DVD名画劇場 特集「妄執、異形の人々」 (第3集) ”サイコパス”ロバート・ミッチャム

ロバート・ミッチャム

この俳優は1940年代以降のハリウッド映画のタフガイとして活躍した。
「天使の顔」(1952年 オットー・プレミンジャー監督)では救急隊員役として、ヒロインであるジーン・シモンズの相手役だった。

50年代に入って、役柄を広げたのか、適役を演じることのなったのか、「狩人の夜」(1955年)と「恐怖の岬」(1961年)の2本の映画に出演した。
どちらもタフガイというヒーローではなく、敵役である。
これらの作品でミッチャムは、定型の悪役ではなく、怪演技ともいうべきサイコパスぶりを披露し、彼本来の資質を開花させるとともに、映画史に残る悪役のひとつの型を作った。

ロバート・ミッチャム

「狩人の夜」   1955年  チャールズ・ロートン監督   ユナイト

映画史に残るカルト作品。
この作品の功績は、原作を発掘し、製作にこぎつけた製作者のポール・グレゴリーと監督のチャールズ・ロートンに第一義的には譲るものの、独特の世界観を作品にもたらした撮影のスタンリー・コルテスとともに、配役のロバート・ミッチャムのサイコパスな演技に負うところが多い。

オリジナルポスターにはミッチャムにすがるネグリジェ姿のシェリー・ウインタースが

大恐慌下の30年代のウエストバージニア州の田舎町。
銀行強盗の末に息子に1万ドルの隠し場所を託して刑死した父親(若き日の「スパイ大作戦」、ピーター・グレイブス)。
獄中でこの話を知り、牧師に身を偽って残された家族に接近するパウエル(ロバート・ミッチャム)。
未亡人(薄幸の女性役が似合っていた頃のシェリー・ウインタース)と偽りの結婚をし、幼い兄妹から金の隠し場所を聞き出そうとする。

物を盗んだり、人を殺すことを何とも思わないパウエルは、ストリップ小屋での観劇中に自動車盗難で警察に捕まる境遇がよく似合う。
左手の指の甲にHATE、右手にLOVEと入れ墨をしており、これだけでも十分サイコ野郎なのに、その手を絡ませて善悪の戦いと善の勝利を田舎の善民に説き喝采を受けるその牧師姿は、単なる悪の具現化を超越した怪物性を際立たせる。
これ以上ない悪であり、俗物であり、サイコパスなのだ。
ロバート・ミッチャムの個性とパウエルの怪物性が融合し、この先の悪夢をもたらす。

カルト映画史に燦然と輝くサイコヒーロー、パウエル

パウエルの正体を見破り殺された未亡人(ご丁寧に、湖底に自動車とともに沈んだシェリー・ウインタースを映画は美しいもののように丁寧に描写する)。
いろいよ金のありかを巡って虐待を繰り返すパウエルから逃れ、母を殺された兄妹は小舟に乗って川を下る。
兄の方は最初からパウエルを信用していない。
農夫を殺し馬を奪ったパウエルは、彼のテーマソングである讃美歌を歌いながら、兄妹を追跡する。

作品に、寓話性と十分な悪夢をもたらすカメラが川を行く兄妹を捉える。
プラネタリウムのように不自然に光る夜の星と三日月。
明らかに太めのひもで作ったクモの巣。
不自然にカメラの前に置かれたカエル、ウサギの背景に兄妹の船が流れる。

川に沿った土手を白馬にまたがってゆくパウエルはシルエットで捉えられる。
この悪夢に彩られた童話のワンシーンのようなカットが作品の一つのハイライトでもある。

そういえばこの男、獄中での登場シーンは二段ベッドからさかさまに現れたし、兄弟の家へ現れる際はシルエットでの登場だった。
ショック効果というよりは、この男の異常性を表現してのものであろう。

疲れ果てた兄妹がたどりついたのは、孤児3人を育てる老婦人(リリアン・ギッシュ)のもと。
農場の生産物を孤児とともに売って自立する老婦人。
この御仁もキリスト教信者。
孤児たちに愛を注ぐが、家を出て帰らない実の息子には未練を持っている、生身の人間でもある。
彼女は現れたパウエルの偽牧師ぶりを見破り、その異常性に対しては銃をもって対抗する。

パウエルの襲来に毅然と銃を構えるリリアン・ギッシュの雄姿

孤児のうち最年長の娘がパウエルに雑誌とアイスで誘惑される。
これを知った老婦人は娘をかき抱き悪人に誘惑される愚を説く。

このシーンのリリアン・ギッシュの存在感に圧倒される。
これがサイレント時代にグリフィス作品でヒロインを務めてきた大女優の力量なのか。
テクニカルな面の目立つこの作品のカメラも、固定したフルサイズの長回しでギッシュの演技に敬意をしめす。
作品のテーマの一つでもある、ロバート・ミッチャムとの「善悪対決」でも勝負前から決着がついたかのようだ。

ギッシュはパウエルに利用された年長の娘を諄々と諭す

一度追い返されたパウエル(もうロバート・ミッチャムそのものといったほうがいいか)が夜になって再びやって来る。
例によって讃美歌を口ずさみながら。
それを聞いた老婦人も思わずその一節を口ずさむ、寝ずの番で銃を携えながら。
善悪の共通点はキリスト教にあるということか。

悪は一瞬にして駆逐され、みじめにパトカーに押し込まれる。
映画はあれだけ偽牧師を絶賛した田舎の善民たちが一転して、彼を吊るせと押し寄せるさまを捉える。
老婦人の年長の孤児が最後まで、自分を女としてかまってくれたパウエルを、いい人だったとつぶやく様も。

圧倒的な善であるリリアン・ギッシュが、小物のサイコパス、ロバート・ミッチャムを一瞬で叩き潰した、というのが映画のテーマの一つ。
もう一つのテーマは、善も悪も表裏一体、生身の人間同士だということ。
生身の大衆はまた、即物的だし、簡単に騙されて反省もしないということ。

俳優として名高い監督のチャールズ・ロートン。
この作品が公開時にはヒットせず、理解されるまで20年以上かかったこともあり、監督作品はこの1作だけだった。

実はロリコンだったというチャールズ・ロートンと、ねっとりとしたカメラのスタンリー・コルテス、麻薬で逮捕歴のあるロバート・ミッチャム。
3人のサイコ野郎の本質に近いものが集結した極め付きのカルト作品だった。

「恐怖の岬」  1962年  J・リー・トンプソン監督  ユニバーサル

ロバート・ミッチャムという俳優、タフガイの役でも、どうしょうもないクズの役でも、たたずまいが変わらない。
それがいいのかどうかはわからないが、役柄を問わず、”そこにいるのはもれなくロバート・ミッチャム”という存在なのだ。

この作品は60年代の入ってからのもので、暴力描写や性的(なものをうかがわせる)描写がより直截的なものになっており、ミッチャムのサイコな凶悪ぶりもより激しく表現されている。
思わせぶりな神秘性は全くなく、わかりやすいサスペンスに徹した画面作り。
そこには、”現実”の救いのなさのみが醸し出される。

自分の婦女暴行事件の証人となった弁護士のサム(グレゴリー・ペック)を8年間の入獄中、逆恨みして、出獄後にサム一家にストーキングし、自らのサデイズム趣向に基づいた復讐を図るケイデイ(ロバート・ミッチャム)。
サム一家の住む町に現れ、サムが弁護士として働いている裁判所に歩を進めるミッチャムの”崩れた”風体は、いつものロバート・ミッチャムの”ヨタッた”姿そのもの。
それが演技なのか地なのか?

家族でボーリングに興じるサム一家に近づくケイデイ。手前が娘のナンシー

60年代に入ったアメリカの町は一見すると繁栄に彩られており、サム一家の邸宅は広大な庭に囲まれ、黒人メイドを使っている。
しかし、映画は、来るべき70年代の挫折と断絶を予見させるがごとく、サム一家の暗い危うさを見逃がさない。

一人娘のナンシーのショートパンツ姿は、「ロリータ」(62年 スタンリー・キューブリック監督)のスー・リオンを思い出させる。
母親は、ナンシーの下校を車で迎えに来ているにもかかわらず、着飾って買い物に興じ、車から離れて娘を危機に陥らせるし、最終局面のケープ・フィアーでのハウスボート上でケイデイに迫られ、恐怖とも歓びともつかぬうめき声をあげる。
二人とも隙だらけで、来るべき時代の危機に無警戒なのだ。

ケープ・フィアーのハウスボートでサムの妻に迫るケイデイ

町の酒場には夜の女がいて、その女は生まれ故郷から流れてきた女で、ケイデイの誘いに応え自室に招いた挙句、彼のサデイズムの洗礼を受けて恐怖のあまり、あわてて町から長距離バスで去る。
警察からの捜査協力依頼を拒否して。
このエピソードはケイデイの常軌を逸した変態ぶりを描くとともに、60年代にはアメリカ社会の底辺に一般的だった、”町々を流れ歩く売春婦”の存在を描いてもいる。
「裸のキッス」(64年 サミュエル・フラー監督)は、”カツラを自ら吹き飛ばし、スキンヘッドとなった女が客の男を殴り倒す”、という冒頭シーンが有名だが、その女は洋酒のセールスウーマンを装った売春婦が町に流れてきたという設定だった。

60年代にはアメリカの病巣がかなりの部分で出そろっていたということだ。
そうした60年代のアメリカ社会の腐敗の萌芽とそれが招く暗さ、人々の危うさがこの作品の基調でもあった。

当時の近未来に対する予想もできない恐怖を象徴的に表したのがケイデイというキャラクター。
恐怖や悪に対抗する価値観としての宗教性はすでにない。
悪に対するのは法律だけ。
正義を担保するべき警察力も法律に縛られていて、悪を超絶的に発揮するサイコパスに対しては無力だ。
サイコパスに対する常識・理屈の無力を描いたという点では時代を先取りした作品だ。
サイコパスに対する一般人の無防備、トンチンカンぶりを徹底して描いた点も先進的だ。

パナマ帽と葉巻がケイデイのトレードマーク

法律や合法的手段ではケイテイに対抗できないと悟った後のサムがいい。
それまで、どこか他人事のように構えていたサムが、”極悪非道なクラントン一味と実力で雌雄を決しようとするワイアット・アープ”のように覚悟を決める。
実力(暴力)で決着をつけることを決めた後のグレゴリー・ペックは、最低限の支援を警察に求め、家族の協力のもと一人でケイデイに挑む。
ペックが黙々と独力で実力を行使する役は、「日曜日には鼠を殺せ」(64年 フレッド・ジンネマン監督)での、”自らの信念に基づきスペイン内戦後の祖国に戻るため、一人ピレネー山脈を越える元戦士”の役を思い出させる。

最後の最後で実力行使に出るサム

ロバート・ミッチャムの演技は、「狩人の夜」よりもさらに深化し、60年代のアメリカ社会の病巣を先取りするサイコパスぶりを発揮。
そのキャラクターは、凶暴性、変態性に加え、法律にも強い理屈が加わっての最強ぶりだった。
ペックとの最終決戦の場・ケープフィアーに現れ、ペックの妻が残るハウスボートのドアを開けて姿を現す場面は、”キング・オブ・クズ野郎”の最終降臨シーンとして映画史に残りそうな出来栄えだった。

ペックと親友の警察署長にマーチン・バルサム。
私立探偵にテリー・サバラス。
60年代アメリカ中流家庭夫人の虚飾と小市民性と隠れた背徳を演じて印象的だったのはポリー・バーゲン。

本当の”サイコパス”は60年代のアメリカ社会そのものだったのかもしれない。

令和7年畑 9月下旬になりました

夏の来客や帰省旅行などが終った9月下旬、まことに久しぶりに畑を訪れました。

ざっと草を刈った後の畑。ヤーコンが元気

草ボーボーを覚悟していたのですが、真夏の猛々しい雑草の勢いはすでにありませんでした。
鹿よけのフェンスに巣を張ったクモが出迎えてくれます。

立派なクモが巣を張っていた

草刈り機を持って行ったので、畝の周りを刈ってゆきます。
雑草よりも灌木の枝が邪魔で、細い枝を刃で切り落としました。

出荷用の収穫は後日として、山小舎に持って帰り加工用とするための収穫を行います。
まずはトマトです。
真夏に豊作だったトマトも終了です。
使えそうなトマトの実を、食用、加工用に採ってゆきます。

トマト最後の収穫

次にハックルベリーです。
ベリーといっても、ガーデンハックルベリーというナス科の植物です。
食用ですがそのままでは渋いのでジャムにします。
強い植物なので放っておくと11月くらいまでも実をつけ続けます。
今年の実は既に十分熟しているのでいいジャムができるでしょう。
去年は孫たちが収穫して、実を煮だした紫の液で草木染をしていました。

枝が枯れた完熟ハックルベリー
収穫した実

この後の畑は、ナスとピーマン、とうがらし、ヤーコンくらいでしょうか。
ほおずきが袋の実をつけていますが、収穫時期を外してしまったので、袋の中の実入りには期待できません。
落花生も地上部は成長しましたが、地下の豆がどうなっているのかは掘ってみないとわかりません。

白ナスはまだまだ元気
色づいたトウガラシ
ほおずきは実(袋)をつけているが・・・

今年はトマトを飽きるほど食べられたし、別荘地内の知人にたくさん配られたし、十分に楽しませてもらいました。畑にいるだけで汗がしたたり落ちた夏の畑仕事が終わりました。

里の稲刈り ハザ架けの風景

長和町の田んぼで稲刈りが進んでいます。

長和町の稲刈り待ちの田圃

最近話題のコメ問題。
長和町では例年通りの田圃の作付けが見られました。
暑い夏が過ぎ、9月下旬は稲刈りの季節です。

刈った稲をハザ架けで干す風景が、いまだによく見られるのが長野県です。
昔ながらの乾燥法で、食味が良く仕上がるといわれています。
稲わらも自給できます。
手がかかるので、家族総動員で行っている風景も見られます。
農協への出荷分ではなく、自家用、縁故用、もしくは直売所に「ハザ架米」とラベリングしての出荷用でしょう。

ハザ架け風景
ハザ架けの背後に稲刈り待ちの田圃

また、最近は法人による稲作が流行っているといわれますが、法人が稲刈り後、ハザ架けなどするわけがないので、田んぼの所有者が個人で作付けしている田圃でのことでしょうから、まだまだ農家は自分の田圃を自分で耕している例が多い、ということなのでしょう。

田圃の向こうに野焼きの煙が見える

いずれにしても秋の田んぼの風景は、まだまだ主食の自給が自分の国で行われているという証でもあり、日本の農村ならではの風景として、この上なく郷愁と肯定感を感じさせるものです。

「葡萄の国」小布施

北信地方の小布施は、県内の町おこしの成功例として知られます。
葛飾北斎ゆかりの地として寺院にその絵が残り、秋には栗の産地として有名。
休日ともなると全国から観光客が押し寄せ、広くない町内の和菓子屋、蕎麦屋に並びます。
また、ここは隣の須坂などと並んで葡萄の名産地としても名をはせています。

そのことを知ったのは、前年に家族とともに小布施の道の駅に寄った秋の日のこと。
休日の道の駅は駐車場も満車になるくらいの人が押し寄せ、農産物の直売所には葡萄を中心とした秋の農産物で文字通り溢れんばかりの豊作ぶりを目の当たりにしたからです。

その時に買って帰った葡萄の味が忘れられず、家族ともども、小布施の葡萄は美味しいと評判でした。
今年も葡萄の季節となりました。
小布施の道の駅の盛況ぶりが目に浮かびます。
9月のお彼岸を過ぎた日曜日、軽トラを駆って長駆、小布施を目指しました。

8時に山小舎を出発。
真田から菅平を越え、須坂を経て小布施の道の駅に着いたのが10時過ぎ。
既に駐車場は満車に近い勢いでした。

道の駅オアシス小布施の駐車場

道の駅の母屋から道路を挟んだ直売所にはすでに人が並んでいます。
手に手に野菜や果物が入った籠を持っています。
観光客というより、近隣の地元客が詰め掛けている様子です。

直売所のレジに並ぶ人の列。地方では珍しい人が並ぶ光景

テントの下に、これでもかと展開されている葡萄を、人々をかき分けながら物色します。
この日の目的は自宅用と、帰省時にお世話になった札幌の親戚への贈答用2ケースを買って発送することです。
すぐに贈答用の箱の山が見つかりました。
3房の詰め合わせ、6房が入ったものもあります。
家族からは、ナガノパープルとシャインマスカットのリクエストがあったのでそれらが入ったものを、親戚にも同様なものをチョイスし、レジへ持ってゆきます。

葡萄中心のテント
贈答用詰め合わせの箱
自宅持ち帰り用パックは売れ行き好調

レジのおばさんは、「北海道?それなら冷蔵便だね」、「東京宛にも巨峰が入っているから冷蔵の方がいいね」。
との反応です。
地方の直売所ではレジのおばさんとの会話が楽しい時がままあります。
フランクで、地元ならではの情報に溢れたおばさんがいると会話が盛り上がります。

レジのおばちゃんたち

山小舎用に洋ナシ、プルーン、イチヂクのパックも買いました。
洋ナシ、イチヂクはコンポートなどにします。

相変わらず直売所に列が続いています。
道の駅母屋の土産品コーナーや食堂にも三々五々、客が詰め掛けています。

加工用などに、イチヂク、プルーンなども購入
道の駅の母屋
道の駅からは公園に続いている

この後は高山村の選果場へ寄って、紅玉シードルを買いましょう。

高山村のJA選果場で紅玉一袋も

昼食は、帰り道がてら松代の地元食堂・ニュー街道一にでも行ってみようか、と秋晴れの小布施を後にします。
来年から9月末の小布施での葡萄仕入ツアーが恒例になりそうです。

薪仕事2025 玉切り進む

山小舎の隣の空き地に積んである丸太の玉切りをしました。
夏に運ばれたまましばらくたっていました。
チェーンソーによる玉切りは騒音のこともあり、毎日はできません。
ついつい後回しになっていました。.

それでもチェーンソーに燃料とオイルを満タンにしてそれが尽きるまで、約30分ワンクールの玉切り作業を暇を見つけては行ってきました。
気が付くと残った丸太は2本になっていました。

切った玉は次の薪割りの作業のことを考え、薪割り機が置かれる道路端に運びやすいように並べておきます。
斜面の下の玉は、あとで軽トラに積んで道路端まで運び上げることにして、とりあえずまとめておきます。

チェーンソーは故障もなく順調に働いてくれています。

丸太そのものはもちろん、切った玉でも生の木は重いのが難点で、疲れているときなどには持ち上げる気にもなりません。
それでも薪仕事は山小舎にはつきものです。
昨今では朝夕はもちろん、山小舎滞在時にはストーブの火は欠かせません。
薪の在庫はまだまだありますが、乾燥台に空きが出てきて、来年以降のための薪仕事は必須です。

今回の丸太仕事については、あと2本と残りの枝類の処理となります。
あと2,3日分の仕事です。
そのあとは薪割り機を借りての薪割りと、乾燥台への積み込みです。

お墓参り㏌北海道

今年も北海道にお墓参りに行きました。

結婚以来の毎年の行事として、夏の北海道帰省をしています。
両親が亡くなり、実家が人手に渡った後も、墓参りを兼ねて年に1回の帰省をしています。

3人の子供は生まれて以来の毎年の北海道体験のおかげで、札幌の地理にも慣れています。
帰るたびに歓迎してくれる親戚との一席も楽しみです。
墓参のお寺は両親の時代からのお付き合いで、勝手知ったる場所です。

エスコンフィールド北海道

今年の墓参は3泊の日程、先ずはすっかりファンになったボールパークでファイターズの終盤戦を観戦します。
満員の観客と人の流れが絶えない通路。
デーゲームの館内は、ここが北海道とは思えないほど賑わっています。
駐車場が取れなかったので、なんと息子が北広島にレンタカーを駐車してバスでこの場所と往復です。

エスコンフィールド場内の賑わい

昼間なのでビールは1杯程度にとどめて熱気に包まれる館内でファイターズを応援。
いつ来ても明るく近代的な球場です。

ファイターズの攻撃場面
場内のビジョンに映えるファイターズガールのキツネダンス

ゲームはファイターズの完勝。
相手はライオンズでした。
駐車場への往復時間等で最後まで観戦できませんでしたが、逆転優勝に望みをつなげていた当時のファイターズの熱気が感じられました。

満員の観客席

支笏湖丸駒温泉

第一泊目は支笏湖畔の恵庭岳の麓の一軒宿、丸駒温泉で。
大正時代に発見され、しばらくは苫小牧側の温泉街から船で支笏湖を渡ってたどりついたという温泉です。
今では湖畔を半周する道路も、札幌方面から峠を越える道路もあります。

丸駒温泉のフロント
歴史を示す展示物

今でも電気、水道が通じていないというこの旅館。
滞在中に不便は一切ありませんが、客室から望む支笏湖の景観と併せた秘湯ムードが漂います。
何よりも泉質が抜群です。
朝食バイキングも、大型ホテルのものと異なり手作り感あふれたもので好感が持てました。

客室からの支笏湖
9時ころの朝食ロビー

美笛峠→大滝→壮瞥→伊達→登別→白老

翌日は暑いほどの快晴。
支笏湖畔道路を南下し、美笛峠を越える山道ルートを行きます。
右手に支笏湖が見え隠れする峠道は集落も人家もありません。
大型車両の通行だけがなぜか盛んです。

旧大滝村に来て人家と集落に出会います。
カフェで、さらっとして100%牛乳由来のソフトクリームに出会って英気を養います。

そのまま伊達方面に下り、途中の壮瞥町(北の湖出身地)の道の駅へ。
新米が出ていました、またナシなどの果物やキノコが名産のようです。

伊達では地元に人気の回転寿司やでランチ。
噴火湾さんのソイなどがおすすめでした。

登別で立寄り湯?のはずが、大雨のせいで湯元の機械が故障したとのことで休館中、そのままこの日の宿泊地苫小牧を目指します。

白老のウポポイというアイヌ文化の展示パークへ寄ってみます。
修学旅行生も訪れていたウポポイ、全国的な観光スポットのようです。
いわゆるアイヌ新法の施行と同時に、法令の予算執行の場として形作られたのでしょうか。
ともかく全国の博物館などに分散されていたアイヌ関連の資料を一堂に会した意味は感じられます。

とにかくきれいに作られた場所なのです。
庭園にはミニバスのような乗り物まで走っています。
案内人の数だけでも予算の大きさがわかります。
もともとあった白老のアイヌ部落はどうなっているのでしょうか。
阿寒湖畔のアイヌコタンと称する土産物屋群とも併せてみるにつけ、すっかり様変わりした(これが時代の変遷なのでしょうが)アイヌを巡る風景を感じるのは、古い道産子の習性なのでしょうか。

白老ウポポイのアプローチ
館内の展示物

苫小牧港マルトマ食堂

苫小牧に泊まったのは翌朝のマルトマ食堂のためでした。
魚港に設置されたこの食堂ではホッキを使ったメニューが有名で、観光客が詰め掛けます。
近くには海産物を売る場外店舗が並びます。

食堂の玄関
苫小牧のキャラクターをラッピングした自販機

1時間ほど並んで店内に入ると壁一面に有名人の色紙が並んでいます。
ややあって出てきたホッキ飯は、炊き込みご飯の上に大粒のホッキが並んでいます。
家庭で炊くホッキご飯よりはずいぶん濃い目の味付けでした。
息子はこれまた名物のホッキカレーを食べていました。

食堂の入り口
ホッキ飯

札幌での一日

苫小牧から札幌へ直行し、円山にある六花亭のカフェで一服します。
9月になったのでアイスは土日限定となっていたのが残念でしたが、コーヒーがなくなるとウエイトレスがどんどん注ぎに来てくれるのが相変わらずうれしい六花亭カフェです。

お寺に向かい、近くのスーパーでお花と供物を買います。
毎年の習わしです。
数十年間、自宅の仏壇にお経をあげてくれた前住職が亡くなり、そのお孫さんがお経をあげてくれたことにも感謝です。

夕方には亡くなったおじさん宅に顔を出し、その晩は義理のおばさん、従兄夫婦を交えて、琴似の居酒屋での一席。
1年ぶりの再会で盛り上がりました。

充実した平成7年の墓参旅行でした。

薪仕事2025 ご近所に薪を持ってゆく

ご近所に薪を持ってゆきました。

持って行った先はバイト仲間の御宅。
去年から草苅バイトに参加した、山小舎おじさんと同年生まれの滋賀県出身者の家。
20年ほど前からログハウス風の立派な別荘を建てて、滋賀県から通っていたが、仕事からの完全退職を機に奥さんともども姫木に定住を始めたとのこと。
1000度以上の熱にも耐える立派なストーブを持ってはいるが、自分では薪づくりはしない。
薪を買ってはストーブの燃料にしていたが、費用がバカにならないし、存分に燃やせない。
去年には、同じくバイト仲間で薪づくりのベテランのお隣から薪をもらい始めていた。
それを聞きつけ、山小舎おじさんも去年、軽トラ2台分ほどの薪を持って行った。

感想2年目の薪を荷台に積み込む

りんごバイトにも夫婦で参加する人たちで、野菜などを持ってゆくと喜ばれる。
自宅に浄化槽設置をしており、そのことでいろいろ教えていただいた。
薪についても「(山小舎おじさんのおかげで)去年は薪をぼんぼん焚けた」と挨拶を欠かさないところは、さすが滋賀県民のスキのなさ。
今年もすでにお隣さんから一山貰って暖房対策を開始している。

荷台に軽く一杯の分量

バイトの合間の雑談で、今年も薪を頼まれた。
薪の乾燥台が飽和状態の山小舎おじさんにとっても渡りに船。
冬を前に暖房の準備が心もとない不安は、古い道産子として他人事とも思えない。
これからの山小舎での、薪割り→積込み作業を前にして、積み台のスペースを開けるためにも、薪を持って行った。

先方のログハウスの軒下に積み込む

ふた夏を乾燥させたナラ、カラマツ、シラカバなどの薪を、乾燥台から軽トラの荷台に放り込む。
山盛りになったら出発。
出てきたご主人とともに軒下に積み込む。
積み込んでみると軽トラ1台の荷量は大したことはない。
冬の前にあと1~2台分はもってこよう。

1週間分ほどの量にはなったか

同時にせっせと薪を作って、空いた乾燥台を埋めなければならないが。

「木曜定休日」

長野日報に掲載された「モミ精油」を求めて、上社本宮の東参道にある柏谷カフェに出直しました。

何と、目指す柏谷カフェには「木曜定休」の看板が掛かっていました。
定休日が決まっているということは、それ以外はちゃんと店を開けているんだ、と妙に安心したり。
下調べなしに出たとこ勝負のやり方に自分ながらがっかりしたり。

目指す柏谷カフェは「木曜定休日」だった!

折角なので今年初めての本宮参りをしてきました。
諏訪大社には毎年お参りしますが、今年は前宮にお参りしただけだったのです。
前回本宮に来たのはおととし、彩ガールズ総勢5名の来客を案内したときのことだったでしょうか。

表の大鳥居から

シャッターが閉まった柏谷カフェのある東参道から、太鼓橋を渡り、銅鳥居と呼ばれる鳥居をくぐると、森と樹々に支配された諏訪大明神の世界です。
重要文化財で明治維新までは、大祝(おおほおり)と呼ばれる神官のみが通ったという入口御門・布橋と呼ばれる通路を歩きます。
タケミナカタノミコトが祀られている(といわれる)幣拝殿を横から眺めるポジションです。
幣拝殿は多くの参拝客がお参りする拝殿です(上社本宮にいわゆる本殿はないそうです)。

諏訪の神様といわれる存在は、古事記に記されるタケミナカタノミコトや、それに敗れた地元神の守矢神よりもさらに古い神様を示すようです。
その神様の依り代は、山と岩と森だそうです。

東参道から銅鳥居をくぐる
入口御門・布橋を行く
御柱
入口御門・布橋からのぞいた幣拝殿
雷伝為衛門の像

諏訪大社の古い歴史を表すように、表の大鳥居から90度横向きにタケミナカタノミコトを祀った幣拝殿にまずは御参りします。
神社の正面から90度横に祀られた神様は、その神社にとって後から祀られた神様であることを示します。

併せて大鳥居からまっすぐの位置に鎮座する、太古からの山と森に向かって参拝します。

いつ来ても清々しい上社本宮です。

モミ精油の入手は次回です。

幣拝殿
神社正面に向かう遥拝所
まるで新緑の木陰のような社内
上諏訪、下諏訪、茅野の銘酒が奉納されている

県内ローカル新聞の華麗な世界 長野日報

諏訪市に本社のある長野日報社刊の日刊新聞です。
諏訪地方、上伊那地方をテリトリーとしています。

一方で、諏訪には他に市民新聞が、上伊那にはみのわ新聞、辰野新聞などがあって、さらに細かく地域をフォローしています。
長野日報は、全国ニュースもフォローしており、地方のみを扱うローカル紙ではなく、県内で、信濃毎日新聞の2番手に位置する新聞のようです。

9月5日付け長野日報第一面
第一面には諏訪湖マラソンの開催記事も。懐かしいワイナイナさん

9月5日付長野日報の第一面は『6年ぶり新作花火あす開幕」。
毎年9月に行われていたが、コロナで(公式には)中断していた、諏訪湖新作花火大会が正式に開催されるニュースです。
諏訪湖畔を舞台に、県内外の平均年齢39.6歳、計20名の若手花火師が、コンクール方式で覇を競うとのこと。

山小舎おじさんは、コロナ時代、下諏訪温泉の旦過の湯を訪れた際に、番台のおばさんから新作花火大会があると聞いて出かけたことがあります。
ポスターなどでの宣伝はなかったと記憶していますが、岡谷側の湖畔公園にはたくさんの観衆が集まっていました。コロナ下の宣伝なしでの集客に、花火大会に対する地元の情報網はさすがだと思ったものです。

さて、19面を開くと2件の地元情報が載っています。
「岡谷にハワイの風を」と「芳香精製水など新発売」の二つです。

二つ目の記事は諏訪大社上社周辺の街づくり協議会が、諏訪産のモミから抽出した精油を使った精製水を上社本宮の参道にあるカフェで発売するというもの。
地元のモミを伊那の会社で精油化し、上田の会社がウオーターや化粧パウダーに加工したとのこと。

19面の「岡谷にハワイの風」
19面には諏訪産モミの加工の記事が

これは気になる記事です。
さっそく諏訪方面に下りたついでに上社参道にカフェを訪ねました。
目指すカフェは大鳥居の正面の表参道沿いにではなく、東参道にありました。
諏訪大社の歴史や遺物を展示するギャラリーを兼ねた店でした。
ただし、モミの精油を利用した商品は翌日から販売とのこと!
早まりました、出直しです。

モミ精油を求めて諏訪大社上社東門へ
目指すカフェには精油があったのか?

紙面に戻ります。
諏訪に隣接する塩尻ではブドウの収穫季節です。
ブドウ狩りの広告が目立ちます。

季節柄ブドウ園の広告が
諏訪地方唯一の映画館・岡谷スカラ座(シネコン)の広告も

紙面構成は全国ニュースを網羅し、スポーツ欄あり、政治欄あり、海外ニュース欄ありです。
ただし内容の濃い精度の高い情報はやはり諏訪地方を中心にしたローカルニュースについてが圧倒的に勝っているようです。

上田の街を歩く

映画を見た後に上田の街を歩きました。
歩いたのは海野町商店街などの中心街です。

旧北国街道沿いの海野町商店街

まだまだ暑い9月初旬のこの日。
トゥラム・ライゼを出て、姉妹館の上田映劇まで歩きます。
ロビーに入り、古書の棚やTシャツのデザインなどを見て歩きます。
上田映劇のスタッフは2人体制。
入れ替えの時だけロビーに人が出てきます。
この日は若くて元気のありそうなお姉さんが来場客の応対をしており、上田映劇の未来が明るく感じられるようでした。

現存木造映画館・上田映劇の雄姿
上田映劇は今日も上映中

この付近に「サマーウオーズ」のラッピングをした自販機があったのですが期間が終了したのか、見掛けることはできませんでした。

昼食は海野町商店街の中華屋・檸檬に行ってみます。
去年あたりからメニューを五目焼きそばのみにしての営業です。
店内はほぼ満席で相変わらずの人気ぶりです。
五目蕎麦は安定のおいしさで、地元のソウルフードとしての歴史を感じさせました。
かつては4人ほどが目まぐるしく動いていた厨房は、2人体制となっていたのが時間の経過を感じさせました。

檸檬は上田市民御用達の街の中華屋
五目あんかけ焼きそば、950円

いつもは閑散としているアーケード街は、日曜日だからでしょうか、散歩する人などで三々五々の人出です。
ここまで来たら富士アイスに寄らなければなりません。

商店街の人気店・富士アイス

かつては路駐の車が路上に並び、詰めかける客に順番の札が配られた海野商店街のメルクマールは、今日も志まんやきの暖簾をはためかせています。
この日の客は2組ほど、札の配布もなく注文してすぐに今川焼とソフトクリームにありつけました。
数年前は80円だった今川焼が100円に、150円だった小ぶりのソフトクリームが250円になっていました。
味は安定の、かつてのままでした。

志まんやきのほかにソフトクリームを注文

アーケード街を曲がったところにある、喫茶店の「木の実」、カレーの「べんがる」が営業中なのを確認して安心しました。

珈琲180円だった「木の実」の向こうに池波正太郎ごひいきのカレー「べんがる」が見える

県内第三の都市とはいえ、かつての中心部からはデパートが消え、アーケード街はシャッター通りとなってしばらくたつ上田。
買い物客は市内のショッピングモールや郊外店に流れ、中心部には人気が少なくなっています。
かつての商店街には、ネパール料理店や高層マンションが建つようになりました。

かつてはデパートがあった場所。「水で書かれた物語」(1965年吉田喜重監督)では当時のデパート内でのロケ映像が見られる。
海野町商店街に建つ高層マンションとネパールカレー店。その間のシャッター店

それでも上田映劇とトゥラム・ライゼと上田城跡がある限り上田のまちには来るでしょうし、どこかで何かを食べたり、亀齢や福無量などの地酒を求めて帰ることでしょう。

古くからの「都市」を感じさせる上田の街歩きでした。