台風19号の爪痕 続報

台風19号は長和町のにおける被害状況の続報です。

ちなみに姫木平別荘地内の被害は一か所、路肩が崩落しただけとのこと。
倒木も少なかったとのこと。
避難警報が出てコミュニティセンターが避難場所になったものの、避難者は1名だけだったとのことです。

大門川の下流の落合地区で国道152号線の崩落があったことと、長久保地区の五十鈴川の松尾神社周辺で鉄砲水による田畑の被害、農道の崩落などがあったことは既報の通りです。

今回、山小屋おじさんの畑の近くの、五十鈴川氾濫の様子を見てきましたので報告します。

松尾神社や被害にあった畑の上流部分です。
川が急流となっています。

地上にあった立木が流れに飲み込まれています。

畑がえぐられハウスの枠組みの土台が半分流失しています。

畑の上を濁流が流れた跡が残っています。

おじさんが借りている畑の動物除けの電線は破壊されています。

山小屋おじさんの畑の大家さんの話によると、台風通過の朝になって畑の被害を見てびっくりしたとのことです。
それまでに土石流の音はしなかったとのことでした。

長久保地区では、川の氾濫が60年ぶりとのことで、半世紀前にも氾濫があったようです。

人家の被害はなく大家さんに深刻な様子はありませんでした。
むしろ山小屋おじさんに代わりの畑を紹介してくれようとする勢いでした(謝絶しました)。

被害にあった畑は国が整備してくれるとのことです。
ひと安心です。

ヤーコン収穫、夏野菜の支柱を撤去。

令和元年台風19号の猛威を何とかやり過ごした畑でヤーコンを収穫することができました。

太い茎に成長したヤーコンは引っこ抜くのも一苦労。
根の張りはそうでもないのですが、茎、葉の地上部がでかい!
慌てて抜くと柔らかい芋(実の部分)が折れてしまいます。

地中に残った芋を掘り起こすときも要注意。
何せ「芋質」がサツマイモなどより柔らかく(粘りがなく軽い感じ)瑞々しいので、すぐぽきっと折れてしまうのです。

長雨と、もともと水田だった土質のせいで畑が湿っており、泥だらけのヤーコン収穫となりました。
10株ほどの木から、箕一つ分の芋の収穫。
ちょっと少な目かもしれませんが、初めて借りた畑です。
十分です。

芋についた泥は洗ったりせずこのまま持ち帰ります。
理想は、畑もしくは家のそばで、2,3日天日干しして、その後、乾いた泥をこすり落として、冷暗所に保存です。
が、明日は雨。
このまま持ち帰り、チャンスを待って天日干しし、かびの発生を防ぎたいものです。

ちなみに10月初旬に収穫し、泥付きのまま軒下に置いていた(乾燥させていたつもり)の落花生は見事かびていました!残念です、ヤーコンはこうしたくありません。

なお、ヤーコンの葉っぱもお茶の材料として持ち帰りました。
乾燥させると健康茶の材料となります。
天候と手間次第ですが。

台風を生き残ったもう一か所の畑から夏野菜を収穫しました。
ナス、ゴーヤ、ズッキーニ、ピーマン、唐辛子が採れました。
ナス、ピーマンはまだ木が生きています。
ほかの夏野菜はこれが最後の収穫です。

根っこを抜き、支柱を撤去しました。
この後はマルチを外し、耕耘して石灰、もみ殻を撒いてこの畑の今年の作業が終了です。
アスパラガスが越冬します。

令和元年 台風19号の爪痕

2週間ぶりに山小屋へ戻ってきた山小屋おじさん。
十二指腸潰瘍で4日間の入院やら、台風19号の来襲やらで東京の自宅に待機しておりました。
山小屋が気になっても台風の被害で中央道が不通。
中央本線も相模湖・大月間で不通になっていたのでした。

山小屋周辺はほぼ変化なし

山小舎は無事でした。

積み上げた薪は長雨で湿っていましたが、強風にあおられて倒壊するようなことにはなっていませんでした。ホッ。

しかしというかやっぱりというか、裏の沢が音を立てて流れていました。
普段は水がなく、大雨の後だけ流れる沢です。
山小屋の土台が削れるほどではありませんでしたが。

大門街道沿いの様子

大門街道を上田側へ下ります。
山小屋おじさんが畑へ通う道でもあります。

路面が雨でもないのに濡れています。
山の水が路上にあふれ出しているのでしょう。

山肌が崩れています。
山肌の崩れはこのほかに数か所ありました。

路肩が崩れかかっています。
後日、本格的な補修が必要な崩れ具合です。
街道と平行する大門川の水量も増し、猛々しい水音とともに白いしぶきをあげています。

路上にあふれる山の水。
側溝に流れるよう辛うじてコントロールされてはいますが。

大門川の堰堤が壊れています。
濁流の爪痕が生々しく感じられます。

大門街道が中山道と合流する落合地区では、道路が崩落していました。
道路の復旧まで何か月かかることでしょう。
ここら辺は集落の規模も大きく、崩壊した道路は、生活道路としてまた、白樺湖・茅野方面への幹線道路として重要です。当日、長和町に避難指示が出ていたのは、情報で知っていましたが、これほどとは・・・。

山を下るほど被害が大きくなっています。

平成18年にも大門川の護岸が崩落していますから、大雨の際の濁流のこわさ、濁流が合流してぶつかる時の破壊力の大きさを前にして人間の無力さを思い知らされます。

畑に土石流が来ていた!

畑へ行きました。
まず、大根とニンジンが植わっている畑。
着いてわが目を疑いました。

畑がごろ岩が転がる石原になっていました。
かつての面影はなくなっていました。
土石流が発生したのでしょう。

川が畑の横を流れてはいるものの、高度差が2,3メートルもあり水害は想像すらしませんでした。
だからこそ石垣を積んで段々畑になっていたのでしょう、何十年も前から。

大根、ニンジンどころか、柿の木や梅の木も跡形もありません。
収穫が終わっていた隣の田んぼも無情の石原となっています。
不思議とハウスが残っていました。

段々畑の段も崩れて、川砂に覆われた土地。
この後、大家さんはどうするつもりなのか・・・。
長久保の集落が無傷のようだったのは不幸中の幸いでした。

あと2か所の畑へ急ぎます。
農道が橋のところで崩れて行けません!
畑の横の中山道が片側通行になっています!

それでも何とか軽トラを畑につけ畑へ入りました。
残り2か所の畑は無事でした。

千曲川の堤防決壊、上田電鉄の鉄橋崩落、武石村への橋の崩落など令和元年の台風19号の県内の被害は甚大です。
この台風、全国の死者が80人あって、直撃した東京都の死亡人数が0人というのが象徴的な気がします。

東京では災害にそれなりの準備ができているというか、地方には手が回っていないというか・・・。

「過去に例のない」雨量の台風被害で幕を開けた令和の世。
これ以上は災害のない時代であることを祈って。

秋晴れの池之平リゾート

白樺湖という観光地がある。

このあたり、もともとは蓼科山のすそ野に広がる湿地で、昔のふもとの村人は夏の間ここら辺まで登って炭焼き小屋をしつらえて炭を焼いたらしい。

戦前に計画され、戦後に完成したのが、農業用水目的で作られた現白樺湖。
地元はのちの観光開発も視野に入れていたらしい。
より標高の高い蓼科に温泉があり、古くから別荘地が開発されていたこともある。

40年から20年前のスキーブームや別荘ブームの折には観光客であふれたであろう白樺湖。
今は廃墟のホテルや土産物屋が散見されるが、一貫して湖畔でリゾート開発してきたのが池之平ホテル。

今はスキー場、遊園地などを傘下に持ち、シーズンともなるとファミリーがわんさと訪れる。
10月初旬の秋晴れの週末。
絶好の行楽日和の池之平一帯をパチリ。

近隣唯一のコンビニの裏手にはテラスが広がっていた。

白樺湖とつながっている白鳥ボート専用の池。

遊園地もにぎわっていた。

皆さんんも白樺湖へようこそ。

令和元年の実りの風景

令和元年10月初旬の長和町の田んぼの風景です。

ここら辺、上田盆地から諏訪方面へ抜けるどん詰まり。
峠に向かう両側の山々が収斂してゆく地形。

貴重な平地は、やや高度が高い場所は古来からの街道として、そして川沿いの場所は田んぼに使われてきました。

街道筋に集落が形成され、田んぼへ続く傾斜地に畑を作っています。
あとは見渡す限り山また山の風景です。

長野の山里にも令和初の実りの時期が来ました。
今年の県内の米の作柄は平年並みとのことです。

10月初旬の畑

 

10月の畑です。
2週間ぶりの畑。
夏野菜の実が残っていました。

夏野菜の畑の様子

万願寺とうがらしです。
ピーマンやトウガラシの類は低温にも強い印象ですが、今が最盛期のように鈴なりです。
来年もまた作りましょう。

ナスが思ったより成っています。
剪定(花が咲いた先の芽をカットする)と追肥(ボカシ堆肥)のせいとしか言いようがありません。
苗自体は自根の安いものです。
育て方次第で長く楽しめるということがわかりました。

トマトは終了です。
トマトは接ぎ木の苗を用意し、斜め植えで根を増やして育てました。
その割には木が細く、実のなりも続きませんでした。
追肥などが不十分だったのか?
雨の多い天候の中で頑張って育ったほうなのか?

ゴーヤがだいぶん出遅れましたが、たくさん採れました。
長く採れるのはいいのですが、初期の育成が遅いのは今後の要改善点です。

鷹の爪が赤く色づいています。

夏野菜はこれだけ採れました。

秋野菜の間引きと落花生の初収穫

秋野菜の畑の様子です。
夏の間に蒔いた、人参、大根、白菜などが植わっています。

人参は発芽率がよくなかったのですが、発芽したものは元気に育っています。
密な部分を間引きしておきます。

大根は発芽率、生育ともども順調でしょうか。
種まき時に、育苗用の土を使ったのが効いているのだと思います。
ただし実がまっすぐ、長く育つかどうかはまだわかりません。

白菜は高価(1袋600円)な種を直播しました。無事発芽して生育中なのは10株程度。
1株につき60円見当です。
高い!
しかも時期的に収穫が間に合うかどうか?
来年は苗で植えたいと思います。

落花生を初収穫してみました。
初めての落花生。
恐る恐る株をめくってみるとほとんど豆がついていない!
土を掘って、ばらばらの豆を集めます。

何とか実がついてきた株もありました。
持ち帰ってとりあえず干しておきます。

シソの実を採って塩漬けにしようと思い畑に行きましたが、実はすでに枯れ始めていました。
青いところを齧ってみます。
シソの香りは十分しますが、ことしは収穫遅れです。
来年からの自生に期待します。

ハックルベリーは実が熟している途中です。
収穫は10月末でいいでしょう。

キアゲハの幼虫が草を食べていました。

畑のわきの渋柿の木が青い実をつけていました。

隣の田んぼは稲刈りが終わっていました。

山小屋の食事

山小舎では自炊です。
食材は地元のスーパーで買いますが、シーズン中は野菜はほぼ自給できます。
ときどきは畑の隅っこやら、直売所の売り場から、地元ならではの珍しい食材も手に入ることがあります。

定番はストーブ料理

定期的に作るのがカレーやシチュー。
材料を切って鍋に入れストーブに乗せるだけ。
火の通りがよく、煮崩れしないのがストーブの火力の特徴。
アルミで巻いて乗せておくだけで、おいしい焼き芋、ジャガバターもできます。

カレー。
信州豚のこま切れを使います。
季節によっては畑でとれたズッキーニをたっぷり入れることも。

キャベツの間にひき肉を挟んだ煮込み。
トマトなどと一緒に1日以上煮込むと独特のうまみが出ます。
来客があった時の1品にもなります。

日常の夕食たち

毎日の主菜は、スーパーで仕入れた揚げ物や冷凍ハンバーグになることが多いです。

ゴーヤチャンプルもよく作ります。
鯖缶を使います。

モヤシ炒めはコスパ抜群です。

鯖の塩焼きも主菜の定番。
スーパーで2枚で200円以下の時に買って冷凍しておきます。

魚が好きで、身欠きにしんや目指しもよく食べます。

副菜には、豆腐、海藻、漬物、お浸しなどが多くなります。
トウモロコシ、枝豆などは、季節は、には連日食卓に上がります。

朝食はあっさりと

パン食です。サラダとジャムは手作りです。

味噌汁付きの納豆定植。味噌汁は1回で2食分作ってしまいます。

ちょっと奇抜なランチとお弁当

別荘地内の草刈りバイトの日。
昼食は、山小屋に戻って食べます。
冷凍うどんを出しで煮込んで食べると楽です。

いただいた茅野名物の寒天を冷やし中華風にしたもの。
これが見た目以上にうまかった!

収穫したトマトで作るミートソースは夏の楽しみです。

畑へ持ってゆくお弁当2選。
パンとおにぎり。


コロッケは既製品、梅干しは手製です。

今年の帰省は帯広スタート!

山小屋おじさん一家の帰省は今年も9月でした。
おじさんのオリジナル家族5人中4人が参加。
例年通りの2泊の行程。
札幌のお寺にあるお墓参りと叔父さん一家との年1回の交流が目的です。

第一日目は帯広スタート

子供たちが小さなうちは、お盆に家族で帰省し、親の家に滞在しました。
両親がなくなった今は、その年に参加できるメンバーで、時には旭川や函館などを観光で経由するなどして帰省を楽しんでいます。

今年はなんと帯広に飛んで旅をスタートしました。
十勝平野名産の乳製品、豚肉。小麦、大豆を味わうためです。

帯広空港。
羽田から降り立つと空港内外が冷房したように冷たい空気に満たされていました。
朝の気温は12度とのことでした。

幸福駅。
おじさんが高校生の時、道東を一人旅した時に当時の広尾線に乗り幸福駅に降りたことを思い出しました。
当時すでにブームでした。
現帯広空港からはすぐ近くです。

思いやりファーム。(写真無し)
粗飼料のみで育てた牛の無殺菌牛乳とソフトクリームを食べました。
さらっとした口当たりでほのかに草とクリームの香りがしました。
帯広の南隣、中札内村にあります。

豚丼。帯広駅近くのぱんちょうという店で食べました。
思ったよりしつこくなくておいしかった。

高橋まんじゅう屋。(写真無し)
帯広市民御用達のおやき屋さん。
店内の昭和な雰囲気は最高。
あんこの味は・・・。
六花亭のどら焼きにも感じたが最高の素材(小豆)を生かし切れていないような気がする。
あんこに煮方は都会のほうがうまいのか?
残念。

パンの麦音。
地元の人がわんさと訪れるパン屋。
並んでパンを買ったあと建物外の広々とした芝生でくつろぐ。
これぞ十勝のファミリーの昼食。

狩勝峠。
帯広を出て富良野、旭川経由で札幌に帰りました。
途中の狩勝峠です。

かつては根室線の難所で、鉄道の三大車窓にも選ばれた景観です。

現在はこの間のJR線は台風の影響で不通になったままです。JR北海道はこのままこの区間を廃線にするつもりでしょうか。

青い池。
美瑛から活火山の十勝岳方面に上った白金温泉の近くにあります。
立ち枯れた木が湖中に残っている風景です。

有名になったのは最近のことで、道産子には白金温泉の近く、と言わなければ通じないことが多いようです。
訪れる人の外国人の割合が増えた場所でした。

二日目は親戚訪問、お墓参り、小樽遠征・・・

二日目にお墓参りをセット。
お墓のあるお寺では、いつもお経をあげてくれる前代の住職が今年も待っていてくれました。
感謝。

昼食は小樽で寿司。
今年はサンマやイカは不漁で、代わりにハマチやイワシが上がっているとのこと。

小樽の市場で生イクラなどを買って自宅へ発送。

夕方からは親戚一家と地元の居酒屋で一席。
魚がうまい居酒屋で、ニシン、ソイ、ハッカクなどの珍しい刺身を肴に、北海道のビールと地酒を飲みました。

高齢の叔父さんは山小屋おじさんの母親の弟にあたり、88歳になりましたがおかげさまで無事にしておりました。

故郷と、亡き両親と親戚らに感謝の帰省でした。

第22回蓼科高原映画祭

20年以上連続して茅野市内で行われている映画祭があります。
蓼科高原映画祭です。
今年で22回目。
これが今年のパンフです。

名匠小津安二郎が茅野市郊外の蓼科高原の別荘で新作の構想を練っていた時期が10年くらいあって、その別荘(持ち主は行動脚本の野田高梧)そのご縁を記念しての映画祭とのこと。
毎年、茅野市内の市民会館と映画館(不定期上映の新星劇場)を会場に9月下旬の約1週間開かれます。
小津の代表作品のほかに、日本映画の新作も上映され、小津ゆかりの豪華ゲストが目を引きます。

山小屋おじさんが初「参加」したのが、おととしの第20回。新星劇場で「小早川家の秋」を観て(デジタル上映だったと思います)、上映後に司葉子さんのトークを聞きました。
司さんはまだまだお元気で、小津監督の思い出話よりも、「秋日和」で共演された原節子さんのことをもっぱら話していたのが印象的でした。

原節子さんがなくなって間もないこともあったのでしょう。撮影休みに二人きりで鎌倉の海水浴場に泳ぎに行った時の原さんのスタイルの良さのことや、原さんが引退後に撮影所の壁越しにサンドイッチの差し入れをもらったことなどを嬉しそうに話していました。

上映会場の一つ、新星劇場は、茅野駅近くの中央本線線路わきにある古い映画館で、今は定期上映はしていません。
場内は昔ながらの天井の高い造りでいかにも昔(といっても3~40年前)の映画館の雰囲気を残しています。
フィルム上映もできるようです。

映画祭期間中は、映画館の入口へのアプローチにテーブルを出し、地元の人がコーヒー、寒天菓子、樽酒(小津監督お気に入りの茅野の自酒・ダイヤ菊)をふるまってくれるのが、うれしいおもてなしです。

第21回の昨年もここ新星劇場で小津監督のサイレント映画「学生ロマンス若き日」を観ましたが満員でした。

というわけで2019年の第22回の映画祭。
おじさんは、季節遅れの墓参りに帰省する予定で参加できませんでした。

東京への高速バスの停留所へ向かう軽トラの車窓から映画祭開催中の新星劇場が見えました。

今年の上映作品は「彼岸花」など。
ゲストは山本富士子さんです。

山本富士子が全盛期に出演した「彼岸花」。
出演者の絢爛さ、監督初のカラー作品、中流階級を舞台にした鷹揚さ、ぜいたくなセットなど映画監督小津安二郎のある意味「頂点」の作品だと思います。

山本さんのトークも聞きたかったのですが残念。
今年は映画祭「不参加」にて墓参りに帰省しました。

ジャガイモ保存中

8月に収穫したジャガイモです。

4月に男爵20キロ、デストロイヤー1キロを作付けしました。

収穫量は男爵がコンテナ4箱くらいだったでしょうか?
ちゃんと図っておかないのが山小屋おじさんのいい加減なところです。

収穫したジャガイモは自宅へ送ったり、朝市で販売しました。

デストロイヤーは食味が好評で全量消費しました。

男爵は総量でコンテナ2箱くらいをランク別に保存中です。

日光に当たって青くなったり、収穫時に傷がついたりしたのがこの箱。
自家用で食べています。

大玉などAランク?がこの箱。

中玉。

小玉です。

収穫量はまあまあでしたが、売り物、贈り物にならないものが多く出たのが今年の反省点です。
小玉も多かった。

味はまあまあで、家族などからは好評でした。

ということで来年は、

①男爵の作付け量を10キロに減らし、デストロイヤーなど多品種を増やす。

②畝を高く、土寄せして玉への日当たりを防ぐ。

③1株1本立てを基本として芽かきをし小玉を少なくする。

などなどを考慮して、ジャガイモ栽培に望みたいと思っています。

山小屋所在の別荘地管理事務所のスタッフさんなど、地元で畑も長年やっている方に、畑づくりの相談をよくします。
生きたアドバイスは役立ちます。