東京での家族行事(娘夫婦の誕生会)に出た後、山小舎へとんぼ返りしました。
この旅、娘一家のキャンプに使う薪を4締め積んでの軽トラドライブでした。

行きは薪を積んで朝早く山小舎を出発。
お昼は大月から4キロ富士山側に入った、道の駅都留で。
道の駅都留の物資の豊富さが忘れられなかったのです。
11時を過ぎ、まだ客の少ない食堂でチョイスしたのは、湧水ポークのハンバーグをメインにしたランチプレート。
食券販売機もなく、すべてアナログの対面販売で行われる食堂は、活気に満ち、おいしさに期待が募ります。
野菜たっぷりで、地元の食材をこれでもかと盛り込んだプレートを爆食、満足ここに極まれり。

2泊過ごした自宅を後にして山小舎への帰途に着きます。
20号線沿いのメインルートはよく通っているので別のルートをチョイスします。
奥多摩経由の「北帰行」ならぬ「軽トラ帰行」です。
自宅から青梅街道を目指します。
日曜の朝乍ら通学するジャージ姿の高校生であふれる三多摩地区の住宅地を延々と抜けます。
青梅街道に出て国道16号線と交差する瑞穂町の交差点を抜けて、青梅地区に入ります。
工場や運送会社などが点在する圏央道沿いのエリアを抜け、青梅街道で奥多摩を目指します。
ここまで2時間以上かかりました。
古い街道の風情が残る奥多摩の道をたどります。
東京都下の街道風情です。
やがて奥多摩湖が見えてきます。
東京の水がめといわれるダム湖ですが今年の水位は低いようです。

ダム湖の周囲を巡るように、更に奥までの道が続いています。
短いトンネルが続きます。
路線バスが走っています。
奥多摩駅から山梨県の丹波山村まで走る西東京バスです。

道の駅たばやまで小休止です。
直売所や食堂を物色します。
鹿肉バーガーのキッチンカーが出ています。
ここでマップを入手し、郷土資料館を見つけたので寄ってみます。



オオカミのはく製が出迎える郷土資料館。
丹波山村はオオカミというか山犬信仰の村でもあるのです。
武田信玄時代からの金山開発、その後の街道整備。
明治以降になってからは東京とつながり発展したが、過疎化の時代になって塩山からのバス路線も廃止となって現代に至った話。
受付の女性を除き、人っ子一人いない館内には、山村がたどった長い歴史と、それを後世に残そうとする地元の意志の確かさを感じました。



丹波山村で昼食をと思い、マップをもとに2軒ほど食堂を探しましたが、2軒とも休業とのこと。
国道沿いの古民家食堂で日替わり定食にありつきました。
道の駅以外では閑散として観光客の姿も少ない丹波山村でした。


丹波山から山梨方面に、国道411号線(大菩薩ライン)を進むと、大菩薩山塊を迂回する柳沢峠を越えます。
左に大菩薩山塊を見ながら長いくだりを走ると塩山の町に出ます。
甲府はもうすぐです。
現在、山梨側のバスの路線は、塩山から大菩薩登山口まで営業している余です。
丹波山村から大菩薩登山口までは峠越の道を20キロ以上でしょうか。
とても「路線バスの旅」で使えるルートではありません。
