軽トラ流れ旅’26 はるばる来たぜ!飛騨高山

軽トラ流れ旅は県外を目指します。
群馬県下仁田に続いては、岐阜県飛騨高山に行ってきました。

岐阜県への峠越えルートの最重要路は、安房峠を越える道です。
松本から上高地を目指すグネグネ道を進み、最新式の安房トンネルをくぐると岐阜県です。
なだらかな道を下ると、飛騨地方の中心地・高山に至ります。

上高地を目指す道

覚悟はしていたのですが、上高地ルートの険しさよ。
川沿いのやっと片側1車線の曲がりくねった道は、短いトンネルやら隧道ばかり。
シーズンともなると全国ナンバーの自家用車やバスが列をなします。

運転に疲れながらも進むと、上高地への分岐点を過ぎたころには交通量も減ってきます。
車両の速度は上がりますが。

上高地分岐点を過ぎて安房峠へ向かう

県境の安房トンネルはこれまで通ったどのトンネルより走りやすいのでした。
まず広い。
両側の舗道も広々としています。
照明も明るく閉そく感がありません。
この日は交通量も少なく自分のペースで走れました。
有料ですが。

トンネルを出て一休み。
ここは岐阜県です。
空気感がまったりするというか、緑が滴るというか。
長野の秘境感、最果て感はなくなります。

高山方面に下ったところにある土産店に寄ってみます。
地酒や、名産の赤かぶ漬けなどが目につきやすいようにレイアウトされており、思わずいくつかの名物をセレクト。お土産はここで買い終えた、とばかり後は高山を目指します。

高山市内にはいると、そこはお祭りのような非日常の光景が広がっていました。
白人、東洋人のインバウンドが闊歩し、昭和のアーケード街が現存し、それ以前の宿場町のような街並みが残る光景が展開しています。
色彩があふれるような景色です。

高山駅

駅前に行くと、真新しい駅舎と広い道路。
10年以上も前の出張で訪れた、狭い道を挟んで駅に面したレンタカー屋、の風景はもう消えてました。
観光案内所でマップをもらい街歩きにレッツゴーです。

駅前から続くアーケード街
朝市が開かれるあたり

目に入るのはインバウンドの家族連れ、カップル。
とにかく街中を漂っています。
まずは目に入った飛騨国分寺の立派な三重塔にご挨拶。
ここにもインバウンドはいました。

飛騨国分寺境内

アーケード街はシャッターを下ろした店店の間に、観光客向けのラーメン屋、飛騨牛を握った寿司屋、コロッケ屋などの食べ物屋が、一時のケンを競っています。
和菓子屋さんは季節の栗きんとんなどを売り出しています。

昼時なのでまずは飛騨牛の握り屋に並び2貫ほどを口に入れます。
値段相応の美味です。

和菓子屋の秋の店先
飛騨牛握り

歩きながら飛騨牛コロッケも食べます。

射的屋で遊ぶインバウンド

タテヨコと市街地をブラブラして小一時間。
はずれにあるラーメン屋に入ってみました。
飛騨牛串焼きとのセットを注文。
夫婦が一生懸命にやっている店で美味しく食べられました。

これが高山ラーメンだ

近くのTシャツ屋で気に入ったデザインがあったので購入。
店主に聞くと『一時観光客が減ったのだけど、最近また増えた』とのこと。

お土産
住宅地の小路

2時間もあれば繁華街を一周して、ゆっくり食べられて、近くの名所にも寄れました。
熱い中、海外のインバウンドの姿だけはげっぷがするほど眺められた飛騨高山の旅でした。

帰りに安房峠の手前で平湯温泉に立ち寄りました。
結構な温泉でした。

岐阜県最深部の平湯温泉

第29回 小津安二郎記念 蓼科高原映画祭

今年は9月26日と27日に開催されました。
会場はいつもの市民会館と新星劇場です。

上映プログラムは、いつもの小津作品と、弁士付きサイレント作品を1本ずつ。
今年選ばれた「秋刀魚の味」は佐田啓二生誕100年の記念作品とも銘打っていました。

他に、小津に関する海外作品「THE OZU DIARIES」や、地元八ケ岳を題材にしたドキュメンタリー「小屋番 八ヶ岳に生きる」など。
また、諏訪圏フィルムコミッション20周年を祝って、当地ロケ作品がセレクトされています。

恒例の短編映画コンクールは、例年通り伊藤俊也監督を審査委員長として開催され、グランプリ作品が上映されました。

注目のゲストですが、今までは岡田茉莉子、岩下志麻、司葉子など、小津監督と直接ご縁のあった女優さんが招待され、出演作品上映の後、トークショーが行われましたが、さすがに出演した女優さんの正体は今後もうないでしょう。
最近では佐田啓二の娘の中井貴恵を中心に、伊藤俊也、招待作品の監督などがゲストとなっています。

こういった内容の蓼科高原映画祭ですが、当日は、私は北海道に月遅れの墓参りを兼ねた旅行に行っており参加できませんでした。

過去の映画祭での思い出としては。
新星劇場前にレッドカーペットが敷かれ、樽酒や寒天菓子のおもてなしが用意され、この日だけは昔日の茅野での映画文化を彷彿とさせる盛り上がりが見られたこと。
女性弁士になるサイレント映画の面白さ。
司葉子、岡田茉莉子のトークショーで感じた小津安二郎への敬意、などでしょうか。

来年は見るぞう。

八ケ岳総合博物館の機織り

山小屋から茅野市側に下りたところに八ケ岳総合博物館があります。
公立諏訪東京理科大学の隣です。

茅野には、国内最大級の縄文遺跡があります。
この博物館から少し離れたところにある尖石遺跡です。
八ヶ岳自体が、縄文時代から、茅野をはじめとした諏訪地方を、いや東日本全体を見守ってきたご神体のような存在だったのかもしれません。
有史以降には諏訪大社という信仰の中心地もありました。

八ケ岳の麓に位置するこの博物館には、訪れるたびに新しい発見があるような気がします。

玄関わきに飾られている御柱祭の祭具
5000年前の木の化石

中央構造線、糸魚川・静岡構造線などが表す日本列島の起源と深くかかわる八ヶ岳を中心とした土地の構造。
縄文遺跡。
諏訪信仰を表す御柱祭。
寒天や切れ味の良いのこぎりなど地域の特産品の歴史的背景、などがコンパクトに展示された館内。

この日、最も印象的だったのは機織り機がホールに備えられ、若い女性の学芸員さん?がデモンストレーションよろしく、縦糸を張り、横糸を通して機を織っている風景でした。

最初に展示されているのは八ケ岳周辺の地質
御柱に関する展示も欠かせない
八ヶ岳の自然をジオラマ風に

よく見ると『機織り体験。300円』などと張り紙があり、体験者を呼び掛けている風でした。

無数の機織り機が並ぶ

地方の博物館といえば、旧家の蔵に死蔵されていた機織り機などが無数に集められたままとなっていたり、地域の特産物の歴史には専門的に詳しい学芸員さんが、たまにしか来ない訪問者相手にその知識を持て余していたりする印象があります。
が、今日の八ケ岳総合博物館は、若い学芸員が自ら収蔵物の活用に取り組むという、絶えて久しい現役感があふれ出ている場面に遭遇したのです。

やはり博物館には定期的に来てみるものです。

軽トラ半日旅 小諸へ

9月のある日、思い立って小諸へ半日旅をしました。

古い城下町で、北国街道宿場町としての歴史もある小諸。
ご多分に漏れぬ地方衰退の時期の後、最近では街中に若い移住者が店を開くのがブームになっているとか。
軽井沢から御代田町へと西進してきた移住先のブームが、小諸にまで至ってきたのかもしれません。

秋晴れの空の下の小諸の街
北国街道沿いの旧長野銀行だった建物。行員がコロナにり患した際に窓ガラスに投石されたとのこと

山小屋からは上田方面へ下って、中山道沿いに笠取峠を越え、千曲川方面へと平地を走れば小諸に至ります。
軽トラを駅の駐車場に止めてまずは駅前の観光案内所へ。
案内所の女性と雑談し、ランチにお勧めの店を聞きます。
『埼玉から移住した夫婦がやっているおにぎり屋さんが人気です』というので街中に店を訪ねました。

駐車場にフェンスには小諸馬子唄が
旧JR信越線、現しなの鉄道の小諸駅。JR小海の発着駅でもある

すでに店の前には親子が一組並んでいます。
一緒に並ぶのも何なので、昼前の小諸の中心街を一回り。

かつて入ったことのある食堂のサンプルケースや、駅前の純喫茶などを見て歩きます。
おにぎり店に戻ると列がさらに増えていたのであきらめて他を探します。

案内所ですすめられたおにぎり屋さん
ベテラン夫婦が切り盛りする食堂。甘めの味付けのソースかつ重セットを食べたことがある
駅近くには今でも純喫茶が多い
中にはこういった個性的な店も

北国街道沿いのラーメン屋がかねてから気になっていたので入店。
魚介系のダシが効いたラーメンをすすります。
地元の人がひっきりなしにやってくる店でした。

駅に隣接した小諸城址は、懐古園と呼ばれた公園となっており、桜や紅葉の時期には名所としてにぎわいます。
数年前に見た園内の紅葉は見事でした。

園内の動物園には入ったことがなかったので久しぶりに寄ってみます。
懐古園の入場料で動物園にも入場できます。

懐古園内の小諸動物園へ

キツネなどの小動物、インコなどの家禽類のほかライオンもいます。
ペンギンも。

のんびりと動物を見る孫を連れた祖父母がいます。
閑散とした場内のアットホームな雰囲気は、猛獣がツキノワグマしかいなく、寒い季節のカピバラの温泉浴が売り物の須坂動物園と双璧でしょうか。
若い女性の飼育員がテキパキしていた須坂動物園の方が活気があるような気もします。

ペンギンが歓迎してくれた
カマキリも秋の日差しに日光浴

紅葉の時期を前にして人気のない懐古園を散策して駅に戻り、秋晴れの小諸の半日旅を終えました。
地元を知る人と歩けばもっと面白かっただろうと思いました。

場内では時折、草笛同好会の演奏もあるらしい
小諸城の城壁が歴史を詠う

猫のいる修那羅山

山小屋の北方に位置する筑北村に修那羅山という場所があり、山頂に神社が建って立います。
普段は無人の神社ですが、山小舎おじさんは毎年のように訪れ、木のお札をもらって、軽トラにぶら下げています。お守りのつもりです。

先日は、小布施方面に出かけ、帰りに筑北村を通ったついでに神社によって新しいお札をもらってきました。

この日は村の中心部方向から、車道で神社を目指します。
大鳥居前の駐車場まで車道が続いていました。

修那羅山の大鳥居

夕方前とはいえ、人気がなく、深山のような気配に満ちた参道を歩くことしばし。
階段を上った先に本殿というか本堂というか、神仏習合的な存在の修那羅山が見えてきます。

参道を行く
階段の先に境内が見える

境内は凛とした、また威厳に満ちた雰囲気だけではなく、ほっとするようなアットホームな雰囲気が漂っています。毎度のことですが、修那羅山のこの家庭的な雰囲気が大好きです。

本殿に着いた

ふと見ると無人の境内に猫が一匹こちらを見ています。
前にも出会った猫でしょうか。
落ち着いた雰囲気で、かといってたまに来るであろう参拝者に関心がないわけではない風を醸し出しています。

前回は不用意に近づいて避けられたので、ほどほどに近づきパチリ。
テキはびくともしません。

無盡男社務所に猫がいた

本殿にお参りして備え付けのノートに記帳します。
お賽銭を納めて新しいお札をもらいます。

芳名帳に記帳して木札をいただく
新しい木札。古い木札は納める

木の札を作り、参拝者に提供し、記帳用のノートを用意する。
こういったところの気遣いの温かさがこの神社の、いつまでも続いてほしいところです。

本殿の背後の山の中には、羅漢の石像が多数並んでいます。

ほっこりした気持ちで修那羅山を後にしました。

遅ればせながら、煙突掃除

薪ストーブ持ちの家は毎年の煙突掃除が必須です。
山小屋では、夏前に行うところが、今年はのびのびとなっていました。

石炭ストーブを炊いていた、60年ほど前の北海道では、冬の時期は毎月のように煙突掃除をしていました(家の主が)。
それは、雪かき、屋根の雪下ろしと並び、冬の間の仕事でした。
また、北海道の雪下ろしは、雪が屋根に凍り付いているので、それをスコップでたたき割って滑り落とすというものでした。
氷の塊が落ちてゆくので、屋根の下にベランダなどに当たらないように、ベニヤなどを窓ガラスの前に立てておくという。事前の作業も必要でした。

山小屋では、降雪があまりないことと、もともとが雪下ろしを考慮した作りの家ではないこともあり、屋根の雪下ろしはしたことがありません(しなければならないとしても、もう無理でしょうが)。
玄関前の雪かきだけはしなければなりませんが。

山小屋のストーブは、暑い鉄板で作られ1000度の熱にも耐えられるスグレモノです。
山小舎の前のオーナーの置き土産です。
煙突は二重構造の太いものです。
薪ストーブとしてハイスペックなのですが、生乾きの薪を燃やすことも多く、また煙突が横方向に伸びている個所もあるため、年一回程度のすす払いは必要です。

寒い時期には必須の薪ストーブ(カラマツストーブ)
カラマツストーブのチラシ
説明書より

丸太を持ってきてくれる業者は『うちでは煙突掃除はしません。煙突がまっすぐ立っていることもありますが、煙突内のススとタールは、乾いた薪を煙突が真っ赤になるくらい燃やして、焼き払ってしまいます』と、ご自宅の薪ストーブの状況を話してくれました。
うちとは事情が違います。

さて、さっさと済ませてしまいましょう。
まずは2階に上がり、煙突の横向き部分の端っこを塞いでいる蓋を取って、柄を長くしたブラシを通します。
その前に屋根に出て、直立した煙突の底のふたも開けておきます。
この時、どさっつと水気を含んだススが落ちてきます。
煙突の底の蓋の下にバケツを置きます。

2階からブラシで掃除

ブラシが通り、屋根の上と、ストーブの中へススを落とします。
1年分のススが落ちました。

屋根に落ちたスス

バケツにたまったススと、ストーブの中に落ちたススを捨てます。
屋根に飛び散ったススをホースで洗い流します。
煙突2か所の蓋を閉めます。

やっつけ仕事の煙突掃除を終えました。

軽トラ流れ旅’26 ゼロ磁場、さくらホテル、高遠蕎麦

日本列島を東西に横切る中央構造線。
九州から諏訪湖までの地層の構造線です。

中央構造線が通っているのが伊那谷の東方に位置する分杭峠。
高遠から大鹿村を通って南下する松葉街道という街道が通る道沿いでもあります。

その分杭峠付近には、気があふれていて人を癒すという場所があり、ゼロ磁場と呼ばれています。
中央構造線の線上には、その地層が露呈する場所が何か所かあり、「露頭」と呼ばれています。
ゼロ磁場もそれと関係してるのかもしれません。

この日はその分杭峠へ行ってみることにしました。
秋葉街道は片側1車線の道で、分杭峠付近は道幅も狭く、駐車スペースはありません。
ゼロ磁場が人気を呼んで、訪れる人が増えた結果、麓から峠まではシャトルバスに乗って訪れることとなっています。

この日は朝7時に山小舎を出発。
9時発のシャトルバス始発を目指しました。

茅野へ下りて、杖突街道で高遠を目指します。
高遠から秋葉街道を南下し、途中の戸台というシャトルバスの発着場所に行きます。
そこからは分杭峠方面と、南アルプスの仙丈ケ岳方面とにバスが出ているのでした。

シャトルバスの出発場所戸台パーク

バスを待つ間、案内のおじさんが『ゼロ磁場では、ピリピリするという人もいますが、私は感じたことがありません。磁石がぐるぐる回るのは見たことがありますが』と雑談してくれました。

バスが到着

9時のバスの乗客は、私のほかに夫婦が二組。
運転手さんは道すがら、『前方の集落は云々』、とか、『ここが従前のシャトルバスの発着場所だった』、とか『そろそろピリピリしてくるころ』、だとかアナウンスしてくれます。
場所によってはすれ違い困難な狭い山道を慣れた運転で30分弱で分杭峠へ。

車内風景

そこには別のおじさんが3人ほどいて、気場と呼ばれるスポットでおしりに敷く道具を貸し出してくれます。
少し坂を下るとそこが気場です。
空気が肌寒いだけではなく、澄んで軽い感じがします。
周りの景色も含めて、山の中にいる清々しさに満ちています。

分杭峠から気塲へ下る
気場に到着

気が向けば一時間ほどもいようかな、と思っていましたが、午前中の山は肌寒く、持って行ったヤッケを着込んでも寒さは消えません。
30分後の折り返しのシャトルバス乗り場には、同行の4人全員が揃っていました。

麓の駐車場で軽トラの駐車料金1000円を支払いました。
駐車係のおじさんは『分杭峠は朝の内はまだ寒いだろうね。でもいい場所だったでしょ?』とニコニコしていました。
確かにためったにない清々しい場所でした。
『ピリピリ』はしませんでしたが。

戸台の駐車場に戻る

分杭峠を訪れた後の楽しみは、麓の道の駅と、高遠さくらホテルの温泉と、高津の街の蕎麦屋です。

麓の田圃

道の駅アルプス村長谷は、高遠に下りる途中の長谷村にあります。
付属のパン屋さんには、予約のクロワッサンを受け取るお客さんが並びます。
食堂は、サイドデイッシュの野菜が食べ放題です。
直売所には、美味しいことで有名な地元の長谷米が玄米も含めて常時出品されています。

道の駅構内にはビジターセンターも建つ
ビジターセンターにて
ビジターセンターでも分杭峠は注目の的

高遠さくらホテルの温泉は最近のお気に入りです。
立寄り湯800円です。
ヌルヌルした感触の肌触りの良いお湯は、上がるとすぐ蒸発して、いつまでも体が濡れていません。
いい温泉の証です。

さくらホテル入口
ホールの油絵

このあとは高遠の商店街の無料駐車場に車を止めて散策です。
目ざす蕎麦屋は休暇中とのことで、2回ほど行ったことのある華留運(ケルン)に入ります。
プロの蕎麦屋さんのいいところは細切のそばが食べられることです。

高遠商店街の和菓子屋。若女将は若いころのボーイフレンドが調布に住んでいたという
和菓子屋に紹介されて訪れたことのある不動産屋。ご主人が田舎暮らしの雑談に応じてくれた

サイドデイッシュにたっぷりのなめこおろしを注文します。
大根おろしに味噌を解いたツユが出てくるものこの店の特徴です。

高頭蕎麦二八

癒しに満ち満ちた分杭峠の旅でした。

大室古墳群

松代の観光案内所でスタッフさんに聞いた、長野市内の大室山古墳群へ行ってみた。

須坂から長野市松代へ向かう道の途中。
長野市若穂という地区の山沿いに古墳群はありました。

麓の千曲川沿いには長野鉄道屋代線という私鉄がかつて走っており、使われなくなったトンネルが残っています。

ナビに従ってこのあたりの集落を通り、田んぼの中を分け入って高速道路のアンダーパスを抜けると、発掘途中の古墳群を中心とした、広々とした公園がありました。

大室山古墳群は大小さまざまな古墳が存在しています。
石室のような造りのものもあれば、現在では土が盛られたようなものもあります。

千曲川右岸のこのあたりには、千曲市森地区の森将軍塚という巨大な前方後円墳が復元されています。
先日、信濃毎日新聞の記事で『3世紀以前の構築か?』と、大和朝廷以前の構築を報道された、弘法山古墳というのが松本にあります。
下諏訪の温泉街の真っただ中に、中規模の古墳が保存されていることもあります。
道端の私有地に石室が残されているのを見掛けることもあります。

全国有数の個体数を誇る長野県内の古墳。
その全容と、歴史的背景は今後の解明を待たれます。

解明された暁には、東国の中心地としての信州の古代史と、日本史全体の歴史の書き変えもなされるのかもしれません。
生きている間には無理でしょうけど。

軽トラ流れ旅’26 リニア、都留文、道の駅 

今回の軽トラ旅は東京の自宅への往復です。

帰る予定の日の前日から大雨の予報で、テレビは『身を守る行動を心がけてください』の一辺倒。
明けて当日は雨が降っていない茅野駅でも、中央本線が富士見から先が全線運休。
特急あずさは全便運休。
ならばと高速バスを打診するも夕方まで全席予約済み。

自宅へのお土産も用意済みの山小舎おじさん、ならばと愛車軽トラを駆っての勝手知ったる下道での東京往復へと、茅野駅に着いてからの計画変更です。

天気予報は何処?雨らしい雨も降らないまま、韮崎から甲府を経て笹子トンネルで大月へ。
雨らしい雨には大月で出会えました。

寄り道また寄り道のぶらり旅。
夕方6時までかかって自宅に着きました。
『身を守る行動』はできたかな?

自宅滞在の4日後、山小舎への帰途に着きました。

リニア見学センター

東京から長野に向かう下道。
国道20号線に沿って甲府盆地を目指す途中の大月あたり。
最近気にいてるのが道の駅つる。
大月から富士吉田方面に逸れること3キロ。
道の駅の先にリニア見学センターがありました。

孫たちが最近訪れた、というのでジイジも寄ってみます。
リニア見学センターは、平日なのにファミリー層でそこそこの人出でした。

展示内容は期待通りの『科学的夢の未来』。

『夢の超特急』は山小舎おじさんが小学校入学前後の、日本全体に夢があった時代の標語でしたが、今でも同じような夢に酔っているのかJR。
最新の社会トレンドは『自然との共生』『物質から精神へ』に転換しているのではなかったのか?
こちらの勘違いか?

車両の前の三世代
リニアの車内

名古屋までの現状1時間40分が、20分に短縮されることにそんなに意味があるのか?
あると思う人がやっているので、門外漢が立ち入る話ではないのだろうが、それとも時間短縮以外に何か隠された目的があるのか?このプロジェクトに。

工事完成後のジオラマ

20年前、親日の胡錦涛国家主席の招きで中国を訪れた、山小舎おばさんとその次男。
大規模な友好訪中団の一員として上海でリニアに乘ったそうです。
『がたがた揺れていた』とだけ言ってましたが、その後中国のリニアはどうなったのでしょう?

試験走行の線路

世界が20年前に実現した技術を後追いしているだけなのか日本は?
それとも中国と日本しか興味を示さない不要な技術がリニアなのか?

わかりませんが、山梨の都留の山里で、ひっそりと繰り広げられているリニアワールド。
この先どうなるのでしょうか。
まったく夢を感じないまま会場を後にした山小舎おじさんでした。

見学センターから見下ろす風景

都留文科大学

都留市には都留文科大学があります。
そのおかげで人口3万人規模の当地における若年層の比率は現代日本にあって極めて高いとのことです。

市内のミュージアムにて

『リニア関係者にとっては、都留の地元スナックのホステスが、都留文の女子大生のバイトであることが多く、人気が高い』との関係者情報もあります。

山小舎おじさんの若き日の知り合いの青年が、地方国立大学の理学部?を中退して、小学校教師を目指し、都留文に入学していったこともありましたっけ。
引っ越しを手伝った40年ほど前の記憶では、今と違い、牧歌的な風景が広がっていた大学周辺でしたが。

大学の門

道の駅つる

道の駅での目当ては食堂でのランチと、直売所でのお惣菜です。
ランチは富士山湧水ポークのハンバーグプレートがお気に入りです。
活気ある食堂は来客で盛況でした。

道の駅つるの食堂

お惣菜コーナーでは、串カツ2本で500円と高めでしたが購入。
一口で食べられないほどの肉の量にびっくりしました。

富士山湧水ポーク使用のハンバーグプレート。うまかった!

国道20号線が長野に入った頃、左手に現れるホッサマグナの湯・塩川温泉(山梨県)に立ち寄り湯をして帰りました。

フォッサマグナの湯の入り口
タオルを買って入湯

令和8年畑 落花生収穫

落花生を収穫しました。
5株ほど植えた落花生は、勢いよく地上部が伸びていたのですが、雑草に埋まってしまい、間違って雑草ごと地上部を刈ってしまっていました。

周りの人の畑を見ると、落花生の収穫は晴れた日に地上部をつかんで引き抜き、そのまま逆さにして、豆がついている根っこを日に当て、その後は納屋などの日陰にそのままぶらさげて干しています。
その通りにしたいのですが、うちの畑の落花生は根の張りが強く人力では引き抜きできません。
スコップを使って引き抜きました。

落花生を引き抜く
そのまま持って帰る
ばらして日陰で乾燥

雨がちの天気が続くのでそのまま畑においてはおけず、山小舎に持って帰ります。
根についたままの豆を日陰で乾かしてから、豆だけをばらして引き続き日陰で乾燥です。
カビの発生に気を付けます。
去年の落花生は東京の山小舎おばさんに好評だったので今年も期待しましょう。

ガーデンハックルベリーの実を採ってジャムに加工しました。
渋みがあるので生食はできない野菜ですが、アントシアニンの含有率がブルーベリーの10倍ほどという高性能の持ち主です。
今回のジャムはちょっと渋みが残りました。

ガーデンハックルベリー
全量収穫して持って帰りジャムにする

ホオズキの収穫が続いています。
樹が寒さで枯れるまで結実が続く野菜です。
東京でも評判がいいので送っています。

ホオズキのこの日の収穫

ピーマン類も寒さに強く収穫が続く野菜です。
葉っぱも佃煮にして食べられます。
収穫したピーマンは焼き浸しなどで食べますが、果肉が厚くて甘いので夕食のサイドデイッシュに重宝します。

ピーマンの収穫

トウガラシ(鷹の爪)が色づいてきました。
うちのトウガラシはとても辛いので、利用には注意が必要です。
いつまでも赤い色が褪せないので飾りとしても重宝します。

トウガラシはもうちょっと待って収穫する予定

夏野菜が終わった後の畑でした。