神保町シアター『俳優・渥美清』特集より 「拝啓天皇陛下様」

「拝啓天皇陛下様」  1963年  野村芳太郎監督  松竹  神保町シアター・35ミリフィルム上映

開巻、メインキャストとスタッフのみのクレジットが流れる。
一芝居あってから、その他スタッフとキャストが紹介される。

同じく野村監督の「張り込み」(58年)では、開巻から30分ほどに渡り、宮口精二と大木実の刑事たちが、夜行列車に乗り込み(宮口精二は座席に座るや否やズボンを脱いでステテコ姿になり)、名古屋、大阪と一晩二晩をかけて、各地の警察署に挨拶をし、佐賀に到着するまでを描写した後に、ようやくメインタイトルとキャスト、スタッフの紹介画面となったものだった。
本作のタイトル場面でも野村監督らしさが出ている。

神保町シアターロビーのレイアウトより。オリジナルポスター

主人公・ヤマショウ(渥美清)が入隊する軍隊の営舎での消灯ラッパ、起床ラッパ、野戦訓練での突撃ラッパのシーンでは、それらの歌詞(変え歌なのか、当て字のようなものか)が画面いっぱいに文字で表される。
消灯ラッパの替え歌?は、軍隊経験のある筆者の父親も時々口ずさんでいたから一般的なものだったのだろうし、軍隊経験者には忘れられないものなのだろう。
戦友と呼ばれる人との関係とともに。

読み書きが不自由で、まともな家庭環境や職場環境を経ていなかったヤマショウは軍隊に入り、三食付きの環境に感謝、感動する。
同日入隊のムネさん(長門裕之)を何かと頼りにし、手助けを惜しまない。
何かとビンタをくれた二年兵(西村晃)が除隊の時に、仕返しをしようと計画するが優しくて果たせず、相撲を取ってしまう。

ヤマショウの人間性に、中隊長(加藤嘉)は何かと目にかけ、規則違反の営倉入りをした際には、その独房で正座してさむさに鼻をすすりながら相対する。
またヤマショウが二年兵になった時に、代用教員上がりの初年兵(藤山寛美)に字の読み書きを教えることを命じる。

二年兵となると威張りくさり、外出許可持にはムネさんとともに兵隊さん半額の遊郭に入り浸り、女郎さんに一丁前の文句を言うヤマショウだが、天皇陛下への忠誠は断固揺るがない。
中支戦線では、戦死した兵隊が『天皇陛下万歳』といわずに死んだことに憤慨し、戦争が終わりそうになると自分の居場所である軍隊がなくなることを心配して天皇陛下あてにかな釘流の手紙を書こうとしてムネさんに止められる。

戦後もヤマショウは逞しく生き続ける。
開拓団や工事現場で働き、自力で食材を調達して生きてゆく。
たまにムネさんに出会えば、生き別れの兄弟の如く喜び合う。
ムネさんは作家として戦中・戦後を生き、結婚してバラックのアパートに妻(左幸子)と住んでいる。

ヤマショウはムネさんと同じアパートの子連れの未亡人(高千穂ひづる)と結婚したがるが、闇買出しを率いる三国人の妾になっている未亡人は歯牙にもかけない。

やがて縁あって別の未亡人(中村メイコ)と結婚が決まったヤマショウだが、泥酔した挙句トラックにひかれて死ぬ。
字幕には『拝啓天皇陛下様 最後の赤子が戦死しました』と映し出される。

戦後の引揚者住宅で、憧れの未亡人(高千穂ひづる)と

この作品を見ていて思い出す映画がある。
一つは「兵隊やくざシリーズ」。
無鉄砲で軍隊が天国の主人公・大宮貴三郎と、彼が唯一いうことを聞く上等兵の関係が、ヤマショウとムネさんと同じである。また、どちらも光文社文庫から原作(「貴三郎一代」:「兵隊やくざ」の原作、「拝啓天皇陛下様」:原作と映画化は同名)が出版されていることも共通点の一つだ。

もう一つ思い出すのは「裸の大将」(58年 堀川弘通監督)。
知的障碍者の人間性と彼を通して見える社会、という共通点がある。
「拝啓天皇陛下様」には実際の山下清がワンカットだけ登場している。
セリフもある。

陣暴行シアターロビーのレイアウトより

神保町シアターで終映後、前列の杖を持ったご高齢がこちらに向き直って『続編の方がよかった』とつぶやくように語りかけてきた。
続編は渥美清が軍馬の厩舎員となる別ストーリーの話で、久我美子、宮城まり子などが出るらしい。
『宮城まり子が知恵遅れのこの役で、渥美清の役もそうですよね』とのこと。
『兵隊やくざとも似てますよね。田村マサカズの言うところだけは聞くような』というと『田村タカヒロね。(主人公との関係性は)似てますね。』との返答。
ロビーへ出るまで話が途切れなかった。

同好の士が集いながらお互いに『話しかけるなオーラ』でバリアを掛け合っていることが多い映画館。
10年以上も前に渋谷シネマヴェーラのロビーで、ファンと思しきご同輩に話しかけて怪訝な顔をされたことを思い出す。
その時の特集は「東宝青春映画の輝き」(だったっけ?)。
恩地日出夫監督の「あこがれ」(66年)、「めぐりあい」(68年)が見られることに勝手に舞い上がってしまった自分がいた。

別の日のラピュタ阿佐ヶ谷の上映前のロビーでは、中村錦之助のファンクラブだという中年男子と雑談となり、自費で錦之助作品のニュープリントをして上映した話などをうかがったこともあった。

この日、終映後に振り向きざまに話しかけてきた『先輩』は、かつての自分のように映画作品に触発され、どうしても話したかったことがあったのだろう。
同好の士と目されて光栄至極である。

特集パンフ
作品解説

投稿者: 定年おじさん

1956年北海道生まれ。2017年に会社を退職。縁あって、長野の山小屋で単身暮らしを開始。畑作り、薪割り、保存食づくり、山小屋のメンテナンスが日課。田舎暮らしの中で、60歳代の生きがい、生計、家族関係などの問題について考える。60歳代になって人生に新しい地平は広がるのか?ご同輩世代、若い世代の参加(ご意見、ご考察のコメント)を待つ。

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