軽トラ流れ旅 新蕎麦と穂高神社

穂高神社へお札を返しに行ってきました。
その途中に築北村のそば処さかいに寄ってみます。

麻8時に出ます。
青木村への道をまっすぐ。
道の駅青木に着いたのは10時前、時間があるので寄ってみます。
野菜やおやきを買いました。
秋の味覚が真っ盛りの直売所です。
マツタケは売切れていました。

修那羅山の麓を通って築北村へ。
坂井地区の直売所の駐車場へ入ります。
法被を着た地区のおじさんたちが場内整理をしています。
テントが幾張か建てられ、芋煮などの鍋が煮えており、地元の女の子が紙の深皿によそってもらっています。
地区の秋のイベントが開かれているようでした。

筑北村坂井地区の収穫祭会場
テントでは芋煮が

先ずは念願のそば処へ。
11時開店のはずがもうやっていました。
初めての入店です。

蕎麦処さかい

内部は思ったよりも広く、板の間のほかに座敷もあります。
小さめの旅館のような造りです。
メニューを見ると新蕎麦が出ているとのこと。
キノコのつけ蕎麦の大盛を頼みました。

さかいの店内
新蕎麦が特別価格で

出てきたそばを一口すすって「あれっ」と思いました。
冷たい蕎麦を温かい丼の汁につけて食べる蕎麦です。
汁にはどっさりとキノコが入っています、ぜいたくです。
しかし、口に持ってゆくと熱くもなく、冷たくもない蕎麦が、中途半端な味の汁をまとっているようにしか感じられないのです。

熱い掛けそばは好きです。
冷たい蕎麦を濃い出汁につけてすするのも好きです。
味付けは関東風にこだわりません。
しかし今回のそばはどのジャンルにも属さないのです。
ぬるい付け蕎麦というのがどうにも性に合いません。
10時半の時刻でまだ腹が減っていなかったのかもしれません。
しかし新蕎麦です。
ありがたくいただきました。
店内は、11時前ながらほぼ満席でした。

キノコつけ蕎麦大盛

そば処を出て隣の直売所へ。
秋野菜のほか、新米もたっぷり出ています。
地方の直売所は本当に豊かです。
大根、長ネギなどをチョイス、地元産の干蕎麦も買いました。

直売所

坂井地区を出て国道467号線へ。
ここは聖高原と安曇野の明科を結ぶ西街道と呼ばれる道です。
松本と長野を結ぶJR篠ノ井線に沿って走ります。

途中の聖高原駅に立ち寄ってみました。
篠ノ井線の駅です。
かつては麻績駅といったそうです。
駅は無人駅ではありませんでした。

駅前には食堂などの商店街の跡がありますが、開いている店は若い人がやっているのであろう、ベーカリー・カフェが1軒だけでした。
むしろこんな場所でも店をやろうという人に、いい意味で感心しました。

篠ノ井線聖高原駅
駅前の現状

麻績から明科にかけての西街道沿いは、里山集落の景色や、岩盤の露呈、さらには篠ノ井線のトンネル開通に伴う廃線の景色が見られる興味深い街道筋となっています。
廃線跡はいずれ見たいですね。

明科で国道19号線に下ります。
塩尻から松本を経由して信州新町、長野市に至る主要国道です。
交通量が格段に増えます。
そこから穂高神社を目指します。
今回の旅の目的の一つ、穂高神社のお札納です。

穂高神社の駐車場ではトンボの群れが出迎えてくれました。
いつ来てもゆったりした温かさに包まれる境内です。
参拝の後、お札売り場で巫女さんに納める場所を確認し、新しいお札を頂きます。
返すお札が袋に入っているのを見た巫女さんが「この袋は取ってもらって結構です」とアドバイスしてくれました。境内では鶏(神様のお使い)がいなくなったままだとのことでした。

穂高神社
本殿で祈祷する巫女さん
神楽殿では催し物の後かたずけ中
ドーナツの出店。おいしかった

境内では縁日なのか、食品やフラフト類の出店が花盛りでした。
見て歩くと、サーターアンダギーのような揚げドーナツを売っている店があったので二つ買いました。
黄な粉やココナツなどお好みのトッピングを振りかけてくれるといううれしいサービス付きでした。

この後は、道の駅で買い物。
北アルプス牧場でソフトクリーム。
穂高温泉・シャクナゲの湯でひとっ風呂。
と安曇野でのゴールデンタイムを満喫。
まだ遠い帰路を帰りました。

北アルプス牧場でソフトクリーム
穂高温泉しゃくなげの湯

令和7年畑 落花生を収穫

今年も10月中旬になりました。
畑は出荷がほぼ終わり、10月になってから東京への宅配便での出荷はありません。
今後畑で収穫できる夏野菜は、ナスとほおずきくらいでしょうか。
そしてこれからの収穫は、落花生とヤーコンくらいでしょうか。

今日はまず、夏以来の除草が残っている休耕中の圃場に、草刈り機をもって向かいました。
真夏の雑草の最盛期は終わり、圃場の夏草は枯れるか勢いが失せています。
立ち枯れた夏草と、わらびなどの雑草を、2面ほど刈ります。

休耕地の中では、今年作付けしたヤーコンの畝は無事育っていました。
また、毎年エゴマを撒く場所には自然発芽したのか、きれいな葉っぱと出始めの穂が姿を見せていました。

エゴマの葉と穂

次いでいつもの夏野菜の圃場へ。
確かめるのは落花生です。
雑草にまみれた根っこを引っ張ってみると、豆が土中から現れます。
大収穫とはいきませんが、乾燥させた後に味見できそうです。

落花生を掘ってみる
落花生の収穫全部

此方のヤーコンは盛大に地上部を伸ばしていて、花が咲いています。
今年もヤーコン茶と芋の収穫ができそうです。

今日のその他の収穫

薪仕事2025 チェーンソー講習会に参加

10月のある日、姫木別荘地のコミュニテイセンター(公民館のような施設)でチェーンソーの講習会がありました。

主催したのは別荘地内に住む、伐採業者の社長。
奈良県出身で15歳の時から林業に関わっているという人です。
昨年くらいから、別荘地内の伐採を手掛けています。
山小舎にも伐採した丸太を運んできてくれます。

講習会には主に別荘地内の薪ストーブ愛好家で、自ら薪づくりを実践している(しようとしている)10人ほどが参加しました。
各自、チェーンソー持参です。
山小舎おじさんは薪づくり実践9年目ですが、チェーンソーの目立てや手入れなど、自己流で行っており、講習会は学び直しのチャンスです。

講習会に集まる人々

会は、麓の大門新屋地区で里山保全の活動を行っている佐藤さんという方の挨拶でスタート。
次に主宰者からの木材の特徴などの基本説明がありました。
本題の目立ての仕方へはレジュメ付きです。
ここからは茅野市周辺に展開するマルモ機械という、小型農機販売、修理業者から専門家が二人参加しました。

棒やすりを使っての目立ての実践講座はとても役に立ちました。
これまではしょうがなくというか、やらないよりはまし程度で、しかも自己流で目立てをしていたのですが、ちゃんとやるととても作業効率が上がることを認識できました。
角度と研ぐ方向を学べました。
刃だけではなくて、やすりも減ってゆくのですね。

目立ての仕方を熱心に学ぶ

次いで、エンジン部分を開けてのエアフィルターの掃除方法を実践で学べました。
今までは冬の仕事仕舞に燃料を抜いて、軽くおがくずを取るだけでしたのでちゃんと掃除したいと思っていました。

最後に表に出て丸太を切る実践講習。
プロの道具での玉切り体験です。
今では、普段はバッテリー式の大型チェーンソーで伐採しているとのこと。
大型はよく切れました。

屋外での実践講習

マルモ機械さんの宣伝も兼ねた講習会でした。
マルモさん持参のバッテリー式小型チェーンソーも、枝のカットや東京の自宅用にいいなと思った山小舎おじさんでした。

薪仕事2025 白樺湖TAKIBI・HUTに薪を持ってゆく

薪割り真っ盛りです。

薪を割った後には乾燥のため、1~2年間積み込まなければなりません。
風通しの良い場所だと、夏を越しての1年で、シラカバ、カラマツだと燃料に使えます。
広葉樹のミズナラでは2年以上が必要です。
地上から15センチ以上に積み台を設置し、長さ40~50センチの薪だと2列までに積み込みます。高さは崩れない程度です。

こういった積み台が10基程度作りました。
農協から廃棄予定の木製パレットをもらってきて、ブロックや石を土台に水平に設置しています。
使う量より作る量の方が多いので、積み台を新たに設置する場所がなくなってきました。
隣近所に分けたりしていますが、今年の薪を積み込むスペースを開けなければなりません。

白樺湖畔のキャンプ場TAKIBIHUT
斜面に展開するキャンプ施設

去年、リンゴ摘みのバイトをしたときに、白樺湖畔でキャンプ場のマネージャーをしている人と知り合いになりました。
TAKIBI・HUTという名のキャンプ場を管理しており、りんご園の打ち上げ会を行った場所でもあります。
そこで焚き火用の薪が必要だということで、昨年一度持って行ったことがあります。
今年ももってゆくことにします。

山小舎の乾燥した薪を取り崩し・・・
軽トラに積み込む
カラマツの皮も二締めサービス

余り太くない薪を選んで軽トラに積み込みます。
白樺湖東岸の坂を上ったところにある場所に向かいます。

TAKIBI・HUTに着き、は薪置き場の横に付けます。
そこにどんどん薪を放り込みます。
崩れないように軽トラ一台分積み込んで終了です。

キャンプ場の薪置き場に放り込む
薪の移転完了

湖面ではカヌーが遊んでいます。
遊園地やホテル周辺は家族連れで賑わっています。
秋の行楽シーズンです。

秋の白樺湖畔
湖面で遊ぶカヌー

山小舎では、この度割った薪を積み込み終わると、薪仕事ワンクールの終了です。

山小舎おばさんと行く信州の秋(後編)

後編です。
2日目の行程を終えて、伊那、駒ヶ根方面から山小舎に帰還。
一夜明けて3日目は佐久方面への探索に出ました。
目指すは東御市で行われるチーズフェステイバルです。

姫木管理事務所の草苅バイトの際、立科町から通う職員に聞いた情報です。
東御市でチーズの製造・販売・飲食を手掛けるアトリエ・ド・フロマージュという会社があります。
南向きの斜面に、広いレストランと売店を建て、ピザやチーズフォンデユを提供。
庭には羊小屋なども置いていて、休日には数十台停められる駐車場も満車の集客です。
その会社が音頭を取って、県内のチーズ工房を集めてフェステイバルを開催するとのことです。

10時の開場を目指し、8時半ころ山小舎を出発しました。
東御市の会場に着いたのは10時15分頃、既に駐車場は満車で、歩いて15分ほどの市役所駐車場を案内されました。
しなの鉄道田中駅と市役所、会場をシャトルバスが結んでいるとのこと。
市役所からバスで会場へ向かいました。

東御市のチーズフェステイバル2025会場遠望

バスを降りると、チーズのコスプレをした高校生らしき女の子3人がバスから降りる客を迎えてくれます。
寄付金でも募っているのか?と疑問に思いましたが、山小舎おばさんが、ウエルカムしてくれているんだよと教えてくれました。

すでに熱気に包まれている会場。
チーズ工房のテントが並んでおり、いかにも初々しい店子さんが接客しています。
別の列はキッチンカーです。
クレープやリゾットなど主催者のセレクトがうかがえます。
クラフトビール、ワイナリーのテントもあり、東御周辺の若い生産者の熱気がのぞきます。
店によっては客の長い列が伸び、テント張りのイートインはすでに満席です。

出店者のテントが並ぶ

先ずはチーズ工房のテントを回ります。
山羊のチーズや、最近通っている佐久市春日地区のボスケソチーズラボの4種盛り合わせなどを入手します。
試食した山羊のチーズはみずみずしい味がしました。

県最南端、南伊那の売木村から来たチーズ工房がありました。
今朝出てきたの?と聞くと、前泊ですとのこと。
店子のおばさんと娘さんの笑顔に、売木村の牧場と山羊ののどかな様子が見えるようでした。

キッチンカーにも長い列が

キッチンカーのハンバーガーをぱくついてから、歩いて市役所駐車場まで帰りました。

そのあとは、浅間サンライン沿いの道の駅・雷電くるみの里へ寄ってみました。
駐車スペースが見つからないほど混んでいたので、山小舎おばさんだけが下りて買い物。
特産の葡萄などのお土産を買っていました。

さて、山小舎おばさん信州旅の必須は温泉です。
本日の立寄り湯は、坂城町のびんぐしの湯です。
千曲川沿いの坂城町から、築北村との境の山塊を、狭い道をグネグネ上がってゆきました。
坂城は上田の隣で山小舎からもそう遠くはありません。

坂城町びんぐしの湯

びんぐしの湯は、もともとの温泉街にあるわけではなく、最近よくある健康センター的な施設でした。
山小舎からは家族でよくゆく上田のイタリアンレストランのママさんがご推薦の場所とのことです。
ほぼ地元の人しかいなく、静かな館内。
露天風呂からは千曲川沿いの景色がよく見えました。

循環バスの停留所もある

これで2日目の全日程を終了。
山小舎おばさんの10月の信州旅行が終わりました。

DVD名画劇場 特集「妄執、異形の人々」 (第4集) 蝋人形館の”旧と新”

「肉の蝋人形」(MYSTERY OF THE WAX MUSEUM) 1933年  マイケル・カーテイス監督  ワーナー

1921年のロンドン。
蝋人形館に命を懸ける男がいた。
生命を賭けた傑作人形マリー・アントワネットの出来栄えは男の自慢だった。
ところが客の入りがよくなく、興業主は火災保険の保険金で、赤字を取り戻そうと蝋人形館に放火する。
男は最愛のアントワネットとともに業火に沈んだのだったが・・・。

ロンドン時代のイゴール。入魂のマリー・アントワネット像と

昔の雑誌のカラーグラビアのような発色の、二色式テクニカラーで撮られたこの作品。
蝋人形の製作・展示というマニアックな世界を舞台にした、猟奇がかった怪奇譚は12年後のニューヨークへと飛ぶ。

かの地で新たに蝋人形館を開館するというイゴール(ライオネル・アトウイル)。
弟子からは先生と呼ばれる蝋人形の権威だ。
一方、30年代のニューヨークの新聞記者は、生き馬の目を抜くというか、セクハラパワハラ全開でワークライフバランスなどという言葉と無縁の世界。
女優の不審死と死体の紛失、蝋人形館を巡る怪しさに気づく女流記者(グレンダ・ファレル)がいた。

イゴールは弟子のフィアンセ(フェイ・レイ)を一目見てから、マリー・アントワネットの再来と勇み立つ。
イゴールは先般の女優に続き、彼女の体をベースにして蝋人形を作ろうとしていた!
抵抗する彼女の手がイゴールの顔面を叩くと、蝋のマスクが割れ、12年前にロンドンで大やけどを負った姿が現れる・・・。
そこへ女流記者に導かれた警官隊が駆け付ける・・・。

フェイ・レイに迫る車椅子のイゴール

冒頭のプロローグで早くも炎に包まれ溶けてゆく蝋人形の描写が見られる。
ニューヨークに場所を移しては、ミステリアスでマニアックな老先生が、美女に迫る猟奇性が展開!
地下室に展開する蝋人形制作の大規模なラボの釜には常に沸き立った蝋が満たされている!
鬼気迫る美女の絶叫!

併せて新聞記者の生態のスピーデイさ、身分の危うさ、ハラスメント三昧、特ダネ探し、などが、女流記者と編集長の間のマシンガントークで繰り返し描写される。
映画は、新聞記者の実態を、コミカルさにかまけて描くことに力を入れている。

炎に包まれるアントワネット像

絶叫要員のフェイ・レイは初代「キングコング」でコングの恋人役に抜擢されたあの女優さん。
よく見れば整った美人で、本作では生きたまま蝋人形にされる寸前の役で絶叫。

絶叫のフェイ・レイ。「キングコング」より

監督のマイケル・カーテイスは、オーストリア=ハンガリー帝国ブダペスト出身のユダヤ人。
同じくユダヤ人のタイクーン、ジャック・ワーナーに誘われて1927年にハリウッドに渡り、以降中堅職人監督として定着。
「カサブランカ」(43年)が有名だが、監督としての守備範囲はエロール・フリンの剣劇ものなどの手堅い娯楽作。
本作では33年乍らカラー作品を任されるなど、タイクーンからの信頼の厚さがうかがえる。



「肉の蝋人形」(HOUSE OF WAX)  1953年  アンドレ・ド・トス監督  ワーナー

今回見たDVDは、A面が53年版の、B面が33年版の「肉の蝋人形」で、A面には特典映像として、オリジナル予告編とニュース映画が収められている。

このオリジナル予告編が凄い。
文字が飛び出てくるだけの(映像なし)予告編は、繰り返し”スリー・デイメンション”とアピールされるという、センセーショナルなもの?
53年版は3D映像で劇場公開された作品なのだ。
また公開時の劇場前の模様を収めたニュース映画では、詰めかけたスター達(ロナルド・レーガンやシェリー・ウインタース)の姿が見られる。

3D作品はカラーセロファンが貼られたメガネをかけて見ると、映像が飛び出すというもの。
本作では、蝋人形が燃えて首が落ちる場面や、蝋人形にされた死体がこちらに向かって倒れ掛かる場面などがスクリーンから飛び出たのであろう。
あるいは夜のニューヨークの街角をさ迷う怪人の姿が、立体的に浮かび上がったのかもしれない。

筋立ては33年版を踏襲。
蝋人形の炎上場面のショック、死体置き場などで暗躍する怪人(蝋人形師)のスリラー、死体が紛失した美女が蝋人形となった恐怖、蝋人形師の地下のラボ(蝋が煮えたぎった風呂釜のような装置)のマッドぶり、などなど映画の見せ場も前作と同様。
マリー・アントワネットの蝋人形に擬すべく、蝋人形師がほれ込んだ美女の危機一髪が最大の山場であることも共通している。
死体置き場で死体が起き上がるなど、細かなシーンを前作から頂いていることが多い。

復讐の鬼となる蝋人形師にビンセント・プライス、その弟子にチャールズ・ブチンスキー(のちのブロンソン)、蝋人形にされかかった美女にフィリス・カーク。
若き日のブロンソンは不気味な聾唖者の役で出演時間も多く活躍している。

監督のド・トスはハンガリー生まれ。
33年版のマイケル・カーテイス同様、ヨーロッパでキヤリアをスタートさせた後のハリウッド入り。
フィルモグラフィを見ると本作「肉の蝋人形」が最も有名な作品のようだ。
ハリウッドに見込まれ、”仕事”に徹した職人中の職人監督だと思われる。
本作は3D映画ということもあり、予算を賭けたA級作品として製作されており、夜のニューヨークの街角の大掛かりなセットや、街を駆け巡る当時の消防馬車の再現などに監督の手腕が見られたものと思いたい。



(もう1本!)「妖婆 死棺の呪い」 1967年 コンスタンチン・エルシュフ、ゲオルギー・クロバチョフ ソビエト

「肉の蝋人形」とはコンセプト的にも関係はないが、ホラー共通ということでソビエト初のホラー映画を見た。

ゴーゴリの短編が原作、総監督にソ連初のカラー作品でカンヌ映画祭色彩賞受賞の「石の花」(46年)を監督したアレクサンドル・プトゥシコが付いた。

舞台は19世紀のウクライナ。
キエフの神学校の哲学生ホマーが体験する怪異譚をソビエト映画独特の悠久のムードで描いたもの。
怪異譚ではあるが全編を貫くのはウクライナの大地が醸し出す、その大陸的なおおらかさ。
ウクライナそのものが主人公のフォークロアともいえる作品。

神学校の学生たちの若さ溢れる逸脱ぶりが描かれる。
校長ら聖職者の型にはまった硬直ぶりも。
大地に根を生やす百姓はもっとどうしょうもなく、普段はただただ飲んだくれている。

村の中庭には、牛や馬や豚やガチョウが歩き回り、家の近くの大木にはコウノトリが巣を作っている。
中世の西洋絵画のような風景。
これが19世紀のウクライナの農村風景なのだろう。

神学校の夏季休暇で帰省途中のホマー等は道に迷い、村の一軒に宿を求める。
納屋で寝ようとするホマーに家の老婆が迫る!
老婆はホマーの背にまたがり空を飛ぶ。
地上に降りた老婆をさんざん殴打するホマー、ダメージを食らった老婆はうら若い美女に姿を変える。

神学校に戻ったホマーは、遠くの村に呼ばれる、村の有力者の娘の臨終の立ち合いをしてほしいと。
村に着くと娘は死んでいる。
父親は三日三晩、娘に祈祷することを命じ、夜になると教会に娘の棺とともに閉じ込める。
ホマーと娘の運命やいかに、そして娘の正体は?

若き魔女が血の涙を流す。演ずるはナターリヤ・ヴァルレイ

ホマーにまたがって空を飛ぶ老婆。
棺の中で魔女となって蘇る娘と、チョークで丸く結界を描いて身を守るホマー。
その攻防が教会で毎晩繰り広げられる。
三日目になると魔女の攻撃はさらに増し、棺ごと飛びまわって結界に体当たりする・・・。

いわゆるホラー映画のショッキングなシーンと異なり、これらの幻想シーンのなんとほのぼのとしていることよ。昔々の魔女と聖職者の対決のおとぎ話のテイストさえ漂う。

悠々迫らざるウクライナの大地から現れれる魔女や怪物のホラー度は、切羽詰まった近代的文明社会におけるそれらとは、切迫度、強迫観念度に於いて全然違う。
歴史と宗教に彩られた中世社会の安心感と、それらが失われた現代社会の不安感の違いとでもいうのか。

突拍子もないフォークロアでありながら、不安感のない作品。
ソ連、ロシアの映画史にあっても異色の作品なのだろう。

DVDに封印されていた解説書

山小舎おばさんと行く信州の秋(前編)

10月半ばの3連休に山小舎おばさんがやってきました。
珍しく山小舎に3泊して(いつもは2泊が多い)信州の秋を堪能してゆきました。
今回の訪問先は、高遠、伊那地方が1日と、東御、坂城方面で1日です。

山小舎に到着して炭火焼きに舌鼓を打った翌日、高遠方面に出発です。
大門街道を茅野に下りて、杖突街道で杖突峠を越えます。
曇り空の肌寒い日です。
目指す蕎麦屋は早くも駐車場が県外ナンバーで満車状態、1時間待ちだそうです。
待機時間中に、もう一つの目的地の長谷村を目指します。

長谷村の道の駅でこの日初めての活動

道の駅南アルプス長谷村へは高遠から分杭峠方面へ10分弱走ります。
ブドウやリンゴなど秋の味覚であふれる道の駅には新米も売っていました。
長谷村のお米は、分杭峠からの水系で育った味の良さで人気です。
昨年のコメ騒動では早々に品切れとなっていましたが、新米の季節となり、買い急がなくても在庫であふれている状況でした、値段は高騰していますが・・・。

賑わう道の駅直売所
新米もたっぷり

高遠に戻って蕎麦屋の前で待機します。
さらに1時間待って入店。
手打ちの10割蕎麦を頼みます。
焼き味噌をダシで伸ばしてそばをすすります。
風味と歯ごたえのある、野趣豊かな、信州らしい田舎蕎麦です。
サイドメニューに五平餅も頼みました。

高遠蕎麦を満喫
五平餅も旨い

その後は伊那方面に遊びました。
飯島町の信州里の菓工房、松川のりんご園、駒ケ岳登山口のこまくさの湯を回るという南伊那・秋のゴールデンコースです。

先ずは飯島町の信州里の菓工房へ。
道の駅花の里いいじまに隣接した大規模な菓子工房です。
和菓子から洋菓子までそろっており、イートインではそれらを味わうこともできます。
この日は秋限定の栗菓子の特売日だったようで、イートインには地元の人が並んでいます。
見るとモンブランに栗おこわなどがセットされたプレートを箸で食べています。
小布施などと並び、南伊那のこのあたりも栗の名産地のようです。

飯島町名産の栗を使ったスイーツ

次いで松川町の宮沢農園というりんご園へ。
11月の孫たちとのリンゴ狩りの候補地です。
この日は山小舎おばさんとともにリンゴ狩りの下見です。
既に秋映、シナノスイート、陽光、紅玉などの品種が真っ盛り。
あいそのいい、I(アイ)ターン移住者だというお兄さんの出迎えを受けて山小舎おばさんもご機嫌。
試食した陽光と秋映がお気に入りで、その2種類を3,4個ずつもぎ取って帰りました。

松川町の宮沢りんご園にて
リンゴ園のお兄さんの案内でリンゴ狩り

夕方が迫る中、駒ケ根まで戻って登山口にあるこまくさの湯へ。
信州では1日1湯が山小舎おばさんの日課です。
ここは、登山者やハイカーで賑わう立寄り湯です。
広めの浴室に熱めの湯です。
ゆったり使って出てきたころは日が暮れていました。

駒ヶ根インターから諏訪インターまで中央自動車道で帰りました。
2日目が終了しました。

薪仕事2025 薪割り(本格的に)開始

丸太の玉の薪割りを開始しました。

カラマツの丸太を玉切りしたものを薪割り機で割ります。
いよいよ薪割り本番です。

道路際に積んでおいた玉の脇に薪割り機を移動します。
さらに軽トラの荷台のあおりを下ろして寄せておきます。

直径の大きな玉を、よっこらしょと薪割り機にセッテイングします。
エンジン始動!

薪割り機を玉の脇にセッテイング

出力をぎりぎりに調整します。
玉を十分割れる馬力で、エンストしないように、といって過剰な出力としないようにアクセルを調整します。

バリバリと音を立ててカラマツが割れてゆきます。
薪割り機のパワーはいつ見てもすごいものです。
刃の行く先にはもちろん、刃の戻る先にも手や足は置かないように注意します。
木によっては割っている最中にパカンと割れてはじけることもあります。
カラマツの皮や木くずがあたりに散乱します。

薪割り機のそばにはガソリン缶を用意

玉の割り方は4等分が基本ですが、直径が大きなものはその半分の8等分にしたり、6等分にします。
積んだ時に下の方の薪は大きく、上に積む薪は細く、軽くしたいので、それを考えて割ってゆきます。
割った先から、薪を軽トラの荷台に放り込みます。

割った薪を軽トラ荷台に放り込む

軽トラの荷台が一杯になったら、積み台に移動して積み込みます。
新しい薪が気持ちよく積み込まれてゆきます。木の香りがして蜂が寄ってきます。

カラマツは油分が多く、それを流すために雨ざらしでこのまましばらく置きます。

積み台に割ったばかりの薪を積み込む

新米と布施温泉

新米の季節です。
山小舎から下った麓はお米の産地。
佐久方面に下ると、浅科地区の五郎兵衛米をはじめ、地域自慢の銘柄米が覇を競う米産地方になります。

かつては、この地方は蓼科山の湧水に恵まれた場所でしたが、春先は湧水の水温が低く、稲作には適さなかったそうです。
江戸時代に地元の五郎兵衛さんという人が、用水路を工夫して冷たい湧水を日光で温める方法を編み出し、水田が盛んになったとのことです。

五郎兵衛米産地の真っただ中、道の駅ホットパーク浅科へ新米を買いにゆきました。
去年の夏ころは、いつ行ってもお米が品切れだった県内の直売所や道の駅ですが、銘柄米の値段が高止まりし、コメの需要も一巡したからなのかどうなのか、新米の季節になった今、五郎兵衛米の新米がたっぷり売れ残っていました。
値段は5キロで4800円もしましたが。

道の駅浅科ホットパーク、直売所
五郎兵衛米の新米がズラリ

ホットパークでランチです。
ここで食べるのは初めてです。
浅間山を遠望しながらの大ロケーションです。

道の駅の食堂テラスより浅間山方面を望む
名物味噌カツ丼を賞味

浅科までくると、望月をはじめ、春日、立科などの地区が帰り道です。
望月農協をはじめ、地元スーパーの越後屋、直売所菜ないろ畑、春日のチーズラボ、望月のOKブレッドなど、魅力的な購買所が目白押しです。

この日は布施温泉によってみることにしました。
夏に山小舎へやってきた5人の学友が立寄ってきた温泉とのこと。
初めて行ってみます。

布施温泉を目指す
沿道はハザ架けの風景が

今どきはよくある感じの田舎の立寄り湯。
立派な建物と、周りの庭園です。
食堂もついている地域のスーパー銭湯的な施設です。
入浴料500円は今時では良心的な方かもしれません。
入浴客は地元の高齢者オンリー、平日の割には混んでいました。

布施温泉
正面玄関

久しぶりの温泉に身も心もほっこり、ゆったりした、ある日の午後でした。

薪仕事2025 薪割り開始

丸太の玉切りが終わりました。
薪割り機を借りてきて薪割り作業の開始です。

別荘地の管理事務所にエンジン式薪割り機を借りにゆきます。
エンジン式なので強力です。
ただし非常に重いので、軽トラへの積み下ろしが大変です。
地面からの積み込みは単独ではできません、ラダーレールなどを使ったとしても。
軽トラの荷台とレールが同じレベルで水平になっていないと、単独での積込みは難しいのです。

薪割り機をセッテイング

そんな難儀な薪割り機ですが、今ではこれがないと効率的な薪割りはできません!
ということで山小舎のフィールドに無事薪割り機を運んで薪割りの開始です。

今日は駐車場スペースに運び込まれた丸太を割ります。
この丸太は、貯木場から切って運んでもらったのですが、ひと夏の間、地面に転がしてあったので、腐り始めているのです。
割ってもフレッシュな木のようにパカンとは割れません。
グニャリと崩れてしまいます。
燃やすと水ばかり出ます。

これから割る木を集める
腐り始めた丸太を割る

とはいっても折角運んでもらった木なので、できるだけ割って積み込みます。

積込み

これが終ると、丸太から切ったカラマツの薪割りです。