千曲市にある県立歴史館で「長野県民の戦後再出発」展があり、展示の一環として「おらうちの嫁」という映画が上映されているというので見てきました。


「おらうちの嫁」 1959年 荒井栄郎監督 長野県連合青年団製作 16ミリ・モノクロ・34分(デジタル上映)
この映画の上映を知ったのは、6月5日付の信濃毎日新聞の文化欄に載った記事から。
昭和30年代の長野県の風景だったり人物だったりを見たくて、歴史館に駆け付けました。
映画は館内の小会議室のようなところでエンドレスに上映されており、入室時には3人ほどがいました。
企画展そのものの入場者が、その時にはほぼ0人でしたから、映画そのものを見に来た人が多かったことがうかがえます。
出演者はのちに商業映画などで見る俳優も含まれており、プロのスタッフ、キャストによる劇映画として作れられ邸ます。
ロケ地は飯山、たばこ農家の親夫婦、嫁を迎えた長男、それに長女と次男がメインキャストです。
俳優たちの演技を、時にはクローズアップを用いて演出・撮影されています。

農家に嫁いだ嫁が出産までの間、古い習慣との軋轢に対し、夫婦間の平等な愛情で乗り越えてゆくのが映画の骨子です。
モチーフは県連合青年団によるものでしょうが、それを脚本家の大内田圭弥が劇映画に落とし込んでいます。
プロの俳優たちの演技は、いってみればパターン化されたものではありますが、そのレベルは商業映画同様に低くありません。
時間の制限もあることから、今では貴重な30年代の空気感に記録を最優先した、いわゆる記録映画的な匂いはありません。
身重となった妻を労う夫が、他者にその様子を見られまいとする様子とか、当時は里帰り出産が当たり前だったが妻の願いで嫁ぎ先で出産することになり、夫が親の意向に反して受け入れることなどが脚本のツボとなっています。
このあたり、松竹映画「この広い空のどこかに」(1954年 小林正樹監督)を思い出します。
町の酒屋に嫁いだ久我美子の戸惑いとそれを見守る夫の佐田啓二が主人公で、最初は量り売りの醤油樽の栓を上手く開け閉めできない久我を佐田が指導するシーンが印象的でした。
夕食後、6畳一間の夫婦の部屋で不安にくれる久我と、それを慰める佐田のシーンも。

「この広い空のどこかに」と本作に共通するのは、戦後になって夫婦として出発した二人が、古い家庭(農家や商家など)に嫁ぎ、古いやり方に戸惑いつつも二人の愛情を前途の希望として前を向く、というもの。
二つの作品とも、旧体制である儀実家が、決して無理解ではなく、いじめたりするわけではないという点が共通している。
生活の困難や壁は己の中にあり、その解決は夫婦の愛情によってなされる、という点でも共通している。
小会議室では1955年制作の岩波映画で、県南の遠山郷に伝わる霜月祭というお祭りの記録映画も同時上映されていました。
南アルプスに連なる山々に囲まれた村からの道を何キロも歩いて通学する小学生の姿で始まる、記録映画らしい記録映画で、貴重な「民俗学的」な映像が楽しめました。
小会議室内には収集した記録フィルムの実物も展示されていました。
「おらうちの嫁」の16ミリフィルムそのものや、このほかの35ミリネガやプリントの一部が展示され、デジタル化による保存の必要性を訴えてもいます。
全国には、地方の団体などが版権を持つフィルムがたくさんあるのでしょうから、それらを掘起し、保存することは大事なことです。
この点でもあいまいにせず、現状をオーオプンにして、きちんと対処しているのがは、長野県らしいことだと感心しました。



歴史館常設展示
歴史館には常設展示コーナーもあります。
先史時代の展示コーナーには巨大なナウマンゾウの模型があり、それが動くのです。
また石器時代のコーナーには実物大の竪穴住居が再現されています。
さらに時代が進んで鎌倉時代になると善光寺に花開いた仏教文化の栄華が映像でレイアウトされています。
金がかかっています。
そしてこの展示、どこかで見たような?
そうです、長野市川中島にある長野市立博物館の展示に似ているのです。


歴史館の展示内容が、長野や松本の博物館とダブっているのは当たり前ですが、ダブった部分の展示が似通った気がするのです。

先史時代から石器時代、古墳時代、律令時代、武家時代、江戸時代、明治時代と時を追って県内の歴史を俯瞰した展示内容。
また、その時々に花開いた仏教文化や街道・河川による物資・文化の流通、生糸による近代産業の勃興までをかくコーナーで解説しています。
丁寧に詳しく、郷土への誇りと愛着が根底に窺える、見ごたえのある施設です。

