旅人にとってのマスト、道の駅を探します。
国道を富岡方面へ進むと道の駅下仁田があります。
県外の観光客やトラックドライバーが集まる場所です。

道の駅

観光案内所でマップをもらい、立ち寄り温泉の情報を聞きます。
そのあとは構内の直売所へ。
こんにゃくで町おこしをしている下仁田らしく、いろいろな派生商品があります。
野草茶コーナーまでありました。
並んでいる商品には勢いが感じられます。
この地区で意欲的に活動している人々がいることも。

道の駅には上信電鉄の各駅を素材にしたポスターも掲示されていた

食堂コーナーでソフトクリームを食べていると、三々五々集まってきた家族連れやドライバーたちで満席になってきました。
メニューの充実感を見ても、今時の道の駅が地域の外食産業の中核を担っている様子がわかります。
私もこの道の駅で昼食を摂ることにして、外のテーブルに弁当を広げました。

この日の昼食。下仁田スペシャル

町の中心部に戻って、歴史館という博物館に寄ってみます。
歴史館の中心的な展示は生糸についてです。
カイコを飼って、繭を富岡の製糸工場へ出荷するのが明治以降の下仁田の一大産業だったのです。
富岡の製糸場と合わせて、下仁田の風穴が世界遺産になっています。
風穴にはカイコの卵を低温保管し、適宜出荷する保管場所があったのです。

町立歴史館。館内は撮影禁止

下仁田から信州佐久に至る街道も、中山道の脇街道としてかつては関所などもあり、信州との交易なども盛んだったとのことです。
今の下仁田の町の大きさ、鉄道の存在などを見ても、街道がもたらした歴史の重さを感じます。

下仁田の旅の仕上げは立寄り温泉です。
観光案内所で推薦の、清流荘を探します。
道幅狭い山道に清流荘はありました。
受付で声をかけますが返事はありません。
無為な時間が流れています。

清流荘の看板

無人の露天風呂へ入ります。
取材に来たことがあったのでしょうか、テレビプロデユーサーの推薦の言葉が飾ってあります。
その言葉に従い、低温の源泉につかりますが、冷たすぎて効いたのかどうかわかりませんでした。
鶯の声が間近に聞こえる野趣豊かな露天風呂でした。

立寄り湯は露天ぶろで
これがその看板だ
無為に過ごす露天風呂の湯

カンカン照りの暑さが残る中、富岡街道を取って返して下仁田の旅を終えました。

定例・軽トラ巡回コース 高遠から伊那へ

今年初めての杖突峠~高遠~長谷村~伊那の定例コースの巡回旅です。

今回の目的は、高遠の直売所で売っている酵母液の入手です。
ついでに道の駅長谷村、伊那でのランチと和菓子、伊那のグリーンファームと南箕輪村のあじーなの各直売所を回ってみます。

茅野から伊那への峠道・杖突街道を通ります。
峠には葉桜が咲いていました。
高遠まで谷沿いの集落風景の中を下ります。

杖突峠の桜

高遠からは雪を頂いた中央アルプスの姿が望まれます。

高遠から望む中央アルプス

先に長谷村の道の駅南アルプスに寄ります。
地元で自慢の長谷米がふんだんに売っていたので玄米を一袋購入。
このお米はゼロ磁場で有名な分杭峠から下ってkる水系によってはぐくまれたお米です。
ワインやシソのふりかけ、ウリの粕漬などとともに買います。

長谷村の民家の庭先で泳ぐ鯉登り

高遠に戻って目的の直売所へ。
野菜の定植後に撒く酵母液のようなものを仕入れます。
これが野菜に効くのです。
山ワサビの苗が出ていたので買ってみます。
山小舎の前庭で育てましょう。

高遠直売センター
ここでだけ売られる酵母液。去年の売れ残りか?
元気そうな山ワサビの苗

伊那に下って森本という和菓子屋へ。
なんとその日はどら焼きのようなものしかなく、ショーケースは空っぽ。
おかみさんに聞くと草餅は、もう少し待って、グリーンファームとあじーなにも出している、から残っているかもと。
諦めて次に行きましょう。

独特の魅力を誇る伊那の街。日中友好の看板が天竜川沿いに出迎える
伊那の居酒屋。いつかここで飲んでみたい
かつては数々の料亭があったらしい

伊那の駅前に軽トラを止めて散策。
伊那の街は相変わらず味がありますが、目指す食堂・門は貸切り、隣の古本屋は開店前、と目指すところは全滅。
ならばと少し離れた田村食堂で軽トラを止め、名前を書いて順番を待ちます。
休日の田村食堂は県外のお客さんで満員です。

駅から少し離れたところにある田村食堂

カツの厚さは今まで通りですが、全体のサイズが小さくなったソースカツ丼をいただきました。

名物ソースカツ丼

NHKのドキュメント72の舞台にもなった伊那グリーンファームも満員御礼でした。
森本の草餅がありました。
花の苗を少々買いました。
350円のスジャータ性のソフトクリームを、インド系の女性が不愛想な表情で売っていたので一つ貰いました。
アジアはともかく、インドに入ると女性の愛想は死んでも期待できないのは四十数年前の旅で死ぬほど痛感していたので、むしろ懐かしく感じるインド女性のクオリテイでした。
文句言ってるわけではないので優しくしてね。

今回の成果

伊那谷を北上して帰途に着きます。
途中の南箕輪村・あじーなには地元のブルーベリーの冷凍大袋があったので家族用に購入しました。

地元ならではの特産物が見つかるのが直売所巡りの楽しみです。
ごちそうさまでしたまた来ます。

軽トラ流れ旅 12月の松本で味噌、醤油

12月に入っての流れ旅は遠方の山間部は避けて、比較的近場の都市部を目指します。
なぜなら峠道の路面凍結が怖いからです。

姫木の山小舎前はこの通り

松本に出かけました。
少し前のローカルチャンネルで、松本市内の醤油・味噌などの醸造店、ワサビ店、乾物店を回って、老舗の食材を訪ねる番組をやっており、店の名前などをメモしておいたことがありました。
松本へ行くことがあったら、寄ってみようと思っていました。
味噌や醤油は自宅へのお土産にすると喜ばれます。
信州の醸造食品は美味しいのです。

松本への経路は、丸子へ下り三才山トンネルで峠を越えるルートをチョイス。
心配した路面状況は、乾いており心配なし。
冬のように寒い松本市内につきました。

インバウンド越しに見る国宝松本城天守
冬に備えて雪つりされた松

松本城の駐車場も空いています。
底冷えのするお堀端を、まばらなインバウンド客の様子を眺めながら歩きます。
お城から北アルプスの雪景色が見えない天候なのが残念です。

お城から駅方面へ延びる通りで萬年屋へ、まずは味噌を探します。
萬年屋は創業天保3年の味噌屋です。
お城前の大名町店は味噌に限らない品ぞろえをしているようです。

店に入ってみると思った以上の品ぞろえ。
味噌のほかに醤油、漬物、菓子、乾物までそろえており、観光客向けのアンテナショップのようです。

萬年屋大名通店
店内に展示された味噌

次に向かった小口ワサビ店は角を曲がったところにありました。
表通りを曲がると、インバウンドのギラギラ?が消し去られた落ち着いた世界。
店のおばさんにも浮かれた雰囲気はなく、トークもスムーズ。
安曇野わさびを2本買い、保存方法も教えてもらいました。
冷凍保存はダメでそのまま冷蔵がいいとのことでした。

小口ワサビ店
店内の安曇野生わさび

市内の大久保醸造所の醤油が欲しかったので、観光案内所に行ってみました。
若めのお姉さんが二人いて、てきぱきと情報をくれました。
教えてもらった中町通りへ行きました。
セレクトショップのようなところに大久保醤油がありました。

大久保醤油が欲しいというとショップのお姉さんのスイッチが入ったのか、「どこで知った?」から「どういうタイプがいい?」などなど矢継ぎ早のトークが繰り広げられます。
最後には2種類の醤油の特徴と利用方法をメモに書いてくれました。
ついでにランチのおすすめを聞くと、蕎麦なら四柱神社隣のこばやし、洋食なら翁堂かもりよし、と答えてくれました。

大久保醸造所の醤油
ショップのお姉さんが書いてくれたメモ

観光案内所から中町通りへ行く途中に四柱神社にお参りしました。
中心部にある広めの神社の境内には、インバウンド客がチラホラしています。
10円を納めて本殿を下っていると、研修旅行なのか県内からの中学生の男女グループがお参りに上がってくるところでした。
その中の女子が「お賽銭ある?10円はダメだよ、遠縁というから」と友人に声をかけていました。
先におじさんにも教えてよ!あつおじいさんに、か。

四柱神社
参拝する中学生ら

ランチは中町通近くの翁堂で。
順番を待つ間に、近くの開運堂へ行ってどら焼きなど。
開運堂のどら焼きは県内では洗練された味がします。

翁堂は老舗の洋食屋。
旅行客はもちろん、地元の客で盛況です。
ボルガライスは、揚げたてのカツがサクッとしており、ソースも手抜きのない味です。
1550円は上がったなあ。

翁堂のショーウインド
ボルガライス
開運堂のどら焼き

松本の町の雰囲気は、空襲の経験もなく、細い道が残っていたり、街角に歴史の残滓が染みついています。
良い点でもあり、よそ者にとっては違和感を感じる点でもあります。
良くも悪くもプライドを感じる町です。
信州人の内に秘めた頑固さが、県内では一番表層に出ている人たちが住んでいるところです。
信州では一番、現代の日本標準にアップデイトした街でもあります。

閉店した松本パルコの建物

軽トラ流れ旅 羽黒下の仲好食堂

佐久穂町に行ってきました。
東信地方の小海町と佐久市の間の町です。

小海町は高原野菜の野辺山がある南牧村から北上したところの町。
佐久市は新幹線駅のある佐久平から岩村田、中込、臼田、野沢といった地域を含んだ東信地方の大都市。
小海町と佐久市の間にあるのが佐久穂町です。

群馬県境から八ヶ岳山麓の八千穂高原までが佐久穂町の区域です。
小海線が走っており、八千穂、羽黒下などの駅があります。

山小舎おばさんからのリクエストで、冷凍ブルーベリーが欲しいとのこと。
また、調布の彩ステーションのレギュラーメンバーに羽黒下出身のおばあさんがいて、小生と顔を合わすたびに『野菜が美味しい。楽しみにしている。私も長野出身です、羽黒下です。』と聞いていたのです。

羽黒下と聞いてもわからず、小海線の中込の近くだと聞いて場所がだいたいわかりました。
そして佐久穂町の直売所で地元産のブルーベリーやハスカップの冷凍品を何度か買ったことを思い出しました。
羽黒下とブルーベリーを求めて佐久穂町に出かけました。

山小舎から上田方面に下り、国道18号線を群馬方面へ。
途中で国道141号線(佐久甲州街道)へ折れ、南下して佐久穂町につきました。
直売所へ直行しますが冷凍庫にブルーベリーの姿はありません。
代わりに巨峰とシャインマスカットの粒が冷凍されています。
レジで聞くとブルーベリーは売切れて入荷がないとのことです。

佐久穂町の直売所で冷凍の葡萄をゲット

さっさとブルーベリーは諦めて羽黒下駅を目指します。
141号線から千曲川を渡るとひなびた商店街がありました。
小海線沿いの駅駅の商店街は、中込といい野沢といい岩村田といい、人気と活気がないのがお約束ですが(小海線沿いに限りませんが)、さらにいっそう寂れて、忘れ去られたような商店街でした。

羽黒下駅前の商店街

先ずは駅をチェック。
折から小淵沢方面から列車が到着し、高校生が10人ほど下車してきました。
有人駅ですが駅員さんの姿が見られません(たまたまだと思います)。
高校生たちは迎えの車に乗り込んだり、徒歩や自転車で散ってゆきます。

JR小海線の羽黒下駅
広い駅前広場

改めて駅から商店街に沿って歩いてみます。
郵便局、貯木場、酒屋があります。
閉まった旅館があります。
地元名産のヒスイ蕎麦を食べさせる、新めの店がありましたが定休日でした。

駅前の酒屋
駅前の貯木場
廃業した旅館
駅近くにある常夜灯?

閉店してから10年以上たっていそうな商店の列の一角に、暖簾を下げた食堂がありました。
仲好食堂です。
恐る恐る玄関を引いてみると、3組の客がテーブル3脚を占めています。
それなりに活気があります、安心してテーブルに座ります。

仲好食堂外観

その店は70代後半から80代とおぼしき女性がワンオペでやっている食堂でした。
動きはとても遅いのですが、のぞけば見渡せるキッチンでは元気よく中華鍋が振られています。
仕事途中と思しき客層を見ても食堂としての機能は維持されているようです。

食堂内部。メニューが見える

向かいのテーブルにカツ丼が運ばれてきました。
東京風の卵でとじた出来立てのカツ丼は勢いがあって美味そうです。
別のテーブルのおじさんたちは五目のラーメンをすすり込んでいます。
小生がキッチンをのぞいた時に、おばさんが中華鍋を振って作っていたメニューでしょうか。

ようやく手が空いて水が運ばれてきたタイミングでカツ丼を注文。
新聞を取りにゆくと、コップ酒を飲んでいたおじさんが「それ昨日のだ」といって自分が読んでいた今日の信濃毎日をよこしました。

食堂内部。コップ酒のおじさん

瞬く間にカツ丼を完食です。
味噌汁と併せて一般的な食堂に望む最高レベルの味です。
作りなれた感と、活気ある食堂の勢いがありました。
いつの間にか2組が食べ終わって退場しています。
勘定に立ち上がると、コップ酒のおじさんが「早いね」と言ったので「お腹が空いてたもんですから」と答えました。

カツ丼を爆食

今日の新聞をおじさんの指示によりテーブルに置いたまま退場します。
動きは遅いのですが「いらっしゃい」と「ありがとうございました」の声がまだまだ張りのあるワンオペおばさんでした。
当然のように第二波の入店はなく、表の人通りは更にない羽黒下の仲好食堂です。

続く商店街。空いている店舗はほとんどない

折角佐久に来たので、佐久市野沢地区にあるピンコロ地蔵に久しぶりにお参りして帰りました。

ピンコロ地蔵
参道は閉まっていた
商店街のたい焼き

短大生のガイド付き電車で別所温泉・北向観音御開帳へ

別所線の短大生ボランテイアガイド

始めて上田電鉄に乗りました。

上田電鉄は上田駅から別所温泉へつながる約30分の私鉄です。
その昔は、上田城のお濠に駅から、真田町などを経由して市内を循環、郊外へは丸子町や別所温泉への路線を走っていたそうです。
今残るのは別所線の一路線のみ。
沿線には長野大学、上田女子短期大学などがあり塩田平を通って別所温泉までを結んでいます。

ある日の信濃毎日新聞に、上田女子短大生による、別所線のボランテイア車掌の乗務が再開されるとの記事が載っていました。

10月、11月の休日の何本かのダイヤで実施されるとのことです。
ある10月の土曜日、10:23上田駅発のボランテイア車掌乗務便に乗ってみました。

新幹線の停車駅でもある上田駅
上田電鉄別所線乗り場

早めに上田駅について、別所線の乗り口へ行き、一日フリー乗車券を買って出発を待ちます。
10:23発の列車2両は早めに入線しています。
はかま姿の女子短大生二人が乗り込みます。
慌てて後に続きます。
車内は8割ほどの乗車率です。

一日フリー乗車券
車両

列車がスタートし、女子短大生のアナウンスが始まります。
車内にはボランテイア目当てのお客さんはほとんど見当たりません。
はかま姿の女子短大生と記念撮影する人は、山小舎おじさんを含めて2人しかいません。
多くの乗客は別所温泉北向観音の御開帳を目指しているのでした。

車内
沿線マップ

ボランテイアさんの案内は、停車駅ごとに歴史、名物などを予定の原稿を読み上げて、もう一人が手書きの駅名と名産の写真を順番に提示するもので、乗客とのやり取りや、その他の出し物はなく、非常に素人っぽいものでした。
彼女らが本物の素人女子短大生なのですからしょうがないのですが。

千曲川鉄橋を渡る。2019年の台風ではこの鉄橋1脚が崩落した
塩田平の風景

写真撮影の際はひとこと断わってから行い、SNSへのアップはしないようにとの事前アナウンスがありました。
3枚ほど彼女らの写真を撮ったのですが、前言により掲載できません。
残念。

短大生手製のちらし

県内には、長野市から湯田中温泉を結ぶ長野電鉄、松本から上高地方面に延びる松本電鉄の私鉄があります(第三セクターは除く)。
いつか乗車したいと思っています。

北向観音御開帳と別所温泉

別所温泉駅構内
趣のある別所温泉駅外観

ということで別所温泉駅に到着。
歩いて温泉街を目指します。
数年前に軽トラで訪れた別所温泉、そのころから変わっていません。
御開帳があるという北向観音を目指します。
自家用車の車列が駐車場を目指して伸びています。

北向観音門前横丁
横丁から北向観音への階段を望む

北向観音前の門前横丁を通り、階段を上ると境内です。
人で埋まっています。
有料で御開帳される本尊を拝もうとする人たちです。
1時間待ちだそうです。

北向観音境内にて
無料参拝の列に並ぶ
有料で御開帳の列に並ぶ人々

無料の列に並んでさっさとお参りします。
本堂?に上がると両側に山伏スタイルの修行者が数人並んでいました。
ご本尊は拝めませんでしたが、お参りが済んでから回向柱にタッチします。
善光寺の御開帳の時と同じく、略式の御開帳参拝スタイルです。

御本尊のありがたみをつなぐ回向柱
境内にある愛染カツラ
右往左往する群集を見守るお地蔵様

御参りをすまし門前横丁を流します。
御開帳記念の温泉まんじゅうを1パック買ってみます。

折角別所温泉に来たのだから、温泉に浸かります。
一番近くの大師湯という銭湯式の立寄り湯に入ります、300円。
歴史さえ感じる、いいお湯でしたが浴室と浴槽が狭く、5人も入ればいっぱいなほどの狭さでした。

大師の湯

温泉を出てから、門前横丁に戻ってジェラードを食べます。
既にアイスには向かない季節となっていますが、温泉上がりには欠かせません。
小布施の栗という種類のジェラードを頂きました。

ジェラード

昼どきですがぴったりくる食堂が見当たりません。
上田まで帰って駅蕎麦でも食べようかと別所温泉駅まで来ました。
次の電車がほぼ1時間先なので、次の駅まで歩こうか?と道にでたら直売所らしき建物がありました。
中にはお惣菜やらおにぎりやらが並んでいます。
それらを買って駅で食べることにしました。

この日の昼食

上田電鉄別所線の旅でした。

軽トラ流れ旅2025  最近話題の小諸の町へ行ってみる

小諸が何かと話題です。
「小諸人なからマップ」というタウンマップが、2024年7月に「小諸人なからマップ製作委員会」より発刊されてローカルニュースにもなりました。
若い女性らしい感性と情報量に溢れたタウンマップです。
駅前の観光案内所で200円で買い求めました。

軽井沢で中山道と別れ、越後を目指す北国街道の宿場であった小諸。
懐古園として市民に慕われる小諸城址。
島崎藤村と「千曲川スケッチ」。
JR小海線の終着駅として旧信越線(現しなの鉄道)と連絡する交通の要衝。
近年ではリンゴ園のほか、ワイナリーなどでも有名です。

地方都市のご多分に漏れず、駅前や北国街道沿いの商店街がシャッター通りとなった後、近年では、空き店舗などに若者や移住者などの店が開店したり、ウイスキー蒸留所やワイナリーが設置されたりしているようです。

まず、小諸市街から高峰高原の方向へ登った場所にある、小諸蒸留所へ行ってみました。
地元産のウイスキーを生産しているという噂の近代的なラボです。

ホテルのロビーとバーのようなホール兼バーでは、バーテンダー相手に昼間からウイスキーをあおる若めのお客さんがいます。
ガラス越しに蒸留所のラボが見えます。

ウイスキーのラボ

お土産でもと物色しますが売っているものは見当たりません。
受付で聞くと「ウイスキーの生産が2年目です。3年で出来上がりますので発売は来年末になります」とのこと。
残念でした。

建物外からバーのある内部をのぞく

次いで駅へ向かいます。
なからマップを入手し、昼食を摂ってから、北国街道沿いの古い街並みを歩きましょう。

小諸駅から駅前通りを見る
駅近くの飲み屋街

駅構内はローカル色溢れるムード。
地場野菜の無人販売と、待合室には駅の歴史をたどる展示物。
列車の運行本数の少なさは昨今のローカル鉄道の実情を物語っていますが、立ち去りがたい小諸駅構内です。

小諸駅構内。手前に無人販売コーナー
待合室の片隅の展示コーナー

ランチは駅前通りの雑居ビル二階にある洋食屋・キャンデイライトで。
1階の入り口に出ているサンプルが目に留まりました。

「なからマップ」でのキャンデイライト紹介部分

上がってみると高齢の夫婦が切り盛りするローカル色あふれる店内。
ソースかつ、コロッケ、エビフライが乗ったお重のランチが750円。
甘いソースが特色です。
喫茶で談話する婦人も利用する街の喫茶兼食堂。
残ってほしい店です。

北国街道沿いに歩いてみます。
脇本陣の古民家が残っているあたり。
建物は宿と喫茶に利用されています。
この日は座敷で何かの集まりも催されていました。

北国街道沿いの武家屋敷
脇本陣跡

古い建物が残る北国街道を歩き、藤村プロムナードという何ともない通りを通って軽トラの駐車場所へ戻りました。

街道沿いの古い酒屋
改造沿いの街並み

次回は小諸蕎麦の名店、中心街の甘味処「みつばち」、ワイナリー、などを訪問したいと思います。

(地元情報)

小諸在住の姫木管理事務所職員からの話です。

北国街道沿いに建つ長野銀行職員がコロナに感染したときのことだそうです。
コロナ発生期の長野県内では、毎日のニュースに新規感染者を発表していました。
「本日の発症者は、上田市の40代男性会社員1名。これまでの県内発生者は累計30名」などと。

そのころ長野銀行小諸支店の女性行員が感染したそうです。
田舎なので、ニュースなどを情報源にすぐ本人が特定されたのでしょう、アングラ的に。
それで銀行のガラスに投石されたそうです。
管理事務所職員は、投石後の割れたガラスにビニールをかけた建物に入ったことがあったそうです。

コロナという、地球規模の壮大な金儲けの茶番劇が生んだ悲劇です。
何年間も毎日毎日テレビで「宣伝」したおかげで、日本国におけるコロナの存在は、絶対で、アンタッチャブルなものとなりました。
高齢者を中心に何度でもワクチンと称する治験薬をわが身に打ち、また打つことを強要され、県外ナンバーの車で帰省したり外出することが家族から止められ、また白眼視されました。
つい最近のことです。
その時代の社会的、経済的、健康的被害は全く清算されるどころか、増幅、再生産されて今日に至っています。

長野銀行への投石は、「おらが町に疫病を持ち込んだ恥知らずな非国民」への非難だったのでしょうが、多かれ少なかれそういった風潮は田舎に限らず都会でもあったのではないでしょうか。

江戸時代の身分制度、戦前の挙国一致と同じように、21世紀のコロナによる統制においても、体制に反するものへの庶民レベルの制裁は生きていたのです。

軽トラ流れ旅2025 鬼無里街道をゆく(後編)

鬼無里の中心部にやってきました。
人気はありませんが、長野市の支所の建物やカフェなどがあります。

右手に古そうなお寺がありました。
鬼女紅葉の墓所があるという松厳寺です。
広々とした駐車場に唯一軽トラを止め境内を巡ってみます。

松厳寺山門

歌舞伎などの演目にもなったという鬼女紅葉の伝説は、956年に都からこの地に流された紅葉という美人が、都恋しさに生まれた息子ともども軍勢を立ち上げ、鬼となって戦ったが征伐されたというものです。
その紅葉の居所跡と墓所が鬼無里にあるのです。

本堂
本堂内部

松巌寺の立派な本堂を拝みます。
自動ドアで本堂の扉が開くようになっています。
遠慮なく中に入り、お参りさせてもらいます。
広くて立派な本堂には往時の鬼無里の興隆が偲ばれます。
山門の近く、数体のお地蔵さんに守られるように紅葉の墓所がありました。

紅葉の墓所を守るお地蔵様
紅葉の墓所

軽トラを進め、旅の駅鬼無里に入ります。
直売所と食堂が併設された道の駅のような施設です。
直売所に入ると、イチョウ、クワ、カキ、クマササなどの乾燥させた葉が一袋200円で売っていました。
他の直売所の半値で、種類も豊富です。
一袋400円で備長炭も売られています。
買い!です。

鬼無里旅の駅
購入した乾燥葉
購入した備長炭

少し早めですが食堂で昼飯です。
名物の蕎麦を頂きます。
ピーマンの天ぷらが食べ放題です。
蕎麦は二八蕎麦。
有名蕎麦店に比べると、蕎麦そのものの打ち方、ダシの手作り感が今一ですが、鬼無里で食べることの意義あり!です。

二八蕎麦
食べ放題のピーマン

旅の駅の向いに、ふるさと資料館があります。
県外ナンバーの車で賑わう旅の駅と比べ、来館者が誰もいませんでした。

松代藩時代から麻の栽培で栄え、年貢は麻を売った現金で収めたという鬼無里。
物資の流通でも栄え、近代では善光寺平より早く映画館などができたという。
戦後、GHQにより麻の栽培が禁止されてからは、たばこ、養蚕などを振興したという。
また、和算の天才学者などが生まれ育った地域だという。
それらの歴史、文化が展示された広い資料館を存分に堪能。
色々歴史を解説してくれた学芸員のおばさんも頼もしかった。

麻の束
祭の山車

おやきで有名だといういろは堂に寄ってみる。
県外からの客でいっぱいのお店でおやきを買って帰る。
具がたっぷりでおいしかった。

おやきのいろは堂
購入したおやき

鬼無里街道を進み、鬼女紅葉の居住地だったという、内裏屋敷跡へ行ってみる。
草蒸した高台にその場所はあった。
この地域には東京、西京、二条、三条などの地名が残る。
都からの流れ人が住んだ歴史が確かにあるのだろう。

内裏屋敷跡
内裏屋敷跡に立つ供養塔

内裏屋敷の後は、鬼無里の湯で立寄り湯。
鉱泉の沸かし湯だというが質感のあるお湯が楽しめました。

鬼無里の湯

ずいぶん遠くまで来ました。
暑い中、帰るのも大変でしたが、充実した流れ旅でした。

夏の鬼無里街道