三鷹という街

師走の一日。暖かい日があった。
暖かいどころか、もうちょっとで夏日になろうかという気温の日だった。
関東南部では冬でもこういう日が時々ある。

自転車で三鷹へ行った

三鷹という街がある。
東京の西部。かつては三多摩といわれた地区だ。
中央線を西へ下り、吉祥寺駅の次。
二十三区内はとっくに過ぎ、吉祥寺駅のある東京都武蔵野市の西隣の市だ。

おじさんの自宅のある調布市の北隣で、自転車で自宅から三鷹駅まで30分くらいであろうか。
天気のいい日はよい散歩コースとなる。
定年自転車おじさんの黄金コースのひとつである。

古本屋、上々堂で店主と雑談

三鷹駅のまっすぐ南。商店街のはずれのあたりに1軒の古本屋がある。
上々堂という。
ちなみに中央線沿いには若い店主の古本屋が今でも増えている。地方では考えられないことだ。

自転車を止め、表のゾッキ本棚から冷やかす。
今日は何か惹かれるものを感じ、中へはいる。
今時の古本屋さんは、昔のようにおじさんが番台よろしく座ってだけいるわけではない。
パソコンとにらめっこしているのが普通である。

新潮社の2001年刊「一条さゆりの真実」という本と、ちくま文庫の「聞書き・遊郭成駒屋」の2冊を買う。
レジの時に店主に聞いてみる。

本にビニールカバーをしている理由は?
「今や古本はネット販売が主流。出品時の保存状態を販売時まで維持するため」とのこと。
また、「ネット販売が主流だが、目的の本なく古本屋にきて探すのが好きな人もいる。」(おじさん同感だ)。「中央線沿いは古本の仕入れには好立地。」
「古本屋はもうかる商売ではない」と。

日中あまり人と話すこともないのか、店主は嬉しそうにおじさんとの雑談に応じてくれる。
おじさんは山小屋の一人暮らしで、買い物のとき店の人と話すのが習慣になったが、東京の店でも雑談に応じてくれる人がいるのはうれしいものだ。

ここは数年前まで貸本屋だった。
今では喫茶店、じゃなかった「カフェ」。

駅の北側にある古本屋・水中書店。
こちらも新しい店で、駅南の上々堂と同様に若い店主が切り盛りしている。
掘り出し物あり、値付けも良心的。
今日は定休日だったのが残念。がっつり食事をするなら、駅北の「男の晩御飯」。
揚げ物をおかずにどんぶり飯を食べると満足感が違う。
ホール担当のおばさんの愛想もいい。

三鷹という街

おじさんは三鷹という街の歴史を知らない。
主要街道筋に面しているわけではないから、中央線が開通してから発展した町であろう。
いやまて、中島製作所(現富士重工)があるから、近年は軍需工場を抱える町だったのか。

かつては東京に都電といわれる路面電車が走っていたそうだが、西の終点は荻窪だと聞いた。
そこから3駅西に下った三鷹はつまりはそういう場所だったということだ。

中央線沿線の車窓で畑が見えだすのも、三鷹あたりからだ。
駅の南側の道路がまっすぐで、碁盤の目になっている。近年まで農地で、その後住宅地に区画整理されたということなのだろう。

おじさんにとっては過ごしやすい街。
隣の吉祥寺と違い、駅前のショッピングビルのお客もほぼ全員が地元住民と思われ、店員さんも普段着モード。自転車の駐輪にも気を遣わずに済む。

吉祥寺駅前のハーモニカ横丁は戦後の闇市の名残といわれるが、三鷹には古いものは残っていない。
あるいは最初から闇市などはなかったのかもしれない。

かつては駅前に三鷹オスカーという名画座あったが今はない。一度行ってみたかった。

駅近くの玉川上水。
江戸時代に掘られた上水道の名残。
太宰治がここ三鷹で入水自殺した。

投稿者: 定年おじさん

1956年北海道生まれ。2017年に会社を退職。縁あって、長野の山小屋で単身暮らしを開始。畑作り、薪割り、保存食づくり、山小屋のメンテナンスが日課。田舎暮らしの中で、60歳代の生きがい、生計、家族関係などの問題について考える。60歳代になって人生に新しい地平は広がるのか?ご同輩世代、若い世代の参加(ご意見、ご考察のコメント)を待つ。

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