りんごのコンポート

りんごの季節になりました。
今は11月、フジが出始めました。
これでりんごの全品種が出そろいました。

8月に早生の新物が出始めて以降、11月にフジが出るまでの間、紅玉、秋映、シナノスイート、シナノゴールド、名月といった品種が続きました。

各地の直売所に寄った際には、この季節、どうしてもりんごを買ってしまいます。
須坂の臥竜公園に行ったときには、公園内の園芸屋の無人販売で、フジ、シナノゴールドの大玉が3個入り一袋が300円で売っていました。
りんごの産地信州でも激安の値段です、生食用としては。

須坂の臥竜公園で買ったりんご。一袋300円

例年、ジャムとチャツネの材料として活用するりんご。

今年はコンポートにしてみようと思いました。
コンポートなら、寒天の添え物として、アップルパイの材料として喜ばれると思ったからです。
また、ジャムなどより手間がかからずできそうな気がしました。

りんごを4つに割って芯をとります。
皮をむいて、3つから4つに割ります。
それを砂糖で煮てゆきます。

焦げないよう、鍋に少し水を入れてストーブにかけます。
りんごが透明になるまで煮ますが、結構時間がかかりました。
同時に保存瓶を煮沸消毒しておきます。

砂糖はザラメと白砂糖を半々で
少し水を足してストーブで、リンゴが透明になるまで煮る

コンポートというからには、シロップを別に用意する予定でしたが、煮汁を込みで瓶に詰めるとちょうど良い分量になりました。

りんご大玉6個でちょうど良い分量だった

フジの大玉6個で、大中各1本のコンポートができました。
東京の皆さんに喜んでもらえるでしょうか。

畑の冬じまい ステップ2

畑の冬じまい作業2日目です。
この日の作業は支柱の撤去を終えることと、マルチはがしにかかることです。

まずは、外し残った支柱を撤去します。
支柱は長さ別にまとめておいて来シーズン使います。

外し終わった支柱をまとめる

支柱を外し終わった畑は、1年間の活動を終えてひっそりしています。
畝の雑草も枯れておとなしくなっています。

支柱を外し終わった畑

マルチがかかったままの畝の整理に入ります。
まずは枯れながら立っている野菜の根っこを引き抜きます。
トマトもナスも良く根を張っています。
この根っこが暑い夏の日でも土中から水分を吸収し結実に導いていたのです。

トマトの根
ナスの根もよく張っていました

ざっと根を抜き終わったらマルチはがしにかかります。
マルチの端っこを鍬で掘起し、巻いてゆくようにマルチを剥がしてゆきます。

例年は、鍬で起こした後、手で剥がしていたのですが、うまくやらないとマルチのビニールが切れ切れになってしまうのが悩みの種でした。
今年は最初から最後まで鍬を使い、雑草や土ごとビニールを巻き取ってゆくことにしました。
巻き取った後は、雑草と土とビニールがこんがらがった「ロール」からビニールだけを引き抜いてゆけばよいのです。
この方法だと時間短縮とビニールの取り残しがなくなりました。

鍬を使って雑草ごと巻き取ったマルチビニール
マルチを剥がした後のホカホカした土

畑には生き残っている作物がありました。
ステイックセニョールでしょうか、緑が屹立しています。
夏の酷暑をやり過ごし、快適な季節になって育ったのでしょう。
結実して人間の役に立つことはかないませんでしたが、生き残ったのはあっぱれです。
この後も育てばいいのですが、残念ながら、雪の季節を生き抜くことはできないでしょう。

生き残っているステイックセニョール

こぼれ種の自然発芽が毎年見られる畑です。
ハーブ類(パクチー、しそ、バジルなど)、ミニトマトなど、自然発芽を来年も期待しています。

晩秋になってから育ちの良かった食用ほおずきの畑にも行ってきました。
実は黄色く鈴なりになっています。
試しに一つ取ってみると霜にあった実はぐちゃっと潰れました。
残念ながらほおずきも終了です。

食用ほおずきは残念ながら立ち枯れ
実は寒さで痛んでいました

次回の畑作業は、残りのマルチの撤去、畑の周りの背の高い雑草の除草、菊芋の収穫になります。

DVD名画劇場 ハリウッドカップルズ② ヴェロニカ・レイクとアラン・ラッド

さあ、ハリウッドきっての美男美女カップルの登場です。
1940年代のパラマウント謹製フィルムノワール3本の主演で映画史上にその名を残した、ヴェロニカ・レイクとアラン・ラッドのお二人です。

ヴェロニカ・レイクとアラン・ラッド

「拳銃貸します」 1942年 フランク・タトル監督 パラマウント

記念すべき二人の初共演作。
クレジットはヴェロニカがトップでラッドは四番目。
既にトップスターだったヴェロニカを主演に据え、からむラッドは準主演の扱いだった。

ヴェロニカ扮する金髪美人は、キャバレーで手品や歌を披露するショーガール。
キャバレーのオーナーの愛人?のポジション。
歌うシーンもあります、吹替でしょうが。

ラッドは孤独な殺し屋に扮する。
殺しの依頼主に裏切られたラッドが復讐を誓い、ひょんなことからそれに絡んだヴェロニカとの逃避行を繰り広げる。

巻頭の殺しのシーンの、しけたアパートの階段の汚さ、みじめさ。
殺しの依頼主の部屋に続く階段にうずくまる、足に補助器具をつけた少女。
野良猫や不具の少女にだけは優しい孤独な殺し屋、ラッド。
第二次大戦という世相を背景にした、不安感が色濃い舞台設定はノワールそのもの。
殺し屋ラッドの性格付け描写も、定型的とはいえ、いい。

ヴェロニカは自慢の金髪とハスキーボイスを振りまきながら、未亡人のマジシャンという謎の美女を演じる。
最初はオーナーの愛人かと思わせて、実は正義を愛する骨のある愛国女性と分かる設定。
悪のボスの背後には、敵国日本へ情報を流すスパイがいたというオチが時代を物語る。

なお、日本を「ジャップ」と呼ばず「ジャパニーズ」と呼んでいたのはなぜ?
スパイまで行う卑劣な敵国日本の呼称は、アメリカ国内では新聞までが「JAP」だったはずだが。

ヴェロニカとラッドが逃避行の途中で夜のガス会社に忍び込んだ時の、工場の光と影の表現の美しさ。
ヴェロニカの、決して妖艶だけでもなく、性悪一直線でもなく、時々除く素の表情の「普通っぽ」い魅力。
フィルムノワールでのファムファタルとしては、ジョーン・ベネットやラナ・ターナーのように、「いかにも」という風ではないところがヴェロニカ・レイク。

彼女の魅力は、「奥様は魔女」のようなコミカルなツンデレ演技でより発揮されるように思う。
がノワールでのヒロインぶりもいい。
キャラクター的には悪女ではなく、「ヒロイン」になってしまうが。

「拳銃貸します」より

「青い戦慄」 1946年 ジョージ・マーシャル監督  パラマウント

「拳銃貸します」と「青い戦慄」の間に、「ガラスの鍵」(42年)という作品で共演しているヴェロニカとラッド。

「ガラスの鍵」ではラッドが捕まって、巨漢にさんざん殴られるシーンがあり、そのやられぶりに持ち前の身軽さを発揮したラッドと、自慢の金髪を隠すようなハット?をつけて登場するヴェロニカが印象的だった。

「青い戦慄」ではラッドがトップクレジット、ヴェロニカが2番目。
ラッドはすでにトップスターになっていた。

脚本はレイモンド・チャンドラー。
当時チャンドラーはパラマウント専属のシナリオライターとして、売れなかった小説家時代を思えば隔世の感の待遇で、高給をもらってはアルコール摂取の合間にマイペース?で仕事をしていたようだ。
「青い戦慄」の脚本も完成が遅れ、撮影開始後もラストが決まっていなかったという。

第二次大戦の復員兵3人が事件に巻き込まれる。
ラッドは南太平洋の激戦地クエゼリンでB24爆撃機に乗っていたとの設定。
仲間は、弁護士だった者が一人、もう一人は頭を負傷してストレスに耐えられない設定。
この3人の固い結束は最後まで揺らぐことはなく、窮地に陥ったラッドを助ける。

ラッドが再会した妻は、出征中に一人息子を自分の酒酔い運転で死なせており、その後は酒と男に溺れている。
戦場で地獄を見た戦友たちの心と体の「傷つき」とそれがお互いにわかるからこその結束力と、残された妻たちの「孤独」と「裏切り」。
時代を感じさせる痛々しい設定。

妻はラッドとの気持ちの通じ合わない再会ののち、何者かに殺され、ラッドに容疑がかかる。

妻の浮気相手のキャバレーの経営者の妻がヴェロニカ・レイク。
自由に行動しているヴェロニカは、雨の中さまようラッドを拾い、その後も偶然何度の再開し、警察の捜査からラッドを守る。
フィルムノワールに「必須」のシチュエーションである、主人公カップルのせつない「逃避行」が始まる。

ヴェロニカのキャラクターはチャンドラーらしい、謎めいた、思わせぶりなセリフを吐き、主人公に迫る。
タフで女性にもてるが醒めているチャンドラー印のヒーローは、迫るヒロインを信じず、相手にしない。
筋は込み入り訳が分からなくなる。

時代背景、スターの艶姿、思わせぶりなセリフとふるまいを楽しむ作品。
それを演じるコンビとしてヴェロニカとラッドは申し分ない。

(おまけ) 「サリヴァンの旅」 1941年  プレストン・スタージェス監督  パラマウント

ヴェロニカ・レイクつながりで彼女の出世作といわれる「サリヴァンの旅」を見た。
監督は喜劇の名手といわれたスタージェス。

ハリウッドが舞台。
主人公は売れっ子監督(ジョエル・マクリー)。
社会派作品を撮りたいという監督は実体験をしようと無賃旅行に出る。
シャワー、キッチンに秘書、医者まで備えたトレーラーがついてゆくのがオカシイ。

ある朝、カフェでハリウッドに夢破れた少女(ヴェロニカ・レイク)に会う。
コーヒーとドーナツを奢るが所持金が足りない。
マスターは「これじゃ儲からない」と言いながら負けてくれる。

ボロ姿のマクリーをハリウッドの監督と信じないヴェロニカとの珍道中が始まる。
もちろんトレーラーで関係者は逐一フォローする。

帽子で金髪を隠し、ズボンをはいたヴェロニカはマクリーとともに浮浪者に身をやつし、貨物列車にただ乗りし、救護所で寝泊まりする。

マクリーの正体がわかり、ハリウッドのプールと執事付き豪邸に招待されても、ヴェロニカは「ぼろ姿で旅するマクリーの方が好き」とカワイイことを言う。

スタージェスの演出は、陰や暗さがなく真っ正直。
ハリウッドの製作者たちが自分たちの幼少期の苦労話をするシーンにしても悪意がない。
ユダヤ人のタイクーンたちは移民時代の貧民街暮らしや、くず拾いなど底辺の仕事からのし上がってきており、皮肉っぽく描こうとしたらいかようにもできるのだが。

また、コーヒーとドーナツをサービスしてくれたカフェのマスターの存在や、マクリーを殴って金をくすねた浮浪者が列車にひかれて死ぬというシチュエーションは、人の善意や勧善懲悪といったわかりやすい価値観に基づいており、スタージェスのひねくれていない人間性がうかがえる。

ヴェロニカはボロをまとい、列車に飛び乗り、救護施設でシャワーで洗われるなど体を張っての演技。

監督が「喜劇も大衆を喜ばせるという意味では大切なのだ」、と気づいて映画は終わる。
確かにその通りなのだが、わかりやすすぎるテーマだ。

登場人物のキャラといい、テーマといい、単純でひねりがない。
これはスタージェス監督の素なのか、敢えてのことなのか。

冒頭で、放浪者や大道芸人香具師などへの共感のコメントが映し出される。
作品中で登場する彼らのことは決して差別を目的としたものではない、というエクスキューズなのだが、なるほどこの映画、登場人物のキャラもテーマも、どこからも突っ込みようのない円満な、「毒」のないもの、言い換えれば作者の思い入れに乏しい作品に仕上がっているということになる。

若いヴェロニカ・レイクの存在感は見ごたえたっぷりだった。
やはりヴェロニカは軽喜劇で「生きる」女優さんだと思った。。

換気扇を掃除

山小屋の台所の換気扇。
山小舎おばさんの来訪時には、いつも彼女から指摘される汚さです。

何せ来客のある時には室内で炭火焼きをして歓迎するのが山小舎のお約束。
焼き網から立ち上る煙は、風通しスカスカの山小舎では瞬時に消えてなくなりますが、台所の換気扇も同時にフル回転しており、そこには油汚れがこびりついているのです。

1年を通して活躍した換気扇

山小屋おばさんの指摘が頭に残っていた山小舎おじさん。
ある日自主的に換気扇の汚れを落とすことを思いつきました。

ネットで掃除の仕方を調べると、お湯にといた重曹で落とせるとのこと。
さっそく実行しまてみました。

まずは換気扇のプロペラ部分を外します。
プロペラの裏側部分に黒くネトネトした油汚れがついています。
プロペラを外した後の外枠も全体に汚れています。

プロペラの裏側は御覧の通り
外枠部分も汚れている

プロペラがすっぽり入る大きさの洗面器に重曹を入れ、ストーブで沸かしたお湯を注ぎます。
泡を立乍ら重曹が溶けてゆきます。
プロペラを重曹液に浸すには薬缶2杯分のお湯が必要でした。

アルカリ素材の重曹を使います
重曹をお湯に溶くと気泡が出てきます
重曹液にプロペラを漬けてしばらく置きます

この間に換気扇外枠の汚れを取ります。
新たに重曹液を作り、スポンジを浸して油汚れ部分を拭きます。
よく落ちます。

別のボールで重曹を溶きます

外枠部分は、重曹で拭いた後、キッチンタオルで汚れをぬぐい、乾いた雑巾で拭いて仕上げます。

漬けておいたプロペラはすっかりキレイになっています。
汚れだけでなく、ヌルヌルも取れて、ツルツルになっているので、うれしいやら驚くやら。

プロペラはきれいになりました
スポンジで拭いた外枠もご覧の通り

年末の大掃除の一仕事ができました。

軽トラ流れ旅 大岡ひじり学園収穫祭

11月中旬。
信州では多くの場所で紅葉も終わり、初雪の便りが聞かれたころ。
大岡にある山村留学の施設で収穫祭があった。
ひょんなことからその情報を知った山小舎おじさんは軽トラで駆け付けた。

大岡ひじり学園という山村留学施設。
大岡は今は長野市の一部だが、市の中心部からは1時間ほどもかかろうか、というほどの山間部。
長野市中心部から国道19号線で西へ向かい、信州新町という地区から山間部を南下したエリアである。

たまたま見た「長野市民新聞」の記事で、大岡ひじり学園の山村留学生が、大岡地区の在来品種のそばを栽培し、来る収穫祭でふるまう、とのニュースに接し、興味を持った。

長野市民新聞11月14日号に載った大岡ひじり学園関係の記事

山小屋から学園までは2時間の行程。
通ったことのない山道を通らなければならない。
折から山小舎周辺は真っ白な雪景色。
行く先の峠道もどんな状況かわからない。
一回は訪問をあきらめたが、当日朝の山小舎周辺は晴れで気温も高めで雪が溶け始めている。
思い切って長靴で出発した。

8時半に出発し、長野へ向かう時のいつもの道を千曲川に沿って北上する。
千曲市の稲荷山地区を過ぎたあたりで西方へ山越えの道に入る。
大岡地区へのショートカットの道。
通るのは初めて。
雪が残っている。
交通量もなく、人気に乏しいが雰囲気のある山村の道をマイペースで走る。

千曲市から大岡に抜ける山間部の集落風景
リンゴ園にも雪が積もっていた

やがて眼前にアルプスの眺望が現れる。
雪を頂き、中腹に雲のたなびきを従えたアルプスのパノラマが広がる。
北アルプスを望むには長野市の山間部か、安曇野エリアまで来なければならない。
ここまで来たのだ。

やがて学園への案内板が道路沿いに現れる。
ひじり学園のひじりとは大岡地区に隣接する麻績村にあるリゾート地・聖高原から来ているのだろう。
山村留学施設のほか、立派な住宅付きのクラインガルテンなども整備した大岡地区は、過疎対策に力を入れていることがわかる。

大岡近くの分岐点
北アルプスの眺望

雪が残る学園前の道にはすでに路駐で車が集まっている。
11時開場を前に太鼓の音が聞こえる。

ひじり学園に到着

開場を前に留学生の父兄会長さんが来場者に挨拶をしているところだった。
留学生が抽選権を配っている。

収穫祭開演前の風景

施設の建物前のスペースにはバザー会場のテントがあり、地元農家出品の野菜のほか、焼きそば、焼き鳥、コーヒーなどが出店している。

留学生施設前の出店

人の流れについて行って施設の中に入ってみると、雑貨や食品などが市価の半額程度で売られており、地元の人たちが段ボールに入れて買いあさっている。
山小舎おじさんも慌てて50円で買い物バックを買い、カレールーや食用油、氷砂糖、鯖缶などを1200円ほど買いあさった。
これも集客の手段なのか、安い!

施設入り口には留学生がなめした小鹿の革があった

施設内は、留学生、府警、関係者、地元民で盛況。
バザーのほかに、1年間の活動報告、これまでの二十数年間の山村留学の記録などが展示されている。
四半世紀も続いているのは、地元の協力体制のたまものなのだろう。
施設内部にはその間の歴史と普段の生活の匂いが染みついており、ここが教育施設だと物語っている。

留学生の活動報告の展示

在来種のそばが食べられるのかな、と思っていたが初日に父兄にふるまわれて終了とのこと。
それではと、大広間のラーメン食堂へ行き、しょうゆラーメンを注文する。
200円。

周りの紅白の幕が張られた大広間は部屋といい飾りつけといい、日本の(田舎の)伝統形式そのもの。
温泉施設の大広間を思い出す。
地元民との交流や発表会はここで行われるのだろう。

食堂で食べられるラーメン

やがて舞台では留学生の踊りの発表が行われた。
6人の中学生女子による踊りは若々しくてかわいい。
大広間に詰めかけた父兄らはラーメンを注文しつつ、子弟の発表にカメラを向けていた。

食堂(大広間)の全景
中学生による踊りの発表

帰りの時間を気にし始めた山小舎おじさんは外へ出て、出店で大根、ヤーコンなどの野菜を購入。
溶け始めた雪の中帰途に就く。

帰りも初めてのルートで麻績村へ南下。
ひなびた山村と山の景色が続く山間のルートだった。
日陰の路上には雪が残っていたが危なくはなかった。

麻績村からさらに山越えで青木村へ、そこから鹿教湯温泉へ抜けて帰った。
いつもの旅と違い、若々しいエネルギーに触れる旅でした。
結局、長靴のまま帰ってきた晩秋の旅でした。

畑の冬じまい ステップ1

今年も畑の冬じまいです。
今日は玉ねぎの様子見と夏野菜の資材の撤去です。

11月頭に植えた玉ねぎの苗は無事活着していました。
先端は枯れていますが、苗全体が枯れたものはなく、活着成功です。
この後は本格的な寒さと雪を耐え、来春に向けて頑張ってほしいものです。

先端を枯らしながらも根を活着させた玉ねぎ

今年の猛暑に耐え抜いた夏野菜は、たとえばズッキーニは茎が凍って溶けています。
キューリのツルは枯れてなくなっています。
さしもの猛威を振るったトマトの茎も、夏の旺盛さが嘘のように枯れてしぼんでいます。
ナスも小さな実をつけたまま枯れています。
万願寺トウガラシの大きな実があったので収穫しようと思いましたが、実は霜で腐っていました。

実をつけたまま立ち枯れているトマト

キューリやゴーヤ、夕顔のネットを外し、支柱を撤去します。

ゴーヤは支柱を残したまま跡形もない
支柱を外してまとめておく

ナスやトマトの支柱も外します。
トマトは茎を縛った麻ひもを切り外しながらの作業です。
ついでトマトの組支柱を分解します。

空が曇りはじめ、みぞれが降ってきたのでこの日は作業中止。

トマトの組支柱を撤去していた時、みぞれが降ってきた

後日、残りの支柱を撤去し、マルチを外します。
雑草はこのままでいいでしょう。
枯れ草と残滓を燃やすかどうかは撤去してから考えます。

おっと、菊芋の収穫が丸々残っていました!

ロバート・アルトマン傑作選より「雨にぬれた舗道」

長野相生座での「アルトマン傑作選」に駆け付けた。
アルトマンといえば70年代アメリカ映画のアイコンの一人。
「マッシュ」(70年)と「ロンググッドバイ」(73年)しか見ていない筆者だが、作品とともにアルトマンの名前に印象は深い。
当時は次々と新作が発表され話題になっていた監督だった。

この度の傑作選は、コピアボアフィルムの配給。
セレクトは「雨にぬれた舗道」(69年)、「イメージズ」(72年)、「ロンググッドバイ」の3本。
アルトマン初期の、今では上映機会がほとんどない作品たち。
配給のコピアボフィルムは、相生座の支配人によると「旧作の再輸入を積極的に行っている会社」とのこと。

相生座の上映案内板より

「雨の中の舗道」 1969年  ロバート・アルトマン監督 パラマウント

レアな作品を見た。
懐かしくもマイナー感漂う、70年代のアメリカ映画の匂いがした。

70年代前後、ベトナム戦争の疲弊感もあり、時代に敏感な当時の新進作家たちが、アメリカに代表される現代社会を批判的に描くようになった。
それまでのハリウッド映画では企画にも上らなかった社会の現実や人間の孤独、女性や障碍者、少数民族などの立場に立った作品が発表された。
「イージーライダー」を先頭に「泳ぐ人」、「愛はひとり」、「ジョンとメリー」、「ナタリーの朝」などが次々と発表された。
描かれたのは排除されるヒッピー、ひとかどの社会人の孤独、都会の女性の孤独、若者同士の虚無なつながり、底辺の若者の自立、だった。

ロバート・アルトマンはテレビでデビューし、「雨にぬれた舗道」は長編劇映画の3作目。
テーマは女性の心理、それも経済的にも身分的にも何不自由ない、まだ若い女性の精神的、性的な葛藤。
アルトマンは、この作品の後「マッシュ」で大ヒットを飛ばし、人気作家となる。
その後、女性心理を描いた「イメージズ」(封切り時は日本未配給)、「三人の女」(77年)という作品を撮っており、こういったテーマに重大な関心があることがわかる。

主演はサンデイ・デニス。
舞台出身の実力派だが、筆者には「愛のふれあい」(1969年。小さな恋のメロデイ」のワリス・フセイン監督作品ということで注目した)、「おかしな夫婦」(1970年。愛川欽也の吹替で忘れられない?ジャック・レモンとの共演)でリアルタイムに接しており、コメデイもできる愛らしい女優との好印象を今に至るまでもっていた。

サンデイ・デニスというこの女優さん、愛らしいコメデイエンヌというよりは、例えば「結婚式のメンバー」(52年 フレッド・ジンネマン監督)で実年齢26歳で12歳の少女を演じ、舞台演劇そのままにしゃべりまくって観客を置き去り?にしたジュリー・ハリスが、商業映画「エデンの東」(55年 エリア・カザン監督)では全観客を味方につけるヒロインに化けたように、いかようにもヒロイン像を演じ分けられる、舞台出身の実力派女優なのだった。

サンデイ・デニス

映画は、サンデイ扮する主人公が雨の日、マンションの窓から、公園のベンチで濡れそぼる若者を見掛けたときに始まる。
マンションに連れ込み世話をし始め、食べさせ、泊まらせる主人公。
身は固く、自分に言い寄る初老の医師のことは生理的に拒否している主人公は、初老の金持ち階級とのパーテイくらいしかやることがなく、心底退屈しており、モノを言わない若者相手に嬉しそうに独白状態でしゃべり続ける。

若者は低層階級の長男で、姉との待ち合わせのために公園のベンチに座っていただけだということがわかる。
自問自答のような独白が続いた後、いよいよ若者に迫ろうとする主人公だが若者には全くその気はない。
やがて残酷な幕切れを迎える。

「雨にぬれた舗道」よりサンデイと若者

ほぼサンデイ・デニスの独演(連れ込んだ若者そのものが彼女の幻影だったという解釈も成り立つ。映画はそうは描いていないが)による女性の内面の世界が描かれる。
性的な葛藤がテーマの一つだが、アルトマンは即物的な描写はしない。
映画のシチュエーションが、独身女性が名前も知らない若い男を連れ込んで、飼い続けるというとてつもなくインモラルなものにもかかわらず。

サンデイがさんざん独りよがりの挙句、若者に葛藤をぶつけた瞬間に、彼が言葉を発するシーンがある。
後半の場面の急転であるが、アルトマンは映画的な盛り上げを否定し、あっさりとした撮り方をする。
ショッキングではあるが観客の期待には応えていない。

サンデイの演技力と存在感が辛うじて画面を支えてはいるが、アルトマンの狭量な世界観が映画のふくらみを狭めていた。

70年代前後は価値観の転換期。
「女性の孤独」「性的な葛藤」を描くブームの中で企画が通り、パラマウントが配給することになった作品だが、意あって言葉足らず、公開後はほぼお蔵入りの扱いとなったのもしょうがない。

アルトマンを研究するについては貴重な作品だが、筆者にとっては見るつもりだった「イメージズ」の見る気をうせさせた作品。
同じようなテーマで、手法がより複雑奇怪に進化している作品を見るのはしんどいから。

アルトマン傑作のチラシより

雪の日に柿を干す

全国的に低温が予報された朝、山小舎では雪景色の朝を迎えました。

冷え切った山小舎の朝を、薪ストーブと2台の灯油ストーブのフル回転で暖めます。

昨夜は買ってあった渋柿を干し始めていました。
道の駅信州新町で20個ほどを900円で買っておいた渋柿です。

例年通り、皮をむき、ひもで3個ほどずつを結びます。
熱湯に数分漬けて消毒し、ハンガーに紐を結んで干します。
昨夜はストーブのそばにつるしました。

道の駅で仕入れた渋柿
皮をむき、ひもで縛って熱湯消毒する
初日はストーブのそばにつるす

雪が上がってから柿を外に出しました。
風に当てるためです。
念のため、35度の焼酎を実に噴霧しておきます。

翌日外に出す
下記の色と雪がマッチする

この後は外で乾かしつづけます。
天気の良い日は陽に当て、夜は軒下に移します。
3週間ほどで完成です。

翌日、柿の上に積もった雪

DVD名画劇場 フランス映画黄金時代② ジャック・フェデーとフランソワーズ・ロゼエ(補遺)

ジャック・フェデーはトーキー以降、戦前にフランス映画を3本撮っています。
本ブログでは、そのうち「外人部隊」と「女だけの都」を紹介しましたが、残り1本「ミモザ館」を見る機会がありました。

「ミモザ館」 1934年  ジャック・フェデー監督  フランス

フェデーがハリウッドから帰って「外人部隊」を撮った後の作品。
この後に「女だけの都」を撮ってパリを離れる。
「ミモザ館」を含めた戦前のトーキー3本は、いずれも夫人のフランソワーズ・ロゼエを主演クラスで起用している。

死に瀕した息子と母(フランソワーズ・ロゼエ)

ミモザ館という安宿をニースで営む夫婦がいる。
夫は公営ギャンブル場の管理職で、ギャンブルデイーラーの養成学校の講師も務める。
夫婦には養子がいて特に母親(ロゼエ)は息子を可愛がっている。

時がたちパリに巣立った息子(ポール・ベルナール)は、詐欺師や売春婦がたむろする安宿を根城に、盗難車を転売している。
賭け事には眼がない。
母親が心配してパリにやってきて、折からギャングのボスに焼きを入れられた息子を看病する。
息子はボスの情婦(リズ・ドラマール)に手を出したのだった。

息子は母の説得でニースのミモザ館に帰り、車販売の仕事に就く、が、ボスの情婦が忘れられない。
やがて情婦もミモザ館で息子と暮らすが、庶民の暮らしで我慢できる女ではなく、母とも全く合わない。

母は息子を取り戻すため情婦の居所をボスに伝え、やってきたボスが女を連れ去る。
息子は落胆し、また会社の金を使って賭博で穴をあける。
息子は自死して母の見守る中、その生涯を終える。

母と息子の葛藤

「外人部隊」は社会人としてダメダメの男が、パリで別れた女を生涯忘れられない、という作品だった。
「ミモザ館」の息子も、ぜいたくで浮気性で華美なパリの女を忘れられず人生が破滅する。

どうやら、浮気性の女へのダメな男の片思い、というのがフェデー好みのシチュエーションのようだ。
ぜいたくで、華美で、浮世離れして、だからこそ魅力的な女性と、何度も同じ失敗を繰り返すが人間味はある男の出会いこそが、フェデー劇のパターンの一つのようだ。

フェデーの狙いは、弱い人間同士がどうしょうもない己の業に振り回される様を、ある時は同感を込めてある時は淡々と見つめること。
そこでは倫理観や宗教観に基づく価値判断はない。
フランス映画らしい「人間主義」が貫かれる。

さらにこの作品では、ロゼエ扮する母親の息子への愛という禁断のシチュエーションが加わる。
これこそ無償のといおうか禁断のといおうか、周りが何といっても突き進むタイプの愛情だ。
この作品でも破滅に瀕する息子に妄信的な愛をささげる母親をロゼエが演じる。
一方息子は息子で、出て行った女を死ぬ間際でも忘れられないのが、フェデー流人間描写の粋なのだが。

フェデーとシャルル・スパークによるダイアローグの名調子を、舞台出身の名優たちが名演技で応える。
フランス映画のまさに黄金時代の作品。

フェデーについての文献は手元にないが「天井桟敷の人々」の名女優、アルレッテイの聞き書きがある。
この中にフェデーと「ミモザ館」についてのアルレッテイの言葉がある。
「ミモザ館」での、詐欺師と売春婦が集うパリのカフェ兼安宿のシーンで、息子を待つフランソワーズ・ロゼエの隣で食事をしつつ会話を交わす夜の女の役でアルレッテイが出演しているのだ。

アルレッテイ曰く「フェデーは天性のプレイボーイなの。頼りがいがあってエレガントで、それはもう魅力いっぱいなわけ。(中略)完全主義者で厳格この上ないけれど、常にエレガンスをまとっている人。(中略)フランソワーズ・ロゼエは優しい人で、いつも役者たちの面倒を見ていたわ。」。

フランス映画黄金時代の巨匠、の歴史的位置づけには異論がなかろうが、今では忘れられてしまった感のあるジャック・フェデー作品。
ヒリヒリとした人間の描写に重みとフランス映画の歴史が感じられる。

県内ローカル新聞の世界 長野市民新聞

長野(市)に映画を見に行ったついでにコンビニで地元の新聞を買いました。
長野市民新聞で、週三日発行です。
県内は各地で「市民新聞」が発行されていますが、つながりでもあるのかな。

「長野市民新聞」11月14日号の表紙

長野市民新聞の令和5年11月14日号の1面は「大岡在来のソバ守れ」です。
大岡は長野市の西方の地区で、市内の信州新町と呼ばれる地区の南側の山間部に広がっています。

記事の内容は大岡地区のソバの伝統品種を育てて打っている山村留学の中学3年生の活動紹介です。
中学生の女の子と、地元のおじいさんが収穫した在来種のソバの実をふるいにかけている、非常に味のある写真が大きくフィーチャーされているのが目を引きます。

長野市中心部と松本市と上田市のちょうど中間地点にある大岡地区。
地図で見ると、国道から山に分け入った場所にあり、棚田やゴルフ場が点在するようです。

ここに長野市営の山村留学学園があるようです。
近々、その学園で収穫祭があり、在来種のソバもふるまわれるとのこと。
非情に魅力ある情報です。

1面の山村留学性の記事のほかにも、地方の過疎とその対策をテーマにした記事が目立ちました。
4面の移住者と自治会員の興隆バーベキュー開催の記事、6面の「われら農業人」のシリーズ記事です。

農業が伝統的な主用産業だった大岡地区など長野県内では、生き残りのための山村留学やクラインガルテン、移住などが生き残りのための方策の一つであることを物語っています。
移住後の移住者フォローの大事さについても「地元」が気づいてくれたのであればうれしいことです。
こういった細かな地元情報を拾い上げる市民新聞の姿勢は貴重なものだと思います。

1面には、長野市内の小学校がバンドフェスの全国大会に出場する記事もありました。

5面には「ながの祇園祭学ぶ」という記事があります。
長野市で毎年7月に行われる祇園祭についての記事です。
県内では佐久市の岩村田地区でも行われる祇園祭は、寺社との関係が強い伝統的な祭礼とのこと。
文化県長野らしい記事です。

今回も興味深い記事満載のローカル新聞の世界です。