岡谷スカラ座界隈のことなど


戦前には製糸工場が建ち、県内外から集まる女工さんであふれたという岡谷は、大正時代には鰻が50トンも捕れたという諏訪湖に面した町です。
今では水門で諏訪湖とそこから太平洋に流れ出る天竜川の間が隔てられ、諏訪湖で採れる鰻は激減しました。

岡谷では、鰻屋さんへ行くか、レイクウオークというショッピングモールへ行くか、諏訪湖畔から花火を見るか、ですが、隠れたセールスポイントは中心部にある市営駐車場が5時間無料なことです。

駐車場が入った商業ビルの閑散とした風景を眺めつつ、向かいのビルのスーパーで野菜の廉価販売を覗くともうやることがないのが悩みです。
少し歩けば駅があり、かつては駅へつながるビルに飲食店などが並んでいたのですが、現在はビル自体が閉鎖され、ますます見るところがなくなりました。
交通の起点としての岡谷駅も、路線バスが茅野との間にしかなかったりでほとんど機能しておらず、寂しいものがあります。

岡谷市営駐車場が入居するイルプラザ
ビル内の注意書き
1Fのゲームセンター

その岡谷中心部にスカラ座という映画館があります。
名前からして独立系映画館のようです。
上田や塩尻、伊那、飯田などに残っている、文化財的な現存木造映画館ではありません。
ロードショー系封切り作品専門のシネコンです。

かつて女工さんであふれたという岡谷のメイン通り

この日は、5時間無料の市営駐車場に軽トラを停め、スカラ座へ諏訪地域唯一のシネコン映画館の様子を見てきました。

スカラ座への近道

今どきの映画館らしく、ポスターの掲示をスマートに行っただけのレイアウトの入り口を開けると、チケット売り場へのアプローチがあります。
全部で7つのスクリーンを持つシネコンです。
ロビーには時間別、スクリーン別の上映予定作品がマトリックスされています。
ロビー奥には3人もの若者が立っています。
ほかにスクリーン別に誘導するの動線上に案内係の女の子が一人。
売店には専任の女性もいます。
ポップコーンセットが750円とあります。

近代的な入口

デートカップルのヤングが出てきて売店の前にいます。
ほかには客の姿はありません、上映中なのでしょう。
ロビーは黒一色で統一されています。

外壁でのポスター掲示

このシネコンのロビーの風景は、吉祥寺のそれと、また上田アリオというモールにあるそれと、同じです。
レイアウトもそうですが、コンセプトというか雰囲気がそっくりです。
現在のシアターを表すコンセプトです。

上映作品の案内

岡谷スカラ座が独立資本のシネコンだとして、そのスタイルが東宝シネマスなど配給会社系のシネコンと酷似しているのは、あるいは配給会社など業界の上流から、独立興行側への契約上の締め付けのようなものがあるからなのでしょうか。

別棟に2スクリーンある

「鬼滅の刃」、「名探偵コナン」や「スパーダーマン」などの作品は、配給会社直営の映画館以外で上映するためには、貸出料金のほかに上映回数などの厳しい条件をクリアしないとだめで、それ以前に上映環境などにも条件付けされているのかもしれません。
そうだとしても、独立系としてロードショー上映に拘り、岡谷の街で興行の世界というケモノ道を突き進むスカラ座の存在に興味がわきます。

左がロビーとメインスクリーンのある棟

早々にロビーからの退散を決めた視界に、上映予定作品のチラシのラックが飛び込んできました。
『原作:大川隆法』の文字が目をかすめます。
まだ幸福の科学が新作です。
当該チラシを素早くかっさらいます。

幸福の科学の新作チラシ

数年前に、茅野の新星劇場という”現存木造映画館”で幸福の科学製作の映画を見たことを思い出しました。
観客はほかに一人でした。
当時はすでに新星劇場は定期的な上映は行っておらず、毎年秋の『小津安二郎記念蓼科高原映画祭』の会場となる以外は、春休み時期のアニメくらいしか興行上映はしていませんでした。
幸福の科学作品の上映は、新星劇場での久しぶりの興行上映でした。

その幸福の科学作品までシネコンに取られては、新星劇場の生きる道がますます細くなってしまうではありませんか。

新星劇場でモギリをしていたオーナー夫人の言葉を思い出しました。
『うちも「鬼滅の刃」を上映したいけど、一日8回の上映が貸し出し条件なのよ』と。
複数のスクリーンを持つ、大都市圏の映画館しか、人気作品の興行はできなくなっているのですね。

岡谷スカラ座と茅野新星劇場が今のところどちらも現存している長野県の興行界です。

葡萄の季節到来

9月といえば葡萄です。

県内の葡萄の産地は塩尻盆地が有名ですが、近年では須坂、小布施といった北信地域が有名です。
シャインマスカット、クインルージュ、ナガノパープルなどなど、覚えきれないくらいの数の品種が並びます。

この日は小布施まで軽トラを飛ばして葡萄の出荷の様子を見てきました。
目指すは小布施の道の駅に付属する直売所です。

道の駅小布施付属の直売所

菅平を越えて須坂に下り、平地を北上すると小布施です。
道の駅に目指す葡萄の直売所があります。
さっそく売り場を物色します、が、期待していた華々しさがありません。
平日なのか、来客数も閑散としています。
去年、自宅と北海道の親戚に送った、3品目セットを探して、係のおばさんに尋ねると以下のような説明がありました。

「小布施物語」の店舗内部。セットが並んでいる

『シャインマスカット、クイーンルージュなど(の人気品種)は6日から出ます。うちは露地栽培なので』
『中旬になると味もよくなり、品種も品数もそろったセットが出ると思いますよ』とのことでした。
やってきたのが2、3日早かったようです。

親戚に送ったセット

『ここ(「おぶせ物語」と銘打った売り場)は葡萄生産者のグループの売り場なの』とのこと。
品質には自信がありそうです。
せっかくなので、北海道の親戚に1セットの宅配を注文、山小舎用に加工用の巨峰をひと箱買いました。
この売り場には、中旬に再訪問しようと思います。

「おぶせ物語」外観

せっかく小布施まで来ました。
まだ11時前です。高山村方面へ向かい、農協限定販売のシードルを売っている高山村選果場に行ってみます。

高山村農協選果場で。念願のシードルをゲット

更に走って村内の温泉を目指します。
今日は近場の子安温泉へ行ってみます。
新装した近代的な建物がありました。
従来通りの直売コーナーと食堂を備えた、木の香り豊かな温泉施設になっていました。

新装、子安温泉の外観

雨の平日にしては集客数が多い子安温泉は、近場の高齢者の居場所にもなっているのでしょうか、休憩室には持参の弁当を広げるおじさんや、ふろ上がりのビールで乾杯するおばさんグループの姿が見られました。

子安温泉食堂にてから揚げ定食

食事と温泉を済ませて後は帰るだけです。
まだ昼過ぎ、下道を松代経由で帰りましょう。

松代ではいつものスーパー現金屋と菓子の蔦屋によって買出しします。
現金屋は果物が安いので、この日も洋ナシやプルーンなどをまとめ買い、コンポートやジャムの材料とします。
蔦屋では饅頭や干菓子などを買って山小舎での甘味の備えとします。

小布施、松代で調達した洋ナシ、ネクタリン、イチヂク
同上、巨峰、トウモロコシ

まだ時間があります、久しぶりに街の中心部にある観光案内所に寄ってみます。
松代の観光案内所は、従来の若いお姉さんが座っていてパンフレットが置いてあるだけの場所ではありません。
定年以上のおじさんが頑張っていて、来客には熱意のこもった情報提供を行い、必要に応じて即席の意見交換も辞さず、松代とその誇る歴史的背景に熱情をささげるスタッフがいるのです。
メンバーを中心としたスタッフがまとめた出版物が平積みとなっており、手書きの活動報告が壁に貼られています。その中心人物がミワさんという方です。

この日はミワさんは会議だか?で4時まで不在。
留守番の方と三々五々話しました。

武田の出城として作られた松代城のこと。
廃線となった長野電鉄松代駅舎が売却移転となること。
今に続く真田家が実は途中で松平家から養子を迎えていたこと。
真田家が一時財政困難から代々の鎧などを売却したので博物館ができたこと。
佐久間像山を重用した真田家。
松代大本営の歴史的保存と政治勢力の関係。
松代に食堂が少ない悩み。
養蚕と製糸業で栄えた松代だが、その後の産業転換がなかく没落したこと。
街中に水路が保存されていること。
近年廃線となった私鉄屋代線のこと。
などなど約1時間にも及んだ松代ワールドに関するトークに、椅子に座る間も忘れてしまいました。
この人の熱量もミワさんに負けてないわ・・・。

スタッフさんから聞いた松代近郊の大室古墳には行ってみようと思いました。

いやあ、地域って堀越せば起こすほど出てくるものなんですね、歴史だったり文化だったりが。
長野県に限らないのでしょうが。
この先もいろんな場所に行くのが楽しみです。

薪割り一直線

庭に山積みの玉(丸太を切ったもの)を薪割りします。

庭に山積みされた玉

玉は長さが40~45センチ、太さは様々ですが、直径が巨大なものはありません。
この玉を割って干さないと薪とならないのです。
長年かければ玉のままでも乾きはしますが、1から3年で薪として使うためには割って乾燥を促進しなければならないのです。

軍手を用意

ここ数年はエンジン式の薪割り機を借りてきて、せーので割っていますが、今年は手割でボチボチ行きましょう。

小ハンマーとくさびを用意

積んである玉の種類は、キハダ、ミズナラ、カラマツ、シラカバなど。
形状は、節があったり、二股になっていたり、曲がっていたり。
きれいな円筒形の、割りやすい玉はむしろ多くありません。

硬くて斧の刃が跳ね返されたり、繊維がグネグネしていてそもそも動画のようにパカッと割れない材質のものもあります。

斧で割れるものは割ってゆく

斧で刃が立たないものは、楔を使います。
小ハンマーで刃を立ててから、大ハンマーで打ち込むと大抵の玉は割れが入ります。

斧で割れないものはくさびを使う

気が向いた時の、夕方の涼しくなってからの作業です。

1時間もすると汗が垂れてきて、疲れが出てきます。
慣れてくると、打ち込むポイントや角度、力がわかってきて効率がよくなります。
同時にヘタってくるので、割った薪を積み込む作業と交互に行うなどします。
数年前までは、指や手首、肘、腰などの関節に痛みが出てくるまで作業継続できましたが、今はとてもとても、です。

それでも季節が寒くなるまでは玉を割って積み込まなければなりません。
体を動かし、汗をかく貴重な運動でもあります。

割った薪を乾燥台に積み込む

加工用トマトを煮る

夏はトマトの季節です。

7月のうちは直売所に出たトマトで初夏を味わい、畑で実ったミニトマトをもいで食べて盛夏の到来を実感し、戸外の活動から帰っては冷やしたトマトをほおばり、8月下旬にもなれば取り残したトマトの熟した実を煮込んでトマトソースを作って冷蔵保存する、のが毎年のトマトとの付き合いです。

夏の山小舎生活にはもう一つの『トマトライフ』が加わります。
加工用トマトを入手して、保存用のトマトソースを作るのです。

スーパーには出回らない加工用トマト。
イタリアなどの料理用トマトを写真などで見ると、細長い品種が多いようです。
山小舎最寄の直売所にもこの細長いトマトが、一時期並ぶのです。

加工用トマト

近隣の千曲市にはデルモンテの工場もあり、出荷用のトマトを栽培している農家が地元の長和町にはあるようです。長和町は加工用トマトの生産地なのです。

一袋が150円くらいと安いのが加工トマト。
生食には不向きです。
見つけると3から4袋を確保します。

加工の手順は一般のトマトと同じです。
皮をむいてざく切りにして煮込むのです。
一般のトマトは煮込む過程で丁寧に種取りをしますが、加工用トマトではほったらかしにするくらいでしょうか。

川に切れ目を入れて熱湯にくぐらせ、冷や水に漬ける
皮をむいた加工用トマトを半分に切って鍋で煮る

熱湯にくぐらせ、冷や水にさらして、めくれ上がった皮を取り除くと、実を刻んで煮込みます。
アクを掬いながら、ガサが減るまでそのまま煮てゆきます。
冷めたら保冷袋に、品名と年月を記入して移し、冷凍します。
ミートソースなどに重宝します。

煮詰まった加工用トマト

直売所で見つけたらもう一回くらい買い込みましょうか。

冷凍保存中

令和8年「合宿」無事終了

一昨年から復活した学友たちとの交流。
学友たちが日帰りで来訪した一昨年、一泊していった昨年を経て、3回目の今年は7名が来泊するという一大行事となりました。

8月下旬にまず内3人が前泊で来訪。
当日に軽井沢でゴルフをし、夕方に山小舎に来るとのことで、鍋用の食材を持参するとのことでした。

この3人のうち2人は山小舎初来訪。
今年の3月に東京での「送別会」で何十年ぶりかで会った2人でした。
当日は、暗くなってからの到着で心配しましたが無事山小舎に来訪。
持参の食材ですき焼きをし、楽しく飲み食いしました。

その日の夜からは雨。
翌日も雨です。

3人をスズランの湯に送り出し、午後からの宴会の準備をします。
この日はいつもの炭火焼きのほかに、地元の食材、季節の食材をアレンジしたオードブルを個別の大皿に用意しようと計画しました。
10種類近くのメニューを、火を通したり、カットして乗せたりしてあつらえるので、前泊組に手伝いをお願いしました。

合宿当日のメニュー

メニューを提示し、食材を用意して、帰ってきた3人に簡単に説明。
すぐに理解した3人は、アイデアフルな意匠を加えて食材をアレンジし、オードブル一皿をあつらえてくれました。
特に生ハムのメロン巻の出来上がりは最高でした。
さすがもともと頭脳優秀なうえに、実社会の経験豊かな人材たちです。
一通りの説明だけで、期待以上の結果をもたらすということが、現実社会では如何に奇蹟的なことか。
皆さんにもご案内の通りだと思います。

ついでに彼らに塩おにぎりを結んでもらいます。

オードブルの準備開始
チーズやパテをクラッカーに塗ってゆく
カットしたメロンに生ハムを乗せる

この日は断続的な雨で、屋外でのBBQはやめて、室内にテーブルを二つ並べ、グリルを軒下に置いて炭をおこし、焼き物は焼いた後で室内に運ぶ、というスタイルにしました。
寒さや暗さを気にせず、食器・グラスは室内と同様に使える、というメリットもあります。

表で炭火を起こす

後発の4人も到着。
旅装を解いた後、宴会開始。
先ずはオードブルを前に、地元産のスパークリングワインで乾杯です。

オードブルも片付くころ、宴もたけなわですが、そろそろ炭火焼きに移らなければなりません。
炭火焼きの食材は、鶏ももの串打ちや、信州豚肩ロースブロックの切り分けなど、前泊3人組がすでに仕込み済みです。
山小舎おじさんが、焼き作業のエンジンがかからず、飲み食いを続けていると、後発組の働き手が立ち上がってグリルの前に立ってくれました。

その後も暗くなった玄関前で丁寧に焼き続けてくれました。
焼きものにも焼き手の性格が表れます。
新鮮な体験です。

クラフトビール、地酒、ワインなどのボトルが空いてゆき、『もうお腹いっぱい』といいながら、鶏や豚が出るとまた違った味に舌鼓。

大学時代の昔話や、各々の半生(中には細君に先立たれた後、男手一つで娘を育て上げ、その間周りの人々に助けられたという素晴らしい逸話も)、から時事問題の皇室典範改正の話題まで。
話題は縦横無尽に、時空を駆け巡ります。

全員が65歳以上という現実にかんがみ、1時には全員就寝という聞き分けの良さで、大宴会はお開きとなりました。

翌朝、後発組は次の目的地へ移動してゆきました。
バンガローにあと2泊するとのことです。
しばらく山小舎でまったりした後、前泊組も三々五々、帰途に着きました。

皆さん『よく眠れた』とか『雨の山小舎もいい』と言ってくれました。
事故もなく、良く食べ飲んだ『合宿』でした。
食材はきっちりと割り勘にしてくれました(家族以外の来客でも案外こういうことは多くない)。

ちなみに、今回の様子をラインで見た東京の家族が、『合宿みたいだね』と表現していました。

『合宿』終了後の洗濯と布団干し
飲みほした、ワイン、地酒、ウイスキーの空き瓶

帰京した参加者からメールが届きました。
『来年の集まりも8月最終週に行いたい』とのことでした。
もちろん異存はありません。
来年も山小舎と自身の健康を維持し続けるという目標ができました。

残った焼きのもで翌日の食事(鶏モモ串)
残った焼き物(アルプス牛のロースト)
皆さんにいただいた、高価なお土産の一部