わらび採取

姫木別荘地のスキー場跡地でわらびを採りました。

かつては別荘地内に2か所あったスキー場もすべて廃業になりました。
このうち、姫木スキー場と呼ばれた場所は、10年前に来た時点では廃業していました。
その後、ここ数年で廃業になったのが、もう一つのエコーバレースキー場です。

旧姫木スキー場跡地

姫木別荘地のシラカバ通りを軽トラで上ります。
舗装道路が尽き、行き止まりになった場所が旧姫木スキー場の頂上部分です。
斜面を横に歩いてゆくと、わらびが芽を出しているのが目に入ります。

姫木スキー場の斜面

あまり穂先が分かれずに、芽が出たばかりの瑞々しいものを選んで摘み取ります。
ポキッと折れる部分で摘み取ります。

わらびを採る

足元に気を付けながら斜面をたどって25分もするとザルに一杯のわらびが採れます。
群生するのが特徴です。

収穫

持って帰って根元に重曹をかけ、熱湯を注ぎます。
そのまま一晩おきます。

洗って根元に重曹をかける

翌朝、青く染まったアクを捨てて、何度も水を替えます。

そこへ熱湯を注いで一晩おく

小分けして冷凍し、東京へ持って帰ります。
ごく一部を麺つゆで煮て食べてみたところ、まずまずの食感でした。

ベランダにラック設置で DIY!

山小舎の1Fベランダは、薪や焚付置き場としてまた、畑の資材、塗料と塗装用具、BBQ用具に草刈り機、テーブルソーなどが雑然と置かれています。
以前は機織機がデーンと鎮座していました。

現状のベランダ

薪や焚付の置き場はしょうがないとして、雑然としたそれらを整理整頓したいと思いました。
東京から持ってきたスチール製のラックを組み立てて利用しましょう。

先ずはラックを組み立てます。
たくさんのボルトとナットで、四隅の支柱に棚を固定する方式のラックです・・・。
が、今年3月に持ってきたはずのたくさんのボルトとナットが見つかりません。

ラックを組み立てる

しばらく探しましたが、あきらめてホームセンターに出かけました。
一段に8か所も止める方式のラックです。
ゆるく止めるとグラグラします。
何とか使える程度に締めてベランダの壁際に設置します。

ベランダの壁際を空ける

その前にベランダの現状を整頓します。
今まで使っていた木製のボックス一つを下ろします。
ベランダの床をきれいにします。
この床は何年か前に防腐塗装しています。
山小舎の壁にも塗装しています。

ラック類を新たに配置

新しいラックの下段には塗料の一斗缶を納めます。
ハケなどの塗装道具は上段に納めます。

塗料類を納める

残った木製ボックスにドラム式コードを納めます。
金属ラックの空きスペースなどには、焚付などを作って納める予定です。

ベランダの残りスペースには、畑の資材とBBQ用具(椅子とテーブル)があります。
BBQシーズンを前に使いやすいように整頓したいと思います。

山小舎のDIYは続きます。

坂城町 鉄の展示館とふるさと歴史館

坂城町へ行ってきました。
坂城は千曲川沿いにあり、上田市と千曲市の間に位置します。
かつては北国街道の宿場でもありました。
坂城の前身である坂木宿は、中山道と追分宿(軽井沢宿の西)で別れた北国街道が、小諸宿、上田宿をへて善光寺、越後方面へと北上する途上にあり、当時の有力武将の本拠地でもありました。

坂城町は、長野市へ行く道すがらに、またびんぐし温泉への立寄りに、よく通ります。
この日は、坂城にある鉄の展示館を見たくて訪れました。

鉄の展示館全景

鉄の展示館は、この地に生まれた人間国宝の刀鍛冶を記念して、集まった日本刀を展示するための建物です。
展示室の一つは地元が生んだ名匠の肖像や作品などを展示して功績をたたえています。

坂木が生んだ人間国宝の刀匠
刀匠の部屋を再現

残る二つの展示室はこの展示館に集まった名刀を展示しています。
中には俳優・高倉健から寄贈されたものもあります。
坂城が鉄鋼の産地だったわけではなく、村の代々の鍛冶屋に生まれたのちの名匠の影響から、各地から数々の名刀が集まったためのようでした。

展示品
郷土の英雄・御嶽海

鉄の展示館の近くには、坂木宿ふるさと歴史館があります。
坂木宿の本陣だった建物を博物館にリユースした施設です。
明治天皇が巡幸した際に休んだところでもあります。
門構え、庭園などに風格があります。

ふるさと歴史館
上り口の部屋に展示された五月人形

室内には坂木宿と領主の村上氏の歴史が展示されています。
村上氏のことはほとんど知りませんでした。
群雄割拠していた信濃の豪族の一つで、武田、上杉、織田、豊臣という全国クラスの勢力の影に隠れ、翻弄され、敵対したり庇護されたりの末、歴史に消えていった勢力です。
瀬戸内海で海賊といわれた村上水軍とも関係があったようです。

展示品・関ヶ原屏風絵

館内に残された古文書の数々。
文書の最後にサインのように記される花王のデザインが鮮烈で、当時の文化の洗練された様子と、戦国時代の武将の殺気ある覚悟のようなものがうかがえました。

展示品・村上氏書状

歴史館を出て、北国街道沿いの商店街を歩きます。
かつての国鉄信越線(現・第三セクターしなの鉄道)坂城駅近くは、町の中心部です。
そこには、上田から善光寺に至る千曲川沿いの人の息づきが残っています。
忘れられ気味ではありますが。

坂城の街、北国街道沿い
看板が立つ横丁も

小諸、上田、坂城から善光寺へ延びる北国街道の旅も面白そうです。

令和8年畑 キューリのネット架け、ジャガイモの芽かき

寒くなったり、暑くなったり、の5月です。
標高1400メートル以上の山小舎は凍えてストーブ炊きっぱなしでも、畑は丸裸で、寒気と酷暑にさらされます。
先日の低温障害では、ハックルベリーやカボチャ、ズッキーニの葉先がやられていました。

葉先が枯れた後逞しく育つハックルベリー
低温障害の後遺症がないズッキーニ.
キャベツは育ちかたがバラバラ

この日はキューリのネット架けを主目的に出かけました。
低温障害は免れたキューリの苗が割と元気でした。
さっそくU字型の支柱を立てネットを張ります。
この列にはキューリ6本と夕顔、ヘチマが各1本あります。

何とかキューリネットを張る

何とかネットを張ってから、余った部分を畝脇にたくし込みます。
放っておくと、余ったネットに雑草が絡みつき、草刈り機の刃や紐にネットが絡みつきます。

発芽したジャガイモを見てみます。
株ごとに数本以上の芽が出ています。
芽は3~4本に抑えて芋の太りを促します。
余分な芽を鋏でカットします。

ジャガイモの芽をかく

低温障害のハックルベリーは主軸をすっかりやられましたが、下から新芽が出ています。
成育はすっかり遅れますが枯れた主軸と葉っぱをカットします。

余力があったので、トマトの支柱立を行います。
大きめのU字型を数本立てます。
次回に横に支柱を渡してゆこうと思います。
脇芽の出たトマトの手入れをします。

トマトの畝に支柱を立てる

トウモロコシ、枝豆、インゲンを直播しておきましたが、ほぼ全部が発芽していました。

直播したインゲンが発芽
トウモロコシも発芽

「文書に見る安土桃山時代」神長官守矢資料館企画展

茅野駅のベルビアという商業ビルの掲示板で、この企画展を知りました。

諏訪大社の神職を務める家系の守矢家に付属する資料館です。
近くにミシャクジ神を祀る本山もあります。
ミシャクジとは、古来の諏訪信仰とは、諏訪の神様とは。
その答えを司る、最も核心的な場所でもあります。

神長官守矢家門
資料館全景

ふだんは守矢家に伝わる古文書や、諏訪大神のお祭りである御頭祭の昔日の模様を再現した展示を行っている資料館ですが、この企画展では、武田家を駆逐し、諏訪地方を支配した織田とその後の豊臣の時代における、諏訪地方と大社の神職らの動向を古文書を通じて読み解こうとするものです。

展示物・守屋家について
展示物・御頭際供物

この時代、初めて地域の部外者の直接的な支配を受け、神長官やらも逃走したりします。
神職らは単なる聖職者ではなく、実効支配者として実力(武力)を備えた権力者として外部の侵入者に敵対するものだったのです。
一方で、明治までは綿々と口伝された呪文により、カミを下ろす霊能者でもあったのです。

企画展全景

織田により、住居、神社までも放火された神長官でしたが、豊臣に支配が変わってからは、文書により、神社の復興と自らの復権を訴えてもいたようです。
まさに一筋ならではいかないところが、歴史なのでしょうし、諏訪大社を巡る時代の流れなのでしょう。

企画展・信長侵攻に際しての禁制を通知する公文

資料館を見た後は、ミシャクジ神をお参りします。
前宮の本殿も質実剛健な気風を感じますが、守屋家に付属?するミシャクジ神本殿も、これ以上ない野趣と寒風に耐えきった素朴さを感じさせます。

ミシャクジ神本殿
清酒と鹿の角が供えられる

出部屋の本とDVDを整理整頓で DIY!

引き続き山小舎の備品・家具等の整理整頓を続けます。

先日、その土台補強を行った”出部屋”があります。
居間からはガラス戸でカムフラージュされていることもあり、物置、書庫、クローゼットとして利用しています。
またサッシを開けると外とつながっていることもあり、大工道具、電動工具、塗料類の貯蔵に使われています。
また、映画等書籍の保管、DVDの保管場所として、さらに漬物たる、漬物石、天体望遠鏡までが収納されています。

この間、集めた映画DVDが段ボールに詰まったまま置かれており、また、収集した古い映画雑誌などが紙袋に詰まったまま、足の踏み場もないほどに置かれています。

整理前の出部屋・メインの書棚と奥に天体望遠鏡
ほんとDVDn御詰まった袋。上に冬物衣料
大工道具類
漬物道具類

備品と書籍を整理し、廃棄、移動してスペースを作った上に新しいラックを導入。
本とDVDをなるべくラックに収納し、利用の勉を作り出そうと思いました。

先ずは収納物の移動です。
この時期不要の冬物衣料を2階のハンガーに移動します。
貰ったまま隅っこに立っていた天体望遠鏡も2階に持って行って広々とした場所にスタンドアップさせます。

冬物衣料を2階へ
望遠鏡も2階で蘇る

漬物道具類を出部屋の隅に移動します。
大具道具類はとりあえずそのままです。
古新聞の束も薪ストーブに必要なのでそのままとしましょう。

次いで、今回の主目的である本とDVDの整理です。

メインの本棚の横に2階から空いたラックを2基持ってきて積み重ねます。
これで映画本は全部この書棚に収納できそうです。
映画史関係、監督関係、スター関係、邦画関係などに分類して収納します。

整理後の書棚

大版の雑誌類は下段に収納します。
グラフ雑誌やパンフレット類、キネマ旬報、スクリーン、映画の友などの古いバックナンバーは貴重な資料です。
何とか全部が収まりましたが、もうこれ以上はやみくもに収集はできません。

整理後の雑誌類
整理後の書棚。パンフ類

次いでDVDの整理です。
その前に移動ラックに収納されている本を選別します。
小説、自伝、民俗学、戦記など忘れられないものが並んでいます。
どうしても取っておきたいものを選別し、それ以外は処分に回します。

本の整理で空いた移動ラックにDVDを収納します。
1910年代からアメリカ映画の年代別整理です。
30年代からはDVDの本数が爆増して40年代、50年代と続きます。
60年代からは急減して70年代以降へと続きます。
フランス、ドイツ、イギリス、イタリア、日本と国別にまとめます。
フランス映画はともかく、イギリス映画の分量が多いのに気が付きます。

整理後のDVD。10年代からのアメリカ映画

DVDの本数はラックには収まらず、段ボールに収納したままとりあえず整理します。
このほかに10枚組のDVDボックスが数箱あります。
いつの間にか集めてしまいました。
映画愛好者として、ショップで少しでも興味があるタイトルを見ると買ってしまいます。
これ以上あっても人生で全部は見切れないだろうことはわかっていますが。

整理が終わった出部屋
整理が終わった出部屋

ということで荒れ放題だった出部屋の手入れがまずは終わりました。

県内ローカル新聞の華麗な世界 たつの新聞と大糸タイムス

軽トラで遠出した時に、コンビニの新聞スタンドでローカル新聞を見つけるようにしています。
たつの新聞は、上伊那地方の辰野町に新聞社があるローカル紙です。
伊那からの帰り、辰野町から峠を越えて茅野へ出る途中に、たつの新聞の編集室があって気になっていました。

軽トラで阿智村へ行った時の道すがら、高速道路の方向を間違えて塩尻で降りて下道を走った時に、辰野町・小野地区のコンビニで見かけて入手しました。

この日のトップ記事は、高齢者向け講座と「たまねき祭」の記事。

たつの新聞一面

16面ある紙面は辰野町のニュースのほか、諏訪市、岡谷市、蓑輪町のそれぞれのニュースのほか、テレビ欄だけで4面、読者欄が2面あります。

バラエテイに飛んだ紙面ですが、この日はたまたまなのかパンチがあるニュースが少なく、焦点がぼやけた紙面のような気がします。

富士アイスの広告
岡谷スカラ座は地域有数のシネコンです

白馬へ行ったときに安曇野市内のコンビニで見かけた大糸タイムス5月17日号。
8面とコンパクトな紙面で1部100円。

大糸タイムス一面

トップは大町の西山神社の宮司さんが伊勢神宮で研修し、指導神職となったとの記事。
ほかにも空手の小中生大会で入賞したリ、ガードレールみがきに励む地元住民やら、小谷村で白馬三山の麓で進む田植えの様子、白馬で開催された地元ワインのマルシェなどの記事が明るく元気のある写真とともに紹介されています。

伝統の地元記事から、華々しい白馬地区の観光記事まで彩り豊かです。

チェーンソー始動!

夏に向けて、丸太の玉切りと薪割りの季節です、が。
今年は丸太の供給がありません。

例年、別荘地内の伐採業務を請け負っていた業者が撤退し、代わりの業者は別荘地内の伐採の入札をしないとのことです。
例年は黙っていても雑木がトラックで運ばれてきていましたが、今年はそんなことはなさそうです。

まだ薪の在庫はありますが今後が心配です。
そんなところにご近所のおばさんが『うちの薪を取りに来てくれない?』と言ってくれました。
一段上の通りでかつてはペンションをやっていた方です。
去年、旦那さんが83歳で亡くなったので、いろいろ整理しているようです。

もらってきた原木と枝

軽トラで行ってみると、敷地の境に置いてあるミズナラの細めの丸太でした。
1メートル半ほどの長さですが、切りたての広葉樹は重いものです。
何度か往復して積み込みました。
ほかにもかまど用の焚付などがあるようですが、この日はここまで。

早速玉切りする

持ってきたミズナラを玉切りします。

チェーンソーの始動です。
新しい燃料を作ります。
古い燃料は捨てて、新しいガソリンで混合燃料を作ります。
余談ですが、今年になってオイルなどが爆上がりしているようです。

混合燃料を作る
エンジンオイルとガソリンを混ぜる

ミズナラをあっという間に玉切りし、鉞で割ってみます。
広葉樹は割りやすいというか、パカンと割れて気持ちがいいものです。

チェーンソーにオイルと混合燃料を装填
あっという間に玉切り終了

割れてもずっしりと重いミズナラを乾燥台に積んでゆきます。
2年くらい干さないと、ストーブには使えません。
乾燥不足の薪は火付きが悪いうえに、薪からは水分がジュクジュクと発生し、水分を含んだススが煙突に付着してしまいます。

木くずが長靴にはいり、靴下に付着するのはチェーンソーワークのお約束

夏の太陽と風で存分に乾かしましょう。

軽トラ流れ旅’26 白馬、大町、穂高の旅

すっかり新しい軽トラの走行性能と居住性にはまった山小舎おじさん。
高速道路を使えるので行動範囲がすっかり広がりました。

今度の休みはどこへ?
新緑に北アルプスの雪景色が残り、観光客が少ないという白馬へ行くことにしました。

岡谷インターから長野道で安曇野インターまで。
1000円ほどの高速料金でした。

下りてから穂高神社へお参りします。
山小舎出発が6時半、穂高神社には8時過ぎに着きました。
朝の境内は静謐そのもの、ただし社務所は開いていないので、今年のお札は帰りに寄った時にいただくことにして、先へ急ぎます。

朝8時の穂高神社

穂高から白馬へ向かう国道147号線。
ほぼ直線の道は、元の車が続きます。
雪の北アルプスと水が入った田植え前の田圃の風景が美しくてパチリ。

田植えが済んだばかりの安曇野の風景

松川村を通過して大町市に入ります。
白馬へ向かう車列が続きます。
仁科三湖と呼ばれる湖が現れました。

最初に姿を見せた木崎湖畔に寄ってみます。
湖畔にはカヌーや釣舩などの施設がありますが、観光向けに大規模な開発はありません。
静かな山間の湖です。

静けさに包まれた木崎湖

白馬村に入ったところにある、道の駅・白馬に寄ります。
地酒、ワイン、ワサビ製品などがあり、観光客で賑わっていました。
おいしそうなおやきがあったので、野沢菜と切干の2個を購入。
レジで、あったかいおやきですね、というと『近くに工場があって作ってます』とのこと。
後で食べると、特に切干のおやきが絶妙。
こんなおいしい具のおやきを初めて食べました。

JR大糸線・白馬駅
駅前から北アルプスを望む

そのまま白馬村中心部へ。
駅前にはチラホラとインバウンド客の姿が。
道には、逗留しているとみられる白人のジョギング姿が見られました。
地元のAコープには外人向けの英語パンフレットがズラリ揃ています。
県内では、松本城、善光寺に続く外人の多さでしょうか。

スノーピークランドという場所に寄ってみると、ベンチとデッキに憩う日本人裕福層と白人カップルの姿が、残雪の北アルプスをバックに三々五々見られました。
その優雅で金持ち風のたたずまいは、県内ではほかに見られない雰囲気を醸しだしています。
これが北海道ニセコに次いでの海外人気を誇る白馬の一つの側面なのです。

「スノーピーク」のキャンプサイト
「スノーピーク」のデッキで憩う人々

白馬はまた、トライアスロンなどの近代スポーツの聖地でもあります。
長野オリンピックでジャンプ団体が優勝した記念すべきシャンツエの下には、階段を上り下りして、ロードバイクで車道を走る女の子がいました。

オリンピックのジャンプ会場

折角白馬に来たのだからと、早めのランチは蕎麦でもカツ丼でもなくてハンバーガーをチョイス。
コーヒーと合わせて1700円のランチでした。

ハンバーガー

白馬を満喫?したあとは、信濃大町へ戻ります。
目指すは大町温泉郷と、大町山岳博物館です。
まず寄ったのは、大町温泉郷。
観光案内所で係の妙齢の女性に聞くと『立寄り湯なら薬師温泉がありますよ』とのことでした。

大町温泉郷

薬師の湯は立寄り湯専門の施設。
温泉博物館もあり、当地の温泉の歴史なども展示しています。
黒部ダムの工事によって温泉が噴出したのが始まりとのことです。

源泉だという岩風呂に入るとほかの客はゼロ。
熱い湯からぬるい湯まで浴槽が3つありました。
ぬるい湯で十分に満足。
温泉の成分が身に沁みました。

薬師の湯の入り口

温泉を出て、大町市の市街地近くの山岳博物館へ。
ここは北アルプス(後ろ立山連峰)の、明治以前の峠越のルートの歴史から明治以後のスポーツ登山の発展までが展示されています。
中央構造帯生成の地学の話や、このあたりの動植物の展示、特にライチョウ飼育の経緯などが予算をかけて展示されています。
付属の動物園には生きたライチョウが飼育されていました。

大町山岳博物館
サルのはく製が虚空に吼える
ライチョウが小松菜をつつく

大町から安曇野市の穂高まで南下、穂高神社で新しいお札と足腰のお守りをもらって、安曇野インターから岡谷インターまで高速に乗って帰りました。

今までは列車で訪れただけの白馬に軽トラで行くことができ、行動範囲が広がりました。

春の山小舎飯!

山小舎開きから1か月。山小舎周辺もすっかり春めいてきました。おじさん一人暮らしの山小舎では、楽しみといえば食事。特に夕食です。この間の夕食の数々をご紹介しましょう。

先ずは、昨年冬仕込んだトウガラシ麹に付けた鶏むね肉のグリルです。

サラダはスーパーのお惣菜を塩もみキューリで増量しました

ぬか床を買ってきて、キューリとナスを漬けます。
野菜は畑に苗を植えたばかりなので、スーパーや直売所で買ってきました。

メインは鳥軟骨のグリル

東京から持ってきた(山小舎おばさんの知り合いからのもらい物)北海道産の松前漬けは大好きなサイドメニューです。

豚汁は根菜類の宝庫。松前漬けはカズノコがごろり

直売所で地元産の漬物を物色するのも楽しみ。
長谷村の道の駅で買ったウリの粕漬は美味しかったです。

ウリの粕漬など、つまみ類が並ぶ

魚もよく食べます。
イワシを3枚に開いてのソテーなどは大好きです。
この日はカスベ(エイ)の味噌煮。
故郷・北海道の思い出の味です。

カスベの味噌煮

トン汁とともにカレーは山小舎の定番料理。
最近は固形ルーより、エスニック風のペーストを使います。
この日はタイ風レッドカレー。
具にはナス、ピーマンなどの夏野菜をたっぷり使います。

タイ風レッドカレー

定番の炒め物。この日はレバーと豚のカシラと玉ねぎ、もやしで。

カシラ肉のモヤシ炒め