7月4日の信濃毎日新聞の記事です。
たまたま買った同紙に気になる記事が載っていました。
松本市の国史跡「弘法山古墳」が発掘調査の結果、日本最古の古墳の一つであることがわかった、とのことです。

これまでは3世紀末から4世紀初頭にかけての構築で、東日本最古級とされてきたのが、50年程さかのぼるというのです。
大和朝廷設立以前の構築といい、大和朝廷の影響下にあるものではなく、東海地方の影響下に増築されたものだといいます。
信州が石器時代の列島の中心地のひとつであり、黒曜石が発掘され、列島の隅々はおろか、大陸まで流布していたことは歴史上にオーソライズしています。
また、古墳の現存数が全国のトップクラスであることも事実であす。
千曲市にある森将軍塚などは、巨大な前方後円墳できれいに整備公開されており、見てびっくりしたことがあります。
ただし古墳の主は特定されておらず、地域名である「森」を、便宜的にその名に冠している状況です。
このように現在の住所を冠した古墳は県内にいくつもあるようです。全国有数の古墳数を誇りながら、あまりに歴史的解明が進んでいないではありませんか。
日本史における「東国」の、解明の遅れというか蔑視ぶりがうかがえます。

諏訪大社の起源や縄文時代の遺跡を見ても、県内に大和朝廷以前の、また日本書紀神話以前の文化文明があったことは事実です。
そのことが3世紀後半以降の中央集権勢力にとって都合が悪かったのでしょうか。
その流れをくむ、日本の権力構造にとって、日本書紀神話を覆す歴史的事実はオーソライズしたくないのでしょうか。

今回の弘法山古墳の記事もおそらく全国に広まらないままとなる気がしてなりません。