軽トラ流れ旅’26 リニア、都留文、道の駅 

今回の軽トラ旅は東京の自宅への往復です。
帰る予定の日の前日から大雨の予報で、テレビは『身を守る行動を心がけてください』の一辺倒。
開けて当日は雨が降っていない茅野駅でも、中央本線が富士見から先が全線運休。
特急あずさは全便運休。
ならばと高速バスを打診するも夕方まで全席予約済み。

自宅へのお土産も用意済みの山小舎おじさん、ならばと愛車軽トラを駆っての勝手知ったる下道での東京往復へと、茅野駅に着いてからの計画変更です。
天気予報は何処?雨らしい雨も降らないまま、韮崎から甲府を経て笹子トンネルで大月へ。
雨らしい雨には大月で出会えました。
寄り道また寄り道のぶらり旅。
夕方6時までかかって自宅に着きました。
『身を守る行動』だったかな?

自宅滞在の4日後、山小舎への帰途に着きました。

リニア見学センター

東京から長野に向かう下道。
国道20号線に沿って甲府盆地を目指す途中の大月あたり。
最近気にいてるのが道の駅つる。
大月から富士吉田方面に逸れること3キロ。
道の駅の先にリニア見学センターがありました。

孫たちが最近訪れた、というのでジイジも寄ってみます。
リニア見学センターは、平日なのにファミリー層でそこそこの人出でした。

展示内容は期待通りの『科学的夢の未来』。
『夢の超特急』は山小舎おじさんが小学校入学前後の、日本全体に夢があった時代の標語でしたが、今でも同じような夢に酔っているのかJR。
最新の社会トレンドは『自然との共生』『物質から精神へ』に転換しているのではなかったのか?
こちらの勘違いか?

車両の前の三世代
リニアの車内

名古屋までの現状1時間40分が、20分に短縮されることにそんなに意味があるのか?
あると思う人がやっているので、門外漢が立ち入る話ではないのだろうが、それとも時間短縮以外に何か隠された目的があるのか?このプロジェクトに。

工事完成後のジオラマ

20年前、親日の胡錦涛国家主席の招きで中国を訪れた、山小舎おばさんとその次男。
大規模な友好訪中団の一員として上海でリニアに乘ったそうです。
『がたがた揺れていた』とだけ言ってましたが、その後中国のリニアはどうなったのでしょう?

試験走行の線路

世界が20年前に実現した技術を後追いしているだけなのか日本は?
それとも中国と日本しか興味を示さない不要な技術がリニアなのか?

わかりませんが、山梨の都留の山里で、ひっそりと繰り広げられているリニアワールド。
この先どうなるのでしょうか。
まったく夢を感じないまま会場を後にした山小舎おじさんでした。

見学センターから見下ろす風景

都留文科大学

都留市には都留文科大学があります。
そのおかげで人口3万人規模の当地における若年層の比率は現代日本にあって極めて高いとのことです。

市内のミュージアムにて

『リニア関係者にとっては、都留の地元スナックのホステスが、都留文の女子大生のバイトであることが多く、人気が高い』との関係者情報もあります。

山小舎おじさんの若き日の知り合いの青年が、地方国立大学の理学部?を中退して、小学校教師を目指し、都留文に入学していったこともありましたっけ。
引っ越しを手伝った40年ほど前の記憶では、今と違い、牧歌的な風景が広がっていた大学周辺でしたが。

大学の門

道の駅つる

道の駅での目当ては食堂でのランチと、直売所でのお惣菜です。
ランチは富士山湧水ポークのハンバーグプレートがお気に入りです。
活気ある食堂は来客で盛況でした。

道の駅つるの食堂

串カツ2本で500円と高めでしたが購入。
一口で食べられないほどの肉の量にびっくりしました。

富士山湧水ポーク使用のハンバーグプレート。うまかった!

20号線が長野に入った頃、左手に現れるホッサマグナの湯・塩川温泉に立ち寄り湯をして帰りました。

フォッサマグナの湯の入り口
タオルを買って入湯

投稿者: 定年おじさん

1956年北海道生まれ。2017年に会社を退職。縁あって、長野の山小屋で単身暮らしを開始。畑作り、薪割り、保存食づくり、山小屋のメンテナンスが日課。田舎暮らしの中で、60歳代の生きがい、生計、家族関係などの問題について考える。60歳代になって人生に新しい地平は広がるのか?ご同輩世代、若い世代の参加(ご意見、ご考察のコメント)を待つ。

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