晩秋から初冬へ

標高1300メートルの山小舎では初冬を迎えました。

令和2年、11月になってからはしばらく秋晴れの日が続きました。

家族が山小舎に来た時のシーツを洗濯して干しました

11月の第一週が終わるころに寒波が来ました。今シーズン一番の寒気です。紅葉を迎えていた葉っぱが猛烈な勢いで散ってゆきました。

すっかり落葉したミズナラ林

ある朝起きると屋根にうっすら雪が積もっていました。いよいよ冬の到来です。

屋根にうっすら雪が張り付いていました。
薪の乾燥台の上の雪。陽が差すまで残っていました

寒気の合間を見て、野菜を干したり、もみがら燻炭を焼いたりしています。

干し芋第二弾を干しました
今年ももみ殻燻炭を焼いてます

チェーンソーのチェーンを取り換えたので、刃がキレッキレッのうちに、太い丸太を玉切りして、返す刀でミズナラを1本、伐採しました。

ミズナラの余分な立ち木を伐採
倒木を玉切りします

茅野の新星劇場へ行った

茅野駅近く、中央線の線路際に新星劇場という映画館がある。

近くを通るたびに気になる存在だ。
毎年9月に開催される「小津安二郎記念蓼科高原映画祭」には、映画祭の会場になり、入り口の駐車場にレッドカーペットが敷かれ、地元のスタッフによるふるまい酒、コーヒー、ポップコーンなどの出店が並ぶ。
映画祭は県外からの来訪者も多く、上映作品には沢山の観客が訪れる。

昨年の映画祭パンフレット

令和2年は映画祭が中止になった。
山小舎おじさんは過去の映画祭で、この劇場で司葉子のトークショーを聞いた。

シネコンやらミニシアターとは異なる、天井が高い造りと大画面。
かつては全国に存在した、旧スタイルの映画館の造りを今に残す、という誠に懐かしい空間でもある。

この新星劇場、興行を常打ちしていない。
劇場経営者の女性に聞くと、今では出張上映や貸館を主にしているとのこと。
出張上映用のデジタル上映機器を持っているのは県内でここだけとのことだった。

星空の映画祭。映写は当劇場の出張によるとのこと

ということで、今年も一度くらいは新星劇場に入りたい、と思っていた。

ある日、通りかかると映画のポスターがデイスプレイされていた。
軽トラを駐車場に入れ、窓口へ寄ってみると、いつもは人気のない入口に経営者の女性がいた。
戸を開けて聞いてみるとちょうど午後の回の上映開始直後とのこと。

よしっとばかりにシニア料金1,100円を払って飛び込んだ。
とうとう3度目の新星劇場入場ができた!
しかも映画祭で、ではなくて一般上映で!

新星劇場の場内。懐かしい映画館の雰囲気が残る

場内にはほかに2人の観客がいた。
上映中の作品は「夜明けを信じて」。
新作である。
幸福の科学の製作作品であるが、日活配給の一般作品の扱いとのこと。

映画の内容は、教祖・大川隆法の自伝で、ひたすら同人へのよいしょに終始した、信者向けのものだった。
しかしなんとなく憎めない雰囲気があったのは、主演の新人俳優の個性のせいだったのか?

宗教がらみのスポンサード映画というと、創価学会の「人間革命」(1973年)が真っ先に思い出される。
監督、主演ともに通常映画でも大作仕様のものだったが、何よりも脚本に橋本忍という、日本映画の脚本家の重鎮を起用しており、同作品は宗教枠を超えて、例えば、橋本忍からみの回顧上映においてもフューチャーされる程のクオリテイーを有していた(ようだ)ことが印象的な作品だった。

このように、1970年代の新興宗教映画が、大向う受けを狙ったもので、たとえていえば、田舎の成金百姓が自宅をお城のように作りたがるようなコンセプトだったとすれば、眼前に展開する2020年の新興宗教映画は、現代の一般社会・一般人の価値観・ムードを理解し、それに迎合したもの、として映った。

今どきの新興宗教は上から目線ではだめだ、こけおどしでは人は騙せない、との理解に立ったうえでの戦略なのであろうか。

そうはいえどもやっぱりスポンサード映画。
主人公はともかく、また一般の芸能人崩れの千眼美子(旧名・清水富美加)などはともかく、脇役で出ている、映画テレビで初めて見る方々は、俳優、女優としてはプロなのだろうが、その全員に漂う不自然さ、マイナー感、は、作品そのものに対するそれ、よりもより多くの違和感を生じせしめていた。

戦略の不徹底か、隠しようにも隠し切れない本質の一端なのか。

上映後、もぎり役の女性から改めてお話を伺った。
定期上映より、出張上映に力を入れざるを得ない要因として、人気作の上映条件がきつい、とのことだった。
例えば人気アニメの「鬼滅の刃」は1日8回の上映が条件だったりするのでやりたくてもやれないとのこと。

シネコン上映が前提条件だったりする現在の興行の難しさを感じた。
これからも存続してほしい新星劇場だが、ご高齢に近い現在の経営者に後継者が現れるかどうかがカギだろうと思われる。

地元パワースポット訪問記 VOL.14 長野といえば善光寺

10月27日の信州ワンデーパスの旅で3時間ほど長野市にいた。
気になる市内のポイントを回って、善光寺にたどり着いた。

堂々たる木材の柱が支える長野駅。信州の玄関口だ

 ポイント1、市内の映画館まわり

気になる市内の映画館2館に行ってみた。
権堂通り商店街にある相生座と、駅前の千石劇場だ。

シネコン以外のいわゆる旧来の映画館は、県内には知っているだけで、上田映劇、茅野・新星劇場、塩尻・東座、伊那・旭座がある。
ほとんどが、昔ながらの大スクリーンと多数の座席を有し、フィルム上映も可能な映画館だ。

そういった映画館が長野市には2館残っている。
長野に来た時は、入場しないまでも当該2館の外観だけでも確かめたくなる。
映画鑑賞歴50年のオールドファンの、これがサガなのだ。

相生座。
「小津4K」と「ルイス・ブニュエル」の各特集のとき入場したことがある。
入場者にはまずお茶のサービスがあった。
女性支配人は雑談に応じてくれた。

意欲的なプログラムが目を引く。
なんと明治30年の開業。
現在は3スクリーン制で営業している。

120年の歴史を誇る相生座の正面風景
手書きの宣材が掲示板を飾る。「天井桟敷の人々」をやるのか!

千石劇場。
入ったことはないが、昭和25年開業と歴史は古い。
去年通りかかったときは、「仁義なき戦い」の連続上映のポスターがあった。
フィルム上映もできるのか。
2スクリーン制とのこと。

千石劇場の建物。映画館用に作った歴史ある建物とのこと
プログラムは一般向けだ

 ポイント2、権堂通りと小路

長野の街並みは、善光寺参道を中心に形作られている。
参道へと集まる小路があちこちにある。
参道が光とハレの場所だとすると、小路は日常と影の世界なのか。

市内に数多い小路。しまんりょ小路というところ
お寺への通行路なのか
街角にある銭湯

権堂通り商店街は昔ながらのアーケード商店街で、小売店、食堂などのほかに飲み屋も集まった、商店街と歓楽街が合わさったようなところ。

商店街から長野大通りを挟んだ東側には、善光寺参り客が精進落としをしてゆく、飲み屋、宿が並んでおり、今も名残の飲み屋が軒を連ねる。
聖俗併せのむ長野の歴史を飲み込んだ場所。

商店街の一角を占めていたイトーヨーカドーが撤退した時は、しばらく県内のニュースをにぎわしていた。

権堂アーケード街にあったヨーカ堂の建物
かーけーど街の一角にレコード屋があった
食堂のメニューが食欲をそそる

 そして善光寺

毎年訪れている善光寺。
3時間の長野散歩で街を歩いているうちに、今年もたどり着いてしまった。

参道が尽きたところに山門がある
仲見世通りには参拝客が引きも切らない

やはり長野の町の中心は善光寺なのだと思った。

堂々たる山門が他を圧倒する

参道を善光寺に近づくにつれて、人の密度が高くなる。
平日とはいえ常ににぎわう参拝客。

小学生の一団に追いつき追い越し、大急ぎでお参りだけを済ませる。
帰りの列車は14時半だ。

本堂へお参りしようと小学生の一団が登ってゆく

堂々たる大寺院の造作。
醸し出す伝統の風格。
何度訪れても、にぎやかで、明るさに圧倒される善光寺。

大昔から現在に至るまで、参拝客、観光客が絶えないのも、それなりのありがたさがあるからなのだろう。

折角長野にいるのだから、これからも折に触れて訪れたい場所だ。

カラマツを割る

ちょっと前に「ミズナラを割る」というブログを書きました。
薪ストーブで暖を取る山小舎では薪割は欠かせない仕事です。

燃料の薪は、伐採業者や管理事務所からもらっているので、山小舎には雑多な木材が集まります。
近辺で採れる木材は、ナラなどの広葉樹のほか、カラマツなどの針葉樹、白樺などが主なものです。

このうち広葉樹は薪として売り物になる、など商品価値があるものなので、いきおい、山小舎に回ってくる丸太は良くてシラカバ、多くはカラマツです。

このカラマツ、やにを多く含み、そのまま燃やすとストーブを傷めたり、煙突が詰まりやすくなるといわれており、一般的には燃料には適しません。

しかも、非常に割りずらい材質なのです。

試しに1本、玉切りしたカラマツを割ってみます。

長さ45センチほど、直径も15センチほどでしょうか。
これがもしミズナラだったら、斧で気持ちよく割れることが多いサイズ感です。ところがカラマツでは・・・。

斧で一刀両断できることは稀です。
いや、割れないまでも斧の刃が手ごたえも気持ちよく丸太の断面に食い込むことすら期待できないのです。

半分に割ったカラマツでも斧では割れないことが多い

やむなく、楔を使い、ハンマーで切り口から食い込ませてゆきます。
斧で一刀両断できなくとも、楔を使うと割れるのが、広葉樹やシラカバなどですが、カラマツはそれでも解決しない場合が多いのです。

楔を使うがスパッとはいかない
割った後に木くずが多く出るのもカラマツの特徴

楔は食い込むものの、スパッツと割れないカラマツ。
ある程度、ひびが入った場合は、丸太を横にして斧で割ることもあります。

細めの玉は楔で切り口をつけた後、横にして割ってゆく

特に節などがなくても、丸太の内部の筋がねじれ、絡まりあい、スパッツと割れないのがカラマツの特徴です。

嫌がる木を無理やり引き裂いたかのようなカラマツの断面
最後まで断裂に抵抗するかのようなカラマツの材質

非情の粘っこいというか、往生際が悪い。
扱いずらい材質。
カラマツの姿に外来生物の特質さえ感じてしまう山小舎おじさんですが、カラマツは日本固有種とのこと。

薪炭資材には適さず、乾燥後に狂いが生じやすいので板材としても適さないというカラマツがどうしてこんなに豊富にあるのか。

生育が早いので戦後、山林に大規模に造林されたかららしい。
植えっぱなしでほおっておくような山にはカラマツを植林する、ということなのでしょうか。

といっても、木材として利用もせず、熊、鹿などの野獣を、その実などで涵養する性質もないカラマツは、資源としてどうなのだろう、と思う山小舎おじさんでした。

まだまだ割らなければならないカラマツが庭にたくさんあります。

注)カラマツは割った後に、一定期間、雨ざらしにし、やに成分を飛ばしてから薪に使うと聞いたことがあります。
動力式薪割り機などでどんどん割って、雨ざらしでやにを飛ばしてから十分乾かせば、カラマツも燃えやすい薪として使えるのかもしれません。

落花生を炒ってみた

秋は落花生の収穫シーズンでもある。
長野県は人知れぬ落花生の名産地、なのかもしれない。
山小舎おじさんの畑の近所でも自家用に作っている人がいるし、春には苗がよく売られている。
また秋になると、収穫した生の落花生が直売所で売られている。

山小舎おじさんの畑の落花生は、今年は食害で全滅した。
去年は種から蒔いたが、発芽率が悪く、発芽したものも生育がよくなかった。
それでも収穫できた少しの豆は乾燥中にかびてしまった。

ということで自作の落花生は食べたことがないが、10月のある日、直売所で売っていたので一袋買ってみた。

パックに空けた落花生。この分量で350円だった

食べ方は、殻のままから茹でるか、殻をむいて豆を炒るか、が一般的。
直売所のおばさんに聞くと、乾燥はしているので、すぐ加工してよいとのことだった。

実の入りは良い
殻を割って豆を取り出す

今回は炒ってみることにした。
ネットで手順を確認。
フライパンを薪ストーブに乗せて炒ってみた。

フライパンで約1時間炒った

炒ること約1時間。
試食すると、カリッまではいかないが、ピーナツの味がしたので火から上げた。

試食してまあまあだったので出来上がり

山小舎へやってきた家族に出すと、気に入って食べ、持って帰った。
来年以降は何とか少しでも自作したいものだ。

玉ねぎを定植  ネットも張った

今年も11月。
来年の収穫に向けて玉ねぎの苗を定植しました。

鹿の通り道の畑と、フェンス付きの畑に分散して植えました。
計300本。

苦土石灰ともみ殻を撒いて畝立てし、えひめAIと鉄茶を撒いてからマルチングしました。
ポールで穴をあけた中に置くように苗を植えてゆきました。

玉ねぎの苗は定植前にえひめAIの希釈液に浸しておく
穴あきマルチを敷いてゆく
定植後の苗

鹿の通り道の畑には、玉ねぎの畝の周りにネットを張りました。
高さ2メートルのネットを10メートル分、農協で買ってきました。
2メートル40センチの支柱も5本買いました。

四つ角に支柱を立て、ネットを張ってゆきました。
ネットがたわまないように、5か所ほども支柱に結んでゆきました。
が、どうしてもネット自体の重さや、支柱の立て方の弱さなどにより、若干ネットはたわみます。
補強のために短めの支柱を追加で立てました。

まず四隅に支柱を立てる
支柱に結わえながらネットを巡らせてゆく

畝を2本囲うと、ネットの長さが10メートルでは足りなかったので、5メートル分買い足して囲いを閉じました。
囲いの中への出入り口の設定がまた一工夫必要でした。

開閉口も設定して囲いが完了。果たして来春まで持つか

そしてこの畑、2年目の終わりにして気が付いたのですが、10月を過ぎると日当たりが悪くなり、午前中しか日が足らなないのです。
もともと山陰の畑で、夏でも場所によっては日陰になることはわかっていたのですが・・・。

去年の玉ねぎの生育の遅さの理由がわかりました。
真冬の頃は一日中直射日光なしの中での生育となりましょう。

といってもほかに場所がないので、去年と同じ、それでも一番日当たりがいい場所に畝を立てましたが。

今年の作付けはこれで終了です。

畑の作業自体も、ヤーコン、里芋、長ネギ、大根などを収穫し終えたら、資材の撤去、ごみもやし、もみ殻投入、耕耘、して仕事仕舞いです。

信州ワンデーパスの旅

信州ワンデーパスというJR東日本の企画切符がある。
秋の1日を使って旅に出てみた。

茅野駅を出発して、小淵沢から小海線、小諸から長野まではしなの鉄道線、長野から松本まで篠ノ井線、松本から茅野まで中央本線のルートで一回りすることにした。

 7:23~7:45 茅野→小淵沢(中央本線)

7時半前に軽トラを茅野駅前の駐車場に入れて駅へ。
窓口でワンデーパスを買う。2,680円。

通勤通学客でにぎわう茅野駅構内。
こんなに活気のある茅野駅は初めて見た。
ホームに立つたくさんの高校生たちを見て、「やはり茅野は市だけある」と思った。

朝の茅野駅ホーム風景

高尾行き普通列車に乗る。
ボタンを押してドアを開け乗車した人々は、乗った後、ボタンを押してドアを閉める。
車内に寒気が入るのを防ぐのだ。
乗客数はパラパラだが、各シートに数人は座っている。

茅野駅ホームで高尾行きの発車を待つ

 7:48~9:58 小淵沢→小諸(小海線)

小淵沢駅からは八ヶ岳が間近に見える。
小海線のホームへ行くと1両だけの車両が待っていた。
通勤時間帯のあわただしい雰囲気からは隔絶されたローカルなムードが漂っていた。

小淵沢駅から望む朝の八ヶ岳

車両には先客が3人。
観光客だろうか、路線図を眺めている人がいる。
音もなく車両は出発した。

小海線車両の車内風景

しばらくは両側に雑木林が続く。
別荘地帯を登ってゆく。
ときどき枝が車両をかすめてゆく。

この感じ。
両側に山の木々が迫る山岳路線。
仙台と山形を結ぶ仙山線が奥羽山脈を分け入ってゆく姿を思い出した。
山国日本ではこういった路線は各地にあるのだろう。

八ヶ岳山麓の車窓

登り終わった小海線は、野辺山から高原の畑地帯に入りスピードを上げる。

野辺山高原の畑作地帯

やがて千曲川に沿って、谷地形を走ってゆく小海線だが、これまで並走してきた国道141号線としばし別れるコースを取る。
川上村という、秩父へ抜ける峠につながる旧道沿いの、今は忘れられたような場所。
ベトナム人らしき若者が三々五々乗車し、ほぼ満席になった。
この後、新幹線に接続する佐久平まで乗客は増え続けていった。

紅葉をむかえた車窓風景

小海で国道141号線に再合流した小海線。

小海からは千曲川上流と並行して走る

終点が近づくにつれ、山村の風景から郊外の住宅地の風景へと車窓が変遷してゆく。
臼田、中込、岩村田と過ぎるうちに乗客が増え続ける。
佐久平でごっそり下車していった人々は、新幹線の乗り継ぎだったり、モールで買い物をするのだろうか。

佐久平盆地のはざかけ風景
佐久平駅は新幹線停車駅

平日午前中の小海線下りは、沿線の人々の生活路線として機能していた。

 10:07~11:10 小諸→長野(しなの鉄道線)

小諸駅に到着。
駅の外に出て缶コーヒーを買ってのどを潤す。

外に出た目的はもう一つ。
小諸駅からJR線には乗り継げないので、しなの鉄道線の切符を買うため。

ワンデーパスでこの先へ行くには、佐久平から新幹線に乗る方法があるが、特急料金が必要。
各駅停車の旅なら、長野までの間、第三セクター線に乗り換える方法がいいかなと思ったのだ。
長野まで1,180円の別料金。

小諸駅にて
ワンデーパスとは別に切符を購入
しなの鉄道長野行きに乗車

しなの鉄道は、旧信越本線の軽井沢、篠ノ井間が、北陸新幹線の開業に伴い、第三セクターに移管されたもの。
さぞローカルな寂れた路線か?と思ったらそうではなかった。

車両はJRの払い下げで、本日唯一のボックス席を有する車両だが、走っているのは国道18号線に沿った、軽井沢、長野間。
東信地方と呼ばれる県東部地方を走る主要路線なのだ。

平日昼間といえどそこそこの乗車率。
買い物にゆくのか上田でどっと下りて行った。
さぞかし朝夕の通勤通学客も多いであろう。

千曲川沿いの田園風景

東御、上田、坂城、千曲といったなじみの地名を過ぎてゆく。
篠ノ井でJR篠ノ井線に合流して長野駅へと着く。

善光寺平ではリンゴの季節
しなの鉄道の長野駅に到着

 14:07~15:20 長野→松本(篠ノ井線)

長野市で約3時間の滞在。
街歩きの様子は別稿で報告します。
ここからは再びワンデーパスを使った旅です。

松本行きは2両編成。
乗客はほぼ満席。
終点松本まで乗ってゆく人が多かったのは意外でした。

長野駅で松本へ向かって帰途に着く

長野(善光寺平)と松本(松本盆地)を結ぶのが篠ノ井線。
中央本線方面(松本)と北陸新幹線(長野)という県内東西の主要路線を連絡するという役割を担っています。
そのため、両都市の間に横たわる急峻な山地に登ったり、トンネルでくぐっての路線です。
途中の姥捨駅への上りは、今でもスイッチバック方式で列車が運行されています。

姥捨から長野方面を展望
姥捨駅へはスイッチバックで入る

山岳部をおりてからは、松本川の主要河川・犀川に沿って平坦部を進みます。
篠ノ井線のハイライトは、姥捨から平地に至る山間部と山里の風景でしょうか。

篠ノ井線の山里の風景

 15:55~16:45 松本→茅野(中央本線直行)

松本駅で小淵沢行き普通列車のホームへと向かう。
発車まで30分以上あるが、長野の街歩きで疲れていたこともあり、乗車して待つことにした。
これが正解だった。
下校時間も近く、また人の移動が多い路線なので、どんどん乗客が増える。
乗車率150パーセントほどもあろうかという状態で発車。
茅野までその状態が続いた。

国道19号線と並行して走る路線。
正式には塩尻までは篠ノ井線で、塩尻から先が中央本線になるとのこと。

車窓には郊外型店舗と住宅が続く風景。
信州というより全国共通の郊外風景に近い。
しかも満員の車内には松本の大学やからの帰りと思しき若者が多数で、途中の塩尻、岡谷、下諏訪では高校生もどっと乗ってくる。

ローカルの寂しさはゼロ。
やはり社会には人がたくさんいたほうがいい。
その地方のカラーが感じられるから。

夕方の茅野駅。
どっと下車する高校生たちの流れに紛れながら初めて信州の本当の姿の一端に触れたような気がするのでした。

茅野駅で下車。やはり駅には大勢の人が似合う

駅前の駐車料金は、約10時間で1,500円でした。

今年のリンゴ狩りは小諸で

家族が秋の山小舎にやってきた。
娘一家と孫も来た。
今年も春夏秋とやってきてくれた。
秋の山小舎行事は孫たちとのリンゴ狩りだ。

去年は伊那谷の松川町というところのリンゴ園へ行った。
家族経営のいい雰囲気のリンゴ園で、リンゴもうまかった。
今年はその日の行程に合わせて、佐久、立科方面でリンゴ園を探した。

別荘の管理事務所に聞いたり、ネット検索をしたが、リンゴの名産地で山小舎からも近い立科町にはリンゴ狩りができる観光農園はないようだった。
そこで、観光農園が集まっている小諸に行くことにした。

着いた農園はすでに駐車町の車列ができていた。
県外ナンバーの車両がほとんど。
ほどなく駐車ができて一同、入園した。
入園料は一人400円。園内では食べ放題。持ち帰りは有料。

去年の松川町の、自然に伸びた木が茂るリンゴ園と異なり、いわゆる矮化栽培というのか、盆栽のようなリンゴの木が並ぶリンゴ園だった。
普通に大きく育った木もあった。
この日採れる品種は、秋映、シナノゴールド、シナノスイート、紅玉。
フジにはまだ早い。

園内のリンゴの木の下で

孫の人気はシナノスイート。
パリパリとした歯触りとさっぱりとジューシーな味わい。
シナノスイートは甘みが強くやわらかな歯ざわり。
伝統の味、紅玉をしっかり栽培し続けているのもうれしい。

真っ赤に実った紅玉の木。梯子で登って収穫する

大勢の観光客とともににぎやかなリンゴ狩り。
随所にテーブルと椅子が用意され、座ってゆっくり食べられる。
孫たちはもぎたてのリンゴをバクバク食べた。
秋晴れの背景には浅間山。

園内の随所にあるテーブル席で一休み
孫に人気のシナノスイートを切って食べる

小諸には観光リンゴ園が何か所もある。
小諸市街地からすぐだし、軽井沢と長野市を結ぶ国道18号線からすぐの立地が便利だ。

今年のリンゴ狩りも一同大満足だった。

北八ヶ岳ロープウエイに乗る

八ヶ岳連峰の麓にロープウエイがあります。
茅野からビーナスラインで蓼科温泉、別荘地帯を越えたところ。
標高1770メートルの山麓駅から、2200メートルの山頂駅まで、100人乗りのロープウエイが10分間隔で運行しています。

11月初旬、山小舎にやってきた家族とともに、このロープウエイに乗ってみました。

山小舎からはビーナスラインで一本の行程です。
白樺湖から、スズラン峠を越えてゆきます。

思ったより広い駐車場は、午前11時ころ、県外ナンバーの車で満車に近い状況です。

山麓駅の建物には、食堂、みやげ物店、パン屋などが入っており、コケモモを使ったロールケーキやパンなど、地元らしいものも売られています。

ロープウエイに乗り効用を迎えた様肌に沿って登ってゆきます。
左前方には見慣れた蓼科山が迫ってきます。
目指すは北八ヶ岳連峰のピークの一つの、北横岳の近くにある山頂駅です。

ロープウエイ内部
山頂駅の出口

山頂駅からは坪庭と呼ばれるハイマツの一帯を周遊するコースが整備されています。
間近に仰ぎ見ることができる北横岳までの山行きも比較的手軽にできるようです。

山頂駅から坪庭周遊コースを歩く

山頂駅の展望台からは、八ヶ岳の遥か西側に広がる、北アルプス、中央アルプス、南アルプスの山並みと、名だたる山頂が望めます。

山頂駅展望台から遠くアルプス方面を望む

日頃仰ぎ見る八ヶ岳の山頂近くに手軽に登れるなんて思いもよらぬことでした。山頂の空気は来てみなければ味わえないおいしさでした。

中山道シリーズ第四弾 和田宿と和田峠

農繁期も終わった10月のある日、かねてから歩いてみたかった和田峠へ行ってみました。

念願の和田峠へ行く

和田峠は中山道随一の標高を誇る峠です。
和田宿と下諏訪宿の間に位置します。
両宿場の間の距離が約21km。
その距離と標高の高さ、道の険しさなどで、和田峠は街道随一の難所と呼ばれていました。

今回、山小舎おじさんは、峠の下まで軽トラで行き、車を置いて、峠を往復するスケジュールを立てました。
手軽なハイキングコースです。

軽トラを置く場所は、東餅屋という、峠下の場所です。
中山道時代には2、3軒の茶屋が建ち、名物の力餅を出していたといいます。
近年はドライブインが建っていましたが、かなり前に廃業しています。

山小舎を軽トラで出発し、国道142号線(現在の中山道)が旧道と分岐する地点まで行きます。

国道142号線(新道)沿いの曲がり角に立つ標識
国道142号線(旧道)に入ったところ

旧道へ入り登ってゆきます。
旧道なので普段は交通量もほとんどありませんが、交互通行とはいえ無料のトンネルが峠を抜けて諏訪と結んでおり、新道の有料トンネルを避けるトラックや山道マニアの自家用車などが三々五々通行する道です。

接待小屋という場所を過ぎます。
中山道を人々が歩いた時代に、冬の間だけ、粥と暖と馬餌を旅人に施した場所だそうです。
ここまで、麓からはそこそこの距離ですが、東餅屋や峠まではまだまだあります。
歩くとすると1日がかりのコースでしょう。

きれいに再建、整備された接待小屋
接待小屋の内部。囲炉裏とかまどが再現されている

東餅屋に着き、軽トラを置いて出発します。

荒れ果てた東餅屋ドライブイン跡

交差する車道を渡り、標識に沿って旧中山道を登ってゆきます。

歴史の道・中山道を行く

広々とした緑道が続きます。
地元の長和町によって、歩道はしっかり保全されています。
案内板も完璧です。

ビーナスラインを渡る時がちょっと注意です。
バイクやスポーツカーが集団で駆けてゆきます。
3回ほども車道を渡ります。

途中何度か車道(ビーナスライン)を横断する

途中一組のハイカーに会いました。
霧ケ峰方面の峠から、和田峠まで尾根歩きをしてきたとのこと。
車を置いた場所まで帰る道を心配していました。

和田峠が見えてきたあたり

和田峠に到着です。
上りは少々くたびれましたがいい運動です。
峠からは諏訪地方が遠望されます。
峠は、現在でも、長和町と下諏訪町の境でもあります。

峠から諏訪方面を望む
峠に立つ地蔵さんと賽の河原

難所といわれる諏訪への下り坂を少し歩いてみました。
これまでの上り道と違い、つづら折りの狭い道が続いていました。

この道を参勤交代や、皇女和宮降嫁の一行が通ったのは大変なことだったと思いました。

諏訪方面に下る道。狭く荒れている

現在の和田宿を歩く

板橋宿から第28次、和田宿が峠のふもとにあります。
旧道沿いにはかつての景観が保存されています。

もともとは和田村だったこの場所は、現在では旧長門町と合併して長和町の和田地区となりました。

峠方面から和田宿へと至る道

宿場の中心だった本陣も復興されています。
金沢から参勤交代の殿様や、皇女和宮もここに泊ったのでしょう。

本陣の門
街道筋の古民家。こういった建物が並んでいる

旧街道を忍ばせる景観もさることながら、地域に残る昭和の風景にも心惹かれるものがあります。

集落の魚屋さん。昭和の時代の風景はなじみ深い
看板には富士学生服とある、集落の洋品屋さんだ

つい2,3年前に廃校になった和田中学の木造校舎です。
中学は統合されて長和町にただ1校となりました。
小学校は町に2校で、和田地区にも1校残っています。

広々とした校庭の向こうに木造校舎

山小舎のリフォームなどをお願いしている、60代の大工さんが和田地区在住です。
和田中学のOBだそうで、当時は中学も生徒がたくさんおり、また上田へ行くバスが通勤通学で満員だったと話していました。

帰りに国道沿いの、和田ステーションによって、長門牧場のソフトクリームを食べて帰りました。

長和町の基幹産業・長門牧場謹製のソフトクリーム