ママチャリ迷走記2026 鍋谷横丁から妙法寺まで

さて東京でママチャリで迷走している山小舎おじさん。
この日は路線バスで通った鍋谷横丁が忘れられずママチャリで再訪しました。

青梅街道沿いに展開する昭和っぽい商店街の鍋谷横丁。
環状7号線と青梅街道が交差する高円寺陸橋から、新宿方面に行ったところにあります。

調布の自宅を出発した山小屋おじさんは春の風に吹かれつつ、五日市街道に出てひたすらママチャリで東上しました。
吉祥寺から中野行きのバスルートの踏襲です。

環状8号線で五日市街道に出る
善福寺川を越えて五日市街道を東上する

やがて五日市街道は青梅街道に合流(交差か?)します。
あたりはすっかり賑やかな街です。

青梅街道に出る
青梅街道を走り環状7号線を越える

レトロなアーケードが見えてきました。
地下鉄駅を中心とした商店街が鍋谷横丁です。

飲食店が軒を連ねる一角があります。
下町にあるような昭和な飲食店が並んでいます。
昼間からやっている焼きトン屋、街に溶け込んでいるエスニックの人々。
混とんとした東京の近未来図です。

鍋谷横丁の一角
昼間から煙が立ち上る
エスニック濃度は濃い
お寺の仏舎利もエスニック!

交差点を渡ると鍋谷横丁の古くからの路面店が残っています。
町の歴史の案内板を見ると、横丁が江戸時代からあり、妙法寺というお寺の参道だったことがわかります。
長野の善光寺のおひざ元に、飲み屋街と赤線が広がっていたように、伊勢神宮の参道が”精進落とし”の場であったように、鍋谷横丁が”聖と賤”が交差する場であったことがうかがえます。

この際、妙法寺まで参道をたどってみましょう。
帰る方向でもあるし。

妙法寺参道方面

鍋谷横丁から環7方面へ向かいます。
参道は整備されているわけではなく、街に溶け込んでいるため正確なルートはわかりません。

神田川にぶち当たったので川沿いに西へ向かいます。
そのうち立正佼成会の大聖堂が見えてきました。

途中にそびえる立正佼成会大聖堂の威容

環状7号線に出たので妙法寺の場所を確認すると北方向に戻るとあります。
戻ってみると『和田帝釈天通り』というアーケードがありました。
東京にはいろいろなところがあるものです。
通りに入ってみるとささやかですが味のあるお寺がありました。
この商店街が妙法寺参道だったようです。

和田彫り帝釈天は参道沿いにある

妙法寺はすぐです。
閑散とした商店街を過ぎると、静寂に包まれた仏閣がありました。
広大な敷地を持つ妙法寺です。
人気の少ない境内で御参りします。
いい雰囲気のお寺なのに人気が少ないのは、単に観光地化されていないからだと思われます。

妙法寺に到着
山門をくぐり本堂にお参り
広い境内の妙法寺

45年前にインドの旧カルカッタを訪れたときに、持参した「地球の歩き方」の情報に、カルカッタで活動する「日本山妙法寺』が載っていました。
行ってみると、インドのほかの公共機関と同様に、囲いと施錠で人払いされており、中に入ることはできませんでした。
日本人僧侶などの姿も見えませんでした。
『日本山妙法寺』が環7沿いの日蓮宗妙法寺の支所なのか、あるいは何か関係があるのかはわかりません。

帰り道は遠いのですがのんびりと自転車を漕いで春のママチャリ旅を終えました。

ひな祭りのちらし寿司

今年も3月3日になりました。
ひな祭りです。
孫娘にちらし寿司を作って持ってゆきました。

ちらしずしのキモは具の炊き上がり具合です。
シイタケ、干瓢のほか油揚げ、ニンジン、ゴボウなどの具材をちょうどよく味付けして炊き上げることです。

前夜に干しシイタケを水に漬けておきます。
翌日、その戻し汁で具材を炊いてゆきます、昆布を加えてもいいでしょう。
砂糖、酒、みりん、しょうゆで味付けします。
隠し味に、塩麴を加えます。
濃い目に仕上げるのがコツです。

長めに炊いて具材に味を染み込ませます。
その間に酢飯を作ります。

お米が炊き上がったら、寿司桶に移します

研いでから1時間ほど浸水させたお米に、コンブ一切れと酒を少々入れて炊き上げます。
炊きあがったら寿司桶にあけ、すし酢をかけながらほぐしてゆきます。
すし酢は甘めにします。
酢に砂糖を溶かし込んで作りますが、隠し味に塩麴とダシの素を加えてすし酢とします。
照りが出ておいしそうなすし飯になります。

すし酢を混ぜて冷まします

粗熱が取れたら具材を混ぜ込みます。
汁気を軽く絞りつつ、具材をすし飯の上にちらし、ヘラで切るように混ぜてゆきます。

軽く煮汁を絞った具材を混ぜ込みます
パックに詰めて

ちらし寿司本体の完成です。

錦糸卵をちらし、でんぶを散らします。
食べる寸前に海苔の細切りもちらします。

今回のちらしずしも孫たちに好評でした。

この日はお稲荷さんも作りました

東京ローカル路線バスの旅・リターンズ 調布~新宿の巻

数年前の本ブログで紹介した路線バスの旅・調布→新宿コース。
京王線に沿ってのルートが、桜上水でストップしたのが前回でした。
今回は、三鷹周りの中央線沿いのルートでのリベンジです。
さて首尾はいかに。

調布市内の自宅付近の停留所から三鷹駅行きの小田急バスに乗ります。
午後の出発ですが、事態をナメたわけではありません。
うまくいくのなら、短時間で勝負がつくはずです。

最寄りのバス停から旅の開始
三鷹駅行きに乗車

三鷹について早くも壁にぶち当たりました。
南口からは主に調布、府中方面にバスが出ています。
ならばと北口に行くと、そこからは西武新宿線の柳沢、東伏見など、また中央線の武蔵境周辺へのルートばかりなのです。
早くも脱落か?
そこで見つけたのがコミュニテイバスによる吉祥寺へのルート。
これしかありません。
発車までの20分で腹ごしらえです。

三鷹には総武線も止まる
駅の立そばをかっ込む
三鷹駅北口からコミュニテイバスに乗車

コミュニテイバスはアットホームなムードの中、井之頭公園に沿って東上し、吉祥寺駅北口に着きます。
さあここからは?
偶然、中野行きの関東バスが目に入りました。
距離を稼げそうです、発車間際に駆け込みます。

吉祥寺駅前

満員の関東バスは五日市街道をひたすら東上します。
環状8号線を横切り、徐々に住宅街から商店街の雰囲気に代わってゆく街並みを進んでゆきます。
五日市街道は青梅街道に合流しました。
40分ほども走り、環状7号線を横切ります。

広い青梅街道の停留所を眺めていると、都営バスの新宿行の表示が目に入りました。
慌てて下車です。
青梅街道で新宿行きに乗り継げそうです。

青梅街道の都営バス停留所
都営バス新宿行きに乗車

やってきた都営バス新宿西口行は、広い青梅街道をビュンビュン飛ばします。
鍋屋横丁、中野坂上、山手通りと過ぎ、やがて都心の高層ビル街が目に入ってきます。
生活圏から通勤圏への転換です。

新宿に到着
新宿駅西口

夕方前には新宿に到着、本日の目標を達成です。

2月の高幡不動

節分の後の高幡不動へ行ってきました。
京王線沿いにありながら行ったことがなく、多摩動物公園への乗り換えで駅を利用したことがあるだけでした。

駅舎内の立食い蕎麦

特急が停まる近代的な高幡不動駅に降り立ちます。
最近の例にもれず、駅ビル化した立派な駅舎です。

駅前に立つと高幡不動への参道を示す鳥居が目に入ります。

参道の入り口

短めの参道をたどります。
平日とはいえ、三々五々の参拝客がいます。
大規模な神社仏閣につきものの観光客のようです。
インバウンドは目立ちませんでした。

参道の店のシャッターには近藤勇のイラストが

山門を抜けると広い境内が待っています。
線香の煙を浴びて早速の御参りです。

見渡すと、宝物館のあるお堂や、由緒ある人物を祀った社が境内に点在しています。
五重塔もあります。
神仏分離と廃仏毀釈の時代を乗り切った、三多摩有数の仏閣ともいうべき施設のようです。

豆まきをしたタレントの名が記された鳥居
山門
山門を潜った先の境内風景

宝物館には、高幡不動と地域の歴史のほかに、近世の土方歳三に関する資料が展示されていて見ごたえがありました。

宝物館があるお堂
五重塔
境内の弘法大師を祀るお堂

地元日野市の英雄である土方については、銅像も建っておりました。

土方歳三像

天気に恵まれた高幡不動尊の御参りでした。

家内安全のお札をもらう

夏ミカンで作るマーマレード

山小舎おばさんが夏ミカンをもらってきました。
付き合いのある農家から数十個ももらったそうです。
その農家も処分に困ったのでしょう。

食べると、酸っぱいですがフレッシュな夏ミカン。
柑橘類が冬採れるのも関東ならではの恵みなのですが。

皮をむいてゆでる

そこで夏ミカンをマーマレードに加工してみました。
使ったのは5個です。

ネットで作り方を調べたり、経験者にコツを聞いてみると、『苦みを抑えるために、皮の内側の白いワタを丁寧に取るのがポイント』といわれました。
その前に皮のあく抜きを十分に行う必要もありそうです。

実の入った房を取り分ける

手間がかかりそうですが加工開始です。
先ずは夏ミカンの皮をむいてゆきます。
内側のワタはついたまま、皮を茹でて行きます。

30分くらい煮て柔らかくなった皮の内側をスプーンでこそげて、ワタを取り去ります。
ワタを取った皮は千切りにしてグラニュー糖をまぶします。

ゆであがった川の内側をこそげ取る

実は袋から出して、種を取り、皮とともに鍋に入れて火にかけます。
アクを取りながらしばらく煮込み、とろみが出てきたら完成です。

皮を千切りに
川にグラニュー糖をまぶす

若干の苦みと柑橘類の香り、何より採れたばかりのフレッシュさが香る手作りマーマレードができました。
ジャムの代わりに、また肉料理の味付けに使おうと思います。
スペアリブのつけダレにマーマレードを使うと絶品です。

実とともに煮詰める

まだまだ夏ミカンは残っています・・・。

煮沸した瓶に詰め、抜気して出来上がり

2月の東京 雪が降る

寒い日が続いた2月の東京です。
朝起きて、ガスストーブをつけるときの室内の温度は、低い時で6度から8度です。
外には、霜が降り、氷さえ張っています。

節分の前後、東京に雪予報が出ました。
いつもの大げさな天気予報かとバカにしていました。
朝起きてみるとものの見事に雪景色でした。

毎年1度や2度は訪れる東京の雪です。
今回の降雪は割と本格的かもしれません。

路面は凍っていないので、自転車で外出もできるのが雪国との違いです。
が、そのぶん体にかかった雪は雨のようにジャンパーを濡らします。

孫に電話して、近くのグラウンドで雪だるまを作らないかといいましたが、用事があるといって断られました。

ママチャリ迷走記2026 品川街道をゆく

品川街道は、律令時代に始まる街道で、武蔵国府のある大國魂神社から品川・六郷付近までをつなげた道です。
現在も通り名が残り、調布市内では、ほぼ京王線に沿って甲州街道と並行して走っています。
現在の役どころは付近の住民の生活道路の位置づけでしょうか。

自宅在住の山小舎おじさんは、2月のある日、調布市民として親しみのある品川街道(品川通り、品川道)を府中までママチャリ走行してみました。

自宅のある柴崎から国分寺崖線を1段下がり、調布駅近辺から品川街道の旅をスタートします。
調布駅前には衆議院選挙の看板が建っています。
少し行った鶴川街道と京王線が交差するあたり、地下に潜った線路の跡地に鬼太郎公園があります。

この日の調布駅前
鬼太郎広場には子供たちが遊ぶ

京王線に沿って進むと西調布駅周辺です。
「黄昏にB級映画を観てた」という何とも言えないネーミングの、バーなのかカフェなのか、があります。
現在は閉店しているようです。

西調布には駅前に飲み屋を中心にした横丁があります。
スナックや食堂は思い思いの意匠を凝らしていて味があります。
閉まった店の後には新しい看板が掛かるなど世代交代中のようです。

西調布駅前の横丁
個性的な店が点在する

この付近はまた新選組の近藤勇ゆかりの地でもあります。
生家は別の場所ですが、若き日に技を鍛えた道場などがあったようです。

付近にある西光寺境内の近藤勇像

その先の飛田給はサッカースタジアムで有名な場所です。
この日も何かの催しがあるようで、朝から家族連れが三々五々詰めかけています。
東京オリンピック(1964年の)のマラソン折り返し地点でもあります。

味の素スタジアムへの歩道橋

品川街道を進みます。
府中市に入り畑が目立ってきます。

直売所
府中の畑にもビーツが植わっていた

武蔵野台という駅の周辺にある「だんごの美好」は、太巻とだんごで近所に人気の店です。
太巻きは午前中には売り切れるほどです。
家族にも好評なのでよく買って帰ります。

武蔵野台の団子の美好
この日は太巻きとお好みパックをゲット

府中の品川道沿いの小学校の脇を通ります。
この学校には二之宮金次郎の像が残っています。
日露戦争に関する碑も。
付近には石材で作った倉庫が残っています。
素材は軟石といわれるものでしょうか。

二之宮金次郎像
軟石を使った倉庫

京王線多磨霊園駅周辺には、このあたりの中心です。
駅から少し行ったところには、是政の競艇場へとギャンブラーを運ぶ無料バスの発着場所があります。
府中は競馬場と競艇場を有する三多摩地区の悪所(ギャンブル場)の中心地でもあるのです。

多磨霊園駅
少し行ったところには、競艇場へのバスの発着所がある

競馬場への支線の出発駅・東府中を過ぎると賑やかになってきます。
高層マンションや商業ビルがひしめく府中のエリアです。
大國魂神社を中心に置き、律令時代から現代にいたるまで、武蔵野の中心として栄えてきた町です。

府中市内の銭湯
同・蕎麦屋
同・スナック

高層化してきた府中の商業シーンですが、路面店もまだ残っています。

大國魂神社を目指して進むケヤキ並木にぶつかると品川街道の旅の終焉です。

ケヤキ並木

いつも参拝客で賑わう大國魂神社です。

大國魂神社のご神木
菊のご紋章は国家神道時代の由緒を伝える
境内はいつでも縁日のような賑わい

府中は、新宿から高井戸、布田と続く甲州街道の宿場があった場所でもあります。
高札場が残っています。

宿場の高札場あと
古い町並み

大宮八幡宮と武蔵野八幡宮

令和8年1月。
比較的近所の神社2か所ににお参りしました。

この日は杉並区の大宮八幡宮です。
自転車で井之頭通りを東に進んでゆきました。

京王線の永福駅を過ぎたあたりを方南町方面へ左折します。
住宅街の中に大宮八幡宮はありました。

大宮八幡宮の大鳥居

安全祈願のお祓いを受けようと自家用車が列をなしています。
三々五々、参拝者が絶えません。
地元の人に愛されている神社特有の、晴れがましさと暖かさに包まれた境内です。

安全祈願に列をなす車両
詰めかける参拝客たち

遅い初もうでの客、お宮参り、御朱印を求める人、何かの集まり、いろんな人が集う場所です。

本殿で祈願
門の立派なご紋章は、国家神道の場として戦前より由緒ある神社であることを示す

吉祥寺にある武蔵野八幡宮神社は、その前をそれこそ数えきれないくらい通っています。
これまで一度も参拝したことがありませんでしたが。

武蔵野八幡宮境内はひっそりとしている

この日も自転車で通りかかり、気にかかったので寄ってみました。

吉祥寺の雑多な雰囲気が、境内に入ったとたん遮断されます。
鳥居の袂には神田上水の源である井之頭の石碑があります。

井之頭の石碑が立つ

大宮八幡と異なり、参拝客はもちろん人気の少ない境内を進み、お参りします。

本殿を望む

思ったより歴史と静謐さを感じます。
ときどき御参りしたい神社です。

立派な作りの本殿

新春の靖国神社

東京へ戻ってきた、”半信州人”にして”旧道産子”の山小舎おじさんです。
自宅で過ごす2026の新春、お江戸ど真ん中の神保町を探索、靖国通りに沿って市ヶ谷まで歩くお約束の散歩コースをたどります。
この日は全く久しぶりに靖国神社に寄ってみました。

九段坂下から望む靖国神社の大鳥居。
近くによってもその巨大さに圧倒されます。
鳥居を潜ると幅の広い参道が伸びています。
神様への参拝路というよりは首都で催されるイベントの舞台に似つかわしい場所です。
凱旋門へと続くシャンゼリゼ通り、ベルリン勝利の塔へ続く直線路の日本版と言ったら言い過ぎでしょうね。

参拝客というよりは観光客というべき人々に交じって進むと、拝殿に近づきます。
ここまでくると神社らしい厳かさが漂います。
大きなカフェがあり、休憩する客の多さが観光地の明るさを醸し出してもいます。
落ちているごみもなく、インバウンドの参拝客のマナーがよいのが特筆されます。

境内の売店
奉納される清酒は全国から

拝殿で参拝。
奥の本殿?は撮影禁止とか。
玉ぐしをささげる政治家らが撮影されたりしたら困るのでしょうか?

菊のご紋章が輝く。
拝殿に並ぶ人々

右手にある遊蹴館という宝物?館には零線21型や彗星艦爆の復元機が展示されています。
桜花という特攻機も。
また未婚で散っていった特攻隊員に捧げる花嫁人形の展示も。
そう、ここ靖国神社は明治維新以来、国のために散っていった英霊を祀る神社なのです。
とはいっても戊辰戦争で薩長軍とたたかい破れた諸藩の武士たちの霊は祀られていないそうで、その点には納得いきませんが。

と言いつつ、小春日和の境内でコーヒーを飲んでベンチでひと時。

神保町の古書店で仕入れた古い映画雑誌をひもときます。
めくるたびに古紙の破片とともに、雑誌に含まれた時間がこぼれ出てゆくような何とも言えないひと時でした。

カフェにはテラスとベンチが
ベンチで50年代の「映画の友」「スクリーン」を開く

あけおめ ことよろ

2026年 あけましておめでとうございます。
ことしもよろしくお願いいたします。

元旦の初詣は近所の厳島神社(金子稲荷神社)へ

ということで、昨年12月中旬に、2025年の山小屋仕舞いを行い、東京の自宅で年越し中の山小舎おじさんです。

境内で焚火をする氏子さんたち

12月中は、毎日1~2時間の大掃除と午後からの自転車散歩。
散歩はいつもの定例コースのほか、東京ならではの景色を求めて神保町などを歩きました。
家族や孫たちとのクリスマスや年越しも賑やかに過ごしました。

厳島神社への参拝

昼間の時間、阿佐ヶ谷、荻窪、西荻、吉祥寺、三鷹、国分寺などのコースを一回りすると、新しい自転車散歩コースにも事欠く2026年1月の日常になっています。
それでも年の瀬、正月と都市部ならではの賑わいを楽しみました。

吉祥寺のお寺で羽根つきをする人たち

天気は良いが、木枯らし吹きすさぶ東京の冬に、思わず感じる疎外感をあえて少しは自覚した方がよいのでしょうか。

同じく駒回しの少年たち