フリッツ・ラングは1890年オーストリア=ハンガリー帝国時代のウイーンに生まれた。
1907年にウイーン美術学校に入学、続いて科学技術学校に学んだ。
ちなみに同郷のヒトラーは同じ1907年にウイーン美術学校の入学に失敗している。
ヒトラーに比べて、才能的にも家庭的にも恵まれていたラングは、第一次大戦に出征、負傷したのち入院中に書いたシナリオが認められ、映画界入りした。
映画監督となったラングは、「ドクトル・マブセ」(22年)、「ニーベルンゲン」(24年)、「メトロポリス」(27年)など、サイレント時代の歴史に残るドイツ映画の作品群を発表。
第一次大戦後にあって、「カリガリ博士」(19年)など、表現主義と呼ばれる芸術運動により復興したドイツ映画界の次世代を、FWムルナウとともに担った。

ゲルマン神話の映画化である「ニーベルンゲン」は、2年間の準備期間と7か月の製作日数をかけた。
ウーファ社とデグラ社という国内の映画会社大手の共同制作による、第一次大戦後のインフレーションにもかかわらずドイツ映画界が総力を挙げて作り出した大作で、ドイツ人の魂の故郷ともいえる物語の映画化は、ドイツ社会に影響を与え、その表現様式がのちにナチス党の祭典様式に取り入れられた。(キネマ旬報社「世界の映画作家34 ドイツ・北欧・ポーランド映画史」p45~47より引用)


「メトロポリス」は、ウーファ社が700万マルクを投じたドイツ映画始まって以来の大作となった。
21世紀の大都市メトロポリスを舞台に、独占資本家と労働者の対立と和解を描く。
ラングは偏執狂的な情熱で、摩天楼、地下工場、人造人間など、近未来都市のセットを造出した。
この作品が発案された背景には、当時成立したドイツ独占資本とアメリカ資本の流入による産業界の活性化による資本主義の究極化への予感があったといわれる。(同上p53~55より引用)


「怪人マブゼ博士」(33年)をナチス政権により公開禁止処分にされたラングは、1934年宣伝相ゲッペルスに呼ばれる。
ゲッペルスは「M」(31年)、「怪人マブゼ博士」と反ナチ的背景を持つ作品を作ったラングを要注意人物視していたが、同時に「ニーベルンゲン」を作ったラングの才能も買っていた。
ゲッペルスはラングに、将来に統合されるドイツ映画界の中心人物として、ナチス政権下で働くように求める。
返事を保留したラングはその日のうちにパリへ去る。
映画界入りしたときから、二人三脚で創作に務めてきた脚本家の妻のテア・フォン・ハルボウには何も告げずに(妻はこの時にはナチス党員だった)。(フィルムアート社「ドイツ映画の偉大な時代」p369~371より引用)
フランスからアメリカに渡ったラングは、以降50年代後半までハリウッドで映画監督として活動する。
50年代末には西ドイツに戻り、自作のリメイク「怪人マブゼ博士」(60年)を撮る。
65年にはゴダールに乞われて「軽蔑」に自身の役?で出演し、教養豊かな老監督ぶりを演じた。
今回は、ラングが渡米直後に撮ったアメリカ映画、第1作と第3作を見る(第2作目の「暗黒街の弾痕」は当ブログにて紹介済み)。
「激怒」 1936年 フリッツ・ラング監督 MGM
結婚衣装のディスプレーの前にたたずむ結婚間近の二人(スペンサー・トレーシーとシルビア・シドニー)。
シルビア一筋のスペンサーと幸福そうなシルビア。
フリッツ・ラングの渡米初期作(「暗黒街の弾痕」と「真人間」)ならば、人の道に背いた(ことのある)恋人たちの、道ならぬ(波乱に満ちた)恋路のプロローグとして設定されたこのシチュエーション。
本作では、主人公は工場勤務から独立し、兄弟らとガソリンスタンドを立ち上げた善良な庶民という設定。
が、しかしいかに善良とはいえ、主人公が、身に覚えのない犯罪の容疑者として、あわや民衆のリンチの危機に瀕する不条理に迷い込むことになるのは、ラング映画の主人公の宿命だった。
フリッツ・ラングのハリウッド第1作は、こうして故なく犯罪に巻き込まれる青年を主人公として始まる。
主人公の無垢で一途な婚約者を演じるのがシルビア・シドニー。
本作から3作品連続してラングは彼女をヒロインに据えることとなる。

田舎の無知で、善良とはいえず、むしろリンチを好む歴史的伝統を隠しようもないアメリカの住民が、無実のスペンサーを誘拐犯人として追い込む。
うわさ、好奇心、無責任、扇動を、楽しむかのように増幅させてゆく住民たちを、畳み込むように描くラング。
まるで、歴史浅く、単純で好戦的なアメリカの国民性を戯画化するかのような演出だ。
犯罪(容疑)者を追い込むリンチの恐怖は、ドイツ時代の「M」に比して恐怖度が少ない。
暗さを強調し、得体のしれぬ恐怖感に満ち満ちた「M」に比べて、本作のリンチ(未遂)シーンはアクションを強調したスリリングなものとなっており、恐怖の原因は先導された群衆に限定されている。
ドイツ時代のナチスの権力の狭隘さを、暗示的に描いた{M」の恐怖のほうが、恐怖の正体を明示しない分だけ不気味なのだ。

更に、本作の群集心理の背景には、自らの選挙対策を最優先し、リンチを放置する州知事の存在や、野次馬的に煽り立てるマスコミの蠢動がある。
こういったアメリカ社会の宿痾を忘れずに描くのも外国出身のラングの真骨頂。
「地獄の英雄」(51年)で、人命の危機を特ダネとして集まったマスコミと物見遊山の人々をこれでもかと描いたのは、オーストリア=ハンガリー帝国出身のユダヤ人監督という点で、ラングの後輩にあたるビリー・ワイルダーだった。
本作の狙いは、扇動された群衆の怖さを描くことだけではない。
群衆による刑務所の放火から生き残ったスペンサーの復讐心理を描くことにむしろ主眼が置かれる。
復讐鬼として世間に存在を隠しながら、弟たちとリンチを扇動した住民を告訴し、裁判で罪を断じようとするスペンサー。
ここら辺、裁判長や保安官を公正で職務に忠実な人物として描いたのは、ドイツ育ちのラングらしい。
果たして、裁判においても、アメリカ社会では必ずしも正義が執行、貫徹されるとは限らないのだが。

最後の最後では、『激怒(FURY)』したはずのスペンサーが、婚約者シルビアとの人間的つながりに目覚め、リンチ扇動者を許すという大団円のハピーエンドとなる。
ラングのハリウッド第1作が成功したのも、このハピーエンドのためなのだろう。
ラングが好むであろう、理路整然とした理屈(と理屈が通らない不条理)の世界はどうなったのか。
大衆の夢の工場として、予算権、最終編集権を持つタイクーンと呼ばれる撮影所オーナーの指揮のもと、映画を生産してゆくハリウッドでは、ドイツ映画黄金時代の名匠フリッツ・ラングといえども、求められるのはスタジオでの現場監督としての有能さだけだったのかもしれない。

「真人間」 1938年 フリッツ・ラング監督 パラマウント
フリッツ・ラング渡米第3作。
3作全部のヒロインにシルビア・シドニーを起用、本作はその最終作となった。
シルビアの相手役の主人公はジョージ・ラフト。
前身はギャングだったというハリウッドスターである。
製作者としてパラマウントのタイクーン、アドルフ・ズーカーがクレジットされているが、実際の製作は監督のラングが兼ねている。
リアルなギャングだったラフトが本作では前科者を演じる。
ただし、『更生しようとする前科者が、やむにやまれず犯罪に再度手を染め破滅する』という、犯罪映画にありがちなパターンを、この作品は少しひねって作られている。
従業員250名のデパートが舞台。
社長(ハリー・ケリー)は善人は善人でも、とことん筋の通った人物。
従業員中数十人の前科者を雇用している。
社長が単なる社会貢献から善行を行っているだけの人物ではないことは最後にわかる。
デパートで昔のワル仲間の誘いをはねつけつつ仕事に励んでるラフトには、店員仲間のシルビア・シドニーという両思いのガールフレンドがいる。
2人はエスカレーターで上下にすれ違う時に手を握り合うほどの中だが、恋人という程ではない。

ラフトは自分の前科が広まっていないカルフォルニアで新しい人生を始めようと、社長の紹介状を胸に長距離バスに乗りこむ。
愛するシルビアに見送られて・・・。
シルビアが離れてゆくバスのラフトに向かって叫ぶ、『今夜プロポーズされたならOKしようと思っていた』。
ラフトはトランクを窓から投げ捨て、バスから飛び降りる。
このスピーデイで洒落た展開は、アメリカ映画的な明るさそのもので、犯罪映画っぽくなくていい。
2人は真夜中に、”インフォメーション”と呼ばれる何でも相談所で結婚証明書を取得し、シルビアのアパートにしけこむ。
ユダヤ人の大家夫妻は、最初はラフトを追い出そうとするが、二人が結婚したと知って歓迎する。
アメリカ特有の、街角の結婚届所の存在と、名もなき恋人たちが逃避行の際に行う、届出所の証人の前での結婚。
この、”日陰者の恋人たちの結婚”はラングの前作「暗黒街の弾痕」でも描かれていた。
シルビア・シドニーは『前科を持ち、前途に不安があるが、自分を愛してくれる青年についてゆき、一途な、幸福そうな表情をする』役柄が似合う。
薄幸そうなのではない、客観的には幸福が望めない状況でも、自分が愛する相手と一緒になった女ごころのうれしさを演じられるのだ。
実はシルビアも保釈中の身。
それを隠して結婚したが、やがてラフトが事実を知り、やけになってワル仲間の誘いに乗りデパートの強盗のグループに戻る。
それを知ったシルビアは身を捨てる覚悟で社長に相談する・・・。

夜中にデパートを襲ったラフトのグループの前に社長とシルビアが立ちはだかる。
社長は翌日8時の出社を条件に今回のことは不問に処すとして立ち去る。
一方、シルビアは黒板を背にギャングどもの前で仁王立ち。
如何に今回の犯罪が収支的にも割に合わないかを数字を書いて示してゆき、ギャングどもは犯罪の割の合わなさを理解し、ラフトはシルビアの元に戻る。
「激怒」「暗黒街の弾痕」ではひたすら恋人の後をついてゆくだけの存在だったシルビアが、一人の人間として自立した役を演じる、これは記念すべき作品なのではないか。
そのハイライトが黒板に数字で説いてゆくシルビアのこのシーンなのではないか。
前2作のペシミズムから翻り、ハピーエンドを意識したという結末は、フランク・キャプラ(「スミス都へ行く」(39年)、「群衆」(41年)、「素晴らしき哉、人生」(46年))的”アメリカの善意”の物語を思わせるほど。
フリッツ・ラングらしさは、ヒロインのシルビア・シドニーの憂いに満ちた瞳の奥に潜む影と、それが示唆する現実の恐怖にあるはず?だったが、そのシルビアが凛々しくも黒板にチョークで現実のそろばん勘定を証明するほどに(キャプラ的”アメリカの善意”に)”自立”したのである。
これは暗黒犯罪映画、心理的スリラーを旨とするであろうラングの世界からシルビアが、役者として別の世界にスケールアップしたということなのだろうか。
それともシルビアの当時の愛人BPシュルバーグが重役を務めるパラマウントの都会的社風に、ラングが妥協しての産物なのだろうか。

前述の「ドイツ映画の偉大な時代」から引用した通り、ラングのドイツ脱出は、ゲッペルスからの断われない誘いを受けたその日に、フランスに出国したことになっているが、それは本人の自己申告上のものであり、実際は本人がかなりナチスに自己保身を売り込んでいた(がその保証がなく脱出した)のが事実であるとの考証もある、とのことである。(ウイキペデイアより)
女優シルビア・シドニーの実像のしたたかさとともに、名匠フリッツ・ラングと現実世界の関係もいろいろあったようだ。
