定年オジサン山小屋で食す

おじさんは山小屋で何を食べているのか。
山小屋では全部自炊になる。
食材は片道30分かかるスーパーへ行く際にまとめ買いする。
畑に行くついでに、その先のスーパーへ行くことが多い。あるいは、東京の自宅から帰る際にスーパーへ寄って買う。

主食のお米は長野産の一番安いやつを買っておく。
長野では4キロ袋というのがあり、それを買う。
調味料は、しょうゆ、みそは長野のお家芸。安くてうまいものが手に入る。

タンパク質は肉と魚、豆腐など。
長野は肉もうまく、アルプス牛、信州豚などと称して売っている。
信州豚のこま切れと、鶏もも、豚挽き肉などを主に買う。東京から山小屋へ着いた最初の夕食は、信州豚のこま切れを使ったカレーを作る。水に材料をぶち込み煮込むだけ。隠し味に地元産の酒粕と自作のチャツネを使うくらい。玉ねぎも炒めない。ルーはゴールデンカレー。ところがこれがうまい。

豆腐と納豆もうまい地元産がある。
魚はサバの3枚卸などの冷凍ものを買っておく。
長野のスーパーは魚も充実しており、味はともかく、刺身や鮮魚も普通に手に入る。
あとは、食パン、卵、総菜(コロッケ、アジフライなど)を買っておく。

嗜好品では、焼酎、コーヒー、つまみのあられ、チーズなど。

山小屋では、甘いものも必要。
自宅にいるときには感じなかった甘味への欲求が出てくる。蒸しパンなどが欲しくなる。

野菜は自給が多いが、取れない時期の人参、玉ねぎなどは適宜買う。

メニューは好きなもの、得意な料理になる。
カレー、親子丼、ニラレバー、野菜炒め、ゴーヤチャンプルなどのローテーションになる。
冷ややっこ、漬物、揚げ焼きなども十分な1品になる。山小屋で発見した料理が、煮込み。
キャベツにひき肉をはさみ、野菜と一緒にストーブで煮込む。
なぜかいつ作ってもうまい。

昼飯は冷凍うどんや、乾麺などが多い。

たまの外食も楽しみのひとつになる。

山小屋は秋 薪を割って燃料作り

おじさんのところは暖房は薪ストーブ。
脂分の多い針葉樹も燃やせるという優れもので、煙突も二重構造で燃焼効率がよい。

夏の間は、燃料の薪作りが仕事。
夏の日差しと風を浴びて、割ったばかりの薪が乾いてゆく。
理想的には、ふた夏超えた薪が良いとされる。
実際にはよく乾燥した薪はすぐ燃えるので、少しくらい湿気の残る太い薪のほうが火持ちがよい。
温度は乾いたまきのほうが断然出る。

また、別に焚きつけ用の木材をお用意しなければならない。
焚きつけは、おじさん、大工さんなどから不要の板材をもらってきて、テーブルソーでカットする。
それを手斧で細かく割って使う。
焚きつけ材は乾いていればいるほど良い。

ついで、本燃料用の薪作り。
まずは丸太を入手する。
おじさんは別荘地の伐採などを行う業者から入手する。クレーン付きのトラックで運んでくるので、普通は費用が掛かる。
今回は厄介者の白樺材ということで無料だった。
一般的には、伐採の情報を入手し、指定の場所に軽トラで駆け付け、その場でチェーンソウでカットして持ってくるなどの方法で入手するらしい。

おじさんの別荘地では、自分の敷地内であれば倒木自由なので、自力で倒木して入手することもできる。
自力の倒木は、チェーンソウのコンデイションやカットの方法が完全でなければならないし、倒れる方向のコントロールを間違うと、屋根に激突したり、ほかの立木に引っかかって倒れないなどのトラブルがありうる。

さて、丸太を入手すると、玉切りというカット作業に入る。
チェーンソウで行うが、この機械、慣れるまで使いこなすのが難しい。
刃を研がなければならないし、カットの仕方を間違うと、刃が挟まったり、跳ね返ってきたりする。
40センチ前後の長さでカットする。
太い部分は短めに、細い部分は長めにカットしてよい。

玉切りが終わると薪割だ。
「七人の侍」で千秋実が気持ちよく薪割していたシーンを思い出す人もいよう。
節のない、太くもない玉を、よく慣れた人が割るとああなるかもしれない。
実際は、節だらけの玉や、二股の玉などがあり、ああはいかない。
そこで、楔とハンマーも用意して薪割に臨む。
鉞は和式のものより、洋式のほうがいいかもしれない。

コツは実地で覚えるしかない。
太いものは、端から割るとか、節から遠い部分から割ってゆくとか。
最初は手のひらと指の節が固まるくらいダメージが残る。
鉞を振り下ろすポイントを間違えると、刃が跳ね返される。
刃が少しでも食い込むところが割り口のポイント。
全然だめなら、楔を使ってみる。
二股の玉なら、チェーンソウで縦に切れ目を入れないと歯が立たないかもしれない。

割ったまきは、乾燥させる。
風通しの良い、日当たりのいいところに積んで干す。
雨除けは、割ったばかりの時はあまり気にせず、乾燥した薪の場合はきっちり防水するようだ。
乾燥台設置のコツは、何より土台をしっかりさせること。ぐらぐらしたところに積むと途中で崩れる。
おじさんは、農協で廃棄する木製パレットをもらってきて土台にしている。
積み方のコツは、端っこが崩れないように互い違いにすること。

こうやって燃料を作る。
直接費用は0円。
10月の山小屋ではすでにストーブが活躍している

台風一過 上田映劇へ行ってきた

台風24号が通過していった。
昨夜から一晩中、雨と風が山小屋を襲っていた。
一応、雨戸を閉めて寝た。
今朝、家の周りはほとんど被害がなかった。
台風一過の晴天。気温も高く、夏を思い出す陽気となった。

蓼科高原映画祭を見てから、映画好きの血が騒いでいる。
茅野に新星劇場という古くからの映画館があるが、上田にも上田映劇という、古さなら負けない映画館がある。

なんと戦前からの演劇小屋が始まりで、その後映画専門官になったものの、一時閉館になり、最近復活したというもの。
正面の風景に見る、浅草雷門というレイアウトが強烈。

思い立って訪れた。
初めての入場。シルバー料金1100円。
もぎりには支配人なのか、青年が一人。
ロビーの写真撮影の許可を得て、ロビーを一巡り。

「けんかえれじい」という昔の名作のコピーが壁に貼られている。
由来を尋ねると、上田ロケ作品とのこと。
そういえば現在まで、上田をロケ地とする映画は多いようだ。「犬神家の一族」もそうだった。
町全体を覆う、ノスタルジックな雰囲気がロケを呼ぶのだろうか。

さて、上田映劇。1日4作品程度を入れ替えで上映しているようで、洋画のアートシアター系新作が多い印象。
本日は、13:35分からの回の「若い女」という作品を見る。
2017年のフランス映画で、カンヌ映画祭でカメラドール賞受賞作。新人監督賞の意味らしい。
内容は気軽な感じで、今時の若い(31歳とい設定だから若くもないか)フランス女性の現実を描いている。
身もふたもないエピソードが続くが、どこかユーモラスな感じは、現代の日本の若者の現実にも通じて親近感を覚えた。
観客は全部で4人ほど。

支配人の話によると、映画館の設備的には、デジタル素材のほか、35ミリフィルムの上映も可能とのこと。
昔ながらの天井の高い造り、大きなスクリーンの映画館だった。
ロビーは、旧作ポスターの展示や、映画関係本、リクエスト用紙などが置かれていた。
望みうるならば、もう少しマニアックなポスターの展示や、地元ロケ風景の写真展示など、とことん個人趣味に走ってほしかった。
映画ファンにとって、映画館のロビーで待つ時間ほどわくわくするものはないからだ。

稲刈り はぜ掛けの風景

長野県は稲刈りの真っ盛り。
昔ながらの、はぜ掛けの風景が見られる。

刈った稲を束ねて、天日乾燥のため、物干しざおに掛ける作業。
コンバイン普及後は、もみだけを刈り取って、機械乾燥するのが主流となっていた。
いまも大規模米作はその方法だ。

ところが長野県に来て、昔ながらのはぜ掛けによる乾燥が行われているのを見た。
自家用分だけをそうするのかと思ったら、結構大規模に行われている。
はぜ掛け乾燥を売り物にした米も売られていることも知った。

はぜ掛けって、結構大変で、稲の根っこを刈り、稲わらで束ね、よっこらしょとはぜに掛けなければならない。人出がいるし、刈ったばかりの稲束は結構重い。
稲刈りから後の作業に人出が掛けられる状況でないと、そもそもできない。根っこの刈り取りまでは機械でできるが。

定年おじさんは、かつて自宅の近くで田んぼづくりのグループに参加し、手植え、手刈り、はぜ掛けで稲作をしたことがある。
だから、はぜ掛けの大変さは、よくわかる。

できた新米にプレミアがつく現状なら、作業のし甲斐もあるだろう。
地元の人には、「今の乾燥機は性能がいいから、はぜ掛け乾燥と食味に大差がない」と話す人もいるが。
いずれにせよ、頑固というか、奇をてらわず、結果、古いものが残っている長野県らしい風景のひとつである。

はぜ掛けの風景は、上田盆地一帯のほか、諏訪湖周辺の田んぼでも見られる。ほかの地方のことは知らない。

蓼科高原映画祭に行きました

毎年9月に茅野で開催される、蓼科高原映画祭。
小津安二郎記念と銘打ち、今年で21回目。立派に続いている。

なぜ、小津安二郎記念の映画祭が茅野で開かれるか。
蓼科の別荘で、かの巨匠が毎年のように脚本を練ったという経緯があるから。
別荘は共同脚本家の野田高梧の持ち物だった。
小津は別荘の縁側に、お気に入りの茅野の地酒・ダイヤ菊の空瓶をずらりと並べるほど時間をかけて構想を練ったという。

巨匠と呼ばれ、東宝という別会社の看板女優である原節子と初めて組んだ、昭和24年の「晩春」以降の作品が、野田との共同脚本となる。
それら、小津後期の代表作群は、発表当時、松竹ヌーベルバーグと呼ばれた社内の若手監督(吉田喜重ら)に旧態依然と批判された。
現在では、海外の映画雑誌が歴代の映画ベストテンを選出する際に、小津の代表作「東京物語」が上位で選出されるほどに評価が定まっている。

さて、今年の蓼科映画祭。上映される小津作品は、無声映画の「学生ロマンス若き日」と「東京物語」の2本。ゲストに香川京子が招かれている。
去年は、「小早川家の秋」の上映後に司葉子がゲストトークし、プライベートで仲の良かった原節子の思い出話を披露していた。
毎年、綺羅星のごとき往年のスターがゲストで参加するのも、小津安二郎の名声に負うところが大であろう。

映画祭の会場となるのは、駅前の茅野市民館と、市内唯一の映画館である新星劇場の2か所。
この新星劇場、現在では常打ち館ではないのだが、35ミリ映写機とデジタル映写機を併せ持ち、天井が高く、スクリーンが大きい、昔ながらの映画館なのである。
座席に座ると、東銀座にあった、銀座シネパトスという映画館を思い出す。隣を走る中央本線の列車の音がかすかに聞こえるのも、昔の映画館ぽくて良い。

映画祭の運営は、そろいのTシャツを着たボランテイアスタッフによって行われる。
会場前には無料のコーヒーとポップコーン、そしてダイヤ菊の樽酒が置かれ、スタッフによってふるまわれる。来年も映画祭に行くのが楽しみだ。

茅野駅前の商業ビルの2階には、常設の小津を紹介するコーナーがある。

月遅れのお墓参り 北海道へ帰る

9月21日から23日、北海道へ墓参りしました。

妻、息子と娘一家の計7人の大移動。
初日は朝6時半の飛行機で羽田をたって旭川空港へ。
9時の旭山動物園の開演を待って入園。
地震の影響か、人出は多くない。ゆっくりと巡る。
シロクマ、アザラシなどが泳ぐ姿を水槽越しにすぐ近くで見られて、孫も大喜び。

その日のうちに札幌へ移動。
眠気に負けず、札幌までの高速道路の運転は娘の婿さん。
夕食の後、遅れて札幌で合流した息子を、婿さんともども、すすきので迎える。
妻、娘らをホテルに残し、男3人で改めてのジンギスカン。
いつもは観光客が並ぶジンギスカン店・だるまは、並ばずに入れました。
すすきのは、金曜日で人出は多いが、いつもの外国人団体の数は少ない印象。
ジンギスカンは相変わらずのうまさでした。

翌日は、札幌市内でお寺参り。両親と兄の墓参です。
住職は父親の17回忌を覚えてくれ、丁寧にお経をあげてくれました。

親せきの家により、仏壇へお参り。そこには祖母が眠ります。
夕食はその親戚のアレンジで、いつもの海鮮居酒屋へ集合。サンマ、カニ、ウニなどの海産物を堪能。
地元ではタチと呼ばれる、真タラの白子は、冬がシーズンですが、出ていました。すかさず、天ぷらを注文。

北海道を離れて40年近く。今では第2の自宅が長野にある状態で、ふるさとへの距離はますます遠ざってますが、元気な限り、毎年のお墓参りで帰郷するのを楽しみにしたいと思います。

帰りは千歳空港から。近くの道の駅・サーモンパークへ寄る。
インデイアン水車を見るが、まだサケの遡上は少なかった。

定年おじさんの 極私的上田めぐりVOL.1

上田市はおじさんの住む別荘地の行政的な中心地。
距離的には茅野市のほうが近いけどね。

上田で食事

上田といえば真田。だが、食べ物もうまい。
蕎麦、鰻、とんかつが有名だが、五目焼きそば、ラーメン、洋食もうまいところがある。

今回食べたところはカレーで有名なベンガルのポークカレー。正統派の味です。
付け合わせのサラダは、大きめに切ったコールスロー。何気ないところも手抜きしない店はいい。

蕎麦の刀屋も有名店。

五目そばの福昇亭は、いつも満員。

信州はポークもうまいが、上田中心部で地元の客が引きも切らないのが、こぶたや。
荒いパン粉に、決して柔らかさ一辺倒ではない、大きな肉。いやというほどとんかつを味わえる。

こぶたやの力強い看板。

鰻は駅前の若菜館かな。
名物馬肉うどんは、駅前の田中屋で食べられる。
新しい名物では、駅ビルのから揚げセンター。決して際物ではない。

夜のメニューはタレ焼き鳥が有名だが、おじさんはまだ上田で飲んだことはない。残念。

上田のデザートは?

地元っ子の甘味のソウルフード。富士アイスはいつも並んでいる。
今川焼を箱で買う人が多い。小型のソフトクリームが150円。

おやきや団子のやまざきや。
おやきの皮がもっちりしてうまい。おじさん、おやきに慣れていなかったが、ここのおやきを食べて好きになった。

ほかにも、みすず飴や、長野市本店の竹風堂のどら焼きなどもうまい。

上田では上田映劇を見逃すな

古いものが残る街、上田では昭和な風景が渋く残っている。

中心部で異彩を放っているのが、大正6年に芝居小屋からスタートした上田映劇。現役の映画館。
「あさくさ雷門ホール」の看板は、全国各地に銀座と名乗る繁華街があるのと同じコンセプトか。

街中の古い造りの元商家が、祝日を祝う。

今は廃業した造り酒屋。

こんな小路もある。

北国街道沿いの歴史の町

上田はすぐ近くに信濃国分寺があった場所。
かつての信濃国の中心地だったわけ。
新潟へと抜ける北国街道に面してもいる。

北国街道沿いにかつての面影が残るのが、柳町通。
岡崎酒造では地酒の亀齢を造る。真面目、正直な味わい。

隣には天然酵母パンで有名なルヴァン。

街の風景に溶け込んだような銭湯。

町の中を川が流れるのも風情。

一方、人口比で飲み屋の数が多い上田は、飲み屋街が充実。夜は楽しそうだ。まだ飲んだことはない。

定年おじさん畑を借りる その4

定年おじさん畑を借りる その3から続きます。
2018年の畑の様子です。
畑は2か所借りてますが、今回は中山道沿いのフェンスに囲まれた畑について報告します。

作った作物

ここの畑には、2017年の秋に植えた玉ねぎが植わってました。
越冬を前に、もみ殻と燻炭をできるだけ施しておきました。
玉ねぎの苗の防寒と、土壌改良にいいと思ったからです。

2018年は4月中旬から始めました。
玉ねぎがほとんど太っておらずに、かえって苗が枯れているものが結構ありました。
枯れて場所が開いたところに長ネギの苗を植えました。

5月中旬に、夏野菜の苗を植えました。
トマト、キューリ、ナス、ゴーヤ、ズッキーニ、オクラ、ヘチマ、ツルムラサキ、食用ホウズキ、ハックルベリー、オクラです。
ホウズキ、ハックルベリーは長野ならではの野菜です。

肥料はいつもの微生物液、えひめAIのほかに、去年の秋に積んだ堆肥を使いました。
堆肥は別荘地内の落ち葉を集めて、鶏糞、ぬか、もみ殻などと混ぜて積んでおいたものです。

その後、インゲン、枝豆を植えました。インゲンは直播、枝豆はポット播きして苗を作って植えました。

今年の出来具合

畑に通うのは2日~3日に一度。
今年の猛暑に植えたばかりの苗も息絶え絶えでした。
オクラなどは苗が枯れてしまいました。
苗が大きくなるまで、えひめAI液を混ぜた水やりをしました。
畑のそばの側溝には常時、山からの冷たい水が流れており、それをじょうろとポリタンクに汲んで水やりをしました。

いつもながら、わが作物の育ちはゆっくりでした。
でも夏を迎えると茎が太く、びっくりするほどたくましくなりました。

その中で、早めに実が成りだしたのが、ズッキーニ。
初収穫は図太いズッキーニでした。
キューリも早めに成りだして今はほとんど枯れています。

トマトは8月下旬くらいから実が成りだしました。ゴーヤも現在が最盛期です。
インゲンは夏の暑さからか、収穫量が去年に比べて少なかったのですが、8月下旬の雨で、第二弾の花が咲き、収穫が続きました。
ナスも真夏の時に剪定をし、木を休ませたのが良かったのか、今も収穫が続いています。

朝市へ出品する

2018年は畑も2倍に増え、収穫量も種類も倍増する予定でした。
こうなると収穫した野菜のことについても考えなければなりません。
近所に配ったり、自宅に送ったりしただけでは余ってしまうでしょう。

別荘地では夏の間、朝市が開かれていました。
ダメもとで責任者の方に電話してみました。
朝市の出店者も減っているとのことで参加を許されました。朝市は7月下旬から9月第1週くらいまで開かれます。

出店はほかに3店ほど。
別荘に定住する老夫婦が自作の野菜を持ってくるのが1店。
近くの農家から仕入れた野菜を売るのが1店。
地元の人でスモモやトウモロコシを持ってくるのが1店です。

おじさんの畑の収量を考えると、毎日出品するのは無理ですので、1日置きに出店しました。
最初はジャガイモとインゲンくらいしか品物がなく、また、7月中はお客さんの出足も悪く、最初の日は、売り上げがゼロでした。

それでも出店を続けていると、やがては売り上げが500円とか1000円行くようになりました。
全部で12回出店して、売り上げの合計は13000円ほど。

一番来客数の多い、お盆の時期に枝豆やトウモロコシが間に合わないなどマーケテイング不足を痛感しました。一方、お客さんとのコミュニケーションで勉強できたことも多々ありました。
朝市でのエピソードについては稿を改めたいと思います。

 

秋の一日 裏山ハイキング

昨日までの雨天から、初秋の晴れ間。
裏山へ登ってみた。

カラマツの国有林の間を登る

山小屋のすぐ裏が国有林の山になっている。
30分もかからずに尾根に出て、眼下に白樺湖が見える。途中、秋の植物が見られ、うまくすればキノコが採れるので、今年も登ってみた。

途中、人気はまったくない。
山林での作業用か、人が通るには十分な道はついている。
下草や、シダ、笹などが生い茂る道を登ってゆく。
ところどころ、獣道と交差する。
獣道へ入ると、シカのものと思われるフンがよく転がっている。

分水嶺トレイルから白樺湖を望む

尾根に到着。
尾根に沿って下草を払い、砂利を敷いたトレイルが続いている。
初夏にここをコースとした、トレイルランが開かれる。トレイルをはさんで、樹木からすすきの茂る草原に代わり、白樺湖畔へと下ってゆく。

白樺湖の背後にそびえる蓼科山は、今日は上半分が雲に隠れている。
蓼科山は八ヶ岳連峰の最北端の頂である。
標高は2500メートルほど。
近隣の小学生の遠足ルートであり、中高年登山グループのメッカである。7合目まで車で行ける。

山小屋への最短ルート

諏訪方面から山小屋へ在来交通で行き来する場合、最短コースは山小屋から分水嶺に上り、白樺湖へ下る、今歩いてきたコースである。
山小屋の前所有者の、通称仙人さんは、コースの所有時間25分と公称していた。
山の達人にして、足の速い仙人さんならともかく、定年おじさんならその1.5倍程度かかる。

白樺湖からは日に2本の路線バスが、茅野駅まで走っている。去年一度利用したことがある。
バスは茅野駅から車山高原行。
大門峠の停留所で降りて、分水嶺トレイルに入ってゆくのが山小屋への最短ルートだろう。

ちなみに上田方面からだと、日に2本程度、上田駅から別荘地への直通バスがある。
また、途中の長久保バスターミナルで乗り継げば、別荘地行きのバスはもっとある。

今日のキノコは3種類

今日歩いたルートで見られた植物は、トリカブトなど。紅葉はまだで漆や山ブドウの葉の色づきは浅い。

このルート沿いでタマゴタケというキノコを採ったことがあるが、去年から見ていない。
今日のキノコは、3種類。
一番大きな白いキノコを持ち帰ったが食べないようにする。

焼き肉のタレを作る

リンゴが安かったので買ってきた。
サンつがるという早生の品種が、大玉5個で300円。チリンゴを使って焼き肉のタレを作った。

タレの材料

リンゴを中心に、玉ねぎ、トマト、ニンニク、ショウガが素材。
セロリなど香辛野菜があれば入れたかったところ。
また、ニンジンなども、甘みが出ていいかもしれない。
素材はすり下ろします。
トマト、玉ねぎはみじん切りでもいいです。

ここで、ジンギスカンのタレの話

おじさんは北海道生まれ。
小学生のころ、校庭でキャンプをした時の夕食がジンギスカンだった。
その時、同じ班の女の子が自家製のタレにつけた肉を持ってきていた。
当時は羊肉をタレにつけたものを焼くのが主流だったように思う。タレは各家庭の手製が多かったようだ。
それから、大学生になってからも、遠足だの、花見だの、観楓会(紅葉狩りのことを北海道ではこう言った)だのと必ずジンギスカンだった。

最近、札幌市内のジンギスカン屋でタレの話を聞いた。その店では、醤油と焼酎を合わせて寝かせたものを使っているという。
店でわいわい食べるには、あっさりしてちょうどよいタレだった。
ジンギスカン屋の中にも、リンゴや玉ねぎを煮込んだドロッとしたたれを使っている店もある。

なお、家庭用のタレでは、ベルという道内のメーカーが決定版ともいえるタレを発売してから久しい。
今や、家庭で食べるジンギスカンといえば、ベルのタレの味を連想するほどだ。

タレを作るときの調味料など

素材に調味料を加えて煮込みます。
醤油と砂糖がベースです。
酒、みりん、トウガラシなどを加えます。
昆布や干しシイタケを入れて出汁を第二のベースにしてもいいでしょう。

隠し味としては、味噌。赤味噌のほうがいいかもしれません。
おじさんは更に酒粕を入れます。上田市の地酒・亀齢の酒粕。
煮物には和風、洋風を問わず、酒粕を使います。

このように、発酵調味料の力を存分に発揮してもらいます。コクが出てまろやかになります。
タレにとろみが出るくらいまで煮込みます。

できたタレの使い方

できたタレは瓶などに入れて保存します。
使い方は焼き肉のタレのほか、洋風煮込み料理のベースなどです。
チャツネより味が濃いので、少量で料理にアクセントがつきます。
タレとしても市販のものより薬臭さがなく、またリンゴなど素材が生きた手作り風の味がして重宝します。