長野県は東信から北信にかけての千曲川沿いに人家と町が広がっています。
日本一の長流・千曲川は、小海、佐久といった東信地方の水田地帯を潤し、上田、千曲、長野といった人口集中の産業地帯を抜け、中野、飯山から新潟県に入ります。
千曲川流域全体が長野県の動脈となっています。
特に上田から千曲、長野と続くあたりは、千曲川と並行して走る国道18号線沿いに町が途切れず、商業、工業、物流の中心地となっています。
千曲市は、温泉のある戸倉、高校などがある屋代、長野市と接する更埴などの地区から成り立っており、かつての北国街道筋に面した歴史を持っています。
旧国鉄の信越線(現在のしなの鉄道)の沿線でもあります。
千曲市の屋代地区から国道18号線を横切り、千曲川を渡ると稲荷山地区があります。
古の日には生糸で栄え、蔵が立ち並ぶ街でもあったようです。
稲荷山を過ぎると18号線バイパスが走る農村地帯となります。
バイパスを折れて登ってゆくと昔話で有名な姥捨地区があります。


「楢山節考」のモチーフである姥捨伝説の舞台となった地名が残っているのです。
松本から長野まで山地を越えてやって来るJR篠ノ井線が、スイッチバックで急坂を上る駅が姥捨駅です。
篠ノ井線に乗って松本から来ると、長野市が広がる善光寺平を遠望する姥捨駅で停車した列車が、一度戻って再び上り直すスイッチバックを体験することができます。
駅はいわゆる無人駅のようですが、管理をするおばさんがおり、付近の集落からの通学生徒などが乗降客のようです。


姥捨駅から下ったところに姥捨棚田と呼ばれる千枚田があります。
浮世絵で「田毎の月」として描かれた場所です。
条件が整えば千枚ごとの田の水面に月が映ったこともあったのでしょうか、それとも浮世絵師の遊び心でしょうか。

駐車場に軽トラを止め棚田の間を歩きます。
田圃ごとに番号が付けられ、管理する法人や個人の名前が書かれた札が立っています。
本当に小さな田圃は耕作されていませんでしたが、それでもこれだけの棚田が残っているのは保存活動のたまものだろうと思います。
棚田のほかの土地も農地が多く、姥捨地区全体の景観保存がなされていることがわかりました。
県内にはこのほかにも上田市郊外などに、観光地化された棚田が残っています。


千曲市中心部から姥捨に至る途中の集落には佐野川温泉・竹林の湯という日帰り入浴施設がありました。
初めての温泉場でしたが、入浴料が400円と安く、シャンプー類は置いてなかったものの泉質は十分よく、効きました。
地元の人しか立寄らない穴場の温泉でした。

