ガイドヘルパーを始めました

いくつになっても「先立つ」ものがあります。

毎年12月から3月いっぱいまで山小屋をはずれるおじさん。東京の自宅で主に専業主夫として過ごしますが、一方、有り余る時間を少しでも現金に換えられたら?と思うのが人情です。

最初の年は、府中の税務署に確定申告時の作業要員として短期バイトしました。
近隣の専業主婦たちが大勢詰めかけるバイトでした。

次の年は郵便局の年賀状要員として応募しましたが、応募時期を過ぎていたこともあり落選。
他のバイトにもご縁がなく、ほとんど収入なしでした。

今年こそはと、昨年12月にハローワークにも行きましたが、年齢のほか、「短期」(12月から3月まで)という時点でほぼ募集無しの現状でした。
交通整理員くらいなら?と思っていた山小屋おじさんは世間知らずでした。

人手不足、などというのは表向きのことで、世の中、ますます「若い人を少しでも安く、長期に使いたい」というのが、実業界の本音であり、世の中の常識であったのです。

70歳まで雇用とか、国民総活躍時代とか、氷河期世代の救済とかニュースで言ってますが、本気にしてはいけません。

ほとんどが山小屋おじさんのような庶民中の庶民には「絵に描いた餅」。
世間のキャッチフレーズに惑わされていては、大事な人生の後半戦を生きてはいけません。

自分のことは自分でしつつ、やりたいことをやる。

多少は世間に妥協して、現金収入の手段とすることはあっても、学生時代のバイトのような、現金収入のためには職種を選ばずのような時間の使い方は今更ちょっと。

ということを考えていたら、うちに遊びに来た、社会福祉協議会勤めの人から、「障害者のガイドヘルパーが足りない」との話を小耳にはさみました。
休日などに外出する障害者に同行するヘルパーの仕事です。

小耳にはさみながらハローワークに行くと、ガイドヘルパー資格研修開催のチラシが目に入りました。

早速、12月開催の「知的障碍者移動支援従業者養成研修」に参加しました。

研修日当日、会場の調布市福祉人材育成センターには、12人の参加者がいました。
うち10人が女性で、子育てが一段落した主婦層が主でした。

男性はおじさんを含めて2名。
もう一人の方はサラリーマンの退職者で、おじさんより一つ若いくらいの人。
奥さんを説得して定年後の嘱託生活を早々に切り上げて、サラリーマン生活から足を洗ったとのこと。
同感です、ご同輩。

2日間の研修カリキュラムは、障害者福祉に関する制度について、ガイドヘルパーの実務について、障害者の理解について、など。
講師には市役所の福祉課職員のほか、障害者施設の運営者など。

実際のガイドヘルプの模様を映像を使って見せたり、講師のこれまでの体験を臨場感豊かにプレゼンするなど魅力的な講習の2日間でした。

費用は資料代の1500円のみ。
研修を受ける者は優遇されています。
研修費用を援助する調布市は、実は隠れた福祉の街なのかもしれません?

その後、実習が1日。
協力先の施設のレクレーションの日に合わせ、先輩ヘルパーについて1日過ごしました。

吉祥寺でボーリングするレクレーションでしたが、現地集合するまで電車で吉祥寺に入り、マクドナルドで昼食、家電量販店でウインドショッピングの間、利用者とヘルパーにくっついて歩きました。

おじさんが付いたヘルパーさんは、70歳代の方でしたが、動きやすそうな体つきと、無駄のないガイドぶりに、学ぶところが大でした。

その後、1月に1本立ちのデビュー。
平日の夕方、施設からプールまでの送迎の仕事でした。
行きは先輩ヘルパーさんと同行、帰りは単独のガイドでした。

緊張しましたが何とか無事に完了。
利用者さんは自閉症とはいっても会話ができ、財布も自分で管理できるくらいの人で、新人のおじさんにも優しい人でした。

また、緊張といっても、上司やお客さんの顔色をうかがう緊張ではなく、ひとりの人格に関する尊重という意味での緊張なので、悪い意味でのストレスはありませんでした。

2月にはすでに5本の仕事が入りました。
3月いっぱい頑張ります。

 

投稿者: 定年おじさん

1956年北海道生まれ。2017年に会社を退職。縁あって、長野の山小屋で単身暮らしを開始。畑作り、薪割り、保存食づくり、山小屋のメンテナンスが日課。田舎暮らしの中で、60歳代の生きがい、生計、家族関係などの問題について考える。60歳代になって人生に新しい地平は広がるのか?ご同輩世代、若い世代の参加(ご意見、ご考察のコメント)を待つ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です