県境を越えて 草津温泉へ行く

長野県は、山梨、群馬、新潟など八つの県に接しています。
県境はそれぞれ山で隔たれています。

その山塊を峠道でつないで、山梨、岐阜との間に中央本線が、愛知との間に飯田線が、新潟との間に大糸線と飯山線、北陸新幹線が走っています。
県をまたぐ線路はこれだけです。
それらの線路も、中央本線と新幹線を除き、狭い谷間を辛うじて単線が張り付いているような具合です。

いかに長野県が閉ざされた地形であるかがわかります。
県内の状況も似たようなもので、各地方が山に囲まれており、地方間の行き来は峠を越えるか、川沿いに行くしかありません。

ということで今回、思い立って草津温泉に行った際にも、県境の峠道の深さ、厳しさ、を思い知らされたことでした。
6月初旬に、奥さんが山小舎に陣中見舞いに来た際に草津へ行ったのでした。

行きのルートは、上田市の真田地区から菅平方面に北上し、途中で群馬方面に折れる道順でした。
県境付近は片側一車線の山また山のつづれ折で、峠を下りると、キャベツ畑の風景が広がっていました。
まとまって開かれた畑や、整備された道路などをみて、「長野とは別の地方へ来たのだなあ」と感じました。

草津へ入るとそこは大きな町でした。
古い温泉街と別荘地が同居しているようなところで、想像していたよりにぎやかでした。

昼食は奥さんがネットで調べたイタリアンへ。
根曲がりダケというタケノコや、タラの芽などが出てきました。

イタリアンレストランの窓から見る初夏の草津

西の河原公園の駐車場に車を止め、公園を下って温泉街へ向かいました。
西の河原公園は、温泉が流れ、賽の河原のような白茶けた風景が続きます。
三々五々、観光客が散策しています。

西の河原公園の風景

温泉街へ下り、湯畑の方面に歩いてみます。
温泉街の歴史を感じさせる土産物屋が並んでいます。

中心部の湯畑では、源泉が、何本もの木の樋を流れてゆくのが見られます。
源泉が流れてゆく景色は、秋田の玉川温泉でも見られます。
荒々しく、近寄りがたい玉川温泉のそれに比べて、ややおとなしく感じるものの、温泉街の中心部に源泉を引っ張って華々しくデモンストレーションするというところに、草津温泉の意欲と歴史を感じます。
さすが日本三大温泉の一つです。

温泉街を歩く。前方には饅頭売りのおじさんたちの姿が見える
中心部にある湯畑の風景

湯畑のあたりは観光客で賑わっていました。
長野県では、善光寺か松本城にでも行かない限り、出会うことのない人出です。
ここは群馬県、首都圏であり関東圏だと実感しました。

湯畑と観光客

西の河原へもどり、露天風呂へ立寄って帰りました。
ぬるめの湯でしたが、上がってからも汗が出続けるほど効きました。

帰りは行きとは別のルートで帰りました。
軽トラで来なくてよかったと思うほどの山越えの連続でした。

甲府の街 2時間ほっつき歩き

山小舎おじさんの街歩き、甲府の巻です。

自宅と山小舎の行き来を列車で行うことにはまってしまった山小舎おじさん。
今回は、高尾から甲府行きの列車に乗っての山小舎帰還の旅。
乗り継ぎまでの2時間、甲府の街を歩いてみました。

駅構内の立ちそば屋で腹ごしらえ。蕎麦とミニソースカツ丼セット

一度歩いたことがある甲府。
武田信玄の館や博物館などは見ていたので、今回は駅の南に広がる中心街、特に飲商店街を歩いてみました。

その前に、エキナカの探検。
最近のエキナカは、特に新幹線の止まる駅などは、地元物産品の販売などで充実しています。
秋田、盛岡、長野、新潟、金沢のエキナカの充実ぶりが思い起こされます。

そこで甲府エキナカにも期待しましたが、やや地味な印象でした。
やはり新幹線が通らないと、観光客などの出入りが少なく、地元客中心になるからなのでしょうか。

それでも食べてみたかった、レーズンバターサンドなどが売られているのを確認できたので、マークしておきました。
帰りに買うことにします。

武田信玄公が睨みを利かす甲府駅

駅前のロータリーの一角に観光案内所があります。
高速バス、路線バスの券売所を兼ねた、観光案内所としては大きな建物です。

ここで街のマップをゲットしようと思ったのですが、バスの案内に注力した施設だからでしょうか。ちょっと物足り鋳物しかなかった。

路線バスの案内の方に、「韮崎までの便はある」「韮崎に行けば白州までの便がある」などと確認できたのは番外の収穫でしたが・・・。

ガイドマップを入手

マップを片手に駅前通りから散策をスタート。
商店街、飲食店街のエリアを中心に歩き、帰りにお城のあたりを通ることにします。

駅前の通り

マップで「飲食・ショッピングエリア」と表されている範囲は広く、外周を歩くだけでも軽く30分ほどはかかりそうです。

岡島百貨店というデパートがありました。
地元資本?のデパートが生き残っているのは立派なことです。
昨今のご多分に漏れず、平日午後とはいえ、店の内外に活気はありませんでしたが・・・。

岡島デパート

アーケード街も複数ありますが、残念ながら活気のなさは同様です。
買い物客は郊外のロードサイドかモールに集まっているのでしょう。

銀座通りアーケード

飲み屋街がありました。
こちらは夕方前の開店準備時間とはいえ、夜の活気を思い起こさせるものがありました。
甲府の町の規模の大きさ、人口と人の流れの多さを感じさせる飲み屋街の規模です。

飲み屋街
飲み屋街のただなかに映画館があった!

飲み屋街のあちこちに小路、横丁があるのも特徴です。
かつては飲み屋街の隅々まで人があふれていたのでしょう。

横丁その1
横丁その2
横丁その3

乗り継ぎの列車の時間が迫ってきたので、駅に向かいます。
途中でお城に寄ってみます。
中に入る時間がないのでお濠越しに城壁を撮影しました。

このお城、郷土の英雄・武田氏の城ではなくて、武田氏滅亡後に築かれ、豊臣、徳川の管轄下にあったもの。
周辺に漂う熱気は、武田氏関連の史跡とは比べものにならない低さでしたが、おじさんの気のせいでしょうか。

甲府城のお濠
城門

長野行き各駅停車の発車時刻が迫る中、エキナカで購入した、レーズンバターサンドとマスカット大福。
味はマスカット大福の勝ち!(山小舎おじさん独断選)でした。

名物シャインマスカット大福
レーズンバターサンド

ビーナスライン→諏訪→辰野の旅

11月中旬の土曜日。晴れた日に軽トラでぶらりと旅に出ました。

 晩秋のビーナスライン

茅野から美ヶ原までの76キロの観光道路がビーナスラインです。
この日、このビーナスラインを通って、大門峠から霧ケ峰高原まで行きました。

ビーナスライン、大門峠付近

土曜日とはいえ、まだ10時前。
紅葉も終わりに近く、初霜はとうに降りています。
思ったより交通量が少ない、この日のビーナスラインです。

展望台から茅野方面を見る。朝もやがたなびいている

途中、展望台が各所にあります。
雲海なのか、朝もやなのか、視界の下に雲かキリカがたなびいています。

富士見台という場所もありました、遠くではありますが、富士山がこんなにきれいに見えるとは思いませんでした。

富士見展望台から見る富士山のシルエット

目を西に転じると、すっかり雪化粧をした北アルプスの峰々も展望できます。
空気のキレイな時期のビーナスラインもいいなと思いました。

北アルプスが見える、写真がピンボケですみません

 諏訪の町に立ち寄る

ビーナスラインを途中で下り、上諏訪の町に下ります。
急激なつづらを降りると、国道20号線、上諏訪の町(諏訪市)の中心部、酒蔵が並んでいるあたりに降り立ちます。

上諏訪へ下りる途中の山の紅葉

今日の目的地は、辰野から牛首峠への道なので、上諏訪は通り道です。
とはいえ、いつものように、20号線や、湖岸の道で、上諏訪の町を通り過ぎるのではなく、気になっていた崖際の道を通ってみました。
崖際の道とは、国道20号線と並行して、諏訪湖の段丘の下を走る道です。

通ってみると、昔ながらの生活感のある町の姿がありました。
観光とは縁のない地元住民の町です。
駅近くには寂れかかった味のある飲み屋横丁もありました。

思わず軽トラをストップさせ、足を運んだのは通りの一角にある手長神社の鳥居が見えたときでした。

上諏訪の手長神社鳥居

参道には長い階段が続いています。
階段を登り切った段丘の上に、社屋がありました。

雰囲気のある神社です。
湖面が遠望される一等地に立つ境内は、明るさを感じさせる場所です。

参道には階段が続いている

宮司さんが本殿のお勤めをしていたので挨拶すると、「地元の方ですか?」と聞いてきたので、「長和町からです」と答えました。

御朱印集め?と思われたようでしたが、この神社の雰囲気にひかれてお参りしたとわかると、「東信にもいい神社が多いですよ。町々で祀っている神社に寄ってみてください」とのことでした。

手長神社の本殿
境内からは諏訪湖が望める

 辰野町のタイガー食堂にて昼食

諏訪から国道20号線で塩尻方面へと向かいました。
塩尻峠に至る途中を左折し、伊那谷を通る国道153号線へ出ようと山を越えました。

山越えの道沿いの風景

郷の集落風景を抜けると、国道153号線に行き当たりました。
伊那街道・小野宿のあたりです。
今日の目的の一つは、辰野町小野地区の御料理・タイガーという食堂に寄ることです。

中央線・小野駅

タイガー食堂は、昭和29年に、かの山下清が1か月ほど逗留していたこともあったという、地元で有名な食堂です。

「裸の大将」(1958年)は小林圭樹が山下清を演じた東宝映画でしたが、劇中、駅弁を作る仕出し屋に清が逗留(一応雇われていた)するシーンがありました。その仕出し屋のモデルかな?と思いましたが、そうではなく、画家として有名になった後の清が、新潟に花火を見に行く途中で逗留していた食堂とのことでした。

小野駅前の御食事・タイガー

ソースカツ丼のほか、鶏だしの効いたラーメンもお勧めらしい。
そこで、ミニ焼き肉丼とラーメンのセットにしました。

ラーメンは汁まで完食。
完全手作りの味、満腹感はあるも、後悔感が一切なし。
値段が1,530円と高めだったこと以外は文句なし、でした。

ミニ焼き肉丼とラーメンのセット。文句なし!

田舎の食堂にありがちな、惰性で営業しているかのような停滞感がない空間。
山下清が長期逗留したのもむべなるかな?
1958年公開の映画「裸の大将」に描かれていた、戦中から戦後の日本の地方と人々の姿が思い出されるような、タイガー食堂でのひと時でした。

かつて山下清がここに逗留していた

 牛首峠に迷い込む?

さあ、今回の旅の目的の一つ、辰野から牛首峠を越えて、木曽側に出るルートへゴーです。

辰野町小野地区から伊那街道を伊那に向かって右折し、牛首峠を目指します。

牛首峠への道

峠道は県道254号線です。
しばらくは集落を過ぎる道。
畑のあぜ道のようなところもあります。
軽自動車でも交差不可能な道幅が続きます。

集落を繋いで道が続く
崖の途中から往来を見守る道祖神

伝説に彩られた牛首峠を越えると、下りの山道。
ここまで、行きかった車は2台、道を譲って追い抜かせたのが1台。

伊奈側から木曽へと抜ける貴重な道の一つですが、利用する人はほとんどいないようでした。

牛首峠の案内板
峠付近の風景

突然、国道19号線・中山道に出て、峠越えは終了。
塩尻方面へと軽トラを走らせて帰りました。

国道19号線と合流

信州ワンデーパスの旅

信州ワンデーパスというJR東日本の企画切符がある。
秋の1日を使って旅に出てみた。

茅野駅を出発して、小淵沢から小海線、小諸から長野まではしなの鉄道線、長野から松本まで篠ノ井線、松本から茅野まで中央本線のルートで一回りすることにした。

 7:23~7:45 茅野→小淵沢(中央本線)

7時半前に軽トラを茅野駅前の駐車場に入れて駅へ。
窓口でワンデーパスを買う。2,680円。

通勤通学客でにぎわう茅野駅構内。
こんなに活気のある茅野駅は初めて見た。
ホームに立つたくさんの高校生たちを見て、「やはり茅野は市だけある」と思った。

朝の茅野駅ホーム風景

高尾行き普通列車に乗る。
ボタンを押してドアを開け乗車した人々は、乗った後、ボタンを押してドアを閉める。
車内に寒気が入るのを防ぐのだ。
乗客数はパラパラだが、各シートに数人は座っている。

茅野駅ホームで高尾行きの発車を待つ

 7:48~9:58 小淵沢→小諸(小海線)

小淵沢駅からは八ヶ岳が間近に見える。
小海線のホームへ行くと1両だけの車両が待っていた。
通勤時間帯のあわただしい雰囲気からは隔絶されたローカルなムードが漂っていた。

小淵沢駅から望む朝の八ヶ岳

車両には先客が3人。
観光客だろうか、路線図を眺めている人がいる。
音もなく車両は出発した。

小海線車両の車内風景

しばらくは両側に雑木林が続く。
別荘地帯を登ってゆく。
ときどき枝が車両をかすめてゆく。

この感じ。
両側に山の木々が迫る山岳路線。
仙台と山形を結ぶ仙山線が奥羽山脈を分け入ってゆく姿を思い出した。
山国日本ではこういった路線は各地にあるのだろう。

八ヶ岳山麓の車窓

登り終わった小海線は、野辺山から高原の畑地帯に入りスピードを上げる。

野辺山高原の畑作地帯

やがて千曲川に沿って、谷地形を走ってゆく小海線だが、これまで並走してきた国道141号線としばし別れるコースを取る。
川上村という、秩父へ抜ける峠につながる旧道沿いの、今は忘れられたような場所。
ベトナム人らしき若者が三々五々乗車し、ほぼ満席になった。
この後、新幹線に接続する佐久平まで乗客は増え続けていった。

紅葉をむかえた車窓風景

小海で国道141号線に再合流した小海線。

小海からは千曲川上流と並行して走る

終点が近づくにつれ、山村の風景から郊外の住宅地の風景へと車窓が変遷してゆく。
臼田、中込、岩村田と過ぎるうちに乗客が増え続ける。
佐久平でごっそり下車していった人々は、新幹線の乗り継ぎだったり、モールで買い物をするのだろうか。

佐久平盆地のはざかけ風景
佐久平駅は新幹線停車駅

平日午前中の小海線下りは、沿線の人々の生活路線として機能していた。

 10:07~11:10 小諸→長野(しなの鉄道線)

小諸駅に到着。
駅の外に出て缶コーヒーを買ってのどを潤す。

外に出た目的はもう一つ。
小諸駅からJR線には乗り継げないので、しなの鉄道線の切符を買うため。

ワンデーパスでこの先へ行くには、佐久平から新幹線に乗る方法があるが、特急料金が必要。
各駅停車の旅なら、長野までの間、第三セクター線に乗り換える方法がいいかなと思ったのだ。
長野まで1,180円の別料金。

小諸駅にて
ワンデーパスとは別に切符を購入
しなの鉄道長野行きに乗車

しなの鉄道は、旧信越本線の軽井沢、篠ノ井間が、北陸新幹線の開業に伴い、第三セクターに移管されたもの。
さぞローカルな寂れた路線か?と思ったらそうではなかった。

車両はJRの払い下げで、本日唯一のボックス席を有する車両だが、走っているのは国道18号線に沿った、軽井沢、長野間。
東信地方と呼ばれる県東部地方を走る主要路線なのだ。

平日昼間といえどそこそこの乗車率。
買い物にゆくのか上田でどっと下りて行った。
さぞかし朝夕の通勤通学客も多いであろう。

千曲川沿いの田園風景

東御、上田、坂城、千曲といったなじみの地名を過ぎてゆく。
篠ノ井でJR篠ノ井線に合流して長野駅へと着く。

善光寺平ではリンゴの季節
しなの鉄道の長野駅に到着

 14:07~15:20 長野→松本(篠ノ井線)

長野市で約3時間の滞在。
街歩きの様子は別稿で報告します。
ここからは再びワンデーパスを使った旅です。

松本行きは2両編成。
乗客はほぼ満席。
終点松本まで乗ってゆく人が多かったのは意外でした。

長野駅で松本へ向かって帰途に着く

長野(善光寺平)と松本(松本盆地)を結ぶのが篠ノ井線。
中央本線方面(松本)と北陸新幹線(長野)という県内東西の主要路線を連絡するという役割を担っています。
そのため、両都市の間に横たわる急峻な山地に登ったり、トンネルでくぐっての路線です。
途中の姥捨駅への上りは、今でもスイッチバック方式で列車が運行されています。

姥捨から長野方面を展望
姥捨駅へはスイッチバックで入る

山岳部をおりてからは、松本川の主要河川・犀川に沿って平坦部を進みます。
篠ノ井線のハイライトは、姥捨から平地に至る山間部と山里の風景でしょうか。

篠ノ井線の山里の風景

 15:55~16:45 松本→茅野(中央本線直行)

松本駅で小淵沢行き普通列車のホームへと向かう。
発車まで30分以上あるが、長野の街歩きで疲れていたこともあり、乗車して待つことにした。
これが正解だった。
下校時間も近く、また人の移動が多い路線なので、どんどん乗客が増える。
乗車率150パーセントほどもあろうかという状態で発車。
茅野までその状態が続いた。

国道19号線と並行して走る路線。
正式には塩尻までは篠ノ井線で、塩尻から先が中央本線になるとのこと。

車窓には郊外型店舗と住宅が続く風景。
信州というより全国共通の郊外風景に近い。
しかも満員の車内には松本の大学やからの帰りと思しき若者が多数で、途中の塩尻、岡谷、下諏訪では高校生もどっと乗ってくる。

ローカルの寂しさはゼロ。
やはり社会には人がたくさんいたほうがいい。
その地方のカラーが感じられるから。

夕方の茅野駅。
どっと下車する高校生たちの流れに紛れながら初めて信州の本当の姿の一端に触れたような気がするのでした。

茅野駅で下車。やはり駅には大勢の人が似合う

駅前の駐車料金は、約10時間で1,500円でした。

自宅→山小舎 中央線各駅停車の旅

10月中頃、子供たちと飲みたくて自宅に戻った。
5日ほどいて山小舎に戻ってきた。
帰りの足は中央線の普通列車を使ってみた。

高尾初の普通列車大月行きに乗る

中央線下りの普通列車は高尾発がほとんど。
自宅で自分の分の洗濯、掃除、布団干しを終え、京王線で高尾を目指す、行き当たりばったりの旅。
高尾に着くと、甲府行きが出たばかりで、次の大月行きまでは30分ほど時間があった。

JR高尾駅正面
JR高尾駅の駅前風景

窓口に聞くと茅野まで切符を買うと途中下車ができないとのこと。
大月までの切符を買ってあとは成り行き任せとする。
駅の売店でおにぎりを買い、列車待ちの間に腹ごしらえ。

駅構内の売店兼食堂
本日の昼食
高尾から大月行きに乗車

列車が高尾を出る。
いきなり車窓に緑一杯の山間が迫る。
平野部から山間部にいきなりチェンジする車窓風景。
どこかで見たような。
東北の奥羽山脈に分け入る北上線や仙山線と同じだ。
中央線も、日本特有の山岳路線の一つだった。
やがて小仏峠をトンネルで抜けて、列車は早や次の駅・相模湖駅へ。

大月の町歩き

相模湖と次の大峠・笹子峠との間の中心都市が大月。
甲州街道の宿場でもあった。
この列車の終点。
次の列車は、と見ると1時間後の松本行き。
ちょうどよい、大月の町歩きだ。

大月駅の駅前風景
大月は富士急線の連絡駅でもある

まずは駅前から、甲州街道こと国道20号線沿いの商店街を歩く。
山梨・長野方面の下道を行くときにはよく通る道だ。

国道20号線沿いの商店街

国道から1本はずれた住宅地を歩いてみる。
大月は谷あいの町。谷に向かって坂になっている。
坂の横丁もなんとなく風情がある。

国道から1本入った住宅街。街角に塚があった
昔ながらのラーメン店があった
坂のある横丁
大月は学生の町でもあるようだ

乗車前、駅前のこぎれいな菓子屋による。
信玄餅の本舗が出している店だろうか。
試しに買ってみたシャインマスカット大福。
思ったよりずっとおいしかった。

駅前のお菓子屋さん
シャインマスカット大福はうまかった
駅近くに飲み屋街があった
大月から松本行きに乗車。背景に岩殿山が見える

大月からは乗り換えなしで茅野まで

大月からは松本行きに乗る。
笹子峠をトンネルで抜けると甲府盆地。
眼下に広がる葡萄畑。
町々が続いている。
目をやると富士山の頂が盆地の西側の山並みの上に顔を出している。

笹子峠下の笹子駅から峠方面を望む
笹子トンネルを抜けたところにある甲斐大和駅
車窓から富士山頂が見える甲府盆地
甲府に到着。沿線第一の都会だ

甲府を過ぎると、再び線路は登ってゆき、八ヶ岳山麓の高原に入ってゆく。

小淵沢付近から雪を頂いた八ヶ岳が見えた

リゾート地、小淵沢を過ぎると、信濃境という駅で長野県に入る。
富士見、青柳といった駅に止まってゆく。

茅野着は16時過ぎ。
ホームには大勢の高校生が乗車を待っていた。
入れ替わるように下車する。

茅野駅に到着

自宅から山小舎に向かう交通手段は、自家用車、軽トラ、高速バス、特急あずさを利用してきたが、各駅停車の旅もよかった。
時間は調布から4時間ほど。
乗り継ぎ時間を含めると5時間か。
高速バスの倍だ。

列車のいいところは、座席からの目線が低いところ。
高速道路からは山の上半分しか見えないが、列車の車窓からは沿線風景が人本来の目の高さで見える。
町の雰囲気を感じることができる。
地域性の変化を感じることができる。

具体的に言うと。
高尾から相模湖に入ると、そこは東京にはありえない湖が広がる別世界が展開し。
甲府盆地では、武田信玄を神格化する濃厚な歴史の空気が、お出迎え。
そして八ヶ岳山ろくでは、冷涼な高原の開拓地に吹き渡る開放的だが寂しげな風に吹かれ、すっかり遠方に来たなあと思う、のだ。

駅駅で地元の人が乗り降りしてゆく風景に接することができるのもいい。
今どき、通学時間の中高生くらいしか乗り降りしないが、それでも沿線で風景のみならず、人間に接することができるのは、いい。

車両の造りは通勤車両と同じ、ベンチシート方式。
ボックスシートに埋没して味わう旅の風情には乏しいが、今どきしょうがない。それでも空いていることが多い普通列車は、バスより居住性はいい。

今度は路線バスで帰ってみようか。
でも、「ローカル路線バスの旅」では、笹子峠越えのバスがなくてタクシーを使っていたなア。
路線バスと列車の組み合わせでもいいか。
でも暖かい時期じゃないとだめだな。

東京とんぼ返り 行きは甲州街道、帰りは青梅街道・・・

娘の誕生会があったので軽トラで自宅に帰ってきました。

甲州街道一人旅

軽トラにお土産を積んで出発。
お土産は信州産の食材、富士見町のキャトルセゾンの洋菓子。
キャトルセゾンは富士見町という長野県と山梨県の県境にある町の洋菓子屋さん。
地元で評判なのでシフォンケーキを買ってみました。
甲州街道(国道20号線)に降りて自宅へ出発です。

長野県内の甲州街道風景
山梨県との県境に道の駅・信州蔦木宿があります

山梨県に入り、甲府を中心地とする甲府盆地に至るまでは、ローカルな雰囲気が好ましい甲州街道。
長距離トラックの交通は一定程度ありますが、基本は地元の人の生活道路です。

甲府のあたりの風景はいまや「全国共通」なファストな風景です。
ファストな風景とはおじさんの解釈では「沿道に全国チェーンの郊外型店舗が続く風景」のことです。

条件が良いと富士山が正面に見えるルート。山梨県韮崎の手前あたり
甲府市郊外の甲州街道沿道風景。よくある都市郊外の景色。交通量も増える。
甲府盆地を笹子峠に向かって登ってゆく果樹地帯

暑さと疲れでいい加減眠くなってきたころ、笹子トンネルを通過。
甲府盆地から、山梨県大月あたりのエリアに入ります。

笹子峠を越えると笹子の集落がある。
笹子には造り酒屋も残っている

相模湖を過ぎ東京との境である大垂水峠を越えます。
中央自動車道では小仏トンネルで県境を越えますが、下道では峠道での山越えとなります。

東京との県境・大垂水峠近くの山道

結局、高尾から高速に乗りました。
ちょっと急いでいたことと、東京エリアの道路事情を懸念したからです。
首都圏の道は見渡す限りの自動車と信号がスムースな走行とは正反対の状況をもたらしているのはご承知の通りです。

帰りは青梅街道(甲州裏街道)で

新宿から奥多摩へ向かう青梅街道。
その昔、この道が甲州街道の裏道と呼ばれていたそうです。
関所や大峠が多い甲州街道に比してその点が緩かったとのこと。
帰りは青梅街道を通ることにして、まずは奥多摩を目指しました。

東京都下の新青梅街道はいつも通りの混雑
青梅を抜け奥多摩湖へ向かう青梅街道。谷沿いに集落が続く

奥多摩駅に到着。
ここまでJR線がつながっているのですね。

JR青梅線の終点、奥多摩駅
普段から登山客が多いことがうかがえる
奥多摩駅前の風景。のんびりしている

ダム湖である奥多摩湖に沿って走ります。
山梨県の塩山に抜ける国道139号線(大菩薩ルート)につながります。トンネルが続く山道です。
山梨県丹波山村に入り、道の駅たばやまに到着しました。

奥多摩湖
国道139号線の奥多摩湖沿道はトンネルが多い
ソフトクリーム200円を食べました

交通量はほとんどありません。
峠越えなのでカーブが多いですが、道路事情は悪くありません。
条件のいい日には富士山が望めるという柳沢峠に到着しました。

後は甲府盆地をめがけて一瀉千里。
標高が下がるにつれ蒸し暑さが増してきます。

左大菩薩峠方面の標識を越えて甲府盆地方面に降りる

韮崎まで町々を繋いで走り、甲州街道を経て山小屋へ帰りました。

東京ローカル路線バスの旅VOL.3 調布から八王子を目指す

大寒も過ぎ立春はいまだしのころ、夕方から雪の予報の東京地方。
1月最終日です。朝から思いっきり凍えています。
東京ローカル路線バスの旅、新宿がだめなら八王子があるさの巻です。果たして結末は。

調布~西武線多磨間(京王バス)

朝の調布駅前。
バスは北口と南口に分かれて発車しています。
案内板を見ると、北口からはJRの三鷹、武蔵境方面へ、南口からは小田急線方面への路線が多いようです。
最長距離では、小田急線の柿生までの路線がありました。

八王子方面へは・・・、西武是政線の多磨駅までが西へ最長の路線のようです。
多磨からはコミュニテイバスが府中駅まで行くのを知っていたおじさん、まずは多磨駅へ向かいました。

多磨~府中へ(ちゅうバス)

多磨駅前の風景です。
西武線の改札口とは地下通路でつながっています。
多磨墓地が近いので石屋さんが駅前にありました。1時間に2本のコミュニテイバスがやってきました。
料金は100円均一です。
途中、白糸台団地などによって乗客を拾ってゆきます。
ミニバスは満員になって府中駅に到着しました。

府中~国立へ(小田急バス)

駅の立体通路下に広がる府中駅のバスターミナルは巨大です。
いつ来ても案内板と、乗車場所が一致しません。
国立駅行きが八王子方面の最長区間と分かりましたが、案の定、乗り場を間違え、目的のバスには発車寸前で飛び乗る始末でした。国立は三多摩地区随一の文教地区といわれています。
一橋大学を筆頭に、三多摩地区で偏差値一番の都立国立高校などがあります。
駅から放射状に広がる道路。
駅名の由来は、国分寺と立川の間にあるから、とのことも含めて、計画的な街づくりの意図を感じることができます。

おじさんの国立に対する印象は、住宅地でも路駐をすると直ちに通報されるという経験を持ち出すまでもなく、住民の意識の高さです。
山口百恵さんも住んでますしね。住宅もリッチな感じがしました。

国立~立川(立川バス)

国立では駅前のバス案内図を見るまでもなく、立川行きの便が停車しているのが目に入りました。乗ります。

立川という町は、陸軍飛行場が米軍に接収されてからの基地の街のイメージでしょうか。
基地、歓楽街、ギャンブル(競輪場)という必要悪の3点セットを有する、三多摩地区では珍しい町です。
ちなみに隣の国立には3点セットのいずれもが存在しません。

今は、米軍が撤退し、駅近くから広がる広大な基地跡には、首都機能のバックアップを行う建物が林立しています。
また、駅前はかつての擦れた場末の街のイメージも一新した巨大駅ビルが建ち立体通路が結んでいます。
モノレールまでが走るさまは文字通りの近未来図です。

立川~日野(京王バス)

立川にも巨大なバスターミナルが展開しています。
西武バス、立川バスなどが運行するそれらの路線は、主に北方向へむかい、東村山、東大和、拝島など西武線方面との連絡となっています。迷子になりかかったおじさんは、立川バスの案内所で聞きました。
八王子までの路線はない、京王バスの停留所から日野方面があるかもしれない、とのこと。
おばさんの言うとおりに、ありました、日野行きが。
待ち時間は15分。

コンビニでおにぎりセットなどを買い車中で昼飯です。

車窓越しに近未来・立川駅前の光景が流れてゆきます。

日野~八王子(京王バス)

日野駅に着きました。
同じJRの駅でも立川が必要以上にギラギラしているのに対し、悪夢から覚めたように落ち着いた本来の姿を見せている日野駅前。

地元出身の新選組、土方歳三で町おこしです。あった、ありました八王子行きが。
これで無事、目的達成です。バスは堂々と国道20号線を驀進。
日野自動車やコニカミノルタなどの工場に寄りながら八王子駅に到着しました。
東京ローカル路線バスの旅の企画3回目にして初の成功です。万歳。

八王子点描

八王子は三多摩地区のどん詰まり。
甲州街道小仏の関のふもとの町です。
都心より2,3度気温が低いのが特徴。

町の雰囲気はのんびりしています。
おじさんには落ち着きます。かつては繊維で栄えた町、花街の名残があります。
芸者さんもでもいるとのことです。

おじさんのような庶民が飲むところはこういった店。

おじさんが八王子に来たら必ず寄るのは、餅と団子の伊勢屋本店です。
古本の佐藤書店も元気です。

500円でカツどんがっつり食える食堂。子供お断りの張り紙はなくなってました。

おじさん用の廉価な衣料はここで調達。冬ものシャツが2000円以下で買える店です。

帰りは京王線特急で調布に帰りました。

東京ローカル路線バスの旅VOL.2 調布から新宿へ  リターンズ!

おじさんの東京ローカル路線バスの旅。
先日、調布のつつじが丘駅から新宿を目指し、途中で時間切れペンディングとなっていた旅の再開です。
果てして結末は?

千歳烏山からリターンズスタート!

前回は、京王線の下高井戸までバスでたどり着きました。
その先の路線バスに存在の感触はありませんでした。
一方、千歳烏山から荻窪行きのバスが出ていることを知りました。
荻窪からならバスがつながるかもしれない!
おじさんは路線バスの旅を再開しました。

電車で千歳烏山駅まで行きます。烏山北口のバスターミナルです。
いつものように交通整理さん二人で小気味よく道路交通をさばいていました。

ここでおじさんは意外なものを見てしまいました。
前をゆく小田急バスの側面に「経堂から新宿までバスで21分」との広告です。
あつ、小田急線の経堂まで行けば新宿行きのバスがあるのか!
急遽、予定変更です。
次の目的地を荻窪から経堂へ変更することにしました。
臨機応変であることもまた路線バスの旅のだいご味!
果たしてその決断は吉と出るか?それとも・・・。

環状八号線の甲州街道バス停で下車、八幡山から経堂行バスに乗車する

ということで、やってきた関東バスの荻窪行きに乗車し、二つ目のバス停、甲州街道で下車します。
このまま荻窪まで行っても、中野まではつながっているようでした。

おじさんは甲州街道停留所で下車。
環状八号線を渡れば、京王線・八幡山駅。
ここから経堂行きの路線バスが出ていることは前回確認しました。

八幡山駅はめったに下車しませんが、歩いてみると劇場があったり、ちょっとした路地風のエリアがありました。

最も、八幡山で一番有名なのは松沢病院でしょうか。
都内最大規模の精神病院です。

駅前から毎時2本のバスが経堂駅まで出ていました。
小田急バスが運行するミニバスに乗りました。途中、希望が丘団地というところを通過します。
高層アパートが数棟並ぶ団地でした。
経堂駅までの景色は、とにかく住宅地でした。
それも共同住宅が多かったような気がします。

経堂は小田急沿線有数の商業地域でした

経堂駅に着きました。
いつ来てもにぎやかというか、大規模な商業地域です。
駅のロータリーも広々しています。

駅に接して小田急資本の商業ビルが建っています。

駅から周辺に伸びる数本の商店街があります。

まずは新宿への路線バス探しです。
ところが駅の小田急バスの発車先を見ても新宿はありません。
もと来た八幡山へ戻る路線のほかには、渋谷行きがあるだけです。駅の案内で聞きましたが、新宿行きの路線バスはないとのこと。
おじさんが烏山で見たバスの広告は何だったんだ!
あきらめのいいおじさんは、新宿行きをあきらめ、経堂の商店街散歩へと目的を変更しました。

早速、一本の商店街を歩きます。
古本屋があったので立ち寄ります。

団子屋でゴマ団子を買いました。

鬱抜けをヘルプしてくれるショップまでありました。

路線バスの旅に敗れたおじさんに農大通りはパラダイスでした

駅の反対側へ延びる商店街も探索してみましょう。
東京農大へと続く、その名も農大通りです。
学生が多くおり、活気にあふれています。
沿道には食堂のチェーン店が一通りそろっています。
人気のラーメン屋には学生が並んでいました。

古本屋があったので立ち寄りました。
面白い品ぞろえの店で、店頭の100円本を4冊ほど買いました。
レジに「当面の間買い取り中止します」という貼り紙があったので、60代くらいの店主に聞いてみました。
「在庫が十分にあるし、持ち込み客とのトラブルが多いから中止にしている」とのこと。

ブックオフのつもりで、無価値な本を持ち込まれて散々困った経験をお持ちのご様子と察します。
「店頭販売はメイン。ネットは嫌いなので」ともおっしゃってました。
いいぞ、昔ながらの古本屋のおやじおじさん!と思いました。

サブカル、雑誌と雑多な知を集めたような品ぞろえに店主の本好きな個性が見て取れる店でした。

たい焼きがおいしそうなので買ってみました。チェーン店ではなくここだけの店とのこと。
味が楽しみです。

今日の昼飯はここにしました。中年というより高年の方3人がカウンター内で切り回している定食屋でした。ショーケースには大皿に盛ったメニューが並んでいましたが、日替定食を頼むと、弁当のような容器に入って出てきました。味はともかく量はたっぷりでした。650円。

商店街の裏手には味のある風景が残っていました。

路線バスの旅ですが、リターンにもかかわらずまたも失敗!
新宿へ行くのはもうあきらめました。

 

東京ローカル路線バスの旅 調布から新宿を目指す

おじさん新春路線バスの旅です。
今回はおじさんの住む調布から新宿を目指します。
急に思い立っての旅なので、自宅最寄りの京王線つつじヶ丘駅を出発点としたのが11時でした。
果たして東京で、目的地までバス路線はつながっているのでしょうか?

早くも試練!つつじヶ丘から東進のバス便なし!

つつじヶ丘駅前に来たおじさん。バス路線を調べます。予備知識も、ネット調査もしないのがルールです。
つつじヶ丘駅北口からは、新宿方向にまっすぐ東進する、千歳烏山行きのバスがありますが、朝に3便あるだけでした。慌てて南口へ。最も東へ進む路線は成城学園行きです。
小田急バスに乗車します。11時52分です。
成城学園は新宿方面から見て、90度とは言いませんが、45度はたっぷりずれた方角ですが、やむをえません。
成城学園についたらその先を探すことにします。

成城学園駅前はバスの一大ターミナルでした!

成城学園駅に到着です。
小田急線の主要駅です。
一般的に私鉄各線は、駅前にバスターミナルやロータリーなどの敷地を有しているとは限りません。
23区内の都心に近い駅ほどそうなります。
その点、大なロータリーを有する成城学園駅前は例外的な駅です。千歳船橋方面、二子玉川方面などへのバスの一大ターミナルとなっていました。ここから千歳烏山を目指すことにします。
12時32分発の便まで10分弱あります。
小田急線駅を中心に展開する箱根そばで昼食です。5分で食べました。

千歳烏山で痛恨の乗車ミス!国道を歩いて挽回!

千歳烏山に向かいます。
千歳烏山は、つつじヶ丘からまっすぐくれば、電車で2駅。5分ほどで着く距離です。
路線バスでは乗り換えて1時間弱かかりました。

途中、祖師谷公園を通ります。
遠くに見えるブルーシートは世田谷一家事件の現場です。
現場の家そのものは保存されていますが、周りの住宅は公園拡張によりなくなっています。

着いた千歳烏山駅にはロータリーがありません。
旧甲州街道沿いの北口のターミナルは、バス2台分のスペースを警備員2人で切り回しています。
運行しているのは関東バスです。
吉祥寺行きと、荻窪行きの2系統がありました。
どちらも北上するルートで、ほとんど新宿方面へ東進しません。

考慮の結果、京王線の2駅ほど東進したところの、環状八号線まで出る荻窪行きのバスに乗り、途中下車することにします。
13時20分発です。
来たバスに乗って発車後気が付きました。
間違って吉祥寺行きに乗ってしまいました。
すぐおりて、国道20号線に出て歩くことにしました。
20号線沿いにバス停はありませんでした。

杉並区を走るコミュニテイバスで下高井戸へ

寒風吹きすさぶ20号線沿いを歩きました。

環状八号線との交差点です。
ここを超えると桜上水駅までのバスがあるはずでした。現在では路線バスが撤退し、すぎ丸というコミュニテイバスが運行していました。
井の頭線と京王線をつなぐ巡回路線ですが、1時間に2本の運行で待っているわけにはいきません。

まだ新宿までは8キロあります。
疲れてきましたがもう少し頑張ってみます。

途中、八幡山という駅に寄ってみました。
小田急線の経堂駅行きの便がありました。
新宿方面に向かっては、激しく寄り道する路線なので利用できません。

再び20号線に戻り、桜上水駅まで歩いて駅員さんにバスを尋ねました。
桜上水駅から20号線に出ると、新宿方面に巡回バスのすぎ丸が出ているとのことです。

とりあえずバス停まで行きました。
寒いし、くたくたでしたが時間を見ると14時47分発があります。もうすぐです。待つことにしました。

行き先は下高井戸駅入り口でした。乗りました。

すぎ丸の路線の最東端、下高井戸駅入り口につきました。今日はここでギブアップ。
東京の路線バスは平日昼間も、高齢主婦層や老人で、座席はほぼ満員の乗車状況でした。
都内のバス路線は鉄道に沿ったコースは少なく、鉄道路線を結ぶルートが多かったのは想像通りでした。

京王線沿線ルートでは新宿を目指すのは想像以上に困難でした。
再度別ルートで挑戦します。

ローカル路線バスの旅 路線バスで上田へVOL.2

路線バスで上田についた。
土曜日の朝10時過ぎ。
駅前は観光客や地元のヤングの姿がちらほら。
彼らはこれからどこへ行くのか?
観光客ならまずは上田城だろう。

では地元のヤングは?
商店街にヤングの姿はほぼない。
そもそも人が歩いていない。
ではヤングは、地元のファミリーはどこへ?
その答えを探すべく、おじさんは駅近くのショッピングタウンのアリオへ行った。

アリオとはイトーヨーカドーが経営するショッピングタウンで、全国展開している。
よく地方のヤングが、「地元のデート場所はイオンタウン」とかいうが、上田ではどうなのか?

ちなみに、上田には、イオンタウンもある。アリオの方が駅から近くて。後発のようだ。

上田のヤングとファミリーはアリオにいた!

広大な駐車場。あたりをはばかる巨大な建物。
朝一番から人の出入りが多い。

アリオの内部はイトーヨーカドーの食品スーパーの周りに、各種の店舗が出店し、家族連れが引きも切らない。

サーテイーワンもある、無印良品もナムコもJTBも。
食べ物から、衣料ブランド、携帯から美容、眼科、カルチャーセンターまで。
行政サービスの一部代行までしているのかここは?
別棟にはシネコンも。
今時のファミリーの需要にピッタリ。
果たして土曜日10時から店内は、家族連れで一杯ではないか?
上田の消費者はここにいた。
商店街ではなく、ここにいた。

今時のショッピングタウンらしく、商品の展示だけではなく、レストコーナーやトイレなどの数も多く、来客が長時間滞在できるようにしている。
催し物コーナーでは、赤ちゃんのハイハイ競争や、少年向けのベイブレード大会なども催されていた。

あらゆる年代層、趣味の人がここで一日楽しめる。
今は寒い時期だから人が暖かい店内に集まる?
いいえ、暑い夏だって涼しい店内に集まるだろう。
商店街に人がいないはずだ。

万が一、アリオが上田から撤退したら?
資本の論理からして可能性ゼロではない。
そうなったら、上田市民にとっては単に商品の選択の幅が狭まるだけはなく、集いの場所が喪失するのではないか?
もっと大げさに言えば、本来は行政がサービスすべき種々の利便性の喪失ということにもなりかねない。
恐るべしアリオ。

真田の本拠、上田城は人気ランキング1位

天気がいいので、上田城へ行く。
おじさん去年に次いで二度目の訪問。

真田氏が二度にわたって徳川軍を撃退した伝説のお城。真田幸村は今でも根強い人気を誇るが、城の防衛戦での勝利のほかに、大坂の陣での徳川軍への反撃戦での活躍が後に立川文庫などの軍記物で一般化したものという。


上田城。
天守閣はもともとないし、櫓が3基と石垣が残るだけ。しかもその石垣は真田時代のものではない。
しかし11月の今日も、観光バスが乗り付け、団体客のほか観光客が引きも切らない。
テレビのお城人気ランキングであまたの名城を差し置いて一位になったこともあるようだ。

松本城のようなきらびやかさはなく、外人観光客の姿はほぼないが、地元に愛された落ち着きと風格のある場所。

帰り道、おもてなし隊の演武が行われていたので覗く。地元の劇団が出演していた。

コーヒー180円。喫茶・木の実は地元の社交場だった。

上田の中心部へ戻る。
北国街道という新潟への旧街道筋に面する商店街。
中央二丁目という交差点は、旧店舗は閉店し、マンションとセブンイレブンが目立つ場所となっている。

ここからすぐの相生町というところに古い食堂、喫茶店が残っている。

喫茶・木の実という店へはいる。
昭和32年創業で、コーヒー180円は変わらず。
おじさん2度目の来店。

コーヒーを飲んでいると、地元の商店街の旦那さん風の人がやってきた。
ビールと酒を注文し、つまみにピザのテイクアウトをオーダーしている。
高齢の女性マスターの息子が対応している。
旦那は息子相手にビールを飲み始める。

上田でも松本に倣って路上禁煙を始めるらしいとか、地元の旦那衆らしい雑談が聞こえる。
帰りしな、旦那から一緒に(ビールを)どうですか?とのお誘いがあった。

帰りが遠いからと断るが、ちょいと惜しかったか?
バリバリ地元の人と話すチャンスでもあったから。
もっとも話が弾んだかどうかはわからないが。
さすがは地元の旦那衆の応対である、と感心する一幕だった。

帰りのバスを待って駅で一杯

上田で一杯飲んでみたかった。
焼き鳥で町おこしもしているし。
16:30の帰りのバスを待つ間、上田電鉄の改札脇の焼き鳥屋へいってみたが、今日はやっていない。
こういった気まぐれなところが、商売っ気のないところが、勿体ない?

やむなく、駅のコンビニで缶ビールを買って、コンコース脇のベンチでグビリ。
寒いけど、歩き回ってのどが渇いたのか、ぐんぐんビールが入ってゆく。

上田の駅ではベンチでビールなど飲む人はいないのだろう。通行がチラチラ見てゆく。
まだバスの時間があるので、ワンカップの千曲錦を買って開ける。

聞けば、駅ビル内のから揚げセンターでは昼から1時間飲み放題をやっていたとのこと。残念。次回また。

16:30発のバスは、別荘地まで直通。
自家用車で45分のところ、集落や別荘地を巡って90分かけて走る。

18:10に真っ暗な山小屋へ着きました。
上田でビールまで飲めて充実した休日となりました。