軽トラ流れ旅’26 川上村へ

川上村

軽トラ流れ旅の追い込みシーズンです。
10月のある日、東信地方の川上村へ行ってきました。

川上村は長野県の東端に位置し、野辺山地区と埼玉県秩父市の間にあります。
高原野菜で有名な村で、日航ジャンボ機の墜落事件では、墜落した機長が最後に川上村の真っ平らな畑に軟着陸しようと試み、群馬県側の御巣鷹山を越えようとした、と伝えられた場所です。
事故に当たって当時の川上村村長は救援に尽力したといわれます。

野辺山から小海へ向かう国道沿いからは東に離れた川上村。
JR小海線の線路が大きくカーブして川上村によってから小海へと向かっています。

この日は、野辺山駅付近の踏切を越えて川上村方面へと軽トラを進めました。
国道をビュンビュン走っていた自家用車やトラックはとたんに姿を消し、道路の両脇にパッチワークのようなキャベツや白菜、レタスの畑が広がっていました。

野辺山から川上村を目指す

かなり走ったところが村の中心部でした。
役場や直売所、食堂が入った林業センター、郷土文化資料室の入った文化センター、スーパーナナーズやコンビニなどが集まっています。
直売所でカボチャを買いながら店主に話を聞きます。

村役場の構内にある直売所

・ここから秩父に峠道が二本通じているが、十文字峠は封鎖中。大垂水峠はダートで車高が高い車でないと無理。
・白菜は直売所だから300円で出している(東京では一玉1000円がニュースとなっていた)。白菜はそろそろ終わり。
・外国人の技能実習生がいないとこのあたりの高原野菜の生産は無理。ここの周りにもたくさんいる。
とのことでした。

マップをもらって村内のポイントを探し、先ずは役場構内に飼われている川上犬を見に行きました。

川上犬の犬舎

日本犬の一種という川上犬は、5メートル以内に近づくとうなりはじめ、それ以上近づこうとすると軽く吠えました。
猟犬としての誇り高さに敬意を表し、踵を返すと、それ以上吼えませんでした。

役場構内には林業センターというモダンな建物がありました。
2階の食堂はやっていて、覗くと2、3組の来客があります。
ここでランチとしますか。

林業組合センター(2階に食堂がある)

林業センター食堂でチキンソテー定食をかきこんだ後、マップに載っている、郷土文化資料室へ。
大きなホールを持ち、休日の子供たちの居場所だったり、会議室があったりする村立の会館に郷土文化資料室がありました。

村民センターの外観

吹き抜けの会館の2階部分に資料が展示されています。
縄文遺跡から、中世の群馬からの通商路、近年の高原野菜の産地へと、川上村の歴史の展示です。

センターの二階ロビー

その中で特に興味を引いたのが、川上村南部にあり秩父との間に修験道を通じていた金峰山信仰の部分と、日本犬の地方種の川上犬、そして戦後の高原野菜での村おこしの部分でしょうか。

郷土資料館展示、川上犬について
郷土資料館展示、金峰山信仰について
郷土資料館展示、金峰山信仰縁起
戦後初期の高原野菜出荷

金峰山

金峰山は川上村から大垂水峠方面へ向かった峠道を別れたルート上にある日本百名山です。
秩父から金峰山、峠道を下っての川上村までは、は古来からの修験道と呼ばれた地域だそうです。

この日の流れ旅の後半は金峰山関連の信仰文化の痕跡を訪ねること、にしました。

大垂水峠方面の峠道を進みます。
交通量はさらに減って、周辺は高原野菜の収穫風景が広がっています。
まったくの別天地です。

金峰山へ向かう道
川端下の集落入口に立つ大鳥居

川端下(かわはげ)という地区は、金峰山修験道の下流に位置する集落で、立派な鳥居があります。
村営バスのターミナル(車両転換場)があります。
集落内はひっそりと人の気配がありません。
秩父への峠道のほぼ行き止まりの場所になってから徐々に衰退していったのでしょうか。
金峰山神社があるとのことですが見つかりません。

川端下を進み、金峰山ろく方向へ進むとゲートがあってこれ以上は有料道路となっています。
ゲートの中はキャンプ場のようです。
岩登りの名所でもあるのか外人グループがいます。

ここで引き返します。

帰りにスーパーナナーズで買い物。技能実習生の来客が多い

金峰山信仰の軌跡は表面上は残っていませんでした。
秩父との交易ルートもほとんど機能していないようです(ライダーたちの峠越ルートにはなっているようです)。

技能実習生が回す高原野菜の畑が広がり、落ち着いた地域文化と社会が残っている川上村でした。

軽トラ流れ旅’26 須坂が拠点だ、米子瀑布(登山口)と長電の旅

米子渓谷

長野市の北東に位置する須坂市のさらに東方に、米子大瀑布という場所があります。
日本の滝百選に選ばれ、秋の紅葉で名所となっています。
車道の終点から、徒歩で滝の見える地点まで行けるそうです。
途中にはかつて硫黄鉱山として栄えた跡地があります。

米子瀑布のマップ

数年前から行ってみたかった米子の瀑布。
小布施で葡萄を手配した帰りに寄ってみました。

硫黄鉱山の写真

須坂の市街地から、米子瀑布へと登る林道の入口に着きます。
麓の集落の神社や、傘を被ったお地蔵さんを見ると、このあたりの歴史の深さを感じます。
思っていた観光地とは一味違うようです。

麓の集落にあったお地蔵さん
山道に分け入ってゆく

林道は延々と12キロの山道を登ってゆきます。
対向車はほとんどありません。
道幅は狭く、路面状況も必ずしも良好ではありません。
ようやっと登山口の駐車場に着きました。
ほぼ満車でした。

12キロの山道
突き当りの駐車場

三世代のファミリーが車から降りて登山道に入ってゆきます。
県外ナンバーの車に登山の装備をした夫婦が下りてきました。
登り口からの眺望や見通しはありません、山道へ入ってゆく登山道があるだけです。

登山道入口

これではちょっとの散歩で滝を見られたり、廃鉱跡地に行けるわけではなさそうです。
今回は下見ということで、ここまでとし、瀑布への山歩きは出直しになりそうです。

百名滝の名勝地、硫黄鉱山跡地の景観、修験道としての仏閣など、米子大瀑布の見どころはたくさんありそうです。一周3キロの山道。
約2時間の行程といいますから、私にとっては3時間ほどのハイキングとなりそうです。
来年の季節のいいころに再訪したいと思いました。

長野電鉄

長野電鉄、通称長電(長電)は、第三セクターではない純粋の私鉄として県内最大の規模を誇ります。
長野市を中心に、須坂、小布施、中野、湯田中温泉などを結びます。
一度、権堂駅から長野駅までの地下路線を乗ったことがありましたが、本格的な乗車はありません。
この日は時間があったので、須坂駅へ向かい、湯田中方面行きの列車に乗ってみようと思いました。

駅で時刻表で中野行きの時刻を確かめ、昼飯を求めて駅前のイオンへ。
弁当を買い求めて加温し、それをもって駅の待合室へ。
ここでランチです。

長電須坂駅前
駅改札口
ランチはイオンののり弁

中野行きの普通列車に乗り込みました。
須坂駅は車両の車庫がある広い構内を持つ駅ではありますが、休日の午後のこの時間のホームは閑散としています。
車両は、小田急などのおさがりが多いようで、いろんなタイプの車両が通過してゆきます。

須坂から中野への切符
ホームから見る車庫
中野行き普通列車が到着

車内は高校生や、技能実習生のアジア女性、インバウンドの白人などの乗客でした。
列車は北信の田園風景の中、小布施などを経て終点の中の駅に着きました。
帰りの列車まで、一時間ほど中野の街をぶらつくことにします。

車内
中野駅に到着
中野駅駅ビル

駅前にルートインホテルが建ち、ロータリーにはたまに乗用車が着くくらいで閑散としている中野駅周辺。
国道のロードサイドは外食チェーン店などが並んでいる中野を知っているだけに、市街地の寂しさはひとしおです。

駅前の彫像

営業中の食堂や、閉まった商店、ちょっとした飲み屋街などを見て歩くと時間が過ぎました。
駅前に出店しているベトナム料理店だけが、同胞の来客で賑わっていました。

駅前のラーメン屋は閉まっていた
飲み屋街のスナック
飲み屋街の雑居ビル
中野出身のベイスターズ牧選手

上り列車で須坂に戻り、駐車場に止めていた軽トラに乗り込みました。
夕方近くなった須坂駅前は、部活動?から戻った高校生を迎える自家用車で賑わっていました。

軽トラ半日旅 小諸へ

9月のある日、思い立って小諸へ半日旅をしました。

古い城下町で、北国街道宿場町としての歴史もある小諸。
ご多分に漏れぬ地方衰退の時期の後、最近では街中に若い移住者が店を開くのがブームになっているとか。
軽井沢から御代田町へと西進してきた移住先のブームが、小諸にまで至ってきたのかもしれません。

秋晴れの空の下の小諸の街
北国街道沿いの旧長野銀行だった建物。行員がコロナにり患した際に窓ガラスに投石されたとのこと

山小屋からは上田方面へ下って、中山道沿いに笠取峠を越え、千曲川方面へと平地を走れば小諸に至ります。
軽トラを駅の駐車場に止めてまずは駅前の観光案内所へ。
案内所の女性と雑談し、ランチにお勧めの店を聞きます。
『埼玉から移住した夫婦がやっているおにぎり屋さんが人気です』というので街中に店を訪ねました。

駐車場にフェンスには小諸馬子唄が
旧JR信越線、現しなの鉄道の小諸駅。JR小海の発着駅でもある

すでに店の前には親子が一組並んでいます。
一緒に並ぶのも何なので、昼前の小諸の中心街を一回り。

かつて入ったことのある食堂のサンプルケースや、駅前の純喫茶などを見て歩きます。
おにぎり店に戻ると列がさらに増えていたのであきらめて他を探します。

案内所ですすめられたおにぎり屋さん
ベテラン夫婦が切り盛りする食堂。甘めの味付けのソースかつ重セットを食べたことがある
駅近くには今でも純喫茶が多い
中にはこういった個性的な店も

北国街道沿いのラーメン屋がかねてから気になっていたので入店。
魚介系のダシが効いたラーメンをすすります。
地元の人がひっきりなしにやってくる店でした。

駅に隣接した小諸城址は、懐古園と呼ばれた公園となっており、桜や紅葉の時期には名所としてにぎわいます。
数年前に見た園内の紅葉は見事でした。

園内の動物園には入ったことがなかったので久しぶりに寄ってみます。
懐古園の入場料で動物園にも入場できます。

懐古園内の小諸動物園へ

キツネなどの小動物、インコなどの家禽類のほかライオンもいます。
ペンギンも。

のんびりと動物を見る孫を連れた祖父母がいます。
閑散とした場内のアットホームな雰囲気は、猛獣がツキノワグマしかいなく、寒い季節のカピバラの温泉浴が売り物の須坂動物園と双璧でしょうか。
若い女性の飼育員がテキパキしていた須坂動物園の方が活気があるような気もします。

ペンギンが歓迎してくれた
カマキリも秋の日差しに日光浴

紅葉の時期を前にして人気のない懐古園を散策して駅に戻り、秋晴れの小諸の半日旅を終えました。
地元を知る人と歩けばもっと面白かっただろうと思いました。

場内では時折、草笛同好会の演奏もあるらしい
小諸城の城壁が歴史を詠う

猫のいる修那羅山

山小屋の北方に位置する筑北村に修那羅山という場所があり、山頂に神社が建って立います。
普段は無人の神社ですが、山小舎おじさんは毎年のように訪れ、木のお札をもらって、軽トラにぶら下げています。お守りのつもりです。

先日は、小布施方面に出かけ、帰りに筑北村を通ったついでに神社によって新しいお札をもらってきました。

この日は村の中心部方向から、車道で神社を目指します。
大鳥居前の駐車場まで車道が続いていました。

修那羅山の大鳥居

夕方前とはいえ、人気がなく、深山のような気配に満ちた参道を歩くことしばし。
階段を上った先に本殿というか本堂というか、神仏習合的な存在の修那羅山が見えてきます。

参道を行く
階段の先に境内が見える

境内は凛とした、また威厳に満ちた雰囲気だけではなく、ほっとするようなアットホームな雰囲気が漂っています。毎度のことですが、修那羅山のこの家庭的な雰囲気が大好きです。

本殿に着いた

ふと見ると無人の境内に猫が一匹こちらを見ています。
前にも出会った猫でしょうか。
落ち着いた雰囲気で、かといってたまに来るであろう参拝者に関心がないわけではない風を醸し出しています。

前回は不用意に近づいて避けられたので、ほどほどに近づきパチリ。
テキはびくともしません。

無盡男社務所に猫がいた

本殿にお参りして備え付けのノートに記帳します。
お賽銭を納めて新しいお札をもらいます。

芳名帳に記帳して木札をいただく
新しい木札。古い木札は納める

木の札を作り、参拝者に提供し、記帳用のノートを用意する。
こういったところの気遣いの温かさがこの神社の、いつまでも続いてほしいところです。

本殿の背後の山の中には、羅漢の石像が多数並んでいます。

ほっこりした気持ちで修那羅山を後にしました。

軽トラ流れ旅’26 ゼロ磁場、さくらホテル、高遠蕎麦

日本列島を東西に横切る中央構造線。
九州から諏訪湖までの地層の構造線です。

中央構造線が通っているのが伊那谷の東方に位置する分杭峠。
高遠から大鹿村を通って南下する松葉街道という街道が通る道沿いでもあります。

その分杭峠付近には、気があふれていて人を癒すという場所があり、ゼロ磁場と呼ばれています。
中央構造線の線上には、その地層が露呈する場所が何か所かあり、「露頭」と呼ばれています。
ゼロ磁場もそれと関係してるのかもしれません。

この日はその分杭峠へ行ってみることにしました。
秋葉街道は片側1車線の道で、分杭峠付近は道幅も狭く、駐車スペースはありません。
ゼロ磁場が人気を呼んで、訪れる人が増えた結果、麓から峠まではシャトルバスに乗って訪れることとなっています。

この日は朝7時に山小舎を出発。
9時発のシャトルバス始発を目指しました。

茅野へ下りて、杖突街道で高遠を目指します。
高遠から秋葉街道を南下し、途中の戸台というシャトルバスの発着場所に行きます。
そこからは分杭峠方面と、南アルプスの仙丈ケ岳方面とにバスが出ているのでした。

シャトルバスの出発場所戸台パーク

バスを待つ間、案内のおじさんが『ゼロ磁場では、ピリピリするという人もいますが、私は感じたことがありません。磁石がぐるぐる回るのは見たことがありますが』と雑談してくれました。

バスが到着

9時のバスの乗客は、私のほかに夫婦が二組。
運転手さんは道すがら、『前方の集落は云々』、とか、『ここが従前のシャトルバスの発着場所だった』、とか『そろそろピリピリしてくるころ』、だとかアナウンスしてくれます。
場所によってはすれ違い困難な狭い山道を慣れた運転で30分弱で分杭峠へ。

車内風景

そこには別のおじさんが3人ほどいて、気場と呼ばれるスポットでおしりに敷く道具を貸し出してくれます。
少し坂を下るとそこが気場です。
空気が肌寒いだけではなく、澄んで軽い感じがします。
周りの景色も含めて、山の中にいる清々しさに満ちています。

分杭峠から気塲へ下る
気場に到着

気が向けば一時間ほどもいようかな、と思っていましたが、午前中の山は肌寒く、持って行ったヤッケを着込んでも寒さは消えません。
30分後の折り返しのシャトルバス乗り場には、同行の4人全員が揃っていました。

麓の駐車場で軽トラの駐車料金1000円を支払いました。
駐車係のおじさんは『分杭峠は朝の内はまだ寒いだろうね。でもいい場所だったでしょ?』とニコニコしていました。
確かにめったにない清々しい場所でした。
『ピリピリ』はしませんでしたが。

戸台の駐車場に戻る

分杭峠を訪れた後の楽しみは、麓の道の駅と、高遠さくらホテルの温泉と、高津の街の蕎麦屋です。

麓の田圃

道の駅アルプス村長谷は、高遠に下りる途中の長谷村にあります。
付属のパン屋さんには、予約のクロワッサンを受け取るお客さんが並びます。
食堂は、サイドデイッシュの野菜が食べ放題です。
直売所には、美味しいことで有名な地元の長谷米が玄米も含めて常時出品されています。

道の駅構内にはビジターセンターも建つ
ビジターセンターにて
ビジターセンターでも分杭峠は注目の的

高遠さくらホテルの温泉は最近のお気に入りです。
立寄り湯800円です。
ヌルヌルした感触の肌触りの良いお湯は、上がるとすぐ蒸発して、いつまでも体が濡れていません。
いい温泉の証です。

さくらホテル入口
ホールの油絵

このあとは高遠の商店街の無料駐車場に車を止めて散策です。
目ざす蕎麦屋は休暇中とのことで、2回ほど行ったことのある華留運(ケルン)に入ります。
プロの蕎麦屋さんのいいところは細切のそばが食べられることです。

高遠商店街の和菓子屋。若女将は若いころのボーイフレンドが調布に住んでいたという
和菓子屋に紹介されて訪れたことのある不動産屋。ご主人が田舎暮らしの雑談に応じてくれた

サイドデイッシュにたっぷりのなめこおろしを注文します。
大根おろしに味噌を解いたツユが出てくるものこの店の特徴です。

高頭蕎麦二八

癒しに満ち満ちた分杭峠の旅でした。

大室古墳群

松代の観光案内所でスタッフさんに聞いた、長野市内の大室山古墳群へ行ってみた。

須坂から長野市松代へ向かう道の途中。
長野市若穂という地区の山沿いに古墳群はありました。

麓の千曲川沿いには長野鉄道屋代線という私鉄がかつて走っており、使われなくなったトンネルが残っています。

ナビに従ってこのあたりの集落を通り、田んぼの中を分け入って高速道路のアンダーパスを抜けると、発掘途中の古墳群を中心とした、広々とした公園がありました。

大室山古墳群は大小さまざまな古墳が存在しています。
石室のような造りのものもあれば、現在では土が盛られたようなものもあります。

千曲川右岸のこのあたりには、千曲市森地区の森将軍塚という巨大な前方後円墳が復元されています。
先日、信濃毎日新聞の記事で『3世紀以前の構築か?』と、大和朝廷以前の構築を報道された、弘法山古墳というのが松本にあります。
下諏訪の温泉街の真っただ中に、中規模の古墳が保存されていることもあります。
道端の私有地に石室が残されているのを見掛けることもあります。

全国有数の個体数を誇る長野県内の古墳。
その全容と、歴史的背景は今後の解明を待たれます。

解明された暁には、東国の中心地としての信州の古代史と、日本史全体の歴史の書き変えもなされるのかもしれません。
生きている間には無理でしょうけど。

奥蓼科温泉郷 渋御殿湯

八ケ岳周辺には数本の車道が走っています。
蓼科から、美ケ原高原までを周遊するビーナスライン。
麦草峠で八ヶ岳を横断するメルヘン街道などです。

麓でメルヘン街道と別れ、湯みち街道と呼ばれる道路で八ヶ岳の山懐を目指す、その行き止まりにあるのが渋御殿湯です。

湯道街道沿いには、明治温泉、信玄の隠し湯と呼ばれる渋辰野館の二つの温泉旅館があります。
そして最深部にあるのが渋御殿湯です。
ここからは八ヶ岳の麦草峠近くの白駒の池などへ通じるハイキングコースなどがあり、登山客、ハイカーなどに人気で、休日には一日一往復の路線バスも運行しています。

軽トラで茅野側に下り、奥蓼科方面への道案内に沿って走ります。
田園風景と集落を過ぎると、別荘が散見される風景となります。
さらに登ってゆくと山林の風景となり、観光名所の御射鹿池が現れます。
東山魁夷の絵で有名になった場所です。

その先を谷底に向かって下った場所に明治温泉があります。
冬期間は休館しますが、開湯130年といわれる古い温泉です。
源泉は24度だそうで加熱しています。

次に現れるのは、信玄の隠し湯と呼ばれる渋辰野館です。
日帰り入浴料は1400円と高いのですが、加熱した湯船につかると何ともいえずお湯が体と心にしみます。
低温の源泉の浴槽もあります。

辰渋野館を過ぎると途端に路面が荒れてきます。
行き止まりに現れるのは、昭和の山奥の温泉そのものの風景です。
古いモルタル造り(と思われる)の旅館が川に沿って長く伸び、人気(ひとけ)のない景色の中にかすかな硫黄臭が漂います。
空気はもちろん、山の精気に支配され澄み切っています。
良い温泉場の条件が整っています。

奥蓼科温泉郷の最深部、渋御殿湯の風景
休日のみ運行の路線バス停留所

一段と肌寒くなり小雨さえ降ってきた中を、渋御殿湯と呼ばれる館内へ入ります。
70代後半と思しき主が出てきて日帰り入浴料金1100円を告げます。
宿帳を差し出し『名前だけでいいですから』と一言。
記名して、人気(ひとけ)のない館内を浴室へと歩を進めます。
廊下の暗さも昭和の山奥の温泉風情です。
ワクワクします。

渋御殿湯エントランス
浴場への廊下

薄暗い脱衣所にはコインロッカーなど当然ありません。
浴室はオール木造でつるつる滑ります。室は伝統的な木造。
湿気を吸って重くなっている木製の蓋を外して湯につかります。
蓋がしてあるのは渋辰野館と同様です。
源泉が適温に温められ循環しています。
湯温に温められ、硫黄を含んだ湯気に肺臓を癒され、静けさに心を静められます。

浴槽にふたが乗っている。誰もいなかったので撮影させていただきました

ふと見ると浴室の端っこに真四角の浴槽があります。
源泉です。
26度という温度は浸かるのに勇気がいります。
ゆっくりと浸かっていると目が覚めてくるような?気がしてきました。
源泉の成分が効いたのでしょうか?

再度沸かし湯に入って人心地着きますが、体の内部はすでに十分温まっているような気がしました。

源泉の浴槽

主の笑顔に送られて旅館を退出。
かつては登山客でにぎわい、宿泊客で混雑したときもあったのでしょう。
八ヶ岳の麓の古ーい温泉旅館でした。

奥蓼科温泉郷の3つの湯に入りましたが、浴室と浴槽のあつらえの年季の入り方では、渋辰野館とここ渋御殿湯が双璧でしょうか。
ただこの2館とも経営が高齢化しているようです。
その点、明治温泉のスタッフの現役感と一部若いスタッフに未来を感じました。

玄関の断り書きの数々

すぐ隣には東急リゾートが開発し、ゴルフ場や別荘マンションがある蓼科別荘地があるのに、一本入れば寂れた温泉場が残っている。
ここ奥蓼科温泉郷は、別荘族にも、ましてやインバウンドにもノーマークの穴場です。

岡谷スカラ座界隈のことなど


戦前には製糸工場が建ち、県内外から集まる女工さんであふれたという岡谷は、大正時代には鰻が年間50トンも捕れたという諏訪湖に面した町です。
今では水門で諏訪湖とそこから太平洋に流れ出る天竜川の間が隔てられ、諏訪湖で採れる鰻は激減しました。

岡谷では、鰻屋さんへ行くか、レイクウオークというショッピングモールへ行くか、諏訪湖畔から花火を見るか、ですが、隠れたセールスポイントは中心部にある市営駐車場が5時間無料なことです。

駐車場が入った商業ビルの閑散とした風景を眺めつつ、向かいのビルのスーパーで野菜の廉価販売を覗くともうやることがないのが悩みです。
少し歩けば駅があり、かつては駅へつながるビルに飲食店などが並んでいたのですが、現在はビル自体が閉鎖され、ますます見るところがなくなりました。
交通の起点としての岡谷駅も、路線バスが茅野との間にしかなかったりで、JR中央線の駅として以外はほとんど機能しておらず、寂しいものがあります。

岡谷市営駐車場が入居するイルプラザ
ビル内の注意書き
1Fのゲームセンター

その岡谷中心部にスカラ座という映画館があります。
名前からして独立系映画館のようです。
上田や塩尻、伊那、飯田などに残っている、文化財的な現存木造映画館ではありません。
ロードショー系封切り作品専門のシネコンです。

かつて女工さんであふれたという岡谷のメイン通り

この日は、5時間無料の市営駐車場に軽トラを停め、スカラ座へ諏訪地域唯一のシネコン映画館の様子を見てきました。

スカラ座への近道

今どきの映画館らしく、ポスターの掲示をスマートに行っただけのレイアウトの入り口を開けると、チケット売り場へのアプローチがあります。
全部で7つのスクリーンを持つシネコンです。
ロビーには時間別、スクリーン別の上映予定作品がマトリックスされています。
ロビー奥には3人もの若い従業員が立っています。
ほかにスクリーン別に誘導する動線上に案内係の女の子が一人。
売店には専任の女性もいます。
ポップコーンセットが750円とあります。
従業員は全員黒のユニフォームです。

近代的な入口

デートカップルのヤングが出てきて売店の前にいます。
ほかには客の姿はありません、上映中なのでしょう。
ロビーは黒一色で統一されています。

外壁でのポスター掲示

このシネコンのロビーの風景は、吉祥寺のそれと、また上田アリオというモールにあるそれと、同じです。
レイアウトもそうですが、コンセプトというか雰囲気がそっくりです。
現在のシアターを表すコンセプトです。

上映作品の案内

岡谷スカラ座が独立資本のシネコンだとして、そのスタイルが東宝シネマスなど配給会社系のシネコンと酷似しているのは、あるいは配給会社など業界の上流から、独立興行側への契約上の締め付けのようなものがあるからなのでしょうか。

別棟に2スクリーンある

「鬼滅の刃」、「名探偵コナン」や「スパーダーマン」などの作品は、配給会社直営の映画館以外で上映するためには、貸出料金のほかに上映回数などの厳しい条件をクリアしないとだめで、それ以前に上映環境などにも条件付けされているのかもしれません。
そうだとしても、独立系としてロードショー上映に拘り、岡谷の街で興行の世界というケモノ道を突き進むスカラ座の存在に興味がわきます。

左がロビーとメインスクリーンのある棟

早々にロビーからの退散を決めた視界に、上映予定作品のチラシのラックが飛び込んできました。
『原作:大川隆法』の文字が目をかすめます。
まだ幸福の科学が新作が出ているのです。
当該チラシを素早くかっさらいます。

幸福の科学の新作チラシ

数年前に、茅野の新星劇場という”現存木造映画館”で幸福の科学製作の映画を見たことを思い出しました。
観客はほかに一人でした。
当時はすでに新星劇場は定期的な上映は行っておらず、毎年秋の『小津安二郎記念蓼科高原映画祭』の会場となる以外は、春休み時期のアニメくらいしか興行上映はしていませんでした。
幸福の科学作品の上映は、新星劇場での久しぶりの興行上映でした。

その幸福の科学作品までシネコンに取られては、新星劇場の生きる道がますます細くなってしまうではありませんか。

新星劇場でモギリをしていたオーナー夫人の言葉を思い出しました。
『うちも「鬼滅の刃」を上映したいけど、一日8回の上映が貸し出し条件なのよ』と。
複数のスクリーンを持つ、大都市圏の映画館しか、人気作品の興行はできなくなっているのですね。

岡谷スカラ座と茅野新星劇場が今のところどちらも現存している長野県の興行界です。

葡萄の季節到来

9月といえば葡萄です。

県内の葡萄の産地は塩尻盆地が有名ですが、近年では須坂、小布施といった北信地域が有名です。
シャインマスカット、クインルージュ、ナガノパープルなどなど、覚えきれないくらいの数の品種が並びます。

この日は小布施まで軽トラを飛ばして葡萄の出荷の様子を見てきました。
目指すは小布施の道の駅に付属する直売所です。

道の駅小布施付属の直売所

菅平を越えて須坂に下り、平地を北上すると小布施です。
道の駅に目指す葡萄の直売所があります。
さっそく売り場を物色します、が、期待していた華々しさがありません。
平日なのか、来客数も閑散としています。
去年、自宅と北海道の親戚に送った、3品目セットを探して、係のおばさんに尋ねると以下のような説明がありました。

「小布施物語」の店舗内部。セットが並んでいる

『シャインマスカット、クイーンルージュなど(の人気品種)は6日から出ます。うちは露地栽培なので』
『中旬になると味もよくなり、品種も品数もそろったセットが出ると思いますよ』とのことでした。
やってきたのが2、3日早かったようです。

親戚に送ったセット

『ここ(「おぶせ物語」と銘打った売り場)は葡萄生産者のグループの売り場なの』とのこと。
品質には自信がありそうです。
せっかくなので、北海道の親戚に1セットの宅配を注文、山小舎用に加工用の巨峰をひと箱買いました。
この売り場には、中旬に再訪問しようと思います。

「おぶせ物語」外観

せっかく小布施まで来ました。
まだ11時前です。高山村方面へ向かい、農協限定販売のシードルを売っている高山村選果場に行ってみます。

高山村農協選果場で。念願のシードルをゲット

更に走って村内の温泉を目指します。
今日は近場の子安温泉へ行ってみます。
新装した近代的な建物がありました。
従来通りの直売コーナーと食堂を備えた、木の香り豊かな温泉施設になっていました。

新装、子安温泉の外観

雨の平日にしては集客数が多い子安温泉は、近場の高齢者の居場所にもなっているのでしょうか、休憩室には持参の弁当を広げるおじさんや、ふろ上がりのビールで乾杯するおばさんグループの姿が見られました。

子安温泉食堂にてから揚げ定食

食事と温泉を済ませて後は帰るだけです。
まだ昼過ぎ、下道を松代経由で帰りましょう。

松代ではいつものスーパー現金屋と菓子の蔦屋によって買出しします。
現金屋は果物が安いので、この日も洋ナシやプルーンなどをまとめ買い、コンポートやジャムの材料とします。
蔦屋では饅頭や干菓子などを買って山小舎での甘味の備えとします。

小布施、松代で調達した洋ナシ、ネクタリン、イチヂク
同上、巨峰、トウモロコシ

まだ時間があります、久しぶりに街の中心部にある観光案内所に寄ってみます。
松代の観光案内所は、よくある若いお姉さんが座っていてパンフレットが置いてあるだけの場所ではありません。
定年以上のおじさんが頑張っていて、来客には熱意のこもった情報提供を行い、必要に応じて即席の意見交換も辞さず、松代とその誇る歴史的背景に熱情をささげるスタッフがいるのです。
メンバーを中心としたスタッフがまとめた出版物が平積みとなっており、手書きの活動報告が壁に貼られています。その中心人物がミワさんという方です。

この日はミワさんは会議だか?で4時まで不在。
留守番の方と三々五々話しました。

武田の出城として作られた松代城のこと。
廃線となった長野電鉄松代駅舎が売却移転となること。
今に続く真田家が実は途中で松平家から養子を迎えていたこと。
真田家が一時財政困難から代々の鎧などを売却したので博物館ができたこと。
佐久間像山を重用した真田家。
松代大本営の歴史的保存と政治勢力の関係。
松代に食堂が少ない悩み。
養蚕と製糸業で栄えた松代だが、その後の産業転換がなく没落したこと。
街中に水路が保存されていること。
近年廃線となった私鉄屋代線のこと。
などなど約1時間にも及んだ松代ワールドに関するトークに、椅子に座る間も忘れてしまいました。
この人の熱量もミワさんに負けてないわ・・・。

スタッフさんから聞いた松代近郊の大室古墳には行ってみようと思いました。

いやあ、地域って堀越せば起こすほど出てくるものなんですね、歴史だったり文化だったりが。
長野県に限らないのでしょうが。
この先もいろんな場所に行くのが楽しみです。

軽トラ流れ旅’26 高山村、須坂の旅

信州に居住し10年目の山小舎おじさん。
これまでに、野沢温泉、渋温泉、奥蓼科温泉、松代温泉など個性派温泉を訪れました。
ふと思ったのは、『高山村の山田温泉の古民家風の立折り湯には、まだ入ってないなア』でした。

或る木曜日、朝8時前に山小舎を軽トラで出発して高山村を目指しました。

高山村 山田温泉

夏を迎えた信州の景色を菅平まで飛ばします。
菅平はスポーツ合宿の真っ盛りでした。
そこから須坂を目指して長い坂を下ります。
そこから高山村への標識に従って、田んぼや果樹園の中を北上します。

高山村の集落を過ぎ、秋川渓谷に沿って登ってゆくと山田温泉です。
旅館と土産物店が静かに並ぶ温泉街の県道112号線沿いに大湯があります。
野沢温泉の大湯、渋温泉の大湯、別所温泉の石湯などと同じく、大湯の建物は歴史を感じさせる外湯です。

山田温泉の外湯・大湯

大湯の前に、秋川渓谷の最深部に湧く七味温泉の無人の立寄り湯を見に行きます。
紅葉館という湯質抜群の旅館が管理する「野天風呂」という湯小屋です。
『休業中』の看板がぶら下がていました。
帰ろうとすると軽トラがやってきて関係者と思しき男性が降り立ちました。
聞いてみると『入れますよ』との返事でした。
この日の目的は大湯なので、深謝して立ち退きました。
ここのお湯もいいお湯です。

七味温泉の外湯。野天風呂。無人、投げ銭方式

元来た道を山田温泉まで戻ります。
夏の日差しの中、観光客がチラホラ見えます。
大湯の建物に入ると、番台には30代とおぼしき女性が座っています。

400円を支払い入湯。
ヒノキ造りの浴室と浴槽は期待通りです。
無人の湯殿でゆったり過ごします。
湯温は熱くもなく、ぬるくもなく。

洗い場のカランは、樋と堰が木製という前代未聞のものでびっくりしました。
椅子と桶を除き、オール木製の浴室でした。

大湯の正面玄関

上がってからロッカーに納めた貴重品を出そうとして鍵を入れますが、鍵が回りません。
先客が取り忘れた硬貨が、開錠を邪魔していたのでした。

拾得物の100円を番台に届けがてら高山村の情報を聞きます。
この日の目的の一つは、高山村の農協で売っている紅玉シードルだったのですが、この日は農協の選果場が休みだったのです。
『村内の藤田屋酒店というところは品ぞろえがいいですよ。村内のカフェには地元の野菜を置いているところもあります。』との番台のお姉さんの返答。

また山田温泉の旅館についての問いかけにはの問いかけには『宿泊料が高いが、リピーターの多い山田館と、将棋の藤井聡太が対局した藤井荘という旅館が人気ですね』とのことでした。
また高山村はインバウンド客が少なく(混雑していない)とのことでした。
ほかにも子安温泉が建物の改築で休業中など、聞けば聞くほど様々な情報があふれ出てくる方でした。

天田温泉の温泉街

高山村 子安神社、藤田屋酒店

大湯の番台のお姉さんに教えられた酒屋に向かう途中に子安神社がありました。
帰りに寄ってみようと思っていた雰囲気のある神社でした。

高山村、子安神社

軽トラを下りて人気のない境内をうかがうと、全国にある子安神社の中でも最も風格のある神社との由緒書があります。
現在もなお、日々の手入れと信仰がうかがえる神社です。
鳥居を潜って本殿にお参りしますが、賽銭箱がありません。
鍵のかかった本殿内部にあるようです。

本殿

お参りの後、境内で周囲を見渡すと、狛犬の背後に夏の青空と秋川渓谷の山々が広がっていました。
やはり民間信仰の場所はいい立地に建つのだなあ、と風景に見入りました。

風景を境内から望む

番台のお姉さんに教えられた酒店へ寄ります。
この店は県道を走っていても目立ちます。

店内は、地元のワインなどを前面にフィーチャーしたレイアウト。
聞けばいくらでも情報提供してくれる若店主がいます。
選果場で売っている紅玉のシードルのことを聞くと、『農協で作って売っているシードルかな。ほかでは売っていません』といって別の地元産のシードルを出してきます。
紅玉、フジなどの混合とのこと。

『山田温泉から来られた方ですよね?』というので聞き返すと、酒屋さんに山田温泉から連絡があったとのこと、あのお姉さんが電話したのでしょうか、『紅玉のシードルを探している高齢のおじさんが行くかもしれない』と。

大湯の番台のお姉さんの地元愛の強さとともに、地域のネットワークの深さというか、強さを感じました。
結局農協のシードルは手に入らなかったのですが、此方にあったシードルのほか、地元産で限定流通の白ワインの2024年産と2025年産をいただきました。

購入した村内限定ワイン

須坂市役所食堂

テレビのローカル放送は貴重な情報源です。
日々のローカルニュースのほか県内の食や名産品に関する情報番組を見ていると『これは!』と思う情報にぶち当たります。
それらをノートにメモしておき、行きたい場所や食べたいものをチェックしておきます。
今年になってからのノートに、『須坂市役所食堂』のメモがありました。

テレビ番組の内容は忘れてしまいましたが、今時珍しい市役所食堂の繁盛と工夫がフィーチャーされた番組だったと記憶しています。
今回の旅のランチは須坂市役所食堂にしました。

炎天下の須坂市役所駐車場に軽トラを乗り入れます。
案内を乞い地下の食堂へ。

気になったのは道順を答えてくれた昼休み中の女性職員が、『予約がないと食べられませんよ。メニューはお弁当しかありませんよ。』といったことでした。
どうも雰囲気が違います。

須坂市役所全景

地下一階に下りて食堂を探します。
市役所の地下というと、コンクリートがむき出しの無愛想な作りなのは須坂市役所も同様です。
キョロキョロしていると、立っていた女性が『食堂ですか。予約は?』と聞いてくれます。
予約なしだというと、テーブルで食べている男性グループに『これは予約なしの分?』と確認し、残っている弁当を指さしました。
自販機で食券を買い、所定のケースに入れるとのこと。

地下一階の食堂入口

どうやら食堂は無人化し、メニューは550円の弁当一種類だけ。
それも事前予約した分が主で、一般のフリーな客向けの個数を若干あるだけ。
お茶は自販機のペットボトルを購入、というもの。

食券販売機

窓のない地下の食堂には若い職員のグループが数組と一般の高校生などが三々五々。
かつて食べたことがあった塩尻市役所の食堂を思い出しました。
あそこもメニューは弁当一種類だけ、ただしおじさんが一人立っていて、ご飯を詰めてくれましたっけ。

この日のお弁当

6月15日から現行の体制になったとの張り紙がありました。
来るのが遅かったようです。
もう日本では、役所の食堂に『安かろう、うまくはなくても、だれでも便利に利用できる』スタイルはなくなったようです。
地元調布の市役所食堂もだいぶ前に撤退したのです。
もう須坂市役所に来ることもないでしょう。

断り書き

須坂鈴木養蜂店

これも高山村つながりなのですが、かつて家族で七味温泉の紅葉館に一泊したときに、朝食で出てきたはちみつ(ヨーグルトにかけられていた)の味に感激したことがあります。
入手先は須坂市内の鈴木養蜂店とのこと。
それ以来鈴木養蜂店のはちみつのファンです。

須坂市内の店舗

もう新密が出回った頃か?と須坂市内の同店に寄りました。
店は開いていました、はちみつの新物も並んでいます。
ですがいくら声をかけても反応がありません、いつもいる女性の店番もいません。
仕方なく不在時の電話番号に電話すると主人が『あと5分で戻る』と返事がありました。

如何に人気の少ない須坂の商店街とはいえ、開けっ放しで留守にするとは不用心です。
不良外国人に知れたら一網打尽にされかねません。
この地方では果物の被害はすでに毎年の例でしょうし。

百花と蓮華の新物を買い求めつつ、採蜜が本職の御主人とトークです。
『日本ミツバチはどんな花からも蜜を集めるので味が混ざって美味しくない』
『熊は昔から巣箱を食べにくる、ラジオが一番防ぐ効果がある。毎年の被害は想定内』
『一時期ハチが少なくなって、農家の作物の授粉用に貸し出しができなかったこともあった』
『ズッキーニの授粉は朝早い。ハチがいないと自然受粉は困難』などなど楽しい話が聞けました。

養蜂店前の看板

はちみつ2瓶と湯の花を購入。
いつものようにかりんとうを一袋おまけに入れてくれました。

2026年産の百花はちみつ、菜の花はちみつなど