上田映劇で新作「ヌーヴェルヴァーグ」を見る



「ヌーヴェルヴァーグ」    2025年   リチャード・リンクレイター監督   フランス

山小舎おじさん今年初の新作映画鑑賞。
劇映画となると何年振りか。
新作ってこんなに面白かったのか?
それともたまたま、年代的な感性に合致したのか?

上田映劇のウインドウ。「ヌーヴェルヴァーグ」の同期間に「勝手にしやがれ」が上映される

監督が、50年代末のパリのカイエ・デュ・シネマに巣食う若い映画評論家たちが映画監督としてデヴューしてゆくヌーヴェルヴァーグという時代に興味とあこがれを持ち、素直に映画化している。
監督の素直さ、素人っぽさは、全世界の隅々に生息する映画ファンと共通しているのがこの映画の凄い所であり、愛すべきところだ。

クロード・シャブロルが「美しきセルジュ」でデヴューし、フランソワ・トリュフォーの「大人は判ってくれない」がカンヌ映画祭で評判をとった頃。
黒メガネでタバコを離さないゴダールは、カイエの編集室でタイプを叩いていた。
気になるトリュフォーのカンヌデヴューを確かめにカンヌに車を飛ばす。
旅費は編集室の引き出しにある金庫から失敬した。

「映画の友」1960年4月号掲載の広告

シャブロルとトリュフォーのデヴュー作のおかげで、シャブロル監修、トリュフォー原案の条件でゴダールの長編デヴュー作にプロデューサーが付いた。
生涯一度のチャンス。
素材は新聞記事になった自動車盗難の話。
主演には短編で使ったボクサー上がりの青年(ジャン=ポール・ベルモンド)。
相手役のアメリカ娘には、「聖ジョーン」でデヴューし、トリュフォーが『新しい映画の女神降臨』と絶賛し、カイエの表紙を飾ったジーン・セバーグを、無鉄砲にも希望した。

ベルモンドにはジムのオーナーみたいなおばさんが、『映画に出るなら商業映画に』と苦言を呈するが、べルモンドは『どうなるかわからないが、ゴダールは信用していい』と思っており、縁もゆかりもないセバーグに出演を勧めに行く。

セバーグはハリウッドでの「悲しみよこんにちは」出演の後、結婚したフランス人弁護士とともにパリにいた。

すぐ離婚し、セバーグの評伝(水星社「ジーン・セバーグ」)では精彩なく描かれている、元夫フランソワ・モレイユだが、映画では登場場面も多く、いらだつセバーグを慰めたり、契約中のハリウッドのコロムビア映画との交渉ごとに手腕を発揮するなど頼もしく描かれている。

「映画の友」1958年12月号掲載の記事より。左が実物のフランソワ・モレイユ

「勝手にしやがれ」の撮影開始前にゴダールがスタッフを選定する。
以後コンビを組むことになる撮影のラウール・クタールのキャラがいい。
実際のクタールについては知らないが、インドシナに従軍して映画撮影を覚えたというこの人物は、長身と長い顔をしており、顔合わせではゴダールと撮影の専門的な会話を交わして意気投合する。

現場では『覗くか?』とゴダールに聞き(ゴダールは『いや』と答える)、『回せ』の掛け声には『もう回っている』と答える。
ロケでのゲリラ撮影では、嬉々として車いすに座り(押すのはゴダール)、カモフラージュしたリヤカーにカメラを抱えて潜り込む(リヤカーを押すのはゴダール)。
クタールにとっては、無手勝流のヌーヴェルヴァーグの現場など、インドシナの戦場に比べて何のことはないんだろう。

一方で記録係やメイク係の女性にとってゴダールの現場は全くの素人騒ぎだった。
小道具の位置のズレや、俳優の目線の違いには『これではつながらない』と当たり前の指摘をしても、『このままでいい』と答えるゴダールに絶望する記録係。
メイク係は主演女優セバーグのとりなしで何とかスタッフに残る。
終盤のロケで『もう少しで終わる』とせいせいする彼女。

劇中で着用したワンピース姿のセバーグ

セバーグは出番のない日も現場に出かけてくるが、ゴダールは決まった脚本は作らず、毎日現場でなにやら書いている姿に苛立つ。
セリフはゴダールの口から出演者にカメラの背後から告げられる。
しまいには、セリフの癖をマネしてゴダールをからかう。

ハリウッド女優として、演技とアドリブで対処し、それなりに現場を楽しんでいるように見えるセバーグだが、あまりの無軌道ぶりにしばしばゴダールと衝突する。
『あなたの映画なんて知らないわ』。
クランクアップの現場で各スタッフはお互いにハグするが、セバーグとゴダールは握手だけだった。

「勝手にしやがれ」の封切り記念パーテイにて、セバーグとゴダール(「映画の友」60年7月号より)

様々な映画人のそっくりさんが登場する。
ロベルト・ロッセリーニがカイエ編集室を訪れたとき、ヌーヴェルヴァーグ系の映画人が集合する。
ジャック・ドミー、アニエス・ヴァルダ、アランレネもいる、名前が表示されないと誰かはわからないが。
ロッセリーニはホテルに送っていったゴダールとの別れ際に金を無心する。

撮影の終盤、パトリシア(セバーグの役名)の部屋でベルモンドと戯れるシーン。
ベルモンドの独白シーンの撮影では、セバーグがカメラの横に陣取りベルモンドにアドバスする。
この時の女優ゾーイ・ドウイッチはセバーグが蘇ったかと思ったくらいにそっくりだった。
それ以外の場面では、実際のセバーグより背が高く、顔が骨ばっているゾーイは、シャロン・ストーンにしか見えなかったが。

セバーグとベルモンドの同志的友情が、撮影期間を通して高まってゆく様も見てとれる。
セバーグが40歳で不慮の死を遂げたとき、葬儀に参列したのもベルモンドだった。

ゴダールが見学に訪れる、ロベール・ブレッソンの「スリ」の撮影現場。
ブレッソンのそっくりさんの目玉と背広の模様もよかったが、メイクされている主演俳優が、実際とそっくりで驚いた。

「ヌーヴェルヴァーグ」チラシ表紙

どのシーンも興味津々。
どこかで見聞きしたシーンやエピソードが再現されている。
知らなかったエピソードも。
それも映画ファンの視点で。

画面から初々しさが消えないのは、出演者がゾーイ・ドウイッチ以外は職業俳優ではないからか。
それとも監督がファンの視点で、ヌーヴェルヴァーグの時代を再現することにワクワクしているからだろうか。

「ヌーヴェルヴァーグ」チラシ裏面

ゴダールを演じるギョーム・マルベックという人。
独特の愛嬌があり、動きもいい。
実際のゴダールは、自意識過剰で頭でっかちのクセありすぎの人物だったのだろうが。
そこで私からの質問が一つ。
ゴダールは映画を見るときも黒メガネをかけていたのだろうか?この作品でのように。

ゴダールについて、本人の難解な言葉や、研究書のわかりずらい文字を見るより、まず最初にこの映画を見たらどうだろう。
ヌーヴェルヴァーグの時代に、血の通った偏屈な監督がいて、すったもんだの挙句、時代に残る映画が生まれたという事実が、温かい目で語られているのを見て、これ以上ない入門となるだろう。

この日の上田映劇はまるでゴダール祭り
ベルモンドとセバーグが案内してくれるような、上田映劇の館内

  

蓼科山登山 予行演習

8月にやって来る孫たちの今年の一大イベントが蓼科山登山になりました。
そこで、孫たちを迎えるジイジとして、この日は予行演習を行いました。

蓼科山は八ヶ岳連峰の北端に位置し、標高2520メートル、日本百名山に数えられる人気の山です。
現在は、標高2000メートル近くの7合目登山口まで車道が通じており、全国からのハイカーのほか、県内の小学生の登山遠足にも利用されています。

2年ぶりの蓼科山となる齢70の山小舎おじさんに、入念な準備は不可欠です。

登山靴は防水加工のトレッキングシューズです。
高機能靴下を履きます。
さらに足首、膝、腰、上半身に紐を巻いて固めます。
ヒモトレというやつです。

2年ぶりの蓼科山、頂上へは2回しか行ってません。
しかも2年前に行った9合目の将軍平往復では、帰りに足が動かなくなって、我ながら大変でした。

息子が誕生プレゼントでくれた登山靴
娘が送ってくれた高機能靴下を履き、足首、膝をひもで固める

土曜日の10時前に7合目登山口の駐車場に着きます。
予想通り駐車場は満車で、路肩に延々と県外ナンバーの車が停まっています。
少し離れた路肩に軽トラを停めます。

7合目登山口付近には路駐車両が並ぶ

鳥居を潜って登山スタートです。
同じころスタートする登山客も三々五々いますが、早や下山してくる人もいます。

最初は丸太で階段が組まれていた登山道は、岩がゴロゴロするガレ道?となります。
過去に歩いた時の、雨水で掘れた道よりは歩きやすくなりましたが。

登山口で登山客を迎える鳥居
登山道、最初のころ
登山道、中盤

急な斜度の砂利(というか岩)道が続き、休憩場所らしいところや景色のいい場所がほとんどありません。
大きなケルンが積まれていたり、沿道にコケが見られたり、馬返しという場所の名残がわずかに登山客の目に変化をもたらしてくれます。
頂上にある蓼科神社の参道であるところの、信州らしい自然にあふれた山道なのです。

登山客が積んだケルン
沿道にはコケも
ここまでは馬も来たのか?

何度も小休止し、砂利に滑りながら登り続けます。
あわよくば山頂まで、の考えはとうになくなり、ひたすら9合目・将軍平の山小屋の姿を求めて喘ぎながら登ります。

終盤の登山道、ごろ石が滑る
振り返ると女神湖方面の景色が見えた

健康な人なら頂上まで2時間とのことですが、その2時間を過ぎました。
とっくに余裕がなくなった視界の先に、空の青さが見えてきて、休憩する登山客で賑わう将軍平に着きました。

山小舎のある将軍平に着いた

写真を撮るためにこの先の絶壁?が見える場所まで行きます。
脚がガクガクしており頂上までは無理です。
写真を撮って、将軍平へ引き返します。

将軍平から山頂への急な岩場

この日の装備品は、ヤッケとペットボトル1本、カレーパンです。
昼飯前に下山するつもりでしたが、すっかりバテています。
カレーパンを食べましたが、しばし休息と給水が必要です。
将軍平の山小屋に入ってコーヒーとアイスクリームを補給することにしました。

将軍平の山小舎周辺は登山客の休憩場所

ここのコーヒーは注文の都度、豆を挽いてくれます。
水は雨水です。
繁忙期なので3人のスタッフが忙しそうです。
30分ほども休んだでしょうか、アイスクリームが体にしみます。
足に疲れはたまっていますが下山しなければなりません。

山小屋でコーヒー

前回のように、動かなくなった足をごまかしながら引きずるように歩くほどのピンチはなく、下山時には、ほぼほぼ筋肉が活動停止の状態だったものの、軽トラまで到着しました。
出発から4時間を過ぎていました。

本番では頂上まで登るつもりで準備し、ストックももってゆこうと思います。
この日はたくさんの中高年の登山者がいましたが、ほぼ全員がストックを使っていました。