ジョーン・ベネット
『1910年ニュージャージー州生まれ。
父は有名な演劇俳優、姉も映画界で活躍。
ジョーンは28年に映画デヴュー、30年代にかけては純情な娘役として活躍。
この時代の代表作は「若草物語」(33年)の末娘役。
40年代に入り金髪をブルネットに染めて妖艶な悪女役に変貌。
フリッツ・ラング監督による「マンハント」(41年)以降の4作品はこの時期の代表作となる。
また、三度目の夫、製作者ウオルター・ウエンジャーと45年に独立プロを設立した。』(以上、児玉数夫著「懐かしの映画女優101」2001年 新書館より抜粋)



ここで3番目の夫ウエンジャーについても触れなければなるまい。
『ウエンジャーの経歴は、第一次大戦後の1919年のパリ講和会議にウイルソン大統領の秘書官として同行。
その後パラマウントに入社し、ロンドン支局長から制作本部長に。
俳優のフレデリック・マーチに”ハリウッドにはウエンジャーのような教養ある知的なプロデユーサーはいなかった”と評される。
ルネ・クレールをはじめフリッツ・ラング、マックス・オフュルスなどヨーロッパ系の監督を起用、一方でヘデイ・ラマール、イボンヌ・デ・カーロ、マリア・モンテス、ジーン・テイアニーなど女優の売り出しにも貢献した。
ジョーン・ベネットと結婚し、独立プロダクションまで作ったが、彼女とマネージャーの不倫騒動に端を発し、51年にマネージャーに対する発砲事件を起こして服役した。
製作者としての代表作は「暗黒街の弾痕」(37年 ハワード・ホークス監督)、「歴史は夜作られる」(37年 フランク・ボザーギ監督)、「駅馬車」(39年 ジョン・フォード監督)、「海外特派員」(40年 アルフレッド・ヒッチコック監督)など。
「クレオパトラ」(63年 ジョセフ・L・マンキーウイッツ監督)で20世紀フォックスの経営を傾かせたのが最後の作品となった』(以上、蓮実重彦、山田宏一「傷だらけの映画史・ウーファからハリウッドまで」中公文庫 ウオルターウエンジャーの映画史の章より要旨抜粋)

「飾り窓の女」 1944年 フリッツ・ラング監督 インターナショナルプロ・RKO配給
真面目な大学教授のエドワード・G・ロビンソンが、妻と子供が旅行に出た間に、男なら羽根を伸ばして遊ぶところ、そんなつもりもなく何気なく覗いたショーウインドウの肖像画の女性に魅入られて、引きずり込まれる二日間の悪夢。
肖像画から抜け出し、教授を誘う訳ありの女にジョーン・ベネット。
ファムファタルでありながら、ラナ・ターナーのように職業的な妖艶さに陥らず、またリタ・ヘイワースのようにエンターテナーのプロに徹することもなく、どこか素人っぽさを残しつつ、自らが引き起こした悪夢の世界で、ある時は能動的な悪女として、ある時は悪夢的展開に戸惑う被害者っぽいヒロインとして立ち回る。
彼女は謎の女であると同時に、現実社会では名のある興行主の愛人でもあった。
なお、ラナ・ターナーとリタ・ヘイワースは当時のセックスシンボルとして、その実名がロビンソン教授の友人のセリフに出てくる。

犯罪心理学者のロビンソン教授は、家族の旅行中、独身クラブのようなところで検事と医師の友人と夜を過ごすが、家に帰る途中に例のショーウインドウで美女の肖像画を眺める。
と、絵画の背後からジョーン・ベネットが現れて、教授を部屋に誘う。
一度は固辞した教授だが、美術に関心のありそうな女の誘いに乗ってしまう。
女の部屋は今でいうオートロック式のマンションで、部屋からのOKがないと、エントランスのドアが開かないという、おそらく当時のアメリカでも最新のスタイル。
広々とした部屋にはセンスのいい美術品であふれている。
思わず興味津々の教授。
女は下着の上にスケスケの黒いロングドレスを身にまとっている。
そこへ、中年の男(興行主)が入ってくる、慌てる女が止めるのも聞かずに教授の首を絞めにかかる男。
このままでは殺されてしまうと思った教授は、女から手渡された鋏で男をめった刺しして難を逃れる。
男は死ぬ。

日常の隙間に潜む罠。
悪夢のような不条理。
急展開のスリル。
ドイツ時代からの映画監督としてのフリッツ・ラングの持ち味がこの作品にも横溢している。
ギャングスター、エドワード・G・ロビンソンが、実直な小市民を演じるが、観客はそうは見ていない。
期待通り、非現実の美女に魅入られ、期待通りにその誘いに乗り、期待通りに犯罪に巻き込まれる。
教授を悪夢に誘い込む悪女が、いかにもの悪女には見えないジョーン・ベネットというところも味噌だ。
犯罪への急転直下の場面では、悪女らしく開き直るのではなく、おどおどして事態収拾に慌てるベネットの姿が見られる。
ベネットもこの悪夢の被害者の一人なのだ。

事態の収拾を図る教授が、いちいちドジを踏むのもおかしい。
死体を車で運んで遺棄するのだが、その都度、警官や料金所に目撃者が現れるし、教授は教授でタイヤ痕や靴跡、血痕などの証拠を残しまくる。
犯罪学者とはいえ、所詮、実際の犯罪の当事者としては素人なのだ。
事件は興行主の失踪から死体発見へと大きなニュースになっており、教授の友人の検事にとっても格好な推理の材料となっていた。
この検事によるこの事件の推理がいちいち的を得ていて、焦る教授が犯人しか知らぬ情報を思わず漏らしてゆく描写も観客にとってはスリリングな味付けだ。
検事の推理は的を得ているが、警察の見立てはズレている。
検事の見立てに対し、話をそらそうとして墓穴を掘る教授。
犯行現場で、捜査線上に上がった女(ベネットかどうかは描写されない)と教授の間一髪のすれ違い。
スリリングであると同時にすっとぼけたブラックユーモワ風に味付された場面が続く。

終盤に現れ、ベネットに付きまとい脅す、興行主のボデイガードは素人っぽくはない。
ロバート・ミッチャムが「狩人の夜」や「恐怖の岬」で演じたような、粘着的なサイコパスの悪人だった。
この悪人が、半分素人のベネットを脅すシーンはこの映画唯一の悪のスリリングな味わい。
ベネットも教授もお手上げのプロの悪人ぶりだった。
このボデイガードを演じたのはダン・デュリエ。


「緋色の街」 1945年 フリッツ・ラング監督 ダイアナプロダクション・ユニバーサル配給
「飾り窓の女」と同じメインキャストで作られた作品。
製作はジョーン・ベネットが当時の夫ウオルター・ウエンジャーと共同で設立したダイアナプロダクション。
エドワード・G・ロビンソンがまじめで小心な出納係を、ジョーン・ベネットが蓮っ葉でヒモの体にのみ夢中な街の女を、ダン・デュリエが悪知恵の働くヒモを演じる。
主演の3人は、前作では慣れ切っていなかったものの、本作ではロビンソンはすっかりしょぼくれた小市民として、こぎれいな女の前でおどおどする中年男になり切っているし、ベネットは謎めいた女のベールをかなぐり捨てて、安物のビニールコート姿で足を組んでストローをくわえ、おしろいをはたく、街の女の振舞いを物おじせずに演じている。
そしてダン・デュリエは愛してもいない女のヒモとして路上で女を殴り倒し、また女の愛情を利用して彼女の周辺を浮遊しつつ、詐欺的策略だけは天才的なひらめきを見せて女を操るダニのような男になり切っている。

ベネットの役は街娼なのだが、当時のハリウッドでは『コード』があっただろうし、あるいはベネットのスターとしてのランクがあからさまな表現を避けさせたのかもしれない。
一方で、街角で猿回しが客を呼ぶ描写があったり、またロビンソンの住居が『ブルックリン』だとの台詞もある。
これらの表現は、この作品の舞台が都会の場末で、また移民が住む貧民街であることを表している。
ブルックリンの安アパートに再婚の妻と住み、恐妻家で絵をかくことだけが楽しみのロビンソンは、まじめに出納係を25年務めた信用だけが取り柄。
ベネットとデュリエは裏街道を行く、堅気とは別世界の住人。
この両者が出合ってしまう。
街頭で女を殴打している男に、柄にもなく雨傘を振り回して立ち向かってしまったがゆえに。
さらには、お礼に場末のバーで女とカクテルを飲むという人生初の体験をしてしまったがゆえに。
裏街道チームの美人局的な篭絡に苦も無く引っかかる出納係。
会社の金に手を付けて首になる。
くすねた金でつかの間のマンションを女に買い与えた末に。
出納係の趣味の絵画をついでに売っぱらおうとしたヒモが、やってきた画商の思いもかけぬ評価に悪知恵を発揮して、女を絵の作者とする芝居を打ち、ゴースト作家として出納係に働かせて儲けようとする。
画商のウインドウの絵を見て出納係の悪妻が事態を曲解し、『有名作家の絵を盗作している』と夫を非難する・・・。
女に狂って転落する中年男というメインストーリーにいろんな登場人物が絡み、枝葉のストーリーが発生してゆく。ここら辺の展開は、暗黒街のサスペンス映画であっても、そこはかとないユーモアをちりばめつつ、目まぐるしく展開が二転三転してゆくフリッツ・ラングの作劇スタイルだ。

転々として行くストーリーは、出納係が告訴はされずに首になった後(社長の恩情は「真人間」のハリー・ケリー社長の振舞いと同様)、ホームレスに落ちぶれつつ、自分の罪を訴え続ける場面で終わる。
落ちぶれてからのロビンソンの演技は「嘆きの天使」のエミール・ヤニングスをちょっとだけ思い出させた。
自分の欲望に忠実なだけのジョーン・ベネットがアクシデントで死に、さんざん悪事を積み重ねてきた街のダニのダン・デュリエが、そこだけは冤罪の殺人罪で死刑になる結末は、勧善懲悪できっちりしたことが好きなドイツ系の監督らしい?
「飾り窓の女」の全体を通して漂っていた幻想的なムードがなく、スピーデイに現実的なストーリー建てで展開するドラマだった。
裏街道チームを成すジョーン・ベネットとダン・デュリエの吹っ切れた演技が印象的。

「扉の影の秘密」 1947年 フリッツ・ラング監督 ダイアナプロダクション・ユニバーサル配給
ジョーン・ベネットがフリッツ・ラングと組んで作った3作品は、独立プロで製作し、配給はユニバーサルかRKO。
ハリウッドメジャーの中では下位の映画会社による配給である。
配給が大手ではないのは、内容の問題なのか、ラングがMGMから解雇された過去が影響しているのか、あるいは亡命監督の現状を表しているのか。
ジャン・ルノワールが20世紀フォックスに好条件で迎え入れられながら結局クビになったことを思い出す。
閑話休題。
1947年にRKOから『ジョーン・ベネット主演でミステリを撮らないか』との申し出を受けたルノワールは二つ返事で承諾した。
ウオルター・ウエンジャー、ベネット夫妻とルノワール夫妻は交友関係にあり、普段からルノワールはベネットを評価していた。
「浜辺の女」は主人公の戦争の悪夢を幻想的に表現した作品で、ベネットは主人公を惑わせる謎の女として登場するのだが、プレヴュー上映での不評後、撮り直し、再編集とRKO側の要求が1年ほども続き、71分の最終版が出来上がった頃にはルノワールは映画に対する情熱を失いそうになっていた。

映画を愛し、映画に愛されたジャン・ルノワールを映画嫌いにさせるハリウッドというのも凄い所だが、似たような経験に事欠かなかったであろうフリッツ・ラングが、ハリウッドと折り合いをつけていった過程がこの作品にも見られるのだろうか。
「扉の影の秘密」は、「飾り窓の女」、「緋色の街」に続きジョーン・ベネットを起用した作品。
ベネット主宰のダイアナプロダクション作品でもある。
前2作のメインキャストを務めた、エドワード・G・ロビンソンとダン・デュリエはいないことから、前2作のバリエーションではないことがわかる。
ベネットは謎の女や街の女役ではなく、オールドミスながら裕福で育ちのいいヒロインを演じる。
ただ、『ヒロインが幸せになりました』だけでは、ベネットがラングと組んでまで作るはずはないし、ベネットの魔力で男が破滅してゆく話は作ったばかりだった。
本作では趣向を変え、激しい本性を内に秘めながらも、前向きで健全なヒロインを主人公とし、彼女に様々な驚天動地のスリルとサスペンスが襲い掛かるストーリーにした。
さらにこれまでの2作品にはなかったニューロテイック(異常心理)な味付けを加えた。
主な登場人物は主人公シリア(ベネット)、夫マーク(マイケル・レッドグレーヴ)、その姉キャロライン(アン・リデイア)。
シリアはニューヨークに暮らすお嬢様で裕福な兄の死後、莫大な遺産を受け継ぐ。
メキシコに旅行していた時、背後からただならぬ視線を感じる。
己の情熱的な本性を射抜くような視線に、その男性マークに興味を持ち2日間片時も離れずに過ごす。
そのままメキシコで結婚する。
それからマークとの間に、シリアには理解できない事象が次々と起こる。

始まりは、メキシコの宿から、着電しようもない電報を口実にマークが突然ニューヨークに帰ったり、駅で迎えたシリアの胸にライラックの花が飾ってあるのを見た途端にマークの態度が変わったり、と夫婦間の些細な問題ともいえるものだった。
披露パーテイでマークが来客に、自分の趣味である殺人現場を再現した部屋を見せるに及んでシリアの疑念は高まる。
マークの実家には、人に心を開かないマークの前妻の息子デヴィッド、マークの姉のキャロラインとマークの秘書がいる。
それぞれ謎めいた人物である。
何より秘密めいているのはマークの振舞いだ。
シリアはマークの秘密の部屋を合鍵を使って入り込む。
そこには・・・。
最後の最後までマークを信じるシリア。
彼女を傷つけるのは、夫婦の愛情を感じさせな夫の振舞いだけで、マークの心理的な弱点にではない。
映画は、潔癖症で閉所恐怖症でマザーコンプレックスでついでにシスターコンプレックスのマークの異常さを描き続けるが、それはマークのシリアに対する愛情と矛盾するものではなかった。
マークも心理的被害者としてそれを克服し、シリアと添い遂げようとしていたのだ。
シリアに限らず、死んでいった前妻ら、この家に嫁いできた他人らの恐怖の源は別にあった・・・。

マークの姉を演じるアン・リデイアは、「緑園の天使」でエリザベス・テーラーの母親を演じ印象を残した女優。
リベラル派だったために赤狩りの影響を受け、実力派でありながら50年代に入って映画出演がほぼなくなった。
本作では「レベッカ」(40年 アルフレッド・ヒッチコック監督)でジョーン・フォンテイーンを真綿で首を締めるようにいじめるメイド頭のような役柄だが、まるっきりのサスペンスではない本作品でのそのような役柄を、作り物めいたところなく演じている。
『このしっかりしたお姉さんは、シリアの味方なのだろう』と観客に最後まで思わせる演技だった。

メキシコの教会での結婚式の場面ではジョーン・ベネットのウエデイングドレス姿が見られる。
彼女はこの3年後には「花嫁の父」で花嫁(エリザベス・テーラー)の母親役を務めることになる。