裏の川の増水に対処

6月下旬から78月にかけて雨が続きました。
裏の川の流れが発生しました。

山小舎の浄化槽工事があった側の、法面を下った場所です。
国有林との境が小川になっています。
普段は流れがありません。
大雨が数日続くと、場合によっては轟々と音を立てて流れが発生します。

流れが発生した裏の川

山小舎では地面の流失を防ぐためにも、数年前に自力で土留めを作りました。

今日は流れをスムースにしようと、小川から落ち葉などをさらうことにします。
流れは収まってきています。

数年前に作った土留め

レーキをもって川に下ります。
流れは氾濫まではしていません。
小川の岸は原型通りに流路を形成しています。

ところどころにたまっている落ち葉を岸に引き上げます。
ゴミがあれば取り除きます。

たまった落ち葉
レーキで落ち葉やごみを掬う

倒木や枝が流れを阻害していることもあるので取り除きます。
川の上を横切っている倒木はチェーンソーでカットします、まだまだ薪で使えそうなので玉切りして運ぼうと思います。

倒木もある
ナラの倒木
倒木は玉切りして運ぶ

今度流れが復活するのは、秋の台風シーズンでしょうか。

七夕飾りで DIY!

7月7日が近づいたある日、思い立って七夕飾りを作ることにしました。

作るのは、自らの幼い日のころと、子供たちが幼かった時以来でしょうか。
自らも齢70となり、来し方行き先も定まりつつある中、大事にすべきものごとの順番がわかってきた、のでしょうか。
かつて身近で経験した、風習や行事などが特別に懐かしく、大事なものに感じられるのです。

先ずは材料集めです。

竹を切ってきます。
麓へ下りて走っているとちょっとした竹藪がいくらでもあります。
手ごろな1本を失敬します。
短冊用の折り紙は、孫に用意したものが山小舎にあります。

竹を用意する

折り紙で鎖を作ります。
なるべくカラフルに、金銀の折り紙も使って。

折り紙を切って鎖づくりの準備
カラフルな鎖が出来上がる

短冊は折り紙を切って。
糸をセロテープで貼って出来上がりです。

短冊に切った折り紙に願い事を書く

子供でもいれば、ボンボンや天の川などの飾りを買ってきて賑やかにするところです。
新聞紙で天の川を作ったことがありましたが、作り方は忘れました。
野菜を模した飾り物なども売っていましたっけ。
短冊に事い語を書いてぶら下げます。

竹に鎖をセットする

まだまだ寂しい七夕飾りですが、何十年かぶりでの七夕飾りです。

短冊をぶら下げて出来上がり

生まれ故郷の北海道には竹がないので、柳で代用していました。
子供のころは浴衣を着て、提灯をぶら下げ、近所を回ってろうそくを集めたことを思い出します。
北海道の七夕は月遅れの8月7日でした。

軽トラ流れ旅’26 あゝ野麦峠

7月に入っての流れ旅。
岐阜との県境にある野麦峠へ行ってきました。

野麦峠はかつて、松本や諏訪と飛騨を結ぶ主な峠道でした。
小説と映画の「あゝ野麦峠」の舞台です。
飛騨地方の娘たちが岡谷の製糸工場へ雇われていったときの通り道です。

深い山を分け入るルートで、現在では車道が開通していますが、通行量はほとんどありません。
長野と岐阜の行き来は、ここより北にある安房峠と安房トンネルが一手に引き受けているようです。

工女たちが通った古の峠道を見たくて、朝の時前、野麦峠に向けて出発しました。

中山道・奈良井宿

山小舎から野麦峠へは、まず、塩尻へ下りて国道19号線を南下します。
塩尻の町を過ぎ、郊外の葡萄畑が広がる景色を過ぎると、道は山へ分け入ってゆきます。

国道19号線を行く

中山道(国道19号線)の宿場の一つに奈良井宿に通りかかります。
明治以前の景観が保存されている宿場です。

中山道奈良井宿

狭い間口の家が、つながるように並んでいます。
格子戸や窓を持った家々です。
その景観は時代劇映画のセットのようです。
現在は、住居のほか、宿だったり蕎麦屋カフェだったり、漆器を売るお土産屋などとして利用されています。

奈良井宿の景観

見事な景観ですが、江戸時代から変わらず保全されていたわけではなく、昭和の末期に、景観保全の補助金が出るようになってから、外観を改築・整備したとのことです。
各戸の申請を国が審査して補助金が下りるまで2年くらいかかったそうですが。

営業している建物が多い

田圃が作れず、木材など山の産物があるだけの土地なので、たまたま近年まで多くの景観が残っていたこともあったのでしょう。
今ではインバウンドも含む観光地となっています。

店の前で立ち止まるインバウンド

木祖村、松本奈川を通って野麦峠へ

奈良井宿の観光を終え、駐車場のおじさんに野麦峠までのルートを聞きます。
「野麦峠?お助け小屋に行くの?」と言って詳しいルートを教えてくれます。
「今日はどこまで行くの?岐阜の方へ下りちゃったら?乗鞍に行くの?スーパー林道通るんだね?」と地元情報満載の受け答えです。

ここから先は、道路標識があまりないルートです。
おじさんに教わった通り、国道から県道に入ります。

木曽川の源流の村をキャッチフレーズにしている木祖村を通ります。
地元のスーパーがあったので寄ります。

スーパーで買った助六寿司
葉っぱに包んだあんこ餅。4つで230円ほど

海苔巻きとお稲荷さんのパックとタケノコに煮物を買います。
木の葉でくるんだ珍しいお餅があったので買ってみます。

ぐっと交通量の減った県道を行くと、境峠というなだらかな峠道を越えて松本市奈川地区に入ります。
山に囲まれたひっそりとした地区です。
奈川からは野麦峠までの1本道に入ります。
両側から山が迫り、対向車もなくひっそりと湿った山道が続きます。

やがてロードサイドに、石をアーチ形に組んだトンネルのようなものが見えました。
軽トラを止めて案内板を見ると、冬の野麦峠越えの旅人を凍死から守る室とのこと。
かつての峠越えの厳しさがうかがえます。

峠道の石室

帰りはこの道を引き返すのか?と暗い気持ちになっていると峠に到着しました。
ここからは岐阜県です。
広めの駐車場とトイレがあります。
あゝ野麦峠のモチーフを模した像が建っています。
少し離れたところに「お助け小屋」があります。

峠に建つ像
お助け小屋全景

古民家のような造りのお助け小屋は、広い座敷と食堂、展示室を持った木造の建物です。
展示室には映画「あゝ野麦峠」の資料、出演者の色紙などが展示されています。
野麦峠を行き来して黎明期の日本資本主義を支えた工女たちを題材にした絵画も展示されています。

展示室
山本監督らのサインも
展示室の絵画とマネキン

折角なのでほかに誰もいない食堂で蕎麦を注文。
食堂に展示されている映画のロケ風景を模した水彩画などを見乍らいただきました。

食堂の正面に明治時代の女性の写真が飾っているので食堂のおばさんに聞きました。
彼女こそが「ああ野麦峠」のモデルとなり、映画では大竹しのぶが演じた政井みねという工女さんなのでした。

食堂にかかる、政井みねさんの写真
お助け小屋のそば。具には地元の漬物が乗っている

お助け小屋から10分程度で登れる展望台へ行きました。
政井みねさんが故郷の飛騨を、亡くなる前に一目遠望したという場所だそうです。
観音像が立っています。

展望台の観音像
展望台から望む飛騨の山々

乗用車とバイクが常に数台入れ代わり立ち代わり停車している駐車場を出て元来た道をたどりました。
来た時の登りよりはずっと楽に行けました。

乗鞍高原温泉の濁り湯

野麦峠からの帰り道は松本経由のルートにしました。
奈川に下りてから北上し、松本郊外に出て山形村、塩尻を経て帰るのです。
その前にまだ行ったことのない乗鞍高原に、少し遠回りして寄ることにします。

奈川地区から乗鞍高原へ

ダム湖を見てトンネルをくぐると乗鞍への分岐点に出ます。
山に分け入る道ですが、野麦峠への道よりはずいぶん開けています。

上高地へ向かう沢渡や、駒ケ岳登山口のように、マイカー乗り入れを禁止しシャトルバスで登山客を運ぶスタイルの乗鞍高原。
広い駐車場に軽トラを止めます。
県外ナンバーの自家用車や自転車で遠乗りした人などの姿が見えます。

観光センターで情報入手
雪が残る乗鞍岳

湯けむり館という立寄り湯に寄ります。
白濁したお湯の硫黄臭さがいつまでも体に残りました。
ぬるくていつまでも入っていられるお湯でした。
白骨温泉に似ていました。

立寄り湯へ



映画「あゝ野麦峠」

手許に1979年制作の映画「あゝ野麦峠」のパンフレットがある。
山本薩夫監督、大竹しのぶ主演の東宝配給作品だ。

映画のパンフレット。裏表紙には当時の若い大竹しのぶの姿

クランクインを野麦峠ロケで行い、東宝撮影所内に岡谷の製糸工場を再現したとのこと。

糸とり作業を演じる、手前から大竹しのぶ、原田美枝子、友里千賀子

冬の峠越のシーンでは岐阜県側の地元の中学生も参加したとのことである。

峠越のロケシーン

大門そば打ち教室

山小舎から上田方面に下ったところにある長和町大門地区。
そこの農協集会所でそば打ち教室が開かれています。

去年はバイト仲間が親子で参加していました。
その話を聞いて、今年、思い切って顔を出しました。
5月のことです。

毎月第一と第三水曜日の13時から開かれます。
いきなり、開催日に現地へ向かいました。
正式には役場で申し込むそうですが、現地の主宰者たちは受け入れてくれました。
参加者名簿に記入し、会費1000円を払います。

教室内の講習会風景

突然の参加者に対して、事前の座学も見学もなく、いきなり資材を用意してそば打ちの実践が教授されました。

そば打ちの台や鉢、そば切包丁までを用意します。
そば粉500グラムと小麦粉200グラム、打ち粉も用意します。

わけもわからぬまま、粉をふるい、混ぜます。
混ぜ方にも手の動かし方があります。
混ざったら水を入れて混ぜます。
だんご状のものが細かくなってから、こねてゆきます。
水加減のチェックが入ります。
先生の指導に、問答無用でハイと従って進みます。

そば粉と小麦粉を合わせる

コネの作業に入ります。
中の空気を押し出すような菊練りから、ロート方に先をとがらす練り方を経て、鏡餅のように整形して寝かせます。

水を入れて練る(菊練りをしている)

鉢をどけて練り球を取り出し、のしの行程に入ります。
まずは手のひらで丸く薄く延ばしてゆきます。
それからのし棒で伸ばします。
のし棒の行程は複雑すぎてまだ頭に入っていません。
短い棒で厚いところを薄く延ばし、長い棒で仕上げ伸ばしをするのです。
先生が模範を示した後、マネをするような感じで行います。

そば打ちの段位を持っている先生方がマンツーマンで教えてくれます。
地元の方です。
今まで5回参加しましたが、まだ全行程が頭に入っていません。
しかし、打ったそばは、事実上は先生が打ったようなものなので、美味しいのです。
そば打ち教室に参加すると、8人前ほどの手打ちそばがお土産でいただける形になります。
山小舎に来た彩レデイースにも出し、自宅へのお土産にもしましたが、どちらも大好評でした。

ゆであがった手打ち蕎麦

そば打ちの行程に戻ります。
四角く薄く延ばしたら、粉を打ちながら四つに畳んで切ります。
ちゃんと伸ばすと畳んでもくっつかずに切れて麺になります。
打った分は持って帰ります。

四角く伸ばす(長い棒で角を出している)
切る

丸っきりの初心者は私ぐらいで、ほかの方は自力で思い思いに打っています。
そば打ちの練習を兼ねて、夕食用のそば打ちに来ているのでしょうか。

参加者が多い時は第二弾の講習者もいます。
全講習が終ると反省会と称するお茶樹があります。
地元の方がメインで、なかに移住者や別荘住民が参加しての楽しい情報交換の場となります。

そば打ち教室の幟

DVD名画劇場 追悼、ブリジット・バルドー(その3)

70年代の出演作品2本を紹介する。

「ラムの大通り」   1970年   ロベール・アンリコ監督    ゴーモン社(フランス)

スペインとメキシコに長期ロケし、オープンセットで1920年代のカリブ海沿岸の町を再現。
丘にはクラシックカーや馬車と仕出しを、海には当時の密輸船を浮かべての贅沢な撮影を実現した。

監督は、短編「ふくろうの河」(61年)で注目を浴びたのち、「冒険者たち』(66年)、「若草の萌えるころ」(67年)、「オー」(68年)で清新な感覚を見せたロベール・アンリコを起用。
その持ち味の、”社会の表街道からは外れているが、一本気の好人物が己の信じる道を突き進(んで挫折する)”という監督自身のテーマをここでも追及している。

「冒険者たち」で印象的だった、青く広い海への憧憬が本作でも再び詠われる。
何なら、旧型の輸送船(煙突が立っているスタイルの)へのオタク的拘りも感じられる。
宮崎アニメがヒコーキに拘るように。
この作品では、実写版でありながら帆船まで出てくる徹底ぶりだ。

DVD表面

映画の舞台は20年代の禁酒法時代のカリブ海の密輸ルート、”ラムの大通り”と呼ばれた、メキシコ、ジャマイカ、キューバ、ハイチで囲まれた海域。
そこにはボロ船と度胸一つで大金を夢見て、ラム酒の密輸に命を懸けるを男たちがいた。

変わり者だが、酒と喧嘩に強く、船を操る腕もいいのが主人公のコルドー(リノ・ヴァンチュラ)。
アメリカの沿岸警備隊に船を撃沈され、メキシコの海岸に流れ着いて無一文になった後、自ら射的(実弾の)の的になって賞金を稼ぐという賭を10回もやって大金を稼ぐと、再びボロ船を買ってジャマイカのキングストンに凱旋する。
いわば密輸界の男の中の男だ。

生きて帰ったコルドーにラム酒の荷主たちは好条件で仕事を依頼する。
一方、偶然飛び込んだ映画館で、リンダ・グリュー(ブリジット・バルドー)というスターが主演するアフリカ冒険もののサイレント映画を見たコルドーは、リンダと空想の中で運命の出会いを果たす。
雑誌や新聞のスクラップを船の自室に貼り巡らし、ラム酒の荷積みを中断して、映画の続きを見にハイチのポルトーフランスに船を出す。

2人は浜辺で出会う

こうして、命知らずで武骨な男と、サイレント映画の夢のスターとの、冒険時代の夢に溢れた海を舞台にしたロマンチックな夢物語が始まる。

先ず、サイレント映画を模したモノクロ画面に現れるバルドーのスタイルの良さに驚かされる。
撮影時で36歳にもなろうかというバルドーが、アフリカの白人女王風のヒョウ柄の衣装からのぞかせるお腹と足のシェイプアップぶり!

バルドーの20年代の映画スターぶりもいい。
美男美女が揃い、フラッパーガールとタキシードが揃って踊るパーテイの華やかさ。
その中でもひときわスリムでチャーミングなバルドー。
次々とミニ丈の20年代のファッションに身を包み、まつげをパタパタさせながら、チャールストンを踊り、最後には歌まで歌う。
スタイルと身のこなしがいいから、どのファッションも魅力的この上ない。
アンリコ監督のヒロインの配役は「冒険者たち」のジョアナ・シムカスの例をみるまでもなく、素晴らしい。

DVD裏面より

コルドーはリンダと付き合うようになる。
スターという虚像でいながら、実物のリンダは漢気のあるコルドーに惚れ得る人間味を持ち主でもあったのだ。
リンダは更に、密輸船に乗船し、沿岸警備隊との交戦では、顔を煤けさせながら救急箱をもって仲間を助けて回り、最後には舵まで握って、駆け付けた英国貴族の帆船の艇長に敬意を評されるのだった。

急に表れた帆船と英国貴族の存在は必然性が薄いものの、リンダが貴族から求婚されて応じたり、その後にやっぱりコルドーの船に来て浮気したり、そのことで貴族とコルドーが決闘することになったり、とドタバタが続く。

リンダはやってきた一団にさらわれて映画界に復帰。
禁酒法が開けた33年に保釈されたコルドーは映画館でリンダの看板を見かけて入場し、画面に没入。
自分が劇中ででリンダを抱きかかえているような夢を見つつ、いつまでも座席を離れないのだった。

作品への出演契約にサインをする前にシナリオを読んだバルドーは、
『台詞にはユーモワがあふれ、物語は禁酒法時代の漫画のようで、私の役はチャーミングでいたずらっ娘らしいところがちりばめられた、魅力的なものだった。それに私は歌を歌うことになっていたのである。』と、この作品との出会いを記している。(「自伝」p610)。
彼女と作品との幸福な出会いが目に浮かぶようだ。

またバルドーは共演したリノ・ヴァンチュラについて、
『どこかジャン・ギャバンを思わせるところがあり、なかなか親しくなれなかった』としながらも、
『料理とトランプ遊びを通じて、私はリノ・ヴァンチュラというとっつきは悪いが根は傷つきやすく、愛すべき熊を手なずけることができた。』と記している(「自伝」p614)。
この二人も劇中の二人同様に幸福な出会いだったようだ。

DVD裏面より

小生はこの映画を封切り時に見ている。
函館のロマン座という洋画二番館だった。
当時高校1年だったか。
リンダを思うコルドーの純情に同化しつつ見ていたのだろう。
バルドーの美しさと華やかさ、そして武骨な海の男を受け入れるやさしさを今でも忘れない。
映画ファンを今に至るまで続けている原動力の一つがこの作品だった。

「華麗なる対決」  1971年   クリスチャン=ジャック監督     フランス=イタリア=スペイン合作

ブリジット・バルドーことBBと、クラウデイア・カルデイナーレことCCの初共演。
両スターの顔合わせ映画として、「お約束」に徹した作品。
BB、CCの両レジェンドを愛する映画ファンにとっては十分に楽しめた。

DVD表面。昔のベニヤに絵の具で描いた看板のテイスト

BBはこれが「シャラコ」(68年 エドワード・ドミトリク監督)に次ぐ2本目の西部劇。
(20世紀初頭の中南米を舞台にしたメキシコロケ作品「ビバマリア」:65年 ルイ・マル監督、というアクションコメデイはあったが)。

CCは、60年代前半にはハリウッドに居を移しており、66年に「プロフェッショナル」(リチャード・ブルックス監督)、68年に「ウエスタン」(セルジオ・レオーネ監督:伊米合作のマカルニウエスタン)という西部劇に出ている。
根性が入った顔つきに、乗馬がうまく、アクションシーンが似合い、ついでにドレス姿ではこぼれるバストを強調できるCCは西部劇向きだ。

DVD裏面より

BBはどう見てもアクションが得意そうには見えない。
この作品でも、ひらひらのドレスから、黒ずくめの女ガンマンスタイルまで、ヨーロッパ製ウエスタンらしいファッションを披露。
野性味とバストだけで勝負するCCに比べて高いファッション性を見せている。

DVD裏面より

美人の妹4人を率いて西部を荒らしまわり、フランス人が開拓してフランス語が公用語の町へやってきたBB。
召使は黒人男性だ。
対するCCは弟4人を率いて列車強盗で荒稼ぎする町の女盗賊。
その義侠心と美貌で町の人気者だ。
召使は老インデイアン。
この2つのグループが町の郊外の牧場を巡って対立する。
石油が出ると噂されている牧場だからだ。

BBは、CC相手にガンアクションや荒馬乗りを見せる。
トリック撮影やスタントマン込みの演技とはいえ、レジャンドが取り組むアクション演技に、見ている映画ファンは喜び、ハラハラする。
もちろん姉妹5人で川で水浴びするお色気シーンもある。

姉御肌でスピーデイな動きが身上のCCは、女ガンマンスタイルに身を固めてのパキパキした動きがたまらない。
走っている列車に馬で追いつき、列車に乗り込んで屋根を走る。
もちろんスタント込みの撮影だが、CCが扮するルイーズの動きに見える。

DVD裏面より。タイマンが終った両者

牧場に集まった両グループは両姉御のタイマンで勝負を決着することになる。
果てしない取っ組み合いが始まる・・・。

前半には、フランスのベテラン女優ミシュリーヌ・プレールが、網タイツ姿で歌いながら娼館の階段を下りてくるという場面もある。
彼女の出演場面はここだけだが、まだまだ見事な網タイツ姿を見せる。
1922年生まれの彼女は、「肉体の悪魔」(46年 クロード・オータン=ララ監督)でジェラール・フィリップを誘惑する人妻を演じ、本作と同年に製作された「ロバと王女」(70年 ジャック・ドミー監督)で、ジャック・ペラン扮する王子の母親の王妃を演じたばかりだった。

ミシュリーヌ・プレエール。40年代のポートレート

「俺たちに明日はない」(67年)、「お前と俺」(70年)が印象的なマイケル・J・ポラードは、町のドジドジな保安監兼判事兼公証人を演じる。
アクターズスタジオ仕込みだという独特のセリフ回しと間は健在だったが、この作品ではコミカルな部分を強調しており、一定の存在感は見せた。

バルドー自伝の表紙

「ブリジットバルドー自伝 イニシャルはBB」では、映画最大の山場となるCCとの取っ組み合いの場面について、
『このシーンの撮影は一週間続いた。(中略)二度か三度、私の唇は割けた。かわいそうにクラウデイアは目の周りにあざができそうだった。この情け容赦ない戦いで、私たちの間にあった溝は埋まった』(「自伝」p632)
と記している。

また共演したカルデイナーレについては、『慎み深いが精力的な女性』、『いくつもの試練を静かにそして威厳をもって乗り越えることができる人』(いずれも「自伝」p632)と最大限の敬意を表している。

ヨーロッパの2大女優の共演を、適度な汚れ役を与えつつ、それぞれに花を持たせ、最後は大団円で締めくくった作品。
それが映画の中だけではなく、リアルなBBとCCに間にあっても同様だったのがうれしい。

ブリジットバルドーは、「華麗なる対決」の後2本の映画に出演して映画界を引退した。
「自伝」は、動物たちのための新しい生活に入ることを静かに宣言して終わっている。

映画界でやることはやり尽くしたのであろうバルドーが、ライフワークたる動物愛護に人生をささげるという彼女らしい潔さがここにある。

DVD裏面

令和8年畑 7月になりました

夏を迎えた畑です。
今年から畑づくりを一か所に集約したので、草取りなどに手をかけられます。

トマトの実が色づいてきました。

大玉トマト
ミニトマト

キューリが成り始めています。
畑に行くたびに収穫があるので、ご近所に配り始めています。

ところが時間があるので剪定しようとしたのですが、間違って主軸を3株も切ってしまいました。
慣れてないのに慌てて作業するのはダメですね。
その株はしょうがないので脇芽を伸ばすようにしています。

キューリのツルの剪定を3株ほど大失敗!
それでも収穫はそこそこ

ナスも花が咲き始めています。
キューリ同様にわか仕込みの剪定を試みていますが、枝ぶりがキューリのツルと違って見分けやすいのがで助かります。

ズッキーニは次々に実ができるのですが途中で腐ってしまいます。
受粉ができなかったためと思って人工授粉を試みました。
かつては放っておいても巨大な実がなったのですが、最近は虫さんがいないのでしょうか。

ズッキーニの花が咲き、実をつけ始めたが
途中で腐る実が続出
雄花の花粉を雌花に付けてみる

ジャガイモと同時に植えたウコンの芽が出ました。

ウコンの芽

インゲンはいい調子です、もうすぐ収穫開始でしょう。

いんげんの花が咲き始めた

菊芋は放っておいても大丈夫です。

放っておいても元気な菊芋

DVD名画劇場 追悼、ブリジット・バルドー(その2)


「軽蔑」   1963年    ジャン=リュック・ゴダール監督     フランス=イタリア合作

DVDにセットされていたオリジナルポスター?

「戦士の休息」が終わり、休業していたバルドーだが1年もすると休暇に飽きてきた。

イタリアのプロデューサー、カルロ・ポンテイがジャン=リュック・ゴダールを指名し、アルベルト・モラビアの「軽蔑」を原作にした企画を立ち上げた。
ゴダールはバルドーのヒロイン起用に執着した。
原作が好きだったバルドーは『もとの調子からずれたた脚本と演出によって、原作がすっかり変形されてしまうことだろうということもわかっていた』(「示談p386)が、出演を引き受けた。

撮影中ゴダールは、「君の歩き方はアンナ・カリーナに似ていない。」と言って、本番を20回も繰り返させた。
「アンナ・カリーナを迎えに行ったらいいでしょう。私はほっといてちょうだい。」とバルドーがそれに応えた。

浴槽のシーンでも帽子をかぶり続けたミシェル・ピコリと、これまたいつでも帽子をいじくり続けたゴダールを見たバルドーは、
『ヌーヴェルヴァーグとは帽子をかぶることだったのである。』(「自伝」p390)と評した。

(ヌーベルバーグの旗手ゴダールと、古典的作品のスター・バルドーは)『とんでもない取り合わせだった』(「自伝」p386)

こうして映画「軽蔑」の撮影は開始された。

「軽蔑」のセットで、ゴダールと握手するバルドー

映画の舞台はローマのチネチッタ撮影所。
ハリウッドのプロデューサー(ジャック・パランス)が、名匠フリッツ・ラング(本人)を使い、映画を撮っている。
思うようなラッシュが上がってこないプロデユーサーは、フランスから作家(ミシェル・ピコリ)を呼んで脚本を書き変えようとする。
作家は妻(ブリジット・バルドー)を連れてローマにやって来る。

閑話休題。
「映画の友」編集長だった淀川長治氏が1952年にハリウッドを訪れたときに、RKOスタジオでフリッツ・ラングに会っている。
ハリウッドでは映画監督の才能を評価するのではなく、ヒット中の作品があった場合のみ、彼をもてはやす。
ドイツ時代の栄光を知るものとてなく、忘れられた存在となりかけていたラングは、ドイツ時代の作品を熱心に語る淀川を大いに喜んだという。

ハリウッドでフリッツ・ラングと面談する淀長さん。ラングは50年代にハリウッドを離れて西ドイツに渡る

映画批評家出身のゴダールはこの作品で、ラングを大いなるリスペクトをもって遇している。
英語はもちろん、母国ドイツ語やフランス語でギリシャ古典を論じる教養とマナーに溢れた監督像は、戦前のベルリン・ウーファ撮影所で第一級の監督として君臨していたラングの実像でもあるのだろう。

ゴダールらしい映画遊びもたっぷりみられる。
劇中で「リオブラボー」、「ニコラス・レイ」、「デイーン・マーチン」などの名前が発せられるし、ローマの映画館で上映されているのが、ロッセリーニの「イタリア旅行」だったりする。

DVDの付録より

パランス扮するプロデユーサーは、ラッシュが気に食わないと、運ばれてきたコーヒーセットをぶちまけ、お盆をハンマー投げのように投げ飛ばす。
試写室のスクリーンの下の壁には『劇映画に未来はない リュミエール』なるコトバが書かれていて字幕で翻訳もされる。
ハリウッド式映画作りに対するカリカチュアがゴダール流に表現されている。

フランスが生んだ映画の父・リュミエールの至言を背景に、ハリウッドのタイクーンは乱暴狼藉を繰り広げるわけだが、タイクーンはまた、二言目には「女の裸を出せ」と脚本家に注文を付けながら、その美人妻に暇さえあればコナをかける。

フランスまで来て(実際のロケはローマとカプリ島だが)こんな役を振り当てられたジャック・パランスこそ災難だが、バルドーは『自分が映画の中でどんな役割を果たしているのか皆目見当がつかない様子だった』(「自伝」p390)と、このハリウッドスターを評している。
パランスにとっては最後まで踏んだり蹴ったりの撮影だった。

フルサイズの長回しで延々セリフを交わす画面作りは、脚本の世界観をカメラのラウル・クタールがフィルムに落とし込んだもの。
バルドー夫婦の新居の赤を基調にした配色と、カプリ島の別荘に移ってからの青を基調にした配色もいい。

『ゴダールの指示を忠実に実行するだけで、私自身の奥深い部分は全く出さなかった』(「自伝」p391)
バルドーは、そういいながらも、セリフと動き(フレームから出たり入ったり)の多い長回しによくついて行ってる。

『左翼かぶれの薄汚いインテリという種族にはイライラする』(「自伝」p386)といいながらも、ゴダールとの仕事を引受たからには、表面的にせよ体を張って応えるバルドーの漢気がうかがえる。

(赤)の場面。赤いバスタオルをまとったバルドーと帽子をかぶりっぱなしのピコリ

音楽はジョルジュ・ドルリュー。
『愛の不可解』ともいうべき映画の主題にうまくマッチしたテーマ曲が、落としどころのない主人公夫妻のグダグダのやり取りの言外の倦怠感を伝えていた。

ジャック・パランスの秘書フランチェスカを演じるジョルジア・モルは、魅力と存在感あるイタリア女優で、ハリウッドプロデューサーの秘書というプロフェッショナルな女性を、その裏側をも匂わせながら、上手く演じて居る。

DVD表面
DVD裏面



「セシルの歓び」  1966年  セルジュ・ブールギニョン監督  フランス

監督は「シベールの日曜日」のブールギニョン。
かの作品は少女と青年が主人公。
青年の少女に対する愛が、反社会的な性癖によるものか、青年は戦争が原因であったものの、通常の社会には相いれない存在だった。
二人が会って遊園地で遊ぶ場面の青年の嬉しそうな笑顔は、自分の世界に没入しきった人のそれだった。
また、さらに怖いのがうれしそうに笑う少女の存在で、常軌を逸しているのが青年だけなのか、二人ともそうなのか、わからないことだった。

ブールギニョンの長編第二作目の本作は、大人同士の不思議な関係を描く。

モデルの仕事でロンドンに2週間やってきたフランス人のセシル(ブリジット・バルドー)が主人公。
ロンドン在住の自称地質学者でオタクっぽい青年ヴァンサンがセシルにぎこちなく接近する。

パリには包容力のある大人のパートナーがいて、ロンドンのセシルに毎晩電話をかけてくるが、セシルはどう見ても釣り合いの取れないヴァンサンのアプローチを受け入れる。

この映画、つり合いは取れないが真面目な男が、違う世界の美しい婦人を手に入れ、お互いが幸せになる、という「チップス先生さようなら」のような、恋愛シンデレラストーリーではない。
「シベールの日曜日」のブールギニョン作品なのである。

ヴァンサンを受け入れたセシルは二人でロンドンを出奔する、撮影で着ていたウエデイングドレス姿で。
車はエンストし、スコットランドの古城にたどりつく。
古城には鳥の声を録音して分類する学者のような老人がいて二人を受け入れる。
二人は夢のようなひと時を過ごすが・・・。

やがてヴァンサンはセシルを縛り、嫌いな牛乳を飲ませたりするようになる。
単なるオタク地質学者ではないヴァンサンの本質が露呈されてくるが、セシルの好みとは相いれない。
風呂もない古城の生活とも重なり、セシルの不満は爆発する・・・。

DVDに特典されていたオリジナルポスター?

ヴァンサンは「シベールの日曜日」のハーデイ・クリューガー扮する青年の別バージョンだろう。

セシルはいったんは毛色の変わったヴァンサンに惹かれるがやがて熱が冷める。
彼女はパートナーとの倦怠感はあるものの、非日常に没入はしないのだ。

女優バルドーの持ち味は、その保守性と、常識性と、育ちの良さにある。
異常な性癖の持ち主や、ヒネクレタ性格の役は似合わないし、シビルの役作りでもそうなっていない。

DVD表面

ヴァンサンはセシルを誘って香港行きのJAL便チケットを買い、飛び立つ。
寝坊したセシルは空港に駆け付けるが飛び立った後。

バルドーの存在感はオタク青年と融合するものではなく、ヴァンサンが体現した非日常性は、バルドーの個性に影響を与えることはできなかった。
バルドーに見つめられ、おどおどするオタク青年の眼差しがすべてを物語っていた。

DVD裏面

「ブリジット・バルドー自伝」にはこの作品についてほとんど記載がない。

(「追悼その3」へ続く)

ハマナス剪定で DIY!

山小舎の庭にはハマナスが植わっています。
北海道に咲いているハマナスです。
植物好きの先代のオーナーが植えたものです。

毎年花が咲き、庭のあちこちに芽も出しています。
トゲトゲの芽です。

そのハマナスの木が斜めっているのでロープを張ってまっすぐにしてみます。
ついでに剪定します。

伸ばし放題のハマナスですが夏を前に無駄な枝をカットし、また重力が偏らないようにとの思いです。

込み合った枝を間引き、勢いのある枝を残します。
思いきって偏りのある方の枝を省きます。

トゲトゲだらけのカットされた枝が花ごと地面に集まりました。

しばらくはロープを張ったままとし、樹勢と矯正の加減を見ようと思います。

枯れ立木伐採で DIY!

薪の乾燥台の裏に、枯れたまま立っている木があります。
不要な立木なので伐採します。

薪乾燥台の背後の立木3本。一番右の枯れ木を切る

枯れ木とはいえ伐採は1年ぶり。
それなりに緊張します。

チェーンソーのオイルと燃料を満タンにし、ソーチェーンの張をチェックします。
刃を棒やすりで研ぎます。

幹に刃を入れます。
枯れてフカフカの幹に刃がスーッと入ってゆきます。
バターを切るナイフのようです。

受け口があっという間に切り取れます。

受け口を切る

反対側に入れる切り口も、手ごたえなく入ってゆきます。
切り口を入れてから手で押すとあっけなく倒れてゆきました。

生きている立木とは全く違います。
死んで魂のない木です。

切り口を入れるとあっという間に倒れる

倒れた丸太をつぃでに玉切りします。
あっという間の作業です。

一輪車一回の運搬量です。
重量もありません。

ついでに玉切りする

湿って、腐りかかった木材が入手できました。
これでも割ってから乾かすと、軽くて火付きがよい薪になります。

北信濃新聞 全国高校野球長野県大会・北信濃2チーム特集号

栄村へ軽トラ旅をした帰りにコンビニで「北信濃新聞」を見掛けました。
買ってみると夏の甲子園の県大会増刊号でした。

北信濃新聞6月27日号 280円

県大会のトーナメント表の裏には、北信濃地区から出場する2校の選手と監督、主将、注目選手、マネージャーが紹介されています。
飯山高校と、下高井農林高校のメンバーです。

トーナメント表

飯山高校は春の甲子園に二十一世紀枠で出たことがありましたね。
千曲川と並行して走る国道117号線から見える場所にある県立高校です。

初戦はしんきん諏訪湖スタジアムで、対諏訪青陵戦です。
ベンチ入りメンバー選手の出身中学名も紹介されているところが、地元向け新聞の良さですね。

飯山高校の紹介
マネージャーさんから
下高井農林の紹介
マネージャーさんから

他にはこんな記事がありました。

地元の人物紹介
地元の風物詩

地元色豊かな広告もあります。

とら食堂は須坂で人気の食堂
自動車修理工場の広告も地元ドライバーの心配をフォローしたもの