新型肺炎について、上海からのレポート

新型肺炎の流行は気になるところです。

山小舎おじさんの知り合いで、上海に住んでいる日本人がいます。
20年近く前から調布の田んぼ作りで一緒に活動していた人です。
その人は現在、中国人女性と結婚して上海に移住、時々帰ってきています。

中国での新型肺炎流行のニュースを見て心配になり、LINEで連絡をとってみました。
以下の通り返信が来ましたので本人の許可を取って転載します。

なお、明らかな変換ミスはこちらで修正しました。
また文章ごとに段落を改めました。

こんにちは‍‍。武漢が閉鎖されてから丸一月が経ちました。
今の私達上海の人たちは小区と呼ばれる数棟から数十棟の塀に囲まれたマンションの中で息をひそめるように暮らしています。
幾つかある門は正面玄門关 正面玄関以外は全て閉鎖され、出入りは特別今回発行された証明書を提示することになりました。
住人以外の立ち入りは親戚といえでも禁止です。
用事のある時は門のところまで出向いて行くことになります。
外出から帰ったときは全ての人に検温がおこなわれます。
配達の人も同様で荷物は警備の人受け取ります。

外出もできるだけ控えるように通達されているし皆恐怖感があるのでたまに街に出ても人出は通常の2割ぐらいでしようか?
それにス一バ一や市場、商店街には必ず検温所があって、一度の外出で何度も検温されることになります。
マスク着用が義務付けられていて、していない人はバスも地下鉄もタクシーも乗車を拒否されます。
咳をするにも気をつけないと、ひどいと通報されかねないのでそういう人は出かけることを控えるので安心な面はあります。
それほどみんな気を使っています。

そのマスクですがなかなか手に入らないのですが小区で5枚ずつ配布したのと薬局で混雑を避けるために予約製で5枚買うことができます。
高値で売り出した人が何人も逮捕されました。
偽マスクを販売した人達も即逮捕されました。
今の上海人はこういう事には敏感ですぐパトカーを呼び警察も厳しいのです。
昨日久しぶりに散歩に出たのですが商店街は閑散としていて開店している三分の一くらいか?いつも太極拳に通っている公園も閉鎖されていて学校も休学中なので元気な声も聞こえません。オンラインで授業を行なっているようです。

十日から会社も始まっているのですが70%くらいの出勤率だそうで、自宅勤務も多いそうです。春節の休暇が終わって中国各地から帰ってくる人達で感染者が増加するのではという懸念がありましたが幸いそういう事もありませんでした。
帰宅した人達には二週間の自宅待機が義務付けられましたが、これが厳格に守られたのは上海人の住まい方にあります。
現在は帰宅者は全てチェックされ外出できないし、用事があれば居住委員会が代行してくれます。

最近の二千五百万都市上海の感染者の推移です
16日328名、
17日332名、
18日333名、
19日333名、
20日334名、
21日334名、
22日335名、
23日335名、
24日335名です。


次に退院者の推移
16日、140名
17日、161名
18日、161名
19日、177名
20日、199名
21日、211名
22日、227名
23日、249名
24日、261名 となっています。


この様に既に80パーセントの人が退院しています。

ちなみに死亡者が3名います。
これらの情報は每日スマホの画面で閲覧でき住所氏名年龄性别,行動歴がわかります。
ちなみに私の住む渋谷区感染者は17名,時々通る、歩いて10分から20分くらいのところに4か所感染者が出て一帯が封銷され近付かないようにしています。

次にこれまでの経緯を記します、武漢が閉鎖された1月23曰の数日前からニュースで危険なウイルスが広がって来ていると知ったのですがその時はこんなに大ごとになるとは思ってもいなかったので春節を利用して24日(大晦日)から近辺の旅行に出かけました。
すると3曰目の朝バスの中で団体旅行禁止命令が出たとガイドさんから伝えられて、予定を繰り上げて帰路に着きました。
上海市に入るところでチェックがあるかもしれにというという話でしたがそういうこともなく帰宅しましたが翌日あたりから大変な騒ぎとなりました。
上海へ入る地下鉄、髙鉄(新幹線)バス、自動車もすべて検査体温チェックが行われるようになり、公園閉鎖,料理店の营業停止と厳しさをまししていきました。

今日のニュースでは上海の病院では全ての病院が正常な状態に戻ったと伝えています。
このように上海に関してはコロナウイルスの経緯封じ込めに成功しつつあると思います。
他方湖北省、武漢に目を向けるとまだまだ悲惨な状況が続きそうで心が痛みます。
これもすべて隠蔽体貭と初動の遅れによる医療崩壤があり、地方政府が制御不能に陥った結果だと残念でしかたりません。
その証拠に湖北省,武漢以外では明らかに收束に向かっているからです。
ただし感染者,退院者がほとんど上海と同じ様な経過をたどって来た北京の病院で一昨日突然大量の感染者が出たのには哑然としています。

その医療崩壤ですが、上海から真っ先に医療支援隊1380名が数日して1500名の第二陣が救助に向かいました。
その後大病院中心だった救隊が三日前八次となる救援隊は中規模の病院(東山病院くらいの)まで駆け付け正に上海中の病院が空っぽになるのではと心配になるほどの势いです。
このようにして中国中の病院から武漢入りした医療隊は3万人に上ると言われています。
8曰で完成させた病院は前もって現地入りしていた1300名の軍隊の医療隊が治療にあたりその後2次の救援隊も现地入りました。

まだまだ続く 最初のころ现地の医療么従事者は訳もわからない混乱状態の中で極度の睡眠不足疲劳,ストレスの中では多くの感染者,死亡者も出で正に不条理な犠牲者というほかありません。救援隊の方々人たちは大勢だし髪の毛もばっさり切って勇ましく出発していますが(勝ってくるぞと勇ましく)正にこちらでも(白衣の戦士)と呼ばれています。
新しく现在入りした人たちによって以前からの人たちの労苦が少しでも和らぎみんな無事で帰ってこられることを祈るばかりです。

今の時点で考える所は、上海のような普通の医療体制ならそれほど恐ろしいウイルスではないのではないか?という事です。
きちんと栄養、睡眠 を取り、手洗い、マスクを付け(他人のため)免疫力を高めることが肝心なことだと思います。
お互い十分気を付けて早く普通の曰常生活に戻れる日を待ちたいと思います。
以上です。^_^

 

臨場感のあるレポートです。
奥さんが中国人であり、現地に溶け込んで暮らしている人なので中国人目線の気持ちが伝わります。

なお、文中、略字の漢字が散見されるのは中国製のスマホだからでしょうか?
中国製スマホで日本語変換ができるのかな?

*文中にある「東山病院」とは調布駅前にある中規模の総合病院です。

投稿者: 定年おじさん

1956年北海道生まれ。2017年に会社を退職。縁あって、長野の山小屋で単身暮らしを開始。畑作り、薪割り、保存食づくり、山小屋のメンテナンスが日課。田舎暮らしの中で、60歳代の生きがい、生計、家族関係などの問題について考える。60歳代になって人生に新しい地平は広がるのか?ご同輩世代、若い世代の参加(ご意見、ご考察のコメント)を待つ。

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