ちくま新書「愛と憎しみの新宿・半径一キロの日本近代史」を読んで

表題の本をブックオフの100円コーナーで買いました。
正確には110円でした。

タイトルを見て面白そうだと思い、目次を眺め、本文をめくってみて相性が合うと思った本を買っています。
最近は寄る年波か、字が細かくびっしり印刷されている本は体が拒否します。
一方、相性が合いそうな本に対するカンは歳とともに冴えてきているような・・・。

1952年、新宿ド真ん中の洗濯屋に生まれ、青年期まで家業を手伝っていた著者による1960年から70年代の昭和史です。

全共闘運動に参加し、当時の最先端カルチャーの、ジャズ喫茶や、紀伊国屋書店、アートシアター、ゴールデン街などに接してきた著者の人生前史でもあります。

1656年、北海道生まれの山小屋おじさんにとって、全共闘終焉である安田講堂落城の光景をテレビニュースで見たのは小学生の時でしたから、4歳上の著者がせいぜい高校1年生くらいの時です。
その著者がなぜ全共闘運動か?
理由は新宿高校時代に活動していたからだそうです。

同時にアートシアターでATGやゴダールを見、ジャズ喫茶で山下洋輔、ゴールデン街をのぞき見、とは都会の高校生はずいぶんませていたのだと羨ましく、またこそばゆく思いました。

この本で語られる著者の高校時代は、政治活動と自宅の洗濯屋の手伝いの合間に、新宿の路地の汚い中華屋でうまい麺を食べ、山谷の争議団に顔を出し、若松孝二のATG映画に同世代の心境を実感する日々です。

今どき、全共闘、アートシアター、ジャズ喫茶などといっても、若い人にはまるでアピールしません。
そんなことは著者も百も承知でしょう。

山小屋おじさんとて、4歳年上の都会育ちの著者の心情風景がぴったりくるわけではありません。
おおむね同世代とはいえ、都心育ちの著者と田舎育ちのおじさんでは、当時も今もその違いは決定的なのはしょうがありません。
著者の語る、都会育ちの高校生の「最先端」の心情風景は、おじさんにとっては今でも現実感のない、くすぐったく、ふわふわしたものでしかありません。

それでも語らずにはおれない熱さが文中からほとばしっているのがこの本です。
書きたい題材を書きたいように書いた時の臨場感ともいうべきものをこの本から感じるのは、年代が近いおじさんだからなのでしょうか。

おじさんはこの本を読んで、登場する70年代の名所を巡ってブログにしようと思っていました。
この度のコロナ騒ぎで、新宿の奥深くに分け入る時期でもないと思い、本の紹介だけにしました。

興味ある方は読んでみてください。

投稿者: 定年おじさん

1956年北海道生まれ。2017年に会社を退職。縁あって、長野の山小屋で単身暮らしを開始。畑作り、薪割り、保存食づくり、山小屋のメンテナンスが日課。田舎暮らしの中で、60歳代の生きがい、生計、家族関係などの問題について考える。60歳代になって人生に新しい地平は広がるのか?ご同輩世代、若い世代の参加(ご意見、ご考察のコメント)を待つ。

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