二番草の頃

夏を迎え、畑の草刈りの時期です。

一番草を刈ったのは5月下旬でした。
今は7月。
畑ではキリギリスが鳴き始め、雑草が旺盛に繁茂しています。
旺盛というか強烈に、です。

草を刈る前の畑の畔です。
農道では草丈が軽トラの腹をこするくらいになってます。
雑草に野菜の苗が埋もれないか心配になります。

二番草を刈る前の法面と農道

草刈りの燃料タンクが空になるまで刈ったころ、農道側の法面が刈り終わりました。

成長は遅いのですが、食用ほおずきが乾燥に負けずに頑張っています。

直播したハーブ類。
赤しそがたくさん芽を出しました。
エゴマもマアマア元気です。
シソはすでに乾燥対策なのか葉が厚く育っています。
バジルはほとんど発芽しませんでした。

食用ほおずき
赤シソ

豆類を直播した場所では発芽率がよく、順調です。
インゲンが立派に育ちつつあります。
枝豆も芽を出しました。
ことし初めて植えたトラ豆が発芽しています。
いずれも山小舎での芽出しがうまくゆかなかった品種です。
これからが楽しみです。

直播したインゲン
枝豆

夏野菜が収穫期を迎えました。
トマトが色づき始めました。
ナスを初収穫しました。
キューリはほおっておくと巨大化しています。

トウモロコシに穂が出た
色づき始めたミニトマト
ナスが本領発揮
自然発芽したトマトです!いつの間に種がこぼれたのでしょうか?

薪運び

新しい丸太が来ました。
今年初めての丸太です。

別荘地内の立木伐採などがあると、業者が雑木の丸太を持ってきてくれるのです。

今年もやってきた雑木の丸太

今年もカラマツ、シラカバなどの売れない雑木がトラック2台分ほどやってきました。
細い丸太も多いのですが燃料としては十分使えます。
細い枝は外でごみを燃やすときの焚付にもなります。

一方で、昨年積んでおいた薪をベランダなどに移動しました。
乾いた薪を家の近くに移すとともに、空いた積み台に今年割った薪を積むためです。

去年の薪を移動する。軒下に一か所
ベランダの奥へも積む

薪の移動は力仕事です、時間もかかります。
また、大きく四つ割りにだけしておいたものが多いため、燃やしやすくするために四つ割りを八割くらいにする必要があり、割りながらの薪移動になるのです。

大きめ四つ割りの薪ですが、約1年乾かしているので生木よりはいいのですが、それでも八割にするのは一仕事です。
カラマツの大口径のものなどは斧だけでは割れず、くさびを使わねければなりません。

撤去中の去年の薪
太い薪は割りながら運ぶ

薪を撤去した後の積み台は、パレットをどかして、その下の落ち葉やごみを掃きます。
しばらく地面を乾燥させてから、新たに土台を組みなおし、さらに新しいパレットを敷いてから今年の薪を積み込む予定です。

撤去後の積み台。パレットをどかしたあと
落ち葉やごみを掃いた後、乾燥させる

DVD名画劇場 「疑惑と迷宮の世界」より

旧作映画のDVD10枚組のセットが売られている。
新聞広告でよく見るあれだ。
書店の店頭などにも並んでいいる。
10枚組で定価1800円ほど。
収録作品を見ると、1930年代の古典だったり、隠れた名作がラインナップされている。

発表以来70年が過ぎ、版権が切れた(版権が保護されていない)映画ソフトはパブリックドメイン(公有)となり、廉価でソフトを発売、鑑賞できるようになっている。

そんな10枚組セットの中から、1920年代から40年代にかけての、ハリウッド製ホラー・ミステリー文学映画コレクション「疑惑と迷宮の世界」を選び、4作品を鑑賞した。
いずれも有名原作の映画化作品だった。

フレデリック・マーチ扮するジキルとハイドをトップに据えたDVD10枚セットのパッケージ

「ジキル博士とハイド氏」  1931年  ルーベン・マームリアン監督  パラマウント

原作ロバート・ステイーブンソン(「宝島」)の堂々の映画化。

スペンサー・トレイシーとイングリッド・バーグマンが共演した1941年版が有名だが、1931年版はタイクーン、アドルフ・ズーカーが君臨した(クレジットではズーカーPRESENTとトップで表示)メジャースタジオ、パラマウントの制作になる大作で、主演のフレデリック・マーチがアカデミー主演男優賞に輝いたもの。

監督のマームリアンは1930年代から40年代にかけて、ガルボ(「クリスチナ女王」)やデートリッヒ(「恋の凱歌」)などのA級作品を演出した人。
「ジキル博士とハイド氏」でも正統派の画調の中に、実験的な技法(ジキルからハイドへの変身シーンの特撮、画面を斜めにワイプする処理、主観映像に丸い枠の縁取りを施す)を取り入れ、意欲的な演出をみせている。

人格高邁で、恵まれない人への関心が厚い医者のジキル博士は、一方で人間の隠れた欲望への関心が高く、またそれを否定しなかった。
研究の結果、悪意と欲望をひとりの人格の中で分離して表す薬を発明し、自らで実験。
薬を飲むと、自らの悪意、欲望が全開のハイド氏に変身することに成功する。

ハイド氏への変身シーンは、メーキャップ、特殊撮影ともによくできている。
が、一番驚いたのはフレデリック・マーチの変身時の表情の演技。
二枚目俳優が演技派としての実力を、大げさなまでに発揮。

ハイド氏になってからの、素早い動き、アクション、女性に対するハラスメントの数々も、代役ではないのなら、フレデリック・マーチの俳優としての能力に驚く。

ハイド氏にさんざんハラスメントされる場末の商売女にミリアム・ホプキンス。
これもまた、零落ぶり、蓮っ葉ぶり、商売女ぶりを存分に演じて印象深い。

演技派女優、ミリアム・ホプキンス

人格高邁なジキル博士の隠された欲望や悪意が、ハイドの姿を借りて存分に発揮された挙句、破滅する物語。
人間は神の領域に手を付けてはいけないのだった。

「獣人島」 1932年 アール・C・ケルトン監督 パラマウント

H・G・ウエルズ原作の初映画化。
のちに「ドクター・モローの島」として1977年に再映画化されてもいる。

異端の科学者モロー博士が南海の孤島で禁断の研究を行う。
動物の遺伝子を操作し、人間化した動物たちを支配している。

そこへ迷い込んだ主人公。
その恋人は消息を絶った主人公を探して禁断の島へむかう。

モロー博士に扮するのは演技派のチャールズ・ロートン。
まるで白人の侵略者が原住民を、心理的、物理的に支配するように、動物人間を支配する様を演じている。
ここら辺はマッドサイエンテイストの奇行を越えた普遍的、文明的な批評に満ちた描写になっている。

モロー博士は、女を作って飼っている。
この動物女が人間の男に関心を持つかどうか試すべく主人公に近づける。
動物女(クレジットでは豹女と表示)にキャサリン・バークという女優が扮し、ターザン映画のジェーンのような恰好で出てくる。
ジェーンと異なるのは会話も完全ではなく、精神も未完成な人工的存在であること。
その不安定さ、不気味さ、不幸を濃い目のメークアップで表現した姿は、「フランケンシュタインの花嫁」の女性版怪物を連想させる。

神の領域に踏み込んだ人間(モロー博士)はここでも破滅の結果を迎える。
ジキル博士の場合と違って、たくさんの動物を実験台にして不幸に陥れた分、罪は深かったのかもしれない。

「早すぎた埋葬」 1935年 ジョン・H・オゥア監督  J・H・オウアプロダクション

エドガー・アラン・ポー原作。
映画は「エリッヒ・フォン・シュトロハイム IN」がトップで出てくる。
下に小さく監督のオゥアプロダクションと。
配給は不明。

1920年代に監督として名声をほしいままにしていたシュトロハイムが製作費の浪費、製作期間の超過、完成作品の常識を超えた長尺などから、監督としての仕事がなくなった後、その個性を生かして俳優として生き延びていた時期の作品。
こういったB級作品では、唯一の有名人としてまだまだネームバリューがあったことが、クレジットでトップの扱いからもうかがえる。

映画の不気味さを醸し出す、常軌を逸した偏執狂演技は俳優シュトロハイムの独壇場。
病院の院長として出勤してくるシュトロハイムが、看護婦にコートを預け、たばこに火をつけ、手をもみ、手で口を拭う。
そのもったいぶった一連の一人芝居が、シュトロハイム扮する人間と病院のただならぬ不気味さ、非人間性をたっぷりと印象付ける。

院長室に隣接する実験室でシュトロハイムが作り上げたのが、一定時間内は死んだことになる薬。
これをかつての恋敵の手術時に投薬。
何十年前の恋敵は、生きているのに埋葬されることになる。

「罠」(1939年 ロバート・シオドマーク監督)では、フランス人女優、マリー・デアを相手に、ドレスフェチの変態ぶりを可愛く演じたシュトロハイムだが、本作の正統派偏執狂役もまたふさわしい役柄だった。

「不死の怪物」 1942年  ジョン・ブラーム監督  20世紀FOX

ジェシー・ダグラス・ケルーシュ原作。
20世紀初頭のイギリスを舞台に狼男伝説をモチーフにしたミステリー作品。

ある屋敷に伝わる怪物伝説。
祖父が自殺?したのは霜の降りる夜だった。
伝説など信じない当主とその妹も霜の降る夜に怪物に襲撃される。
当主の妹は、怪物の正体の解明をロンドンの科学捜査班に依頼する。

この科学捜査班。
一見、余裕をこいた名探偵風たたずまいだが、メンバーにスピリチュアルめいたやかましい中年女性がいたり、とユニークで、映画的にもいい味付けになっている。

捜査班は屋敷に滞在して、500年昔から一族が眠る地下埋葬室などで捜査。

古くからの執事が一族の秘密を知っているらしい。

スピリチュアルを否定した科学的解決か?と思わせて、最後で狼男への変身場面を見せ、映画は人知の及ばぬ世界を示唆するところが、スリラー映画としてのこの作品の真骨頂。
一族の男子には狼男の遺伝子(映画では神経症と解説)が伝わっていたのだった。

欧州に伝わる精神世界の一端としての狼男伝説をさらりとモチーフにして白人のDNAの奥底に訴える?作品。

ところで、科学捜査班の個性派メンバーはこの一作だけの登場だったのか?
それとも続編などで活躍したのだろうか?
個性派捜査班を主人公にした怪奇事件シリーズを企画したら面白かった?と思ったりして。

煙突掃除

毎年、初夏になると煙突掃除をします。

7月に入っても肌寒い日などはストーブを焚いています。
暖房の必要性、というより、湿気を排除し室内を乾燥させるためや、お湯を沸かしたり、料理(カレー、豚汁など)、食品加工(ジャムなど、瓶の煮沸も)のためでもあります。
多すぎる薪の消費のためも。

煙突掃除を開始します。
まずストーブ内の灰を取り除きます。
ストーブに灰は必要なのですが、多すぎると掃除のときに煙突から落ちてくるススの邪魔になるので、余分の灰を先にとっておくのです。

煙突掃除の前にストーブの灰を回収

次に2階へ行って、煙突の蓋を2か所開けます。
蓋は、1か所が室内にあり、もう一か所は屋根の上に突き出た形であります。
高所恐怖症の山小舎おじさんは毎年冷や汗を流しての作業です。

2階の室内にある煙突の蓋
外に突き出た煙突の蓋は屋根に下りて開ける

煙突の蓋が空いたら、室内から煙突掃除用のブラシを入れます。
柄の長さを2メートルくらいにしてブラシを入れると煙突の水平部分にたまったススを取り除くことができます。ススはストーブの中と、屋根の上に分かれて落ちてゆきます。

2階の室内からブラシを入れる
外の蓋からススが落ちる

改めてストーブの中からススを掬って回収します。
屋根の上には煙突の蓋から落ちてくるススを受けるべくバケツを置いておきますが、飛び散ったススが散乱します。
屋根に置いたバケツを回収するとともに、飛び散ったススを水を流して屋根から流します。

ストーブの中に落ちたスス

煙突の蓋を2か所閉めて作業終了です。

信州ソウルフード放浪記VOL.31 立岩和紙の里の日替り定食

山小舎から上田方面へ大門街道(国道152号線)を下り、軽井沢方面への分岐点を直進すると、上田市との境の少し前に、立岩和紙の里があります。

子供たちの和紙漉き体験の作品を天日干しする立岩和紙の里

本ブログでも、孫たちの和紙漉き体験の話や、秋の新蕎麦祭の話、を載せたことがある施設です。

食堂と土産物売り場への入り口

和紙漉き体験施設と、蕎麦を中心にした食堂、土産物販売所が併設されています。

入り口から食堂方面を見る

今回はここで蕎麦定食を食べました。

2時の昼休みの前に店内に入るのがここ信州での食堂利用の鉄則です。
全国チェーン店などは通しの営業ですが、地元の食堂は14時から17時くらいまで休みます。
最終入店が13時半などとなっている店もあります。
規律正しく昼食時間を取ることが多く、また人口もあまり多くはない信州の伝統なのでしょう。

お品書き。このほかに本日の定食がある

この日は14時前に入店。
念のため確認すると注文OKとのこと。

カウンターに座ります。
ホール係のおばさんがお茶と漬物を持ってきます。
落ち着くんだなあ、こういう応対。

着席するとお茶とお茶請けが供される

日替わり定食を注文します。
蕎麦と炊き込みご飯のセットです。
田舎風の愛想のない定食で、一見量的にも物足りないのですが、食後感は満足いった記憶があります。
また、ここの蕎麦は美味しいのです。

日替わり定食。冷たい蕎麦とおこわのセット

どんぶりに入った冷たい蕎麦と山菜おこわのセットがやってきました。
すすりこみの音を気にせずに盛大に昭和風の食べ方でやっつけます。

手打ち蕎麦は食べ応えがあります。
もち米で炊いたおこわも腹持ち十分です。
徳利に入ったツユがついてくるのもうれしいことです。
ツユで割ったそば湯がたっぷりいただけます。

都会風に愛想を付けるとしたら、油気のある小鉢をもう一品、ですが、ここは田舎。
これでいいのです。

上田トラゥム・ライゼでゴダール追悼

上田にあるミニシアターで、2022年に亡くなったゴダール追悼特集が上映された。
会場は上田映劇と同じNPOが運営している映画館トラゥム・ライゼ。

上田映劇、トラゥム・ライゼともに、ワンスクリーンでフィルム上映も可能な昔ながらの映画館。
上映作品はいわゆるミニシアター向けの作品が多い。

近年全国上映されたパゾリーニ(「テオレマ」「王女メデイア」)やブレッソン(「たぶん悪魔が」「湖のランスロ」)、ミムジー・ファーマー(「モア」「渚の果てにこの愛を」)などの旧名作の再輸入プログラムもカバーしているのがうれしい。

ゴダール追悼上映の全国プログラムもカバーされ、そのうちの2作品に駆け付けた。

「小さな兵隊」 1960年  ジャン=リュック・ゴダール監督  フランス

ゴダールの長編第二作であり、のちにゴダールの妻、アンナ・カリーナの長編デビュー作。
撮影は「勝手にしやがれ」と同じくアンリ・ドカエ。

フランスからの独立戦争であるアルジェリア戦争。
アルジェリアの独立派と保守派の、フランス国内における抗争を背景に、保守派の鉄砲玉として独立派の幹部を暗殺する主人公と、独立派の女性(アンナ・カリーナ)の出会いと別れを描く。

ハリウッド映画であれば、派手なアクションと男女間の立場を超えたロマンス、体制派の価値観に沿った結末とセンチメンタルな男女の分かれ(独立派の女性が、保守派の男の手の中で死亡)で終わるのがパターンだが、ゴダールの手法は全く異なる。

処女作「勝手にしやがれ」はハリウッドのB級ギャング映画に仮託していたその作風が、「小さな兵隊」では、一見スパイ映画に仮託した風ではあるが、ゴダール自身の特性を濃厚に漂わせる、重たく、暗い政治的作品となっている。

追悼上映パンフレットより

保守派の義勇兵を脱走しジュネーブの街を漂う主人公は、ゴダール映画の主人公らしく、とにかくしゃべりまくり、動き回る。
追跡する保守派の幹部から、脱走を免責する代わりに独立派の幹部の暗殺を命じられるが、優柔不断に避け続けたり、暗殺に失敗したりする。
独立派につかまり、証拠が残らないような拷問を延々とされる。
独立派の女性は拷問の末殺されたことをにおわす。

主人公の前に現れる独立派の女を、初々しいアンナ・カリーナが演じるが、作中臆面もなくカリーナにそそがれるゴダールの視線は、映画監督でなかったら最も女性にもてない(理解されない)であろうゴダールのオタクっぽい暗さに満ち満ちている。

なんて的を得たタイトルなんだ!

全編オールロケ、対話する人物の間を往復する手持ちカメラ、一つの芝居の間に関係のないカット(演技の後のオフショットだったり)が挟まる手法、はゴダール映画ならでは。

ヌーベルバーグの作家たちも、予算があれば豪華セットでクレーン撮影によるワンショットワンシークエンスの演出をしたかったと思う。
が予算がなく、何よりそこまでの経験、力量(演出力と俳優の演技力も)がない若手監督にとって、撮影セオリーをあえて無視したカメラはやむを得ないもの。
また、わざとらしいドラマチックさを排除する編集手法もゴダールならでは。

アルジェリア戦争という政治的なテーマは、例えば大島渚がどうしても「日本の夜と霧」を作らなければ前に進めなかったように、ゴダールにとっては必然のテーマだったのだろう。

そのためか、「勝手にしやがれ」「女は女である」「男性女性」といった、B級ギャングやミュージカル、ポップミュージックに仮託したときの軽やかさ、明るさがない作品となった。
作品に漂うのは重さと暗さ。
それこそがゴダールの本質なのだが。

一方でアンナ・カリーナを撮るときの、学生映画の作り手の主演女優に対するようなまなざしは、ほほえましいというかなんというか。
ゴダールのアンナに関する憧れは、次作「女は女である」でついに炸裂。
「小さな兵隊」ではぎこちなかったアンナの演技も満開となるのだった。

「カラビニエ」 1963年  ジャン=リュック・ゴダール監督  フランス

今回の追悼特集には「はなればなれに」がラインアップされていた。
残案ながら見逃がしたが、アンナ・カリーナ主演で、ギャング映画に仮託したミュージカルの色付けがある作品とのことだった。

「カラビニエ」はゴダールの一方のカラーである、暗い政治的メッセージに彩られた作品。

出演は、素人だったり無名の俳優だったりするが、主人公の家族役の2人の女優などは、アンナ・カリーナやのちのアンヌ・ヴィアゼムスキーに似ており、色気もある魅力的な女優で、ゴダールの女性の好みが見事に反映されている。

また、予算のなさはいつものことながら、トラクターにベニヤを被せたような戦車を1台と、戦闘シーンでは複数の爆薬を設置するなどの大盤振る舞いを見せている。
大掛かりな戦闘シーンは第二次大戦時のニューズリールで代用しているが。

トラゥムライゼ入り口
劇場の掲示板

王様の命令で戦争に行く主人公たち。
戦地では美女を思いのままにでき、財宝をわがものにできると信じた無知の主人公井たち。
戯画化され誇張され、また省略化された戦場場面を経て自宅に戻った二人が、家に待つ女性二人に持ち帰ったものは世界各地の絵葉書だった。
やがて王様はレジスタンスに追われ、主人公たちも王様側の兵隊に殺される。

ゴダール初期の作品で、寓話的内容ながら戦闘シーンなど、具体的な描写に心がけた作品となっている。
のちのゴダール作品の象徴性(「中国女」ではベトナム戦争の米軍爆撃機をプラモデルで表現)への移行以前の貴重な作品だった。

上映後の帰り道。上田の夜

甲府~韮崎 路線バスの旅

東京の自宅に息子の誕生会で帰りました。
畑の作物が心配で、自宅にゆっくりできず、すぐ山小舎に戻りました。
帰りはJRの各駅停車です。
いつもの甲府途中下車の後、思い立って韮崎まで路線バスに乗ってみました。

甲府駅に掲示された列車遅れの状況

この日の甲府はカンカン照り。
日に当たるだけでぐったりします。

途中下車後は駅前通りにあるいつもの定食屋へ。
これまたいつもの信玄鶏竜田揚げ定食の大盛。
揚げたての竜田揚げともども、おなかいっぱいになりました。

次に来るときは塩だれとんかつに挑戦してみようと思いつつ。
竜田揚げのほかには、焼き魚定食や、ハヤシライスの注文客が多いこの店。
甲府での昼飯は当分ここで決まりです。

甲府名物、信玄鶏の竜田揚げ定食

昼飯の前に駅前の路線バス案内所で、韮崎行きのバスの時刻と乗り場を確認しておきました。
韮崎行きの路線は2系統で、それぞれ毎日6本ほど運行されています。
食後の余った時間を駅ビルのパン屋さんのイートインでコーヒーを飲んで過ごし、カンカン照りの停留所へ。

駅前のロータリーには5か所ほど停留所があり、ほぼひっきりなしにバスが発着しています。
目指す、一高経由韮崎駅行きのバスは時刻どおりにやってきました。

甲府駅バスロータリー

案内所のお姉さんに教わった通りにSUICAを先にタッチして乗り込みます。
同乗者はほかに二人でした。

韮崎駅行きのバス車内

バスは駅の反対方向へ出ました。
韮崎を目指し、北西方向へ進みます。

甲府といえば武田神社へ続く道と、岡島デパートのある中心部しか知らない山小舎おじさん。
バスの窓越しに、いろんな方向に商店街が伸びている甲府の街の広さを認識しました。

沿線のショッピングセンター

しばらくは、郊外型の店舗が断続的に続く風景をバスが進みます。
やがて長野方面の山の景色が迫ってきます。
韮崎のエリアに入ったのでしょうか。
始発から乗った乗客はすでに降り、途中から乗った3人がいます。

韮崎に近づくと長野方面の山塊が迫る

それなりの規模がありながら人気の消え去った、今時の地方都市の商店街を通って韮崎駅に着きました。
駅の周辺には商業ビルと、公共施設が入った多目的ビルが建っています。

駅は自動改札ですが、列車ダイヤの自動表示などはありません。
待合室の奥には立食い蕎麦屋があります。

韮崎駅

茅野までの下り列車には時間があったので駅前をぶらぶらします。

まずは山梨交通の案内所へ。
念のため、長野方面への路線バスの有無を確認。
係の女性は丁寧に答えてくれました。
小淵沢止まりも含めて、長野方面のバスはないとのことでした。

駅前から見た風景。左奥の建物がカフェのあるビビル
駅前からは富士山が見える

続いて図書館などの公共施設と、土産物屋、カフェなどがあるビルへ。
カフェは市民の憩いの場にもなっているようです。

カフェのパン売り場を見ると、美味しそうなカレーパンがあったので購入。
買いながら店員のおばさんに聞きました。

駅前の韮崎高校サッカー部のインター杯優勝のこと。
中田ヒデのこと。

ヒデは韮崎高校サッカー部の出身だが、甲府の人間で韮崎高校に通ってきていたとのことでした。
地元のおばさんは何でも知っています。

韮崎効能優勝をたたえる球児の像

時間が来たのでホームに出て列車を待ちます。
ホームからも雪の溶けた富士山が大きく見えます。
駅の反対側には、何やら標語を書いた鳥居や、山の上の大観音が見えました。
もともとの韮崎らしさはここにあるような気がしました。

秋の反対側には朱塗りの鳥居
ホームから見える大観音

夏野菜の収穫始まる

2日続いた雨が上がり、畑に夏の日差しが突き刺さります。

じりじりと日差しが肌を焼き、帽子を被らないと頭がボーッとなります。

1週間ぶりの畑です。
トマトの枝が自由気ままに生い茂っています。
伸びすぎた脇芽を掻き、伸びた茎を支柱に縛るだけで一仕事です。
そろそろ、もう一段高い横渡しの支柱を組まなければなりません。

トマトの実が成り始めました。
ミニトマトの実には色が付き始めています。
収穫が大仕事になるのが今から想像できます。

大玉トマトの実が成り始めました
ミニトマトの実には色づきが・・・

なんと、マルチの脇にはこぼれ種から自然発芽したトマトが数本伸びています。
去年から見られる現象です。

緑一色ですが、トマトの自然発芽の芽が3本出ています

ズッキーニは実ができるのですが肥大せずに黄色く腐っています。
この日はやっと3本ほど収穫しました。
実が黄色くなるのは、高温、樹の成長不足などの原因があるようです。
そういえば樹の成長に例年の勢いがありません。
もう少し全盛期を待ちましょう。

ズッキーニ。実はつくのですが・・・

キューリの収穫が始まりました。
これから忙しくなるのでしょうか。
ズッキーニ同様、もう少し樹の勢いが欲しいところです。

キューリが数本ぶら下がています

葉の巻きがなかなか来なかったキャベツ。
小さいながら3玉を収穫しました。
外側の葉は例によって虫食いだらけです。

果たして食味と硬さはどうか?夏になっても葉が巻くのか、このままか。

この日の収穫。少量なので集荷には至らず

トウモロコシは勢いがあります。
直播した種も発芽しています。

真田温泉ふれあい真田館

上田市真田地区にある立ち寄り温泉施設、ふれあい真田館へ行ってきました。

真田氏の本拠地であった真田地区。
菅平、群馬長野原方面への入り口に位置する上田市の郊外です。

南向きの斜面に田畑が広がる純農村地帯でもあり、地区の直売所には地区で採れた季節の農産物が並びます。

7月に入ったばかりの雨の日、地区にある真田温泉ふれあい真田館へ立ち寄り、ひとっ風呂浴びてきました。

何年か前にも食事だけに寄ったことがある施設です。
とんかつ定食を給仕口で受け取った後、入浴客が休む大広間で食べたことを思い出します。
その時は関係者用の裏口から入場しました。

ふれあい真田館の正面入り口

今回は正面入り口から堂々の入場です。
入場料は大人500円。
これで温泉プールから、大浴場、大広間、食堂、売店などを利用できるのですからリーズナブルです。

エントランスではアニメキャラがお出迎え。六文銭の旗が見える

温泉は無色透明、かすかに漂う硫黄臭。
地元の人が三々五々集まっている浴室は土曜日の午後ながら空いています。
もちろん、ボデイソープとシャンプー付きです。
露天風呂もあります。

食堂のメニューも豊富だ

ゆっくり温泉に浸かった後は、大広間で休みます。
食堂は17時まで休みですが、給仕口わきにある給茶器から冷えた麦茶などが飲めます。
横になってひと眠り。

周りは地元のファミリーと、将棋をするお年寄りです。
たっぷりと休養できました。

館内には椅子が並んだロビー、農産物、菓子、飲料、雑貨などの売店もあり、ファミリー客などで終始にぎわっていました。

雨の中、駐車場から帰るとき周りのナンバープレートを見るとほとんど全部が地元の長野ナンバーでした。

上田市街からも近いので、いつでもフラッと寄りたくなる立寄り湯でした。

DVD名画劇場 フランス映画黄金時代①  ルネ・クレールと巴里


エジソンがのぞき窓式の動画・キネトスコープを特許商品としたのは1894年のことでした。
スクリーンに上映するという現在の方式で映画を公開したのは、翌年の1895年フランスのシネマトグラフが最初です。

フランス映画の歴史はこの後、リュミエール兄弟とジョルジュ・メリエスという映画作家を生み、スタジオでトリック撮影するなど、シネマトグラフを発展させました。
第一次大戦による欧州の疲弊で、ハリウッドにその座を奪われるまで、世界最大の映画会社はパテとゴーモン。
フランスの映画会社でした。

1930年前後のトーキーの時代を迎えたころから1950年代まで、フランス映画界で活躍し今も映画史上にその名が残る映画作家が、ルネ・クレール、ジャック・フェデー、ジュリアン・デュビビエ、マルセル・カルネ、ジャン・ルノワールです。

ルネ・クレール

今回はこの世代の代表格として名高いルネ・クレールの戦前の作品を4本見ました。

「巴里の屋根の下」 1930年 ルネ・クレール監督  フランス

クレールのトーキー第一作にしてフランス映画のトーキー第一作。
パリっ子クレール監督のパリを舞台にした作品で、クレールの代表作の1本としてだけではなく、のちの映画作品に作風、技法ともども多大な影響を与えている。

主題歌の「巴里の屋根の下」は今ではポピュラーなシャンソン。
街角の楽譜売りの主人公が作品中に何度も歌う。

「巴里の屋根の下」メインセット。右下に楽譜売りを取り囲む聴衆が見える

楽譜売り、そこに集う人、それを狙うスリ、町のやくざ者。
パリの市井の人々が集う街角。

下町の屋根が並び、煙突から煙が昇る。
屋根屋根を移動していったカメラが舗道に下りてゆく。
アパートの各階の人々の暮らしを写しながら。

クレールが奏でる巴里の物語の世界へと一瞬で引きずり込むカメラ。
家々はすべてセットに組まれたもの。
遠近法を取り入れ、遠景は実写も使っている野外セットだ。

スリに奪われた鏡をヒロインに返す主人公

堅気とやくざの境界線上のような楽譜売りで暮らしている主人公。
歌を歌っては1枚1フランで楽譜を売る。
これが今はやっている歌だよ、と。
盲目のアコーでイオン弾きが伴奏だ。

歌いながら聴衆に若い美人がいると目を付け、スリが仕事をするとそれにかこつけスリと友達になる。
自由にパリの街角で生きるパリジャンが主人公。
目を付けた美人のヒロインとの恋模様が始まる。

やくざの親分(左)もヒロインにご執心

泊まる場所がなくなったヒロインを部屋に泊めることになった主人公。
一晩の顛末は、ピューリタンの倫理に支配されたハリウッド映画(「或る夜の出来事」「ローマの休日」)のように高潔なものとはならずにフランス風の味付け。
主人公はヒロインをあきらめきれずに一晩中ドタバタするというねちっこさ、否、人間臭さ。

主人公の部屋で一晩過ごす。おとなしくは終わらない

監獄の塀の上を歩いて暮らしているような主人公が、冤罪で入獄した間にヒロインが親友とくっつく。
ハリウッド映画なら、ヒロインと親友が倫理的価値観に基づき処理されるケース。
クレールの味付けは、恋人に振られた主人公に身を引かせる、という大人で粋な巴里風の決着。

あるいは男同士の信義にも厚い主人公、親友との友情を重んじたから身を引いたのか。
一方で、開き直るでもなく堂々としている新しい恋人たち(親友とヒロイン)。
既婚者同士の不倫でもなし、人生こんなこともあるだろう、とでもいうようなフランス映画の世界。

町のやくざ者と主人公の果し合いのシーンでは、武器を持たぬ主人公にやくざ連中が自分のナイフを提示し、主人公がそれぞれにダメを出すというユーモラスな描写も。
助けに来た親友が拳銃をぶっぱなし、街灯に弾が当たってあたりが暗闇となり、パトカーのヘッドライトに我彼が浮かび上がるという、ギャング映画でよく見る場面が続く。

こういった場面処理って、ひょっとしたらクレールがその先駆け?
その後のギャング映画で何度も繰り返され、映画的記憶となっているのは、後進の映画監督たちがクレールの手法をまねしたから?

喧嘩のバックに汽笛が流れるなどのスマートな場面処理も見られ、1930年当時、クレールの才気が画面に渙発している。

セリフで説明しなくてもいい場面のサイレント映画風の処理。
よくできた映画主題歌とその効果的な使い方。

ヒロインを奪われた後、主人公がカフェで親友と話すシーンでは、肝心な会話はカフェの窓ガラス越しで聞こえない。
役者にすべてを語らせず、説明過多を避ける粋な手法。

パリジャンは、ルネ・クレールは、やぼったくない。
「巴里の屋根の下」はそういう作品だった。

「ル・ミリオン」 1931年 ルネ・クレール監督 フランス

今作の主人公は売れない画家。
肉屋、牛乳屋、大家に借金を重ねてている。
アパートの向いの部屋の若い女性(アナベラ)が婚約者だが、見てくれのいいほかの女性にも当然のように粉をかけては、アナベラに怒られており、パリジャンの面目躍如。

ヒロインを務めるアナベラ

1930年代のパリの下町。
若い画家の主人公と親友、婚約者、愛人。
主人公を追いかける借金取りはミュージカル風にコーラスしつつ、サイレント映画風に一列で主人公を追いかける。

そんな主人公がオランダの宝くじに大当たり。
ところが当選くじをポケットに入れた上着を盗まれ、その上着は泥棒市でオペラ歌手の舞台衣装になり。
借金取りが当選祝いの祝宴を主人公の自宅で準備するなか、上着を追いかける主人公たち。
上着の奪取後は祝宴の支払いが待っている!

自らもバレエダンサーとしてオペラに出演するアナベラ嬢は、主人公のために上衣を追って主役のおじさんに取り入ったり、また親友は主人公を裏切って上着を独占しようとしたりの展開。

主人公(左)とバレエスダンサータイルのアナベラ

家々の屋根のシーンから始まる巴里物語。
今回はアパート内部のセットが幾何学的で、思いきったデイフォルメ処理で目を引く。
追いかける警察の一団はコーラスを歌いながら登場し、これまたミュージカル風に一列で行動する。

役者を複数回起用しないというクレール作品では珍しく「巴里祭」と併せてクレール作品に登場しているアナベラ嬢。
若々しくも素人っぽいバレエダンサー姿で走り回る。

音楽とのコラボ。
サイレント映画的処理。
巴里が主人公。
男同士の友情(裏切りもあり)。
可憐な乙女と別な愛人。
機知にとんだユーモア。

いつものクレール節が炸裂している。

フランソワ・トリフォーは本作と「巴里の屋根の下」「巴里祭」をクレールの巴里三部作と評している。

「自由を我等に」 1931年 ルネ・クレール監督  フランス

今回は、パリ市内にある刑務所からの話。

刑務所内の親友(クレール作品にお馴染みの親友同士)が脱獄する。
一人が脱獄に成功し、一人は残る。
脱獄した一人が、蓄音機の工場を経営し、やがて財閥となる。
出獄したもう一人がひょんなことから蓄音機工場に雇われて二人は再会する。

満期出獄した方の一人は金や名誉にまるで関心がなく、工場の管理事務所の若い娘にのみ淡い恋ごころを抱く。
財閥になった方は、再会した親友に対し、金の無心だけを心配する。
が実は、財閥になった方も、毎日のパーテイと浮気性の妻にはうんざりしており、妻が情人と出て行って喜んだりする。

主人公二人組(右が財閥役)

刑務所内での作業風景と蓄音機工場での流れ作業の描写を似せて描くクレール。
むしろ刑務所での牧歌的な作業をより非人間的にしたのが工場での流れ作業だ、という描写。
「モダンタイムス」やジャック・タチの近代工業批判のタッチとこの作品のそれは同じだ。

工場経営者による「働くことにより自由が得られる」というセリフは、アウシュビッツ収容所の入り口ゲートにかかる標語と同じ。
資本家による洗脳の標語をこの作品はナチスより先取りしていた!

随所に溢れるウイットとユーモア。
テンポの良い描写。
セリフで過度に説明せずにパントマイム的な動き。
ヒロインの可憐さ。
は他のクレール作品と同様。

過去がばれそうになって工場を手放し、もう一人は憧れの乙女との結婚をあきらめ、再びコンビに戻って放浪の旅に出る二人。
放浪者チャップリンはヒロインとカップリングする結末を描いたが、まったくの一文無し、女なし、という自由をたたえるクレールの潔さよ!

「最後の億万長者」 1934年  ルネ・クレール監督  フランス

フランスとパリという題材を離れたクレールが作った風刺作。

カジナリオという架空の国。
首都がイコール国土という狭い国で、産業は外人観光客によるカジノ。
国民は全員役人で乞食が一人いるだけ。

財政ピンチになり、国外に住む富豪に公債3億フランの引き受けを要請する。
富豪は20歳の王女との結婚を条件に出資を引き受ける。

カジナリオ国王宮

カジナリオの王室のこっけいさをたっぷり描いたのち、富豪が国へやってくる。
国民は給料が出ておらず、電話交換手は通話の途中で勝手に切ったりして、話が通じない。

既に宮中楽隊のコンダクターの愛人がいる王女は結婚から逃げ回る。
王女は愛人と駆け落ちしようとするが、財政難で車のガソリンを買えず失敗したりする。

「ビジネスマン」の富豪は、国の権力を奪取しようと、行政長官の座に就くが、大臣らは反発し暗殺未遂。
頭を強打した富豪はパツパラパーになり、おかしな法令を連発する。

時間が経過。
今度は王室から狙われた富豪が一発食らって今度は正気に戻り。
しかし社長不在の本業が株価暴落で破産となり、約束の3億フランは、ない袖は振れず。

富豪は母国にとどまらざるを得なくなり。
王室は当てが外れて右往左往。
王女は念願かなって愛人と島へ脱出。
という結末。

クレールの批判精神が炸裂した作品。
巴里を離れ、フランス人の人情の世界を離れた作品だからだろうか、ヒットはしなかったようだ。

「自由を我等に」のように、あくまでパリとフランスを舞台にして、批判精神を加味していればよかったのかも。

風刺だ、批判精神だといっても例えばマルクス兄弟のように周りの役者を落とし込むような、我だけ良しの毒はないのがクレール流で、その洗練と鷹揚さがうかがわれる。

また、フランスの喜劇には、ルイ・ド・フユネスやクレイジーボーイもののように、とことんくだらなく、だらけた喜劇の伝統があるのだとしたら、テンポがよくスマートで才気が感じられるのがクレール流。
フランスが誇る一流の映画監督である。