ナスの辛子漬け

ナスの辛子漬けを漬けました。

材料は夏の間に塩漬けしておいたナス。

この塩漬け、昨年は失敗したので今年は念入りに漬けました。

一度ざっと塩で漬けた後に、さらに濃度の濃い塩に漬けなおして長期保存に挑戦しました。

狙い通りに実が締まった(水分が出て実が崩れていない)塩漬けができました。
このままでもひと冬持つでしょうし、塩抜きすればこのままでも食べられます。

今年は、塩漬けナスの半分の量を辛子漬けにします。

一晩塩抜きしました。

当日、ザルに挙げざっと拭きます。

我ながら丁寧な仕事です。
このひと手間がおいしくなるコツ、なのかも?

ナスを一口サイズに切ります。

ナスの辛子漬けというと、小ナスのイメージですね。
漬かった後、切ったりせずにそのまま食べたいとすると、一口サイズがいいですよね。
切り口から味がよくしみますし。

辛子ダレを作ります。
タレのレシピはいろいろあるようですが、今回は田舎のおばあさんが作る辛子漬けのイメージを目指しました。

材料は砂糖と辛子と酒。

砂糖:10、辛子:1、酒適量。

結構辛いですよ。

タッパーに入れて冷蔵庫保存です。
楽しみです。

初冬の庭仕事 4日目

今日は一日庭仕事です。

天気がよく仕事がはかどりました。

まず、薪の処理。

まだまだ丸太のままの木材があるので、チェーンソウで玉切りしました。
玉切りしたものを軽トラで庭に持ってきて、薪割です。

割った薪は台所下の乾燥台に一輪車で持ってゆきます。
台所下の乾燥台もほぼ満杯になりました。
冬前の作業の予定を最低限クリアです。

積んだ薪が崩れないように重心の置き場に注意して積みました。

合間を見て焚き付けを作ります。
リフォームを頼んだ大工さんからもらってきた廃材を適当な長さに切ってから手斧で割ります。
廃材はベランダ下にたくさんあるのですが、切る時間がなくて当面必要な分だけの焚き付けを作りました。

薪ストーブの点火には乾燥した焚き付けが必要です。
乾燥した板材を細かく割ったものが一番良いようです。
ほかに乾燥させた小枝も用意しています。

点火のスターターには今までは新聞紙を使っていましたが、最近は白樺の薄皮を使っています。
白樺の皮は油分が含まれていてよく燃えます。

外仕事ばかりでは飽きるので、台所でジャムを作りました。キウイとシナノゴールドの2種類です。
キウイも地元の産品です。
今回のリンゴジャムは皮をむいて煮てみました。

ご近所パワースポット探訪記VOL.12 日本ピラミッドと松代大本営

今日のパワースポットは強烈だよ!

愛車の軽トラが車検なので。
丸子自動車へ愛車を預け、代車の軽トラにまたがって一日オフ。
代車はオートマでカツ馬力があるので走りやすいんだこれが。

ルートは真田の里から、地蔵峠を越え、下りたところの城下町・松代でまったり、帰る途中の戸倉上山田温泉でひとっ風呂、の一周半日コース。

ところがこの松代という町、只者ではなかった。
歴代のオカルティストの聖地であり、日本ピラミッドの一つと言われる皆神山が鎮座し、戦時中には天皇御座所と大本営、中央官庁の移転を予定した地下壕の跡が残る町だったのだ。

真田の里で野草茶を買う

菅平高原へ向かう山裾に真田一族の出身地、その名も真田地区があります。

ゆきむら夢工房という施設で一休み。
菅平方面の山には霧がかかっていました。

ここの直売所は初夏には名産の杏が出ます。
今日は、キウイ、シナノゴールドに加え、野草茶、干しシイタケなどを買いました。
いずれも魅力あふれる地元の名産。

興味を引いたのは野草茶。
笹、ヤーコン、ヨモギ、スギナのほかにカモミール、オレガノなどのハーブが原料です。
野草に入ったハーブティのような味がするのでしょうか?
楽しみです。勉強になります。

旧北国街道の難所・地蔵峠

真田から長野市のある善光寺平へ抜ける地蔵峠です。
旧北国街道が通っていたとのことです。
その後、北国街道は別のルートになったとのこと。

峠にはお地蔵さんが建っていました。

眼下に望む長野の市街地が、11月の寒空にかすんでいました。

日本ピラミッド・皆神山に上る

地蔵峠を降りると松代です。
古くは終戦直前に大本営が移転する場所として、近年?では群発地震の場所として有名です。

峠道を降りるとすぐ右手に皆神山があります。
おわん型の独立峰。

徒歩で30分、車で5分で頂上に着きます。
これが日本ピラミッドの一つと言われる山です。

頂上には古くからの皆神神社があります。


この点からも、ここが由緒ある山だとわかります。

問題はその後です。

皆神神社の境内には、天地カゴメの宮と富士浅間神社という別のお宮が建っています。
カゴメの宮の建立趣意が書かれた碑を見ると、そこには出口王仁三郎「霊界物語」から引用したかのような物語が刻まれています。

王仁三郎が教祖である大本教の教義にもろに影響を受けての建立であることがわかります。
出口王仁三郎自身の言葉の碑も併設されています。
まさに日本オカルティズムの直系男子が建立したかのようなお宮です。

ピラミッドと言われる皆神山の「磁場」が新興宗教者やオカルティストの嗅覚にヒットし、呼び寄せたのか?
それとももっと深い歴史的かかわりのなせる業なのか?

天地カゴメの宮。
そのまがまがしさに、パワースポット認定!

松代大本営に風寒し

11月末ともなると風が冷たい。
国内の戦争遺産・大本営跡の素掘りの殺伐とした内部の寒さもまたひとしおだった。

松代の町のはずれの山をくりぬき、それこそ皆神山の地下までも含む広大な面積を掘り、天皇御座所、大本営、中央官庁の移転予定地としたという。

ルバング島の小野田少尉もびっくりの大日本帝国最末期の断末魔が形として残っている奇跡。
これこそ「負の」パワースポットと言わずして何と言おう。

入場無料。
まったく観光地化されていないせいもあろうが、戦争遺産であれば何らかの気概なり勇壮さ、の片りんでも残しておいてほしかった。

まったく何のオーラもない素掘りのトンネルが続いている。魂の抜けた場所。
夜逃げの跡のような廃墟。
そうか、ここは国家の夜逃げ(未遂)の跡だったんだ。
どうりで寒いわけだ・・・。

松代という町

「NPO法人夢空間松代まちとと心を育てる会」が町の中心部に案内所を開いていた。
マップをもらいに寄ったついでに聞いてみた。

「皆神山はなぜピラミッドと言われているの?」
「独立峰で形が似ているから」。

皆神山を訪ねてくる人が多いので、NPOでも独自に調査してまとめてみたとのこと。
折角なのでその冊子を購入。
「祈りの山皆神山・松代の不思議を訪ねて」、1100円。

城下町で北国街道の宿場としての歴史を持ちながら、並行してピラミッドを持ち、大本営が移転先に選ばれるという不思議な町。

昼食は町の中華店であんかけ焼きそば

昼食はパンフレットに載っていた町の中華店へ。
これまたパンフに載っていたあんかけ焼きそばを注文。
パリパリに揚げたそばに具だくさんのあんがかかっている。

「写真撮っていいか?」とおかみさんに聞くと逆にびっくりされ、大将が「写真にとるようなもんじゃないけど」と。

満腹になるボリューム。
常連さんが夜の宴会の予約をしていましたが、飲んだら楽しそうな店。

14時までの営業とありながら店を出た13:41には「CLOSE」の看板がかかっていました。

充実すぎる松代の旅でした。
帰りの日帰り温泉の報告は別の日に。

 

 

初冬の庭仕事 3日目

今週末で山小屋とはしばしのお別れです。

今日の庭仕事は、薪の乾燥台に雨除けのベニヤを乗せたこと、庭木の冬囲い、などです。

夏前から薪を割っては積んでいた乾燥台です。

普段は露天にしていて、雨の日や長期離脱時には雨除けにベニヤなどを乗せていました。

12月からの山小屋冬じまいの前に、「本格的」に雨除けを施しました。

本格的といっても、いつもよりベニヤなどの数を増やして、かつ風で飛ばないように重しの薪を多めにしただけです。

冬の間は雨はほとんど降らず、雪だけです。
しかも今年の雪の量は少ないだろうとのもっぱらの噂です。

庭のブルーベリーの苗木に冬囲いです。

毎年冬の前に、夏の間伸びた枝を鹿に食べられてしまい、買った時よりも丈が短くなっている苗です。
買ってから丸2年たちました。

今年は例の鹿よけテープで冬囲いしてみました。
来年は春先から鹿よけテープで囲おうと思います。

冬になり別荘地内に鹿の群れが我が物顔で横行しています。人間を見ただけでは逃げもしなく、かわいさはありません。

柿酢が仕込みから一週間

今年の柿酢を仕込んでから一週間たちました。

11月15日に仕込みました。

いつも通りきれいにした保存瓶に柿を詰め込んだだけです。

発酵博士の小泉武夫さんのブログには、「柿の表面の白い粉が発酵の酵素なので洗って落とさないように」とあります。ですから柿はほとんど洗わずに、ヘタと傷んだ部分だけとって詰め込みました。
甘柿、渋柿は問いませんでした。

原料の柿は、まず直売所の甘柿100円を2袋。
固い柿が多かったので、1週間ほど常温で保存しましたが大して柔らかくはなりませんでした。
一応すり鉢でつぶそうとしましたが、固くてつぶれないものはそのままにして使いました。

次に、道の駅で買った1袋400円の柿はほどほどに熟していたので、つぶしながら詰め込みました。

以上、原材料費は600円です。

柿の追加もOKとのことなので、畑に行ったときに近くの無人の畑のわきの柿の木から計10個くらいもいできて加えました。
この柿は表面の白い粉のふき加減もよく、またよく熟しているので見るからに発酵に寄与しそうな感じがしました。

ということで仕込みから1週間。
追加は適宜で仕込んだ柿栖の現状です。
カビはなく、腐敗もなく、いい具合にあぶくが出てきています。

順調だと思います。
この分で行くと来春頃には、何ともいえない自然由来の風味を持つ酢になっていることでしょう。

「小諸なる古城のほとり」にて、晩秋。

山小屋おじさんの今シーズンもあと一週間。
12月からは自宅に戻ります。

畑仕事は終わったのですが、追っかけの薪仕事に追われる今日この頃。
骨休めにと、小諸に行ってきました。

途中の立科町で「ふじ祭り」に遭遇

山小舎からいったん白樺湖に下りて、女神湖、長門牧場、雨境峠を越える県道40号線ルートで小諸方面に向かいました。

山を越え里に入ったところの農協で、JA佐久浅間主催の「ふじ祭り」が行われていました。
11月中旬を過ぎ、主力品種のふじリンゴの収穫を待っての収穫祭兼即売会でした。

地元主催のお祭り系には立寄るのをモットーとしている山小屋おじさんは駐車場へと軽トラを滑り込ませました。

地元による地元のための行事です。
主催者もお客も全員地元の完全アウエー。
威勢はいいが気の小さな山小屋おじさん、駐車場の段階から動悸でおどおど。
何とか好奇心が勝って会場へ。

蓼科牛の焼肉、ヨーグルト、野菜など地元産品のの出店が並び、遠くに的屋の屋台も見えます。

メインはなんといってもフジの即売。
これに長蛇の列。
まさか立科町の農協でこのような列が見られるとは!
田舎をなめていました、スイマセン。

皆さんご進物用にリンゴを箱で買っているようです。
なんといっても地元が誇る名品の念に一度の収穫の日です。新嘗祭(勤労感謝の日)です!

よく見ると値段は100円/個見当で特段安くはありません。
産地直送の一級品ですこぶるおいしいのでしょうど・・・。ということでおじさんは、ソースかつ弁当500円と、リンゴジュース350円を購入。
そそくさとアウエー会場から脱出したのでした。
貴重な体験でした。

小諸城址を「懐古園」に訪ねる

その昔、献上用の馬の牧場があったという、御牧ケ原という地名の高原を抜ける千曲ビューラインという快適な道を通り小諸に向かいました。

小諸は島崎藤村が「小諸なる古城のほとり・・・」とうたった城下町です。
小諸城址は現在では「懐古園」という公園になっています。

懐古園の駐車場は全国ナンバーの車で満車状態でした。
小諸といえば城址ということでしょうか。

駐車場からすぐの三の門です。

三の門からしなの鉄道線をくぐって反対側には大手門があります。
建物も立派ですが石垣が大掛かりで素晴らしいと思います。

城内に入ります。
お濠をまたぐ黒門橋からのモミジです。
今年最後の紅葉です。

島崎藤村の記念館。
小諸義塾という私立の学校の講師として招かれたことが藤村と小諸の(ひいては信州の)ご縁となりました。

千曲川を望む展望台。
千曲川が切り立った谷を刻む急流であることがわかります。今現在も完全な治水はできていない急流なのです。

天主台。
天守閣が小さなものだったことがうかがえます。

この小諸城、関ケ原の戦い当時、徳川軍の本拠として真田軍との間に、第二次上田合戦に臨んだとのこと。
といっても表面上は徳川のいうことを聞きつつ、結果的には真田に利する働きをしたようです。

恐るべきは信州人の面従拝復。
複雑で芯の強い性格は昔からのようです。

深々としたお濠の跡をみても実戦的なお城だったことがわかるような気がします。

城址公園としてはほとんど破壊しつくされた上田城などよりはるかに原型をとどめており、当時の様子がうかがえる気がします。
何よりゆったりした雰囲気が最高なのです。
気に入りました。懐古園。

園内には動物園もあります。

園内にはカップルの姿もあり、地元のヤングのデートコースでもあるようでした。

北国街道・小諸宿

北国街道という重要な街道があります。
江戸五街道に比べてネームバリューはありませんが、佐渡の金を江戸の運んだルートであり、仙台の伊達、安芸の毛利と並ぶ実力者・加賀の前田の参勤交代のルートだったのです。

城下町でもあった小諸は単なる宿場町というだけでない栄えた場所だったようです。

現在の小諸宿の中心部です。
歴史的建造物はあまり残っていません。
もったいないですが、もともとこの地方の中心地として栄えていたため、「宿場」に頼らずとも、戦後のある時期までは発展できたということなのかもしれません。

北国街道とその宿場については今後とも関心を持ってゆきたいと思います。

北国街道と平行する現在の中心部。
地方都市の例にもれずシャッター街と化しています。

なんとなく、城下町、宿場時代からの「都会風」の名残を町の空気に感じます。

駅です。
しなの鉄道は2本/毎時、JR小海線は1本/毎時ほどの運転状況でした。

駅前の庭付きカフェの前で、出店が出てギターの演奏が行われていました。
若い人たちの息吹です。

ご当地どら焼き食べ比べ

どら焼きを見ると食べたくなる山小屋おじさん。
食べてよし、お供えしてよし、お土産によし。
持ちもいいし、よそ行き感もちょっぴりある、重宝なお菓子ですね。
自然相手の労働につかれた時の糖分補給にも、これが最高なのです。

ということで、この3年間に出会った、ご当地のどら焼きをを食べ比べてみました。

竹風堂のどら焼山は定番中の定番?

小布施に本店のある竹風堂。
長野市近辺を中心に、松本、上田、軽井沢などの県内に店舗展開している。

店に入るとお茶のサービスがある。
店員さんの印象は非常に良い。
またソフトクリームも販売している。
諏訪や茅野に店がないのが残念。

どら焼きは、どら焼山の登録商標で売られており、「小倉あん」と「栗粒あん」の2種類ある。

食感はしっとりしており、香りがある。
皮がしっとりしているのがよい。
餡は取り立てて特色がなく、小豆の風味より甘みが目立っている印象。
栗餡は粒をかみしめたときに幸福感を感じるものの、それ以外の餡に栗の香りが弱い。

明治17年創業の老舗、開運堂

松本の中心地に本店があります。
東京や名古屋のデパートにも出店しているそうです。
県内では全国レベルの和菓子屋さんです。

松本本店の店舗もおしゃれで、庶民的というよりはお高くとまった感じです。

ここのどら焼きがおいしい!
最初食べたときは皮にも甘みをつけている!と感じました。皮の材料に砂糖が含まれるのは当然ですが、必要以上の甘みを感じたのです。

二度目に食べたときは、全体の香り、しっとり感、小豆の風味、どれをとっても満足感がありました。
高級感があり、お土産にも最適だと思いました。

東御市の花岡は山小屋最寄りの和菓子店

上田の隣の東御市に、花岡という和菓子メーカーがあります。
直営店が丸子のツルヤ隣にあるので行ってみました。

クルミをアレンジした商品が一押しのようです。
クルミ団子とどら焼きを買ってみましたが、クルミ団子はあまじょっぱいクルミ餡が強烈な印象でした。

どら焼きも期待したのですがこれといった特色無し。
皮、餡、風味、しっとり感、すべてがいまいちの印象でした。残念。

ということで、3社、4個のどら焼きの評価は、開運堂がNO.1でした。

 

初冬の庭仕事 2日目

庭仕事急ピッチです。
今朝も寒かった。
寒さが冬のそれになってきました。

これからの季節、日差しがさすまで外に出たくありません。
日差しが強い日は、日中のほんの一瞬だけ山小屋周辺もポカポカするのですが。

太い丸太を玉切り

今日は残っている太い丸太を玉切りしました。

太い丸太は扱いが大変です。
まず重い!
とても人力では扱えません。

と言って、地面に密着している丸太をチェーンソウで切るのには注意が必要です。
刃が地面に接するのは厳禁なのです。
土や石を刃がかむと、てきめんに切れなくなるのです。

丸太にこびりついた泥やごみにも注意です。
丸太をなでるように軍手で拭き、刃が地面や石をかまないように気を付けて切ってゆきます。

太い丸太を切るのには時間がかかります。刃の切れが悪いと仕事が進みません。

ということで、丸太を転がしたり、端っこを頑張ってほかの丸太に持ち上げるなどして玉切りしました。
この丸太は赤松なので、節や筋が絡まりあった材質で、切るのはいいのですがものすごく割りにくいのです。

一難去ってまた一難の薪割が待っています。

薪割、積み込み、ごみ焼き

次に玉切りした丸太で山になっている庭の整理です。

暇を見ては割っています。
白樺などは割りやすいのですが、先の赤松はものすごく割りずらい。
なので赤松の細めの奴は、無理して割らずにそのまま積んでしまいます。
太い丸太はなんとか割るようにします。

焼き台ではごみをガンガン燃やします。
燃料は薪の端材です。

割った薪ですが、メインの乾燥台はそろそろ満杯なので、台所下の乾燥台に運んで積みます。

台所下の乾燥台は、地面が傾斜している上に、ラックの強度がないので積み方に注意します。
端っこから積んでいったら、崩れてしまいました。

改めて、全体に下から積んでゆき、ラック2本とそれ以外の山が全体でバランスが取れるように積みなおします。

冬支度はまだまだです。

「奇跡のリンゴ」第2弾「すべては宇宙の采配」再読

山小屋おじさんは11月初旬に孫たちと松川町のリンゴ園へ行ってきました。
そのときにリンゴ農家の人と話したのがきっかけで、木村秋則さんの「奇跡のリンゴ」を再読しました。

やっぱり面白い本だし、木村さん面白い人だと思ったので、その第2弾「すべては宇宙の采配」という本を引っぱりだして読んでみました。

木村さんの面白エピソード満載の本

「奇跡のリンゴ」がルポライターによって、木村さんが無農薬リンゴの栽培にたどり着くまでの経緯を現した本だとすれば、「すべては宇宙の采配」は木村さん自身を著者とした、自分語りの本です。

本で読むだけで、木村さんという人の面白さは伝わりますが、それにもましてというか、それ故にというか、木村さん自身のエピソードが面白すぎるのです。

バイトとして携った弘前のキャバレー時代の話や、白ナンバートラックの運ちゃん時代の話は、とんでもない失敗談の中に木村さんの人柄と強運ともいうべき人生の背景をうかがわせて忘れられません。

それから、竜を見たとか、UFOに乗った話になるのですが、他人はともかく本人は真実のエピソードと信じていることがうかがえます。

無農薬リンゴを実現した人だからこそ許された自分語り。
やはり木村さんは特別な人なのでしょう。

DIME増刊「大学は美味しい!!」

急に2008年発行の雑誌の話になります。
DIMEというビジネス雑誌、まだ発行しているのでしょうか?

おじさんが持っているこの増刊号は、「キャンパスの隠れた食の名品」をキャッチフレーズに、大学発の食の名品を特集したもの。
捨てずにとっておき、山小屋に持ってきてました。

当時、新宿高島屋の催し物会場で同趣旨のフェアがあり、おじさんも駆けつけましたが、仕事帰りの時間帯では狙っていた品物は売り切れており、残った中で良かれと思って選んだ、奈良女子大の「奈良漬アイス」が家族に不評だったこともありました。

閑話休題。
この雑誌に弘前大学のリンゴジュースの話が載っていたことを思い出し、取り出してみました。

その中に弘前大学教授の話として「ポリフェノールの含有量は完熟果より、摘果して捨てられている未成熟のものに多い」、このことを発見して「無農薬無肥料栽培の未成熟リンゴを原料にリンゴジュースを作った」とあります。

ありました、「無農薬リンゴ」というキーワードが!
なるほど、生食用として成熟させなければならないリンゴと違い、最初からジュース用の未成熟を作るのであれば無農薬でも栽培可能なのでしょう。

コマーシャルベースで無農薬リンゴの有無を論ずる以前に、現場には面白い現実が転がっているのです。

木村さんは生食用の成熟果を無農薬で栽培しているのかもしれません。
あるいは、消費者から見ればB級品のような見かけのリンゴなのかもしれません。
あるいはUFOに乗るような木村さんですから、リンゴとは既に別な果実の開発に成功しているのかもしれません?

いずれにせよリンゴの世界は奥が深そうです。
ましてや自然全般の世界においておや。

初冬の庭仕事

山小舎は晩秋というより初冬の塩梅です。

夕方前には急激に寒くなります。
洗濯物を干したり、切り干し大根や干し柿を日に当てる時間はせいぜい9時から15時まででしょうか。

夜は薪ストーブだけでは寒さでリラックスできないほどで、夜中は布団から手足を出すと寒さで目が覚めます。
ちなみにパジャマの下にはシャツとズボン下を着込み、靴下をはいて寝ています。

たまった薪を積み込む

今日は一日庭仕事をしました。

まず気になるのはたまった薪です。
業者が持ってきた丸太がまだまだそのままになっています。細い丸太が山になっています。
このうち、チャーンソウで切ったものをラックに積み込みます。

このような状態の丸太置き場です。

積み込む前の乾燥台です。
細い丸太専用のラックです。

カットした丸太を一輪車に積んで運びます。

ラックに積み込みます。
ラックは傾かないように土台に石などを敷いておきます。
重心を下に、また前後左右に傾かないように積み込みます。

今日の分を運び去ったとの置き場です。

積み込み後のラックです。
結構積み込みましたが、幸いラックが前後左右に傾いてはいません。
今月中にできるだけ積み込みます。

その後、太い丸太をチェーンソウで玉切りし、集めておきました。
次回、軽トラで運んで薪割りします。

夕方はもみ殻燻炭焼き

野外は寒いので気持ちだけでも温まろうと、作業中はごみ焼きをします。
燃料は薪を切ったり割ったりする際の端材、木っ端、などいくらでも出てきます。

焚火のオキを残しておいて、もみ殻燻炭を焼きました。

かまどを密閉してもみ殻をくべて蒸し焼きにします。
難しいのはオキの火力の具合と密閉度。
火力が強いと(密閉が弱いと)灰になりますし、火力が弱いとゴマ塩状態の燻炭が出来上がります。

夕方5時前には真っ暗です。
今日の庭仕事が終わりました。