“女ごころ”とマックス・オフュルス

渋谷シネマヴェーラの「ヌーヴェル・ヴァーグ前夜」特集で、マックス・オフュルス監督作品6本が上映された。
イタリア時代の作品が1本、アメリカ時代のものが2本、フランス時代が3本の構成。
未見の4本の上映に駆け付けました。

「永遠のガビー」 1934年 マックス・オフュルス監督 イタリア

オーストリア生まれのユダヤ人で、戦前のドイツで活躍していたオフュルスがドイツ脱出後、イタリアで撮った唯一の作品。
ヒロインはイザ・ミランダ、相手役はメモ・ベナッシ。

ストーリーはヒロインの出世物語なのだが、単なるスターものでもなければメロドラマでもない。
開巻から素早いカッテイングと縦横無尽のカメラワークで己の世界に観客を引きずり込む手際の良さは、当代一流のオフュルス節全開。
「この映画は原作者のものでも、製作者のものでも、出演者のものでもない。俺の作品だ」とのオフュルスの主張が鮮やかだ。
流れるようで、鋭い映画手法に、山小舎おじさんはあっという間もなく画面に引きずり込まれる。

素早いカットつなぎ、クレーンで縦横無尽に動き回るカメラ。
古さを感じない映画手法が連続する。
例えが適切かどうかわからぬが、リチャード・レスター監督が1960年代後半に、ビートルズ主演のスター映画を、斬新なカッテイングやコマ落とし撮影などを駆使して思いっきり「自分の映画」としたことを思い出した。

独特なプロット、手法に晩年までこだわり続けたオフュルスワールドの原型が、この作品ですでに見られた。

シネマヴェーラのパンフより

「輪舞」 1950年 マックス・オフュルス監督 フランス

オフュルス監督は流麗なカメラワーク、〈既視感〉に溢れた忘れがたい背景設定などを駆使して、一瞬にして観客を己の世界に引きずり込むが、さらに音楽にも重要な役割を担わせているのがこの作品でわかる。

狂言回しの俳優が、一話ごとにシュチュエーションにふさわしいコスチュームで登場し案内する、愛と恋の小話が6話ほど。
タイトルバックに流れる主題歌を、時には狂言回しが口ずさみながら、時には場面のバックミュージックとしながら物語がつづられる。
音楽が、懐かしさに彩られた寓話的映画の世界の演出効果を高める。

映画は、シモーヌ・シニョレが演じる街の女と兵隊の物語で始まるが、その兵隊は次のシチュエーションでシモーヌ・シモンが演じる小間使いを追いかけまわし・・・と、役者を重複させながら別の話へと進んでゆく。
典型的なオムニバス映画にひと手間加え、一話ごとにストーリーが途切れない工夫がされている。

「輪舞」より、シモーヌ・シニョレとジェラール・フィリップ

各小話に登場する俳優もいい。
ダニエル・ダリューのよろめき夫人はいかにも適役だし、若々しいシモーヌ・シモンの小悪魔ぶりも、ベテラン女優役のイザ・ミランダ(「永遠のガビー」のヒロイン)の余裕ある美しさも忘れがたい。

「輪舞」より、ダニエル・ダリュー(右)とダニエル・ジェラン

遊園地と回転木馬を用いた場面は、「忘れじの面影」(1948年)においてもそうだったように、懐かしさに彩られた、映画的記憶に満ち満ちている。
忘れがたき、オフュルスの映画的世界である。

シネマヴェーラのパンフより

「快楽」 1953年 マックス・オフュルス監督 フランス

モーパッサンの短編3話からなるオムニバス。
今回の特集で上映されたフランス時代の3作品では最も製作費がかかっているものと思われる。

第一話。
若き日の思い出を忘れられず、仮面をつけて若作りし、舞踏会にまぎれこむ老人の話。

オフュルスのカメラは、話の本題に入るまでの、舞踏会の館に次ぎ次ぎに乗り付ける馬車とドレスアップした客、迎える召使など、豪華なセットと、多数の俳優たちの動きを延々と描写する。
また、踊りまわる人々を館のガラス越しに移動撮影で追い、人々の間をクレーン撮影で動き回る。

見ている我々は、舞踏会の賑わいと猥雑な熱気の渦の中で翻弄される。

豪華なセットと馬車、群集に近い大人数を使ったぜいたく極まりない撮影に、思わず「そんなに金賭けて大丈夫か?」と、70年後の観客である我々も心配してしまう。
これでもかと繰り広げられるオフュルスワールドには圧倒される。

第二話。
ある港町の娼館のマダムとマドモアゼル(娼婦)一行が、マダムの実家の田舎へ、姪の神事に参加するために旅行する。

マダムにジャン・グレミヨン作品のマドンナ、マドレーヌ・ルノー。
マドモアゼルの一人にダニエル・ダリュー。
田舎で一行を迎えるマダムの兄にジャン・ギャバン。

全体を通すのびやかでのんびりとしたムード。

ダニエル・ダリューは草原で花を摘みながら主題歌を口ずさみ、マダムは終始口元に笑みを浮かべ、田舎のスケベ紳士ジャン・ギャバンは、いつもの深刻ぶった顔も忘れ、マドモアゼルの姿にひたすら鼻の下を伸ばす。
ルノワール映画のような開放感。

第二話「テリエ館」の一場面

あまりにいい感じだったので、原作「テリエ館」を読んでみた。
原作ではマダムとマドモアゼルの容姿、性格の描写がかなり辛辣だが、映画ではダニエル・ダリューをはじめキレイどころが演じている。
リアリズム映画ではないのでこれでいい。
鉄道で田舎へ向かう場面などでほぼ原作通りのセリフが使われてもいる。
ジャン・ギャバンふんする田舎紳士がマドモアゼルに執心して追いかけまわすところも映画ではソフトに描かれている。

第三話。
ムードががらりと変わる。
こわばった表情の登場人物が、閉ざされたアトリエ内で、あるいは寒々しい大西洋の海岸で交錯する様を表現主義的な手法も用いて描いている。

ダニエル・ジェラン扮する新進の芸術家が、シモーヌ・シモンに恋をし、モデルにして売り出す。
売り出し後、心変わりして女を捨てようとする。
女はマンションの窓を突き破って身投げをする。

第三話。芸術家のモデルとなるシモーヌ・シモン

何年か後、海岸を散歩する車椅子の女と、付き添う初老の男の姿が見られる。

救いようのない男と女の関係が、一瞬ののちに永遠の救いにつながる。
女ごころを一皮めくり、一見その救いようのなさの中に救いを見出す、オフュルス永遠のテーマに沿った挿話だった。

シネマヴェーラのパンフより

「たそがれの女心」 1953年 マックス・オフュルス監督 フランス

オフュルス永遠のテーマを徹底的に掘り下げ、その極北に至った作品。
女ごころの探求もいいが、その深さに翻弄されているうちに、どうにもならなくなる寸前までいった作品。

ダニエル・ダリューのよろめき夫人がダリュー自身の実像に見えるほどのビター感。
その浅知恵、いい加減さ、欲深さ、好色、大胆さ、自己中心なヒロイン像が。

将軍(シャルル・ボワイエ)の何不自由ない夫人(ダリュー)が、イタリアの外交官(ヴィットリオ・デ・シーカ)と恋に落ちる。
ダイヤを小道具にした出会うまでの筋回しが、しゃれているというか、闇が深いというか。

外交官が夫人を追いかけて恋がスタートするが、そこには何の必然性も合理性もない。
もっとも、登場人物の合理性には何の関心もないのがオフルス映画なのだが。

「たそがれの女心」のボワイエとダリュー

闇を持たず、裏のない人物など一人もいないだろう、ヨーロッパの上流社会がすでに救いがない。
その中で、ひたすら情人を求めて心ここにあらずの外交官と夫人。

ダニエル・ダリューとデ・シーカが、再会の念願かなってのダンスシーン。
クレーンショットでカメラは二人の周りを回り続ける・・・ように見える。
が、よく見ると、回っているのは踊る二人で、カメラはクレーンでついて行ってる。
二人の周りをカメラが回っているように見える効果が、目くるめく。
二人の喜びと、不安定さが象徴される。

リアリズムではなく、一見豪華な画面作りの中で浮かび上がる、女ごころ。
上流社会の闇と腐敗。
オフュルスの真骨頂。

ダリューとデ・シーカのたそがれのダンスシーン

「快楽」の第一話のような大掛かりな舞踏会のシーンはこの作品では見られず、必要以上のカメラワークのテクニックも少ない。
予算の関係もあるのだろうが、結果としてヒロインの女ごころによりフォーカスする結果となった。

終盤になるにつれて、イタリアの伊達男デ・シーカが哀れな浮気男に、将軍ボワイエは己の闇に対面せず逃げおおせたズルイ男に、見えてくる。
とすれば「たそがれの女心」ダニエル・ダリューは己に正直なだけのピュアな女、なのか?

オフュルスがハリウッドで撮った「忘れじの面影」(1948年)が、イギリス人女優ジョーン・フォンテイーンをフィーチャーした、不可解で非合理的だが、まっすぐな女ごころを描いた作品だとしたら、本作はフランス人女優ダニエル・ダリューによる、裏も表もあり、闇も深く、非合理的極まりない、最後の最後まで本心が見えない、女ごころを描いたものなのかもしれない。

パンフより

(余談)

ダニエル・ダリューは1917年、ボルドー生まれのフランス人女優。

ダニエル・ダリュー

主な出演作品は「うたかたの恋」(1936年)、「赤と黒」(1954年)、「チャタレイ夫人の恋人」(1955年)など。ジャック・ドミー監督のミュージカル「ロシュフォールの恋人たち」(1967年)にも出演している。

「うたかたの恋」

投稿者: 定年おじさん

1956年北海道生まれ。2017年に会社を退職。縁あって、長野の山小屋で単身暮らしを開始。畑作り、薪割り、保存食づくり、山小屋のメンテナンスが日課。田舎暮らしの中で、60歳代の生きがい、生計、家族関係などの問題について考える。60歳代になって人生に新しい地平は広がるのか?ご同輩世代、若い世代の参加(ご意見、ご考察のコメント)を待つ。

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