シン・りんご園でバイト

りんご園でのバイトが終わりました。
バイト期間中の山小舎おじさんは、早朝の起床、お弁当作り、慣れない環境と作業、初めて接する人々などなど、貴重な体験の中を嵐のように過ごしました。

9時出勤のためには、6時、遅くとも6時半には起きます。
ストーブをつけて朝食。
昼食用の弁当を作ります。

弁当はバランスを考えて、メインのおかずと野菜を入れます。
野菜はカボチャや里芋の煮物、根菜類の煮物などを、前日までに炊いておきます。
メインにはブリの漬けを焼いたり、コロッケを半分に切ったり。
彩にブロッコリーをチンしてくわえたりします。

お弁当1
お弁当2
お弁当3

夏の草苅バイトの昼食は山小舎に帰って摂ることができたので、案外簡単でした。
温かいものも食べられましたが、いつもの孤食の上、間に合わせでした。

一方、りんご園での昼食は、農園主が母屋の一室を開放してくれ、お茶を用意してくれるなど万全の環境だったのに加え、バランスと量を考えた持参の弁当を、バイト仲間の方々と談笑しながら食べることができ、バイト仲間と交流できる楽しいひと時で、消化吸収にも良いものでした。

この時期の外での作業は、まず第一に保温を考えなければなりません。
朝の山小舎は凍てついて、あたりが真っ白な日もありました。

農園がある五輪久保では、ポカポカした日もありましたが、冷たい風が吹く日もありました。
バイト仲間はほとんどの人が、冬用のジャンパーにオーバーズボンをはいていました。
山小舎おじさんも、上に4枚を重ね着し首にタオル、さらに薄手のヤッケ姿、下には冬用の股引の上に作業ズボンという格好でした。
それでも夕方は動いていないと寒くてしょうがない日もありました。

りんご農園がこの時期に用意する資材も大変な量となります。
アルミ製の脚立が10脚以上、摘んだリンゴを入れる籠(15個以上入る)が数えきれないほど。
籠を10個ずつ運ぶキャリアーがエンジン付き、手押し式各1基(ほかに斜面用のキャタピラー付ががあったかもしれない)。
選別したリンゴを入れる屋号の入った専用コンテナが数えきれないほど。

家族が行う選別場所は、テーブルを並べ、バッテリーから照明とラジオ用の電気を取って、畑ごとに設営されます。これら資材を準備するだけでも大変な資力がいります。

電灯がぶら下がった選別場。ここにバイトが摘んだリンゴが集められる

バイト仲間も構成は、山小舎のある姫木からは、二組の夫婦が参加。
ほかの方々は地元ですが、佐久市の浅科や上田市、白樺湖のロッジ経営の人、小諸からくる農園主の義兄、老齢のご夫婦などの方々でした。
女性陣は互いを下の名前で呼び合うなど、なが年の交流をうかがわせる親密な関係ぶり。
地元では名字が同じ人が多いので、自然と下の名前で呼び合う習慣なのかもしれません。

農園の敷地内にある、りんごの自販機

地元生まれ育ちの農園主の言葉は、皆の前でしゃべる時は完全な標準語でした。
仲間うちの時は地元言葉が出るのかもしれませんが、常に地元言葉を発していたひと世代前とは完全に異なっています。
さらに下の世代は仲間内でも標準語でしゃべりあっているのかもしれません。

りんごもぎの仕事は慣れるまでが大変です。
最初のころはよく実を落下させました。
実と枝をつなぐ軸は実の重量を支えるほど頑丈ですが、ひねったりすると簡単に離れます。
それがわからないと、空中で実を持ち替えたとたんに手から離れて落下するのです。
また、ちょっとでも引っ張る様にすると軸が実から取れてしまいます。

軸が離れる場所に指を当ててひねるようにしてもぐのですが、ポジション的にむづかしい状況はいくらでもあります。
脚立に乗り、重い籠を操りながら、いかにして軸を残し、きれいのもぐかが肝心です。
それがりんごの等級を下げないことにつながるのです。

五輪久保のフジ

最終日に農園主がお土産として、りんご1ケースをくれました。
農園一家が選別したA級品の1コンテナ分です。
ありがたいやらうれしいやら。
これは早速、自宅に送りましょう。

農園のバイトへの厚遇ぶりと、農園の経済的豊かさがうかがえます。

最終日にお土産でいただいたフジ

りんご農園の1年のハイライト、フジの収穫が終わりました。

農園はこの後も、選果場への出品のほか、贈答用超A品の荷づくりと発送、A品の自宅前での直売など忙しい作業が待っています。
バイトへの賃金の精算と送金も奥さんの仕事です。

来年の再会を約して農園を去りました。
12月からの直売には来ようと思います。

五輪久保から望む浅間山

続・リンゴ園でバイト

五輪久保のりんご園で、フジ収穫のバイトが始まって11日目となりました。
山小舎おじさんは、この間2日休んだので、9日出勤したことになります。

バイトの就業は、標準で8時から17時です。
山小舎おじさんは9時から15時までの就業です。
午前中で帰ったこともありました。
休むときは農園主か奥さんに前日伝えればよく、午前中で帰る時は当日伝えればいいというものです。
事前に伝えておけば、何時に帰っても農園主一家は「お疲れさまでした」と挨拶してくれます。

五輪久保地区の表示板。背後は収穫の終わったりんご畑

農園主一家は穏やかな性格で、バイトの使い方も心得ています。
なんでも、昔は収穫の手伝いに、青森からの出稼ぎ者を使ったそうで、彼らの宿泊場所もあったそうです。

そういったこともあり、臨時雇いの者については、時間や規則で縛るようなことはせず、相互信頼に基づいた扱いをします。
たとえば、昼休み母屋を昼食場所に開放してくれますが、「13時までここにいてください」といってくれます。
夕方も、17時まで就労するバイトに対しても、必ずしも時間一杯働かせるようなことはなく、暗くなったり、仕事に区切りがついたら上がらせます。
雨の日は中止です。

この日の収穫現場

金銭的な面では、通勤費として1台当たり1000円/日の、また昼食代として300円/日の支給があります。
素晴らしいホワイトぶりです。
10時と15時の休憩では、リンゴと日替わりの菓子が出て、皆でコンテナを囲み、雑談します。

農園一家で行う選果場所

肝心の仕事ですが、これには慣れが必要です。
脚立に上ってりんごをもいでゆくのですが、脚立の上り下りの体力、脚立を使ってある程度高い所へ上るバランス、りんごが入った籠を運ぶ力、りんごを等級を下げずにもぐ技術などがいります。

戦禍の終わったりんごが入ってケース

山小舎おじさん以外のバイトの人は、数年の経験者が多く、技術力と人柄が定評ある方々です。
また、バイトをしている理由として、リンゴ特にこの農園のりんごのファンである人が多く、バイトすることと同時に、りんごの注文するなどしています。
農園とリンゴにつながる目的でバイトしている人がほとんどのようなのです。

りんご農園でバイト

立科町の五輪久保という地区のりんご農家で、フジ摘果のバイトを始めました。

立科町の五輪久保はりんごの名産地です。
11月はフジの収穫時期、農家は一斉に収穫します。
バイトを募集して収穫作業をする農家もあります。

山小舎おじさんは、姫木管理事務所での草苅バイト仲間に誘われ、りんごもぎのバイトをすることにしました。

立科町の五輪久保地区は、浅間山を望む佐久盆地の西の端っこにあります。
町内を横切る中山道で笠取峠を越えると山小舎のある長和町へと至る位置取りです。
山小舎からは大門街道を上田方面へ下り、笠取峠を越えてたどり着きます。
車で小1時間ほどかかります。

初日は笠取峠を越えたところにあるコンビニで待ち合わせて草刈り仲間と合流し、リンゴ畑へ向かいました。

農園のりんご畑は、2,3か所に分かれており、初日は斜面に展開する場所での作業。
太い幹と枝のりんごの木には文字通り鈴なりの実が成っています。
地上から手を伸ばして採れる範囲はそのまま立って採り、木の上の方の実は脚立に上って摘み取ります。

収穫前のりんご園と脚立、籠

ご存じのように、売っているりんごの実には軸がついていますが、あれはわざと軸が残るように摘み取ったためです。
力ずくでもぎ取ると、軸は実から取れてしまいます。
軸には、実から少し離れたところに、切り離しができる部分があるので、そこで切り離すようにして摘果するのですが、最初は難しく、一籠のうち1,2個は軸がついていない実を収穫してしまいます。

脚立に乗って収穫するバイト仲間

また、脚立に上って摘果するときに、手が滑って収穫した実を落としてしまうことがあります。
これは出荷できない実となるので、その場で廃棄します。
一部腐っていたり、鳥や虫に食われた実もあります。

収穫した実のはいったかごを並べる

バイトさんたちが摘果して籠に入れたりんごは、農園の一家が選果します。
選果は生産者にとっては真剣勝負の場。
集中して作業が行われます。
ここで合格した実は、専用のコンテナに入れた農園主が農協に持ってゆきます。

10時と15時には休憩があります。
農園の角にコンテナでテーブルと椅子を設けて、農園の奥さんと娘さんがりんごを切り、茶菓を用意してくれます。農園の家族たちとコミュニケーションができる場です。
また、昼休みは農園の母屋の一室を開放してくれ、そこで弁当を食べます。
待遇はかなり良いと思います。

山小舎おじさんは当面15時までのアルバイト。
脚立に上ったり下りたり、りんごの入った重い籠を持ったり、脚立の上の方で高所恐怖症と闘ったり、何よりりんごを出荷可能なように注意して扱ったり、大変な作業です。

脚立の上の風景

まだ始まったばかり。
県内の地元中の地元である、農家の人と面と向かい、会話できる貴重な機会でもあります。
これはただ別荘地に住んでいるだけでは経験できない「フィールドワーク」でもあります。

幸い温かく、フレンドリーな農園の方々です。
仕事する中で、少しでも地元の方々と触れ合ってゆきたいと思います。

令和3年の出荷実績

今年の野菜の売り上げをまとめてみました。

手元にある宅配伝票を取りまとめてみます。
出荷先は彩ステーションです。
奥さんが受け取ってさばいてくれました。
ほぼ完売のようでした。
うれしい限りです。

出荷件数は14件、宅配料金の合計金額は、24,290円です。
赤字はほとんどなく、完売とのことでしたから、毎回の手数料平均を1,000円として、全体の売り上げは38,000円ほど、少なくとも35,000円の売り上げがあったことになります。

月別にみた件数と送料は、6月が1件・1,270円、7月が4件・8,680円、8月が4件・6,920円、9月が3件・4,510円、10月が1件・2,920円です。
売り物の主力が夏野菜であることがわかります。

夏の間の収穫、荷造り、出荷は手間がかかりましたが楽しい仕事でした。
今年からは先方の希望により、個別に袋詰めするのでではなく、種類別の大まとめの荷づくりとしたことは助かりました。
荷物が到着後に小分けして値付けして、販売してくれた、奥さん並びにスタッフさんには感謝あるのみです。

届いた野菜は奪い合うようにして売れ、トマトなどは1袋を分け合って買ってくれたお客さんもいたとのこと、ありがとうございます。
田舎の畑の土の恵みが東京に届くことにお手伝いできたとしたら、こんなうれしいことはありません。

畑にかかった費用をみると、今年から肥料代はゼロなので、資材費だけの出費となりますが、鹿よけのネット代(ぐるりで約50メートル×2基)が約4万円、支柱や寒冷紗などが約5千円、種、苗、種イモなどで約5千円で計5万円ほどでしょうか。
来年からは新規のネット代が不要として、年間1万円ほどの出費で済めば、夢の収益化した野菜作りも可能な計算です。
鹿よけネットの補強に金網などを用意することになれば、もっとかかるか・・・。

収益化のためにも、人気のある夏野菜の品質維持とそれなりの収穫量の確保が必要です。

相変わらず、成り行き任せの野菜作りではありますが、土と地中のコンデションづくりを最優先に、自分が食べておいしいと思える野菜を作ってゆこうと思います。
品種的には、食用ほおずきの思わぬヒットなどがありましたので、それら地域特有の品種(ハックルベリーなども)のと、人気のあるハーブ類、美味しかった枝豆の栽培強化に注力したいと思います。
主力のトマト、キューリ、ナス、ピーマン、ズッキーニなどのに力を注ぐのはいうまでもありません。

東京の皆さま、来年も頑張りますのでよろしくお願いいたします。

冬期間のバイト

山小舎おじさんは冬期間、東京の自宅住まいです。
家族の炊事や、送り迎えなどを手伝っていますが、それだけではもったいないのでバイトをしています。
今年のバイトはテニスコートの受付です。

退職後、調布市のシルバー人材センターに登録していますが、毎年12月から3月までの期間限定で登録しているため、ほとんど仕事の紹介がありません。
今年も期待はしていなかったところ、その期間中の仕事を紹介されました。
市内のテニスコートの受付です。

市のサービス公社が運営するテニスコートの開業時間は8時から20時30分まで。
その間、2時間交代で、5コマ、3組のコート貸し出しをします。
最大15組の利用があります。

受付業務は60代以上の5人で受け持っていて、朝7時前から、20時30分の間を3交代で回します。
山小舎おじさん以外の人は、直接雇われた長期就労者です。

ログハウス風のクラブハウス

今どきの施設運営は、利用者の個人情報管理から、利用者のクレーム対応、建物のセキュリティー運用まで、と幅広く、想像するのんびりした仕事とは違っていました。

クラブハウスの内部。今どきなので喚気に注意している

とはいえ、常連の利用者が多く、金銭出納も頻繁ではないため、先輩諸氏の助けを借りてどうにかこうにかやっております。

月14、5回の勤務で、1日4時間半、というのは我々シルバーにとって丁度よい「社会との接点」になっています。
施設内外の清掃業務も程よい運動となります。

事務室内部からの景色。掃除、見回り以外はここで4時間半を過ごす

夜の8時半になって、一人でクラブハウスの戸締りして帰るのはまだまだ慣れませんが、コートで躍動する中高年のスリムな姿を見るにつけ、「まだまだ頑張らなければ」と思う山小舎おじさんです。

続々・別荘地作業バイト

山小舎おじさんの生計を担う別荘地管理会社でのバイト仕事。
6月に入ってからは広大な敷地内の草刈りがメインになります。

この日は総勢10人程度のバイト勢のうち、8人が出勤。
この頃の梅雨のせいで稼働日が少なく、たまの好天の日にはこぞって人が集まります。

事務所集合後、9時の仕事開始に向けて、その日使うトラックに機材を積み込みます。
刈払機と混合燃料入りの10リットル容器、各自のヘルメット、ベルト、前掛け、防護面。
刈払機に使う交換用の紐や刃と簡単な工具が入った籠。
路肩に立てる作業中の看板。
路面に散らかった草などを吹くブロアーと呼ばれる機械。
熊手。各自の水筒、など。

人数にもよりますが、軽トラック2台と、2トントラック1台くらいで出発します。

作業開始後は、だいたい小一時間働いて10分程度の休憩をはさみます。
路肩に座って水分を補給しながら雑談します。
バイトメンバーは別荘地内の住人がほとんどなので、貴重な情報交換の場になることも多いです。

休憩時の風景。ヘルメットを外し、路肩に座って雑談しています。

現場は路肩、側溝とその法面、ロータリーやテニスコート周辺の芝生がほとんどですが、たまに個人の敷地内の除草や倒木の撤去が入ります。
気を付けることは、小石などが飛んで、個人宅のガラスや車のガラスを傷つけないようにすることです。

特に紐(強化プラスチック製)を回して切る場合、後ろに向かって20メートルも小石が飛ぶ場合があるのです。

そのため、路肩での作業時には見張り役を置き、付近に駐車がある場合には移動させ、できない場合はシートで防御します。
刈手の顔面と体の前面を防御するのはもちろんです。

休憩時間には燃料の補給と、紐の調整を行います。
いかな強化プラスチック製の紐とはいえ、草と石相手にぶん回していると、どんどん減ってゆきます。
減った紐の調整は常時しなければなりません。
また、紐を消耗しつくせば新しい紐を取り出してセットしなければなりません。

刃で刈る場合は、それほど石が飛びませんが、草に対する対応性、地面に対する対応性、力の強さで紐の方が優れているので、通常は紐で切ります。
柔らかい草から笹までを切り、凹凸があったり砂利交じりの地面にも細かく届くのが紐なのです。
刃は、どうしても石を飛ばしたくない場合や、堅い笹などを切る時に使います。

25CC以上の大型の刈払機を一日使っているとやはり疲れます。
体の移動や、立ったり座ったりの動作は少ないのですが、時間がたつにつれ、機械の重みがこたえてきます。
腰あたりも凝ってきます。

おじさんにとっては週3日の勤務が精いっぱいです。
畑作業との兼ね合いもありますが、体力的にもそれくらいが無理のないところです。

バイト仲間には、週5日勤務だったり、体力にあふれる60代後半もいますが感心します。

7月1日の畑の収穫です。

キューリは皮が硬いものの青臭い香りがして最高です。

レタスが長雨で腐り始めたので3個ほど収穫。
これも「味」がありました。

パクチーが生い茂っているので、数本切って収穫。

ズッキーニは初収穫です。

モグラに根を切られてしおれかかっていた白菜は持って帰って、八宝菜的に炒めて食べました。
炒めてもくたっとならないほど「硬い」白菜でした。
これはちょっと売り物は無理か。夏の露地栽培の難しさです。

キューリとレタスは欲しがっているバイト仲間に進呈。
残りは保存中の玉ねぎとセットにして自宅に送りました。

白菜、ズッキーニとキューリ8本。
パクチーとレタス3個。

別荘地作業バイト開始!

今日から山小舎でバイトを開始しました。
別荘地の管理事務所の作業です。
毎年4月から5月は、側溝などの落ち葉除去。
6月から9月までは草刈りが主な仕事です。
おじさんは今年で3年目です。

今日のバイト数は8名。
ほぼ最大限の出勤数です。
うち6名が別荘地の住人。
2名が茅野市から通ってきています。
毎年メンバーがほぼ固定化している陣容ですが、今年は茅野からの2名が初参加となりました。

9時から17時まで、土日祝日と雨天以外が勤務日です。
昼休み1時間は山小屋へ帰って昼食を摂ります。
おじさんは、体力的にも畑仕事との兼ね合い的にも、最大で週3日ほどの勤務です。

今日の仕事は別荘地内の側溝の落ち葉除去です。
軽トラに道具を積んで出発し、時々休みながら仕事します。

道具は、熊手のほか、鍬、スコップなどです。
集めた落ち葉はダンプに積んで近くの山の捨て場に持っていきます。
捨て場には重機で掘った巨大な穴があり、そこに捨てるのです。

別所内は広大なため、仕事はいくらでもあります。
現在の落ち葉除去の仕事は特段の技術がなくてもできますが、6月頃からの除草は、刈払機を使うので若干の慣れが必要です。
特に斜面での刈払機の使用には体力を使う仕事です。

貴重な現金収入の手段でもあり、貴重な対外コミュニケーションの機会でもあり、体に気をつけながら続けてゆきたいと思います。

ガイドヘルパーを始めました その3

3月22日の情報です。

この日は3月でわずか2回目のガイドヘルパーの日でした。
2月には7コマのヘルパーをこなしましたが、3月は結局2コマだけとなりました。

当初は、3月も6コマほどの予約が入っていましたが、キャンセルが相次いだのでした。
キャンセルの理由としてはコロナウイルスのリスクのためのほか、ガイド依頼目的の水泳教室などが中止となったため、などでした。
ご時世です。

ということで22日は利用者とともに立川の昭和記念公園へ行ってきました。

ちょいと風が強いものの、春らしい気候。
立川駅周辺はもちろん、昭和記念公園入口付近も陸続と続くファミリーや休校の中高生グループなどでにぎわっていました。
野外で風通しもよく、いくら人が集まっても人の密集などできようもない、広大な昭和記念公園ならではの風景でしょうか。

公園内は早咲きの桜が満開。
ソメイヨシノは3分咲きでした。

公園中央にある「みんなの原っぱ」では、子供たちが遊びまわっていました。
20年以上も前に家族連れで来ていたことを思い出します。

当時と様子が違うのは、日よけなのでしょうかテントがずいぶん立っていることです。
また当時見られた、コンロを持ち込んでのバーベキュー姿は見られませんでした。
いまの親御さんは行儀がよくなっているようです。

砂川口へ向かう途中の菜の花畑です。

花の丘もありました。
現在作付け中で、シーズンには花盛りとなることでしょう。

風のせいで、利用者の目がかゆそうでしたが、1日歩いて心身ともに良い解放感に包まれました。

ポスティングに挑む その2

シルバー人材センターからの仕事が来ました。
社会福祉協議会の公報「ふくしの窓」のポスティングです。

今回も約30003000部を預かりました。
配布地域は前回と同じです。

山小屋おじさんの、3月までの現金収入の手段は、障害者のガイドヘルパーとシルバー人材センターからだけです。
待ちに待った仕事です。

ポスティングも、大判サイズの冊子を3000部ともなると片手間ではできません。
配布機関が1週間あるとはいえ、前回の反省も踏まえ自分なりに工夫して臨みました。

工夫その1

自転車の荷台にかごを設置しました。
1〆500部に近い冊子を自転車に積む場合、重心の設定が大事です。

前回は前かごだけに積みましたが非常にバランスが悪く、運転しずらい上に自転車を止める場所に苦労しました。
普通に止めると前かごに重心が取られて、自転車が倒れたり動いたりするのです。

そこで今回はプラスチック製の買い物が語を荷台に取り付けました。
1回に500部を積むとして、主力は荷台のかごに積み、手元用の手提げには少数の部数だけ入れるようにしました。
自転車のバランスと、配る際の勝手が格段に向上しました。

工夫その2

ポステイングの天敵は雨と風です。
本降りの際は仕事自体ができませんが、小降りの時や、突然の降雨の際には冊子を雨から守るために大き目のビニール袋(ゴミ袋など)を用意しました。

工夫その3

また強風も大敵です。
何の備えもなく強風にあおられると冊子が簡単に捲れたり、飛ばされてしまいます。
荷台には重しを備えておいて、冊子の上から押さえておきます。

工夫その4

配る順番工夫しました。
前回はとりあえず自宅の近くから配り始めました。
そのあたりは一戸建ての多い地域で、効率が悪く、期間内に配り終えられるかと心配したものでした。

そこで今回は集合住宅を最初に配ることにしました。
国道20号線沿いやバス通り沿いには集合住宅が集まっています。
数十戸が入居しているマンションなどでのポステイングは非常に効率がいいのです。

最初の2日間、集合住宅優先で配布してみると、たちまち3分の2近くがはけました。
担当地区の3分の2近くが集合住宅に住んでいることになります。

2日間で集合住宅を配り終わりました。
効率の悪い一戸建てについては、後半でのんびりとやる予定です。

工夫その5

配る先には様々なポストがあります。
冊子を二つ折りにして幅広いサイズのほう(ヨコ)から入るもの、狭いほうのサイズ(タテ)からでないと入らないものなど。

一戸建てのポストでは、新築戸建てでは特にデザインの斬新なものが多く、一見どこから投入すればよいのか迷ったものでした。

今はだいたいのポストに関して最短時間での投入を工夫できるようになりました。
集合住宅のポストでは、2,30部の冊子を送り出しやすいようにずらして左手で持ち、右手で1部ずつ取ると同時に折りながら投函していくイメージです。

一連の動作で投入できれば上出来ですが、ポストのふたのバネが固くて左手でフォローしなければならない時もあります。

集合住宅では、配布物で満タンになったようなポストも散見されます。
その場合は無理には投入しません。

また、不要配布物を捨てるごみ箱が設置されたポストも多くなりました。
市報なども捨てられていました。

ふくしの窓第261号の表紙

メイン特集は手話講習会へのお誘いです

社会福祉協議会関係のイベントカレンダーが見開きページに

ボランテイア募集の伝言板も

皆さん、税金で賄われている市報などの行政サービスにはぜひ目を通してみましょう。

ポステイングの合間に見た近くの畑では春が訪れていました。

ガイドヘルパーを始めました その2

1月から、障害者ガイドヘルパーのバイトを始めて1か月たちました。
2月にはおかげさまで7本ほど仕事が入りました。

平日の15時から18時までのプールの送迎(中1時間は時給発生せず)が2本、あとは土日の1日仕事が5本です。
1日仕事5本のうち、職員あるいは先輩ヘルパーに同行したものが2本、単独でガイドしたものが3本でした。

この仕事は、利用者と1日一緒に散歩すればいいだけのようにも見えるのですが、手間のかかる利用者であればもちろん、自立度の高い利用者であっても、気を遣う大変な仕事なのだと、やってみて思いました。

気を遣うタイプの利用者の場合でいえば、例えば、定期的にトイレに連れて行かなければおしっこを漏らしかねない人、電車などで子供の甲高い声に反応し最悪はその場で走り出しかねない人、あるいは子供に興味を持っていて隙あらば行動に移しかねない人、などがいます。
こういった人の場合は、ヘルパーは常に本人の動向に注意を集中しており、体力的には大変ですが仕事としては張りがあります。

自立度の高い利用者の場合、おとなしく、人の言うことをよく聞き、トラブルなどは起こりづらいのですが、逆にほとんど自己主張がありません。
かといって、展示館やショッピングモールなどを見て回っても特段興味を示すことはなかったりするので、時間を過ごすのが大変です。
ヘルパーと信頼関係ができれば、利用者も遠慮せず意思表示して、本人が行きたいところ、興味あるところに案内できるようになるのでしょうが・・・。

これまで、立川の昭和記念公園、立川防災館(立川消防署横の防災に関する体験ができる施設)、渋谷、江戸東京博物館などに行きました。

場所の選定は、利用者サイドが指定してくることもありますが、漠然と「渋谷」に行きたい、とか「お任せ」の場合は考えます。

あまり外に出ていない利用者だったら、運動のため公園へ行って歩きを多くしたりします。
博物館やスタジオパークなどの展示館へ行った場合は、本人が興味を持ってくれれば一番いいのですが、展示物に興味がない場合でも、そこで時間を過ごす工夫をしなければなりません。

ある利用者と渋谷へ行ったときは、スタジオパーク、東急ハンズ、ドン・キホーテ、ヒカリエと歩きましたが、ほぼ素通りで時間が持たず、帰りの駅を「渋谷」から二つ先の「駒場東大前」まで歩いて時間調節したことがありました。
これはガイドヘルパーの失敗例だと思います。

行く先の選定は、本人の希望が優先するものの、これからの季節は、高尾山とか郊外のハイキングコースとかをゆったり散策するのがいいような気がします。

トイレと昼食場所を条件にそのようなコースを選定して、提案してみたいと思います。