京王線に明大前という駅がある。
新宿からの特急が最初に止まる駅で、井の頭線への乗換駅でもある。
今回はおじさん、明大前に行き、その名の通り、国道20号線を挟んで駅と反対側に立つ明治大学泉キャンパスの学食を探訪してきました。
明治大学泉キャンパス
明治大学といえば、大多数の人はJR御茶ノ水駅から神保町方面に下る途中のお茶の水キャンパスを思い出すのではないか?
今はタワービルが建っているお茶の水キャンパスではあるが、20年ほど前は道路に向かって学生運動の名残の立看がいまだに建つ、昔の大学らしいキャンパスだった。
おじさんもそのころ、お茶の水キャンパスの地下にあった学食に入ったことがある。
メニューにスパゲテイはあるが、カウンターにフォークの用意がなく、割りばしで食べざるを得ない昔ながらの学食だった。
おじさん的には、好ましくさえ感じる、昔ながらの光景だったが、20年前とは言え、当時の東京平均では、すでに違和感ありありのシチュエーションだったかもしれない。
そこに明治のバンカラ精神を見た気もした。
今回おじさんが目指した和泉キャンパス。
所在地は杉並区永福町。
昔の地名はこの辺り、和泉といったのかもしれない。
今どきの大学風な食堂でメンチカツ定食
土曜日なので立派な門をくぐる学生の姿は少ない。
がまったくいないわけでもない。

立地が都心に近いせいか、また地面が舗装され、建物が高層のせいか、電通大や学芸大に比して近代的というか都会的な雰囲気が際立つ構内。

部外者の出入りは問題なかった。
食堂は土曜日でもやっていた。

食堂内は閑散としている。
COOP経営でないことを確認して一安心。

メンチカツ定食を頼む。

今どきの学食は、設備といい雰囲気といい、本当に快適だ。
場内には歌謡曲というか、日本語の音楽が鳴り響く。
Jポップというのか、スキー場のヒュッテか、田舎のショッピングモールのようだ。
果たして学食に音楽は必要か?
そう思うのは年寄りだからか?

味は可もなく不可もなく。
おじさんが覚えている昔の学食の味に近かくて懐かしかった。
ごはんの盛りも多かった。
定食330円とCOOP経営の学食(電通大、学芸大)より安いのも好ましかった。
部外者でも落ち着いて食べられた。
これまで行った学食内の雰囲気をおじさん流に言えば・・・
・電通大⇒中国語が幅を利かすグローバルで弱肉強食なカ オス
・学芸大⇒普通の女子学生が青春を過ごす、田園に囲まれた昔ながらの学生時代
・・・となる。
では明大は・・・「韓流スターの髪形をまねた今どきのチャラい若者が、渋谷に出かける前に過ごす待合室」とでもなろうか。
田舎出身のおじさんの、ひねくれがすぎたか?
和泉キャンパスが寒々しかったのは、真冬の木枯らしのせいばかりではなかった。
おじさんが年取っただけなのか・・・。


古い建物はどんどんなくなり、区画整理されてゆきます。

中央線沿線では、吉祥寺から西ではこういった飲み屋小路の存在は珍しい。
もっと西の立川、八王子には大規模な飲み屋街があるけど。
江戸時代、玉川上水路沿いの土手は桜の名所だったとのこと。


女性がプレーできないとか、会員になれないとか言われていた。
平日にもかかわらず品川ナンバーの高級車が何台か駐車していた。

新小金井街道沿いの古書店、はてなクラブ。



ゆったりとしたキャンパス内には農園などもある。
農学を学ぶのではなく(農学部はない)、教育学部の範囲で、自然を通してエコや共生を学ぶフィールドとして存在しているのがユニークだ。
おじさんも小学校時代の学級農園で、率先して働く先生方を見て畑が好きになったことを思い出す。
学内のサークル会館からは楽器の音が聞こえていた。






食堂のおばちゃんの対応はやさしかった。
席は満席に近い。

















注文対応のおばさん、レジのおばさんも一般客にやさしく接してくれて安心した。





















初詣の賑わいもとうに過ぎ、ゆったりした境内。








そのころには王子製紙や国土開発などをといったチームとリーグ戦をやっていたことでしょう。





帰りには駅前のマックで休みました。









シネコン方式の映画館や食べ物屋さんを有する棟がひとつ。

























この一角の古本屋も、団子屋も、八百屋も、飲み屋も、おじさんが知っている20年前から残っているのがすごいと思います。
昼食はその一角にある食堂で食べました。
客層はビールと一緒に食事するおやじたちが中心でした。
かつての大映株式会社は破産手続きにより法的に整理され、スタジオ、映画フィルムなどの資産は、徳間書店に譲渡されたのち、角川書店に譲渡されて現在に至っています。




門構えは大映より大きく、構内も広そうです。
外注の制服姿の守衛さんが顔を出し「どちらへ行かれます?」とのこと。
かつての日活の映像遺産に対するフィーチャーは外部には全くありませんでした。












慌てて南口へ。
最も東へ進む路線は成城学園行きです。


千歳船橋方面、二子玉川方面などへのバスの一大ターミナルとなっていました。
ここから千歳烏山を目指すことにします。
5分で食べました。





















向かいにはかつてキューピーの工場があり、調布市内の小学生は見学に行って、マスコットサイズのマヨネーズをもらって帰ってきていました。
今は、キューピーのPR施設になっています。




事件の傷の大きさがうかがえます。
ここは前からこんなさびれた感じです。

アーケード街はほぼシャッター街となっています。
















今回の特集はご本人の著作の「ハリウッド映画史講座」で取り上げた作品の中からセレクトしたものとのこと。主に1940年代のアメリカ映画から、左翼系の映画監督、脚本家によるもの、欧州を逃れて渡米した映画監督による作品が中心。


