令和8年の夏③ 東北、函館旅行

夏の家族行事、山小舎での登山に次いでの第2弾は、東北と函館への3泊旅行でした。

行程は、秋田の玉川温泉で1泊、青森で1泊、函館で1泊です。
初日は朝の東京駅に集合し、東北新幹線で盛岡に行きました。

朝の東京駅ホーム
盛岡に到着

夏の盛りの盛岡で冷麺を食べました。
駅前のぴょんぴょん舎は観光客で1時間待ちの盛況でした。

レンタカーを借りて秋田方面を目指します。
途中の雫石あねっこという道の駅に立より。
三陸産のカキが蒸していたのを立食いしました。

道の駅・雫石あねっこにて

田沢湖をかすめて八幡平の温泉ルートを北上、新玉川温泉に投宿です。
玉川温泉はいつ来てもとても体に良いと感じる温泉です。
眠い時に入ると眠気が飛び、後ろ向きな気持ちも前向きになります。
いい温泉は体にだけではなく、心にも効くのです。

レンタカーで八幡平を行く

体と心にしみ、癒す温泉に浸かり、地元の食材を生かしたバイキングを楽しみます。
別料金でオーダーできるカウンターで、秋田の地酒を楽しめるのもグッドです。
インバウンドも少なく騒然とした雰囲気もない、新玉川温泉の宿でした。

翌日は、青森までのドライブルートです。
八幡平を抜け、鹿角へ出ます。
田んぼが広がる秋田内陸部の風景です。
敷地を囲むフェンスもなく、プールが低いフェンスに囲まれただけの学校があります。

高速道路で弘前を目指します。

高速を降りた前方には津軽富士と呼ばれる岩木山がそびえています。
やがて、津軽の都、弘前の街中に入りました。
弘前では虹のマートという市民市場で海鮮の食事の後、弘前城へ。

立派な門を持ち、広々とした城内を歩いて天守閣へ。
1800年代に再建されたという天守閣は修理のため天守閣ごと移動修理中でした。
そこそこ観光客はいるのですが、混雑した感じが全くしないのは東北という隔絶された地域性なのでしょうか。
私は好きですが。

弘前城へ
大手門?を潜る
天守閣は修理中

そこから青森市内へ。
レンタカーを乗り捨てて駅近くのホテルへ投宿します。

何年ぶりの青森市内でしょうか。
駅建物から駅前通り、駅周辺の何と様変わりしたことか。
観光地のように表面的な賑わいに溢れ、そこらじゅうをインバウンド客が往来しています。
青森市は観光で蘇っていました。
観光客を迎える売店などの施設も充実しています。

インバウンド客の中国語が飛び交う居酒屋での夕食。
出てきた刺身がとても新鮮だったことと、店員の激しい青森訛りのイントネーションが、青森までやって来た実感を掻き立てます。

ついでに娘の婿さんと地元客100%のカラオケスナックへ。
イカと大根の煮物の付け出しに、東京の飲み屋の3倍は濃い水割り、安すぎるお勘定。
同年代のママさんの働きぶりを見、同年代のお姉さん客の青森訛りのイントネーションが残るカラオケを聞きながら、涙が出そうな青森の一夜を過ごしました。

翌朝は6時起きでフェリーに乗船し函館を目指します。
津軽海峡フェリーが函館までを4時間で結びます。
フェリー乗り場が、青森駅のホームと直結していた青函連絡船とは比べ物にならない遠方にあるのでタクシーで移動します。

津軽海峡フェリーに乗船する

フェリー内部は、外の景色を眺められるシート席のほか、伝統的はカーペット部屋、個室もあるようです。
慣れた人は窓側のテーブルに早速陣取っています。
船内に食堂や売店はなく自販機のみですが居住性はいいようです。

カーペット船室
公開中の甲板

函館に着きました。
函館のフェリー発着場所も、何となく函館駅周辺をイメージしていたのですが、着いたのは遥か離れた七重浜。
JR駅、市電乗り場とも遠く離れた場所でした。
とっくに函館は連絡船世代を脱皮して、新たな世紀に足を踏み入れていたのです。
当たり前か。

次男の先導で最寄りのラッキーピエロで昼食です。
ラッキーピエロは函館の名物バーガーショップで、私も既に何度か利用しています。
この日の同店は注文まで30分、注文から席に届くまでが45分の大混雑。
しかし孫たちはオムライスを食べて満足でした。

ラッキーピエロ七重浜店?にて
大混雑の店内

ここから次の目的地、五稜郭への移動がまた大変。
バスの便が間に合わなければ歩くか、タクシーしかありません。
2台目のタクシーを待つこと20分。
着いた五稜郭は観光客で大混雑でした。

五稜郭タワーから望む五稜郭

青森とはまた違う、函館の筋金入りのピンポイントな混雑ぶりに当てられながら、夕方前に宿泊地の湯の川に到着。
広々とした和室にゆったりします。
夕食と朝食は旅館で摂り、ゆっくりと湯につかって一晩。

勇の川温泉で泊まった旅館

翌日は市電に乗って、帰りの飛行機の時間まで、若い一家は函館山ロープウエイへ、我々一家はベイエリアや、またまたのラッキーピエロ(この日の十字街店は空いていた)で過ごしました。

湯川から十字街まで乗った函館市電
市電で十字街電停へ

ハードスケジュールでしたが、孫二人は元気いっぱいでした。
夏休みの良い思い出となったことでしょう。

ベイエリアの倉庫街
函館港

令和8年の夏② 孫と蓼科山登山

今年の夏の一大イベントは孫たちとの蓼科山登山です。
これに参加するのは大人4名、子供2名の計6名です。
参加予定だった山小舎おばさんの姉(山小舎おじさんと同年生まれの独身)が参加予定も、坐骨神経痛で急遽不参加となりましたが。

朝8時前にはおにぎりをもって出発。
駐車場は満車でしたが、車列の間に1列停めるスペースがありました。
7合目登山口で記念写真を撮ってスタートします。

しばらくは山小舎おじさんが案内を兼ねて先導。
次男に買ってもらった登山用ストックとキャップが重宝します。
小学3年生の孫に合わせて数えきれないほどの休憩を取ります。
靴擦れがしたといっては手当てをして登ります。
コケが広がったり、キノコが見えるなど高山の風景が楽しませてくれます。

足元不安定な登山道を行く

登山道らしき道を過ぎ、まっすぐに切り立った幅広いスペースを蛇行しながら登ってゆきます。
岩や石が転がっており、砂利のすべり止めに丸太まで転がっているワイルドなスペースです。
ここを思い思いにルートを決めて登れというのが蓼科山登山の流儀です。
斜度も急で、足元が滑ります。
若い人でなければストックがなければ上るのが困難です。

行違う登山者に『頑張ってるね』、『偉いね』などと3年生の孫は声をかけられます。
なるほど蓼科山は目的を持った大人の登山コースなのでした。
目的は百名山踏破だったり、蓼科神社の御参りだったりするのでしょうが。

やっと将軍平に到着。
3年生はぐったりしています。
早めの昼食を山小屋のテラスで摂った一行は元気回復。
その勢いで頂上までの急坂に挑みました。

将軍平から山頂までの崖登り
何度も休憩して山頂を目指す

『ここまで来たら戻ることはできないし、進むしかないよ』とママの激励を受けて3年生は覚悟を決めています。
当方も自分のことで精いっぱいです。

頂上では眼下を行く雲を眺め、八ヶ岳連峰の連なりを見ての休息。
夏の蓼科山を楽しみました。
山登りは頂上まで行ってナンボ、と思いました。

標高2530メートルの蓼科山山頂

帰りの道のりがまた大変でした。
いつまでたっても砂利の急坂が続く道にげんなりし、皆の口数が少なく成った頃、待望の7合目の鳥居が目に入りました。
一番体に応えたのが70歳の山小舎おじさんでした。
記念撮影の際に体を反転させようとしてバランスを崩して、孫たちのパパに支えられてしまいました(下山途中で滑って、次男に支えられたことも)。

慎重に崖を下って下山

出発してから8時間!の山行きでした。
蓼科山を満喫、もうしばらくは来なくてもいい(山小舎おじさんは最後の登頂か)と皆が思うほどでした。

途中、心が折れそうになった3年生の孫は『今度は富士山に登りたい』と言ってるそうです。

令和8年の夏① 山小舎に孫来襲

今年の山小舎の夏は、8月初旬の孫たちの来襲から始まりました。

最初に孫二人とその母親、叔父がやってきました。
母親とは山小舎おじさんの娘、叔父とは次男です。

夏休みが始まっており、山小舎にも慣れた小学6年生と3年生の孫は、涼しい山小舎の気候に元気いっぱい、余裕たっぷりで乗り込んできました。

週末に父親と祖母がやって来るまで、孫たちは地元のプールへ行ったり、ジィジの畑へ行ったりして過ごしました。

初日は屋外のBBQをしました。

鶏モモ肉を串に刺したり、スペアリブを漬け込んだりして食材を用意します。
テーブルと椅子をセットします。
御向いさんには実施を事前通告しておきます。

山小舎の前の道路にBBQグッズをセッテイング

外でのBBQは気持ちがいいものです。
煙や炎を気にせず豪快に焼けます。
大型のグリルは通気性があり、炭の火力がよく、食材がからッと焼けます。
食べこぼしやテーブルの汚れなどを気にせず盛大に食べられます。

炭に着火する

反面、食材や調味料、食器などの補充には、母屋との往復を強いられるという欠点もあります。
食器は紙皿、紙コップを利用し、ゴミ箱を設置、飲み物用の保冷ボックスを用意するにしても、です。

それでも戸外のBBQは大成功でした。
気持ちの良さが違います。
夏ならではの楽しみです。

夜になると花火が孫たちの楽しみです。

花火も夏の楽しみ

軽トラで東京へ

8月の蓼科山登山の準備に、東京の孫一家と高尾山で足慣らしをするというので、自宅に帰りました。
軽トラで。

軽トラに物資を積んで

軽トラのいいところは物資を大量に積めるところ。
家族のリクエストの福味鶏やアルプス牛、さらに長野産の卵や高原野菜類、山小舎で採ったわらび、さらに集めたりんごや桃などのジュース類、地元産のチーズや生ハム、5月の連休に忘れて行った孫親のシャンプー類まで、冷蔵品からそれ以外まで荷台に積んでいけるのです。

5月の最後とはいえ、夏のような日照りが心配なので、保冷ボックスに保冷剤をしこたま仕込んでいきます。
途中のAコープで肉類を買い込みます。
既に日差しは夏のようです。

初夏の八ヶ岳に見送られる

富士見から国道20号線に出ます。
沿線には道の駅白州があるので寄ります。
地元産の山塩と山塩チップスがお目当てです。
甲州街道の台ケ原宿には、元祖信玄餅の金精軒があります。
生信玄餅などを求めます。

甲州街道下道の道中は続きます。
雪の跡が幾筋か残る富士山がかすみの空にぼんやりと見えます。
韮崎からは甲州街道を避けて、甲府の街中から国際色豊かな山梨学院大の前の道を、塩山まで行きます。

葡萄や桃の果樹園が続く塩山を過ぎ、勝沼で甲州街道に合流し、笹子トンネルを抜けると大月のエリアです。
道の駅都留に寄ってみます。
思いのほか地域色が豊かで、物資が豊富な道の駅です。
リニアの見学センターが近くにあるようです。

初めての道の駅都留

大月からは交通量が増え、信号も増えます。
この先の下道は、大垂水峠越です。
相模湖インターから中央道に進みます。
高速は小仏トンネルで東京への峠越です。

8時半に出て15時近くに自宅に到着しました。
Aコープのほか、道の駅や食堂など数か所の寄り道をしました。
暑かったものの、軽トラは冷房も効き快適でした。

目的の高尾山ハイキングは孫たちが参加して行われました。
6合路と3号路?を進み山頂まで。
山頂は外国人も含めた混雑ぶりでした。
たっぷり汗をかいての登山で全員リフレッシュ。
夕食は自宅にて炭火焼きで打ち上げました。
同行して孫たちの相手をし、炭火焼きの準備と焼き手の我が次男には感謝です。

日曜日の高尾山
山頂の孫たち

孫一家が連休滞在

5月の連休に孫一家が山小舎に来ました。
今年は3泊4日の行程です。

今回の主目的は、夏の蓼科山登山のための足慣らしとして、車山に登ることです。
1泊した翌朝、車山スキー場の駐車場へ行きます。
朝10時前でしたがほとんど満車でした。

登山開始。
1週間前に登ったルートを案内します。
メンバーは孫一家4人と、うちの次男坊、山小舎おじさんの6名です。
スタート早々、早くも孫と次男の若手チームと、娘夫婦に爺さんのアダルトチームに分かれました。
最後まで我々はヤングチームに、少々離されながら、ついてゆくことになります。

山頂目指してスタート

時々、給水休憩をするくらいで中継地点へ到着。
山登りが我慢できるか、此方が心配していた新3年生の孫も全く平気です。
ときどき風が吹く程度の快晴。
八ヶ岳がくっきり見えます。
よちよち歩きの娘を背負ったパパさんが軽快に追い抜いてゆきます。

山頂に到着。
孫たちが神社に参拝している間、ジィジはテラスのベンチを確保。
八ヶ岳と南アルプスを眺めながら、おにぎりと菓子パンの昼食を摂ります。
山登りの達成感を全員で喜びました。

山頂で記念写真

下りはリフトに乗りたがっていた孫とママが途中まで乗車。
中継地点で我々と合流し、そこからは全員徒歩で下りました。

くだりの中継地点で踊る

翌日は、朝から次男と孫たちが山小舎の周りを早朝散歩。
野鳥を見つけるとさえずりを録音したり、アプリを使って種類を検索したり。
自然と自主的に触れ合いました。

1時間ほど別荘地内のテニスコートを借りて全員でテニスのまねごともしました。
中学時代テニス部だったママの指導で娘二人がテニスに初挑戦。
ジィジもスポット参戦し楽し時間を過ごしました。

テニスコートにて

今回の山小舎滞在は、体を動かしたり、環境を探索する時間が多くなりと、小学生らしい試みがありました。
また、別荘地内の姫木文庫で本を借りるなど、新し試みにトライする孫たちの活動に接することができました。

2月の山小舎で雪遊び

2月下旬の三連休は山小舎に集合です。
ジジ・ババは前のリ、孫たちは1日遅れて山小舎に集合しました。

雪合戦

目的は孫たちの雪遊びです。
着いたその日は夕方から山小舎周辺で遊んで今した。

張り切って雪玉を投げる

翌日はブランシュ鷹山スキー場へ行っていました。
リフトに乗って一番上から降りてきたそうです。
子供の上達が早いのには驚かされます。

朝ごはんを食べる

今年の2月は雪が結構残っていました。
寒さは真冬のそれからはかなり薄まっていました。

山小舎の2026新年

2026年あけて1月。
冬休みの孫たちが山小舎で雪遊びをしました。

寒々しい1月の山小舎

前のりして家を温めておいたジジ・ババ。
山小舎は冷え切っていました。
水道の凍結はなかったものの、台所の蛇口が反応せず不自由しました。

ストーブをガンガン焚いて部屋を温める

それでも孫一家は、いつもの炭火焼きに舌鼓を打ち、翌日には近くのブランシュ鷹山スキー場で子供向けスキー教室を2時間受講しました。
この子らの親世代は、人によってはスノーボード世代なのですが、本人たちの希望によりスキーでの講習だったとのこと。

二日目は鍋と昨日の焼き物の余り
鎌倉を作っていた

空いた時間で山小舎周辺での雪遊びも。
坂と橇があれば十分楽しそうなのが子供の良いところです。

雪遊びを喜ぶ

台所の水道問題で一人残ったジジ。
問題は凍結ではなく、蛇口の水量弁の開け閉めだったことが判明し、一人遅れて帰宅となりました。
孫たちは2月にも来たいと申しておりました。

孫の運動会

11月中旬、東京へ一旦帰りました。
息子夫婦との食事会などがあったためです。
たまたま土曜日に孫が通う杉並区の小学校の運動会があったので見てきました。

運動会は9時に始まり、11時半ころに終わるプルグラムです。
各学年の出し物は、徒競走などの競争競技と、遊戯などの表現の各1競技です。

運動会会場全景

楕円形にラインが引かれ、その外側に本部のテント、反対側には児童が待機する椅子が並べられています。
先生に寄るアナウンスはありますが、表現の際のBGM以外に、徒競走やリレーを盛り上げる音楽はありません。
上級生による応援団による応援がありました。

最終円の外側には父兄が並んでいます。
構内への立ち入りの際は、児童経由で入手した学年別に色分けされたシールのようなものを腕なりに巻かなければなりません。
立ちリガ正門に限定されていることもあり、昔のように隣近所のおじさんが立寄るような雰囲気ではありませんでしたが。

ソーラン節やエイサーなどを取り入れた表現は、昔ながらの団体による統一的な動きを追求しており、まだまだ日本の運動会のこころが感じられました。
父兄であれば我が子の動きに感動するでしょう。

2年生による玉ころがし

かつては運動会のメインイベントだった、リレーがありませんでした。
過度な盛り上がりを避けたのかどうか。
また徒競走等競争競技での上位者の順位付けもなく、また男女別の組みわけもなく、走力が同意程度の者同士で組み分けされていました。
まことに平等というか、競争心の抑制が行き渡っていました。

組体操や騎馬戦などがないのは承知していました。
午前中にさっと終わるのもアタリマエです。

5,6年生による表現

我が子を応援し、その成長を喜ぶ父兄の盛り上がりが昔ながらでかえって驚きました。
また団体行動の統一感を尊重している点でも昔ながらであることに安心しました。

2025 山小舎来客第六弾! (リンゴ狩り編)

11月の三連休に孫一家が来ました。
目的は毎年恒例のリンゴ狩りです。
今年はいつもの小諸ではなく、伊那地方の松川町へ行きました。

中央自動車道の岡谷インターへ出て下り方面へ、駒ケ根の次が松川インターです。
インターを降りて10分ほど走ればリンゴ農家が続くエリアに到着です。

シナノゴールドをもぐ

数年前にも来たことがある宮澤農園でリンゴ狩りです。
フジはまだなので、秋映、シナノゴールドなどを中心に収穫です。
籠二つが一杯になりました。

真っ赤な秋映も収穫

昼食は駒ケ根の明治亭でソースカツ丼。
デザートは飯島町の信州の里菓工房で名産の栗のモンブラン。
立寄り湯を浴びて帰りました。

宮澤農園のりんご狩りマップ

連日美味しい季節のものと、温泉。働く方々にはご褒美。
小学生には思い出。
十分に英気をもらった一行は満足して東京へ帰ってゆきました。

2025 山小舎来客第六弾!(準備編)

今年最後の来客は毎年恒例のリンゴ狩りです。
孫一家が来ます。
1週間以上前から準備開始です。

最初にあんこを煮ます。
孫だけではなく、女性陣があんみつを好みます。
自家製あんこに、茅野名産の生寒天、山小舎名物のフルーツコンポートを中心に、アイスクリーム、黒蜜などをトッピング。
コンポートのシロップでまとめます。
今回の小豆は県内産です。

県内産小豆を前夜から浸水させて、翌日二度茹でこぼし、びっくり水を加えながら煮てゆく
小豆が柔らかくなったら味付け。隠し味に黒砂糖、塩、しょうゆ、塩麴。硬くなるまで煮詰める

肉料理は当日の炭火焼きのほかに、スペアリブと豚バラの角煮を用意します。
スペアリブは山小舎さんのチャツネを中心に味付け。
角煮は紹興酒で煮て八角で中華風にアクセント。
煮卵意を添えます。

スペアリブ
豚角煮

台所や洗面台、トイレ、ふろ場などはハイターなどでぬめりと汚れを取っておきます。

ハイターと流し台
ハイターまみれ

床、畳は掃除機をかけた後、拭き掃除です。
今回は100円ショップで700円のモップを用意。
拭き掃除が格段に効率アップしました。
部屋の隅の埃やクモの巣払いも欠かせません。

床の拭き掃除
畳の拭き掃除
埃取り