阿佐ヶ谷駅からほど近く、ラピュタ阿佐ヶ谷という複合文化施設があります。
定員48名の映画館と演劇ホールとレストランを備えた建物です。
令和元年12月。映画館ラピュタ阿佐ヶ谷で「石井輝男キングオブカルトの猛襲」なる特集上映が行われています。
1924年に生まれ、2005年に没した映画監督石井輝男の90本と言われる監督作品中38作品を1か月にわたってフィルム上映する催しです。
石井監督は新東宝から経歴をスタートして、東映に移り、呼ばれれば松竹、日活と活躍の場を広げました。
この間、新東宝では会社のカラーに沿った「セクシー地帯」などの地帯(ライン)シリーズ、東映ではギャングものや「網走番外地」のほかに、異常性愛路線といわれる東映版エログロ路線を手掛けてきました。
石井監督の徹底した娯楽路線の追求ぶりが、近年、一部の映画ファンをしてキングオブカルトと呼ばしめることになったのです。
石井監督の代表作に「江戸川乱歩全集・恐怖奇形人間」(1969年東映)という映画がありますが、この作品、倫理コード的に近年までDVD化できなかったという事実を見ても、石井監督の持ち味がわかるというものです。
そういう資質の監督が映画全盛時代とはいえ、各映画会社にわたって延々と商業映画を作り続けられたというのは考えてみればすごいことです。
ラピュタ阿佐ヶ谷「石井輝男キングオブカルトの猛襲」。
近年のブームもあり、このフレーズを見て俄然盛り上がる映画ファンも少数ながら世の中にはいるのです。
その一人、山小屋おじさんもラピュタ阿佐ヶ谷に向かいました。
当日のプログラムは「戦場のなでしこ」。
1959年の新東宝作品です。
新東宝という映画会社、元はと言えば1948年の東宝争議の際の第二組合結成に端を発した制作会社ですが、映画興行主だった大蔵貢を社長に迎えてから徹底した娯楽路線を踏襲。
「明治天皇と日露大戦争」で嵐寛十郎に明治天皇を演じさせる(それまでは歴代天皇を正面から描く劇映画はなかった)など、「見世物」に徹する映画作りをカラーとしました。
題材は、エログロ、犯罪、裏社会、怪談などのほか、2・26事件、戦艦陸奥の爆沈、シベリア抑留などの戦争秘話に及びました。
当時は低級な娯楽映画として見られてきたでしょうが、今となっては、これらの映像は貴重な文化的遺産です。
映画化しようにも倫理的、文化的、技術的に困難な題材ばかりなのですから。
「戦場のなでしこ」は大陸における従軍看護婦の悲劇を題材にしたもの。
脚本は「月光仮面」の原作者・川内康範。
いかに新東宝とはいえ、娯楽一辺倒の作風にはできず、終戦後にソ連進駐軍の慰安婦にされることを拒否して自決する従軍看護婦の悲劇を詠嘆調に描いています。
石井監督の演出はスピーデイーで手堅い。
自分の好みを毛ほども出さないこのような作品も、「キングオブカルト」のキャリアには必要なのでしょう。
脚本の川内康範が怖くて「脱線」どころではなかったのか?
出演は宇津井健のほか、若き日の三ツ矢歌子、大空真弓、原久子など。
皆さん、若くてけなげに力演してます。
ソ連兵役も含めて大人数の役者が出ています。
大人数を配しての撮影では、セットやロケ現場など背景の設営が必要になります。
また、大勢の動きの統制など撮影隊の組織力、監督の演出力が問われます。
この時代の日本映画には撮影隊の組織力が十分に感じられます。
結果として画面が豊かになっています。
日本映画の財産ともいえる作品群です、この時代の商業映画は。
ちなみに従軍看護婦を題材にした劇映画というと、おじさんが知っている限りでは、1966年の「赤い天使」があります。
増村保造監督と若尾文子のコンビの力作ですが、テーマが単純な反戦ではなく極限時の人間性に及んでいるので、ちょっと色合いが違います。
このほかでは、「ひめゆりの塔」(1953年東映)など沖縄戦の従軍看護婦(女学生の学徒動員)を描いたものがありますが、学徒動員生の悲劇にスポットを当てた作りになっています。
最後に、「戦場のなでしこ」を観ていても思いましたが、日本人女優に黒の従軍看護婦姿は特別に似合っています。
「日本人は男優は兵隊役、女優は女郎役が誰がやってもうまい」といわれますが、女優の従軍看護婦姿(移動時の黒の制服)も様になっていることを付け加えたいと思います。