軽トラ流れ旅’26 阿智村の満蒙開拓記念館と大鹿村の山塩(前編)

新しい軽トラで、高速道路を使って、南伊那の阿智村と大鹿村を訪ねました。

今回の軽トラ旅は、阿智村と大鹿村

阿智村へ行こうと思ったのは、この地に満蒙開拓平和祈念館があるからです。
昨年「黒川の女たち」という満州開拓団が引揚の折にソ連軍へ性接待をした歴史的事実を扱った映画を見ました。
その当事者の女性がその事実を公表したのがこの記念館でのシンポジウムだったからです。

昨年は、舞鶴の引揚記念館を訪れました。
昭和30年代まで、引揚者が上陸した桟橋が復元されていました。
記念館には、満州開拓団の状況と引揚、日本軍人の抑留等に関しての幾多の資料が展示されていました。
館内の雰囲気は、公共的でオープンなもので、日本と日本人の負の歴史ながら公に後世に残さなければならない使命が感じられました。

東京には九段に昭和記念館という施設があります。
映写ホールでは、戦前戦後のニュース映画がデジタル化されて繰り返し上映されており、戦時中や戦後の生活事情などに関する企画展も行われています。
神保町での映画鑑賞や古本漁りの帰路、靖国通りを散歩しながら昭和館によく寄ったものでした。
館内の雰囲気は舞鶴の記念館をさらにパブリックにしたものでしたが、時代性に逆行したコンセプトからか、入場者はほとんどいませんでした。

県内には、長野市松代に松代大本営平和祈念館があります。
松代に今も残る地下壕の存在を知らしめるための資料館です。
有志の団体が興した施設で、展示内容は精密にして正確。
主に県内の満蒙開拓団への関与から、地下壕の掘削の資料展示まで、系列的に戦時の時代の流れが学習できます。
適宜、案内してくれる係の方の真面目で知識深い様子にも好感が持てました。
長野県が満蒙開拓団への参加人数で突出していたことをこの施設で初めて知りました。

「黒川の女たち」は製作者の一途な思いと、当事者だった高齢女性の覚悟と正々堂々とした生きざまが印象的なドキュメントでしたが、観終わって思ったのは、県内の阿智村におある引揚記念館を見なければいけないということでした。

中央自動車道が伊那谷を走っており、岡谷から飯田までは高速道路を使えます。
エンジンが調子いい新軽トラを高速道路で阿智村までを目指しましょう。

和田トンネルを越えて岡谷インターから高速に乗りました。
分岐点で名古屋・東京方面へ入るべきところ、松本・長野方面へ分岐してしまい、次の塩尻インターで下車。
何やってんだ!

校則を乗り間違えた後、塩尻から辰野へ出てコンビニで休憩。ローカル紙のたつの新聞を買ってみる

岡谷へ戻るのもいいですが、塩尻から辰野方面へ下道でショートカット。
伊那北インターで高速へ、松川インターまで行きました。
阿智村までは下道で行くことにしました。

高速では我が軽トラは90キロ平均で爆走。
前を走る80キロのトラックなどを追い越しました。
パワステハンドルの”遊び”と、走行中の”ガタつき”がやや気になりますが、空いている地方高速道路では怖いものなしでした。

松川から阿智村までは途中の直売所で買い物休憩。
五平餅や手打ち生蕎麦などを買い求めました。

松川町の直売所へ寄ってみる
ゲットしたものの一部

途中、飯田の街を通過。
天竜川沿いの低地から伊那谷右手の山すそに広がる飯田の街を眺めて走りました。
長野県もここまで南に来ると、温暖でのんびりした気風が漂うようでした。

阿智村の風景

そしてただり着いた満蒙開拓平和祈念館。
三々五々の入館者がいました。
映像ホールでは、開拓団の入植から引揚までを20分でまとめた映像が上映されていました。
予算の面では、東京の昭和館、舞鶴の記念館に次ぐものを感じました。
高齢の当事者たち10名ほどの証言記録の展示もありました。

記念館の前景
記念碑

帰りに受付してくれた女性に話しかけてみました。
「黒川の女たち」は岐阜県黒川村出身者が当事者だったが、阿智村にこうした記念館ができたのは?
には『飯田に日中友好協会があって、引揚事業や残留孤児の問題にかかわっていた。その経緯から隣の阿智村に立地となった』との返事。

また、「黒川の女たち」にあったような当事者の証言を含むシンポジウムの予定は?
には『かつては行っていたが当事者たちは高齢で参加が不可能。今では当事者参加のシンポジウムは行っていない』とのことでした。

入場券
パンフレットより

満蒙開拓団という日本の歴史上の事実。母親が大正15年生まれというバリバリの戦中派に育てられた我が身には他人事と思えません。

記録を保管、公開するだけでなく、当事者の肉声という人間味が加味されたこの記念館。
貴重な施設でありました。

投稿者: 定年おじさん

1956年北海道生まれ。2017年に会社を退職。縁あって、長野の山小屋で単身暮らしを開始。畑作り、薪割り、保存食づくり、山小屋のメンテナンスが日課。田舎暮らしの中で、60歳代の生きがい、生計、家族関係などの問題について考える。60歳代になって人生に新しい地平は広がるのか?ご同輩世代、若い世代の参加(ご意見、ご考察のコメント)を待つ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です