上田映劇で「美しく、黙りなさい」を見る

「美しく、黙りなさい」  1976年  デルフィーヌ・セイリグ監督  フランス

上田映劇での予告編で存在を知った。

デルフィーヌ・セイリグは、迷宮のような「去年マリエンバートで」(61年 アラン・レネ監督)の謎の美女。
「ロバと王女」(70年 ジャック・ドミー監督)ではカトリーヌドヌーブ扮する王女の継母となる妖精役を楽しそうに演じ、「ブルジョワジーの秘かな愉しみ」(72年 ルイス・ブニュエル監督)では食事を求めてさ迷う有閑マダム役を悠然と演じたフランス女優だ。

「えつ?セイリグ唯一の監督作品?女優へインタビューしたドキュメンタリー?」。
これは何としても見なければ。

この日の上田映劇

手持ちのビデオカメラで撮ったモノクロの荒い画質。
ジル・クレイバークが、ジェーン・フォンダが、ルイース・フレッチャーが、たばこをふかしながら、真顔で、質問を一度飲みこんだあと覚悟を決めたように、話し始める。

50年後のジェンダー論者のようにとうとうとしゃべる人。
不貞腐れるように思い出したくないエピソードを吐き出す人。
ガールフレンドと二人でインタビューに応じる人もいる。
質問を外れて延々と自らの女優人生を述べる人(事実は小説より奇なり、を地で行く半生)も。

セイリグからの質問は二つ。
「もしあなたが男性だったとしてもこの職業を選びましたか」と「ほかの女優と友好的な場面を演じたことはありますか」。

ジル・クレイバークは最初の質問に静かに答える。
「ノー」。

ノーと答えた後「男だったら旅に出ていた」、「船乗りになっていた」と答える人もいた。

ゴダールやベルトルッチといった映画作家の問題作に主演していた当時の若手女優の回答が面白い。
「(ゴダールの「中国女」に出演して)あんな中国女がいるわけない」とアンヌ・ヴィアゼムスキー。

マリア・シュナイダーは「あの作品(「ラストタンゴインパリ」)はブランドとベルトルッチの映画だった。彼等は仲良かった」と自らの疎外感を吐露し、「今度は歳の近い俳優と共演したい。ニコルソンはまだしも(「さすらいの二人」のこと)、ブランドは歳が離れすぎている」と前髪に隠れるようにぼそぼそと話す。

2人の主演女優による、なんともとてつもない作品批評が飛び出た!
いいぞ。
ゴダールマニアや、ベルトルッチ信奉者に聞かせてやりたい。
なお、マリア・シュナイダーは「ラストタンゴインパリ」での、ベルトルッチによるセクハラに近い撮影を告発する自伝を発表した。

ジェーン・フォンダは語る。
初めての映画出演では、ハリウッドのメイクによって自分とは思えない顔になったこと。
役柄はボーイフレンドの周りを短いスカートで飛び跳ねるチアリーダーだったこと。
戦前戦時中に渡る女同士の友情を描く「ジュリア」(77年 フレッド・ジンネマン監督)では、バネッサ・レッドグレープの演技に感動し(観客の我々も同感)たが、監督はレッドグレープとの女同士の肉体的接触(握手など)の回数が増えないように苦慮していたこと。

ルイース・フレッチャーは「カッコーの巣の上で」の看護婦役でしか知らなかったが、セイリグの質問に高ぶることもなく、落ち着いて答えており、演技だけではなく人間としての資質の高さを感じた。

エレン・バーステインも70年代の演技派女優として一時代を画したが、セイリグの質問に高揚し、自らの体験を披露する姿が見られた。
「アリスの恋」以来の久しぶりの姿だった。

マリー・デュボア、ジェニー・アガター、シャーリー・マクレーン。
あなた方は、セイリグの質問に真摯に応える真面目な求道者であると同時に、全世界の映画ファンにとってかけがえのないスター女優という宝物である。
その存在と、50年後のジェンダー論者を二重写しにしてドキュメンタリーに止めおいたデルフィーヌ・セイリグという存在は何だったんだ?

なんとホールには、片桐はいりからの花輪があった!映画館万歳

投稿者: 定年おじさん

1956年北海道生まれ。2017年に会社を退職。縁あって、長野の山小屋で単身暮らしを開始。畑作り、薪割り、保存食づくり、山小屋のメンテナンスが日課。田舎暮らしの中で、60歳代の生きがい、生計、家族関係などの問題について考える。60歳代になって人生に新しい地平は広がるのか?ご同輩世代、若い世代の参加(ご意見、ご考察のコメント)を待つ。

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