ママチャリ迷走記2026 品川街道をゆく

品川街道は、律令時代に始まる街道で、武蔵国府のある大國魂神社から品川・六郷付近までをつなげた道です。
現在も通り名が残り、調布市内では、ほぼ京王線に沿って甲州街道と並行して走っています。
現在の役どころは付近の住民の生活道路の位置づけでしょうか。

自宅在住の山小舎おじさんは、2月のある日、調布市民として親しみのある品川街道(品川通り、品川道)を府中までママチャリ走行してみました。

自宅のある柴崎から国分寺崖線を1段下がり、調布駅近辺から品川街道の旅をスタートします。
調布駅前には衆議院選挙の看板が建っています。
少し行った鶴川街道と京王線が交差するあたり、地下に潜った線路の跡地に鬼太郎公園があります。

この日の調布駅前
鬼太郎広場には子供たちが遊ぶ

京王線に沿って進むと西調布駅周辺です。
「黄昏にB級映画を観てた」という何とも言えないネーミングの、バーなのかカフェなのか、があります。
現在は閉店しているようです。

西調布には駅前に飲み屋を中心にした横丁があります。
スナックや食堂は思い思いの意匠を凝らしていて味があります。
閉まった店の後には新しい看板が掛かるなど世代交代中のようです。

西調布駅前の横丁
個性的な店が点在する

この付近はまた新選組の近藤勇ゆかりの地でもあります。
生家は別の場所ですが、若き日に技を鍛えた道場などがあったようです。

付近にある西光寺境内の近藤勇像

その先の飛田給はサッカースタジアムで有名な場所です。
この日も何かの催しがあるようで、朝から家族連れが三々五々詰めかけています。
東京オリンピック(1964年の)のマラソン折り返し地点でもあります。

味の素スタジアムへの歩道橋

品川街道を進みます。
府中市に入り畑が目立ってきます。

直売所
なんとビーツが植わっている

武蔵野台という駅の周辺にある「だんごの美好」は、太巻とだんごで近所に人気の店です。
太巻きは午前中には売り切れるほどです。
家族にも好評なのでよく買って帰ります。

武蔵野台の団子の美好
この日は太巻きとお好みパックをゲット

府中の品川道沿いの小学校の脇を通ります。
この学校には二之宮金次郎の像が残っています。
日露戦争に関する碑も。
付近には石材で作った倉庫が残っています。
素材は軟石といわれるものでしょうか。

二之宮金次郎像
軟石を使った倉庫

京王線多磨霊園駅周辺には、このあたりの中心です。
駅から少し行ったところには、是政の競艇場へとギャンブラーを運ぶ無料バスの発着場所があります。
府中は競馬場と競艇場を有する三多摩地区の悪所(ギャンブル場)の中心地でもあるのです。

多磨霊園駅
少し行ったところには、競艇場へのバスの発着所がある

競馬場への支線の出発駅・東府中を過ぎると賑やかになってきます。
高層マンションや商業ビルがひしめく府中のエリアです。
大國魂神社を中心に置き、律令時代から現代にいたるまで、武蔵野の中心として栄えてきた町です。

府中市内の銭湯
同・蕎麦屋
同・スナック

高層化してきた府中の商業シーンですが、路面店もまだ残っています。

大國魂神社を目指して進むケヤキ並木にぶつかると品川街道の旅の終焉です。

ケヤキ並木

いつも参拝客で賑わう大國魂神社です。

大國魂神社のご神木
菊のご紋章は国家神道時代の由緒を伝える
いつでも縁日のような賑わい

府中は、新宿から高井戸、布田と続く甲州街道の宿場があった場所でもあります。
高札場が残っています。

宿場の高札場あと
古い町並み

大宮八幡宮と武蔵野八幡宮

令和8年1月。
比較的近所の神社2か所ににお参りしました。

この日は杉並区の大宮八幡宮です。
自転車で井之頭通りを東に進んでゆきました。

京王線の永福駅を過ぎたあたりを方南町方面へ左折します。
住宅街の中に大宮八幡宮はありました。

大宮八幡宮の大鳥居

安全祈願のお祓いを受けようと自家用車が列をなしています。
三々五々、参拝者が絶えません。
地元の人に愛されている神社特有の、晴れがましさと暖かさに包まれた境内です。

安全祈願に列をなす車両
詰めかける参拝客たち

遅い初もうでの客、お宮参り、御朱印を求める人、何かの集まり、いろんな人が集う場所です。

本殿で祈願
門の立派なご紋章は、国家神道の場として戦前より由緒ある神社であることを示す

吉祥寺にある武蔵野八幡宮神社は、その前をそれこそ数えきれないくらい通っています。
これまで一度も参拝したことがありませんでしたが。

武蔵野八幡宮境内はひっそりとしている

この日も自転車で通りかかり、気にかかったので寄ってみました。

吉祥寺の雑多な雰囲気が、境内に入ったとたん遮断されます。
鳥居の袂には神田上水の源である井之頭の石碑があります。

井之頭の石碑が立つ

大宮八幡と異なり、参拝客はもちろん人気の少ない境内を進み、お参りします。

本殿を望む

思ったより歴史と静謐さを感じます。
ときどき御参りしたい神社です。

立派な作りの本殿

新春の靖国神社

東京へ戻ってきた、”半信州人”にして”旧道産子”の山小舎おじさんです。
自宅で過ごす2026の新春、お江戸ど真ん中の神保町を探索、靖国通りに沿って市ヶ谷まで歩くお約束の散歩コースをたどります。
この日は全く久しぶりに靖国神社に寄ってみました。

九段坂下から望む靖国神社の大鳥居。
近くによってもその巨大さに圧倒されます。
鳥居を潜ると幅の広い参道が伸びています。
神様への参拝路というよりは首都で催されるイベントの舞台に似つかわしい場所です。
凱旋門へと続くシャンゼリゼ通り、ベルリン勝利の塔へ続く直線路の日本版と言ったら言い過ぎでしょうね。

参拝客というよりは観光客というべき人々に交じって進むと、拝殿に近づきます。
ここまでくると神社らしい厳かさが漂います。
大きなカフェがあり、休憩する客の多さが観光地の明るさを醸し出してもいます。
落ちているごみもなく、インバウンドの参拝客のマナーがよいのが特筆されます。

境内の売店
奉納される清酒は全国から

拝殿で参拝。
奥の本殿?は撮影禁止とか。
玉ぐしをささげる政治家らが撮影されたりしたら困るのでしょうか?

菊のご紋章が輝く。
拝殿に並ぶ人々

右手にある遊蹴館という宝物?館には零線21型や彗星艦爆の復元機が展示されています。
桜花という特攻機も。
また未婚で散っていった特攻隊員に捧げる花嫁人形の展示も。
そう、ここ靖国神社は明治維新以来、国のために散っていった英霊を祀る神社なのです。
とはいっても戊辰戦争で薩長軍とたたかい破れた諸藩の武士たちの霊は祀られていないそうで、その点には納得いきませんが。

と言いつつ、小春日和の境内でコーヒーを飲んでベンチでひと時。

神保町の古書店で仕入れた古い映画雑誌をひもときます。
めくるたびに古紙の破片とともに、雑誌に含まれた時間がこぼれ出てゆくような何とも言えないひと時でした。

カフェにはテラスとベンチが
ベンチで50年代の「映画の友」「スクリーン」を開く

信州ソウルフード放浪記VOL,46 スーパー・ナナーズとナナーズカフェ

1月の頭を孫たちと山小屋で過ごした山小舎おじさん。
水道トラブルの解決のため、帰京した家族と別れ山小舎に残りました。
やがて水道問題も解決。
この間、久しぶりの山小舎滞在を2,3日過ごししました。

新しい軽トラの足慣らしに佐久方面へドライブです。
小諸に通りかかるとスーパーナナーズがありました。
県内では小海店との2店舗体制の地元系スーパー。
通りかかると寄りたくなるナナーズです。

ナナーズ小諸店

佐久地方の銘柄米や、店内製のお惣菜など、お土産やランチにお手頃感がある品ぞろえが魅力的です。
軽トラを広すぎる駐車場に乗り入れます。

小諸のナナーズには、なんとカフェがありました。
軽食だけではなくとんかつなどのランチが食べられます。
スーパーでは出色のサービス体制です。
この日の昼食はここで決まりです。

カフェのテーブルにはショッピング中のマダムたちをはじめ、勤め人のお父さんたち、そして老人たちが、麺類やプレートなどを前に思い思いに食事を楽しんでいます。
私も食券を買い、水を汲んで座り、注文したおろしとんかつ定食を待ちます。
昼食タイムのカフェは満席で、2人体制の厨房(一人は外国人女性)は大忙しです。

出てきたおろしとんかつ定食。
ご飯の量が物足りませでしたが(大盛を選ぶこともできた)、カツのうまさ、米の味はさすが地元スーパーの誇りを感じるもの。
値段も含めて満足です。
学生食堂のプアな雰囲気が漂いますが、モールにあるイートインの”餌場”のような終末観はありません。
田舎のスーパーのラウンジの”気の置けなさ”がグッドです。

おろしとんかつ定食

小諸に来ればナナーズカフェ。
これで決まりです。

近代的な売り場風景
この日は冷凍ニシンなどをお買い上げ

1月の山小舎を在来交通で後にする

山小舎の正月を孫らとともに過ごしました。
その間、台所の水道が不通でした(洗面所、風呂、洗濯機、トイレの水は出た)。

地下に下りて、水道管の損傷のなさ、電熱線の稼働を確かめ、問題がないことを確認しました。
それでも水が出ないのは素人の手におえず、業者を依頼。
山小舎おじさんが一人残って対応を予定します。

ダメもとで蛇口付近の水量調節のねじを緩めてみると水がドバっと出ました。
解決です。
凍結ではありませんでした。
業者に断わりの連絡を入れました。

単身、独力で自宅に戻ることにします。
交通手段は長和町のコミュニテイバスで白樺湖まで、アルピコ交通の路線バスで茅野駅まで、そこからはJRです。

当日の白樺湖発の路線バスの時刻に合わせて、長和町コミュニテイバス・ながわごんを予約します。
当初は定時運行だったコミュニテイバスはデマンド方式に代わっています。
山小舎の玄関前まで来てくれて一律300円で、町内全域と白樺湖周辺、丸子中央病院やスーパーツルヤなどに行ってくれます。
出先からもオーダーできます。

この日の山小舎の朝

当日、朝8時20分にやってきたながわごんで西白樺湖バス停まで。
待ち時間がありましたが、空いていた土産物屋で過ごし、9時ころの路線バスで茅野駅まで行きました。
運賃は2000円。
値上がりしてましたが、シーズンオフでも1日2本の路線バス(茅野駅、車山高原間)が運行しているのは心強いものです。

コミュニテイバス・ながわごん
西白樺湖バス停で路線バスを待つ
朝日に映える蓼科山

真っ白な白樺湖御周辺の雪景色の中をバスでらくちんな移動です。

定時通りやってきた路線バス
この日のバスの車内。ほかに外人客が4人いた
バスから見た白樺湖の湖面

茅野駅で立食い蕎麦で腹ごしらえ。
甲府行きの普通列車に乗り込みます。
大月で東京行きに乗り換え、三鷹で降りてバスで帰宅しました。

茅野駅の駅蕎麦は東京のそれに比して美味い
甲府行き普通列車の車内

山小舎の2026新年

2026年あけて1月。
冬休みの孫たちが山小舎で雪遊びをしました。

寒々しい1月の山小舎

前のりして家を温めておいたジジ・ババ。
山小舎は冷え切っていました。
水道の凍結はなかったものの、台所の蛇口が反応せず不自由しました。

ストーブをガンガン焚いて部屋を温める

それでも孫一家は、いつもの炭火焼きに舌鼓を打ち、翌日には近くのブランシュ鷹山スキー場で子供向けスキー教室を2時間受講しました。
この子らの親世代は、人によってはスノーボード世代なのですが、本人たちの希望によりスキーでの講習だったとのこと。

二日目は鍋と昨日の焼き物の余り
鎌倉を作っていた

空いた時間で山小舎周辺での雪遊びも。
坂と橇があれば十分楽しそうなのが子供の良いところです。

雪遊びを喜ぶ

台所の水道問題で一人残ったジジ。
問題は凍結ではなく、蛇口の水量弁の開け閉めだったことが判明し、一人遅れて帰宅となりました。
孫たちは2月にも来たいと申しておりました。

あけおめ ことよろ

2026年 あけましておめでとうございます。
ことしもよろしくお願いいたします。

元旦の初詣は近所の厳島神社(金子稲荷神社)へ

ということで、昨年12月中旬に、2025年の山小屋仕舞いを行い、東京の自宅で年越し中の山小舎おじさんです。

境内で焚火をする氏子さんたち

12月中は、毎日1~2時間の大掃除と午後からの自転車散歩。
散歩はいつもの定例コースのほか、東京ならではの景色を求めて神保町などを歩きました。
家族や孫たちとのクリスマスや年越しも賑やかに過ごしました。

厳島神社への参拝

昼間の時間、阿佐ヶ谷、荻窪、西荻、吉祥寺、三鷹、国分寺などのコースを一回りすると、新しい自転車散歩コースにも事欠く2026年1月の日常になっています。
それでも年の瀬、正月と都市部ならではの賑わいを楽しみました。

吉祥寺のお寺で羽根つきをする人たち

天気は良いが、木枯らし吹きすさぶ東京の冬に、思わず感じる疎外感をあえて少しは自覚した方がよいのでしょうか。

同じく駒回しの少年たち

軽トラ買替えと、令和7年山小屋仕舞い

9年間お世話になったというか、苦楽を共にした?軽トラを買替えました。
今度の車種は日産のクリッパー。
カラーはシルバーです。

今年に入って買替えを考えて探していました。
どこといって故障はないのですが、エンジンの警告ランプがつきっぱなしの愛車スズキキャリー。

走行距離は10万キロ越え、硬いハンドル、クーラーは効かず、アクセル全開でも90キロ止まり、坂道は助走をつけて50キロがやっと、丸太と農機具をさんざん運ばされたボデーは傷だらけ、錆びだらけです。
それでも文句を言わず、東京の自宅の往復もこなし、文句が出るのは冷房が効かない車内に値を上げる我が生身のボデーだけ、という涙ぐましいハイパフォーマンス。

車検の迫る11月になって慌てて近くのモーター屋で、予算50万、走行距離不問で中古車探しを開始するも、「皆さんそうおっしゃるけど、軽トラの値段は中古でも50万じゃ買えませんよ」との返事。
それでも丸子自動車の社長が、78万のクリッパーを提案してくれた。

クリッパーの条件は、1月の車検を取った上で、名変代込み、荷物トランクをつけること。
さらに荷台にラバーが敷いているのもポイント。
走行距離は3万キロ、パワステ・四駆のきれいな車だった。
値段は予算オーバーだったがここは手を打った。

山小舎10年目を友に向かえるクリッパー

山小屋仕舞いの1日前が納車日。
雪にまみれ凍り付いた愛車キャリーをせめて凍っていない車内のシートの泥を払い、タイヤに慰労の日本酒をかけて別れを告げる。

苦楽を共にしたキャリーに日本酒をかけて労をねぎらう
この日の姫木構内

丸子自動車では、キャリーのスタッドレスタイヤを、クリッパーに履かせ、夏タイヤは荷台に乗せてくれ、残金を払って受け取り終了。
カーウオッシュに残されたボロボロのキャリーがもぬけの殻のように見えた。

クリッパーにもスタッドレスを履かせて夏タイヤは荷台に
今日からはクリッパーで

翌日、山小舎おばさんが迎えに来てくれて山小屋仕舞い。
すっかり水道を落とし、ボイラーなどの配管の水も落として山小舎を後にする。

今度は1月早々のスキーツアーで再び訪れる予定だ。

帰りに丸子の直売所で注連縄飾りを買って帰る

防寒施工で DIY!

山小舎で暮らし始めた当初、若干のリノベーションを依頼した地元の大工さんが何度も「姫木では寒さ対策を第一に考えないと」と言ってましたっけ。

日本の平均集落が標高900メートル以下に分布しているとしたら、山小舎は1500メートル近くに立地します。
麓の集落の古老が「姫木なんかは人の棲むとこじゃねえ」と言ったとか言わないとか。

毎年冬が近づくと寒さ対策に追われる山小舎おじさんです。
今まで行った対策はというと。
屋根裏がむき出しだった2階の天井に、天井板を敷いた(大工さんに依頼)。
サッシを厚いものに取り換えた(同じ)。
灯油ファンヒーターを購入した、アラジンストーブを(芯を自力で取り替えて)持ってきた。
半地下にある水道管にサーモスタッド付きの電熱線を巻き、断熱材で覆った。
などです。

更に山小舎おじさんの自力で行った対策には、居間部分を仕切る(暖気を逃さない)ビニール張り、があります。
これだけでもかなり違います。
真冬は和室の襖も閉めておきます。
2階への吹き抜け部分も塞ぎます。

居間と洗面所の間にビニールを下げる

12月に入り寒気が来ました。
毎年冬が来る前の作業として、水道管に巻いた電熱サーモスタットのスイッチを入れに半地下に下りると、半地下の入り口が壊れて開いているのが確認できました。
これじゃあ寒いはずだ。
通気性のいい半地下の造り、もしくは一階部分を柱だけとし2階以上を居住部にする造りは、寒冷地では床が冷えて寒いのです。
山小舎でもせめて半地下の通気を防がなくてはなりません。

半地下の水道管に巻かれた電熱線を通電する
扉が壊れたまんまの半地下入口
内側から見たところ

本格的な対応は来春に行うこととして、とりあえず内側からコンパネで塞ぐことにしました。
コンパネが内側に倒れないように押さえます。
その後は心なしか、室内の寒さが収まったような気がします。(寒さに慣れたのかもしれませんが)

コンパネで内側から塞いでゆく
塞ぎ終わったところ

山小屋仕舞いの際は、水道の水抜を完全に行わなければなりません。
現代の住居では、ボイラー、ガス湯沸かし器、風呂場のカランとシャワー、トイレタンクなど、水道の元栓を抜いても水がたまったままの機器があるので、個々の機械の水抜きもしくは不凍液混入などの対応が必要です。

屋外の水道は11月中に水抜きしました。

雪の山小舎

12月に入り全国的に寒波の予報が吹き荒れた日。
長野県は大雪警報が出ました。
一夜明けてみると一面の銀世界でした。

朝、ベランダから外を見る

リンゴ畑に通った11月中にも雪が降りましたが、あの時はどちらかというと寒さと霜がメインでしたが、12月に入ってからの寒波は本格的な降雪をもたらしました。

玄関先の雪を払う

玄関先の雪を雪かきしました。
さらっとした雪は箒で除けるくらいです。

朝日に輝く山小舎の雪
干し柿が雪の朝日に照らされる

お日様が出てからの山小舎は雪が輝き、木の影が長く伸びていました。

木々の影が雪面に伸びる

この時の雪は山小舎周辺に氷となって残っています。