ドイツ出身のユダヤ人監督で、アメリカ亡命後はB級サスペンス映画の巨匠といわれたロバート・シオドマクのフランス亡命時代の作品「モルナール船長」(1938年)を観た。
ストレンジャーズインハリウッド特集で見た15本(内シオドマク作品が10本)中の忘れられない作品だった。
出演者は知らない俳優ばかり、設定はフランスの船乗りの話で、舞台は寄港先の上海と帰港後のフランスの港町。
主人公は初老を迎えようかという中年太りのおっさん。
「つかみ」はよくない。
前半に描かれる、戦前の上海の風景とフランス租界の暗黒街(飲み屋の女たちのやさぐれぶりや、植民地に巣食う小物ギャングたち)のエキゾチズムに目を引かれているうちに、だんだん映画の本筋にはまっていく。
肝臓が肥大しているような成人病体形のモルナール船長は、実は船長として卓抜した経験と技量を持ち、船員を見事に統率し、また己の信念に生きる男の中の男だった。
同時に自宅に残る妻との関係は冷え切り険悪で、船主の会社幹部からは腕利きながら要注意人物として嫌われ、また、寄港先では武器の密輸でポケットマネーを得ている人物でもあった。
密輸に手を染める人物だが、現地のギャングたちとわたりあい、もめごとは部下たちと力を合わせて実力で解決してゆく堂々たる男っぷり。
いざとなるとガンアクションも辞さない身のこなしは、体形にかかわらず粋にアクションをこなす中年フランス人俳優の真骨頂だ。
ジャン・ギャバンやイブ・モンタンを思い出す。
モルナールたちの上げ足を取ろうとする船主にも忖度一切なしで正面からの対決姿勢を貫き、結果、船長の任務から外される。
偽善に満ちた帰港地での歓迎行事は船員ともども完全に無視し、酒場へ直行する。
ここら辺は、シオドマク監督の社会派、正義派ぶりが表れていないか。
意地悪な妻にも妥協せず立ち向かうが、両親の喧嘩に心を痛めた娘が家を飛び出し海に身を投げると、すかさず後を追って飛び込み、ずぶ濡れの娘を海から救い上げる頼もしい父親でもある。
この娘は病に伏した父の最後の願いをかなえるため、それまで言いなりだった母に抵抗して、父が仲間のいる船で最期を迎える手助けをし、父親の愛情に応える。
余談だが、冷え切った関係の妻ということでは「容疑者」(1944年)での主人公チャールス・ロートンの妻役を思い出すし、健気な少女像ということでは「らせん階段」(1946年)のドロシー・マクガイアを思い出す。
どちらのキャラもシオドマクの好きなキャラなのかもしれない。
決して聖人君主ではなく、社会とうまくやれず、カミさんの操縦にも失敗しているが、己の生きる道にだけは精一杯取り組み、問題を解決してゆく実力を有し、何より全幅の信頼がおける仲間がいる。
そういった男の人生を、ギャグでごまかさず、反対意見を取り入れてボカさず、ストレートに描いている。
脚本はフランスの名脚本家、シャルル・スパーク。
人間性と正義感を肯定した正攻法のドラマが本来のシオドマクのスタイルなのだろうと感じる。
戦争がなければドイツで堂々たる人間ドラマを作ったことだろう。