今日のおじさんは、自転車で調布から府中まで旧甲州街道沿いに行き、府中の卸売市場を目指しました。
旧甲州街道点描
国道20号線の旧道。
旧甲州街道は江戸五街道の一つ甲州街道のオリジナル路線を踏襲している道です。
調布から自転車で府中を目指します。
まず最初に目に入るのがおそらく調布で唯一現存する火の見やぐら。
しばらく行くとお寺の前庭に、近藤勇の座像もありました。
沿道でみられる家屋。

戦前の建築かもしれません。
古民家というほど古くはありません。
江戸時代からの建築は全く残っていませんが、100坪を超える広い敷地に建つ、古い民家は多く残っています。
街道沿いの民家は「リッチ」だったのでしょう。
塗り壁りの蔵です。
軟石づくりの蔵もありました。
府中に入って、白糸台というところで西武鉄道是政線の踏切を渡ります。
右手が武蔵境方面。左手が競艇場のある是政方面です。
府中の中心部に至るまで、江戸時代はおろか昭和の風景さえほとんど残されてはいませんでした。
「リッチな」場所は時代による変遷の具合も激しいのかもしれません。
人形店がありました、数少ない昭和の風景でした。。
武蔵八幡神社という神社。

参道を電車が横切る珍しい神社です。
府中の中心部に到着しました。
高層マンションが立ち並ぶ都会です。
1000年の都、武蔵国府跡
府中のシンボル、大國魂神社横に、武蔵国府跡の資料館があります。
1000年以上前、ここに武蔵野国の国府がありました。

武蔵国とは律令時代の日本の行政の一単位で、今の東京、埼玉、神奈川東部を合わせた地域。
そこの首都が現府中にあったのです。
ちなみに信濃国の国府は現在の上田でした。
国府の歴史を継いでいるのか、府中には税務署、刑務所などがあり、今でも一帯の行政の中心地でもあります。
競馬場、競艇場もありますが。
祝福された場所、大國魂神社
武蔵国一之宮にて、創建1500年を誇る大國魂神社。

京王線府中駅から徒歩5分。
府中のみならず、近隣のメルクマールとして存在している。
おじさんは調布在住なのでめったに来ないが、三多摩地方の住人として新年のあいさつに参拝。
境内に入って改めて思った。この場所は祝福されていると。
平日でも引きも切らぬ参拝客と、それを迎えてゆったりとほほ笑むかのような雰囲気。
これに比す場所は、近隣では深大寺くらいか。
改めて本殿に向かいこれまでの無事を感謝し、新年のあいさつをする。

そして大東京綜合卸売センターにて昼食
大國魂神社を超えて南下。競馬場を過ぎ、サントリービール工場の隣。
府中の卸売市場がある。
その名も大東京綜合卸売センターという。
おじさん、昼食がてら食材を調達せんとやってきた。
今日の目的地です。
まずは飯。
いろんな食堂がありました。
結局、立ち食い蕎麦屋で、もつ煮セットを注文。
立って食わずとも、近くの休憩所までも配膳してくれるのがうれしい。
おじさん、もつ煮と飯はともかく、うどんはこの半分の量でよかったがあっという間に平らげた。
もつ煮がうまかった。670円。
しかし、肝心の買い物は、魚屋が昼で片付け終わっていたので、魚が買えなかった。残念。

やむなく肉屋、八百屋を冷やかして歩く。
中華食品の専門店まであった。
場内は広く、調布の卸売センターとは比較にならないほどの規模。
魚を目指して再訪するか。



理系の電通大と異なり、キャンパス外からの出入り口が多く、ほぼオープンな敷地となっていることが特徴です。
掲示板を見ると、世界各国のマイナーな映画を定期的に自主上映しているようでした。


半ば予期していたことなので、あわてず騒がず、今日は麺類をチョイスします。


食堂から見た外の景色です。
冬なので若干寂しい風景ですが、夏は緑があふれていそうです。
食堂の窓際では一心に勉強する学生の姿も。

陸軍時代の門扉が残っている。








旧陸軍飛行場の敷地に隣接した駐車場に、クラシックカーの廃車が残っていた。


その付近には東京オリンピックマラソン折り返し地点の石碑がある。
マラソンといっても1964年の東京オリンピックのマラソンのことだ。









戊辰戦争以降の権力側の戦死者が靖国神社に祀られているとすれば、逆賊たちは民衆たちによって祀られる。
















古い建物はどんどんなくなり、区画整理されてゆきます。

中央線沿線では、吉祥寺から西ではこういった飲み屋小路の存在は珍しい。
もっと西の立川、八王子には大規模な飲み屋街があるけど。
江戸時代、玉川上水路沿いの土手は桜の名所だったとのこと。


女性がプレーできないとか、会員になれないとか言われていた。
平日にもかかわらず品川ナンバーの高級車が何台か駐車していた。

新小金井街道沿いの古書店、はてなクラブ。



ゆったりとしたキャンパス内には農園などもある。
農学を学ぶのではなく(農学部はない)、教育学部の範囲で、自然を通してエコや共生を学ぶフィールドとして存在しているのがユニークだ。
おじさんも小学校時代の学級農園で、率先して働く先生方を見て畑が好きになったことを思い出す。
学内のサークル会館からは楽器の音が聞こえていた。






食堂のおばちゃんの対応はやさしかった。
席は満席に近い。

















注文対応のおばさん、レジのおばさんも一般客にやさしく接してくれて安心した。





















初詣の賑わいもとうに過ぎ、ゆったりした境内。








そのころには王子製紙や国土開発などをといったチームとリーグ戦をやっていたことでしょう。





帰りには駅前のマックで休みました。









シネコン方式の映画館や食べ物屋さんを有する棟がひとつ。

























この一角の古本屋も、団子屋も、八百屋も、飲み屋も、おじさんが知っている20年前から残っているのがすごいと思います。
昼食はその一角にある食堂で食べました。
客層はビールと一緒に食事するおやじたちが中心でした。
かつての大映株式会社は破産手続きにより法的に整理され、スタジオ、映画フィルムなどの資産は、徳間書店に譲渡されたのち、角川書店に譲渡されて現在に至っています。




門構えは大映より大きく、構内も広そうです。
外注の制服姿の守衛さんが顔を出し「どちらへ行かれます?」とのこと。
かつての日活の映像遺産に対するフィーチャーは外部には全くありませんでした。










