DVD名画劇場 太平洋戦争の分岐点を描く「ガダルカナルダイアリー」と「シン・レッド・ライン」

1942年のソロモン諸島をめぐる陸海空戦は、日米両軍の戦力が拮抗していた時期のことだった。

そもそも日本軍がなぜ、今にして思えば無謀な、かつ1943年の御前会議で決定された〈絶対防衛圏〉(千島、マリアナ諸島、ニューギニア西部を結ぶエリアを太平洋戦争における日本の最終防衛圏としたもの)においてすらその圏外とされていたソロモン諸島に兵を進め、あまつさえ貴重な戦力を漸次低減消耗させていったのだろうか?

その契機となったのが、飛行場建設のために、ソロモン諸島のガダルカナル島に上陸した日本軍守備隊と、その後ガダルカナル島に反抗上陸した米海兵隊との一連の戦いだった。

1942年7月の米軍反抗上陸から、1943年2月の日本軍撤収まで、ガダルカナル島内の陸戦のほか、幾多の海戦、空戦が行われ、日米両軍ともに相当数の軍艦、輸送船、航空機、兵員を周辺海域で失った。

米軍の目的は、西太平洋の日本軍に対する反抗の拠点としての飛行場占領確保で、日本軍の目的は米豪分断の拠点としての飛行場建設と確保だったが、日本軍の飛行場再占領の作戦はすべて失敗に終わり、ガダルカナル島に残された陸軍兵の兵站は分断され、駆逐艦、潜水艦による細々とした物資輸送を余儀なくされた。
飢餓とマラリアに苦しめられた日本軍は駆逐艦により残存兵を撤収し、ガダルカナルでの戦いは終わった。

「ガダルカナル・ダイアリー」1943年 ルイス・セイラー監督

同島米軍上陸の1年後に製作された劇映画。
従軍記者による原作の映画化。

太平洋戦争真っ盛りの時期の劇映画ながら、単純な戦意高揚映画ではなく、また一方的に米軍の活躍を賛美してもいない。
戦争を知る人々が作った冷静さ、シリアスさを感じられる作品。

この戦争では、ジョン・フォード、フランク・キャプラ等そうそうたるハリウッド巨匠が招集され、戦争記録映画を撮っている。
本作は有名ではない監督と出演者によるものだが、その独立性がリアルな映画作りの貢献したのだろうか?
デビュー間もないアンソニー・クインが海兵隊役で出ている。

輸送船内での新兵の不安、上陸直前の恐怖感が描かれている。
一方で、日本軍の刀を土産に持って帰りたい、などと話す明るく陽気なアメリカ兵の姿は、のちのハリウッド映画のアメリカ兵の姿と同様だ。

上陸直後は戦闘機が7機しかなかった米軍。
おっかなびっくり上陸し、日本軍を追ってゆく。
ジャングルには入りたがらない様子なども描かれる。
指揮官は「日本軍を甘く見るな」を連発する。

DVDパッケージ裏面

ガダルカナルを巡る一連の戦闘の記録としても貴重な作品。
劇中のセリフに、〈サボ島沖海戦〉が出て来たり、日本海軍の戦艦、金剛と榛名によるガダルカナル島飛行場への夜間艦砲射撃の描写も出てくる。

飛行場を占領した米軍への反撃として、ガダルカナル島沖に日本海軍の高速戦艦が夜間出撃し、焼夷弾による艦砲射撃を行い、飛行場と周辺の物資を火の海としたもの。
防空壕で艦砲射撃におびえる海兵隊員の姿が描かれていた。

交代要員が到着し、ボロボロになった先任の海兵隊とすれ違う。
ピカピカで張り切っている交代要員と、黙々と行進する前任の海兵隊員との対比が描かれる。

そこには戦争の賛美も、米国の全能感もない。
主役の一人、アンソニー・クインも作品の途中、戦闘で狙撃されてあっけなく戦死する海兵隊員を演じている。

「シン・レッド・ライン」1998年 テレンス・マリック監督 20世紀フォックス

「ガダルカナル・ダイアリー」から55年後に描かれたガダルカナルの戦闘。

55年前の映画では上陸前の輸送船内の米兵は、ジャズで踊っていたが、本作では物悲しいバイオリンがむさ苦しい輸送船内の蚕だなベッドに流れる。

上陸後の戦闘では、日本軍の迫撃砲に負傷する米兵の叫び、苦痛の声がやまない。

突撃前に胃がつって動けなくなる米兵。
丈の高い草の中を恐る恐る前進する米兵。

ニック・ノルテイ扮する中佐は叩き上げの指揮官で、やたら部下を叱咤し、酷使して成果を焦る。
昔の劇映画なら、小心で狡猾な卑怯者の指揮官として描かれるだろうキャラクターも、この作品では組織としての軍隊で屈辱にまみれながら年下の上官に仕えてきた中間管理職の、無能ではあるが悪意のない姿として描かれる。

故郷に残してきた最愛の妻がいる米兵。
美しい妻との魅惑的な回想シーンがカットインされる。
最前線で妻からの待望の手紙を受け取った米兵が、その手紙で妻から離婚を懇願される絶望感。
妻は別の男に〈恋〉をしたという。

白兵戦で日本兵を蹂躙する。
降伏した日本兵を銃座で殴り蹴飛ばす。
死体から金歯を集める。
死臭を避けるために鼻の穴にたばこを詰める。

交代要員を迎えた米兵の姿は敗残兵のように疲れ切っている。

パッケージ裏面

主人公は脱走して原住民の村に入り浸っていたところを哨戒艇につかまってガダルカナル戦に連れていかれた。

水木しげるさんも兵隊時代にソロモン諸島での戦闘を経験。
脱走こそしなかったが、原住民の村に自由に出入りし、村長の娘と仲良かったと自伝の漫画にあった。

「シン・レッド・ライン」の天国のような原住民村と米兵の描写も嘘ではないのだろう。

戦闘シーンでは日本軍の激しい砲弾の中を米兵が進む。
当時、兵站は途切れ、ただでさえ弾薬が乏しかった日本軍が、平地を散開して進む米兵に対し、果たしてあんなに景気よく砲弾を消費したものだろうか?という疑問もわく。

ショーン・ペン、エイドリアン・ブロデイ、ジョージ・クルーニー、ジョン・トラボルタなどの新旧俳優が挙って出演を希望したという作品。
寡作のテレンス・マリックは本作品で第49回のベルリン映画祭金熊賞を受賞している。

(おまけ)「太平洋航空作戦」1951年 ニコラス・レイ監督 RKO

日米が雌雄を決したガダルカナル戦には米空軍も参加した。
この作品はガダルカナル島のヘンダーソン飛行場に展開した米空軍戦闘機隊の物語。

ロバート・ライアン大尉の元、腕利きの戦闘機隊に出動命令が下る。
指揮官はライアンが昇進して当たるのではなく、新任の少佐のジョン・ウエインが赴任してきた。
命令が絶対で、作戦のためには部下を容赦なく使い倒す少佐。
この少佐と大尉(および隊員)の間に軋轢が生まれる。

部下思いのヒューマニストがライアン、作戦遂行のためには統制第一のウエイン。
両者のキャラクターは、ただし画一的ではない。
ウエインが戦死した部下の両親に手紙を書いたり、家族の声をソノシートで聞いてしんみりしたり、と人間性も見せる。
ライアンは部下のためにはウエインと衝突もするが、それは指揮官を上司に持つ〈気楽な〉立場のなせる業でもあると最後に示唆される。

戦争当時の、グラマン、コルセアなどの実機が編隊で飛ぶ飛行シーン。
当時の機体がほとんど残っていない現在ではこんな画面は二度と撮ることができない。

負傷したパイロットが、プロペラを曲げながら何とか着陸するが機体は壊れるシーン、日本軍の空襲でグラマンが燃えるシーンなど、実機をバンバン壊したり燃やしたりして、ぜいたくな撮影を敢行。

空戦シーンは実写フィルムをモンタージュしており、主に日本機が撃墜される映像が続く。
金剛、榛名の艦砲射撃でヘンダーソン飛行場が炎上し、ウエインらが掩体壕に飛び込むシーンもあり、史実に忠実たらんとする姿勢は見える。

それでもあれっ?と思ったことがあった。

たとえばウエインが日本の輸送船談を空襲する際に、無線電話で列機に「トウキョウエキスプレスを攻撃する!」というシーンがあったが、東京エキスプレスとは、速度が遅い輸送船では兵站を維持できない日本軍が、やむなく駆逐艦や潜水艦を使って夜間細々とガダルカナルの残存兵に食料弾薬を運んでいたことを米軍が揶揄したコトバなはず。
日本の輸送船がガダルカナル近海でさんざん沈められたのは事実だが、輸送船団は〈エキスプレス〉ではないはず。

日本軍の呼称についてはこの映画、ニップスとジャップが使われていた。
「ガダルカナルダイアリー」や「シンレッドライン」ではジャップ一辺倒だったが、ここら辺何か意味があるのか?

また、一時本土に戻り帰宅するウエインの土産は日本刀。
それを幼い息子に与え、息子は片手ですらッと抜刀する場面があった。
特に意味のないシーンではあろうが、日本人としては不自然極まりない思い。

更に言えば、ガダルカナル戦のはずが、いつの間にか時間経過し、機種がグラマンから戦争後期に使われたコルセアに代わり、日本のカミカゼ攻撃が現れたが、これは単なる尺のカットで、説明不足のなせる業か?

さはさりながら1951年のこの作品。
世の中は大戦の経験を鮮明に残した人々が現存し、また新たな朝鮮戦争が起こっている。
単純な米国賛美、軍隊賛美では嘘くささが喝破されかねない風潮でもあったろう。
スポーテイな戦争映画ではなく、銃後も含めて人間の痛みが伝わるような作りとなっている。

DVDパッケージ裏面

監督のニコラス・レイはRKOの「夜の人々」(1949年)でデヴュー。
社会に疎外された若い男女が、惹かれ合うも社会に受け入れられず、犯罪に手を染めて自滅してゆく、いわゆる〈ラヴアンドザラン〉の佳作だった。
この作品は、のちに「カイエデュシネマ」の評論家に「B級映画だが精神においては上等」と評価された。

ニコラス・レイは、その後も「暗黒への転落」(1949年)や「危険な場所で」(1951年)などで、旧来の権威に対する疑問と弱い立場の者に対する同情的な視点を崩さなかった。
「太平洋航空作戦」はレイ初のカラー大作ではあるが、人間を見つめる視点は変わっていなかった。

ニコラス・レイの左翼的姿勢は、デヴュー当時にハリウッドを席巻していた〈赤狩り〉の犠牲になってもおかしくなかったが、本人が非ユダヤ人だからということもあるが、所属する映画会社のRKOのオーナー、ハワード・ヒューズの庇護によることが大きく作用し、非米活動委員会への召喚を免れたといわれる。

投稿者: 定年おじさん

1956年北海道生まれ。2017年に会社を退職。縁あって、長野の山小屋で単身暮らしを開始。畑作り、薪割り、保存食づくり、山小屋のメンテナンスが日課。田舎暮らしの中で、60歳代の生きがい、生計、家族関係などの問題について考える。60歳代になって人生に新しい地平は広がるのか?ご同輩世代、若い世代の参加(ご意見、ご考察のコメント)を待つ。

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