冬の山陰・北陸夜行列車の旅③ 古都・松江

旅の初日、出雲大社参りを済ませて一畑電車で松江に入りました。
雪でした。
舗道の凍結に滑りながら、吹雪の中を松江城に向かいました。
そのとたん携帯のバッテリーが切れました。
また、折から強風のため松江城構内は立ち入り禁止となっていました。

松江に向かう一畑電車から見た宍道湖

予約していた市内のホテルに荷を解き、夕食に向かいました。
目指すのは、居酒屋評論家として吉田類と人気を二分する太田和彦がその番組で訪れたことのある居酒屋です。

ホテルから駅の反対側に出て、川を渡ったところにその店はありました。
吹雪のためか、カウンターに数人の客がいるだけで予約なしで入店できました。

大将と接客の女性が2人。
女性はかなり高齢で、一人は大将のお母さんと思しき方。
二人とも愛想はよく、てきぱき動くのですが、かなり耳が遠くなっていました。

お通しに地元で赤貝と呼ばれる貝の煮つけがでました。
ビールとお刺身盛り合わせを注文。
その後、イカの刺身、白魚の天ぷら、メバルの煮つけなどを頼みました。
魚の鮮度は文句なし、久しぶりにおいしい刺身を食べた気分です。
カウンターの隣の客が時々サポートするように口をはさんで、地元産の魚を解説してくれました。
日本酒は地元松江の豊の秋。

「赤貝」の煮つけ
刺身盛り合わせ。寒ぶり、鯛、アジなど
白魚の天ぷら
イカの刺身
メバルの煮つけ

こうして雪が深々降る松江の夜は更けました。

翌朝、少々早く行動を開始し、7時過ぎのバスで松江城に向かいました。
改めてのお城見学です。

お堀端を過ぎ、石段を上ってゆくと遥か上段の方に天守閣が見え隠れします。
お城の構内を歩いているのは地元の通勤の人なのでしょうか。
石垣は高く深く、まるで映画のセットのよう。
いや、迷宮にタイムスリップしてゆくようです。
深い荘厳な世界が待っています。

神事湖の水を引いているという松江城のお濠
松江城建築の堀尾吉清像

これが現存天守というものか。
見慣れている松本城とは異なる迫力、神秘性に満ちています。
この時点で松江の歴史と重みに早くもKOされました。

雪の松江城に登ってゆく
天守閣が見えてきた
天守閣としゃちほこ

天守を過ぎ、再びお濠を渡って、武家屋敷、小泉八雲の旧宅の方へ向かいます。
歴史を旅ゆくノスタルジックな旅人になったような気分です。

幅広く、立派なお濠は遊覧船のルートにもなっています。
これほどのお濠がおそらく現状のまま残っているのも貴重なことです。

遊覧船も航行するお濠

通学の中学生らに交じって、小泉八雲亭から武家屋敷を歩きます。
頃合いを見てお濠を渡ると元の場所に着きました。バスに乗って駅へ戻ります。

小泉八雲旧居
武家屋敷
お濠を渡る橋

駅では9時の開店を待って地元の名産品を探ります。
地酒・豊の秋、酒蔵が作った料理用の酒・みりん、海水塩、ノドグロ味のダシの素などをチョイス。
自宅に送りました。
東京へは翌日午後の着です。

出雲地方の神話時代からの文化は、大社脇の博物館に展示されていた、古墳出土の銅鐸、銅矛の潤沢さなどで実感していましたが、松江城の周りを散策し松江の町の雰囲気を体感すると、ごく近年までこの町も、綿々とした文化を積み重ねていることが痛感されました。
昨今のインバウンドブームに毒されていない地味な感じも気に入りました。
歴史ある真の文化を背景にしたプライドを感じました。

凍えるような松江駅のホームから米子まで山陰線に乗りました。
乗ったのは特急スーパーまつかぜ鳥取行き、自由席はほどほどの乗車率でした。
外は吹雪を見ながら30分ほどで着いた米子の駅前は、松江よりさらに真っ白でした。

朝の松江駅前
松江駅に到着した特急スーパーまつかぜ

米子から境港への道中記は次回。

投稿者: 定年おじさん

1956年北海道生まれ。2017年に会社を退職。縁あって、長野の山小屋で単身暮らしを開始。畑作り、薪割り、保存食づくり、山小屋のメンテナンスが日課。田舎暮らしの中で、60歳代の生きがい、生計、家族関係などの問題について考える。60歳代になって人生に新しい地平は広がるのか?ご同輩世代、若い世代の参加(ご意見、ご考察のコメント)を待つ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です