茅野市八ヶ岳総合博物館

山小舎から茅野に下りて、街中に至る途中に、諏訪東京理科大学の校舎があるのだが、そこに隣接して茅野市の博物館がある。

春の一日、山小舎おじさんは、八ヶ岳総合博物館に2度目の訪問をしてみた。
山小舎暮らし数年を経てからの再訪は、前回の訪問より地域への理解が進み、興味を引く内容が増えている?と思ってのことだった。

入り口には御柱を曳く際の用具が展示されている。
去年は7年に一度の御柱祭の年。
茅野は古い歴史を持つ、諏訪大社上社へ納める御柱8本が、八ヶ岳から引き出されて通る途上にある町。

茅野八ヶ岳総合博物館入り口
下社御柱の引手

入館する。
大人310円。
入館券を買っていると女性の職員が出てきたので写真撮影の可否などを聞く。
入館者はほかに一人だった。

展示内容は、八ヶ岳の造山、地形、河川、温泉などをジオラマで展示するコーナーに始まり、生物関係、縄文遺跡関係、民俗学的な生活用具・地場産業、御柱祭、八ヶ岳山麓の農業用水堰を作った地域の歴史的偉人・坂本養川のコーナーなど。
それぞれが簡潔にまとまっている。

八ヶ岳の地学的ジオラマ
ニホンカモシカのはく製
縄文関係の展示
多数の機織り機が並ぶ民俗学展示コーナー

茅野と八ヶ岳といえば縄文遺跡の本場として、石器、土偶などが出土しているのだが、八ヶ岳総合博物館の縄文に関する展示は比較的あっさりしている。
茅野の博物館としてはもっと縄文にこだわっても、とは思ったが、尖石遺跡の近くには国宝の縄文のビーナスを展示する尖石考古館がある。
こちら茅野市の博物館は総合的な展示を、というわけだと納得。

山小舎に数年住んで、茅野へ下りること数知れず、の山小舎おじさんでも、坂本養川と農業用水堰のことは知らなかった。
御柱祭のことでも、下諏訪町にある諏訪大社下社の木落としの光景にはニュースなどでよく接してはいるが、肝心の上社の御柱祭の里曳き、木落し、川越しの風景を見たことはなかったので、この博物館のビデオで見ることができて貴重だった。

八ヶ岳山麓で農業用堰を作った坂本養川のコーナー
堰についてはビデオで再現されている
下社御柱祭の展示も
茅野市内の木落坂での木落のしの様子

博物館の周りは、芝生が広がり、広い駐車場が隣接している。
天気がいいと北八ヶ岳の山並みを望むことができる。
八ヶ岳総合博物館は、小学生から大人まで楽しめる知のワンダーランでだった。

信州ソウルフード放浪記VOL.25 上田・刀屋の蕎麦

上田にいつも人が並んでいる蕎麦屋がある。
刀屋といってたいていの観光ガイドには載っている。

小説家で「真田太閤記」を書いた池波正太郎が、上田にひいきの飲食店が何か所かあったそうで、刀屋もそのうちの1軒だったとのことだ。

山小舎おじさん、久しぶりに刀屋へ行ってみた。
前に5人連れの家族が並んでいた。
ややあって案内された。

前回来た数年前に、てんぷら付きのざる蕎麦普通盛を頼んで、腹いっぱいだった記憶があった。
改めて注文を取りに来た女性に聞くと「小盛が東京でいうザル1盛分、中もりが2盛分」とのこと。
もり蕎麦中盛を頼む。

一口すすって記憶がよみがえった。
太く、硬い蕎麦だ。
うどんのようなフォルムでもある。
よくかみしめると蕎麦の香りがする。
中盛で腹いっぱいになる。

愛想はないが、かみしめると味があり、腹いっぱいにしてくれる。
まるで信州人のキャラのような蕎麦ではないか!

DVD名画劇場 MGMアメリカ映画黄金時代 ターザンとジェーンのエデンの園

ターザン映画は1918年にアメリカで映画化(大正8年「ターザン」の題名で日本公開)されたのが最初だという。
MGMによる、ジョニー・ワイズミュラー主演での映画化(1932年「類猿人ターザン」)は、作品の数では9作品目の映画化になる。
ワイズミュラーは6代目のターザン役者とのこと。

先に「類猿人ターザン」を見てその面白さに驚いた山小舎おじさん。

ワイズミュラー主演のターザン10作品が入ったDVDボックスがあったので買ってみた。
ワイズミュラーとモーリン・オサリバンのコンビによるターザン物を見てますますターザンものが面白くなった。

「類人猿ターザンの復讐」(原題:ターザン アンド ヒズ メイト) 1934年 セドリック・ギボンズ監督 MGM

MGMターザンシリーズの第2作。
前作で行方不明の父を追ってイギリスからアフリカへやってきたジェーン(モーリン・オサリバン)は、自然児ターザンの出現に恐れおののいたものの、その魅力に心動かされる。
父の死を確認したこともあり、ジェーンはターザンとともにアフリカに残る道を選ぶ。

ワイズミュラーとオサリバンのコンビ2作目の「ターザンの復讐」ではアフリカでターザンと暮らすジェーンの、ジャングルへの適応ぶりとターザンへの愛情が描かれる。

日本公開当時の「類猿人ターザンの復讐」広告

この作品でのジェーンの格好は、セパレーツの上下で、下半身は紐で前後とつなげているだけ。
ターザンのスタイルとの共通性があり、ジャングル生活に適応したジェーンの姿を現す。
だが当時の社会情勢や映画の自主規制状況を考えると、これはかなり思い切ったスタイル。

「ターザンの猛襲」プレスシートより

ジェーンは、前作で彼女に思いを残しながらイギリスに帰っていたハリーと、その友人で象牙で一攫千金を狙う山師のような男のキャラバンを迎え、再会を喜ぶ。
キャラバンにはハリーが用意したドレスや化粧品があり、ジェーンはドレス姿を披露。
ドレスや化粧はジェーンの若い女ごころをくすぐりはするが、ターザンとの絆を切るまでには至らない。

ジェーンが「エデンの園」と呼ぶ河畔。
朝のターザンとの水泳シーンでは、ジェーンが着ていたドレスが木に引っかかり、裸のまま水中を泳ぎ回る。
水中シーンはシリーズで毎回出てくるが、この作品の場面が一番長く、美しい。
ジャングルに適応し、ターザンと暮らす喜びがあふれる。
当時の映画では思い切った表現。

「ターザンの復讐」よりターザンとジェーン

ジェーンを演じるイギリス人女優、モーリン・オサリバンは1911年生まれ。
本作品撮影時は22、3歳でまさに若さがキラキラしている頃。
前作でのおてんば娘ぶりから、愛する人と暮らす若い娘への変貌を溌溂と演じている。

DVDボックスより

山師の策略で、ターザンが死んだと思ったジェーンは一度はイギリスへの帰還を覚悟するが、こういったジェーンと文明社会との切っても切れない関係性はシリーズ中で繰り返されることになる。

シリーズ中最長と思われる上映時間104分は、大半がジェーンの魅力に捧げられたものだった。

「ターザンの逆襲」(原題:ターザン エスケイプス) 1936年 リチャード・ソープ監督 MGM 

本作から監督は娯楽映画の職人として長く活躍したリチャード・ソープに交代。
さあ、ターザンは何から逃げるのか?

「ターザンの逆襲」より

イントロはいつものようにアフリカの奥地へ着いた蒸気船から降り立つ白人一行のシーン。
やってきたのはジェーンの従姉姉弟。
おじが残した遺産を餌にイギリスへジェーンを連れ帰そうとする。

一方、ジャングルでの新婚生活も板についてきたジェーンは、偶然チンパンジーのチータが持ち帰った女性の下着を見てターザンの浮気?を疑ったりの若妻ぶりを発揮。

二人の新居は、ハンドメイドではあるものの、像の力で昇降するエレベーターがあり、チータがハンドルを回す扇風機が備わっている立派なツリーハウス。
ターザンが作ったらしい。
食事はテーブルで摂り、ターザンがサーブする。

これら、文明生活をコピーした新居を、ユーモアととるべきか、ジェーンと文明生活のつながりの強さとみるべきか、当時のアメリカ映画の価値観の発露とみるべきか。

イギリスにいったん帰ることを決めたジェーンにすねるターザン。
説得し励ますジェーン。
ジャングルの王者ではあるが、文明社会との接触場面では、直情径行の「問題児」ぶりを隠さないターザンと、文明的でしっかり者のジェーンという、カップルの色がこの作品あたりから確立する。

一度は、いとこ一行と同行してターザンのもとを去るジェーン。
荒れるターザン。
ターザンものらしくない心理劇的展開が重たく、そぐわない。

すべての問題が解決し、ジェーンはイギリスに帰らなくてもよくなる。

従姉は「あなたは(素晴らしい男性と、理想的な環境という2つを得て)すべての女性がかなえられるわけではないポジションにいるのだ」とジェーンに言うラストシーン。
ジャングルに残るジェーンに対する最大級の賛辞でドラマが終結する。

ジェーンのコスチュームは、この作品以降、ショートパンツの上におとなしいワンピースを着たスタイルに変更。
ジェーンが自然の中で肌を露出して色気や美しさを発揮するシーンはなくなる。

「ターザンの猛襲」(原題: ターザン ファインズ ア サン)  1939年 リチャード・ソープ監督  MGM

MGMターザンシリーズ第1作から7年。

おてんば娘だったジェーンも落ち着いた若妻に。
そして本作で母親となる。

「ターザンの猛襲」本国宣伝

南アフリカへ鉱山経営に向かう飛行機が、ターザンが住む絶壁に衝突して不時着。
富豪夫婦は死に、赤ん坊が残される。
チータが飛行機から赤ん坊を回収し、ターザンに渡す。
この作品あたりからチータの活躍が目立ち、チータ単独の場面も増えてくる。

ボーイと名付けられすくすく育った赤ん坊。
ターザンとジェーンはボーイの親を自任。
ボーイの遊び相手はチータと仔象。

また、ターザンはほぼ英語を解している。
発する言葉は、相変わらず単語をつなげたものだが。

「ターザンの猛襲」ボーイとターザン

遭難した夫婦の死亡を確認するためのキャラバンがやってくる。
莫大な遺産が絡む。
遺産の独り占めを狙ってキャラバンの中の悪人が策動。
直感で悪人を見破るターザン。

ジェーンは、文明人の余韻を残すため、悪人の言葉に騙される。
というか、文明人のジェーンは直観ではなく、相手の発する言葉の論理性如何で物事を判断するため、結果的にターザンの行いに抵抗し、悪人を助けることにもなってしまう。
ただし、結末はターザンの活躍により悪人が滅び、ジェーンはターザンに謝り、二人の仲は一層深まるのだが。

DVDパッケージより

この作品から、キャラバンの一員として、おどけ者ながら直観的にターザンを理解し、最後に悪人に対抗(しようと)する芸達者なキャラが加わる。

「ターザンの黄金」(原題:ターザンズ シークレット トレジャー) 1941年  リチャード・ソープ監督 MGM

ターザンシリーズの主題は、素朴な自然主義。
ターザンに象徴される、平和を愛し、自活能力に優れ、自然を愛する直観力、を賛美している。
もっとも、ジェーンに象徴される常識的な文明性へのリスペクトも忘れてはいない。

本作ではその主題にもう一歩深く踏み込む。

「ターザンの黄金」本国宣伝

ボーイが家族で泳ぐ川の底で金の塊を見つける。
ターザンは黄金には興味がないが、山にも同じものがあるという。
ジェーンはボーイに文明社会での金の価値を教える。

部族の調査にやってきた学術調査のキャラバンがターザンのもとへやってくる。
歓待するジェーン。
新居には吹き出す温泉で蒸し焼きや茹で料理ができるグリルや、湧水を引いてかける冷蔵庫まで新設されている。.

しっかり者のジェーンを先頭にターザン一家

ジェーンはしっかり者のママとしてボーイを教育。
キャラバンが持っている望遠鏡や映写機に積極的にボーイを触れさせる。

ボーイが金塊を見せたことで学術キャラバンは内部分裂。
悪人派が良識派を駆逐し、ターザンを銃で排除して、ジェーンとボーイを人質に金塊奪取へ向かう。
前回から登場の、おどけキャラ(バリー・フィッツジェラルド)がここで活躍し、ターザンの逆転劇をアシストする。

すっかり落ち付いたヤングママぶりを発揮するジェーン役のマーガレット・オブライエンは20代最後の出演。
ポーレット・ゴダードとジェーン・フォンダを合わせたような美人女優に成長している。
ターザンとの会話は、出会った頃の思い出話をするまでに言語が進化。
一方、いったんは悪人の「言葉」に騙され、結果としてターザンを窮地に陥らせるパターンを本作でも踏襲している。

DVDパッケージより

ラストシーン。
「君達のような人が増えれば世界は平和になる」と、ターザンを助けた、おどけ者(バリー・フィッツジェラルド)に言わせて、ターザンの文明に毒されない素朴な生き方が賛美される。
金第一主義の弊害を明確に否定して、映画はその主題を深化させる。

では、そのあとはどうなのか。
去ってゆく白人を見送る「理想的」なターザン一家が、まるで〈絶滅を待つ、エデンの園の希少生物〉のように、はかなく寂しげに映ったのは気のせいか。

そう見えたのは、〈素朴な自然性〉以上の価値観を、この映画も当時の社会も持ち得ず、そういった中で〈金第一主義〉だけを否定する状況にいわば〈放置〉されたターザン一家が不安定に見えたからではなかったか。

「ターザン紐育へ行く」(原題:ターザンズ ニューヨーク アドベンチャー)1942年 リチャード・ソープ監督 MGM

ワイズミュラーとオサリバンのコンビの最終作。
ターザンは少々おっさん臭くなり、30歳を迎えたジェーンは堂々たる中堅美人女優。
オサリバンは、映画監督のジョン・ファローと結婚し、1945年には、のちにミア・ファローとなる娘を出産することになる。

DVDパッケージより

エデンの園で泳ぐターザン一家の姿がトップシーン。
新居にはチータがハンドルを回す「食器洗い機」が新設されている。
ジェーンは幸せそうだ。

やがてライオンの捕獲を目的とした一行が双発機で不時着する。
ボーイが現場に向かう。
白人3人のうち一人を操縦士と見破るボーイ。
自然児としての直観力がボーイにも備わっており、ターザン二世として成長していることがわかる。
一方、一行のうちの悪人はボーイが仔象を手なずける様子を見て、サーカスで大儲けできると悪だくみを考える。

凶暴なジャコニ族の来襲と救援に駆け付けるターザンとジェーン。
ツタがジャコニ族によって切られて落下する二人。
さらに火をかけられる。
チャンスとばかりにボーイを連れて離陸する白人たち。

チータに助けられたターザンたちは、ボーイを追って海岸の街へとたどり着く。
ジャングルでの格好のまま裸足で港町の往来を歩く二人は好奇の的。
白人の高官に掛け合って、黄金と交換にニューヨークまでの航空券を入手。
中国人のテーラーでそれぞれの洋服をあつらえる。

ニューヨークの空港、タクシー、ホテルでの騒動の描写は、大人し目。
ドタバタは主にチータが引き受け、よく訓練されたチンパンジー芸をたっぷり披露。
ターザンも服の上からシャワーを浴びて叫ぶなどするが、ギャグっぽい描写はされていない。

「ターザン紐育へ行く」より

洋装もよく似合うジェーンは、当初は法律に従うようにターザンを説得し、ボーイを戻すために裁判にまで訴える。
が、実の親ではないことが判明し、ボーイの親権を証明できない。
その瞬間、裁判所でターザンの怒りが爆発。
拘束された部屋の窓を破って脱出。
警官とビルの屋上から、吊り橋の上まで大捕物を展開。
サーカステントでは悪人を相手に空中ブランコで立ち回る。

この展開、反権力・アナーキーなものではなく、無声映画の喜劇で警官をからかう喜劇役者のふるまいに近い。
むろん喜劇風演出はされておらず、ターザンの直情径行を強調し、ターザンだから許される、という風で観客も全面的にターザンを応援したくなる。
公務執行妨害と裁判所侮辱罪については、情状酌量され執行猶予となる結末が用意され、文明との妥協の場面も用意されている。

ジェーンは法律に頼り、ターザンを自重させたことを反省。
「これからもついてゆく」とターザンに謝罪。
一家はアフリカに戻り、エデンの園で泳ぐ一家の姿がラストシーン。

母親役で、ますます落ち着きの出ているジェーン。
自らの色気発揮は少ないが、だからこそコスチュームから覗く形の良い足が、大人の色気に変わっていて貴重だったことを申し添えたい。

まとめ

・原作のターザンは類猿人と呼ばれ、いわば人外魔境に暮らすジャングルの王だったの(だろう)が、そういった伝奇性、猟奇性は第2作目までで、それ以降は、ジェーンの存在感が増し、ターザンは家庭人、常識人としての一面が強調されている。

・映画のベースには素朴な自然賛歌があり、平和を乱す拝金主義、武器などの文明はターザンによって否定、排除される。
ジェーンは文明人として一義的にはそれらを排除しないが、最終的にはターザンの価値観に従う。

・このシリーズは女優モーリン・オサリバンの成長物語でもある。
イギリスからハリウッドに渡り、シリーズ第1作から体当たりでターザンのヒロインを熱演。
ジャングルに定着した当初を描く第2作では思い切ったコスチュームを披露、はつらつとした魅力を全開にする。
シリーズ後半では母親としての落ち着きも見せ、洋装でのニューヨークのシーンなどでも芸達者ぶりを見せた。

・アフリカロケの部族や動物の珍しいシーン。
スタジオでの動物を使ったシーン(特に多数の像を使ったアクションシーン、猛獣とと格闘シーンンなど)。
大勢の黒人を使っての部族の襲撃シーン、キャラバン隊の再現シーン。
などに工夫が見られ、アフリカもの猛獣物の原典となった。
人が川でおぼれた瞬間にワニが出動してゆくカットなどはこの後の映画で繰り返されることになるお馴染みのものだ。

モーリン・オサリバン

令和5年 山小舎開き

3月下旬に山小舎開きをしました。
今日から山小舎暮らし6シーズン目のスタートです。

山小舎おばさんに送られて山小舎入り

2月までは、雪が玄関へのアプローチを覆っていた山小舎周辺でしたが、雪の影はほぼどこにもない状況。
暖冬だったのでしょうか。

玄関にはすでに雪がありません

心配だった上下水道管の凍結もこの気温では全く心配ないようです。
水道管の温熱サーモスタットも切って大丈夫でしょう。

山小舎前の道路もこの通り

それでも夕方近くなると急激に気温が下がります。
薪ストーブは焚きっぱなしです。

後日晴天に恵まれた山小舎。シーツ類の洗濯外干しは何ヶ月ぶりでしょうか

去年あたりから山小舎暮らしにマンネリの影が出てきたというか、加齢で疲れやすくなったというか、感激が少なくなってきたシーズンを自覚しています。

それだけいろいろなことに対して深堀りができそうな予感もします。

体力と気力、体幹、バランスが弱くなっていることも事実。

健康と事故に気を漬け乍ら、ポイントごとに充実した山小舎暮らしをしていこうと思います。

今年はさらにゲストが増えそうな気もします。

彩ステーションの落語会

山小舎おばさんが管理している、調布柴崎の彩ステーション。
今年もみんなの居場所として、健康体操、栄養講座、歌う会、健康マージャン、子供食堂、バザーなどを開催している。

これら催し物は、山小舎おばさんが主催するのではなく、管理栄養士などの専門家や、子ども食堂では小学校のPTA会が主催するなどして行っている。
彩ステーションの役割は場所提供だ。

催し物がない日でも、近所の人や放課後の小学生たちが立寄ったり、東京都や調布市の行政担当者が見学に来たり、大学院生が卒論のフィールドワークに来たり、日本人と結婚して市内に暮らしている外国人が遊びに来たりしている。

この日は落語をやるというので顔を出してみた。
普段、ステーションの協力者として活動している方の持ち込み企画で、真打の金原亭馬玉という落語家が来るとのこと。

当日は落語の後、打ち上げをするとのことでその準備もあり、山小舎おじさんはステーションへ。
炭起こしなどをしつつ、落語会の方ものぞいてみる。

テーブルに座布団を敷いて即席の高座。
観客は満員の35人。
投げ銭方式で、結局3万円集まったとのこと。

馬玉さんは、調布に住んだことのある落語家さんとのこと。
座ったとたんに客をつかむ技は見事。
1時間ほどの公演時間だったが、やろうと思えばいくらでも時間をつなげられるとのこと。
集まった皆さんは笑いっぱなしでした。

その後は、打ち上げの炭火焼き大会。
不肖、山小舎おじさんの送り出し会も兼ねての宴会となりました。
今年も山小舎で野菜作りを頑張ろう。

神代中学の桜

近所の神代中学の校庭に沿って桜並木があります。
東京に桜開花宣言が出た後、神代中学の校庭付近を通ってみました。

山小舎おじさんの子供たちがこの中学に通っていた頃は、桜の満開は入学式が終わった頃で、グランドに花びらが散っていたのを覚えています。
現在は、温暖化の影響なのか、入学式を待たずに咲き始めています。

桜の季節とはいえ、三寒四温。
ポカポカ陽気の間には肌寒い曇り空が混じる季節です。

三鷹を流れる仙川の河川敷が菜の花真っ盛りです。

近所の庭のミモザが咲き乱れています。

シネマヴェーラでサッシャ・ギトリ特集

シネマヴェーラ3月の特集はサッシャ・ギトリ。
生涯30本ほどの映画を監督するが、リアルタイムでの日本輸入は2本ほどしかなかった。
ただ輸入されたうちの1本である「とらんぷ譚」(1936年)は30年代のフランス映画を語る際によく登場する作品であった。
今回はギトリの特集から2本を見た。

シネマヴェーラのパンフより

「あなたの目になりたい」 1943年  サッシャ・ギトリ監督主演  フランス

ギトリ映画初体験。

若々しいファッションに身をつつんだマドモアゼル2人が展覧会の会場へ入ってゆく。

ぴちぴちして魅力的なマドモアゼル(ジュヌビエーブ・ギトリ)。
そこに出てくるのが初老で恰幅のいい彫刻家(ギトリ)。
その姿、若い娘には釣り合わない。

初老のエロ爺の若い女への執着?
もしくは若い娘によるパトロン狙いのパパ活?

恋の都フランスだからその主題もありなのだが、当時60歳に近いギトリが主人公を演じる姿に驚く。

監督で演技者としても定評のあるギトリゆえに許されるのか。
同じく監督主演を務め、気に入った(多くは愛人の)女優を相手役に抜擢した、エリッヒ・フォン・シュトロハイム、チャーリー・チャップリン、そしてウッデイ・アレンの〈マイナス面〉を思い出す。

シュトロハイムには徹底した己を含めた現実への視線があった。
チャップリンには体を使った常人ならぬ表現があった。
それらは、仮に己の映画を公私混同の場としていたとしても一見の価値のあるものだった。
が、果たしてギトリ映画にそれはあるのか。

セリフ回しは滑らかだが、動かなくなった太めの体躯と隠せない年齢はすでに主演者のそれではなかった。

シネマヴェーラ特集パンフより

それでも映画の前半。
恋に落ちた娘を邪険にする彫刻家の姿に、人間の情の不可思議さ、深さを表現していいるのか?さすがフランス映画!と感心させる。

それが早とちりだったと判明するのが、彫刻家が失明を予期し、娘に結婚をあきらめさせる親心だとわかって迎えるハッピーエンド。
これではハリウッドメロドラマと同じではないか。

「とらんぷ譚」 1936年  サッシャ・ギトリ監督主演  フランス

1936年の作品。
主演は同じくギトリ本人だが、まだ50代前半で、また全編にわたっての出演ではなく、少年時代や青年時代の主人公をそれぞれ子役や若い役者が演じるので無理なく見られる。

特集パンフより

主人公のナレーションによる回想シーンがほとんどを占める。
この回想シーンの処理がテンポがあっていい。
短くカットがつながれ、演技もパントマイム的で無駄がない。
さりげないギャグにはペーソスや人生の苦さが加えられ、ギトリのセンスの良さを感じる。

当時の結婚相手ジャクリーヌ・ドゥリュバックが魅力的に撮られており、とっかえひっかえのファッションやコケテイッシュな笑い顔に「あなたの目になりたい」のジュヌビエーブ・ギトリを思わせる。
ギトリの好みはいくつになっても、こういった若い魅力的な女性なのだろう。
チャップリンも10代の少女が好きだったように。

右:サッシャ・ギトリー、左:伯爵夫人役の老女優

快調な作品なのだが、回想シーンでモナコ時代の話の時の主人公のナレーションで「ここにはあらゆる人種が集まる(中略)雰囲気がいいのは日本人がいないせいだろう」みたいなセリフがあった。
背景が白くてスーパーの日本語が判然とはしなかったものの。

1936年当時は戦前で、枢軸国は悪の対象。
ドイツには面と向かって言えないので、影響の少ない日本を悪者にしたのか?
あるいは人種差別か?

戦後にはすぐ壊れるおもちゃを裏返すとMADE IN  JAPANの文字が現れ、それをラストシーンとしたイギリス映画(「落ちた偶像」1948年)などもあり、直接的間接的に日本(日本人)を揶揄した外国映画が各時代に見られた。

自分の作品のギャグのために外国(人)を茶化すようなことは好きではないのでここで一気に醒めてしまった。

コメデイアンがその毒として事象を茶化すことはあるが、その選択には本人の立ち位置が表れる。
ロシア生まれで、フランスでは己の才能1本で演劇映画でのし上がってきたギトリの〈毒〉のこれは一つなのであろう、時代背景もあったろう、がしかし・・・。

そういうわけで、この日以降ほかのギトリ作品を見る気力をなくした山小舎おじさんでした。

ウッデイ・アレン作品のように、自虐ネタやオチョクリをしゃべりまくる主人公が、若く魅力的な女優を横に、苦いギャグを連発する映画が好きな人はどうぞ。

3月の東京

春を探して家の近くを散歩しました。

家の庭にいつの間にか沈丁花が咲いています。

家の横の遊歩道沿いにはボケの花が開花しつつあります。

梅が散っています。

畑は植え付けの準備完了です。また、菜の花が真っ盛りです。

歩道沿いの花壇には、水仙などが満開です。

木蓮が咲き誇るグランドでは少年サッカーの試合が行われていました。

冬から春にかけて、かんきつ類が実るのも関東ならでは。
夏ミカンやキンカンが鮮やかな黄色の実をつけています。

高田馬場から九段下まで

ある春爛漫の日、早稲田通りを散歩しました。

高田馬場駅で降りて早稲田通りを歩きます。
賑やかな高田馬場駅周辺を抜け、明治通りを超えると、学生街の雰囲気が漂います。

ここら辺、20年前は古本屋が軒を連ねていたのですが、今では数軒から10件未満が残るばかり。
代わって飲食店の出店が目立ちます。

早稲田界隈の古本屋には、左翼思想や沖縄問題などの専門店があったり、値段が安かったりして、覗くのが楽しみです。
この日も映画関係の本や戦後の対米慰安婦関係の本を買ってしまいました。

更に早稲田通りを下り、穴八幡神社のある交差点を過ぎると、キッチンオトボケがありました。
ここで昼食です。カツカレーは720円に値上がりしていましたが、ボリュームとルーの味は変わりありませんでした。
店内のスタッフは、変わらず元気なビルマ?人の若者たちでした。

この日もにぎわっていたキッチンオトボケ
カツカレーは変わらぬ味

神楽坂方面へ歩きます。

ここからは主に和菓子屋、お茶屋、パン屋を覗き、適当なお土産を探しますが、値段が高い!ので断念。
名画座とピンク映画館があった路地へと進みました。

名画座(今ではミニシアターといわれる)のギンレイホールが閉館になっていました。
場所を移して再開するとのことですが、また一つ昔ながらの映画館がなくなりました。
ピンク映画館は数年前に閉館しています。

閉館していたギンレイホール

この後は飯田橋駅を横に過ぎて、青森県会館にあるアンテナショップを覗いてから九段下まで歩きました。

靖国神社の鉄製の大鳥居(必要以上に大きくないかい?)を見ながらベンチで休憩。
都営新宿線で帰りました。

「レッドパージ・ハリウッド 赤狩り体制に挑んだブラックリスト映画人列伝」を読む

先日「ハリウッドとマッカーシズム」という本を読んだばかりの山小舎おじさん。
続いて「レッドパージ・ハリウッド」という本を読んでみた。

なぜに映画界が赤狩りの主なターゲットとされたのか?
そこにはユダヤ人などへの差別はあったのか?
それとも左翼勢力と「民主国家」アメリカの価値観との覇権争いが本質だったのか?否か。

「レッドパージ・ハリウッド」 2006年 上島春彦著  作品社刊

定価3800円、399ページの大著を吉祥寺の古本屋で2000円で思い切って購入。
帯に「映画ファン必読の労作ー蓮見重彦氏絶賛」の文字が踊る。
本のタイトル、ボリュームからして、ハリウッド赤狩りの歴史的経緯と評価が体系的、時系列的に網羅された内容を連想する。

目次

読んでみて、著者がハリウッド赤狩りの歴史的、時系列的解説に興味のないことがすぐ分かった。

本書は、チャップリンがドイツからの亡命人作曲家で左翼のハンス・アイスラーにかかわりがあった、という話から始まり、「ライムライト」撮影後に共産主義者としてアメリカを追われたチャップリンの話へと続く。

その後も赤狩りの時系列的、歴史的経過に著者の関心はなく、ジョン・ガーフィールド、ベン・マドウ、フィリップ・ヨーダンといった俳優、脚本、製作者の個別の話が続く。

これらの登場人物は、赤狩りの犠牲者だったり、赤狩りでブラックリストに載った脚本家の「フロント」(名義貸し)だったり、一連の「赤狩り事象」に深く関係した人たちだった。
が、日本ではあまりなじみのない人物でもある。

著者は彼らの経歴のみならず、演劇・映画の作品の背景(作品完成に至る、人物関係、業界関係など)に分け入り、また枝分かれした先の情報をたどってゆく。
そこに確証のない情報だったり、著者の推測が混じる。

第一次、非米活動委員会に召喚された19人

本書「はじめに」によれば、「著者の関心は普遍的部分にはなく」また「本書は基本的には年代記ではなく人物伝の形式をとる」とある。
本書はハリウッド赤狩りに関心のある初心者用に書かれたものではなく、ある程度の時系列的事実を押さえた者でかつ映画史の周辺に興味を持つマニア向けに書かれたものだ、ということがわかる。
なるほど蓮見重彦氏が推薦文を書くはずである(文体、文脈も蓮実氏と似ている)。

赤狩り時代を題材にした、ハリウッド人物伝として読めば、豊富な裏話(確証のないものも含めて)に溢れる本書は確かにマニアにとっては面白い。
本書が採り撃揚げた人物には以下のような映画人がいる。

  ジョン・ガーフィールド 俳優

1913年ロシア系ユダヤ人の移民の息子としてニューヨークに生まれ、ストリートキッズとして少年時代を過ごし、16歳の時にメソッド系の演劇レッスンの練習生となる。
左翼系の演劇集団グループシアターで売り出し、ハリウッドに進出。
自らの経歴を生かすようなストリートキッズ役で脚光を浴び、ジェームス・ギャグニーの後継者としての評価を得る。

独立プロを作ったガーフィールドは、エイブラハム・ポロンスキー脚本、ロバート・ロッセン監督で代表作「ボデイアンドソウル」を製作する。

1951年、共産主義シンパとして非米活動委員会の召喚を受けたガーフィールドは、自らを「共産主義者でもないし、その思想に共鳴もしない」と議会で証言。
ただし、仲間の名前を出すことは拒んだ。

第二次、非米活動委員会で証言するガーフィールド

1952年、ガーフィールドは知人女性の部屋で死亡。
自死ともいわれたが、最近では持病の心臓発作によるものと思われている。
赤狩りのストレスが間接的な死因であることは自明。

フィリップ・ヨーダン 脚本家、製作者

1914年シカゴ生まれのポーランド系ユダヤ人。
「犯罪王デリンジャー」(1945年)を製作しヒット。
「大砂塵」「折れた槍」「バルジ大作戦」などの脚本、製作を経て1990年代まで映画製作に関与した人物。

筆者が特に関心を寄せたのは、このヨーダンがブラックリストに載った脚本家を起用し、そのフロントとなったことが多々ある(のではないか)という点。
「最前線」の脚本でブラックリスト作家ベン・マドウのフロントを務めたとのこと。

このヨーダンなる人物、メジャースタジオの内部で働いてきたわけでもなく、脚本家としての実績もあいまいで、いかにも胡散臭い人間(独立系映画プロデューサーとはかような人物をさす)。
著者にとっても、どの作品がブラックリスト作家のフロントだったのか確証がない。

本書からは「いかがわしい映画人」以上のヨーダン像が伝わってこない。
ただし、日本人がほとんど論評してこなかったヨーダンなる映画人に、スポットライトを当てた点だけは意味があるのかもしれない(まったく意味のないマニアの自己満足なのかもしれないが)。

怪人フィリップ・ヨーダン

   エイブラハム・ポロンスキー  脚本家、演出家、映画監督

ユダヤ系の薬剤師の家庭に生まれ、社会主義の家風に育ちコロンビア大学を出て弁護士の資格を持っッテイタポロンスキーは、小説家志望から劇作家となり、ハリウッドでの活動に至った。
主に脚本家で活躍する。
監督処女作は「フォースオブイーグル」。

エイブラハム・ポロンスキー

1951年には盟友ジョン・ガーフィールドに次いで非米活動委員会の召喚を受けた。
ガーフィールドを除く仲間の密告によるものだった。

ポロンスキーは筋金入りの共産主義者で、人種差別と偏見に基づく非米活動委員会の召喚リスト中でも「唯一追放に値するハリウッドの共産主義者」といわれた。

ブラックリスト入りで早々にハリウッドを離れたポロンスキーはニューヨークの演劇界に戻り、50年代をテレビの台本執筆などで過ごした。

この時期1959年にはロバート・ワイズ監督、ハリー・ベラフォンテ主演の「拳銃の報酬」でノンクレジットながら脚本を書いている。
「拳銃の報酬」は、偏見に満ちた白人が、犯罪仲間の黒人と協同する中でお互いの理解に至るまでを描いた犯罪映画。
著者は「善意の黒人を白人が受け入れる、というそれまでのプロット(「手錠のままの脱獄」などでシドニー・ポワチエが演じる善良な黒人のイメージ)から一歩進んで、ありのままの黒人が白人の理解を得る、という、より進歩的なプロットを描いたもの」(山小舎おじさん要約)と評価している。

  エリア・カザン 演出家、映画監督

トルコ、コンスタンチノーブル(現イスタンブール)出身のギリシャ系。
移民とはいえ絨毯で財を成していたおじさんにより裕福な生活を送る。
学生時代から演劇に親しみ、左翼系演劇集団グループシアターでジョン・ガーフィールドなどと親交を結ぶ。
この時期に共産党に入党し、のちに脱退。

1952年非米活動委員会の召喚を受けたカザンは、委員会の活動を全面支援するとともに、共産党シンパの名前を10名近く挙げた。

この密告について著者は、「ハリウッドで監督として商売する以上は、非米活動委員会に協力するよりほかにない」(山小舎おじさん要約)状況だったと述べている。
事実、密告したエドワード・ドミトリクもエリア・カザンも、ロバート・ロッセンも、もともと監督としての実力があったにせよ、(密告をした)50年代以降の監督としてのキャリアはそうそうたるもので、非協力を貫いたポロンスキーとは見事な対比を見せている。

陸井三郎著「ハリウッドとマッカーシズム」中のアーサー・ミラーによっても、本書著者の上島春彦によっても、「救いようがない」と両断されたカザンの行動。
仲間を売るという行為が、ハリウッドで演出家が生き残るための当時唯一の手段だったとはいえ、その後も自分の裏切りに開き直り、売った仲間を誹謗し続けたカザンの人間性を非難している。

また、著者はカザンが自伝やのちのインタビューで盛んに強調したという、「自らの移民としてマイノリテー性」なる「被害者意識」にしても、恵まれた幼少時代からの生活ぶりなどを理由に切り捨てている。

  まとめ

時系列を無視し、著者の興味と知識(確証がない部分も含めて)の赴くまま、自在に時空を超えて展開するブラックリスト人の映画ワールド。
混乱する展開が多々あるとはいえ、「映画マニア」としての著者が思わず熱を込める筆致が、えもしれぬ魅力を発していたのも事実。
本書の切り口、端はしに顔を見せるマニアックな豆知識の数々。
例えば・・・。

ブラックリスト中では有名人のドルトン・トランボが、「ローマの休日」の原案者だった?とか、トランボの別名執筆といわれている「黒い牡牛」だが、背後はそんな単純なものではなさそうなこ話。

「ボデイアンドソウル」のユダヤ人母親役が「緑園の天使」でエリザベス・テーラーの母役を演じた個性的なアン・リヴェアという女優である話。
などなど。

ドルトン・トランボ

何やかんや言いながら、映画ファンの端くれ・山小舎おじさんもつかの間、映画の光と影にが作り出す渦に巻き込まれ、夢を見させてもらったような読後感でした。

筆者の関心は、ユダヤ人問題にも、左翼問題にもなく、ひたすら映画マニア的な人物関係にあったような気がします。
本書の値段が高いのは読者層が非常に限られているからでしょう。