DVD名画劇場 エリッヒ・フォン・シュトロハイムとは何者?

オーストリア=ハンガリー帝国出身のユダヤ人、エリッヒ・フォン・シュトロハイムは渡米後、ハリウッドで5本のサイレント映画を監督した。

自称、貴族の出でオーストリアの士官学校出身。
実際の経歴は帽子職人の家に生まれ、商業学校卒業後に帽子職人となり、陸軍入隊後除隊し渡米というもの。

渡米後はハリウッドで端役、監督助手などを経て、ユニバーサルのタイクーン、カール・レムルに自ら売り込み、「アルプス颪」(1919年)で監督デビューした。

以降4本の作品を監督するが、予算と時間を超過することが当たり前で、完成作品は数時間の長尺となり、カットを要求する会社側といちいち衝突した。
それでも作品がヒットし、製作費を回収することができたので、1925年までは映画を監督することができた。

自作を演出するシュトロハイム

その後はハリウッドはおろか、シュトロハイムを監督で起用する場所は世界中になく、個性派俳優として活躍した。

「大いなる幻影」(1937年)で、シュトロハイムを俳優として起用したフランス映画の名匠ジャン・ルノアールは、シュトロハイムについて、「この巨人に対する私の傾倒ときたら絶対的なものだった」「私が映画をやるようになったのも、元はといえばシュトロハイムが”作家”として作った映画に夢中になったということがひとつあったほどなのだ」(「ジャン・ルノワール自伝」みすず書房P205)と述べ、シュトロハイムの監督としての作家性を評価している。

「愚なる妻」 1922年 エリッヒ・フォン・シュトロハイム監督 ユニバーサル

DVD版では本編の前にシュトロハイムの撮影シーンと、豪華なモンテカルロのカジノの大セットが映しだされる。
ナレーションが被って、この作品がいかに豪華なセットを作り、ヨーロッパ製の車を輸入して使ったか、を観るものに伝える。
金のかかるシュトロハイム作品の逆手を取って、プロデユーサーがその贅沢な撮影ぶりを宣伝材料にしたということが今に伝わる。

本編が始まる。
数階建ての威容を誇るモンテカルロカジノの建物のセット。
騎馬兵の一団が駆け抜け、当時の高級車両が走り回る。
エキストラは数百人の規模であろう。

公使夫人に迫るシュトロハイム

主演はシュトロハイムその人。
白を基調にしたヨーロッパ高級将校の軍服に身を固め、軍帽を斜めにかぶって、片眼鏡をはめた姿が決まる。

インチキ、偽善、詐欺師、好色、吝嗇、クズ、人でなし、小人物・・・。
これら全部に最大級の形容詞を被せたような人物をシュトロハイムが演じる。

シュトロハイムはこの主人公を気持ちよさそうに演じており、自己陶酔をさえ感じさせる。
登場人物と実物のキャラが被っているようにさえ見える。

高級将校の衣装姿のシュトロハイム。絶好調だ!

主人公は、偽札を作らせて暮らしを立てている素性卑しい偽高級将校。
女とみれば卑しい笑いを浮かべて近づく。

12歳から20年仕えているメイドにも手を付けており、「いつ結婚してくださるの?」と迫られるたびに作り笑いでごまかしている。

モナコ大公に信任状を持ってきたアメリカ公使夫人に目をつけ、だまして金を引こうと近づき、手練手管を弄する。夫人は軍服姿も決まっている主人公にメロメロとなる。

主人公は夫人にカジノで大勝ちさせ、だまして金を引く。

並行して、だまし続けているメイドからは、20年間でためた2000フランをだまし取る。

すべてがばれて夜逃げの際に、偽札職人の娘を思い出し、寝室に忍び込んで親父に殺される。
マンホールに捨てられる際のシュトロハイムの死に顔には卑しい笑顔が浮かんだままだった。

DVDパッケージ裏面。卑しい笑顔でメイドをだますシュトロハイム。メイド役の女優は「グリード」にも出演

圧倒的にシュトロハイムの演技に目がいく。
ナルシステイックな軍服姿と大見えを切った表情が目を引くが、よく見ると小柄で、歩く後ろ姿に品がない。

それは卑しいキャラを意識した演技なのか、それとも地が出たものなのか。
このあたりの浅薄さ、作り物めいたところが、後年のシュトロハイム演じる様々な、インチキめいた怪しいキャラクターの源流となっているのだろう。

シュトロハイムはこの作品で、インチキ将校にコロリと騙されれる公使夫人やメイドの姿を通して、悪意に対する善意の弱さ、愚かさを描いたのかもしれない。
悪意の象徴としてのインチキ将校の、滑稽さ、弱さ、愚かさ、もまた、監督シュトロハイム自身により、徹底して表現されていたが。

「グリード」 1924年 エリッヒ・フォン・シュトロハイム監督 MGM

ユニバーサルを放逐され、(物好きな)MGMに拾われたシュトロハイムのハリウッド4作目の作品。

シュトロハイムは出ていない。
それゆえだろうか、「愚なる妻」に漂うブラックユーモア感はなく、ひたすら冷酷で突き放したトーンの作品となっている。

幸福な新婚時代の主人公と妻

少々要領は悪いがおおらかで性格の良い主人公。
金鉱堀の仕事から、母の元を離れてモグリの歯医者の弟子となる。
のちにサンフランシスコで開業していた時に運命の女と出会う。
友人の女だったがひとめぼれ、友人から彼女を譲ってもらい婚約する。

結婚式を行うが、窓の外を葬列が通る。
強烈にブラックな伏線となる。
こういった笑えないブラックユーモアはシュトロハイム作品に時折みられる。

結婚の前後に女が宝くじに当たる。
5000ドル。

女は結婚を境にゴールドに魅せられ、夫を支配する恐妻となる。
最初はおおらかだった主人公も、次第に我慢できなくなる。
折から歯医者の無免許が当局にばれて廃業となり、経済的にどん底に落ちる。
女を譲ってくれた親友も急に性格が悪くなり、サンフランシスコから姿を消す。

最後は灼熱の死の谷に逃げ込んだ主人公。
妻とは離婚し、また自ら決着をつけている。
主人公を追うかつての親友・・・。

ゴールド、宝くじといったわかりやすい富の象徴は「愚なる妻」の偽札、カジノ同様、シュトロハイムの執着する小道具だ。
その小道具に操られて簡単にキャラクターが変わる妻や友人はシュトロハイムが冷徹、皮肉に見つめる人間像か。
してみると最後までおっとりした、善意のキャラクターを通した主人公は、善意や人知の象徴なのか。
最後は死の谷で、死んだ友人と手錠でつながれ死を待つ身となった主人公。
善意や人知は欲望の道連れとなって滅びる運命だということか。

妖精のようだった女が、ゴールドに狂い、口をゆがめる光景と、おおらかな主人公が打ちのめされてゆく光景。
悪い意味で忘れられない映画である。

ジャン・ルノアールは自伝に曰く。
「「グリード」こそは、まさにわが映画作家としての活動を導いてくれる旗印とも思っていたくらいだ。ところが我が偶像は現実に自分の目の前にいた。それも自分の映画(「大いなる幻影」)を演じる俳優として。だが、いかなる真実に満ちた信託を下してもらえるかと期待に胸を膨らませしていた私が見出したのは、なんと子供だましの常とう手段にどっぷり漬かった人物だったのだ。もちろん私にも、こうした陳腐な行き方も、シュトロハイムの手にかかると、まさに天才のひらめきを放つ効果を上げることはよく心得ていた。」(自伝 P205,206)

シュトロハイムの詐欺師性とインチキさと、だからこそそれらが効果的に発揮された時の天才ぶりを表した、ルノアールによる至言だと思う。

キャメラを前にポーズをとるシュトロハイム
フィルムを抱えるシュトロハイム

投稿者: 定年おじさん

1956年北海道生まれ。2017年に会社を退職。縁あって、長野の山小屋で単身暮らしを開始。畑作り、薪割り、保存食づくり、山小屋のメンテナンスが日課。田舎暮らしの中で、60歳代の生きがい、生計、家族関係などの問題について考える。60歳代になって人生に新しい地平は広がるのか?ご同輩世代、若い世代の参加(ご意見、ご考察のコメント)を待つ。

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