渋谷シネマヴェーラの『マックス・オフュルス特集』より「歴史は女で作られる」



「歴史は女で作られる」  1956年  マックス・オフュルス監督  仏・西独合作 シネマヴェーラ・デジタル上映


マックス・オフュルス

映画監督マックス・オフュルスは、1902年ドイツ生まれのユダヤ人。

同じく戦前のドイツ帝国もしくはオーストリア=ハンガリー帝国(あるいは周辺国)出身のユダヤ人映画監督には、大御所のフリッツ・ラングのほか、エリッヒ・フォン・シュトロハイム、マイケル・カーテイス、アナトール・リトゥバク、ロバート・シオドマーク、ビリー・ワイルダー、ダグラス・サーク、フレッド・ジンネマン、オットー・プレミンジャーらがおり、いずれもハリウッドで一家を成した名監督である。
戦前のドイツやオーストリアなどでキャリアをスタートさせ、戦時中にアメリカに亡命した経歴も共通している。
彼らの成功の背景にはその豊かな才能はもちろん、不屈の執念と自己演出力があった。

オフュルスは、戦前のドイツやフランスで数々の作品を監督したあと、ハリウッドに移り、「忘れじの面影」(48年)で成功した。
その後ヨーロッパに戻り、フランスを根拠として「輪舞」(50年)、「快楽」(52年)、「たそがれの女ごころ」(53年)を発表、オフュルス映画の頂点を示した。
「歴史は女で作られる」は初のカラー作品にして遺作でもある。

今回のシネマヴェーラのオフュルス特集には敬意を表したい。
戦前の作品から遺作までを網羅しており、こうした機会は日本ではおそらく初めてである。
未輸入だったり、日本での版権がとうに消失した作品でも、著作権が切れた70年以上前の作品については積極的に取りあげ映画ファンに鑑賞の機会を設けているシネマヴェーラはこれまでも数々の映画史に残る作品を上映してきた。
古典映画のデジタル素材に自前で字幕を付けるラボを設置しているシネマヴェーラの、映画ファンに対する貢献度は実に高い。

シネマヴェーラの特集パンフより

未見だった「歴史は女で作られる」を見ることのできたこの機会に合わせ、オフュルス映画の代表作を振り返ってみたい。

アメリカ時代、フランス時代のオフュルス

オフュルスのハリウッド時代の代表作「忘れじの面影」は忘れられない映画の一つである。

少女時代から人生を閉じるまでを演じるジョーン・フォンテイーンの懸命な演技と魅力が作品の基調をなしている。この主人公が甲斐性のない初恋の相手に一途な愛をささげて一生を暮らす。
最後まで気持ちが交わらない二人の関係性が”非予定調和”でもあり不条理でもあるが、映画はこの関係性に解釈を加えずに進む。

報われない愛をささげ続ける主人公と、だらしない女たらしでその場その場で気まぐれにふるまうだけの男の、たまさかの邂逅と別れに、却って真実の男女の関係、あるいは人生そのものが映し出される。
そういった”不幸な結末”を最初から漂わせる人間関係を、オフュルスはメロドラマを基調としつつ最大限の映画的効果を駆使して演出する。
雪の街角での二人の再会シーンの静寂の中のときめく心。
閉園間近な遊園地でのデートし、遊具に二人で乗り『世界旅行』(背景の書割を係員が人力で取り替えるだけの仕掛け)を何度も繰り返すシーンの幸福感。
観客である自分が経験したわけでもないのに既視感に溢れてたまらなく懐かしく感じる場面が続く。

オフュルス演出の真骨頂である『縦の構図』に基づき画面に置いた階段を主人公たちが登り、降りる。
停車場に駆け付ける主人公の感情を映すように、切々と走る彼女を延々とカメラが追う移動撮影。
こういったシーンを目にしたときの観客の幸福感。
”映画的記憶”に満ち満ちた観客体験としかいいようがない。

ジョーン・フォンテイーン

ハリウッドからフランスに戻ってからの「快楽」。

3話からなるオムニバスの第1話は、老いてなお舞踏会での恍惚が忘れられない老境の主人公。
仮面をかぶって老境が侵入するその舞踏会。
オフュルスのカメラは、馬車で屋敷に詰めかける貴婦人たちを追って、窓を越え、貴婦人たちが舞うホールのただなかにワンショットで侵入し、絢爛豪華な渦の中に踊り手たちの歓喜に共感するように移動してゆく。

第2話はモーパッサン原作の「テリエ館」が原作。
カメラは、旅行に来た娼婦たちが歌いながら田園風景の中ではしゃぐ姿をテーマ音楽と相乗効果を上げるように延々と移動してとらえる。
娼館の女主人マドレーヌ・ルノーが楽しそうに歌う場面が忘れられない。

マドレーヌ・ルノー

戦前のオーストリア映画には、音楽映画というジャンルがあり、「会議は踊る」などの名作があった。
皇太子とヒロインが馬車に乗り、田舎の別宅に向かう場面がある。
馬車は彼らを乗せて丘を越え橋を渡る、川では洗濯する娘らが手を振って馬車を見送る。
テーマ音楽が流れるなか、延々とワンショットで道行く馬車を捉える。

同じく「会議は踊る」での、大掛かりな宮殿のセットでの舞踏会。
数十名の貴族の衣装をまとった俳優たちによる舞踏会の、その豪華さ、あでやかさ、また、儚さ。
とうに失われた、戦前の貴族の世界が感傷に彩られ華々しく再現される。

オフュルスの特にフランスに戻ってからの作品、「快楽」の第1話と「たそがれの女ごごろ」には、「会議は踊る」に代表される戦前のオーストリア映画の記憶がくっきりと刻印されている。
オーストリアの歴史とオーストリア映画への憧憬と、それを再現することへの執念がオフュルス映画からは感じられる。

「歴史は女で作られる」

以上のようなオフュルス体験を経て見たのが今回の特集で見た「歴史は女で作られる」。

シネマヴェーラの特集パンフ表紙

マリア・モンテスという19世紀に実在した踊り子にして高級娼婦の一代を題材にしたこの作品は、サーカスの客寄せとして晩年(まだ若いが)を迎えた主人公がサーカスでの”見世物”となっている場面から始まる。

上級民の末席に連なる出身で、美貌を武器に、音楽家や皇帝の愛人として表部隊を渡り歩いてきたマリアにとって、残酷極まりないその人生の最終章から映画は始まる。
オフュルスにとって、残酷極まりない人生の真実は、「快楽」第1話、第3話などを見てもわかる通り彼の作品のテーマでもあるのだが「歴史は女で作られる」はその色彩が濃く、全編に隠しようもなくにじみ出ている

マルチーヌ・キャロル

ヒロイン役のマルチーヌ・キャロルは「浮気なカロリーヌ」(51年 ジャン・ドヴェーヴェル監督)、「女優ナナ」(55年 クリスチャン・ジャック監督)などでセックスシンボルとして売り出された女優。
この作品では、少女時代から晩年のサーカス時代までほぼ同じメイクで登場する。

少女時代をそのまま演じさせることは、オフュルス作品では「忘れじの面影」でのジョーン・フォンテイーンの場合と同じだが、スカートを翻しながら階段を走って登る少女の動きを懸命に再現しようとしたフォンテイーンに比べ、大人と同じメイクのまま少女服に身を包んで登場したマルチーヌ・キャロルと、それを隠すことなく捉えるカメラ。
こそれはオフュルスの、この作品での”残酷”な演出の一つなのか?

もっともジョーン・フォンテイーンが自らのプロダクションを立ち上げての第一作「忘れじの面影」では彼女が自らをメロドラマのヒロインとして演技したのは必然で、オフュルスの”残酷な真実味”は抑えられていたのだが、他のオフュルス作品においては、女優たちは抑えた演技を求められており、”残酷な人生の真実味”が否応なく表面に現れてくる。
それは「快楽」第二話のダニエル・ダリュー、第三話のシモーヌ・シモン、「輪舞」のシモーヌ・シニョレの扱いに顕著である。

オフュルスが押さえた演技を求めている点では「歴史は女で作られる」のマルチーヌ・キャロルでも同様だが、一方で、彼女の体と顔からあふれだす成熟した色気と気概が、カラー画面と相まって作品のテーマに一方でマッチしている。

ダニエル・ダリュー

豪華で金のかかった映画で、サーカステントにせよ、各挿話のセットにせよ、出演者の時代的衣装にせよ、見ごたえがあるのだ、十分に効果が上がっているとは思われないのはどうしてか。。
カラーによって”底が”見えてしまったのか?根底にある残酷な暗さに引きずられてしまったからか?歴史ロマンの映画化が時代的にズレてきたからか?
サーカステントのセットの奥深さの表現と斬新なカメラワークはさすがだったが。

シネマヴェーラの特集パンフより

この作品については、興業収入が製作費を回収するに至らず、製作者によって再編集されたとのこと。
オフュルスにとって、また彼のファンにとっては不本意な事態であろう、が、たとえ再編集されたとはいえその素材はオフュルスがその演出によって撮影されたものであり、本質的なところは変わりようがないのも事実である。

その意味ではこの作品は、「会議は踊る:などの戦前のオーストリア映画へのオマージュでもなく、また女優のプロダクションに呼ばれて作ったノスタルジックなメロドラマ(「忘れじの面影」)でもなく(そういった仕事でも見事な職人芸を披露するのではあるが)、”暗く残酷な人生の真実の追求”が狙いであり、オフュルスの本質が現れた作品だと思われる。

投稿者: 定年おじさん

1956年北海道生まれ。2017年に会社を退職。縁あって、長野の山小屋で単身暮らしを開始。畑作り、薪割り、保存食づくり、山小屋のメンテナンスが日課。田舎暮らしの中で、60歳代の生きがい、生計、家族関係などの問題について考える。60歳代になって人生に新しい地平は広がるのか?ご同輩世代、若い世代の参加(ご意見、ご考察のコメント)を待つ。

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