「散歩の達人 三鷹・武蔵境・小金井」を歩く

「散歩の達人」という雑誌があります。
主に東京周辺の街歩きをテーマにしています。

自宅の本を整理していたら、2017年3月号の同雑誌が出てきました。
三鷹、武蔵境、小金井特集号。
山小舎おじさんの出没地域と重なっています。
4年前の情報誌を手に自転車で街に出てみました。

三鷹駅南口からまっすぐに南下する商店街の左側にそびえる建物。
1階に入っている東急ストアが目につきます。

この建物は、道幅を広げるため、当時の路面店を吸収した建物だったことを、「散歩の達人」の記事で知りました。
上層部は住宅公団によるアパートになっています。

同号では三鷹駅前市街化住宅をイラストで紹介している

駅前の区画整理や再開発いうと、戦後直後の闇市をビルや地下に統合すること(新橋、渋谷など)や、現在行われている駅ビル、駅直結のタワーマンションの建設(武蔵小金井、国分寺など)などが思い出されます。
こういった区画整理は、「戦後」が落ち着いた昭和40年前後にもあったのですね。

散歩当日の「市街化住宅」。1階には路面店が入居している

2017年の同誌に紹介されていた店がコロナ下で元気に営業していました。

駅北口の旧特飲街に近い小路が賑わっているとの記事
現在の小路。紹介の店も残っています
武蔵境の住宅地にあるイタリア料理店の紹介
総菜でも買おうかと寄ってみたが店は閉まっていた
宅配はしている様子だ

コロナ下(禍)のせいかどうか、4年の間に廃業(休業?)となった店もありました。

武蔵境篇のトップを飾る、団子・ふるさとの紹介
店は閉店して居ました
シャッターに貼られた閉店の挨拶文
小金井のおこわ屋さん
こちらもシャッターが下りています
閉店であることがうかがえます

小金井市前原にある、丸田ストアー。
このストアーは2021年版の「散歩の達人・三鷹・武蔵境・小金井」号にも紹介されている同誌のお気に入り先です。

かつては町々にあった、八百屋、魚屋、肉屋などが集まるストアーだったのですが時流に押され、古い店で残るのは肉屋のみ。
抜けた店舗の跡には花屋、カフェなどが入ってにぎやかに続いていました。

ストアーに入ってゆくと「いらっしゃい」と次々に女性の店主・店員から声がかかり、驚くやら嬉しいやら。
かつてのストアーからちょっとコンセプトを変えて、新しい女性たちの発信の場になっているかのようでした。

東八道路から入った住宅街にあるストアーです
入っている店は代りましたがストアーは元気に営業中でした

たった4年でもこの変貌。
コロナ下(禍)のグレートリセットが起こっているのでしょうか。
それでも山小舎おじさんは、このエリアの散歩が好きです。

八王子を歩く

令和3年の1月。
八王子の街を歩いてきた。

八王子は調布から京王線で30分ほど。
東京との西端に位置する市で独自の文化圏を有する町。

山小舎おじさんが30代前半の時に、八王子にあった職業訓練校に何か月か通ったことがあった。

当時の訓練校は国家直営?
専用の校舎を有し、専任職員が配置されていた。
教室は机・椅子・黒板など、小中高学校と全く同じ造り。

訓練生はクラス委員を選出しホームルームを運営、放課後の掃除当番もあった。
また、クラスメイトは、場所柄か八王子在住の人が多く、言葉の端端から彼らの地元意識を感じたものでした。

駅から続く歩行者専用通路

この日、京王線八王子駅に着いたおじさんは、JR八王子駅方面へ向かい、駅前の商店街を目指します。

まずは古本の佐藤書店。
蔵書は多く、見て回るだけで楽しめます。

ここで古い角川文庫などを買ったことがありました。
1970年代ごろの角川文庫は、公開された洋画をさっそく文庫化し、カバーを映画の場面写真でデザインしていました。
今ではその時代の角川文庫を古書店で見かけることも少なくなっています。

古書・佐藤書房は八王子訪問時に必ず寄る店

昼食は佐藤書店の並びのトンカツ屋で。
600円でかつ定食が食べられます。
子供入場お断りの張り紙があったり、お愛想がほとんどないサービスぶりが特徴の食堂ですが、安く一食食べられてこれで充分です。
少し前まではかつ定食が500円でした。

角のトンカツ屋で昼食

八王子に来たらもう一か所寄るところがあります。
国道20号線沿いの団子屋・伊勢屋です。

団子、もち、海苔巻き、稲荷ずしなどを扱って、地元客で引きも切らない店です。
ここでお土産の団子とどら焼きでも、と思いましたが、今日は定休日でした。
残念。

伊勢谷は定休日だった・・・

国道20号沿いには、ユーミンこと松任谷由実の実家、荒井呉服店もあります。
かつて、職業訓練校仲間だった地元の女性は、単に「アライ」と、この店のことを呼んでいました。
地元と荒井呉服店の密着度をその時感じました。

荒井呉服店もこの日は休み

八王子はかつて繊維産業で栄えた町。
旦那衆が遊ぶ、三業地が栄えたことでも有名で、今でも芸者がいるとのこと。
お茶屋、置屋、料理屋が並んだ三業地の名残りも残っています。

赤線と呼ばれた特飲街はまた別の場所にあります。
今回は訪ねていません。

八王子の花街
粋な黒塀には芸者さんのポスターが
花街には三業組合がありました

これまでのコースは八王子歩きの際の定番コース。
おじさん的にはマンネリ感もぬぐえません。

そこで改めて八王子の全体像を眺めるべく、郷土博物館を探してみることにしました。
初めて訪れる町でそうするように、地元の博物館、資料館を訪ねることのしたのです。

八王子の郷土資料館はJR駅から徒歩20分ほど。

立地といい、建物といい、内容といい、現在の大都市・八王子にはもはやふさわしくないレベルでした。
時代ごとに地域の発展の様子を簡潔にまとめて展示してあるのですが、ありがちな歴史の展示の印象が強い。

特有の繊維産業とそれに伴う町の興隆に焦点を置くようにしてはどうでしょう?
そのためには、周辺地域との原料・物資の交流ルートの変遷を大きく図形化して展示し、また最盛期の八王子の中心街を大パノラマ化するなど、ドラマチックに再構築してはどうでしょう?
などと勝手に想像してしまう山小舎おじさんでした。

郷土資料館の入口

時々訪れたくなる街、八王子。
今度来るときにはどういう姿を見せてくれるのか楽しみです。

JR駅南口にある「ロマン地下」。心躍るネーミング!

冬期間のバイト

山小舎おじさんは冬期間、東京の自宅住まいです。
家族の炊事や、送り迎えなどを手伝っていますが、それだけではもったいないのでバイトをしています。
今年のバイトはテニスコートの受付です。

退職後、調布市のシルバー人材センターに登録していますが、毎年12月から3月までの期間限定で登録しているため、ほとんど仕事の紹介がありません。
今年も期待はしていなかったところ、その期間中の仕事を紹介されました。
市内のテニスコートの受付です。

市のサービス公社が運営するテニスコートの開業時間は8時から20時30分まで。
その間、2時間交代で、5コマ、3組のコート貸し出しをします。
最大15組の利用があります。

受付業務は60代以上の5人で受け持っていて、朝7時前から、20時30分の間を3交代で回します。
山小舎おじさん以外の人は、直接雇われた長期就労者です。

ログハウス風のクラブハウス

今どきの施設運営は、利用者の個人情報管理から、利用者のクレーム対応、建物のセキュリティー運用まで、と幅広く、想像するのんびりした仕事とは違っていました。

クラブハウスの内部。今どきなので喚気に注意している

とはいえ、常連の利用者が多く、金銭出納も頻繁ではないため、先輩諸氏の助けを借りてどうにかこうにかやっております。

月14、5回の勤務で、1日4時間半、というのは我々シルバーにとって丁度よい「社会との接点」になっています。
施設内外の清掃業務も程よい運動となります。

事務室内部からの景色。掃除、見回り以外はここで4時間半を過ごす

夜の8時半になって、一人でクラブハウスの戸締りして帰るのはまだまだ慣れませんが、コートで躍動する中高年のスリムな姿を見るにつけ、「まだまだ頑張らなければ」と思う山小舎おじさんです。

令和3年1月の山小舎

本ブログ的にはあけましておめでとうございます。
もう2月になっていますが。

昨年12月中旬に令和2年の山小舎仕舞いを行い、東京の自宅に帰ってきた山小舎おじさんです。

令和3年になって1月に家族と山小舎の様子を見に行ってきました。

到着日当日の様子です。

到着日の山小舎全景
玄関へのアプローチの積雪量もそれほどではなかった

翌日は大雪でした。

朝から雪かきです
庭の軽トラに積もった雪の量!
温かめの雪が庭木にびっしり積もりました

大雪をついて上田市内までお出かけしました。

玄関前の積雪量を見ると前夜に大雪がふったことがわかります
別荘地内の道路は真っ白です
国道152号線は路面が見えていました

別荘地内でも大雪の日は深夜から除雪作業が入っていました。
気温が高いせいか、国道に出ると路面が融けているのでそれほど危険ではありませんでした。

ということで今年もよろしくお願いいたします。
皆さんのご健康をお祈りいたします。

底冷えの上田に「真田」を探す

予報通りに雪が降った12月中旬の日。
山小舎仕舞いを前にして、別荘地管理事務所と畑の大家さん宅にちょっとしたお歳暮を配りました。
ついでに上田の街に出て今シーズンの名残りを惜しみました。

上田市内から見る里山も真っ白

中華モリタで腹ごしらえ

昼前に上田に着きました。
山小屋周辺では真っ白だった路面も、雨でぬれた程度の上田市内でした。

先に昼食を摂ることにしました。
地元で働く人がランチで選ぶ店、というブログに載っていた、駅前の中華モリタに行ってみました。

雪は少ないとはいえ、底冷えのする上田市内。
これが信州の冬の寒さでしょうか。

目指す食堂のあるあたりは、とんかつ力亭、馬肉うどんの中村屋などが並ぶなじみのエリア。
目指す店はすぐ見つかりました。

まだ温まりきらない店内には先客が一人。
滞在中にあと2組が入ってきました。

駅前、天神の中華モリタ

チャーハンとラーメンのセットを注文。
チャーハンは期待通りというか、予想通りの、町中華の味。
ラーメンはやや物足りなかったかな?

チャーハンラーメンセット880円

地方の食堂は、都会のラーメン屋ように「味にヒステリー」を競うようなことは全くありません。
手作りの味と、量と、皿数が売り物です。
おいしいみそ汁と手作りの漬物が定食についているだけで満足するほどです。

が、ラーメンのような、「力づくのダシ」で食う料理は、手作りがアピールできる種類のものではありません。
しっかりダシを取るなどして、味にメリハリをつけてもらいたいものです。

現に、辰野町のタイガー食堂など、地鶏のダシで抜群にうまいラーメンを出す店はあります。

ラーメンへのダメ出しが続いたところで、上田駅へ行って、観光案内所と特産物販売店をパトロールして最新の情報収集。

台風で千曲川にかかる鉄橋の一部が落下して1年たつ、上田電鉄別所線の復旧工事がやっと進み、来年3月の全線開通を目指し、鉄橋の土台部分を工事中との明るいニュースにも接する。

博物館で「真田の鎧」を探す

上田訪問の目的の一つ、上田城内の市立博物館へ向かう。

本館の正面

底冷えする城内には人影も少ないが、そこは有名な観光地、博物館には三々五々観光客の姿も。

目指すは「真田の鎧」。
というのは、真田氏の本拠地・上田市真田地区にある「真田歴史館」という資料館に展示されていたのが、NHKドラマで使用されたという、レプリカの鎧一式。
では、ホンモノは残っているのか?どこの博物館にあるのか?と思ったから。

別館の正面

ありました。
市立博物館の別館2階が真田関係の専用コーナー。
その中央に幸村の父親で、ともに上田合戦で戦い徳川軍を撃退し、関ケ原の後、ともに高野山に蟄居の時を過ごした、真田昌幸の本物の鎧兜が。

他にも当時交わされた、秀吉など有力者との書状なども。

江戸時代になってからの幸村らの錦絵は、葦に隠れて家康の本陣をうかがう幸村や、騎馬上で一騎打ちする幸村と家康など、史実とはかけ離れた設定ながら当時からの真田人気を物語る貴重なものでした。

さすが真田氏の本拠、上田城を擁する上田市の博物館。
さりげなくも貴重な資料が保存展示されています。
真田ファンは一見の、いや二見三見の価値があります。

上田城のお掘を外側から見る

池波正太郎真田太平記館へ

真田本流の鎧兜の本物に接することができた勢いで、市内中心部にある「池波正太郎真田太平記館」へも行ってきました。

市内中心部に建つ真田太平記館

週刊朝日での連載、NHK大河ドラマ化、の小説「真田太平記」の作者、池波正太郎を記念しての資料館。
小説家池波を通しての真田史に触れることができる場所だった。

映像シアターも併設されている

真田氏の歴史という視点を通しての上田めぐり。
帰りの路面凍結を心配しつつ、夕暮れまでに山小舎に帰りつくように帰途につきました。
上田よまた来年!

予報通りの雪

天気予報通りに雪が降りました。
12月中旬を迎えた山小舎。
朝夕の寒さもひとしおです。

朝起きたら屋根に雪が積もっていました。
今シーズン初めての本格的な降雪です。

山小舎の二階から裏の国有林を見る
ベランダ越しの寒々しい風景

写真を撮りに外に出ると、玄関先が除雪が必要なほど積もっていました。
サラサラの雪質です。
今のうちに除雪しておかないと、残った雪が凍ってしまいます。

玄関の階段が雪で埋もれている
軽トラのフロントガラスに分厚く雪が積もっている

こんな天気ですが、畑の大家さんに畑じまいの御挨拶を持ってゆくために外出しました。
別荘地内の道路は新雪状態です。
1年前に新品のスタッドレスタイヤに交換したばかりの軽トラですが、ここは慎重に走ります。
ここまで雪があると、カーブでは軽くハンドルを取られます。

別荘地内の道路はまるっきりの新雪状態

国道に出ると道路にわだちができていますが、路面凍結状態ではありませんでした。
時速30キロ程度で慎重に走りました。
周りの里山の木々が真っ白になっていました。

国道へ出る。カーブは特に慎重に走る
雪道での急発進、急停車、急ハンドルは禁物だ!

麓の集落に出ると、道路は積雪状態から、溶けて濡れた状態になっていました。

畑仕舞い

令和2年の畑の仕事納めをしました。
今年は12月中旬まで山小舎に居ます。
朝夕はストーブをガンガン焚かないと寒くていられません。

12月の畑とその周りの風景

ガッテン農法を試そうと思い、農法に則った畝立てをしています。
12列の畝が完成しました。ススキや糠、落ち葉、燻炭などを用意しなければいけないガッテン式畝立ては想像通りに大変ではありました。
粘土層が出るまで幅50センチで掘ってゆきます。
石が出てこなく、掘りやすい状態でも、1列につきスコップで4往復程します。

この穴掘りと、すでに掘ってある穴に、ススキなどの資材を入れて土をかぶせる作業を1列ずつワンセットやるので1日精いっぱいでした。

時間にすれば2時間ほどの作業ですがヘトヘトでした。
日差しがよければ、ヤッケを脱ぎ、もう1枚脱いで、袖まくりでやりましたが。日差しがないとヤッケも脱げない寒さです。

深さ30センチほどの粘土層まで掘り、砕く
ススキなどの資材を投入する
埋め戻して畝にする

延べ2週間にも及ぶ作業でした。
山小舎おじさんにもまだ情熱が残っているのだなあと、実感せざるを得ないことでした。

12列のガッテン式畝が完成

5枚借りている畑のうちの1枚のみですが、12列の畝ができました。
余ったススキを畝にかけて養生しました。

ススキで畝と畔を養生する

最後にガッテン農法の神髄であるネジネジを畑の隅に埋めました。

磁石で方角を図り穴を掘る
マニュアル通りにねじった藁とススキの茎を方角に合わせて配置
埋める

果たして来年の畑はどうなっているでしょう。
どう転んでも悪くはならないだろうと思われる今日この頃です。

畑仕舞いしてフェンスを閉める。来年までさようなら

ガッテン農法 ネジネジの教えを乞いに

ガッテン農法シリーズです。
最近の山小舎おじさんの畑関係の活動は、ガッテン式の畝立てと、ネジネジづくりが主な内容になっています。

ネジネジを作って、畑の隅っこや、山小舎の玄関、軽トラの運転席に置いています。

ところがある日、ネジネジ関係の動画を観ていて、これまでの作り方が間違っているのでは?との疑問が沸き起こりました。
ねじり方の向きが逆だったのでは?という疑問です。

そこで、ネジネジ実習会の講師を務めた、富士見町在住のN氏にメールで確認しましたが理解に至りません。

気になりっぱなしのネジネジ問題を解決したくて、富士見町のN氏を訪ねて再度、教えを乞うことにしました。

当日の天気は快晴。
富士見町までのルートは八ヶ岳を望むロケーション。

茅野、原村、富士見町と過ぎるにつれ、角度を変える八ヶ岳の姿。
その圧倒的な存在感は、地域にパワーをもたらす源泉が八ヶ岳にあることを余すことなく伝えている。

茅野から見る八ヶ岳連峰

携帯のナビ通りに軽トラを走らせると、N氏の農園にたどり着いた。
八ヶ岳山麓まで見渡す限りの高原の畑の中に点々とする集落。

その集落の中に住み、定住7年目というN氏。
奥さんともどもガッテン農法を実践し、収穫物は直売所などに出荷しているとのこと。
農閑期の現在は、八ヶ岳連峰の権現岳、編笠山にも登り、山頂にネジネジを置いてきたとのこと。

富士見町のN氏農園から見る八ヶ岳連峰

玉ねぎの世話で忙しいN氏に詫びながら、農園のビニールハウスで、山小舎おじさんの疑問に教えを乞う。

改めて疑問への解答をいただくとともに、イラストで分かりやすく書かれたマニュアルをコピーさせてもらう。

N氏の農園のビニールハウスで教えを乞う
デモ用にN氏が作成してある本式ネジネジ
コピーをいただいたマニュアルの1枚

まずは疑問点を解決できた山小舎おじさん。
正しいネジネジを作り直して、農作業や生活を助けてもらいたい、と思った次第。

ゆくゆくはガッテン農法先輩のN氏のように、ますます活動的な田舎暮らしを送りたいと思いました。

シナノゴールド

長野はリンゴの季節が最終コーナーを回ったところ。
11月に主力品種のフジが出てきてラインアップが勢ぞろいした。

最近は夏リンゴといって8月下旬から小型で硬くすっぱい品種が出てくる。

9月になって、紅玉をはじめ、秋映、陽光、シナノスイート、シナノリップ、王林など早生系の品種が出てくる。
同時期にラインアップされるのが、シナノゴールドという品種。

外見は黄色味がかった色味で、熟してくるとほんのり赤味がさす。
実はパリッとしてジューシー。
酸味と甘みが程よく、香り高い。

山小舎おじさんは、リンゴ狩りに行ってこれを食べ、孫ともども、すっかりファンになってしまった。

それからは、直売所に行くたび買い集めて、時折自宅に送っている。
だんだんと、処理しきれないほど集まってしまったのでジャムにしてみた。

最近人気のシナノゴールド

スーパーで値引き品が目に止まり、買っておいたやつをジャムにした。
値引き品は3個で280円ほど。
これは安いと思った。
これまでの最安値はさる場所の無人販売所での3個、200円だったから。

3個で税込み300円は安いほう

実が硬めなので、煮崩れるのに時間がかかったが、特有の香りは失われていない。
リンゴジャムといえば赤味がトレードマークだが、たまには黄色のジャムもいい。

皮付きでジャムにする
大人締めの食味の品種なので、砂糖は白砂糖に少しザラメをブレンドした
やや時間がかかったが煮えてきた
小瓶に3つできた
残ったジャムをパンに乗せて試食

自宅へ良いお土産ができた。

かりんのシロップ漬け

かりんのシーズンでもある。
直売所ではよく見かける。
4,5個入って200から300円と安い。

種類は日本種の本かりんと西洋種のマルメロがある。
地元長和町はマルメロで町おこしをしており、道の駅の名前も「マルメロの駅」という。

かりんの木が庭先にある家も多く、収穫した実を分けてもらえることもある。
加工法ははちみつ漬けが一般的か。
はちみつに溶け出したかりんの成分は咳止めとして重宝する。

ということで、山小舎に集まったかりんを加工することにした。
直売所で買ったり、スーパーの値引き品で買ったり、庭で収穫したのをもらったりして集まった。

はちみつ漬けが簡単で間違いないが、はちみつが高いので、シロップ漬けにすることにした。
ネット検索すると、氷砂糖で漬け込むとはちみつ漬けと同様のシロップができるようだ。

今回のシロップ漬けに抜擢したかりん達

容器を探し、消毒と乾燥。
かりんは色づきの良いものを選別して洗っておく。

かりんを切る前に短時間、熱湯で煮る。
煮ることは消毒にもなる。

いかに濃度の濃い砂糖漬けにするとはいえ、雑菌の繁殖は避けなければならない。

山小舎でもこれまでに様々な食品加工に挑戦したが、生の柿を洗わずに発酵させる柿酢は、3回挑戦してうまくいったのが1回だけ。
あとは青カビが浮いたり、酢でないものに発酵したりの失敗だった。

漬物も同様。
たくあんは2年連続失敗で、今年はあきらめ。
毎年うまくいくのは梅干しと干し柿くらい。

切干大根や、ドライフルーツ類も、ほったらかしではうまくいかない。
乾燥がすすまない時はカビが出る前に、ストーブを使ってでも乾燥を促進させなければならない。

仮にも食品加工。
容器や材料の準備、消毒など、手間がかかるのだ。
その心は、発酵を司る菌への関心の度合いなのかもしれない。

熱湯でかりんを煮て消毒

ということでかりん漬けに話を戻す。

容器は熱湯消毒し乾燥させる。
かりんも熱湯で煮る。

あとはかりんをスライスして種も含めて、氷砂糖と交互に容器に詰めてゆく。
容器は密封せず、冷暗所に貯蔵。
ときどき振って砂糖を溶かしてゆく。

まず縦にカットする
短冊に切ったかりんと氷砂糖

年明けに山小舎を点検に来た時には、かりんシロップがうまくいってるかどうかがわかるだろう。

消毒し乾かした容器に交互に詰めて保存