大宮八幡宮と武蔵野八幡宮

令和8年1月。
比較的近所の神社2か所ににお参りしました。

この日は杉並区の大宮八幡宮です。
自転車で井之頭通りを東に進んでゆきました。

京王線の永福駅を過ぎたあたりを方南町方面へ左折します。
住宅街の中に大宮八幡宮はありました。

大宮八幡宮の大鳥居

安全祈願のお祓いを受けようと自家用車が列をなしています。
三々五々、参拝者が絶えません。
地元の人に愛されている神社特有の、晴れがましさと暖かさに包まれた境内です。

安全祈願に列をなす車両
詰めかける参拝客たち

遅い初もうでの客、お宮参り、御朱印を求める人、何かの集まり、いろんな人が集う場所です。

本殿で祈願
門の立派なご紋章は、国家神道の場として戦前より由緒ある神社であることを示す

吉祥寺にある武蔵野八幡宮神社は、その前をそれこそ数えきれないくらい通っています。
これまで一度も参拝したことがありませんでしたが。

武蔵野八幡宮境内はひっそりとしている

この日も自転車で通りかかり、気にかかったので寄ってみました。

吉祥寺の雑多な雰囲気が、境内に入ったとたん遮断されます。
鳥居の袂には神田上水の源である井之頭の石碑があります。

井之頭の石碑が立つ

大宮八幡と異なり、参拝客はもちろん人気の少ない境内を進み、お参りします。

本殿を望む

思ったより歴史と静謐さを感じます。
ときどき御参りしたい神社です。

立派な作りの本殿

新春の靖国神社

東京へ戻ってきた、”半信州人”にして”旧道産子”の山小舎おじさんです。
自宅で過ごす2026の新春、お江戸ど真ん中の神保町を探索、靖国通りに沿って市ヶ谷まで歩くお約束の散歩コースをたどります。
この日は全く久しぶりに靖国神社に寄ってみました。

九段坂下から望む靖国神社の大鳥居。
近くによってもその巨大さに圧倒されます。
鳥居を潜ると幅の広い参道が伸びています。
神様への参拝路というよりは首都で催されるイベントの舞台に似つかわしい場所です。
凱旋門へと続くシャンゼリゼ通り、ベルリン勝利の塔へ続く直線路の日本版と言ったら言い過ぎでしょうね。

参拝客というよりは観光客というべき人々に交じって進むと、拝殿に近づきます。
ここまでくると神社らしい厳かさが漂います。
大きなカフェがあり、休憩する客の多さが観光地の明るさを醸し出してもいます。
落ちているごみもなく、インバウンドの参拝客のマナーがよいのが特筆されます。

境内の売店
奉納される清酒は全国から

拝殿で参拝。
奥の本殿?は撮影禁止とか。
玉ぐしをささげる政治家らが撮影されたりしたら困るのでしょうか?

菊のご紋章が輝く。
拝殿に並ぶ人々

右手にある遊蹴館という宝物?館には零線21型や彗星艦爆の復元機が展示されています。
桜花という特攻機も。
また未婚で散っていった特攻隊員に捧げる花嫁人形の展示も。
そう、ここ靖国神社は明治維新以来、国のために散っていった英霊を祀る神社なのです。
とはいっても戊辰戦争で薩長軍とたたかい破れた諸藩の武士たちの霊は祀られていないそうで、その点には納得いきませんが。

と言いつつ、小春日和の境内でコーヒーを飲んでベンチでひと時。

神保町の古書店で仕入れた古い映画雑誌をひもときます。
めくるたびに古紙の破片とともに、雑誌に含まれた時間がこぼれ出てゆくような何とも言えないひと時でした。

カフェにはテラスとベンチが
ベンチで50年代の「映画の友」「スクリーン」を開く

あけおめ ことよろ

2026年 あけましておめでとうございます。
ことしもよろしくお願いいたします。

元旦の初詣は近所の厳島神社(金子稲荷神社)へ

ということで、昨年12月中旬に、2025年の山小屋仕舞いを行い、東京の自宅で年越し中の山小舎おじさんです。

境内で焚火をする氏子さんたち

12月中は、毎日1~2時間の大掃除と午後からの自転車散歩。
散歩はいつもの定例コースのほか、東京ならではの景色を求めて神保町などを歩きました。
家族や孫たちとのクリスマスや年越しも賑やかに過ごしました。

厳島神社への参拝

昼間の時間、阿佐ヶ谷、荻窪、西荻、吉祥寺、三鷹、国分寺などのコースを一回りすると、新しい自転車散歩コースにも事欠く2026年1月の日常になっています。
それでも年の瀬、正月と都市部ならではの賑わいを楽しみました。

吉祥寺のお寺で羽根つきをする人たち

天気は良いが、木枯らし吹きすさぶ東京の冬に、思わず感じる疎外感をあえて少しは自覚した方がよいのでしょうか。

同じく駒回しの少年たち

ママチャリ迷走記2025 改めての多摩川沿い

春爛漫の4月中旬。
久しぶりに多摩川の土手の上を、調布から立川までママチャリで走りました。

かつて興隆を誇った多摩川の砂利採取。唯一工場が多摩川原橋たもとに残る
鶴川街道は多摩川原橋を渡って川崎市多摩区へと続く

やや風があったものの、もはや寒くはありません。
桜も終わり春本番の気候です。

鶴川街道が渡る多摩川原橋の袂から土手のサイクリング道路に乗ります。
多摩川の河原は名も知れぬ雑草が黄色の花を咲かせています。

サイクリング道路を走り始める
右手は調布の部落といわれた地区。今ではキムチ工場、雑品会社など在日系の企業が見られる

平日のサイクリング道路は人通りも少なく、ジョギングする人、散歩する人のほかは、ロードバイクを走らせる人がたまに現れるくらいです。
このロードバイク、流行り出したころには集団で高速走行する人が多く、事故もたまに見ましたが、最近は集団走行はなくなり、やたらスピードを出す人も減ったように感じます。

府中に入った頃、巨大な排水門
かつて多摩川の行楽客目当ての売店があった場所
自転車マナーアップの幟がはためく

サイクリング道路は府中市に入り、しばらく市内を通過します。
名残の桜並木の下で人が休んでいます。
休日には人で賑わうバーベキュー場も平日はさすがに閑散としています。

葉桜の下で休む人
府中郷土の森公園近くのバーベキュー場

府中の多摩川沿いには、読売新聞、キューピーマヨネーズなど、大企業の支社や工場があります。
キューピーの工場は調布の仙川にありましたが、ここへ移転しました。

府中市内の高層マンション

京王線、JR南武線、中央自動車道などの高架下をくぐってサイクリング道路は続きます。

京王線の鉄橋。八王子方面から調布方面へ電車が走る
名所旧跡、渡し船の跡地などには案内版が建つ

しばらくは河川改修などの工事現場が続いていた多摩川ですが、だんだん本来の姿を現してきました。
たっぷりとした水量がとうとうと流れています。

パラソルの下で釣りをする人

国道20号線の日野橋近くで、サイクリング道路は途切れます。
ママチャリの馬力も途切れるころとなり、土手を下りて立川方面へと進路を替えてこの日の迷走を終えます。

サイクリング道路の終点。この先があるのか?

支那そば見聞録が移転のため閉店

つつじヶ丘駅前の見聞録が急に閉店していました。

シャッターの貼り紙を見ると、移転しますとあります。
貼り紙にはたくさんの寄せ書きがありました。
つつじヶ丘駅前の飲食店としては最古の部類らしく、30年ほどの歴史があったとのことです。

土地建物のオーナーの意向による閉店のようです。
おそらく再開発されるのでしょう、マンションに。

サラリーマン時代には飲んだ帰りに寄って、ビールと仕上げの支那そばを食べましたっけ。
いつまでもビールを飲んでいると、女将さんの視線が気になり、慌てて支那そばを注文したものです。
飲んだ後の支那そばのダシの味が忘れられない味でした.。

最後まで支那そばの値段は650円でした。
あっさりとしつつ、香り高いスープが、あまたのラーメン屋にありそうでないものでした。
その後も、山小舎から帰った時に何度も食べに行きました。

大将も女将さんもまだまだできるお歳です。
ぜひ移転先で続けてほしいものです。

彩ステーション 子供食堂

柴崎の彩ステーションでは、子ども食堂もやっています。

子ども食堂新聞が発刊されている

毎月第二水曜日に始めて2年になりました。
主催は上野原小学校のPTA会長だった40代の人。
賛同は彼の仲間を中心に、PTAの現役・OGのママさんたち。
毎月のメニューを決め、材料を調達するのも楽しみのようです。
開催後の反省会(飲み会)も。

山小舎おばさんの彩ステーションのかかわりは、場所提供や素材の入手、調理援助、おかしの提供などです。

この日の彩ステーション

この日のメニューはから揚げ丼。
20キロの鶏モモ肉を下味付けて揚げます。
タレに通してご飯の上へ。
ご飯にはでんぶや錦糸卵がかかっています。

当日昼頃にお邪魔すると、調理担当のママさんや彩サポーターが3名、下味をつけた鶏肉に粉をまぶし、また一升炊きの電気釜にお米をセットしたりしていました。

午前中から準備が始まる
午前中のキッチンでは3人のスタッフが大わらわ
午後、スタッフもそろいからあげ丼の仕上げ

毎回100~120食を用意。
子供100円、大人300円で販売し、毎回完売です。
5時から販売開始。
この日は既に販売開始を待つママさんがいました。

お弁当のほかに、お菓子などが付くのがお楽しみ。
この日はビニール袋に詰めあわされたお菓子のほか、市内の豆腐屋さんから差し入れられたおからのパック、ドーナツ屋さんから無償提供のドーナツなども配られました。

5時の開店を待つママさん
出来上がったからあげ丼が並ぶ
おまけのおからパックとおかゆパウチ

30代、40代のパパ、ママ世代のエネルギーと、それを目指して集まる同世代のママさんと子供たち。
いつもの数十倍の生命力があふれる彩ステーションでした。

お弁当を受け取るママさん、外に並ぶママさん
配るスタッフ
この日の彩ステーションのロビーには力強い絵がかかっていた

近所の桜散歩

4月初旬は真冬のような寒さでした。
待望の晴れ間となった日に近所を回って満開に近い桜を見てきました。

まずは自宅の裏手の通称・国有地へ。
出かけるときに通る場所でもあります。
ここでは毎年見事な桜が咲きます。
グランドからは蓮休みの子供たちの声が聞こえます。

「国有地」脇の桜
右手のグラウンドからは子供たちの歓声が聞こえる

続いて神代中学校の脇を通ってみます。
うちの子供たち三人が通った中学です。
最近は温暖化なのか、入学式の時期には散っていることが多かった桜ですが、今年は間に合いそうです。

神代中学構内のボタン桜
校庭脇の桜並木

国分寺崖線の坂を下ると野川周辺です。
野川沿いには桜が植えられており、毎年の花見ポイントになります。

野川の遊歩道を歩く人。菜の花が咲いている

この日は久しぶりの晴天で、散歩の人も多く見られました。

河川敷で遊ぶ姿は野川らしい

バーベキューなどの人出で埋まる、武蔵野市場近くの河川敷へ行ってみました。
平日のせいか、バーベキューをするグループは一組ほど。
ファミリーやママ友グループが三々五々シートを広げていました。

武蔵野市場付近の河川敷で花見をする人たち。雪柳も満開

今年も無事に花見の季節を迎えられました。

彩ステーションでグァテマラコーヒー

冬のような花冷えのある日、出勤中の山小舎おばさんから電話で彩ステーションに呼び出されました。

ステーションのサポーターの一人である、グアテマラ出身のマリアさんが、自国のコーヒーを点ててくれるというのです。

凍える中、雨でぬれながら自転車で着いたステーションでは、いつもの明るいマリアさんが持参のコーヒーセットでグアテマラコーヒーを淹れ、午前中からのお年寄りにふるまっていたところでした。

コーヒーを淹れるマリアさん

集まりにはナショナルカラーの赤の民族衣装で張り切るマリアさんですが、寒いこの日は原色の緑の割烹着姿。
パラグアイ出身のナンシーさん手製のケーキとのセットでもてなしてくれました。

用意したのは自慢のグアテマラ産コーヒー

20年ほど日本人の旦那さんの実家で義両親と暮らし、看取った話。
週3回、早朝の電車で横浜へ向かい、客船などで訪れるお客さんにスペイン語で対応する仕事をしていること。
自分からバリバリ、日本語で話すのが彼女らしさ。
話の勢い、内容の面白さに、聞いているお年寄りたちは大喝采です。

お客さんは近所の常連さん

この日は急に『来たい』とマリアさんが山小舎おばさんに伝えてきたというグアテマラコーヒー大会。
いろんな才能、人材が集まり、喜んでくれる人がいる場所らしい催しでした。

彩ステーションで「春の落語会」

三寒四温の間を縫って、みんなの居場所・調布柴崎の彩ステーションで落語会が開かれました。
POCO&POCOの会の後藤さんが主宰して、山小舎おばさんの彩ステーションが協賛する催しです

落語会の案内ポスター

出演は金原亭小馬生というプロの落語家、入門25年目という真打です。
彩ステーションの関係者のつながりで出演いただき始めて5回目。
1席10万円の芸人が、満席30人ほどの民家に「投げ銭」方式でやってきてくれます。

孫たちも聞きに来るというので、山小舎おじさんも出かけてみました。
開始前、彩ステーションのたたきに並べられた椅子は満席です。
いつものレギュラー陣に加えて新しい顔も見えます。

開始を待って集まる人々

即席の高座に小馬生師匠が上がって落語が始まりました。
このような席でも本式の着物に着替えて、直前には食事をしないように調整して上がってくれます。

まずは古典落語の「泥棒と妾の騙し合い」の話を演じてくれました。
話の終盤、孫の小学校一年生が退屈そうにしたのを見て、高座から『つまらない?』と聞く場面も。
いつもは休憩なしで次の話へ行くところを休憩をはさむこととなりました。

休憩中は孫たちは畳の上で遊んだりして気分転換。
高座も子供向けに、タヌキの声色や食べ物、飲み物の演技を取り入れたわかりやすいものになりました。
4年生の孫は集中して聞いていました。

小馬生師匠が高座に上がる

終演後、師匠を囲んでサポーターたちと懇談。
私服に着替えるとやはりプロの落語家、素人離れした雰囲気となります。
修業時代のことなどをうかがいました。『楽屋ではえらい順番に座る位置が変わる。』『師匠によってお茶の好みが違うので弟子はそれに合わせて淹れる。』『弟子時代は自由な時間や使えるお金はほとんどなかった』などを話してくれました。
まんべんなく周りに気を使い、相手にいやな気を全く感じさせないところにもプロを感じます。

近所の方が、よかったらと女ものの着物を3着ほど持ってきていました。
師匠はそれらを広げて試着しつつ『黄八丈だな』とか言ってました。
いいものをくれたようですが、それがわかる師匠もプロです。
喜んでもらってゆきました。

色紙を書いてくれた

『次回はどうしましょうか。夏に浴衣でやりましょうか?』と言いながら次の場所へ向かってゆきました。
彩での高座もやる気満々のようでした。

ちなみに本日の投げ銭は4万円。
大人は一人1000円、子供500円が標準ですが、「投げ銭」なので基本的には観客各々の「お気持ち」が集まった結果です。

彩ステーション「談論風発の会」

山小舎おばさんが主催している彩ステーションは、調布市柴崎にある「みんなの居場所」。
一軒家を借りて平日オープンし、歌の会、麻雀、体操、ランチの会などを、近所の主にシニアたちを集めて開催したり、時々はプロの音楽家や芸人が投げ銭方式で芸を披露したりもする場所です。
ほかに月一回の子ども食堂を開催(これは地元の小学校のPTAが主催し、彩ステーションは場所提供)したり、バザーを行ったり、関係者の誕生会を開いたりしています。

彩ステーションには、常時参加するシニアたちが20人ほどもいるので、例えばランチの会の炊事だけでも結構な手間が必要です。
そのための献立、調理、後片付けを行うボランテイアのスタッフ(サポーターと呼ぶ)が数人いて、毎週ランチの会を開催してくれたりします。
また、自分の特技を講習会のネタにして主催してくれる人がいたり、地域に在留の外国人が故国の料理の会を開いたりして、多彩なプログラムが提供されます。

そのプログラムの一つに「談論風発の会」というのがあります。
興味があったので参加してみました。
この日は3月11日。
最近は忘れがちだが、東日本大震災の日でした。

彩ステーションのホールで準備する参加者たち

主宰者は80代に近い女性。
彩ステーションのサポーターの一人として数年参加している人。
この人の司会で会が始まった。
参加は近所のシニアたち。
元気な人もいれば、ほとんど目の見えない人、認知症で会話が頓珍漢な人もいる。
お馴染みのメンバーばかりなので場の雰囲気はこなれている。

ホールの片隅にはまだひな人形の姿が

まずは14年前の震災当日、どこにいてどんな体験をしたのか?というテーマが司会者から提示されました。
皆さんとっくに退職していた時代だったようで、自宅付近の様子だったり、現地の知り合いが災難に遭った話が多かった。
自分の番が来たので、会社員時代に当日を迎え徒歩で会社から5時間かけて自宅に帰った話をした。
当時の都内の緊迫した雰囲気、閉鎖された駅舎の周りで列を作る人、渋滞で全く動かない都心部の車道、歩道を埋めて黙々と歩く人々など、忘れようにも忘れられない記憶を話した。
「そういえばこの話を誰かにしておきたかったんだ」と思いながら。
3月11日の「談論風発の会」にタイムリーな話題を振っていただいた司会者に感謝です。

会の後半は合唱だった。
彩ステーションには20部の手づくり歌集が配られた。
「ギターで歌おう会」というのを主宰している人が自力で作ったものとのことで、立派な作りに驚いた。

スタッフが自作された歌集の表紙

歌集で歌を選びながら10曲ほど。
テーブルの真ん中にデジタル式のスピーカーを置き、司会者の助手のような人がスマホから選曲して飛ばしたものが流れ、皆はそれに従って歌うのだが、隣の高齢者が本式の発声で歌っているので驚いた。
その方はかつて地域の公民館で合唱の会を主宰していたとのことだった。

歌集の目次
この日の選曲はザ・ピーナツの「恋のバカンス」から

1時間以上が過ぎ、用意された桜餅を食べて会が終了した。
会費は300円(通常は100円だが、この日は桜餅付きとのことで実費分増額)だった。

久しぶりに歌を歌えて気分転換になり、また忘れかけていた震災時の記憶を言葉に出せた貴重な機会でした。
彩ステーションに集う高齢だが貴重な人材にも感心しました。

桜餅がおやつ