ヤン・ハヴラサ著「アイヌの秋・日本の先住民族を訪ねて」

1988年未来社刊の本著を国分寺の古書店で見かけて購読した。
未来社はほかにもアイヌや蝦夷地関係の出版がある。

表紙

「アイヌの秋・日本の先住民族を訪ねて」は1930年にプラハで出版された「日本の秋・わが生涯の断片」から北海道紀行に関する部分を翻訳したもの。
著者は1912年に夫人とともに来日し1年間滞在。
その間に各地を旅行した。
その時の様子が本著にまとめられている。

奥付

何より著者によって撮影されたスナップが多数掲載されており、1912年(大正元年)当時の長万部、平取、登別で、暮らすアイヌ人の姿が残された。
彼等は伝統的なアッシ織りの着物に荷を包み、女性たちは口の周りに入れ墨をしている。

山小舎おじさんの生まれ故郷・旭川には、昭和30年代当時、すでに観光化され切った上川アイヌ部落があったが、当時は入れ墨を掘った老齢の女性がまだいた。
純粋なアイヌ人も多かった。

本著作に掲載された写真は、記憶に残るアイヌ人の古の姿が甦るようで貴重なものである。

平取のアイヌ婦人

文筆家として祖国で名を成した著者にとっては、日本およびアイヌ人の運命を予告しまた評価することは自明の理であるかのような表現が目につく。
曰く『ここでは暴力を用いない民族性喪失のプロセスが進行中なのである』(p72)と、長万部のアイヌ部落と日本人集落の本質的な差異のなさ(アイヌ人のアイデンテイテイの喪失)を見抜き、『アイヌをこれまで知りえたすべての民族の中で最良なものとみなす』(p77)というロシア提督の言葉を引用して、彼等の素朴で柔和な人格を評価している。

長万部にて

著者の慧眼は、サハリンと蝦夷のアイヌ人について、琉球人と同じく日本人と同化した存在と断じたうえで、『朝鮮人については固有の文化を持った大民族であり、白人に対する抵抗の覚醒と同時に日本の支配に対しても抵抗しており、日本としては、海外進出よりも北海道開拓へ集中した方が賢明だと思われる』(p91要旨)、とまで見抜いている。

長万部の貧しい婦人

この時代の日本滞在記として、慧眼に満ち、諧謔にも彩られた読み物であるが、アイヌに対する紀行文的な関心という意味で貴重な文献だと思われる。

平取にて

投稿者: 定年おじさん

1956年北海道生まれ。2017年に会社を退職。縁あって、長野の山小屋で単身暮らしを開始。畑作り、薪割り、保存食づくり、山小屋のメンテナンスが日課。田舎暮らしの中で、60歳代の生きがい、生計、家族関係などの問題について考える。60歳代になって人生に新しい地平は広がるのか?ご同輩世代、若い世代の参加(ご意見、ご考察のコメント)を待つ。

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