明日の天気予報は雨。
上田映劇の上映情報を見たら「時をかける少女」をやっている。
当日、朝8時に山小舎を出て上田に駆けつけた。
うえだ子供シネマクラブの第9回の企画とのこと。
シネマクラブは、映画館を利用して子供の居場所を作ろう、という趣旨のもと、NPO法人が月2回、上田映劇を舞台に行っている由。
上田映劇って、そもそもがNPO法人だし、映画に限らず演劇の舞台でもあるし、ロビーには地域の有志が、情報誌、手芸品、Tシャツ、古本を並べているし、すでに地域の居場所ではあるんだけどね。
「時をかける少女」。
1983年作品。
監督:大林信彦。
主演:原田知世。
今回はフィルム上映。
もぎりにいた支配人に「映写技師はどうするの?」と聞くと「私がやります」とのこと。
日大芸術学部大学院出身で地元にUターンしたという若い支配人には、年に何回かの入場ではあるにせよ、そのたびに映画について話しかけたくなる山小舎おじさんです。
半年ぶりの上田映劇。
ロビーの雰囲気は変わらないが、あらたな情報誌が展示してあるなど、地元有志の参加の度合いが増えているような気がする。
入場者の感想ノート(感想文にはスタッフからの返事が赤字で追記されていた)が見当たらくなったのは残念だったが。
これもコロナか。
館内の設備にも変化があった。
水漏れするので補修カンパを募っていたこともあった天井には扇風機が回り、舞台の袖には大掛かりな装飾が・・・。
支配人に聞くと、扇風機はもともとあったが、舞台袖の装飾は映画のロケの大道具とのこと。
ロケのセットを壊さないのも上田映劇流だ。
さて、映画上映が始まった。
観客は朝イチと天候のせいもあるのか、ほかに一人のみ。
見終わって、感動している山小舎おじさんがいた。
原田知世がいい。
少女が戸惑い、成長するけなげな姿がいい。
彼女の不安、愛情の芽生えなどがドラマチックに表現されている。
あるいは、現実の少女の実像を追う映画であれば、作り手の先入観を裏切る瞬間の表現も避けては通れないだろうが、この作品は大林監督(そして角川春樹制作者の)主観が優先された作品だ。
描かれているのは少女像を通しての作り手の幻想だ。
同時に、デジャブ(既視感)を表現した映画でもあった。
ストーリー上、未来人と絡むタイムトラベルの話ということになっているが、そこに至るまでの数日間の表現は、まさにデジャブに戸惑う少女の描写に終始している。
主人公の不安な心理を表す、影や夜を多用したシーンが続く。
うまくカットをつなげ、主人公同様、観客もタイムトラベル(スリップ?)というデジャブを味わわされる。
主人公の不安感はデジャブによるものであり、同時に思春期独特の感情によるものでもあることに気づかされる。
デジャブの混乱と、大人へと向かう成長の感情がクロスするクライマックスのシーンでは、ここまでほぼ封印してきた、大林監督の映像テクニックがさく裂する。
駒落し、脱色、着色、書込み、逆光、移動、を駆使したカットは、大林初期の16ミリ作品「伝説の午後・いつか見たドラキュラ」(1967年)以来の十八番であり、大林作品必須の映像テクニックだ。
他にも大林監督がこだわったカットに、原田知世が素足に下駄をはく姿があった。
「日本全体のデジャブ」ともいえる尾道の裏町風景を背景に、制服姿や昭和の私服姿で現れる少女の描写は、大林監督の念願でもあったろう。
原田知世は、アップに耐え、アップになると魅力が現れる。
このひとの20代の代表作を見てみたいと思った。
「伝説の午後・いつか見たドラキュラ」は、自主映画の名作といわれ、山小舎おじさんは大学生時代に見る機会があった。
あの日、上映が終わった瞬間に観客が一人、ホールの舞台に駆け上がり何かしゃべろうとした。
期待にざわめく会場。
結局、舞台に駆け上がった彼はうまく言葉が出ずにいて、やがて引っ込んでいった。
それは、観客の映画的興奮を代弁しようとしたかのような、夢の中のような、それこそデジャブのような光景だった。
大林作品というと、「いつか見たドラキュラ」の目くるめく映像テクニックとともに、舞台に駆け上がった青年の姿を思い出す山小舎おじさんです。